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千葉県某所、静かなさざ波が打ち寄せるとある海岸。
海水浴のシーズンは過ぎ、ちらほらと見かけるのは犬の散歩やジョギングで訪れる地元民ばかり。
そんな静寂を破るのは、歪な音の波。
浜辺にいた人々が異変に気付くのに、時間はかからなかった。
海の音色は呻き声に塗り潰され、白波の景色は醜悪な怪物に彩られる。
「ウ、ご、ァ、ァァァあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
肉と肉を継ぎ接ぎし辛うじて形を整えたようなソレは、まるで出来損ないの人間のような姿だった。
巨大な屍塊の化け物は、呆気に取られる人々を奇怪な呻き声を撒き散らしながら叩き潰し、引き千切り、蹂躙する。
瞬く間に静寂は地獄絵図へと姿を変じるのだった……。
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「月喰島より出現した冥龍ハーデス撃破の件だが、どうやら厄介な事態になってしまったようだな」
予知の内容を眺め、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は険しい表情を浮かべる。
「殯くんの予測通り、ハーデスの配下である屍隷兵が太平洋側の海岸線に上陸している。どうやら、ハーデスが死亡したために統率が取れずバラバラに動いているようだな」
今回、襲撃してきたのは『ヘカトンケイレス』と呼ばれる屍隷兵で、多数の死体を継ぎ接いだような醜悪な姿をした大型のものである。
「今回、キミたちに対応を当たってもらう千葉の海岸には10体のヘカトンケイレスが確認されている」
10体。
並みのデウスエクスならば、まともにやりあっても勝ち目の無い数であるが、屍隷兵の1体1体はそれほど強敵ではない。
「単純な実力で見れば、1体がケルベロス1人と同等と考えて良いだろう」
とは言え、それで10体だ。当然、真正面から殴り合うだけでは勝ち目は薄い。
「だが、所詮は知性無く力任せに暴れるだけの怪物だ。仲間同士の連携、グラビティの有効利用、きちんと作戦を立てて戦えば、必ず勝てる」
敵の出現位置、時間はハッキリしており、フレデリックの言葉通り敵には臨機応変に作戦を切り替える知性も無い。
故に周辺住民の避難等を終わらせてから迎撃に移れるのは幸いと言えるだろう。
「ハーデスの置き土産、と言ったところか。きっちり片付けて、今度こそ決着をつけてやってくれ」
参加者 | |
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アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432) |
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138) |
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737) |
ミルディア・ディスティン(猪突猛進暴走娘・e04328) |
山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625) |
リー・ペア(ペインクリニック・e20474) |
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827) |
シャルトリュー・ハバリ(見習いメイド・e31380) |
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昼過ぎの海岸線。予知にて見られていた光景以上に静かな砂浜が広がっていた。
「避難の方は順調みたいだね」
静けさは近くの民家まで広がっている。かえって不気味なほどの静寂を眺め、小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)は視線を海岸の方へと戻す。
今、市街にて避難誘導を行っている仲間には里桜の知り合いも多い。と、なれば、カッコ悪い姿を見せるわけにはいかない。
無論、やる気があるのは彼女だけではない。ここが街の最終防衛ラインなのだ、自然と緊張感も高まる――が。
「じゃ~ん! カッコイイお城の完成ー!」
砂浜に立つのはアーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)の腰ほどの高さになる立派な砂城だった。
「あれは流石に緊張感が……いえ、リラックスしていると、言うべきでしょうか?」
同年代ながら対象的な雰囲気でリー・ペア(ペインクリニック・e20474)が呟く。
確かにとても戦いを控えている空気では無いが、アーシィとて何も遊びに来ているわけではない。その明るさが周囲の緊張を解しているのも事実だろう。
「素敵なお城ですね、でもそこに建てちゃうと――」
「来ました! 皆さん、戦闘用意を!」
シャルトリュー・ハバリ(見習いメイド・e31380)の言葉を遮ってソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)が双眼鏡から目を離す。
白波をかき分け、まるで海底から沸いてきたかのような屍塊の軍勢――屍隷兵、ヘカトンケイレスが姿を現したのだ。
「ウ、ご、ァ、ァァァあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
血の気を失った青白い肉で作られた異形の怪物は、さざ波をかき消す不快な咆哮を重ね合わせ、空に響かせる。
「う、うわぁ……やっぱり屍隷兵ってグロテスクだよぉ」
「そう、ですね……実物を見るのは初めてですが……」
荒波に揉まれてきた屍肉は所々が崩れ、その醜悪さに拍車をかけている。
そんな化け物が群れを成して砂浜の上を闊歩する光景に、ミルディア・ディスティン(猪突猛進暴走娘・e04328)は思わず不快感を顕にしてしまっていた。
その隣で山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)がやや緊張した声色で答える。屍隷兵の姿に物怖じしている、と言うわけではなさそうだが、その表情は猫マスクに隠れて窺う事はできない。
「近隣住人の避難は済んでいるようですね。では……この祝福は破壊の慕情。全てを喰らう魔性の力……なればこそ!」
言葉を紡ぎ、力を宿す文字を描く。アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)が刻む破壊を司るルーンが、仲間たちに力を与えていく。
「皆さん、参りましょう。無謬の民を守るが我らが使命。これ以上の狼藉は許しませんわ」
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「――高速治療術式展開。状況A『アスクレペイオン』発動による承認認識。目前治療対象の完全治癒までの間、能力使用。身体構造、最適化開始――」
押し寄せるヘカトンケイレスを前に、リーのグラビティがその流れを治療に最適な形へと変化させていく。
涼しい声色とは裏腹に、その身に走る激痛は普通ならば耐え難いものだ。
「怪我は私とアリシアさんにお任せ下さい。皆さんは、少しでも早く屍隷兵を」
だが、今は目の前の戦いに臨むのみだ。
屍隷兵を前にして胸中に宿る重み。その事を考えるのは、後でいい。
「先手必勝! 行くよ!」
ヘカトンケイレスに取って、目の前で動くものは全て自分たちの獲物だ。それがただの一般人でも、ケルベロスでもサーヴァントでも関係無い。
「ガ、ァ、ァ、ァァァあああああ゛あ゛あ゛!」
こちらを見定め、大気を震わせる怒号を撒き散らしながら真っ直ぐ向かってくるヘカトンケイレスたちに、ミルディアのミサイルが先手をかける。
舞い上がる爆炎と硝煙。それが開戦の合図となった。
煙で視界を奪われたヘカトンケイレスだが、それすらも無関係とばかりに炎を振り払い硝煙から飛び出してくる。
「そこっ……シッ!」
その瞬間、懐に飛び込む小さな影。アーシィだ。
抜き放たれる一閃。冷気に覆われ、星の流れる河のように煌めく刀身がヘカトンケイレスを捉える。
「アーシィさん、離れてください!」
神速の斬撃と同時に間合いを離すアーシィに入れ替わって、ヘカトンケイレスたちの中心に閃光が走る。
それがビートの放った雷撃だと気付くのは、閃光に遅れて響く雷鳴を聞いてからだった。
「……やっぱり数が多すぎですね。でも、そんな事は百も承知です!」
雷撃はヘカトンケイレスの体を蝕むが、いかんせん数が多すぎるせいかその威力も拡散しすぎてしまっているようだ。だが、ほんの僅かな数でも動きを止められれば、それで十分。
しかし、突如飛び込んできた獲物を前に、数体のヘカトンケイレスがビートに襲いかかる。
「そうはさせません!」
豪腕から放たれる知性なき暴力の前にシャルトリューが躍り出る。その一撃は本物のデウスエクスに比べれば威力は劣るが、受け止めた腕に伝わる衝撃は、重い。
「まずは各個撃破ですね。行きましょう、ギルティラ!」
ソラネが狙うは、先程アーシィの斬撃を受けた1体。
ケルベロスカードより全身に纏う外骨格。そこに搭載されたAIが、狙うべき敵を、位置を、タイミングを指し示す。
ヘカトンケイレスがこちらへ向かい走り出した、その瞬間に撃ち出された光条が敵を貫き、死者をあるべき姿へと返していく。
「やっぱり1体1体はそんなでもなさそうだね……とは言え、この数!」
残るヘカトンケイレスを相手に里桜がギリギリで立ち回る。
動きこそ単調だが、それ故容赦が無い。おまけに数の暴力と言うのは中々厄介で、遂にヘカトンケイレスの振り上げた腕が里桜を捉えた、が。
「小早川様、今です! 反撃を!」
超重量の一撃を受け止めたのは、アリシアのサーヴァント、ボクスドラゴンのシグフレドだ。
その大振りな一撃の隙を突いて、里桜は両手に持ったナイフをヘカトンケイレスの腹部に突き立て、そのまま斬撃を重ねていく。
「助かったよアリシア。さて……これで数は同じ、ココでブッ潰せなきゃ、情けないよね!」
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ヘカトンケイレスとケルベロスの決定的な差は、戦略そのものである。
知性が皆無であるが故に、ヘカトンケイレスは各々が本能の赴くまま、その力を振るう事しかできない。
「これでもう一人! 次は……アイツだね!」
アーシィの鋭い斬撃がヘカトンケイレスの首筋を裂き、また1体を無力化する。
仲間同士で連携しての各個撃破、グラビティによる戦闘力の補強、加えて敵の直線的な動きはいかに強力と言えどケルベロスからすれば避ける事は容易い。
「おっと、危ない!」
「大丈夫ですか? すぐに回復します」
加えて、ミルディアたちが敵の攻撃を受け、アリシアたちがそれをすぐにヒールする。
数と数のぶつかり合いである以上、長期戦にならざるを得ないものの、戦況はケルベロスが優勢であった。
が、敵の目的は勝利ではない。ただ力尽きるまで目の前の獲物を襲うだけ。ただ、目の前で動くものが物言わぬ肉塊になれば、それでいいのだ。
「グぉああああ゛あ゛!!」
獣のそれに近しい咆哮を挙げ、ヘカトンケイレスの一体がシャルトリューに襲い掛かる。
先ほどまで攻撃により千切れかかっていたその腕は、幾重にもなった屍肉で補強され、醜く肥大化している。
「――っ、これは、流石に効きますね」
「私が前線を維持します。スーはシャルトリューさんを」
すぐに展開される雷壁の中、リーとテレビウムのスー・ペアがヒールに回る。
恐らく、このまま戦えば敵の殲滅までそう時間はかからないだろう。しかし、果たして何人が無事でいられるか……。
4体目のヘカトンケイレスが地に沈み、戦いも中盤を迎えるが、ケルベロスたちにも疲労と痛みが表情に滲み出てきていた。
――その時だった。
ふわりと漂う風。まるで意思を持つようにうねる風の鎖が、ヘカトンケイレスを襲う。
「里桜くん、お待たせっすよ!」
「おっ! カナンやるじゃねぇか! よし、俺はこのままるりたんと回復に回るぜ」
援護に駆け付けたカナンとバックスであった。それに続いて結とユリア・フランチェスカ(オラトリオのウィッチドクター・en0009)らが、戦線に加わる。
「避難の大詰めは、シャルロットさんたちに任せてきたよ」
「これでこちらの手も足りる筈、頑張りましょう!」
どうやら、避難誘導の方は人数が多かった事もあって想定以上に早く終わったようだ。
後は数名が残り、戦闘の支援に駆け付けたという次第である。
「これは……負けられませんね! 皆さん、もう少しですよ!」
一気に攻めるなら、今しかない。ビートの掛け声と共に海岸を鮮やかな爆炎が彩った。
炎の熱が、仲間の声が、ケルベロスたちの士気を高めていく。
「支配者がいない今はただのゾンビ、しかし映画やコミックのもの程生ぬるくはありませんか……ですが、それならこちらにもやりようはあります!」
ソラネが狙うは視覚内の全てのヘカトンケイレス。
順々にロックオンカーソルが敵を捉え、一斉射撃のためのエネルギーが充填されていく。
「チャージ完了、全門開放! 撃ちます!」
弾ける爆音、甲高く響きながら砲弾が飛び交い、尾を描いてミサイルが降り注ぐ。
アリシアが施したルーンの祝福が鋼の弾頭に刻まれ、ヘカトンケイレスの力を奪っていく。
「里桜! 一発喰らわせてやりなぁ!」
「デフェ……! うん、任せて!」
ソラネの撃ち込んだ弾幕は炎となって燃え上がり、そこにデフェールが冷気のオーラで包み込む。
「当たらなくても、当たるまで撃つ!」
ばら撒かれた符の一つ一つが、無数のマスケット銃を形作る。
狙いもそこそこに放たれた炎の弾丸はヘカトンケイレスの腕を僅かにかすめる。が、それだけでは終わらない。
外れれば次の銃を、外れなくても次の銃を、降り注ぐ銃弾はさながら炎の雨のように敵を削っていく。
「そんで、倒れるまで撃つ!」
無数の弾丸の一つがヘカトンケイレスの額を貫き、大きな音を立て崩れ落ちる巨体。
敵の数は半数を切った。戦いが決するのも、時間の問題だろう。
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「あ゛、ァ、ァ……」
あれほどいたヘカトンケイレスも、残るは3体。そして今、ケルベロスたちの攻撃でその内の1体が力尽きる。
後の2体も再生と破損を繰り返し、最早人の形すら成し切れていない。
「気分の良いものではありませんね……」
「でも、だからこそ、終わらせて安らかに眠らせてあげましょう……!」
襲い掛かるヘカトンケイレスをビートの放ったブラックスライムが絡め取り、ソラネの紡ぐ竜語魔法が焼き払う。
荼毘に付す、と言うわけではないが、その死が犠牲になった者たちの救いになる事を願うのだった。
「後、1体……これで、終わりです!」
醜く歪み、至るところに生えた器官から溢れるのは、怨嗟か、あるいは憎悪か。
いずれにしても、彼らはここで終わらせなくてはならない。その最後の一撃を、サーヴァントと共にリーが繰り出す。
「う、あ゛、ァ……ァ……」
崩れ落ち、消滅していく中、ヘカトンケイレスの呻き声はさざ波の音にかき消されていくのだった……。
「ふぅ……やっと終わったよー」
1体ごとの戦力は本来のデウスエクスよりも低いとは言え、数が多い。流石にミルディアだけで無く、他のメンバーも疲労の色は隠せなかった。
残り火と共に消えていくその姿を見て、リーは小さく呟く。
「……何だか、胸の辺りが重い気がします」
皆、屍隷兵と言う存在には少なからず思うところはあるだろう。
「うーん……ちょっと嫌な感じだったね。でも、ちゃんと街は守れたよね!」
その呟きに、ミルディアが笑顔で返す。
「そうですわね、今回は事前に避難を行えた事もあって、被害はないのではないでしょうか?」
「それもこれも来てくれたみんなのお陰だよ、ありがとうね!」
アリシアと里桜の言葉通り、今回はサポートが多かった事に加えて迅速な行動もあって、被害は実質皆無と言って良いだろう。
諸手を挙げて喜べる状況では無いが、それでも勝利を掴み、誰かを守る事ができたのだ。
それは、きっと誇らしい事実なのだろう。
「あ! 私の作ったお城!」
「あ……やっぱり壊れてしまいましたか。お片付けが終わったら、また作り直しましょう?」
戦闘から続く緊張を緩ませたのは、やはりアーリィの悲痛な声。
開戦前に築き上げた立派な砂城は戦いの余波で無残にも土くれへと変わり果てていた。
そんな彼女をシャルトリューが宥めつつ、戦いの後処理へと移る。
――冥龍ハーデスの残り香、屍隷兵。
本当に戦いが終わるのは、彼らによって作られた傷痕が完全にかき消えた、その時なのかもしれない。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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