●房総半島にて
ミャアミャアと海鳥が驚き慌て、鳴いて飛び去る。
海を超え、巨大な屍隷兵の群れが海岸をのろのろと移動している。
海沿いの国道を走るオープンカーに乗ったカップル、今からレジャーに行こうとしているワンボックス、みんなみんな屍隷兵に襲われた。
彼氏は頭を掴まれ、あまりの怪力にパァンと頭を柘榴のように弾けさせ、彼女は胸を貫かれ、心臓が路肩に転がってまだビクビクと動いていた。
ワンボックスは蛇行しながらも逃げようとしたが、屍隷兵に集られ視界を奪われた挙句、崖にぶつかって止まった。こじ開けられた窓から手を伸ばし、屍隷兵は子供を引きちぎり、ばらばらと路面に撒く。
悲鳴を上げ続ける母親はあっという間に踏み潰された。
そして常軌を逸した状況にヘラヘラと笑いだした父親も、体を上下に分かたれて死んだ。
後続車が泡を食ってUターンする。しかし、あっという間に屍隷兵に捕まり、また――。
●ハーデスの遺物
「冥龍ハーデスは皆のお陰で死んだ。これで一件落着や! と僕も思ってたんやけど」
香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)の顔は暗い。
「灰木・殯(釁りの花・e00496)さんが予測しててくれたんやけど、ハーデスは月喰島から配下を進軍させてきてたんや。そう……屍隷兵や」
屍隷兵はハーデスが作り上げようとしていた神造デウスエクスである。しかし、目論見が途中でケルベロスによって潰されたため、不完全な失敗作として終わった。
「失敗作でも動くもんは動く。今、太平洋側の海岸地帯はヘカトンケイレスっていう種類の屍隷兵がうじゃうじゃしとる」
創造主ハーデスの死により、ヘカトンケイレスの統率は失われた。ヘカトンケイレスは、十体程度の群れで無差別に人間を殺して回るだけのデウスエクスとなっているのだ。
「相手はそんなに強くはないけど、無差別に殺して回るから、迎撃失敗するとかなり被害が広がるんや。せやから、油断禁物やで」
といかるは念を押す。
房総半島の国道沿いに上陸してくる十体のヘカトンケイレスはただただ怪力で向かってくる。
「純粋な暴力やな。そんな変わった特殊能力は無いようや」
また理性は皆無、何も考えていないようである。
「海から国道までは数メートルの幅の海岸がある。君らはこの海岸でヘカトンケイレスを倒してほしいんや」
国道は既に交通規制を敷いていて、避難などは考える必要がない。
しかし、国道を走られると逃亡や思わぬ被害の拡大のおそれがある。
「出来る限り、ヘカトンケイレスを国道には入れないようにして戦ってほしいな」
といかるは要望を告げた。
「ヘカトンケイレスの全長は四メートル。かなりでかいし、気味の悪い敵やけど、頼んだで」
いかるが言うと、幼い容貌のヴァルキュリアは、小さな胸を張って大きく頷いた。
彼女の名前は、ユーデリケ・ソニア(幽世幼姫・en0235)。
「うむ! わしに任せておれ! きっと仲間とともに人々を守ってみせるのじゃ!」
参加者 | |
---|---|
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440) |
萃・楼芳(枯れ井戸・e01298) |
哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638) |
紗神・炯介(白き獣・e09948) |
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147) |
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388) |
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447) |
獺祭・鴻(ゴーストライター・e27911) |
●潮騒
房総半島の国道沿い、砂浜というには石がちな海岸に、ケルベロスは布陣していた。
ざざん、ざざん、少し高い波は海岸に到達すると砕けて、風に乗って細かな塩水をケルベロスにふりかける。
水に濡れるのが嫌いな京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)は、煩わしそうに頬についた水分を拭った。
対峙する海から巨大な屍隷兵が十体、近づいてきている。
「きよるの……」
ユーデリケ・ソニア(幽世幼姫・en0235)はキリリと顔を引き締めた。
幼いヴァルキュリアの緊張を見て取り、獺祭・鴻(ゴーストライター・e27911)は軽口を叩く。
「ユーデリケのお嬢ちゃんは初陣か。緊張してっか? あんまり堅くなんなよ~……ごふっ」
彼のテレビウム、ノジコが鴻を凶器でどついた。戦いの前なのに緊張の欠片もない主人の態度が気に食わなかったようだ。
「そんな怒るもんじゃないぜ、ノジコちゃ~ん」
鴻はへらへらとテレビウムをなだめた。
「楽しそうじゃの。サーヴァントというのも、悪くないのぅ」
ふふっと笑ったユーデリケ、どうやら二人のやり取りに余計な力が抜けたようだ。
風は晩秋の色濃く、肌寒い。
「これが夏場とか行楽シーズンでない分良かったのでしょうか」
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は呟く。海のレジャーの季節ではないだけ、被害も少なそうなのは不幸中の幸いだろう。
「ご近所の平和は俺が守る!」
房総半島をご近所だと認識している峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)にとって、この事件は是非とも未然に防ぎたい所存である。
気合十分に雅也は、ザバザバ波飛沫を上げながら近づいてくる屍隷兵を睨めつける。
「こんな大きな屍隷兵、一体どこに隠れていたのやら」
実際に月喰島に行ったことがある紗神・炯介(白き獣・e09948)は、探索時には発見できなかったはずのヘカトンケイレスについて思いを巡らす。
(「月喰島の屍隷兵は元人間だった」)
炯介は忌まわしい漁村での一夜を思い出す。このヘカトンケイレスは、人間の数倍の大きさだ。
(「……人間の寄せ集めといったところか」)
自分の推測が事実であれば、冥竜ハーデスの所業は許しがたい。
炯介は静かに怒りを湛えて海を睨む。
敵は眼前のケルベロスに気づいた――移動速度が少しあがったようだ。
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)は一歩引いた位置から声を上げる。
「来ますわよ、まずは向かって右から上がってきますわ!」
●開戦
「先手必勝だ、相手が戦闘態勢を整える前にいくぞ」
炯介のオウガメタルが鬼へと変わり、上陸したてのヘカトンケイレスめがけて拳を振り下ろす。
引き絞られたはずの腕が折れ、ぐじゃりと嫌な音が響き、不自然な方角にだらんと垂れた。
萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)のヒールドローンが海岸を飛び回る。彼のボクスドラゴンが属性を主人に注ぐ。
浜を蹴り、哭神・百舌鳥(病祓いの薄墨・e03638)は巨大な屍隷兵の懐に滑り込むと、手にした錫杖で膝を突いた。凍りつくような痺れが屍隷兵の膝を包む。
「一体も通すわけにはいかねーな! まとめて倒してやる!」
雅也は最も先行する屍隷兵に走り寄り、鉄塊剣をぶち当てる。叩き切られ、吹き飛ぶ屍隷兵の腕が海へと帰り、ぼちゃんと水柱を上げた。
「ええ、ここから先は通しませんわっ」
ちさのオウガメタルが黒い太陽を作り出す。ギラつく黒い光がヘカトンケイレスを照らして傷つける。
「エクレア、頼みましたわよ!」
ウイングキャットが尻尾の輪をデウスエクスへと投げる。
菜々乃の喉からほとばしる雄叫びがヘカトンケイレスを震わせ、怯ませる。彼女のウイングキャット、プリンの爪が屍隷兵の青ざめた皮膚を引き裂いた。
屍隷兵が唸る。薙ぎ払うように巨大な腕を振る。
ケルベロスの布陣はサーヴァント含め、前衛九、後衛五、中衛一。かなりの前のめりだ。
屍隷兵の薙ぎ払いは、分散しすぎてさほどの脅威ではない。
めちゃくちゃに腕を振り回し、足を暴れさせ、ヘカトンケイレスは前衛を蹴散らして国道へ向かおうとする。
「行かせんよ。ここから先には!」
ティーシャ・マグノリアがドラゴニックハンマーから竜撃砲を放って進撃を食い止める。
理性なき失敗作の神造デウスエクスの統率は無いに等しく、狙いはてんでバラバラだ。
菜々乃がレブナントの攻撃から百舌鳥を庇う。
引きちぎろうとする両腕を夕雨はぐっと受け止める。お返しとばかりに巨大な縛霊手からの光がヘカトンケイレスを包み焼く。
「えだまめ、あの敵をあれしたら一気にずんどこ行って良い感じにして下さい」
えだまめと呼ばれた白い柴犬は、分かったのか分からないのかイマイチ分からない返事、『ワン』と鳴いて、ヘカトンケイレスの懐へと走って咥えた刀を埋める。
ぐしゃりと崩れるヘカトンケイレス。
ウォゥと唸って、ヘカトンケイレスがえだまめを踏みつける。キャンと悲鳴をあげつつも、オルトロスは耐えた。
「実際見るとほんとクソでっけーんだぜ」
鴻は、敵を見上げた。敵の大きさは、ドワーフの彼のざっと四倍はある。
「ちっとくらいその身長寄越せってんだ」
ケッと鴻は悪態をつきながら、七色の爆煙を放って後衛を勇気づける。
ノジコが凶器を振りかざし、勇ましくヘカトンケイレスを殴る。浜辺でオルトロスをいじめるヘカトンケイレスを殴るテレビウムは、さながら浦島太郎である。
ユーデリケの御業がえだまめの鎧になって、守護する。
銀糸のごとき髪をなびかせ、炯介は淡々と簒奪者の鎌を振るう。さくりと切れ味良く、鎌はヘカトンケイレスの首を獲った。
未だ多いヘカトンケイレスは、包囲を抜けんとする者もいる。互いに入り乱れの乱戦だ、そう完璧に包囲をすることは難しい。
「一体、国道へ行きますわよ!」
ちさの声に、すかさず楼芳はヘカトンケイレスにグラビティの杭を打ち込む。
「穿て、【四奪】! ……それ以上奥には行かせない」
青い鱗は曇天からの光を鈍く返した。
ボクスドラゴンのブレスが敵を灼く。
「動きを止めれば……っ」
ちさは同じヘカトンケイレスめがけ、跳躍して痛烈な蹴りを放つ。
「火花のように熱く激しく……」
鈴をつけた無数の針が火花を散らしながらヘカトンケイレスに次々刺さる。シャンと鈴が鳴り、同時に崩れるように敵は落ちた。
百舌鳥は己の呪符針が思った通りの戦果を上げたことに、満足げに錫杖を下げる。
「おらぁああっ!」
勢い良く雅也は電撃を纏う刃を真一文字に構えて、デウスエクスへと突進する。突き出した刃から這い上がるように、稲妻がヘカトンケイレスに巻き付いて爆ぜた。バチバチッというショート音と共に、シュウシュウとデウスエクスから黒煙があがると、ブスンと妙な音と共にデウスエクスは動かなくなった。そのままゆっくりと倒れる。
「っし! これで半分!」
ぐっと雅也は拳を握る。彼の上をエクレアが撒いた羽が舞う。
「これもまたイベントなのですね。燃えてきたのですよ」
自宅警備員らしい気持ちの高揚をエネルギーに変換し、菜々乃は前衛を盛り上げ、プリンも羽ばたきでヒールを補助する。
●一矢
ヘカトンケイレスの手刀が百舌鳥を貫く。風穴から溢れ出る赤が砂礫に染み込んでいく。
屍隷兵の巨大故に重い足が丸太のような衝撃をもって楼芳に激突する。当たりどころが悪かったか、めきょと軋むような嫌な音が体内から聞こえた。何本か肋を折ったか。
デウスエクスの巨大な手が、炯介の頭を掴んで、ぶんと投げた。したたかに浜に背を打った炯介の胸を、別のヘカトンケイレスの足が踏み潰そうとするのを、菜々乃が体を張って食い止める。
握りつぶそうとしてくる屍隷兵の手を、夕雨は懸命に押し返して潰されまいと抵抗した。
ルナティックヒールを自分にかけて夕雨は耐える。えだまめの吐いた地獄の瘴気を忌避し、ようやく屍隷兵は夕雨を手放した。
「えだまめ、いい感じです」
「わふ」
主人に褒められ、オルトロスは尻尾を振る。
「やっぱパワーにメーター振り切ってんな」
鴻はマインドリングを盾に変えて、まずは百舌鳥を守った。
ノジコも応援動画で支援する。
「しっかりするのじゃ!」
前衛全体をユーデリケのオウガメタルは銀の閃光で包んだ。
敵は一撃が重いが、決してグラビティが当たらないわけでもなく、そして固くもない。
失敗作は所詮失敗作ということかもしれない。数だけはいるので、ケルベロスは体力的には追い詰められたが……。
守り重視の布陣にしていたのが功を奏した。
自らの損傷を、楼芳はマインドリングの力とサーヴァントの属性で癒やす。
「畳み掛ける」
右腕に宿したオウガメタルを、炯介は手指に伸ばすように撫でる。
ずるりと伸びるオウガメタルは、主の地獄である青白き焔を纏って剣のような形状へと変化を遂げた。
「じっとしてておくれよ」
ヒュッと風を切り、炯介の剣は一見軽く振られた。
だが、飛んだ地獄は薔薇が散るように火花を撒きながら、一直線にレブナントへと襲いかかり――大気ごと敵を両断する。
ずしゃ、と浜に落ちる肉塊。
錫杖に虚ろをまとわせ、百舌鳥はレブナントを激しく斬りつけて、敵の動力を奪って自らの力に変える。
「お前の闇……覗いてみるか?」
雅也が見せた深淵は、屍隷兵の何だったのだろう。聞くに堪えない叫びを上げながら、ヘカトンケイレスは崩壊した。
「お母様より受け継ぎしこの技で打ち砕きますわっ」
ちさはデウスエクスめがけ、快楽エネルギーを変換した三絶・流星を撃ち込んだ。
菜々乃が光の盾を形成、炯介の前へと設置する。
エクレアとプリンの翼が百舌鳥の流れ出る血液の代わりに活力を与えた。
間髪入れず、ヘカトンケイレスはハンマーのような拳を楼芳へと振り下ろす。脳天をガツンと殴られ、蒼きドラゴニアンの意識がブレるが、彼のマインドシールドが被害を最小限に抑えていた。
続けて屍隷兵の拳が雅也に伸びるも、それは夕雨が庇う。
「倒れられては、明日のご飯が不味くなってしまいますから」
自らに再び狂乱の満月を浴びせ、打撲の痛みに夕雨は耐えた。えだまめが主の敵とばかりに突進していく。
バチバチとノジコの画面が光る。
「デカいからっていい気になんなよ」
テレビウムのフラッシュが止むと同時に、鴻が死角からレブナントを蹴り飛ばした。うまく急所に足が当たったのか、それとも敵の余力もあと僅かだったのか、ぐしゃりと屍隷兵の首が潰れる。
「デカい分良い的……って、うわぁ気持ち悪いんだぜ……」
首がめり込んだレブナントを見て、鴻は怖気を奮った。
「敵はあと一体。もはや時間の問題じゃな。しかし……最後まで手は抜かぬのじゃ!」
ユーデリケは御業を放った。癒し手として、誰かが倒れるのは不本意だ。
楼芳の頭をユーデリケの御業が兜のように包んで、傷を癒やす。
炯介の鎌と雅也の鉄塊剣が同時に最後のデウスエクスに埋まった。
二人の刃は正反対の方向へと動き、レブナントを左右に切り離すのだった。
●波浪
「……これで一件落着か。最良の結果になっただろうか」
戦闘終了を見て取り、楼芳は周囲を見回す。房総半島は波の音以外の音はなく、全く静かだ。
警察の規制や一般市民の避難が行き届いていて、今ケルベロスの他に動いている者はいない。
「終わったと……言いに行かないとね……」
百舌鳥が言う。
「そうだな、浜辺で子供が遊ぶいつもの光景に戻さねーとな。ユーデリケもどうだ?」
と雅也が誘うと、
「浜遊びできるのじゃ?! 楽しそうなのじゃ!」
ユーデリケは目を輝かせるも、
「しかし何はともあれ、転がってるデウスエクスの死体を片付けてからじゃな。浜遊びはまた今度じゃ」
と肩をすくめる。
「そうですね、いろいろ散らばってたらよくないものだらけです」
菜々乃は周囲を見回し、頷いた。巨大な臓物やら手足やら首やら……子供が見たら教育に悪いどころではなく、親も卒倒しそうである。
ちさは用意していた茶を、仲間を労いながら配って歩きつつ、傷ついた者の手当をしていく。
「ったく、人間を殺すだけの兵器かってんだ……。趣味が悪いんだぜ」
ちさがくれた茶を飲みつつ、鴻は死体を見下ろした。倒れていても鴻の半分くらいは厚みがある。
隣で炯介は、低く呟く。
「こんなものは死者の冒涜だ。……これでこの人達も安らかに眠れるな」
「……さて、片付けは警察に任せて帰りましょう。ここは濡れます。何か美味しいものでも食べに行かないと。ね、えだまめ」
夕雨が白柴を見下ろす。
わんとえだまめが鳴いて、尻尾を振った。
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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