私が貴方に望むもの

作者:秋月きり

 痛い。酷く全身が痛む。
 滑落後、なんとか運転席から這い出た八木・和典は悲鳴を上げる身体を押さえながら、夜の森を進む。
 深夜の事故だった。道路に現れた影――おそらく鹿を急ハンドルで避けた彼はそのまま路線に復帰する事が出来ず、ガードレールを突き破ってしまったのだ。
 命があったのは僥倖。滑落の高さはおよそ十五メートル程。エアバックやシートベルトの加護があったとは言え、黄泉路へ旅立っても不思議ではない距離だった。
「痛ぇよ……」
 三年程、乗った愛車は残念だが、捨て行くしかない。火災ともなれば命そのものが危ういと、本能に根ざした逃避行はしかし。
 突如目の前に現れた女性によって遮られてしまう。
「なぁ、あんた」
 助かったと言う安堵はだが、次に浮かんだ疑問によって掻き消される。
(「何故、こんな時間、こんな場所に人が……?」)
 痩身を青い服で包み、白詰草をドレスのように纏った女性は、同じく白詰草の花輪を抱き、和典を見ている。涙に濡れた視線は、和典から零れる血液を見つめている。
 そして、花輪が和典の頭に乗せられた。
「身体の痛み。心の痛み。私は、……クロバはどうして泣いているのか?」
 それを教えて欲しい。彼女が発した問いはしかし、全身を攻性植物に侵される和典に、届く事はなかった。

 静岡県富士宮市に攻性植物が出現する。三度に渡る未来予知にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は重い溜息を吐く。
「今度は登山道方面からやってくるようね」
 富士山への登山を望む人達が利用する道の名前を挙げながらの言葉はゆるりと紡がれた。
「今回、宿主となった青年の名前は八木・和典さん。21歳の大学生。これまで同様、救う事は叶わないわ」
 だから、と紡いだ文言は今までと同じ。
 大事の前の小事と割り切る事は出来なくとも、それを敢行して欲しい。無辜の人々を守る為、犠牲者を最小限に抑える為に。
「殺して欲しい、と私は貴方達に依頼するわ」
 金色の目が伏せられたのは、その殺意をケルベロス達に委ねる罪悪感に対してか。
 だが、顔を上げたリーシャの表情に、一点の迷いもなかった。その為に出来る事はする。それが彼女の告げた誓いでもあった。
「攻性植物は触手と化した蔓草を槍のように伸ばして攻撃してきたり、花弁から放つ光線による狙撃を行ってくるわ。それと、自己回復能力も備えてる事も、前回、前々回と変わりないわ」
 なお、配下はおらず、単独での行軍を行うようだ。これも前回同様である。
「目的もグラビティ・チェインの奪取から変わらない。それと、犠牲者の一人を生きたまま、森に連れ去る光景も視えた事は同じ」
 だからこそ、それを行わせない為、ケルベロス達は青年ごと、攻性植物を撃破する。未来予知を現実のものにしてはいけない。
「ただ、宿主に依存しているのか判らないけど、今までに比べて能力が格段に向上している。それだけは気を付けて」
 子供、老人と来て、次の犠牲者は青年だった。能力の差違は潜在能力の差違とも考えられるが、捨て置く事は出来ない。それを踏まえて戦う必要があるだろう。
「まだ、敵の喉元に食い付く事は出来ない。でも、警戒活動を続ければ何れ」
 その為にはまず、目の前の事件を解決する事だと、リーシャはケルベロス達を送り出す。
「大丈夫。貴方達なら届くって信じている。だから……いってらっしゃい」


参加者
安曇・柊(神の棘・e00166)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)
柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
御影・有理(書院管理人・e14635)
近藤・美琴(想い人・e18027)

■リプレイ

●白詰草と朽ちた青年
「私にはもう貴方しかいない。嘘でも良いから……」
 縋るような言葉だった。祈るような言葉だった。
(「やめてくれ」)
 言葉が蘇る。言葉が責める。言葉が苛む。
「愛して」
 彼女の言葉を自分は拒否した。
 それが始まり。それが終わり。
 その名を忘れていた訳ではない。ただ、思い出そうとしなかった。これまでも、これからもずっと、その筈だった。

 深い森の中、剣戟が響く。朝靄が覆う深緑の中、槍の如く伸ばされた蔓草を得物『アコースティックギター リヒト』で受け止めた神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)は静かに歌を奏でる。立ち止まらず戦う者達の歌を。味方を奮起させる歌を。
 響く歌声はララを始めとした二人と三体に守備の力を宿す。木々を抜ける朝日を受け、キラキラと輝くようでもあった。
「九死に一生を得た命、それを救い出してやりたいが……」
 触腕の如き蔓草の一束を簒奪者の鎌で斬り飛ばしながらネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)は唇を噛みしめる。それが叶わないのであればせめて。
(「ケルベロスとしての使命を全うする」)
 藍色の瞳に悲痛な迄の色を浮かべ、白詰草の塊を追う様に木々の間を駆け抜ける。
 ヘリオライダーの予知が示す森の入口に辿り着いたのは先程の事。程なくして、攻性植物と化した青年を発見した。
 だが、それは相手も同じ。まるで獲物を見つけた肉食獣の如く、ケルベロス達に迫ってきたのだ。
「弱者狙いのパターンからは外れていたと思ったが」
 幻影竜の息吹を放ちながら、御影・有理(書院管理人・e14635)は独言する。青年と言うカテゴリーを狙った黒幕の意図は読めなかったが、こうして対峙すれば彼もまた『弱者』であった事を思い知らされる。
 事故後の青年は自力で避難した事が不思議な程、傷付いていた。目に見える傷口は白詰草の縫合によって無理矢理塞がれ、折れていた手足は、触腕と化した蔓草が支持股として補助している。
「まるで、朽ち木のよう」
 淡々と紡ぐ近藤・美琴(想い人・e18027)の表情は、泣いているような怒っているような、相反する感情が入り乱れ、痛々しい物に変わっていた。痛みは亡者の声となって青年を、攻性植物を侵食する。侵された支持股は動きを鈍らせ、その場に青年の身体を釘付けにした。
 併せてエスポワールが走る。猫爪を遮二無二振り回し、蔓草を切り裂いていた。
「ご、ごめん、な、さいっ! 貴方が悪い訳じゃ、な、ないのに」
 続けて青年に強襲する簒奪者の鎌の一撃は、安曇・柊(神の棘・e00166)によるものだった。やれば出来るとの想いから生まれるそれはしかし、大振りさ故か青年の周りを取り巻く蔓草に遮られ、身体に届かない。
 息が上がる。言葉が上手く紡げない。本当に辛いのは自分達ではない。犠牲者となった青年の筈なのに。
「ど、どうしてっ、こんな事がっ、で、出来るん、ですかっ!」
 答えは返ってこない。無言で振られた触手は柊の身体に触れる前に、ララのサーヴァント、クストと有理のサーヴァント、リムによって弾き飛ばされ、木の幹へと突き刺さった。貫通した幹を易々と砕く様に、一筋の冷や汗が零れる。
「今回はだんまり、か」
 有理の呟きにも、返答は無かった。
 少女は好奇心旺盛で、老人は喋り好きだった。ならばこの青年はさほど会話を得意としていなかったのだろうか。寄生型攻性植物が記憶と感情を奪い、その再現を行おうとしているのは明白だった。
(「ならば、黒幕は――?)」
 寄生した先が何かの痛みを抱えていて、その痛みを知ろうとしている――。
 その思考は突如発生した熱量により、一時中断する。遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)の召喚した黒い太陽が、灼かんばかりの勢いで、白詰草の身体を照らしていたのだ。
「唯覇さん! 緋雨さん!」
 呼びかけに応じ、先んじて動いたのは星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)だった。オラトリオの青年から放たれた時空凍結の弾丸は、冷気を孕み、青年の身体を撃ち抜く。ぴしぴしと音を立て、蔓草が凍り付いた。
「オーナー!」
「あ。ああ」
 だが、その連携から柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)の動きは一歩、遅れていた。二人の声に弾かれるように放った巨大矢はしかし、白詰草の蔓草に逸らされ、あらぬ方向へと突き進む。白い花と三つ葉が千切れ、風に舞うがそれだけだった。攻性植物そのものに傷を負わせていない。
「――っ」
 思わず唇を噛む。手心を加えた訳ではない。デウスエクスが彼を上回った。それだけの事。
 己の手を見詰め、緋雨は自身の震えを自覚していた。
 思い出した。思い出してしまった。
(「お前は――」)
 見詰める指先が願う物は、贖罪。

●花言葉の名は『私を思って』
 剣戟が響く。白詰草の蔓草が集い、束ねられた槍はケルベロス達の身体を切り裂き。
 光条が飛ぶ。白詰草の花弁から放たれる光線は、身構えるケルベロス達の肌を、そして身体を灼いていく。
「ララ。無茶はするな!」
「判っている!」
 唯覇の言葉に頷くララはしかし、「だけど……」と紡ぎそうになる言葉を飲み込む。
 攻性植物が執拗に彼女を狙っているのはもはや明白だった。体力に劣る物を狙う。それは以前の戦いより学んだ事。サーヴァント使いである彼女が此処に集った八名の中で、それが最も顕著である事は間違いない。
 それ故、防御役を増やして持久戦へ持ち込む算段だった。彼女と三体のサーヴァントと言った四枚の盾は有理の支援も合わせ、そう簡単に打ち崩せない。その筈だった。
「動きの素早さは厄介だな」
 得物のフルスイングを青年に叩き付けながら、ネロは愚痴を零す。
 持久戦の想定は攻性植物の身体能力を考慮しての物だった。デウスエクスと化した事によって跳ね上がった身体能力は、無数の触手によって支えられ、縦横無尽に戦場を行き来している。その動きを制するべく、ネロ達も奮闘していた。
 だが。
(「多少、見誤っていたか」)
 鞠緒から飛ぶ黒太陽、そして美琴から発せられる亡者の声はその機動力を奪い、ネロや唯覇が放つ攻撃は着実に攻性植物の体力を削っていく。
「……ご、ごめんなさい」
「謝るな」
 柊の泣きそうな表情から紡がれる言葉に、思わず叱責にも似た言葉を返してしまう。
 クラッシャーの恩恵を受け、最も攻撃力の高い彼の攻撃はしかし、攻性植物の俊敏さ故、充分な効力を発揮していない。それを生かす為に行った努力も、攻性植物の自己回復によって幾度となく振り出しに戻されてしまう。
 せめて自身にも足止めのグラビティがあれば、と思うが無い物ねだりだと首を振る。
「――そう、ですね」
 鞠緒の声にも焦りの色が滲む。幾らバッドステータスを付与しようと、細かいダメージを刻もうと、倒せなければ意味がない。その意味では、戦場を駆け巡る攻性植物の機動力は厄介だった。自身の役割を全うすべくバッドステータスの付与を試みるが、それが全て作用している訳ではない。
「ならばこれはどうだ!」
 地獄を纏う唯覇の斬撃は、周囲を包む蔓草ごと、青年の身体を切り裂く。血は吹き出さず、代わりに噴出した蔓草達が、その傷跡を縫合する様はいつかの再現だった。
 返す刀の一撃は、しかし、青年の身体を包む蔓草に絡め取られ。
 同時に飛び出した槍状の触手は、唯覇の身体を掠め、その後方へと伸びていく。
「――っ?!」
 援護は間に合わなかった。肩口を貫かれ、水色のスウェットを朱に染めたララが片膝をつく。青年が指先を彼女に向けるのは同時だった。
「ララちゃん!」
 鞠緒の悲痛な叫びに呼応するように、光が弾ける。
 ――その筈だった。
「何処を狙っておる?」
 光は青年の指先で留まっていた。彼に向けられた声は、それ程、その者にとって強制力がある物だったのだ。
「貴様の敵は此処じゃ、柵・緋雨は此処にいるぞ?」
 不敵な笑みは忍びの色を纏って紡がれる。――ワシの首、取れるものなら取ってみよ、と。
「ひさめ……?」
 初めて青年の口から声が零れる。戸惑い。困惑。躊躇。無数の触腕でケルベロス達を圧しながら、青年の瞳は緋雨の顔に向けられる。
 やがて、その瞳から溢れ出た物は、涙だった。
「ひさめさん…?」
 漏れ出した言葉は、女性を思わせる柔らかな声色に包まれていた。

●私が貴方に望むもの
「ワシが憎くて仕方ないのだろう?」
 緋雨の瞳が紫色の光を放つ。攻性植物の身体を灼く筈のそれはしかし、青年の頬を掠めるだけに留まっていた。
「なぁ。クロバ」
 それが彼の犯した罪の名だった。自身に依存した女性の名であり、そして自身が突き放した女性の名であった。
「ワシを殺せば、心の痛みとやらは消え去る。そう思わんか? クロバよ」
 万感の思いを込めて口にした言葉は。
「違う!」
「違います!!」
 有理と美琴の二人によって否定される。
「私はクロバと言う人を知らない。だが、否と言う。そいつは……その攻性植物はクロバと言う人間じゃない!」 
 二度に渡り、共に死線を越えてきた仲間だからこそ、判る事もある。
 緋雨が白詰草の攻性植物に並ならない感情を抱いている事は判っていた。きっと、それが宿縁なのだろうと思う。
(「だけどそれでも――」)
 有理は断ずる。真実を追うのならば、過ちを肯定する訳に行かなかった。そうでなければ、今までの被害者が浮かばれない。
「センイチさんは言っていました。是でもあり否でもあると。寄生されている人は緋雨さんの知っている人かも知れない。でも、もう、それは違う存在なんです!」
 美琴も彼女に続く。緋雨自身の想いは否定出来ない。彼が贖罪を求めているのも事実だろう。だが、それでも。
 目の前の攻性植物が人の身体と記憶を持っていたとしても、それが人間であると認める事は出来ない。
「和典さんでもない、絵梨佳さんでも、センイチさんでもない。貴方は……誰だ?」
 涙混じりに紡がれた言葉を、それは柔らかく受け止める。浮かび上がった表情は、僅かに微笑していた。
「俺に固有の名はない。だが、名無しと言うのは実に不便だ」
 だから、と笑う。
「最初に寄生した者の名を抱き、こう名乗ろう。悲劇のクロバ、と」
 白詰草が鎌首を擡げる。光が溢れ出す。自身の敵であるケルベロスを排する為、彼らに流れるグラビティ・チェインを啜る為に。
「やはり、お主はクロバ……なのか」
 緋雨の呟きは茫然としたものだった。
 そうで無ければ良いと心の何処かで祈っていた。そうであって欲しくないと願っていた。だが、今、この瞬間、それは否定されてしまった。
(「やはりクロバの所業なのか……」)
 膝から崩れ落ちそうになる自身を、恋人が支える。触れた手からは温もりが、背を支える抱擁からは、自身の贈った首飾りの感触が伝わる。それだけが、今は支えだった。
「ああ。そうだ。……愛しているわ、緋雨さん」
 それは醜悪な模造だった。感情の籠もらない愛の囁きは、だが、今の緋雨を打ち据えるのには充分な言霊だった。
「悲劇のクロバ! お前にその言葉を口にする資格はない! お前はただの侵略者――デウスエクスだ!」
 有理は叫び、詠唱する。今、この場で終わらせなければ大切な何かを失ってしまう。そんな予感があった。
「瑠璃の空、底より染め上げ。目覚め告げるは、暁の御子。星の群れより尚美しき、輝く者よ灯と為れ!」
 侵略者たる神々を屠る力を光に変換し、柊の身体を覆う。
 度重なる攻防は確かにデウスエクスの優位に傾いていた。だが、ケルベロス達の攻撃が全て不発だった訳ではない。幾多にも重ねた攻撃は、その身体に数多くの傷を負わせている。
 終局が近いのは、攻性植物も同じ筈だ。
「あ、貴方が心の痛みを、知る日は、こないと、そう思います!」
 柊の指し示す指先へ攻性植物は冷徹な瞳で一瞥する。光は彼を撃ち抜こうと、蔓草はそれを防ごうと、一斉に柊に向けられた。
 だが、それは叶わなかった。二つの影、ネロと唯覇が、それを阻んだのだ。
「此岸に憾みし山羊に一夜の添い臥しを、彼岸に航りし仔羊に永久の朝を、――アグヌス・デイ」
 魔女から放たれた紅色は触手の如き蔓草を、そこに宿る光を浸食していく。ぶちぶちと響く音は、それらを捩じ切り、或いは潰す際に発する植物の悲鳴だった。
「夢の続きでも見ているがいいさ。……堕ちるようにな」
 星詠みの歌は音を以て攻性植物へ浸食していく。内側から五感全てを破壊する音楽は、和典への鎮魂歌でもあった。
 憐れな犠牲者への慰労と、それを為した侵略者への義憤。その二つが入り交じった音は攻性植物の蔓草を、光を掻き消していく。
「最期の日に、貴方は誰を想いますか?」
 そして、柊による最終章が紡がれる。光矢を化した一撃は彼自身の魔力によって引き絞られ、放たれる。
 歌うように優しく。囁くように静かに。
 彼の放つ光の矢は、哀しい物語を終局へと導いたのだった。――攻性植物の核と化した、青年を撃ち抜く事で。
(「おやすみ、なさい」)
 彼が最期に見た夢が幸せなものであるように。
 そう、願っていた。

●白詰草の問い
 悲劇は終わらせないと行けない。これまでの犠牲者同様、光の粒へと化していく青年を前に、意を決して美琴は問う。
「――クロバさんは何処ですか?」
 答えが返ってくると期待した訳では無かった。その断片だけでも入手出来れば、との問いかけはしかし。
「貴方は誰だ、か?」
 消えゆく青年から有理の言葉を反芻として返ってくる。
 そして笑う。それは時折浮かべた柔らかなものではなく――悪辣な笑みを形成していた。
 ああ、と柊は震える。
 人間とは、あんな残酷な表情が出来るのだ、と。
 その手を支えたネロは首を振る。それが人間である事も、人間の全てでない事も彼女は理解している。まして、あれは。
「そうね。緋雨さん。貴方に聞くわ。私は誰なのかしら?」
 貴方を愛したクロバと言う地球人?
 それとも悲劇のクロバと言うデウスエクス?
 消えゆく手を差し出し、それは笑う。
「お前は……」
 その先を口にする事が出来なかった。
 彼の背を鞠緒が、その左右を唯覇とララが支えている。それは温かく心強い。だから、躊躇する理由がある筈も無いのに。
 それでも、震えを止める事は出来なかった。
「私は待っているわ。どちらが待っているか、貴方が決めればいい」
 そうして青年の身体は消え去っていく。棘のような言葉だけが、その場に残った。
「……樹海、か」
 有理の呟きに、ケルベロス達は強く頷く。
 最期に彼が指し示したのは、富士の裾野に広がる広大な樹海。その一点だった。その場にそれがいる事は間違いなかった。

「クロバ。僕は……」
 震える声は迷いの証拠。
 デウスエクスへの、自身を慕った女性への答えは。
 未だ、無かった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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