●青果の香り
野菜や果物の集まる、青果の卸売市場。日付が変わった頃、仮眠室で眠っていたひとりの男性が起き上がった。ふらりふらりと危うい足取りで、仮眠室を出て行く。
やがて男性は、市場の裏手にある山へと至る。出迎えるのは、パティシエールの格好をした少女だ。
「木苺の香りがする……」
「シフォンケーキに、ラズベリージャムを添えてみたの。どうぞ、めしあがれ!」
少女が差し出したお菓子を受け取り、口にする男性。その瞬間、男性の姿が変貌した。
木苺のような実で覆われた男性の姿は、既に攻性植物のそれだ。
「うんうん。それじゃ、よろしくね!」
少女が異形に微笑むと、攻性植物はゆっくりとうなずく。
山を下り、道をゆく攻性植物。向かう先にあるのは、ひとつの町だ。
●ヘリポートにて
「山形市の市街地に、攻性植物が現れるようだ」
タブレット端末片手に、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が告げる。
「この攻性植物は、グラビティ・チェインを求めて近隣の山から降りた後、近くの町を襲撃するつもりのようだ。君たちには、この攻性植物が町に入る前に撃破をお願いしたい」
この攻性植物は、中に人間が囚われている。しかし何者かの配下となっているようで、説得での救出は不可能だそうだ。
「囚われた人間は、付近の卸売市場で行方不明になっていた男性と特徴が一致しているようだ。一人で山に入ったところ、捕らえられたのだろうが……気になるな」
しかし今は撃破が優先。ウィズは周辺についての説明を始めた。
「山から町に向かう道は、一本道といっていい。この道の途中で待機していれば、やがて攻性植物が現れるだろう。また、人払いも不要だ」
時間は深夜のため、車や人が通りがかることはないという。
「敵についてだが、少しばかり耐久性が高いようだ。十分に気をつけてくれ」
使用するグラビティは3つ。周囲の植物を用いて傷ついた自身を修復するグラビティ、相手の足元に蔓を発生させて捕縛するグラビティ、体に纏わせた果実に太陽のような光を宿して投擲し、灼熱の炎を与えるグラビティだという。
「この攻性植物には、どうやら目的があるようでな。一つ目は、グラビティ・チェインを獲得し、生み出した攻性植物に渡すこと。二つ目は、新しい犠牲者候補を連れ帰り、生み出した攻性植物に渡すこと。三つ目は、市街地を制圧し、生み出した攻性植物の拠点として提供することだ」
攻性植物は、一つ目から順番に行動する。ケルベロスが事件を阻止しさえすれば、二つ目以降の行動を取ることはない。
「考えたくはないが……万が一、君たちが敗北して撤退することになった場合。攻性植物は数人の人間を殺した後、人間をさらって森の中に消えてゆくだろう」
そうならないためにも、と、ウィズはケルベロスたちを見渡す。
「確実に、攻性植物を撃破してくれ。救出できないのは確かに辛いが……後日警戒活動を続け、敵の足取りを掴むことで報いたいところだな」
頼むぞ、と、ウィズは帽子のひさしを下ろしてヘリオンへと向かった。
参加者 | |
---|---|
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) |
万道・雛菊(幻奏酔狐・e00130) |
トルティーヤ・フルーチェ(ファッションモンスター・e00274) |
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426) |
大成・朝希(朝露の一滴・e06698) |
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497) |
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829) |
佐竹・灯子(餅とエルフ・e29774) |
●救えないのならば
青果市場と町をつなぐ、一本の道。静まりかえったその場所で、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)は持参したランプを道のはずれに置いた。
「あの方は救出できない、可能性すらもう無い。……悔しい、ですね」
独り言めいた朝希の言葉に、
「ふむ、被害者を救出できないとは攻性植物も進化してきておるようなのじゃのう」
と、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が付け髭に触れながら考え込む。
「どんな甘い蜜で心を虜にしておるのか、はたまた強力な蔦で雁字搦めにし、根が体の内部まで侵食しておるのか――」
どちらにせよ、歯がゆいことには変わりない。思考をそこで止め、ウィゼは周囲の様子に気を配った。攻性植物が現れたのなら、すぐに仲間に伝えられるように夜目を使う。
持ち込まれたランプの明かりで、付近がよく見える。心は晴れないが、しっかりと自らの努めを果たそうと。皆、一様に沈黙を保っていた。
やがて、待ち構えるケルベロスたちの耳に足音が聞こえる。裸足で歩いているような、何かを引きずるような。
「どうやら、お出ましのようじゃな」
ウィゼが仲間に報せ、警戒を促す。ウィゼの目には、一足早く攻性植物の姿が映っていた。レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が照明を持ち上げると、暖色の光に照らされる攻性植物が見える。
誰もが、息を呑む。ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)は、うつむきがちに目を細めた。
「本当に植物に寄生されてるんだね」
シルエットこそ、人の形ではある。だがその表面を覆うのは、植物の蔦、葉、実。紛れもなく、デウスエクス・ユグドラシル。ケルベロスが、倒すべき存在だ。たとえ、異形の中に人が囚われていようとも。
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)が、ゾディアックソード「星降の剣-libra-」を鞘から抜いた。
「可愛そうだけど、救えないなら倒すしかない。容赦しないで早く終わらせてあげようじゃないか」
「取り込まれた人のためにも、これが最善なんだよね……」
頑張ろうね、と、ナノナノ「餅子」と視線を交わすのは佐竹・灯子(餅とエルフ・e29774)。
「……そうね〜。取り込まれちゃった人には悪いけど、きっちりやらせてもらうわ〜」
万道・雛菊(幻奏酔狐・e00130)がうなずき、攻性植物の前に立ちはだかった。
「申し訳ないけど〜、この先は通行止めなのよ〜」
軽々と飛び跳ね、攻性植物の後ろに着地する。
「もちろん、戻らせもしないけれどね〜」
雛菊はおっとりした笑顔を浮かべ、狐耳をぴんと立てた。
●囚われの人、過去
開戦と同時に、朝希が鮮やかな爆発を前衛の背後に起こした。
「回復は僕にまかせて、皆さんは攻撃に集中してください!」
「おっと、朝希にだけ良い格好はさせないぜ?」
アレックスが不敵な笑みを浮かべ、剣で地面に天秤座を描く。主の指示を受け、ウイングキャット「ディケー」も、邪気を祓う風を起こす。
「気負いは無用。もしもの時は、我も回復に回ろう。――戦慄け、炎よ」
レーグルのかつて奪われた両腕、それを補う地獄の炎が縛霊手ごしに大きく揺れる。前衛の仲間に、敵の加護を打ち破る力を与えてゆく。
加護を厚くするケルベロスたちを見て、攻性植物は蔓を解き放つ。地面に潜り、現れるはウィゼの足元。だが、ナノナノの「餅子」が素早く割り込み、蔓の束縛を代わりに受ける。
「助かったのじゃ。では、あたしは攻撃に移るかのう」
蠢く蔓を見据え、ウィゼが弱点を見定める。
「そこじゃ!」
確かに見えた弱点。だが、攻性植物は存外素早い動きで身をよじらせ、回避する。
「逃がさないわよ〜」
雛菊が印を結ぶような動作でオウガメタルを纏わせた。
「アレックスさん、ちょっと借りるわね〜」
跳躍し、アレックスの肩を足場に攻性植物に迫る。拳はいくつかの蔓を砕くと、雛菊はくるりと宙で回転して元の場所へと戻った。
「助かったわ〜」
微笑む雛菊に、アレックスはひらりと手を振り、笑顔で応える。
「私たちも負けてられないね。行こう、餅子!」
「ナノ!」
と、鳴く餅子のハート光線が、見事命中した。
「さすが餅子! それじゃあ、私もっ! ――雷の、おまじない」
灯子は手を叩いて褒め讃え、シャーマンズカードを取り出す。次いで放てば、電気石の力が込められたシャーマンズカードは攻性植物の動きを封じる枷として作用する。
いつの間にか、攻性植物が立つ場所はトルティーヤ・フルーチェ(ファッションモンスター・e00274)の射線上となっていた。
「ええと。なにはともあれ、とりあえず撃っておけばいいですわよね? ばきゅんばきゅん♪」
ばらまかれる弾丸は、攻性植物を怯ませるには十分な量。効果のほどを確認するトルティーヤの目に、うっかり寄生された人間が映ってしまう。
(「うわぁ、相変わらずぐろいですわ……なむなむ」)
思わず身震いし、心の中で手を合わせるトルティーヤ。そんな彼をよそに、ミミックの「ミミー」が偽物の財宝をばらまく。
まるで惑わされる様子の見えない攻性植物へ降魔の一撃を放とうと、ヴァーノンが拳を握りしめる。
「あまり、こういうのには関わりたくなかったんだけどね」
後悔ともつかない言葉。と、共に吐き出されるため息。
ヴァーノン自身も、大切な人が彼のようになってしまったことがあった。
「助けてあげられなくてゴメン……時間が経ったから少しは出来ることが増えたと思ってたけど……こういう場に居合わせると、自分の力の無さを実感するね」
拳に伝わる、衝撃。苦しむ攻性植物を、そしてちらりと見える囚われた人の一部を、ヴァーノンはしっかりとその目に焼き付けた。
●せめて、できること
じわり、じわりと、双方の体力が削れてゆく。ケルベロスたちにとって、長丁場はもとより覚悟の上だ。
少しでも多く敵の体力を削ろうと、攻め手がダメージを重ねてゆく。蔓や葉が落ち、ダメージが通りやすくなる。与えた毒が、攻性植物を苦しめる。
ケルベロス側にも、炎や蔓が邪魔立てする。その都度、朝希は炎を消し、蔓を取り去る癒やしの術を展開した。これまでも行った仕事だ。
「……救える可能性がある、ってだけで、奇跡みたいな事だったんだなあ……」
思い出すのは、取り込まれた人を助けられていた今までの仕事。しかし今は——。
「囚われている者にとっては、理不尽な悪夢であろう」
レーグルが、拳を握りしめた。零れる炎が漆黒の瞳に反射する。
「それが続かぬ様に、我らがいるのだ」
駆け出し、一撃を見舞う。続くのは、星降の剣-libra-を構えたアレックスだ。
「だな。ケルベロスとして、騎士として――問わん。我が一撃は審判の一撃。汝に義あるか、理あるか」
剣の文様が煌めく。そのまま振り下ろせば、重力の波動が飛翔する斬撃となって攻性植物を切り裂いた。
鮮やかな一撃を受け、攻性植物の体に実る果実が輝く。果実は瞬時にもぎ取られ、ケルベロスたちに向けて投げ込まれる。落ちる果実は、トルティーヤの元へ。巻き起こる爆風を背に、ディケーが懸命に翼をはためかせる。
投げられる果実に自身のグラビティをぶつけようとしていた雛菊であったが、如何せん、攻性植物の動作は速すぎた。
「ちょーっと動作が早すぎたわね〜。でもいいわ〜、は〜い、皆出番よ〜。 101匹コンちゃん大召喚〜!」
雛菊がくるりと体を翻し、鳥居の文様が書かれた符をばらまく。そこから呼び出されるのは、狐たち。雛菊が指先で攻性植物を示すと、狐たちはいっせいに向かってゆく。召還された狐は、およそ、100匹はいるだろうか。
狐たちを振り払おうとする攻性植物に、ウィゼがそっと触れた。
「助けてやることができなくてすまないのう」
効果があるかどうかは、わからない。もしかしたら、攻性植物の痛みを抑えてしまうかもしれない。
「ふむ、あたし達にできることはこれぐらいだけで本当にすまないのじゃ。せめて苦しまないように逝ってほしいのじゃ」
作成した鎮痛剤を投与し、離れる。そこへ、灯子が遠慮がちに炎弾を放った。
「……うん、これでちょっとは遠慮無く攻撃できる……かな?」
「ナノナノ!」
灯子を励ますように鳴いた後、餅子が攻性植物へと一直線に立ち向かう。攻性植物の眼前で背中を向け、尖った尻尾を突き立てた。
戦列の中では、トルティーヤがよろよろと立ち上がっていた。
「うう、さっきは酷い目に遭いましたわ……植物のくせに生意気ですわよー! ミミーちゃん、こんな時は『あれ』をお願いしますわ!」
トルティーヤの言葉に、ミミーの口が大きく開く。
「ミミー・ザ・タイム!!」
ミミーから具現化された衣装や武器が、トルティーヤに装着されてゆく。一瞬のまばゆい光の後、トルティーヤに装着された衣装は——クリスマスツリー。いわば、クリスマスツリーの着ぐるみを着ているような状態である。
「なるほど、植物には植物を、ってことですわね。それじゃ、行きますわよ!」
気持ちヤケクソ気味に、トルティーヤが攻性植物に体当たりする。飾られた電飾が、光りながら揺れた。トルティーヤの衣装に満足げなミミーも、噛みついて追撃してゆく。
「あんたもこの弾薬のようになってもらう。……願いの力を俺に」
ヴァーノンが、短く呟く。リボルバー銃から射出された弾丸が、攻性植物へ迫る。折り鶴のドリームイーターの魂を封印した弾薬は、まるで鶴の嘴のように攻性植物を穿った。
攻性植物は、まだ踏み止まる。逃げる素振りも、怯む様子もない。自らが不利になってきているというのに、まだケルベロスたちと戦闘を続行するつもりらしい。
●すべては消えて
勝機は見えた。回復は不要と踏んだ朝希は、攻撃へと出る。
「Shh, 準備はいいですか? ――出番ですよ、みんな!」
一瞬の静寂ののち、周囲の土から木の根のこどもたちが現れる。朝希が指先をタクトのように振ると、木の根のこどもたちが行進をはじめた。一斉に向かい、攻性植物を踏み越えてゆく。群がるものたちを払いのけようとする攻性植物へ、レーグルが強烈な一撃を見舞った。
「ここで仕舞いとしようではないか」
少しでも早く、囚われた者の苦しみを終わらせるために。アレックスも剣に天秤座の重力を宿し、攻性植物の守護を断つように振るう。
自己を修復する攻性植物の動きは、まるで最後の悪あがきのようだった。
「さすがの生命力じゃのう。こういう時は、ピンチの時のお薬なのじゃ」
ウィゼが手早く薬を調合し、攻性植物に浴びせる。直後、灯子が氷の騎士のエネルギー体を召喚し、敵の末端を凍らせた。畳みかけるは、餅子のハート光線。さらにトルティーヤが音速を超える拳を吹き飛ばすと、飛ばされた先でミミーが噛みついて迎撃する。
そこで、ヴァーノンのリボルバー銃が攻性植物を捉えた。
「これで最後。サヨナラ、ってね」
銃声が、山の中でこだました。
どう、と音を立てて倒れる攻性植物へ、朝希が駆け寄る。しかしそれよりほんの刹那早く、攻性植物だったものは灰のように崩れ、消えてゆく。何かしらを掴みたくて伸ばした手は、虚しく握りしめられた。
短い吐息をひとつ漏らし、朝希は手合わせる。その後ろで、灯子が目を閉じた。
(「囚われていた人が、少しでも安らかに眠れますように……」)
餅子も同じように目を閉じ、小さく「ナノ」と鳴いたのだった。
夜明け間近の風が、冷たい。
剣を鞘に収め、アレックスが仲間に声をかける。
「——さて。それじゃあ調査でもするとしようか」
「うん、できる限り痕跡を探そう!」
何度も頷く灯子をの横で、レーグルが道の向こう側を見遣った。
「では、我は攻性植物の歩いてきた道を逆に辿ってみるとしよう」
「それじゃ私は残り香に気をつけてみるわ〜」
と、雛菊も共に歩いてゆく。
「来た方角と目指していた方角……うーん、以前の事件との類似点は見当たりませんね」
コンパスを使って確かめるのは、朝希。類似点ということであれば、レーグルにも気がかりなことはあった。
「二回とも夜中であるのが気になるな。何かしら夢が絡んでいるのだろうか」
「さてなあ。被害者とは会話ができない、遺体は消える……厄介な相手だ。そういえば、攻性植物の拠点づくりってどんな風にやるんだろうな?」
アレックスが、何気なく呟く。ケルベロスたちが攻性植物を撃破したいま、拠点づくりの方法は不明だ。
不明なことだらけ。それぞれの疑問を口にしながら、ケルベロスたちは森の中へと入ってゆく。
たどり着いた場所は、木々の並ぶ森の中。しかし、変わった点は特に見受けられない。
雛菊が残念そうに首をかしげた。
「残っている匂いは、特にないわね〜」
「ここいらでなにか逆襲できる手がかりが欲しいところでしたけど、何もわからないとは……なかなかやりますわね、攻性植物のくせに」
トルティーヤが舌打ちをして、腕を組む。
「まあまあ。『わからない事』を確認できたんですから、きっと前へ進めていますよ」
朝希が微笑み、仲間を見渡した。
「……甘い香りで誘う毒の花。少しずつ確実に追い詰めていくには、個別に調査をしてみるのが良いかもしれませんね」
気付けば、山際に光が滲み始めている。
ゆっくりと昇る太陽から、眩しい光が射した。
作者:雨音瑛 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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