●ロメア・レアの廃墟には花の獣がいるという
小川の辿った先に、その景色はあるという。
「その地には花の獣が踊るなんてやっぱ面白いだろ」
ロメア・レアの幻想譚。
不思議なその風景画には元になった場所があるという。不思議な生き物も、奇怪な事象も全てすべてあったのですよ、と囁いたのはどんな深夜番組だったか。
「まぁ確かに? 森が人を飲み込んだって聞いたらやばい感じあるのは分かるけどさ。要は道が入り組んでで迷いやすいってだけじゃんか」
目につくのは、作業小屋のらしき骨組みと古い井戸。木々は確かにあるがーー。
「花の獣は見当たらない、か」
恐れを抱くものは去れという。
雄々しき花の獣の試し。
それがこの地で見れるという噂があるのだ。噂にすぎないだろ、と仲間は言った。もしそうじゃないならやばいだろうとも。
「分かってないよなぁ。そうじゃない時こそ、面白いってのに。花の獣に、試しだぜ? ま、簡単には見つかりもしねぇっぽいけど」
もう少し探してみるべきかと息をつき、男は明かりを探そうとバックへと手を伸ばす。
「ーー」
だが、体はそこで止まった。掴むことができなかった明かりが地に落ちる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
男の心臓を手に持った鍵で一突きにして、第五の魔女・アウゲイアスはそう言った。鍵を引き抜けば男の体は意識を失って崩れ落ちる。その傍に、ゆらり木で出来た巨大な狼が立ち上がった。
「ウォオオオンン」
トピアリーに似た獣ーー花の獣はゆるり身を起こし咆哮を響かせる。
降り注ぐ花の中、己の全てを誇るように。
●花の獣
「皆様、お疲れ様です。第五の魔女・アウゲイアスに関する事件が確認されました」
レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言うと、真っ直ぐにケルベロスたちを見た。
第五の魔女・アウゲイアスによる事件ーー不思議な物事に強い『興味』を持ち、自ら調査を行おうとしている人がドリームイーターに襲われてしまう事件だ。
「襲われた方は、ドリームイーターにより『興味』を奪われてしまいます」
『興味』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだがーー奪われた『興味』を元に現実化した怪物型ドリームイーターは残っている。
「あちらは、遺された怪物型ドリームイーターによって、事件を起こそうとしているようです」
レイリはそう言って、手元の端末から顔を上げた。
「現実化した怪物型ドリームイーターは『花の獣』と言われる、木の巨大な狼のような獣です」
ロメア・レアの幻想譚と言われる、不思議な絵画に出てくるという生き物。
トピアリーのようなものだとレイリは言った。
「トピアリー……あぁ、常緑樹とかで鳥とか動物を形どるやつだっけ」
確か、と視線を上げた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)にレイリは頷いた。
「はい。それに似たものだと思っていただけると」
そう言って、レイリは集まったケルベロスたちを見た。
「怪物型ドリームイーターによる被害が出る前に、撃破をお願いいたします」
このドリームイーターを倒すことができれば『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ますだろう。
「現場は放棄された作業小屋のらしき骨組みと古い井戸が目立つ森の中です」
数日前に降った雨の影響でぱたぱたと木々の間から水滴の落ちる森の中だ。鬱蒼と木々が生い茂り、木漏れ日のさす場所はロメア・レアの幻想譚という不思議な絵画のモデルとなった場所と噂されている。
「絵画自体は不思議な景色を描いていったとされるものだそうです。実は本当の景色で、それに気がついた人は森に飲み込まれてしまうとか、知らずに踏み込んだものは花の獣に試される……とか噂があるそうです」
深夜番組で特集されたところ被害者は探索にやってきてしまったらしい。
「森には木々の獣。恐れを抱くものは去れと咆哮を響かせる。その『花の獣』の話が、怪物型ドリームイーターの元となっているようです」
敵は怪物型ドリームイーター『花の獣』が一体のみ。配下などは存在しない。
「それと……この怪物型ドリームイーターですが、幾つか習性があるようです」
ひとつは、人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』ような行為してくるというものだ。
「正しく答えることができれば……そうですね、花の獣、と言えば見逃してもらえるようです。ですがこれに失敗すると相手を殺してしまいます」
今回の依頼は怪物型ドリームイーターの撃破だ。
「この後やってきた方が全て、正解を答えられるというわけではありませんから」
そう言って、レイリは顔をあげた。
「もうひとつの習性についてですが、このドリームイーターは自分のことを信じていたり、噂をしている人がいるとその人の方へ引き寄せられる性質があるようです」
花の獣は森の中を移動している。手分けして探すよりは、この性質を利用して誘き寄せる方が有利に戦えるだろう。
「現場の森は、放棄された小屋の骨組みは古い井戸、折れた木々が残っています。足元には十分気をつけてください」
小屋のほど近くに開けた空間がある。被害者もここに倒れているのだとレイリは言った。
「戦うにはここが丁度良いかと」
花の獣の動きは素早く、切り裂き攻撃のほか、咆哮と共に毒性のある花の雨を降らせる攻撃もあるという。
「最後まで聞いていただきありがとうございます」
レイリはそう言って、顔をあげた。
「怪物型ドリームイーター『花の獣』の撃破をお願い致します」
森を抜け出し、これ以上の被害を生まない為に。
「どんなものに興味を持つかは人それぞれで、でもそれを好き勝手に利用されるわけにはいきませんから」
「そうだね。その興味も思いも彼自身のものだ」
静かに、一つ笑みを浮かべた千鷲を視界にレイリは頷いた。
「では行きましょう。皆様に、幸運を」
参加者 | |
---|---|
春日・いぶき(遊具箱・e00678) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) |
セルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601) |
リルミア・ベルティ(錫色の天使・e12037) |
九十九折・かだん(清濁・e18614) |
ルルド・コルホル(良く居る記憶喪失者・e20511) |
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723) |
●幻想の森
水滴さえ、緑に染まるようだ。
緑深い森を行き、辿り着いたその場所は静寂の地であった。鳥の声は無く、ただ緑が濃い。
「あのにーさんの気持ちすっげえ分かるわ……」
目に見えるのは美しい緑の森と、古びた作業小屋。骨組みばかりともなれば支えるのは白い花を咲かせる蔦だ。井戸を目の端に、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は思わず口元を緩めた。
綺麗な風景と、廃墟に目がないのだ。
「絵画の内容も、その作者が不明という点も、浪漫溢れるものですね」
見渡せば、冷えた空気が春日・いぶき(遊具箱・e00678)の頬を撫でた。
「花の獣というのもまた魅力的で……、魔女殿の興味本位で、穢されていいものでは、ありませんよね」
「あぁ」
頷いてセルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601)は花の獣の情報を思い出していた。
(「トピアリーって言うとなじみがなかったりするが、植木が動物などの姿に刈り込まれているもの、と言えば案外いろんな人が納得するんだよな」)
それが動いてるっていうのはなるほど、七不思議のようだ。
「花の獣」
なぞるように言葉をひとつ作り、九十九折・かだん(清濁・e18614)は呟いた。
「少し、親近感がある」
深い緑の匂いを肺に落とせば、風が吹く。下草が揺れれば、倒れていた青年を見つけるのも容易だった。
「さて、と。運ぶか。千鷲は俺に同行し敵への警戒よろ」
「仰せのままに」
笑みで応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が頷く。に、視線だけを返してサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は怪力無双で倒れたままの青年を抱えた。
「あ、そうだこいつも」
「カメラ?」
瞬いた千鷲にキソラはひとつ笑って頷いた。無言でひょい、と持って行くサイガに、さすがに持つよと千鷲が手を伸ばすのを見送れば、足元、かさ、と草が鳴る。
二人が戻るまでの間にこっちは戦場の準備だ。リルミア・ベルティ(錫色の天使・e12037)は持ち込んだハンドライトで戦場の足元を照らしていく。腰のランタンに灯りを入れ、ルルド・コルホル(良く居る記憶喪失者・e20511)は仲間と一緒に灯りを設置していけば明るさも随分増した。
「さすがにこれは片付けた方が良さそうだな」
枝のひとつをキソラが片付ける頃には、いぶきもランタンを吊るし終えたところだった。枝に吊るしておけば、戦いに巻き込むことは無いだろう。
深き森に、灯りが落ちる。
戻ってきたサイガたちを出迎えれば、森の中に確かにある気配が蠢くのが分かる。
「それじゃぁ」
手元のスマホを操作しながら、レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)は視線をあげた。
「始めようか」
手元にはロメア・レアの幻想譚。多くの検索結果が、幻想の森を見せていた。
●花降る森の獣
「ロメア・レアの幻想譚か……噂通り美しい絵だね。実物はもっと美しいんだろうな」
検索して見つけた絵を見ながら、レスターはそう呟いた。一緒に周囲の光景と画像を見比べていたリルミアが顔をあげる。
「「花の獣」という名前だと花で出来ているかどこかに花が咲いているみたいな感じですね。絵の中には獣の姿は描かれてるんですか?」
「あぁ……あったよ」
指先でひとつ示した先、花の獣の姿が少しばかり大きくなる。油絵だろうか。鼻先をあげて立つ獣の周りには薔薇の花びらが舞っていた。
「幻想譚……綺麗なものは、誰だって目にしたくなるから、な」
そして、それを踏み荒らされたくない者もいるのだろう。とかだんは紡ぐ。
「なあ、『花の獣』ってのがこのあたりにいるんだってな」
セルジュがそう言えば、キソラが視線ひとつあげる。
「試しってぇのは何の為なんだろな。聞いたら答えてくれっかね」
「門番、だっけか? ひとつ試して欲しいモンよなあ」
サイガのその言葉に、気がつけば風が止んでいた。
「花の獣が森を守る門番なら試しを克服した者にしか見れない情景があるのかも」
小屋を眺め、ひとつ息を吸って詠うようにレスターは紡ぐ。
「森は静謐な聖域、魂が集う場所。案外此処は彼岸と繋がっているのかもしれない……なんてね」
振り返って、ふ、と笑う。その瞬間、感じていた気配が強い視線に変わる。
「ルォオオオン……!」
咆哮だ。
風も無いのに木々が揺れる。ざわめきの中、『花の獣』は姿を見せた。木で出来た獣。狼に似た花の獣は、す、と鼻先をあげーー問う。
「答えよ。我は何だ」
その紫苑の瞳に、ルルドは言い切った。
「駄犬」
「花の獣」
リルミアが告げ、考えるそぶりをしてセルジュが口を開く。
「俺にはやはり花の獣に見えるがな」
回答をこうして分けるのは、間違えた方に花の獣を惹きつけることができるかどうかの試しであった。
「残念ながら。お前は、人を傷つける怪物だ」
静かに花の獣を見据えながら、かだんは言った。
「この森を、怪物の森には、したくねえだろ」
間違える事で狙いを惹きつけられるなら尚良いな。
ぼんやりとした眼差しで、けれど僅かに牙を見せるようにかだんは嗤う。
私、お前と取っ組み合いたくて、此処に来た。
「ォオオオオン」
花の獣が声をあげる。咆哮は最初に聞いたそれとは違う。威嚇するような力強い声に、不正解だ、と低い声が重なり響いた。
「恐れを抱くモノは去レ、外レシものハ地ヘト還レ」
たん、と花の獣が踏み込む。次の瞬間、高い咆哮が戦場に響き渡った。
「ウォオオオンン」
次の瞬間、むせ返るような甘い香りと共に紫色の花が前衛へと降り注いだ。ちり、という痛みと共に毒が体に入り込む。一気に地を蹴ろうとする花の獣に、サイガは身を起こした。
「うっせえぞポチ」
敵に踏み込まれる先に、踏み込む。地を蹴る音など響かせない。飛ぶように行く姿を視界にいぶきはその手を伸ばす。
「生とは、煌めいてこそ」
指先からこぼれ落ちるのは血に触れて溶ける硝子の粉塵。声は咆哮響く戦場に溶け、こぼれ散る粉硝子は煌めきを描きながら前衛へと癒しと盾を紡いでいく。
「は」
息をひとつ、サイガは零す。
踏み込みの足が、毒を払われて一気に軽くなる。キン、と刃を引き抜けば、抜刀のその音に、は、と花の獣が前を見る。
「こっちが先だ」
避けるように身を横に飛ばすがーー刃の方が、早い。緩やかに弧を描く斬撃に、花の獣が軋んだ。ぐん、と顔をあげた獣が一度距離を取ろうとするそこにキソラはハンマーによる砲撃を向けた。
「ルォオオ!」
竜砲弾の衝撃に、花の獣は吠えた。千鷲、とキソラがヨロシク頼む、と告げる。
「仰せのままにっと」
踏み込み入れるのは絶空の刃。狙いは、その身に深く制約を届ける為。斬撃を視界に、咆哮を耳にセルジュは笑う。
「さて、やるとするかね」
吐息ひとつ零すように、唇は緩やかに笑みを描いて指先は静かに花の獣へと向けられる。
「さぁ踊れ、曲は始まってるんだ」
囀る小鳥たちのようなワルツ。あわい薄桃の煌めき。さぁ踊ろう、楽しい世界へといざなおう
はたと揺れる衣をそのままに、セルジュはその力をーー解放する。
●ふりそそぐ花の名は
力がーー駆け抜ける。
唄うような男の声に、空気が震えた。踏み込む花の獣の足が、ひくり、と止まる。一瞬——だが、かだんにはそれでも十分だ。
地を蹴り行く。森の中、嘗て故郷の森を守るためにかけたヘラジカはた、と軽く身を浮かせ、振り返る獣へと蹴りを叩き込んだ。
ガウン、と重い音が響く。木のそれとは思えぬーーだが硬く鍛えられた森の木の音を響かせながら、花の獣はかだんに牙を向ける。
「ルォオ!」
威嚇だろう。た、とかだんは一度間合いを取り直す。視線は外さない。今も森を守る花の獣へ慈しみと憧憬の眼差しを向けながら、次の一撃の為——地を、蹴る。
古来蝶は人の魂の化身と信じられた。
(「花の獣が森の意志の代行者なら俺達こそ邪魔者じゃないか?」)
けれども、とレスターは唇を引き結ぶ。
「けれども俺はケルベロス。青年を助けたい」
小さく息を吸い、レスターは踏み出す。動き出せば獣の視線がこちらを向いた。どうやら問いへの返答によって敵を惹きつけることはできないようだ。なら、戦うだけだ。覚悟を、思いを自分も果たす為に。赤黒く光る花の獣の瞳に、レスターは梢から梢へと逃げかくれながら銃口を向ける。
ガウン、と一撃は、木の上で跳ねて花の獣へと届く。予想外の一撃に、は、と顔をあげた獣へとルルドは踏み込む。
「グラック」
静かに名を呼べば、ルルドのオルトロスは視線ひとつ頷き花の獣へと飛び掛った。切り裂く刃に木片が散った。頬の横、抜けて行く破片を見送ることもないままにルルドは手を伸ばす。指一本、鋭い突きで敵の気脈をーー断つ。
「ガウゥウ!」
威嚇の声が、リルミアの耳に届いた。掲げた杖で雷の壁を仲間へと紬ぎながら、少女は戦場となった森を見据えていた。
花の獣の動きは素早い。振り回される程では無いが、容易に捉えられるような相手ではまず、無い。獣にふさわしい素早さと言うべきか。
「ルォオオ」
「毎回、そいつってのも、な……!」
降り注ぐ毒の花の中、たん、とキソラが花の獣へと踏み込む。間合いを嫌うように、身を逸らした獣を前にキソラは腕を振り上げる。キュインという音と共に掌に届くのは風切り裂く光の刃。握る剣は稲光のように鋭く、唸る風切りの音は雷鳴のように響く。
「奔れ、アマナギノイカヅチ」
それは轟雷の如し、大振りの一撃。
ゴウ、と森の空気が震えた。雷音を響かせ、振り下ろされるキソラの刃が花の獣を捉えた。身を横に飛ばすだけでは、避けるには足りない。斬撃は胴を切り裂いて、飛び散った破片の中、ケルベロスたちは前へと踏み込む。加速する戦場に足を止めることはなく、流れた血を、痛みを今は置いて動く。
「回復を」
癒しの力を紡ぎ、いぶきは戦場を見据えた。指先に残る血が少しばかり邪魔だ。毒に落ちないのはリルミアが紡いだ耐性のお陰だ。最後の盾を紡ぎあげた少女が、顔をあげる。グルル、と花の獣が唸り声をあげたのはその時だ。
「きますか」
低く、いぶきが告げる。花降らす咆哮が後衛へと放たれた。
「ォオオオオン」
「こっちだクソ犬」
だが咆哮が届くよりも先に、踏み込む者たちがいた。ルルドと、かだんだ。後衛を狙い落とす為の花びらは踏み込む二人の壁役に受け止められる。
「は」
痛みはある。走るような熱も。だがルルドは顔をあげた。この身は壁役。ならば立ち続け、戦い切るーーだけ。
ナイフを抜く。一気に踏み込んで突き立てた刃は注いだ制約をその深くへと届けるものだ。
「グルォオ」
花の獣が唸る。暴れるように身を揺らしたそこに、ルルドは身を横に飛ばした。すぐ近く、踏み込んだかだんの姿が見えたからだ。
「潰えて、終え」
かだんは吠える。ケダモノの如き咆哮を響かせ、振り上げるは氷の拳。触れるものを凍てつかせる絶対零度の拳に僅かに残っていた花びらが凍りつきーー消える。
「平伏せ」
ガウン、と重い一撃が花の獣へと落とされた。衝撃に、獣は蹈鞴を踏む。欠け落ちた破片を飛び越し、セルジュは舞い降りる。
「ほら、いっちょ喰らっておけ!」
流星の煌めきと重力を宿した蹴りが、獣の頭に沈む。ガウ、と着地したセルジュに花の獣は吠えた。反撃でもするつもりか。セルジュを見据えた敵にレスターは銃口を向ける。
「森を荒らすのは本意じゃないけど、仕事はきっちり果たすよ」
向けたのはバスターライフル。
花の獣が秘密を守る門番なら試しを乗り越えた者に何を齎すのだろうか。わからない、と思う。見てみたいと心の底で乞う。
だから今は、一撃を。終わりを告げる為に。
「——」
キィンン、と高い音を響かせながら冷凍の一撃は花の獣を撃ち抜いた。衝撃に花の獣は蹈鞴を踏む。グルル、と唸る声が戦場に響いた。
戦場は加速する。冷気と雷光、降り注ぐ花の下で。
あと少し、とセルジュは思った。花の獣が、その動きを鈍くしたのだ。それはダメージと、重ね紡いだ制約のお陰だ。踏み込んだ足が凍りつき、僅かに花の獣が傾ぐ。た、と地を蹴る前衛にリルミアは力を届ける。
「グルァアアア!」
た、と花の獣が地を蹴る。突撃と共に鋭い爪で前衛たちを切り裂く。いぶきが回復を告げ、再びの粉硝子が煌めきを戦場に描く。
た、とサイガは獣の間合いへと踏み込んだ。伸ばしたのは指先、触れるだけのそれは、だが次の瞬間炎を灯す。
「ようこそ。ごゆっくり?」
花の獣へと、触れる。体内へと送り込んだ気を、瞬時に凍てついた炎へと転化させれば青黒い地獄の炎は全てを焼き焦がす。
「ルァアア!」
暴れるその身が、ぐわり牙を向く。振り上げた腕はーーだがキソラの銃口に阻まれる。0距離。その位置から放たれるのはキソラの凍結光線。
「じゃぁな」
冷気が、舞い上がった葉さえ凍りつかせる。キン、と小さな音がした。花が、落ちたのだ。花の獣の周り、舞い落ちる筈だった花びらが凍りつき、落ちていく。ぐらり、と大きく花の獣は身を揺らしーー倒れた。
●ロメア・レアの幻想譚
小さな咆哮が最後にあった。ひら、と花びらが舞う。
「謎は謎のまま、ってな」
降る花を掴み、サイガはひとつ息を吐く。
「おやすみ。いい夢、見ろよ?」
セルジュがひとつそう告げた。降り注ぐ花の中、朽ちて行く獣にルルドは言った。
「花の獣。お前の名は花の獣だ」
静かな手向けに、花がおちる。指先に届く、その寸前に花びらは光となって消えた。崩れゆく花の獣と同じように森へとーー還る。
「ご存知の噂をちょっとお伺いしたく」
吹く風に、揺れる髪をそのままにいぶきは青年へと視線を向けた。折角だし散策に、とケルベロス達はロメア・レアの幻想譚のモデルとなったと言われる森を歩き回っていた。
「双子鳥のってのもいてさ」
曰く、未来の秘密を望む者の前に現れ、対価を求めるという。
「賭けるは命、やるのは夜明けまでの鬼ごっこってやつでさー。いや絶対やばい鬼ごっこだよな」
「そういえば、『試し』をクリア出来たらどうなるんですか?」
リルミアの言葉に青年は、あぁ、と顔をあげた。
「ロメア・レアの幻想譚に行けるって噂でさー。ロメア・レアもまた、最初の試しを超えたものであるという噂もあれば、ロメア・レアがあの世界を作ったのだという噂もあってさ」
「作った……ですか?」
小さく、リルミアは目を瞠る。あぁ、と青年は肩を竦めて頷いた。
「なにせ、作者不明の絵だしな」
「それはまた……」
ぱち、と瞬いたいぶきは、ふと違和感を感じて足を止める。ランタンを持ち上げれば、木々の影はやがていぶきの目にひとつの形を見せた。
「門、ですか」
鍵の無いトピアリーの門のその名残だ。僅かに開いたその先に見えるのは、彫刻群か。あ、と声を零したのはリルミアだ。さっき、見せてもらった検索結果の中に、似たような景色があったから。
「同じ……?」
「此処もまた、ロメア・レアの幻想譚の中のようですね」
いぶきは呟く。冷えた風が水の香りを運んできていた。
「小川を遡れば約束の地に辿り着けるのかな」
レスターは吐息を零すようにひとつ、紡ぐ。
「この森に今なお幻想が生き続けているならそっとしておきたい。真実はどうあれ此処が美しい場所で、美しい絵であるのに変わりないんだから」
無理矢理に暴き立てるのは無粋だ。
本当にここが絵のモデルの森なのか、真実はどうでもいいのかもしれない。見た者が好きに空想すればいい。此処は確かに、美しいのだから。
「それも、ひとつ真実だろうね」
小さく頷いて、千鷲はそっと木へと手を伸ばす。
「そのままが美しいものもあるし、実際此処は心地よい」
ふっと、笑って千鷲はレスターを見た。
「君には、どんな絵に見える?」
つま先を合わせるように出会った木を見上げれば、淡い緑の影がかだんの頬を撫でて行く。
あの子がきっと愛した森は興味があった。
「綺麗な景色は、腹が減るけどな」
呟きが一人足元に落ちる。思えば此処は鳥の声が無い。届くのは濃い緑の匂いだ。戦闘明けの強い飢餓から、知らず低い枝へと手が伸びる。つい、と指先に引っかかったそこで、かだんは手を飲めた。
「……」
薄く開いた口を、何も食べずに閉じる。指先から枝が離れ行けば、花の獣と同じ緑の香りがした。
常緑に、紫の花が美しく咲いている。
「ーー」
美しい森に、ピリと走った傷の痛みがサイガを現に引き戻す。
「失格だったか」
ひとり笑い目を伏せた男の裡にあるのは安堵であった。無自覚なそれは心の奥底に、落とした吐息は色もなくーーただ、風に吹かれる。
恐れず戦う先の景色、答えは知りたいし未だ知りたくない。
ふ、と吐息ひとつこぼれ落ちれば、とん、と足音が聞こえた。顔をあげれば庭園にテンション高く、キソラがシャッターを切っていたのが見えた。夢中な姿に、小さく息を零して、とん、と踏み出すサイガの足音はーー消える。
「がうっ!」
「!?」
背後から脅かせば、びくん、と驚いたキソラが勢いよく振り返った。
「何すンだよったく」
「花の獣に気ぃ付けろよ?」
にたりと笑うサイガを睨みつけ、返す声はひとつ、ふたつと跳ねて。
「ああそんときゃ記念撮影でもしてもらうかね」
カメラをひとつ構えてみせれば、また空が鳴く。吹き抜ける風に、緑と花の香りが届けば淡い影が森に落ちた。ロメア・レアの幻想譚。その世界に、また触れてゆくように。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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