ＭＡＫＩＺＵＳＨＩ

■リプレイ

●巻かせて下さい！
「おいしいっ！」
　ミリム・ウィアテスト（ブラストトルーパー・e07815）は自分の手に持った河童巻きと、大将の顔を見比べた。
「何か秘伝の技があるのでしょう」
　大義・秋櫻（スーパージャスティ・e00752）は淡々と言ったが、その眼にはうっすらと輝きがある。
「しかし、これを３日で、って……」
　鍔鳴・奏（世界樹崩し・e25076）は体をわななかせながらつぶやいた。
「話は分かったが、うちの寿司を３日で習得なんざ、安く見られたもんよ」
　大将は笑っている。それもそのはず、完成度合いが高過ぎて、みなそれ以上ことばもなく、次々と巻物を口にしているのである。
「それになあ」
　大将は店内を見回した。
「お前ら全員で修行、っていうのは、まあ嬉しい話だけどよ。店の大きさから言って、無理だ。せいぜい２人まで。それ以上は、悪いが厨房には入れてやれねえ」
「ねねこはお客として来るにゃん！」
　猫屋敷・子猫（ねこにん・e33569）はニヤリとした。
「厨房には入らないけど、みんなの練習台にゃ」
　残りの七人が目を合わせる。
「どうする」
　空国・モカ（街を吹き抜ける風・e07709）が目配せをした。
「じゃんけんでもする？」
　クロノ・アルザスター（彩雲に煌く霧の剣閃・e00110）が小さく笑った。
「確かに、こうしているのも時間の無駄だぜ」
　エンデ・シェーネヴェルト（青い眼のねこ・e02668）はしっかりと握りこぶしを作った。
「大将、掛け声を頼むよ」
　遠矢・鳴海（駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978）も手を掲げた。
「よし、お前ら、いくぞ。……せーの、じゃんけん、ぽんっ！」

　……３日後。厨房にはクロノと鳴海の姿があった。
「こんな感じで、どうかな」
「いいんじゃないか？」
　２人の巻いた寿司は、カウンターを照らす白色灯によって美しい光沢を放っている。
「まさか、３日でここまで仕上げてくるとはな」
　大将は驚き半分、喜び半分に、薄っすら悔しさを重ねてそうこぼした。
「すごいにゃー……最初はどうなるかと思ったけど、何とかなるもんだにゃー」
　子猫はそう言って板の上に載った巻き寿司を口に放り込んだ。
「さ、そろそろ敵さんが来るかもしれない。あなたは、二階で隠れていてください」
　奏の声に大将は小さくうなずいて、階段を上って行った。
「じゃあ、あとはみんな、作戦通りってことで」

●珍客来店
　ガラリ、と音がした。全員に、ぴりりとした緊張が走る。
　……事前情報通り、２人の螺旋忍軍らしい風体……。一応、怪しい動きをするまでは、待機だ……普通の客であると思い込んで接客する……。
「いらっしゃいっ！」
　クロノが笑顔で声をかけた。鳴海が不愛想に手で空席を指す。
「……そちら、空いてるお席どうぞ」
　１０あるカウンター席の、真ん中４席が空いている。もちろん、両サイドには３人ずつ、客に扮したケルベロスたちが巻き寿司を食べている。入り口側には奥からミリム、奏、モカの順で、二階へと続く階段の方には奥から順に子猫、エンデ、秋櫻の順で座っている。自然といえば、自然な光景である。
「寿司屋のマスターが女……？」
「悪いかい？　女だからって甘く見てもらっちゃ困るねえ。腕は確かだよ」
　クロノはぐいと胸を張る。
「じゃあ、そうだな、とりあえず河童巻きをもらおうか」
　彼らは席に着くと、両腕を組んで支度姿を見る。まるで審査員である。彼らはボスからの命令で「このマスターから技術を盗み、殺せ」と言われてきているのだから、それも無理はない。
「はい、河童お待ち」
　男たちの前に、きれいに板に盛られた河童巻きが並ぶ。２人はそれを拾い上げ、口へと運ぶ。
「……なんと……！」
「これが河童巻き……？　口の中でほどけるシャリの甘酸っぱさと海苔の豊かな風味、そこに胡瓜の持つ確かな歯ごたえと、さっぱりとした瓜特有の清涼感が相まって……！」
「すまない、次は鉄火巻きだ」
「はいよ」
　男たちは衝撃を受けていた。きっと、「たかが巻き寿司」と思っていたに違いない。ミリムはすっと手を挙げた。
「大将、こっちは納豆巻きお願いするよ」
「ちょっと待っててね」
　子猫は身悶えしながら、恍惚の表情を浮かべている。事実、それは演技ではなかった。本物にはまだ及ばないが、クロノと鳴海の寿司は、確実に大将のそれへと近付いている。秋櫻は冷静に、この寿司が大将のそれと比べて何が不足しているのかを分析していた。もちろん、声に出してはいけなから、黙って、ではあるが。
「すげぇ……」
　奏は太巻きをまじまじと見、そして口に放り込んだ。同時に、声に出しこそしなかったが、悔しがった。これほどの技術、俺も是非ご指導いただきたかった、と。エンデは干瓢巻きを、モカは穴きゅう巻きを、それぞれ口に入れ、奏と同じことを考えていた。……この戦いが終わったら、大将から寿司の巻き方を教われないか、と……。板が、どんどんと積み重なっていく。うまい。幾ら口に運んでも、飽きが来ないのである。

　螺旋忍軍の彼らが、いよいよ動き出した。
「大将、こんなにうまいのには、何か秘密があるのかい」
　きた……！　鳴海は螺旋忍軍の男の目を見た。
「……知りたいかい？」
「もちろん！」
　かかった……！　ここまでは作戦通りだ……。あとは……あの作戦が成立するかどうかだけど……。
「それなら二人同時には厨房に入れてやれないから、どっちか一人だけ、厨房においで」
「……」
　男二人が顔を見合わせて、小さく数度うなずいた。
「それじゃ、失礼して」
　片割れが立ち上がると、すみませんね、などと言いながらケルベロスの後ろを通る。彼らの正体を知っていたなら、どんなにか滑稽な様子だろう。
　クロノは厨房に入った男にまっすぐ立つように言った。
「いいかい、厨房っていうのは、神聖なところ……今は仕方ないけど、人間はいつでも髪の毛が抜け落ちる危険性があるんだから、必ず帽子は被るのよ。これは寿司屋だけじゃなくて、どのお店でも同じこと」
「なるほど」
　男は意味ありげに深くうなずく。
「それじゃ、巻き寿司の極意なんだけど……」
　クロノが目配せをすると、鳴海はうなずいた。
「いい？　食材の気持ちになれ、っていうのがあるのよ」
「食材の気持ち……？」
「そう、巻き寿司の極意は、巻かれる具の気持ちになること……」
「……え？」
　鳴海は店の片隅に置いてあった厚手の布団を持ち上げていて、「巻き寿司の気持ちになりなさい」と言った。
「……は、はあ……」
　クロノは小さなバットに並べられている細切りの沢庵を指さした。
「あなたは今から沢庵よ。巻物になると、新香巻きって名前になるわ」
「新香巻き……」
　男の目が、明らかに動揺している。
「俺が、新香巻き……？」
「そうよ……じゃあ、巻いていくからね」
「お、お願いします……」
　困惑しながらも、彼は立ったまま、布団で簀巻きにされていく。
「どう？　新香巻きの気持ちがわかる？」
　さらにそこへ、クロノが協力して帯状のものでしっかりと締め上げていく。これでは巻き寿司というよりは、昆布巻きである。
「いや……新香巻きとか言われても……」
　そりゃあそうだ。だって、これは罠なのだから。
「わかんないかあ……」
　鳴海は雪灯を怪しく光らせる。店の中が瞬間的に、築地の冷凍倉庫よりも寒くなる。
「え？」
「ホントに引っかかるなんてねー……チャンス！」
　極低温の斬撃が、身動きの取れない螺旋忍軍に襲い掛かる。
「なっ……！？」
　驚いたのは、もちろんもう一方の螺旋忍軍だ。彼は立ち上がって鳴海に反撃を試みる。だがそこを、すかさずミリムが剣で薙いだ。
「お店の中、寒くなっちゃったし、お兄さんも凍ったらどうだい？」
「ぐぅっ……！？」
　どうやら、完全に油断していたようだ。それほどにクロノと鳴海の巻き寿司の完成度が高かった、ということなのかもしれない。
「このまま押し切るぞ」
　モカはさらに凍てつく斬撃を喰らわせる。
　今、極寒の店内では、布団に巻かれたまま手負いになった敵が一体、クロノと鳴海に挟まれている。もう一体の敵は、カウンター席で凍傷を負いながら、ぎらつく眼光で全体を見回している。
「くそっ……貴様ら、ケルベロスか……！」
　ようやく状況を理解したらしい男はそう言うと、自身の傷を癒す。
「全員……ぶっ殺す……！」
「同感です」
　秋櫻のガトリングガンが火を噴く。
「私たちも、貴方がたをこのまま帰すつもりはありません」
　布団の中から、むぐぅ、と変な声が聞こえた。
　子猫は自分の上半身ほどもある手裏剣を構えると、声のほうへと投げる。よっぽどしっかりと固められているのか、簀巻きにされた螺旋忍軍は身動きが取れていないようだ。「うぐっ」という小さい悲鳴が上がった。
　奏はケルベロスチェインを床に垂らすと、そこに魔方陣を描いていく。
「お前らの好きになぞさせるかっ……！」
　ケルベロスにことが有利に運んでいることを感じたのか、螺旋忍軍は怒号にも似た声をあげ、店中に手裏剣の分身をばら撒く。前衛たちの頭上にそれが降り注ぐが、傷は浅く済んでいるようだ。
　すぐさまミリムは床に守護星座を描く。光が降り注ぎ、彼らの傷口がふさがっていく。
「今貰ったダメージの分、お前から回復させてもらうぜ」
　エンデはそう言うと、鎌を振り下ろす。
　さらに男には、モカの降魔の一撃が加えられた。
　螺旋忍軍はふらりとよろけながら、怒りと憎しみに満ちた表情で全員を見回す。
「そのような怖い顔はしないでください……近接高速格闘モード起動。ブースター出力最大値。腕部及び脚部のリミッター解除……」
　秋櫻は抑揚の少ない声でそう言った。
「対象補足」
　彼女の目にもとまらぬ打撃が、次々と螺旋忍軍を襲う。彼の体が右に左にと揺さぶられているように見えるが、すべてが綺麗に急所を突き、男の体力を削っていた。
「くそっ……回復が追い付かねえっ……！」
　クロノが無邪気に笑うと、あたりに霧が立ち込める。
「さ、あなたには私が何人に見える？　……霧の幻に惑わされるといいわ」
　さらにそこへ、霧の兵士が男を囲み、斬りつけていく。
「ぐっ……！」
「これで、終わりだな……美しい世界に、お別れを」
　エンデの高速の斬撃が、螺旋忍軍の首元を切り裂く。声を失って、男は崩れ落ちた。……あとは……。
「そこのマヌケくんだけかにゃ」
　子猫は螺旋手裏剣を投げる。布団が千切れ、中から大量の綿とともに、フラフラになった男が出てきた。すでに指先は凍傷になり、顔は毒によって青ざめている。
「相手にするのも、可哀想なくらいだが……キミの魂は、記憶は、感情は……すべて貰い受ける。どうか、安らかに……」
　奏の一撃が、男に突き刺さる。彼は「うっ」と小さく一声呻いて、その場に崩れ落ちた。
　その瞬間だった。
「やってるかい？　……って……なんだこりゃ！？」
　常連らしき親父が、店の入り口に立っていた。
「……あ……暖簾下げるの、忘れてた……！」
　クロノはどきりとしたが、すぐに、「あと５分で片づけて、すぐに大将呼んできます」と小声で彼に告げた。

●味で制圧、力で制圧
　片づけられた厨房は、ほとんど元通りになっている。一部氷ついたままの壁なんかもあるが、「直に溶けるだろう」ということで、大将からはお咎め無しとなっていた。
　常連らしき男は事情を聴いて、最初こそ訝し気な目をしていたが、そのうちにどうやらそれが本当の出来事だと理解してくれたらしい。
「まったく、あとちょっと早く来てたら、危なかったよ」
　彼はそう言って笑うと、大将の巻いた干瓢巻きを口に運んだ。
「ところで、大将」
　ミリムは大将をじっと見た。
「なんだい」
「なんで、巻物しかやらないんですか？」
「え？」
　大将の手が、ぴたりと止まった。
「お、それ聞いちゃうか？」
　客の男は愉快そうに笑った。
「この人ね、こう見えて軟体動物が駄目なのよ、イカとかタコとか」
「おい、余計なこと言うなよ」
「余計？　事実だろ」
　彼は「かっかっか」と高笑いする。
「だから、生寿司とか、江戸前とか、そういうのが駄目だったんだよ。でも、寿司への情熱を捨てきれなくて、それで巻物専門」
「へえ……」
　大将の顔が赤らむ。
「お恥ずかしい話で」
「いえいえ」
　モカが口にネギトロ巻きを運びながら言った。
「これほどまでに美味しい巻き寿司を、私は食べたことがない。恥ずかしいことなど、何もない」
　そのことばに、みな一様に首を縦に振った。
「大将」
　奏が立ち上がる。
「俺にも、この寿司の作り方、教えてくれないか」
　それに続けとばかりに、「あ、俺も……！」「私も」「ボクも！」「私も知りたい」「ねねこはもっかい試食係にゃ！」と声が上がる。
「おいおい……」
　大将ははにかんで笑った。
「嬉しいけどよ、こういうもんは一子相伝、門外不出だ……。今回は、ちょっと事情が事情だったから仕方ないけどよ……」
「そこをなんとか！」
「んー……」
　大将は腕を組み、目をぎゅっとつぶった。
「仕方ねえ……命の恩人だからな、お前らは」
「やったーっ！」
「ただし、門外不出。お前らが誰かに教えるのは禁止だからな」
　大将はそういうと、厨房の奥から、黒い布と白い布を一枚ずつ引っ張り出してきた。
「巻き寿司の極意を簡単にわかるようになるためには、まず巻き寿司の気持ちになること。これが一番の近道だ」
　どこかで聞いたようなそのことばに、ケルベロスたちは思わず吹き出した。

作者：あずまや	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年11月6日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 5
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