残屍

作者:七凪臣

●残屍
 千葉県勝浦市。
 海沿いの国道を車で走る男は、ご機嫌に鼻歌なぞを歌いながらハンドルを握っていた。
 静かな夜だった。
 袖ヶ浦ナンバーの車ばかり流れる道は車間距離も適度で、無駄なブレーキを踏むこともない。
 変わらぬ日常。変哲のなさのあまり、男はふわぁと呑気に欠伸さえ漏らす。
 その時。
 不意に、目の前の車のブレーキランプが赤く光った。
「なっ!?」
 横断歩道があるわけでもない場所での急停車に、男も慌ててブレーキを強く踏み込む。
「おい、何なんだよっ」
 反射的に振り返ったのは、後続車に追突されないかを確認する為。そして再び前方へ視線を戻した男は、
「……え?」
 目にした光景に、言葉を失った。
「なっ、なっ」
 戦慄く口元からは、まともな言葉が出てこない。
 だって、そうだろう?
 ホラー映画にでも出てきそうな気味の悪い巨人が、数台前の車に伸し掛かっているのが見えたのだから。
 男は何が起きているのか正しく理解しない侭、ギアをリバースに入れるとアクセルを強く踏む。
 ――逃げなくては。
 生き物の本能が、そう警鐘を鳴らしている。
 でも。
 ハンドルを切って車体の向きを変えようと試みた男の車は、思ったようには動かなかった。
 何故なら、海水に濡れた理性なき不気味な顔が、呆けたように後方から覗き込んでいたのだ。しっかりと車体を両手で掴んで!
「ひぃいいっ」
 叫びは虚しく。ぐしゃりと潰される車内で意識を失いながら、男は逃げ惑う車の光を見ていた。

●海より来る災厄
 月喰島より現れた冥龍ハーデスを、ケルベロス達は空中戦で見事討ち取った。
 一連の事件は無事に解決した――と、思われたのだが。
「どうから冥龍ハーデスは月喰島から配下の戦力を進軍させていたようです」
 それは灰木・殯(釁りの花・e00496)が危惧していたこと。
 憂いが現実になった苦悩を露わに、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は『ヘカトンケイレス』という種類の屍隷兵が上陸して起こす事件の一つについて語り出す。
「今回皆さんに撃破をお願いしたいのは、千葉県勝浦市の沿岸部に出現する一団です」
 数は10。サイズはおおよそ4m。既に冥龍を討っているお陰で、統率はとれていない。
「図体が大きいばかりの、さほど強い相手ではありませんが、人間を見ると無差別に襲いかかり、虐殺してまわる習性があるようです」
 つまり、迎撃に失敗してしまうと大きな被害が出る可能性があるということだ。
「現れるのは海沿いの国道です」
 戦い方は、まずは意味のない怨嗟の奇声で此方の動きを封じ、それから力任せに殴ってくる。自己回復できるのは厄介なところだろう。
 けれど上陸地点と日時は既に判明している事から、近隣住民の避難ならびに該当道路の一時封鎖は問題なく行える。
「皆さんは心置きなく戦いに専念して下さい。冥龍ハーデスの置き土産なんて、丁重に冥府へ送り返してあげましょう」


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
大神・凛(剣客・e01645)
鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)
リルカ・リルカ(ストレイドッグ・e14497)
花守・蒼志(月籠・e14916)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)

■リプレイ

 片田舎、海沿いの夜の道。プラス、ゾンビのような怪物の群れ。
「あらまぁ、まるでB級ホラーゲームみたい、なの」
 ミルクティーに哀愁を一匙加えたような口ぶりで、鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)が呟く。
 地上の光を不気味に照らし返す黒く凪いだ海面は、まさにうってつけのシチュエーション。そして期待は裏切られず、『それ』は水を掻き分け近付いて来る。
「……全く、誰の許可とって上陸しようってんだよ」
 薄気味悪い姿に、同じ怪物ならスケルトンの方が可愛げもあったのにと、シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)は個人的嗜好も添えてぼやいた。
 ざばり、ざばり。
 寄せて返す心地よい波音に不快を混ぜる主は、皮膚を失い白い筋組織を剥き出しにしたような巨躯の異形。肘から先が複数の腕に分岐しているあたり、何を寄せ集めて造った識れる気がする。
「確かにこの見た目じゃ、何も知らないで出遭うと怖いだろうね……」
 花守・蒼志(月籠・e14916)は迫る恐怖の具現に、ほぅ、と丸い息を吐く。医学生の自分だから平気だけれど、あんなのに突然出くわしたら普通の人は一瞬で冷静さを欠いてしまうに違いない。
「知性を持たず、ただ奪う為に生まれた生命……随分と随分な置き土産を遺して逝ったもの……なのだわ」
(「あれが屍隷兵か」)
 感情乗らず冷えたアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)の評に、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)は聞き及んでいる月喰島関連の事件を思い出す。
 アレもまた、そういうモノなのだろうか。
「ま、頭悪そうだし。幾ら数が多くても私達のチームワークの敵じゃないわね」
 ふっと過った感傷を、クラシカルなエプロンドレスを翻して芍薬は払拭する。
「んじゃ、いっちょハンティングタイムと行きましょうか!」
「そう、ね。芍薬ちゃんの、言う通り」
 高らかな芍薬の鬨の声を耳に、纏はそっと知恵の実に口付けを落とす。
 ――どうか、全ての者に、安寧を。

●混迷混戦
「やれやれ、冥龍も厄介なモノを遺していったものだよ」
 齢九つ。
「これを生かしておくのは、あたし達にとっても、そして彼ら自身にとってもまったくうれしくないよね」
 しかし生きるだけで精一杯な環境で育ったリルカ・リルカ(ストレイドッグ・e14497)は、幼さに見合わぬ冷静さで朽ちかけのような異形を見遣り、
「引導を渡してあげるよ、念入りにね」
 リボルバー銃を構え、己が知覚を増幅する。
「討伐ミッション、始めましょう」
「ありがとうございまーす!」
 纏が起こしたカラフルな爆風の一端を背で受けて、レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)が戦場を涼やかに走り出す。
「ふふ、全世界の人が、レピちゃんのファンだと仮定すると。誰かが犠牲になっるってことは、ファンが減っちゃうってことなんですっ」
 だから全力でお守りしますよー、と永きコギトエルゴスムの眠りから覚め、ケルベロスでありつつアイドルを目指す光翅の少女は歪な刃を構えた。
「キュッキュリーン☆」
 狙いは最も近い距離にいた一体。高く結い上げた銀の髪を自らが生む風に踊らせ、浴びる体液の飛沫をものともせずにナイフを振るう。
(「相手が数に勝るなら、先ずは頭数を減らすのが定石」)
 とんっと軽くステップを踏むように、アリスが跳躍する。最高到達点は屍隷兵の頭より更に上。そこでしなやかに身を翻したアリスは、滑空する鷹のような鋭さで綺羅星の輝きを宿した足先でレピーダに斬られた一体を穿つ。
 がくり、と二人の少女の攻撃を続け様に喰らった屍隷兵の膝がよろめく。
「お前らに空を見せてやるよ」
 とっておきは、出し惜しまない。くくっと楽し気に喉を鳴らし、シュリアが唱える詞は――、
「……ここでお終いだ。……安らかに散れ」
 終焉を宣告する言の葉に、細かな氷の粒が乗った。襲い来る全ての敵を凍てつかせる冷気は、さながら澄み渡った空の如く。
 されど、敵は十。どうしても常より威力は落ちてしまう。だが、世界に唯一、自分だけが持ち得た力を発揮した女は磊落に笑った。
「冥土へは丁重に送ってやらないとな」
 熱では溶けぬ氷を纏わせた屍隷兵は七。結果的には悪くない。それに、足元覚束なかった一体は膝をついている。
「そうそう! 冥土の土産は、メイドに貰って逝ってちょうだいな」
 神造デウスエクスに対し、先手は取った。つまり未だ癒しを施す必要はまだないと、回復に重きをおいた芍薬も攻めに加わる。そうして瞬時に放たれた礫に肉を貫かれ、元より危うかった屍隷兵が土に還った。
 けれど。
 芍薬と揃いの装いのテレビウムの九十九が手にしたマルチナイフで次なる敵に襲い掛かった直後、まるで此方の手の内を読んだかのようなタイミングで――それほどの頭はないからただの偶然だが――、残った九体が一気に動いた。
「「ガアェァァア」」
「鈴蘭!?」
 意味を成さない虚ろな咆哮に、真っ先に反応したのは定位置である蒼志の頭上に陣取っていた白く涼やかなボクスドラゴン。
「きゅー!」
 お転婆娘の威勢の良さで、鈴蘭は小さな体を敵の猛攻に晒す。その献身さは、人を救う術を学ぶ蒼志も顔負けで。
 体にまとわりつく怨嗟の念に動きが鈍った所を、更に次手が襲い来る。波濤にも似た衝撃に、鈴蘭は一気に消耗した。
「鈴蘭……っ!」
 萎んでしまったように見える毛並に、蒼志は喉を震わす。だが男は小さき友へだけでなく、最前列に位置する者たち全てへ雷壁の加護を授ける。今の一瞬で傷付いたのは、鈴蘭だけではない。それに、これは勝つ為に必要なことだから。
「流石に、楽に終わらせてくれる相手ではないな」
 貰った二撃が体に残す蟠りに、大神・凛(剣客・e01645)は改めて屍隷兵を見据える。
「私は大神凛、押して参る!」
 名乗った所で憶えはしないだろうが――憶えて帰すつもりもない――、名の通り凛然と言い放ち、鍛冶に通じる竜族の少女は、自ら打った刃を抜く。
「冥龍ハーデスの置き土産、ここで潰す」
 心と刃を一体とし、敵が帯びた加護を断ち切る力を凛は得る。その傍らから阿吽の呼吸で走り出したライドキャリバーは、凛の望みを叶えるよう敵陣を突っ切った。

「ごめんなさいですっ」
 レピーダの拳から巨躯が逃げ果せるのを、アリスは静かな瞳で見止める。知能は低いが、動きはそう鈍くない。
 デウスエクスが九、ケルベロスが八、サーヴァントが三。数が犇く戦場は混迷に踊る。その中に在って、盾を担う小さな箱竜は一等眩く奮戦した。しかし、小さいが故か多くに集られもした。
「――っ」
 守れるだけ守った箱竜の倒れる間際の細い声を、喧騒が掻き消す。されど友の心を継いで蒼志は奮い立つ。
「行くよ、鈴蘭」
 地に伏した体を優しく人撫でし、蒼志は仲間を癒す力を紡いだ。

●女神の天秤
 背の翼で血臭交じりの潮風を切り、纏は巨躯の間際を垂直に飛ぶ。目と目が平行線でかち合ったら、丁度頃合い。勢いつけてスマホの角で殴りつけると、衝撃にグロテスクな肢体が揺らいだ。
「もう一つ、おまけだぜ!」
 つい一瞬前まで纏がいた地点まで、すれ違いにシュリアが跳び上がる。伸びやかな全身のバネを活かした脳天割りの一閃に、三体目が頽れた。
「なかなか、やってくれるわね」
 黒鎖で纏とシュリアを守る陣を描きながら、芍薬は炎のようにうねる髪を背へ払う。気付くと、心地よくはない熱が首筋に溜まっていた。それほどに、癒しの力を懸命に練り続けている。
 屍隷兵の攻撃は、気紛れに疎らだった。故に、回復対象は少なくない。あるモノは手近なものを、あるモノは他のモノが攻撃した対象を。
「ごめんっ」
 蒼志が詫びたのは、三体に囲まれたライトが奮戦虚しく倒れてしまったせい。
「っ、構わない」
 相棒の痛みを思い、凛は唇を噛んだ。芍薬も蒼志も、九十九も自分も。支援の手は休めていない。時折、アリスも緊急手術を施してくれている。だが、破壊に特化した敵の群れというのは容易い相手ではなかった。
「――今は、成すべき事を成す」
 白楼丸と黒楼丸。己が力作二刀のうち、白の名を冠する刃を鞘から抜いて凛が走る。
「その、右手を損傷しているヘカトンケイレスをっ」
「了解だ」
 敵の動きを注視するアリスの声に凛は獲物を定めると、薄紅の刃に雷を帯びさせ目にも留まらぬ突きを見舞う。
「まずはきっちり、あたしの役目を」
 寂しがり屋で、意地っ張り。そして何より強がりなリルカは、皆が漲らせる気迫に負けじと戦場を見渡す。蒼志も芍薬も、回復手として最善を尽くしてくれている。何一つ、無駄になっているものはない。ならばこそ、と後方からのアシストと火力を自覚するリルカもアームドフォートの砲口を凛が狙った一体へ向けた。
 夜闇を、一斉発射の光が貫く。
「ガアェッ」
 巨体の中心を捕えるリルカの一撃は、常以上の威力を発揮していた。灼かれた屍隷兵からは、ぶすぶすと全身を燻らせるような黒煙が上がっている。
(「……ここ」)
 リルカが作った絶妙なタイミングに、アリスが敵前へと駆けた。青い瞳には、怒りが静かに燃えている。
(「死は、魂の安寧」)
 それは人を殺める事を生業にした家に生まれついた少女が、幼き頃より教えられて来た事。だからアリスは、無差別な殺戮を絶対に許さない。
「……穿つ!」
 風の繭に抱かれた雛鳥が目覚める。まるで指先であるかのように短剣の先を屍隷兵の膝に埋め、そこから炸裂させる螺旋の力は甚大にして強烈。
「元のあるべき場所へ、お帰り」
 ――死の淵から呼び起こされて、さぞ苦しかったでしょう?
 天の御遣いが如くそっと囁き、アリスは死を生み出す為に造られた憐れな命へ終焉を贈った。

 ひと、ふた、み、の、よ。
「妖精八種族が光のヴァルキュリア……その輝きの真髄を、今!」
 翅の光を武器へ集め、またレピーダ自身も光輝き。戦乙女の魂を震わせ、閃光にして刃たる少女は振り向きざまに巨体を薙ぎ払う。
 ずぅんと大地を低く鳴かせ屍隷兵がアスファルトに沈むのと、手応えを確信したレピーダが「やりましたッ☆」と会心の笑花を咲かすのは、ほぼ同時。
 これにて、いつつ。そして威力減を招くむっつの壁も打ち砕かれた。
「いよいよ、本番ね」
「骨の髄まで楽しもうぜ」
 貰ったばかりの傷から血を流しながら纏が頬を緩め、シュリアに至っては呵呵と笑っている。
「女の人は、強いね」
 思えば敵以外は異性ばかりの戦場。リルカが漆黒の魔弾を投じて敵の戦意を挫くのを視界に収め、蒼志は柔らかく眦を下げる。意識があれば鈴蘭も「そうよ」と胸を張ったかもしれない。
 例えるならば、戦の女神。そして彼女たちは運命の天秤をも傾けた。勿論、男の蒼志の助力もあればこそ。

●意思
 シュリアが纏わせた永遠の氷に、不気味な白の肉体がぴしりと戦慄く。
「大盤振る舞い、持っていけっ!」
 フルフラット――装填した全ての弾丸を敵陣へと放つリルカの、先を考えない渾身の一撃に、限界が近かった屍隷兵が一体倒れた。
 デウスエクスが更なる破壊の力を手に入れるのを、ケルベロス達は都度的確に打ち砕き。そして自分たちは癒しと共に一撃の重みを増す可能性を得て。
 序盤はどうしても火力に欠けたが、そこは四枚の盾の奮戦で凌ぎ切った。かくて迎えた後半戦は疾風怒濤。彩を増したグラビティの数々に、ここまで仕込んだ搦め手が一気に花開く。
 気付けば屍隷兵は残り二体にまで減っていた。
「貴方のための、貴方のためだけの物語の世界。迷い込んだら、出られると、思わないで?」
 唇から紡ぐ音色で纏が魔力を繰ると、肩から下げた鞄からポンっと一冊の本が飛び出す。
「――花と咲け、屍共。わたしの心、花と咲け」
 吹き抜けたのは、芽吹きの薫風。それに乗り、名もなき本から夜の海より昏き黒色の文字たちが飛び立ち、物語の中へ招いた屍隷兵をまた一体、終焉の世界へ誘った。
「あと一体、なのだわ」
 華奢な体躯で壮麗な斧を振りかざし走りながら、アリスが言う。光の帯を真横に引いた一閃に、終いの壱の身を覆う襤褸が裂けた。直後、足掻くように掲げた枝分かれの腕が大地を割ったのは、ケルベロスに植え付けられた行動阻害因子のせい。
「気を付けて! 逃げるかもしれないわ」
 儘ならぬ体躯を抱えながらも、ぎょろりと動く濁った眼に芍薬が警鐘を飛ばす。
「まかせろ! てめぇらは一匹たりとも逃がしやしないぜ」
 長い手足を活かし、シュリアが高く跳んだ。着地するのはヘカトンケイレスの体躯上。両肩を足で踏んだ女は、目の前にある頭に容赦なくルーンアックスを叩き込む。
「ゲグァッ」
「未だ、終わらないわ――エネルギー充填率……100%! いくわよ、インシネレイト!」
 痛みに文字通り頭を抱えた屍隷兵の腹へ、今度は芍薬が拳を見舞う。熱エネルギーを送り込む一打に、芍薬のすぐ後を追った九十九の足元には無数の肉片が散った。
「次は俺の番、かな?」
 女たちが作り出した攻勢の波に乗り、蒼志も前線へと駆け上がる。癒やしきれていない傷を抱えている者がいないわけではない。でも今は、終わりの確信を胸に畳み掛ける。
「小さな傷でも、侮るなかれ……ってね」
 つぷりと刺したのは指輪に仕込んだ小さな針。けれど、月泣きの花の毒を仕込んだ一刺しは、鋭くデウスエクスを蝕む。
「思考がなきゃ、夢だって持てない。レピちゃんが、昔そうだったみたいにっ!」
 殺める事しか脳にない敵にかつての自分を重ね、レピーダは拳を固めた。憐れな神造の命にしてあげられるのは、終わらせる事だけ。
「夢は在ります。今、此処に!」
 胸から溢れた切なさを希望に変えた少女の魂喰らう一撃に、屍隷兵の腕が肩から落ちた。
「はあぁっ!」
 ライトさながら敵前に滑り込み、凛は美しき刀を薙ぐ。闇夜を照らす灯りに、凄絶な剣閃と凛の肢体が描き出す美しい曲線が浮かび上がり、代わりに屍隷兵は命の灯を風前に晒す。
 そして。
「あたしも、容赦しない」
 リルカが僅かに腰を落とし、重心を下げる。
(「不条理に自分を失う怖さは、あたしにもよくわかる」)
 幼いリルカの裡には、嵐が逆巻いていた。
(「自分を手放したら、もうお終い。あたしと彼ら。歩いた道の違いは、少しであっても」)
「さよならだよ」
 同族嫌悪からの自己嫌悪。抱えた憐憫を転化した屠る力は、腰に帯びた砲台からの一斉発射となり。海より来たりし冥龍ハーデスの残滓を、命なき塵芥へと変えたのだった。

「まぁ、そこそこ愉しませて貰ったんじゃねぇ?」
 芍薬が管轄部署へ連絡する声を聴きながら、シュリアは体中に小さな傷痕を眺めて笑う。すっかり疲れ切った纏は、既にアスファルトをベッドにしかけている。
 激戦は終わった。救えるべき命は、救えた。
(「やはりドラゴンは未知数……なのだわ」)
 昏い海を見つめるアリスの胸にも、安堵の波が押し寄せていた。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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