奇譚、上陸

作者:長谷部兼光

●オキミヤゲ
 未だ三日月が闇に輝く、夜明け前。
 少年がそんな時間、港に訪れたのは、漁師の父が家に忘れていった弁当を届ける為だ。
 ……否。
 為だった、と言うべきか。
「……なんだ?」
 寝惚け眼のまま一瞥しただけでもわかる。
 漁港の様子が、何処かおかしい。
 本来ならあと数十分で係留されている漁船が一斉に出港する頃合いのはずだ。
 港はその準備に追われる漁師達の活気に満ち満ちていなければならないはずだ。
 なのに。
 港内は照明一つ燈っておらず、漁師の姿が一人として見当たらない。
 代わりに響くのは、大きな足音と、人の物とも獣の物ともつかぬ唸り声。
 漁師ならざる何かが、埠頭に居るのだ。
 ――不意に、水気を含んだ足音が止まり、その後再び聞こえてきたそれは徐々に大きくなる。
 べちゃり。べちゃりと。
 少年の存在に気付いたのだろう。
 ……此処から逃げるにしても幾許かの光源は必要だった。
 意を決し、懐中電灯を点けた少年が見たものは、
「ひっ」
 夥しい量の血に染まった漁船と、
 無造作に捨てらた漁師達の残骸と、
 複数の人間を圧縮して固めたような……異形と形容するに相応しい巨人の姿。
 大波が埠頭に打ち寄せる。
 巨人は港内を徘徊していた一体だけでは無く。
 十の異形が水底から這い出るように上陸し……。

 少年の五体が転がる。
 すでに惨殺せしめたものに用など無い。
 巨人達は陸へ陸へと歩を進めた。
 ――ただ、生者を鏖殺するために。

●頓挫した計画
 灰木・殯(釁りの花・e00496)の予測通り、屍隷兵達が本土への侵攻を開始したようだ、とザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は告げる。
「おそらく冥龍ハーデスは己の進路を阻むケルベロスを押し潰し、そのまま彼ら……『ヘカトンケイレス』を用いて制圧作戦を展開するつもりだったのだろう」
 だが、冥龍ハーデスはケルベロス達に討ち取られた。
 それで彼の企みは御破算になった筈だ。
「敵討ちの類ではないな。ヘカトンケイレス達自身に知性はなく、目的もない。ただ、主の命に従い動くだけの傀儡だ……たとえ主が死しても、な」
 敵の数は十。統率が取れておらず、実力もデウスエクスよりは劣る。
 一対一の戦闘に持ち込んでも撃破は可能だろう。
 ただし、数的には此方が不利なので、その点は留意しておく必要が有る。
「さほど強敵ではないが、人間を見かければ無差別に襲いかかり虐殺して回る性質がある。迎撃に失敗すれば、大きな被害が出る危険性もある、と言う事だ」
 ヘカトンケイレス達が上陸するのは茨城県のとある漁港。
 ポジションは全員がクラッシャー。
 月喰島には会話するに足るだけの知性を持つ屍隷兵も存在していたが、彼らにそれは望めない。
 尚、今回、此方側は余裕を持って迎撃できる状況にある。
 漁師達や周辺住民の避難等も、戦闘前……ヘカトンケイレス達の上陸前に滞りなく完了させることが可能だ。 
「ここで息の根を完全に止めてしまわない限り、彼らは際限なく殺戮を続けるだろう。一体たりとて討ち漏らすことは出来ない。決してな……頼んだぞ」


参加者
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
エルボレアス・ベアルカーティス(メディカリスト・e01268)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)

■リプレイ

●お墨付き
 煌々と輝く星と月。
 澄んだ空気。
 寒風に遊ばれ水面に落ちる枯葉達が、冬はもうすぐそこまで来ているのだと教えてくれる。
 デウスエクス襲来の報が齎された漁港は、海から陸に戻る漁師達がひしめき、平時とはまた違った活気に満ちていた。
 その渦中、血気盛んな漁師達が、何か此方に手伝える事は無いかとケルベロス達に訊いて来る。
 気持ちは有り難いが、此処から先はケルベロスの領分だ。
「オラオラ、一般人はさっさと逃げろ!」
 カルナ・アッシュファイア(炎迅・e26657)が、まごつく漁師達に発破をかけると、それがケルベロスにとって最善の助けになると理解したのだろう。
 港をいくらぶっ壊しても構わねぇ。その代り絶対に化け物共をぶっ倒してくれ! と発破をかけ返し、血の気の多い漁師達は漸く、港の外へ歩を向けた。
「はーい、皆さん、こっちですよー。足元に気を付けて―」
 携えたランプを軽く揺らし、ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)は生真面目(シリアス)に漁師たちを先導する。
 が、ミュラの内心は穏やかではない。
 何せ……八割から九割の漁師たちがガッチリ系イケおじさん、若しくはイケメンであり、ミュラにとって好みのタイプなのだ。海の男侮りがたし。
 喜色で綻び掛けたミュラの顔は、夜闇が都合よく隠してくれた。
 いっそ歓声を上げて飛んだり跳ねたりしたい気分だったが、断腸の思いでその衝動を押し留める。先ずは仲間と協力して彼らの避難を助けるのが先だ。
 漁師達の避難が完了した後、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は港内を隈なく見回る。
 居残った一般人が存在しない事を確認すると、リューディガーはキープアウトテープを用いて港の入り口を封鎖し、さらにワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)が港全域を殺界で包み込む。
 ここまで念を入れて人払いを行えば、野次馬一人近づくまい。
 後は只、屍隷兵達を待ち受けるだけだ。

●水際
 静まり返った港の際。寄せては返す大波、小波。
 夜に紛れ、波を掻き分け、奇譚の残滓達は埠頭の一端に手を伸ばし、這い上がる。
 汚らしい襤褸。崩れた体。滴る雫。水気を含んだ足音。口部らしき器官から発せられる呻きとも威嚇ともつかぬ何か。
 べちゃり。べちゃり。
 意思無き二十の眼が光源に曝され、鈍い光を返す。
「冥王ハーデスの落とし子。既にあるじは亡いというのに、哀れな殺戮人形よな」
 ワルゼロムの親指が、爆破スイッチに触れる。
 べちゃり。べちゃり。
 屍隷兵達は反射的に生者……ケルベロス達へ接近する。
 その行動にはきっと、何の感慨も含まれていないのだろう。
「……よかろう、我々が疾く引導を渡してやろう」
 闘いの狼煙が上がる。
 スイッチを思い切り押し込んだ直後に起きた色とりどりの爆発は、種々の光と合わさって前衛を鼓舞し、彩る。
 爆風が引き、その奥で輝く矢を弓に番えるのはエメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)。
「私はヴァルキュリアの戦士、エメラルド・アルカディア! 貴様らの主は既に死んだ、その行軍も、ここで終わりとさせてもらうぞ!」
『聞く耳』も、口上を解する知性も、恐らく持っておるまい。
 ただ彼らは、大きな音を立てている生者を害する為だけに、揃わぬ足並みで行進を続けるのだ。
 屍隷兵達の行動はエメラルドの思惑通りの物だったが、これが知性ある人の成れの果てと思うと、少し……悲しくなった。
 妖精弓を目一杯引き絞り、そして放たれた光の矢は一直線に飛翔して、屍隷兵を胸部を貫く。
 直後。矢の描いた軌跡を辿り、ルーク・アルカード(白麗・e04248)は、傷を負った屍隷兵に、数秒の間すら与えず距離を詰め、そのまま惨殺すべく二振りのナイフを構える。
「冥龍ハーデスは厄介な置き土産を残してくれたな……!」
 窮した屍隷兵が腕を滅茶苦茶に振り回すが、歪な腕部がルーク触れた瞬間に触れた瞬間、彼の『分身』は掻き消えて、屍隷兵の背後を取った『本物』が、虚を突く痛烈な一撃を見舞い、正面からはワルゼロムのミミック・樽タロスがガブりと嚙みついた。
 一体ずつ確実に。それがケルベロス達の取った作戦だった。
 屍隷兵がぐるりと身体を反転し、本物をその双眸に納めようとするが、そこにルークの姿は無い。
 替わりとばかりに鳴り響いたのは、季節外れの雷鳴。
 エルボレアス・ベアルカーティス(メディカリスト・e01268)の喚び起こした雷光は星空を割いて月の光を塗りつぶし、屍隷兵の脳天から足の先まで駆け抜けて、麻痺を齎す。
 細かな痙攣を続ける屍隷兵は、怨嗟にも似た声を上げながら、おもむろに左腕を引き千切る。
 そして今しがた捥いだばかりの左腕が、不快極まりない音を立てて生えてくる。
 言うなれば、そういう体質なのだろう。自分で千切る分には一つのダメージも無く、投擲可能な質量武器の補充完了、と言う訳だ。
 屍隷兵が左腕を雷光の主、エルボレアスへと投げつけるが、リューディガーが左腕の進路へと割り込み、受け止める。
 尋常ならざる膂力によって生み出された速度でぶち当たる肉の塊。
 予想以上に、重い。
 これが一般人に降って注ぐ様など、想像したくはない光景だ。
「確かにこれは、ここできっちり倒さねばなるまい」
 無数のドローンが、リューディガーのグラビティを得て起動し、
「今を生きる人々のためにも、奴らの素体にされた犠牲者を弔うためにも……!」
 起動したドローン達は守備陣形を構築し、前衛の盾となる。が、後衛で起き始めている微細な大気の変化を感じ取ったか、せわしなくフォーメーションを組み替えて、射線を開いた。
「いらっしゃい」
 渦を巻くのはヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)が召喚した暴嵐の精霊。
「さようなら」
 飄々とした態度のまま放たれた、巨大な騎士槍の形を成すそれは、周囲の大気すら巻き込んで螺旋回転し、敵を刳り、貫き、そして終には世界を穿つ旋嵐だ。
 騎士槍が穿ったその後に、標的だった屍隷兵の姿はどこにも存在しない。
 ヴィルベルは残った九体の屍隷兵に、憐憫の視線を向ける。
「殺戮以外にやれる事がない、考える事が出来ないって悲しい話だよね。さっさと片付けて、楽にしてあげようか」
 未だ渦巻く風の悪戯か、魔導書・惺彩、その頁がはらり、はらりと、独りでに捲れた。

●人
「おーおー……こいつぁ、殴りがいがありそうじゃねぇの」
 カルナは屍隷兵を大仰に見上げ呟く。
 全長四メートル。暴れ回るには丁度良いサイズだろう。
 今は亡き主も、それ以上の能力を彼らに期待していたとは考えにくい。
 面白くない話だ。
 不愉快に歪む心奥を、表層上の苛立ちで押し殺し、カルナは一対のエクスカリバールを構える。
「ちょうどいい。島ん時は色々あったが、不完全燃焼だった分最後くらいきっちり締めさせて貰うぜ」
 二振りのバールが雷を宿し黄金に輝く。閃光二つ交差して、屍隷兵を斬り裂いた。
 カルナの攻撃を受け、屍隷兵は大きく崩れるが、往生際が悪い。
 最期の力を振り絞るように、腕で作られた指を丸め、拳に力を込める。
 屍隷兵の打撃がカルナに届くその寸前、ミュラが庇い、受け止めた。
「皆の言う通り、ただただ、もう居ない主の為に動き続けるなんて可哀想」
 黒杖鉄器偃月刀。
 ミュラはその黒き鉄の柄を駆使し、二撃三撃打ち据える。
「アタシが今、壊してあげるからね」
 偃月刀が、その白刃に淡い紫の光を纏い、
「まぁ」
 大きく振りかぶり、
「暇つぶしついでに」
 思い切り降り下ろすと、屍隷兵は真二つに両断され、残り八。
 遺された屍隷兵たちが低く唸る。
 その声色は、男の様で、女の様でもあり、老人の嗄れ声を想起させ、子供の無邪気な声にも聞こえ、そして獣の鳴き声に似ていた。
「つまり、全てか。外見通り老若男女獣に至るまで無理に繋ぎ合わせて一つにした。だが、それだけ人を素材に使っても、脳味噌だけはまるで足りていない」
 エルボレアスが屍隷兵を観察し幽かに頷く。
 中身がどうなっているか少々気になるが、後回しだ。
 先ほどミュラに両断された個体も既に消滅している。
「月喰島の屍隷兵……噂には聞いていたが、おぞましいな」
 エメラルドの言葉は、至極もっともな感想だろう。
 よくもここまで慈悲無く混ぜ合わせることが出来たものだ。
「主を失い知性も無い怪物に、人々を襲わせる訳にはいかない、か」
「その通りだ。エメラルド君、身体機能に問題はないな?」
「ああ。何時でも行ける!」
 ならばとエルボレアスはライトニングロッド・Popeより生み出した電撃をエメラルドに浴びせ、彼女の生命力と戦闘能力を一気に引き上げる。
 電撃治療を受けたエメラルドの光翼はより一層に輝いて、夜空に舞う。
 空を滑り、エメラルドが投擲した鎌は弧を描いて屍隷兵に接触し、徹底的にその五体を解体する。残り七。
「屍隷兵。生ける屍。こやつらに噛まれた人間が同じく生ける屍になる……そういう能力を持っていない分、まだ与しやすいと見るべきか」
 誰に聞かせる訳でもなく、不意にワルゼロムがそうごちた。
「へぇ。生殖能力を持つ屍か。実在するとしたら、完全にB級ホラーだね」
 言いながら、ヴィルベルは再び暴嵐の精霊を召喚する。
「……うむ。確かに、な。良くある話だ」
 ワルゼロムは自身の『仮面』に付着した返り血をゆっくりと拭い去り、オウガメタルをその身に纏う。
 嵐が穿ったその終点を更に鋼の拳で殴り抜き、残り六。
 屍隷兵達が漁港に上陸を果たしてから、およそ数分。
 漁港に漂い始めた強烈な腐臭に、ルークの顔は歪む。
 彼らの臭いを遮断していた海水が、完全に乾いてしまったのだろう。
「不完全な神造デウスエクス……俺たちウェアライダーの祖先も、元はといえば奴らと同じ神造デウスエクスだった……そして、その『材料』には、現地で捕らえた地球人も含まれていたのだろう」
 リューディガーの右掌を台座に浮き留まるのは、満月によく似た光球。
 予測だが、人を素材にデウスエクスを造れるのならば、あり得ない話では無い。
 それの意味するところはつまり、人類は、デウスエクスが地球上に存在する限り、彼らの栄養補給源であり玩具であり続けるという事実だ。
「ルーク!」
「ああ!」
 リューディガーがルークに光球をぶつけ、そうして高められた凶暴性は彼のブラックスライムにも伝播する。
 解き放たれた強欲は、地面を抉りながら屍隷兵に食らいつくと、四メートルの巨体を一気に呑み込んで、消化した。
 残るは、五体。
 
●眠れ奇譚
 ――この戦いが全て神の遊びでしかなくとも。
 ミュラの左右、地響きを鳴らしながらスピーカーがせり上がる。
 想念術を駆使し、想いとグラビティチェインを声に乗せ、ミュラが口遊むのは『神々に抗う者達の歌』。歌に託された願いと希望は飛び立つ鳥の姿に変じ、無数の旅鳥たちは、屍隷兵を包み込む。
 旅鳥達が月夜に去った後、露わになった屍隷兵に、エルボレアスの乱打乱撃が弾雨の如く降り注ぐ。
 乱撃の終局、降魔の拳が遂に屍隷兵の強靭な肉体を打ち破り、心の臓を破壊せしめ、残り、四。
 屍隷兵の骸が霞の如く消えたのは、その直後だった。
 最期まで中身を確認できなかった事をエルボレアスは些か残念に思ったが、素材になった人々の事を考えれば、それで良かったのかもしれない。
 エメラルドは、妖精の加護を施した一条の矢を放つ。
 曲がり、くねり、矢にあるまじき軌跡を描いて、逃げ惑う屍隷兵の眼窩を射貫く。
 屍隷兵が突き刺さった矢を目玉ごと引き抜こうとするその隙を突いて、リューディガーはアームドフォートに火を燈す。
 鎧装騎兵としての演算能力が確かなら、この一撃で七体目の屍隷兵は四散するだろう。
 耳を劈く轟音と共に破鎧の一撃を発射して、残り三。
 だが、屍隷兵を打ち倒しても、リューディガーの心は晴れない。
 おぞましき姿。哀れな末路。
 それを見て心の奥より滲み出るのは、デウスエクスへの怒りのみだ。
「本当、何の為に動いてるんだろうね」
 ヴィルベルが言葉を零す。
 そう思う程に、彼らの生に価値を見いだせない。
 彼らの頁は、どのような色や文字を用いたとしても純白のままなのだろう。
 空白は決して埋まらず、だからこそ生には程遠い。
 何も生み出せず、ただ、奪うしか出来ない。
 ヴィルベルに取ってそれは、死に勝る拷問だ。
 二冊の魔導書を同時に開き、ヴィルベルは黒き触手を召喚する。
 生と死の境界線に住まうそれは屍隷兵より猶おぞましく。
 黒き触手は屍隷兵を徹底的に破壊しつくし、破片に変える。
 残り二体の屍隷兵、その片割れがそれまで負った傷口の方々から、穢れた血をルーク目掛けて吐き出して、アルビノの毛並みはどす黒の血液に侵され、地に片膝をつく。
 屍隷兵は、大きく肩を上下に震わせ呼吸するルークを見下し、口部に泡を溜めながら、さらに血液を吹き付けようとする。
 だが、血液がアルビノの毛並みに触れたその刹那、ルークの姿は掻き消えた。
 ――分身。
 水面に映る月が揺れ、大きな音を立てて破れる。
 飛沫と共に夜の海から現れたルークは荒波の如く屍隷兵を急襲し、埠頭に帰還する。
 その毛並みは再び色を取り戻し、星空に照らされたその姿は真白く、麗しくあった。
 最後の一体がカルナへ投げた肉塊を、樽タロスが遮る。
「崇高なる神霊の魂、天上世界の果実の如く、いざや彼の者に恵みと癒しをもたらさん!」
 ハオマの果実。神霊の欠片を果実と成し、ワルゼロムがカルナに埋め込んだそれの効果は覿面で、傷ついた体をよく癒し、穢れた血に封じられていた力をも取り戻す。
「高くつくぞよ」
「マジで!?」
「冗談ぞ」
 目が笑ってない……気がした。
 カルナは体中に鹵獲された膨大な数のグラビティを手の甲のコアに集中させ、確かめるように拳を作る。
 刹那。紅蓮に燃える彼女の髪はさらに緋く煌いて、四肢は激しい黒炎に包まれた。
 ありったけの重力を収束した爆拳を屍隷兵に叩き当てる。
「色々言いてぇ事は山ほどあんだろーが……もう、いいだろ。後はゆっくり休みな」
 赤熱する姿とは対照的に、カルナは静かな口調でそう語り、
 ――一瞬の静寂。その後。
 最後の一体が、爆ぜた。

 ケルベロス達は手分けして漁港にヒールを施す。
 漁師たちが港の損壊を気にするなと言ったのは、これを当て込んでの事だろう。
 漁港の修復は滞りなく完了したものの、屍隷兵が撒き散らした『腐臭』が抜けきるには、今しばらくの時間を必要とするようだ。
 エメラルドは夜明け前の海を睨む。
「月喰島は沈んだと聞いた……このような遺産、もう現れなければ良いのだが」
 屍隷兵達を隠匿していた大海原は、何も知らぬとしらを切り……ただひたすらに、穏やかだった。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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