空は高く、風は冴えるある日のこと。
潮の香りに人のさざめき、青空の下を人々が行き来する。
港には『豊漁祭』ののぼりに、露店のテントがずらり並び、湾内には飾り付けられた漁船の群れ。
「海って最悪なんですけど! 風は湿ってるし生臭いんですけど!」
そんななか大きな声で人々の注目を集めたのは、浴衣姿の少女だ。
手には水ヨーヨー、綿あめりんご飴、バルーンアートの魚などなど、祭りを満喫しているように見えて口からは不平がとめどなく溢れ、表情にはすねたものがある。
なにより目を引いたのはドンと頭に居座る巨大な魚の被り物だ。
「大体ボク魚嫌いなんですけど! あのうつろな目とかドン引きなんですけど!」
デカい魚被って何を言ってるんだ、といった周囲の視線も気にせず少女は続ける。
「だからぶっ壊すんですけど!!」
被り物の下からすらりと片刃の長剣が抜き放たれると、その物騒な輝きに人々は驚きの声をあげて後ずさった。
剣から放たれた輝く魚のオーラが、破壊をまき散らしつつ宙を跳ねる。
日本各地の祭りに出没し、グラビティ・チェインの収奪を企てるシャイターン、通称マグロガールの活動はいまだ収束の気配を見せずにいた。
「……マグロは、やっぱり海の近くが好きなのかな……」
今回、事件予知のきっかけとなったのは、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)のそんな一言。
「今回狙われているのは、とある港で行われる豊漁祭だ。例によって事前の避難はできない、皆には会場に赴き、マグロガールを倒してもらいたい」
困ったものだと言わんばかりの表情で島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)は説明を続ける。
「マグロガールは人ごみに紛れて会場入りしているため、港の外で迎え撃つのは難しいが、事を起こす場所は絞れた。皆は先んじて声をかけ、周囲に被害がでないよう防波堤のほうへと誘導してもらいたい」
敵はケルベロスの撃破を優先するため、存在さえ教えてしまえば、一般人が優先して狙われることはない。
「誘導もそう難しくはないだろう、相手は妙にプライドが高いというか、頭が悪いと言うか、『人を盾にしないと戦えないのか』などで充分だ」
「わたしが倒した相手も、短気だった……」
リーナの言葉に、まぁすべてがすべてそういう相手ではないだろうが、と唸りつつしらせは説明を続ける。
「マグロガールは片刃のゾディアックソードを武器に持っている、ゾディアックミラージュと、スターサンクチュアリ。それから被り物を使った頭突きが主な攻撃手段だ」
「生ぐさそう」
柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)の言葉を、そうだな、とさらり流してしらせは資料をまとめた。
「今回の相手はそれほど強敵というわけではないが、油断せずにあたってほしい」
参加者 | |
---|---|
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772) |
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944) |
燈家・陽葉(光響凍て・e02459) |
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445) |
カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985) |
茶野・市松(ワズライ・e12278) |
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540) |
ロフィ・クレイドル(ペインフィリア・e29500) |
潮の香る風が吹く、晴天の下。
港に集まった人々の流れに小さな小さな空白があった。
流れが岩をよけるように。
あるいは小魚の群れが、紛れ込まんとする異物を避けるように。
「海って最悪なんですけど! 風は湿ってるし生臭いんですけど!」
不平の声に流れは滞り、その隙間を大きくする。
そこへ、翼の生えた猫を供に、空から降り立った2人の男たちがいた。
「なるほど、大した苦労じゃあなかったな」
「むしろ、よくここまでは紛れたものだと感心しまする」
茶野・市松(ワズライ・e12278)とギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)、ドラゴニアンの男たちが向かい合うのは、魚の被り物をした浴衣の少女だ。
やや剣呑な、それでいてなにかのイベントかと思わせるような雰囲気に、人の波は輪となって3人から離れる動きを取った。
それを割って、娘たちが姿を現す。
「また出てきたんだね、カツオガール……」
「そろそろ祭りの時季も終わりだと思うんだけど」
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)と燈家・陽葉(光響凍て・e02459)の声は、やや呆れを含んで。
「お祭りを中止には、させません」
「みんなも、カリーナも楽しみにしてるの」
人波に呑まれぬようミミックのバイくんを抱えた未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)は決然と、手には黒ブタのぬいぐるみ、翼のはえた猫を頭に乗せたカリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)はやや情感に欠ける調子で口を開く。
苦手意識を使命感でねじ伏せて、人ごみを遅れて抜けたベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)は誰を見るともなく周囲に顔を向けた。
「皆さん、場所を開けてください。僕たちはケルベロスです、少々騒がしくしますので落ち着いて避難をお願いします」
色白の青年だが、目深にかぶった帽子も色付きの眼鏡も日差しのためだけでは決してない。それでも、声を張るでもない淡々とした呼びかけはゆっくりと人々を動かした。
「オサガリクダサイーオサガリクダサイ、危険デスオサガリクダサイー」
「はいはい、慌てず走らずねー」
妙な節回しの柳川・かれん(瞳のアトラクション・en0184)たちがそれをサポートし、輪の外へと続く道を作り上げる。
「――ふん、なんか釣れたみたいなんですけど? 邪魔する気ならボクは容赦しないんですけど!」
存外に辛抱強く動きを待っていた浴衣の少女、マグロガールがすっと目を細めた。
「お待ちになって」
動き出そうとしたそれをテレビウムを連れた赤毛の女性、ロフィ・クレイドル(ペインフィリア・e29500)が制した。
「は? 話の邪魔をしないでほしいんですけど?」
「こんな場所で戦って、後で『人が邪魔だった』など言い訳されては興ざめですし」
ぶしつけな視線にもあくまで優雅に、それでいて勝利を疑わない強者の立場でものを言うとロフィは仲間たちの作り出した道の先、無人の防波堤を示す。
「それとも、人質をとって戦う気だったかな?」
「は!? ボクがそんなことする必要ないんですけど!?」
陽葉の挑発に、今度こそマグロガールは怒りで顔を赤く染める。
目くばせをして、番犬たちは走り出した。
「それでは競争です、ね」
「ついてきてなの」
「口先だけじゃないなら、だけど……」
当然の結果として先行したケルベロスたちは、相手が武器を抜くでもなく追ってくるのを確かめて、念のためにの声をあげる。
「どうしたおせえぞ回遊魚ォ! そんな速度で息できンのか!?」
拍車をかける市松の声に、つゆが一声鳴いて同意を示すと尻尾を振って鈴を鳴らした。
「市松、あのような知性の感じられない相手にあまり難しい話は」
「……それもそうか、ワリィ」
調子をあわせたギヨチネが痛ましげに首を振り、市松もばつの悪そうな顔で詫びる。
それに黒衣の少女がぽつりと漏らした。
「かわいそうなの……」
「絶対楽には死なせないんですけど!」
そうこうする間に人波をぬけ防波堤へ。
仲間たちの容赦のない口撃に、少々気をもみながら動向をうかがっていたベルノルトが、祭りの客が追ってこないのを確かめて息を吐く。
と同時にプリンセスモードに変身を終えていたリーナが急ブレーキをかけて、斬霊刀の小太刀で突きかかった。
「ここが終点、貴女もおしまい……!」
悪辣なまでの不意打ちに、マグロガールは刃を抜く暇さえなく一撃を浴びる。
「――こんなムカつく相手は見たことないんですけど!!!」
赤を通り越してどす黒くなった顔色でシャイターンの娘は叫び、被り物の陰からゾディアックソードを抜き放つ。
「ふっ……♪」
心なしかマグロに似た魚のオーラがリーナたちを襲い、それをかばったロフィが苦悶のものとはちがう息を吐いた。
「――瞑色を明かす光を」
「やっ!」
ベルノルトの幻刀が陽葉に猛禽の目を与え、稲妻のように閃いた薙刀が反撃のはじまりを告げる。
「援護、行きますね」
一声をかけた主人のブレイブマインの爆風に押されるように、バイくんが短い足で駆けて丸っこい歯でマグロ部分にかじりつく。
「変なもん食って腹ァ壊さねえようにな!」
「マグロの目玉にはDHAが豊富に含まれていると聞きますけれども」
すっと踏み込んだ市松がオウガメタルをまとった拳で痛烈な一撃を見舞えば、ギヨチネは自前の拳で竜爪撃を放ち、敢えて余裕を見せるように足下のミミックに語りかける。
『目には届かない』と訴え跳ねるバイくんの頭上で、つゆが羽を打って風を起こした。
「――赤、緋、紅い霧。血肉と成りし紅い霧。染めよ静かな紅い霧」
一言を続けるたびに、ロフィの体からにじみ出た血が霧となり、そのかさを増して仲間たちの身を覆うように広がると、すっとしみ込んで傷を癒す。
「ギャーかわいい!」
カリーナが祝福の矢をベルノルトに放ち、主人の頭を離れたかまぼこが羽音を鳴らす中、かれんはクーの応援動画をチラ見しながら黄金色の果実を生み出していた。
12対1である。
元よりさしたる脅威ではないと断じられていた上に、これほどの数の差はいかんともしがたい。
マグロガールにとって悪いことに人数差はケルベロスたちの盾としても働き、回復面での不利は手数の多さが補ってあまりある。
「――悪あがきでございまする」
ゆえにヘッドバッドで額を割られたギヨチネが、血を流しながらなんということもない、とばかりに言ったのは強がりではなく純然たる事実だった。
大勢が決しつつあるのを察したベルノルトが斬霊刀を手に前へ出る。
前へ前へと出る盾役のプレッシャーに押されながらも、マグロガールはその動きを見逃さず、踊るようなステップで仲間を盾に刃をやり過ごさんとする。
(「あんな被り物をしながらこの身のこなし……」)
とても真似できない――しようとも思わないが――動きに感嘆の念が浮かぶ。
けれど、逃がしはしない。
「未野さん」
「はい!」
声をうけた羊の娘は、多くを聞かず地に伏せて刃の道を作った。
空の霊力を宿した刃が敵の傷を切り開く。
「小賢しいんですけ……どッ!?」
「言うのが少し早かったです、ね」
ふふ、と悪戯っぽく笑ってメリノは身を起こす。
伏せる動きはベルノルトのための道を作ると同時に、生み出した魔女の一撃の重力塊を隠す意味もあったのだ。
「――これは出逢いのための音」
いずこからか白のヴァイオリンを呼び出したカリーナが、ぴんと耳と背筋を伸ばし別れの曲を奏でてかれんの傷を癒した。
「そろそろ幕を引くころですね」
桃色の霧でギヨチネを癒したロフィは傷を受け足りないのか少々残念そうに零す。
「舞い踊れ! 全てを断ち切る神速の刃……!」
一方、これ以上仲間の傷は無用と、決着を期したリーナがグラビティで青白い刃の翼を背に生み出した。
次の瞬間、白の髪と青の羽が流星のように駆け、わずかに遅れて音と風が吹き荒れる。
惨殺ナイフと斬霊刀、そしてグラビティ。都合3つの刃に深々と身を裂かれたマグロガールは、しかし倒れず文字通り血を吐きながら敵意に満ちた言葉を紡ぐ。
「っこの程度……道連れなしに、終われないんですけど!!」
「なら冷凍マグロにしてあげるよー!」
その全てを、陽葉の凍てついた薙刀の刃が永遠の停止へと導く。
タールの翼までを氷に変えて、マグロガールは凍てついた砂となって風に消えた。
招かれざる来訪者は去り、混乱のおさまった港には再び楽しげな声が戻っていた。
「かまぼこ、お魚勝手にとったらだめだよ」
ティスキィと一緒にカリーナはゆっくりと人の流れを漂う。
表情に乏しい少女だが、ゆらり揺れる尾と、すぐに頭を離れようとするウイングキャットが、場を楽しむ彼女の内心を現しているようで、ティスキィは笑みを浮かべた。
「何か食べたいものはある?」
「さんま。キィちゃんと、かまぼこと一緒に食べたい」
じっと静かなだけど普段よりわずかに熱を感じる視線に、いいね、と返してティスキィは視線をめぐらせて店を探す。
「――じゃあ最初はさんまね、私はりんご飴食べたいな」
「りんご飴も食べたい――わたあめも」
すでに心は甘いものを口にしたようだった猫の娘が、お小遣い足りるかな、と現実の問題に顔を曇らせる。
「んー、それじゃあ2人で分けよう? それなら沢山食べられるよ」
「うん……!」
素晴らしい申し出に口元を綻ばせるカリーナに、ティスキィも満開の笑みで応える。
人ごみではぐれないよう差し出された手を、カリーナがそっと取る。
遠慮がちな指をティスキィが握り返せば2つは強く結びついて。
(「妹って、こんな感じなのかな」)
頼り頼れる存在でありたい、と互いに願いつつ2人と1匹は歩き始めた。
「そんじゃみんなお疲れさんってことで、まずは腹ごしらえと行こうぜ!」
なにから行くかねえ、と顔を巡らせた市松の鼻孔にソースの香りが飛び込んできた。
『海鮮焼きそば』ののぼりの前で足を止めれば、脇の千歳も目を輝かせる。
「まずは、ってことはその後は勝負かしら? ……あら、つゆどうしたの?」
夏のころ惜敗を喫した金魚すくいの雪辱を、と意気込む千歳の肩をつゆの尾がとんとん、と叩く。ふいっと顔を向けた先から漂う香りは焼かれたサンマの脂。
「千歳と食いたいって感じだな」
「ふふ、喜んで。鈴は何に……鈴?」
そう答えながらも足下を確かめれば、酒樽の姿をした相棒のミミックはいつのまにやら姿を消していた。
「んー、どれも美味しそうだね」
戦い終えれば陽葉の笑顔は一層輝きを増して、まずはお土産にと焼きあごを確保して、向かった先はもうもう煙のあがるサンマの屋台。
長皿にじわり脂を広げていく一尾にすだちをしぼって箸をつければ、塩の効いた豊かな味と、爽やかな柑橘の香りが口いっぱいに広がっていく。
んん、と思わず声を漏らした陽葉の前をビールと焼き鳥の皿を乗せた小さな樽と、串焼きを抱えた小さなメイドが駆けていく。
「……おつかいかな?」
なんとなくはらはらとした心持でそれを見送って、陽葉は本格的にサンマの解体に取り掛かった。
「――失礼」
一方、ベルノルトはひとり苦しい表情を浮かべていた。
すれ違うのは、顔、顔、顔。
多くの人々が浮かべる表情は笑顔だ。
それを守れたことには誇らしい気持ちももちろんある、それでいて人々の敵を討つという大義名分はすでにない。
視線を低く、それでもなんとか頼まれごとを果たそうと青年は、大層苦労しながら人の波を抜けていく。
「――柳川さん」
ふと視線の先に見知った赤い花を見つけて、ベルノルトは顔をあげた。
「あい?」
猫の診療所の、と口にしたかれんは両腕にいっぱいの戦果を抱えて手さえ振れない。
「沢山、買われたのですね……」
「だって楽しまないと損ダヨー」
手ぶらのこちらに気づいて何か食べる? の声を丁寧に断って本題を切り出す。
「実は頼まれもので、りんご飴の屋台を探しておりまして……」
「んーと、リーナちゃーん」
「領収書の宛名は『魔法少女の秘密基地』で……なに……?」
かれんの背でこちらもお土産にと、新鮮な魚介類を山と頼んでいたリーナが振り返る。
自分もあとで食べる気だったというシャドウエルフの少女は、りんご飴の隣がなんの屋台だったかまでも正確に覚えていた。
「ありがとうございます、それでは……」
「気をつけて……」
終着点が見えていくらか力強さを増した、それでも明らかに大儀そうに祭りの中を行くベルノルトを見送って、リーナはしばし動かない。
「今回もにいさん、忙しくて来れなかったな……」
「……お祭りは年中あるヨー、すぐにクリスマスに大みそか、お正月ー」
「うん……」
にへらと笑うかれんに頷いて、手にした串焼きに口をつけつつ2人はお土産を求める旅路を再開。
「クロヴィさん、お腹は大丈夫ですか?」
「勿論まだまだいけるわ、宵越しのご飯は持たないクイダオレ仁義ってやつよ!」
「えへへ、それではいっしょに食い倒れましょう、ね」
豊かな香りに誘われるまま、右へ左へ行きつ戻りつ。
メリノとクロヴィ、それからバイくんの2人と1体は豊漁の恵みを大いに楽しんでいた。
サザエのつぼ焼きに始まって、焼き牡蠣の熱々の汁には悲鳴を、ホタテのバター焼きに歓声をあげて、殻ごとかみ砕いて楽しむバイくんには大慌てだ。
「私、豊漁祭って初めてだけど、素敵でおいしいのね!」
「はい。本当にそうです、ね」
自分より小柄で華奢な年長の友人の幸せそうな笑顔に、メリノも華の笑顔で応えた。
放っておくと全自動殻砕き機になりかねないバイくんを抱えたメリノの足を、普段相棒がするように誰かが引いた。
そこにいたのは焼き鳥皿と缶ビールを乗せた日本酒樽。
「――あ、鈴ちゃん、もしかして迷子ですか?」
知ってる子? と問うクロヴィに頷く間に、ミミックはちょこちょこと駆けていく。
慌ててそれを追った2人を、ベンチに陣取った仲間たちが出迎えた。
手には皆サンマの乗った皿を持っている。
「あら鈴、メリノを連れてきてくれたの? はいはい、これは市松に、ね」
「お、サンキュな」
上機嫌で受け取って市松は座った座ったと声をあげ、かれんが一旦箸をおいて手招く。
脇ではリーナがじいっと真剣な目で箸を動かしていた。
「誰が一番きれいにサンマを食べられるか勝負中ダヨー」
「負けられない……」
「――クロヴィさん」
「――えぇ、そろそろ魚も食べたかったころだわ」
真面目ぶった顔で視線を交わしたあと、笑みを弾けさせて2人もまたサンマとの戦いに飛び込んでいく。
――なお骨ごと食べたバイくんと鈴はレギュレーション違反で失格、酒の入った成人組はぐだぐだで、猫の本領発揮したつゆが見事王者に輝いたとかなんとか。
止血は施したものの傷の手当もそこそこに、大胆にはだけた浴衣へと着替えたギヨチネは、同じく浴衣姿の藤隆を伴ってぐるり祭りを回っていた。
筋骨隆々の大男と、痩せぎすの少年の組み合わせはどうしても人目を引く。
「着方は教わったのですが――何か間違っているのございましょうか」
「いや、多分……」
さほど深刻でもないギヨチネの問いに、何かを口にしかけて少年はそれを飲み込む。
無口というわけではない、巡りが悪いということではもっとない。
ただあまりにも多くの言葉が、その心の中で渦を巻いているのだ、とギヨチネは考えている。それを急かさぬようじっと待った。
「――関係が、不明だからじゃないスか。親子には見えないだろうし」
なるほど、と頷きギヨチネはとあるテントの前で足を止める。
匂いをあげているのは半分に剥かれた焼き牡蠣だ。
「私、牡蠣が好物でございまして」
「なんか意外スね、そういうお高いもの好きって」
左様でございますか、と応えれば少年ははっとした顔で言葉を続ける。
「たこやきとかも、きっと美味しいスよ。こういうところの、凄そうだし」
「では、確かめに参りましょう」
「――うん」
藤隆の分も牡蠣を差し出せば、小さく礼を口にして少年はそれを受け取る。
たこ焼きの屋台を探す道中、氷水に漬けられたジュースの店の前で藤隆が足を止めた。
「……飲み物くらい、奢らせてください。誘ってもらったし、お仕事お疲れ様ってことで」
「是非いただきましょう」
「ラムネで、大丈夫スか?」
「ええ、ありがとうございまする」
控えめな少年の提案に、ギヨチネは心からの謝辞で応えた。
「――暖まりますわね」
ツミレ汁に串焼きと食事を確保して、クーを供にロフィは優雅なひと時を楽しんでいた。
戦いの熱が去り冷えた体をおいしいもので温めて、遠く港からの声を聴く。
寄せては返す波に耳を澄まし、去りゆく季節の陽光に身を委ねる――それはまるで暖かな大海に、ひとりたゆたうかのよう。
クーもまたそれを楽しんでいるかのように、その小さな体を揺らしていた。
「ふふ」
まだまだ、祭りは続き、帰りまでには時間があるだろう。
それまでこの贅沢に浸っていよう、とロフィは静かに微笑んだ。
作者:天草千々 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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