空腹に僕等は鳴いて……

作者:綾河司

●虫の暴君
「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 ローカストを支配する、太陽神アポロンの叫びが、山の空気に空しく響く。
「お待ちください! このまま戦い続ければ同胞が死滅してしまいます!」
 熊蜂の少年拳士ーールルエルの声も太陽神アポロンには届かない。周囲に集うローカストの重鎮達もローカスト達の窮状を訴え、黙示録騎蝗の中断を願い出るが、太陽神アポロンはそれすらも聞く耳を持たなかった。
 既に限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していく者も出始めている。
 このままではローカストという種族が本当に滅びかねない。
 だが、それでも太陽神アポロンの権威はローカスト達を縛り続ける。
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 この呪縛は、太陽神アポロンが黙示録騎蝗の中断を命じるか、或いは死ぬまで続くだろう。
 或いは、グラビティ・チェインの枯渇によって理性を失うその時まで……
「ケルベロスの皆さん……」
 事態を好転できぬまま、己の無力さを噛み締めて、ルルエルは祈るように、そっと息を吐いた。

『ゴアアアアッ!』
 荒れ狂った咆哮を上げ、飢えた蟻のローカスト達が逃げ惑う人間に襲い掛かる。
「げはぁっ!!」
 強靭な顎に噛み砕かれた男の首から血飛沫が舞う。既に事切れた男の亡骸を争うように、蟻のローカスト達が群がり、貪り、引き千切る。
 正午過ぎ、岡山県山中にある小さな村は突如現れたローカストの群れに襲撃され、パニックに陥った。怒号と悲鳴が飛び交い、その全てを喰らいつくさんと、彼らは捕食を繰り返す。口蓋から滴る血を拭いもせず、理性も知性も飢えに蝕まれ、ただその飢えを満たさんと獲物を追い続ける。
 やがて動く者がなくなると、彼らはまた次の餌場を探して動き出す。
 彼らの飢えが満たされることは、まだない……

●飢えて狂う者達に安らかな眠りを
「まずは、阿修羅クワガタさんとの戦い、お疲れ様でした。広島のイェフーダーの事件、阿修羅クワガタさんの挑戦、どちらも阻止した事により、ローカストの残党の勢力は大きく弱まっている筈です……」
 いつもと変わらぬ抑揚のない声で天瀬・月乃(レプリカントのヘリオライダー・en0148)は集まったケルベロス達に話し始めた。
「ただ、ローカストのグラビティ・チェインの枯渇は良い事だけではありません」
 先だって、彼女の担当した阿修羅クワガタさんと気のいい仲間たちの挑戦はケルベロスが熊蜂の少年拳士を撃退し、生かしたまま撤退に追い込むことに成功していたが、それだけで事態が好転するかといえばそうではなく、
「グラビティ・チェインの枯渇により理性を失ったローカスト達が、人里を襲撃する事件が予知されました」
 月乃はそう言うと展開した立体スクリーンに中国地方の地図を映し出した。その一点が光を灯す。
「場所は岡山県の山中にある静かな村です。このままだと飢えたローカストに襲撃された住人達が皆殺しにされてしまいます」
 彼女はそう告げると立体スクリーンを拡大し、村の概要に切り替えた。森に囲まれた小さな村だ。
「ローカストの数は4体。いずれも同じ姿の蟻のローカストです。それほど強力なローカストではありませんが、それでも8人のケルベロスが揃って均衡を保てる強さです。また飢餓状態で特攻してくる為、予想外の強さを発揮する可能性がありますので注意してください」
 今回の作戦では襲撃される村でローカストを迎え撃つか、或いは村に向かってくる途中のローカストを発見して迎撃する必要がある。
「ローカストを村で迎撃する場合、飢餓状態のローカスト達はケルベロスとの戦闘よりも村人を襲ってグラビティ・チェインを得ることを優先する危険性があるため、注意が必要です。また、村に向かってくる途中のローカストと戦う場合、彼らは一直線に村へと向かってくるので発見は比較的簡単かもしれませんが、発見に失敗して村を襲撃されてしまった場合、大きな被害が出てしまいます。どちらも一長一短ですね……」
 月乃は終わりに「どちらの作戦を取るかは現場の皆さんに一任します」と付け加えた。その上でどういった行動を取るかはよく相談した方がいいだろう。
「戦力を分割してしまったら各個撃破されるのは目に見えてます……」
 如何に連携の取れる距離で行動するかも考えなければならない。
「人々が飢えたローカストによって被害に遭わないように……そして、ローカスト達がこれ以上飢えに苦しまなくて済むように……どうか、よろしくお願いします」
 月乃は集まったケルベロス達に向けてペコリと頭を下げた。


参加者
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
守屋・一騎(破壊と不変を望みし者・e02341)
分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)
コール・タール(多色夢幻のマホウ使い・e10649)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
祝部・桜(残花一輪・e26894)
浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)

■リプレイ


 通された執務室のソファに身を預けたジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)は湯飲みに注がれた茶に軽く口をつけた。前に座る村役場の長、この村の村長はジゼルから事情を説明した際、真っ青になっていたが、ケルベロスが現着している事で最悪の事態を回避できたのだと今は落ち着いていた。
「出来れば混乱は避けたい」
 村から避難してしまっては予知の範囲を外す事になる。だが、誘導で村の中央へ村民を集めるだけならばその心配はない。後はローカストを村の外で迎え撃てば、人的被害も抑えられる。
 静かで落ち着いたジゼルの声に彼は強く頷いた。
「直ぐにでも協力しましょう」
 村長は直ぐに席を立った。部屋を出て行く彼の後ろ姿を見送って、ジゼルがもう一度茶の湯に口をつける。
「さて……」
 先の動きを見据えつつ、ジゼルも席を立った。

「了解です。こちらも間も無く作業終了しますので村に帰還します」
 ジゼルから報告を受けた湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)が通信機に清楚な声を通した。
「進捗は如何ですか?」
 それは彼女が属する地上班に向けたものだった。大声で呼び掛けあってはローカストを呼び寄せる危険性もあるからだ。
「よっ、と……」
 返答は通信機越しにではなく、茂みを飛び越えてやってきた。
「アイテムポケットと隠された森の小路のコンボ、作業が捗っていいやね」
 軽い感じで言ってのける分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)が歯を見せて笑う。
「向こうもいよいよ後がなくなってきたか……だが、これは悪手だろうに……」
 避ける木々の間を通り抜けて姿を現したコール・タール(多色夢幻のマホウ使い・e10649)がそう呟くと、その後ろから現れた守屋・一騎(破壊と不変を望みし者・e02341)が集まった面子を見て周囲を見渡した。
「鳴子の設置は完了したっス。ところで、桜さんは?」
「え? 先程までそちらに……」
 応えて振り返る麻亜弥の視線の先には誰もいなかった。妙な沈黙が地上班の間に流れる。尋常じゃない世間知らずな彼女は外を歩けばすぐ迷子になるという。もしや作業中に迷子になったのではと焦燥に駆られる4人の目の前で茂みが揺れて。続けてひょこりと特徴的なおかっぱ頭の女の子が飛び出してきた。
「どうかしました? みなさん」
 鳴子の最終確認をしていたらしい祝部・桜(残花一輪・e26894)がきょとんとした顔で小首を傾げると、安堵した仲間達は一斉にため息をついて胸を撫で下ろした。

「了解したわ。後は任せて」
 地上班からの通信を村の上空で受け取った浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)は短く応えた。地図に現れたスーパーGPSの光点――アルメリア達飛行班はちょうど村の中心部辺りに位置している。警戒域が広範囲な為、森に近づくよりもそうした方が全域を見渡せる。音は無理でも異変は察知しやすいだろう。
「マロン」
「……なんですか? 師匠」
 アルメリアは自分と背中合わせに周囲を警戒している妹分のマロン・ビネガー(六花流転・e17169)に声をかけた。以前受けた依頼の影響か、心なし暗い表情を見せるマロンになんと言葉を掛ければいいか、アルメリアは思考を巡らせてから訊ねた。
「何を悩んでいるの?」
 少し間を開けて、マロンが小さく答える。
「……ローカスト達の幸せは何か、です」
 彼女がローカストの少年に命は等しく尊いと語った思いは今も同じだが、やむを得ぬとはいえ、彼の仲間を倒さねばならない矛盾に気分が晴れないのだ。
「マロン……」
 それは簡単に答えの出せるものではない。相手が侵略者で自分達と全く立場が違う者なのだから。もし、今の状況を変えたければアポロンをどうにかするしか道は無いのかもしれない。
 その時、ふと視界の端に飛び立つ鳥の一群を捕らえて、二人は弾かれたように振り向いた。飛び去る鳥達、揺れる木々――二人は同時に動いていた。
「来たわ! 北西方向!」
 仲間達に短く伝えて空を滑空するアルメリアとマロン。真っ直ぐ森を見据える二人の視界の端に仲間達が疾走するのが見えた。


 森を抜け、民家に歩を進める蟻ローカスト4体の前にケルベロス達が立ち塞がった。
「こっから先は絶対通してやらねーぞ」
 胸を張ってローカスト達の侵攻を拒む楽雲。ここを通せば村に被害が出る。それは村人を必ず守ると心に決めた彼らの防衛ラインだ。
「……守ることが、あたしの戦いだから」
 敵を見据えたまま、アルメリアが百合百皓から白銀のオウガ粒子を放出し、前衛の超感覚を覚醒すれば、主に応えてウイングキャットのすあまが一声鳴いて、その羽ばたきで邪気から仲間を守っていく。
『グルル!』
 誘導が功を奏したため、ローカスト達の視界にはケルベロス達しかいない。知性を失ったローカストにはケルベロス達こそが自らの飢えを満たすターゲットに映っていた。押し寄せるようにローカスト達が楽雲に殺到する。
「うおっ!?」
 防御も何も無く掴みかかってくるローカストにガードを固める楽雲。
「楽雲さん!」
 敵の攻撃を分担するように一騎が間に割って入る。理性も知性も失ってしまったとはいえ、攻撃一辺倒の敵の集中打を受けてしまっては如何に防御重視の体勢とはいえ持たない。二匹分の攻撃に晒されながら、一騎はローカストの顔を見た。口蓋から溢れる唾液を拭いもせず、まるで亡者のように襲い来るローカストに戦士だった彼らの面影はない。
「誇りの為に戦えないってのは哀れだよな……」
 彼らはどれほど我慢したのだろうか。こんなになるまで耐えて凌いで、最後には誇りも失って。同情の念がふと湧いて、一騎は傷よりも心を締め付けられる想いで目を細めた。
「恨んでくれ。呪ってくれ。それくらいしかしてやれない」
 村人を襲わせず、戦士として、せめて戦いの中で死なせてやりたい、と。
「おおおっ!」
 魂から搾り出すようなハウリングが前掛りになるローカスト達を押し返した。
「色々話を聞きたかったのですが……もう声は届かないです?」
 マロンの声にローカストが反応する事はなく。彼女は深く目を閉じて気持ちを切り替えた。
「ならば全力で。恨みっこなしです」
 傷を負った楽雲と一騎、さらには前衛を強化する為、マロンがハロウィンハンドの祭壇部から霊力を帯びた紙兵を大量に散布する。
 その動きに同調するかのように麻亜弥が袖を振った。
「言葉が通じないローカストとは、なんとも危ない存在ですね」
 袖から引き出された海月の触手を思わせる神経性の毒を秘めた暗器が一斉に放たれてローカスト達を薙ぎ払う。
「油断大敵……海の恐ろしさをその身に受けると良いですよ」
 敵に確かな傷跡を残して、引き上げた暗器が麻亜弥の袖へと戻る。
 痺れる体を引き摺りながら、尚も前に出ようとするローカストに楽雲が再び立ち塞がった。
「そんなに腹が減ってるなら特別にホットな一撃をくれてやるぜ!」
 妖気を集中させた楽雲の右拳が狸を模った炎獣へと変化して、ローカストの首に喰らい付く。各個撃破を狙っていたケルベロス達にはその1匹がターゲットになる。
「せめて……君達が飢餓の苦しみから解放されるよう、全力を尽くそう」
 遠間からの追撃を選んだジゼルが腰溜めにグラビティを高めて、撃ち出された気咬弾がさらに手負いのローカストを弾き飛ばした。
「ここで必ず殺して差し上げます」
 桜が少し緊張した面持ちで両手を手負いのローカストに向ける。相手の非人道的な作戦に同情はあった。何よりもアポロンの愚かさと残虐さに腹が立つ。しかし、目の前の凶行を許すことは絶対に出来ない。
「はっ!」
 短い気合と共に撃ち出されたドラゴンの幻影が一瞬にしてローカストを炎で包み込んだ。
「ギャアア!」
 のた打ち回るローカストが、それでも倒れることを拒んで、一歩二歩とケルベロスの方へ踏み出してくる。前進を止めない敵の姿にコールは小さく息を吐いた。
「人を殺し、グラビティチェインを奪う以上、お前等を殺す事に躊躇いはない」
 握り直したドラゴニックハンマーが砲撃形態に変形し、その照準がピタリと火達磨のローカストを捉える。心の片隅に芽生えた同情に一瞬、コールが目を細めて、
「許す事は決して無い。だが、その魂は慈しんでやる。さぁ――最後の願いを叶えてやろう」
 放たれた竜砲弾がローカストを直撃し、絶命したローカストは砕けるように消滅した。


 仲間を1体失っても、ローカスト達が怯む事はなく、ただ特攻を繰り返す。飢えを渇きを満たさんと、目の前のケルベロスに手を伸ばした。
「やらせないっスよ!」
「一騎さん!」
 桜の前に立ち塞がった一騎がローカストの腕を横から弾く。態勢を崩した相手に麻亜弥が距離を詰めた。
「さぁ、凍えてしまいなさい」
 弧を描いた蹴撃がローカストの顔面を捉える。たたらを踏んだ敵から麻亜弥が距離を取った。
「桜さん! お願いします!」
 連携した桜が声に後押しされて前に出る。 
「もうゆっくりお休みください!」
 手にしたナイフの形状を変化させた桜がローカストの胸部にソレを突き立てた。藻掻く様に宙を掻いた腕を痙攣させて、ローカストがまた1体消滅する。
 順調に事を運ぶケルベロス達。繰り返し攻撃を繰り出すローカストをバランスよく抑え、また攻めては1体ずつ確実に撃破していく。
 敵の動きを注意深く観察していたコールが、前に出てくる動きを見せるローカストに照準を合わせた。
「眠れ……誇り高き戦士よ」
 溢れ出たブラックスライムが槍のように形状変化し、無数の刃となってローカストを刺し貫く。仲間が敵の動きを抑えている間に、マロンが更に紙兵を前線へ供給していく。
「……卑怯、と言われたら返す言葉は有りませんが」
 それでも自分の務めを全うしようと動くマロンとコールにローカストが照準を合わせた。
「むっ……」
 突然の方向転換にコールが身構える。しかし、それもケルベロス達の想定内。
「ヒーローが一番力を発揮できるのは仲間を、力無き者達を守るときだ」
 不敵な笑みを浮かべて躍り出る楽雲と、
「マロンに攻撃は通さない!」
 マロンの前に立ちはだかったアルメリアが破壊音波を一身に受け止める。
「くっ……」
 視界が歪むような怪しい感覚に一瞬アルメリアの表情が曇る。
「アルメリアお姉様!」
「師匠!」
 駆け寄って来そうな勢いの桜とマロンを手で制して、アルメリアが笑みを浮かべた。そのまま、頭上に手を掲げ、彼女はローカスト達を見据えた。
「誰も死なせない。あたしが、守り抜く」
 仲間も村人もローカスト達の魂でさえも。美しく柔らかなオラトリオ特有のヴェールが仲間達を優しく包み込んで傷と疲労を癒していく。
 懲りずに特攻を繰り返そうとするローカストの前にジゼルが立ちはだかった。
「もう終わりにしよう」
 彼女は静かにそう呟くと、微かに目を細めた。哀愍すべき点は幾つかある。しかし、それはケルベロスがその事情に付き合う義理になるわけではない。それでも彼女は思う。
「安らかに眠り給え……これ以上、君たちが苦しむ必要はないのだから」
 元凶を打破せぬ限り、彼らの地獄は終わらないのだと。振り抜いたハウリングフィストがローカストの腹部に突き刺さって、命に届いたそれはまた1体、ローカストに死と安らぎの消滅をもたらした。


 最後の1体となっても、ローカストが猛進する。仲間を失ったという感情ももう感じる事が出来ないのだろう。
「ホント……面倒な神さま持っちまったなぁ、その辺は同情するぜ」
 ローカストの一撃を受け止めた楽雲が四肢に力を込めてローカストに旋刃脚を繰り出した。電光石火の蹴りが急所を捉え、ローカストの体を宙に浮かせる。
「――重力の根源――生命の母体――伝承の起点――我が至るべき終焉――万能の願望機――」
 コールが作り出した擬似球体が膨大なグラビティチェインを放ち、吸い寄せられるように近づいたローカストを取り込んだ。理性も知性も失ったローカストも夢を見たのだろうか。コールの攻撃から脱したローカストに、もう力は無く――
「地獄の業火をその身に受けなさい」
 麻亜弥の鉄塊剣が地獄の業火に包まれて。ローカストに叩き込むと燃え移った炎がローカストの全身を包み込んだ。
「グオオ!」
 それでも。前に歩き出すローカストの姿に一騎は目を細めた。ケルベロス達の選択故に訪れた、彼の姿が罪の意識を刺激する。
「……最後っス」
 その罪を背負う覚悟が出来たなら、するべき事はひとつ。拳に地獄の業火を纏った一騎は地を蹴った。疾走し、振り抜いた渾身の一撃がローカストの胸部に突き刺さった。前進を止めたローカストが腕を伸ばし、その手が一騎の後頭部へかかる。
「――っ!!」
 ローカストの動きに緊張感を高めた桜が手にしたGespenstを握り直した。次の瞬間、彼女が目にしたのは一騎の後頭部をゆっくり撫でる穏やかな手の動きだった。それは偶然だったのかもしれない。力を失った最後の足掻きの、それがそういった風に見えただけなのかもしれなかった。
 力尽きたローカストは何も言わず、そのまま膝から崩れ落ち、消滅した。
「……終わりましたね」
 ゆっくりと緊張を解いた桜が深く息をついた。任務は大成功だ。上手く事前準備を整え、ローカストの侵入を阻み、被害を全く出す事なく任務を達成した。これ以上はない、それほどの成果。
 だというのに。ケルベロス達の胸に去来する寂寥感は何なのだろうか。
(……ルルエル君、私達も悔しいです)
 ローカスト達は何も残す物なく消滅してしまった。マロンが黙してその場所を見ているとコールが静かに手を大地に付けた。
「無念の元凶……何時か必ず晴らしてやる」
 それはその場に揃ったケルベロス達の気持ちを代弁するかのような言葉で。
(貴方達と手を取り合う道は、まだ遠いのでしょうか?)
 祈るような表情のマロンの肩にアルメリアがそっと手を乗せた。彼女は妹分の考えている事をなんとなく汲み取って、
「その子が今どうしているのか分からない。けれど――あたしは、その子のことも護りたいと、思うわ」
 優しく呟いて、アルメリアはマロンと並ぶようにして犠牲になったローカスト達に祈りを捧げた。
「さて、村人達に危険が去った事を報告しに行こうか」
「そうでした。村の皆さんはまだ何も知らないですからね」
 落ち着いて促すジゼルに麻亜弥が相槌を打った。知らぬ間に窮地を脱した村人達はどんな反応をするのだろうか。
 一旦、村へと引き返していくケルベロス達の中で、ジゼルがローカスト達が現れた方角を見つめる。
「どうかしましたか?」
 振り返り、呼び掛ける麻亜弥にジゼルが向き直る。
「いや、なんでもない」
 首を振ったジゼルは仲間の後に続いて、もう一度だけローカスト達が進んできたであろう森の方へ視線を向けた。

作者:綾河司 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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