木漏れ日の下の童女

作者:そらばる

●出会うふたり
 みもりは、気が付けば暗い森の中をふらふらと彷徨っていた。
 幼い手も足も傷だらけで、酷使された様子が見受けられる。けれど痛みを感じないのか、足取りは怪しげながら、決して立ち止まる事をしようとしない。
「……なんでだろ?」
 自分でも不思議そうに首を傾げながら、みもりは目の前の草むらを掻き分けた。
「わぁ……」
 大樹の根元に、金髪の少女が鎮座していた。
 みもりより少し年長であるように見えた。角のように生えた二本の枯れ枝や、翼のような蔓草飾り、長く引きずる尾のような器官……いずれを取っても異形の存在。しかしみもりの蕩けた眼差しには、愛らしいその顔立ちしか映っていない。
「きれい……」
 感嘆の籠もるみもりの呟きに、少女はくすくすと笑う。
「……いいこ」
 包帯を巻いた細腕を、少女は差し出した。
「おいで。わたしみたいにしてあげる」
 みもりの足は、誘われるままに歩み寄る。
 二人の少女の手が重なった瞬間、蠢く蔓草がみもりの全身に絡みついた。

 小さな異形が、山を降りていく。
 枯れ枝の角、蔓草の羽、枯れ木の尾。
 しらじらと明けゆく朝日に照らし出された幼い顔には、縦横無尽に侵食した蔓草が、血管のように浮き上がっている。
 かつてみもりだったその怪物は、眼下に街を見下ろし、うっすらと微笑んだ。

●植物少女
「こたびは、山深くより現れ出でる攻性植物の一件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は語る。
 少女の姿をした攻性植物が、近隣の山を降り、群馬県沼田市の市街地を襲撃しようとしている。正確な発生地点は特定しきれていないが、おそらく足尾山地中央部のいずれかの山奥であろう。
「敵の目的はグラビティ・チェインであると目されます。皆様には、攻性植物が市街地に入る前に、撃破をお願い致します」
 この攻性植物による犠牲者は、すでに一人。幼い少女が取り込まれ、完全に同化した上で、何者かに使役されているという。
 救出は不可能。攻性植物から切り離すすべもなく、説得にも応じまい。
「……犠牲となった少女は、家族旅行にて近隣を訪れた際に、行方が知れなくなった小学生低学年女児と、特徴が一致しております。旅行中に一人山林に迷い込み、運悪く攻性植物に捕らえられた、と考えるのが妥当な所ではございますが……」
 小学生の遭難にしては、いささか不自然な点も多い。後日、改めて調査が必要になってくるかもしれない。

 まずは山を降りてくる攻性植物の撃破。これを果たさねばならない。
 倒すべき攻性植物は1体のみ。配下などは存在しない。
 攻性植物は行方不明女児と同じ容姿だが、枯れ枝の角や飛行能力のない蔓草の翼、枯れ木の尾を生やしており、一目で異形とわかる姿をしている。皮膚の下を蔓草が縦横無尽に侵食していて、これらを分離するのは不可能だ。
 使用するグラビティは、蔓草で絡みつく『蔓触手形態』、地面を侵食して敵群を呑み込む『埋葬形態』、白い蔓草で大輪の花を編み上げ破壊光線を放つ『光花形態』となる。
「敵の進路上、市街に入る手前に、整備された森林地帯がありやがる、です。森林浴スポットだかなんかで、観光客も多い区域らしい、です」
 以前遭遇した事件との類似性に顔をしかめながら、一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)は広げた地図を指し示した。
 敵は、この森林地帯に潜伏する形でグラビティ・チェイン強奪に着手するつもりだろう、というのが鬼灯の見解である。
「幸い、攻性植物が森林地帯に到達するのは、まだ日も昇りきらぬ早朝となります。その時間帯には一帯に人出はありませぬゆえ、ここで迎え撃ち、手早く撃破できれば、これ以上の被害を出さずに済みましょう」
 森林地帯はほどよく間伐され、背の高い木々が立ち並んでいる。明るく見通しの良い森だ。戦うには申し分ないだろう。
「この攻性植物は、森林地帯にて他の人影を認めますと、木の後ろに隠れて、いかにも子供らしく、こっそりと伺うような態度で待ち伏せます」
 人の気を引き、近寄ってきた所を襲おうという算段だろう。ひとたびケルベロスとの戦闘に突入すれば、誘き出された人物のみならず、付近にいる全員を攻撃してくる。相手を殺し尽くすか、倒されるまで戦い続けるだろう。
 今回、原因となる敵を発見する事は不可能だろう。今後警戒活動を続けていく事で、敵の足取りを掴む事が叶うかもしれない……が、それは事件を片づけた後の話だ。
「残念ながら、こたびの被害者を救う事は叶いませぬ。まずは目の前の悲劇と脅威の確実な排除を。犠牲者の少女――みもりさんに、安らかな眠りがもたらされん事を。皆様、お願い致します」


参加者
一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)
高辻・玲(狂咲・e13363)
ヒューリー・トリッパー(笑みを浮かべ何を成す・e17972)
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)

■リプレイ

●変わり果てた少女
 木漏れ日に白々と浮かび上がる早朝の森林を、ケルベロス達は進む。
 冷たく爽やかな朝の空気と清浄な風景に反して、彼等の心は晴れなかった。
「……嫌な事件が続くね」
 心中で苦々しい心地をかみ殺しながら、宝来・凛(鳳蝶・e23534)がぽつりと零した。
「別の地でも同様の事件に当たったけれど……何れも不透明且つ不愉快で、厄介な話だね」
 気取った仕草で顎に手を当てつつ答える高辻・玲(狂咲・e13363)。
「……子供、なんだろ。どうすりゃいーんだ、です」
 一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)は未だ覚悟を決めかねて、動揺もあらわに呟いた。傍らを歩くアイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)が、支えるように慰めてやっている。
「以前も群馬県で同様の事件があったな。元凶となる者の潜伏先が絞り込めるかもしれない」
 ケルベロス達から離れた場所に控え、攻性植物を待ち受ける柚月は、ひとりごちた。一つでも情報を取りこぼさないよう、メモと戦闘支援の準備は万端だ。
 言葉少なに足を進めて、しばし。遥か前方に、小さな小さな、人影らしきものを、一同は認めた。
 皆は互いに目配せをして静かに散開し、ぽつぽつと立ち並ぶ樹木の陰や、敵に気取られぬであろう死角に身を潜めた。
 人影の正面には、アイビーとヒューリー・トリッパー(笑みを浮かべ何を成す・e17972)の二人だけが残った。その場に佇んだまま、人影がやってくるのを待ち受ける。
 軽やかな足取りでやってくるのは、初め、遠目には幼い少女にしか見えなかった。
 目視できるシルエットに、人ならざる違和感を覚え始めようかという絶妙な距離にまで接近すると、人影は急に進路を変えて間近にある樹木の陰に駆け込んだ。
 きゃはははは……童女特有の甲高い声が辺りに響き、ケルベロス達の鼓膜に余韻を残す。
 幹にしがみつくようにしながら、顔半分をひょっこり覗かせ、こちらをじいっと見つめてくるその姿は、いかにも大人の気を引きたがる子供らしい仕草だった。
「……あの子の未来がこんな所で断たれても良い訳なんて、欠片もないんだよ」
 木陰から『敵』の様子を目の当たりにしたルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)は、もどかしく唇を噛む。人間であった頃の少女を想像せずにはおれず、想いは千々に乱れていた。
(「それでも、これ以上の悲劇を増やさないために、ここで倒さなくては……」)
 ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)は心の内に決意を固めながら、ぎゅっと杖を握りしめた。攻性植物の被害者を「決して助けられない」と突きつけられたのは、彼女にとっては初めての経験だった。
 戦いの中には、助けられない命もある。そして、犠牲になるのは大人ばかりではない。その現実が、ケルベロス達の心に重くのしかかった。
「……行きます」
 アイビーは深呼吸をすると、力強く『敵』へと歩を進めた。ハラハラ見守る恋人の視線と、蔓草で編まれた翼飾りの存在を、背中に強く意識しながら。
 角、翼、尾……『敵』の姿を発見した瞬間、体に感じた違和感は、以前、同系統の敵と遭遇した時以上に明瞭だった。その理由をはっきりさせたい一心で、果敢に童女へと接近する。
 くすくすと、ひそやかな笑い声。樹木の裏から覗くのは、照れているようでいて、何かを期待するような、伏し目がちの顔つき。
 両者の距離が、武器の届く範囲にまで縮まる――。
 転瞬、童女の顔が劇的に変化した。
 カッと見開かれた瞼の下に、眼球はない。眼窩は完全な闇。口許は、貼りつけたような三日月の笑み。皮下に走る無数の蔓が、どくりと波打つ。
「――っ!」
 しかし待ち構えていたのはアイビーも同じ。背筋に寒気を覚えながらも、即座にドラゴンの幻影を生み出し、蔓の偽翼を蠢かし始めた童女を出し抜けに焼き払った。童女の姿が、炎の中に鎖される。
 一拍遅れ、炎の中から夥しい蔓草の反撃が寄越された。
 のけぞるアイビーを、斜め後ろに付き添っていたヒューリーが抱える形で庇った。背後に投げた白のマフラーの片端を、樹木の幹に絡みつかせて、仲間達のいる後方へと颯爽と後退する。
「やるせないですねぇ……せめて、あの子が手を汚してしまう前に眠らせてあげましょう」
 追いすがる蔓草はヒューリーの足に絡みついたが、アカイ霊力を纏ったエアシューズですぐに振り払い、逆に毒の花を植え付けてやった。投与済みの鎮静剤のおかげで、痛みもない。
 木陰に潜んでいた他のケルベロス達も一斉に飛び出し、敵を囲い込む形で布陣を敷く。
 まだ火勢も収まらぬうちに、真っ先に飛び出したのは玲と凛。緩やかな弧を描く斬撃と、刃から放たれる一閃の迅雷が、炎ごと敵を斬り裂いた。
 炎が退き、やまぬ笑い声と共に、童女の姿がはっきりと暴露された。
 植物で構成される、角、翼、尾。流行りの子供服は、数多の汚れやかぎ裂きに、貫禄さえ帯びて見えた。ひときわ明るい木漏れ日の真下で、白々と霞んで浮かび上がるそのいでたちに、ふと、神秘性のような雰囲気が匂い立つ。
 飛鷺沢・司(灰梟・e01758)は思わず動きを止め、しかしすぐに双眸を細めた。
「ああ……浸食が深いな」
 その先の言葉を続けられない。
 あの子にこれからはない。今日この日に終わってしまう。
 見ていられなくて、一瞬視線を背け、けれどすぐに向き直る。
 ……この手の仕事が一番やり辛い。
「お休みを言いに来たよ」
 屠る覚悟を白磁の刃に籠めて、司は全身を地獄の炎に多い尽くした。

●虚無の笑い
 解放感のある森は、音の広がりと反響をどこまでも許してしまう。
 童女の笑い声はいつまでも付きまとった。攻撃をする時も、受ける時も。悲壮感など一つもない、ただただ無邪気で、ただただ楽しげな……。
 決して攻撃ではないはずのそれが、ひどくケルベロス達の心に堪えた。
「旅行で楽しい日だったはずなんだ。こんな突然の別れが訪れるはずじゃなかった……生きてれば、可能性や未来なんて幾らだって」
 実際の所はどうだったかはわからない。けれどルードヴィヒは想わずにはいられない。家族は心配しているのだろう。彼女自身はどこに帰りたいのだろう。
「――少なくとも、君を絡めるそいつとは行かせられない」
 覚悟を肚に落とし込み、ルードヴィヒはありったけの力を籠めて、流星きらめく蹴りを叩き込んだ。
「きっとこれから綺麗な花咲かせてく筈やった、幼い芽――楽しい思い出も沢山作ってく筈やった、家族の宝物。それを奪って、こないな事に使おうなんて……許さへん」
 凛は静かな怒りに業火の花を咲かせる。荒っぽくなりがちな攻撃を、端然とフォローするのは兄貴分兼悪友の玲。なおも笑いやまぬ童女の姿に、胸中に寂しくごちながら。
(「身よりも痛むのは、心――助けられなくて御免ね」)
「嘆いた所で変わらぬ以上……今は此処で、食い止める事に集中を」
 想いとは裏腹に涼しい顔で的確に斬り込めば、熾火のようだった延焼も、勢い増して童女の肌を這い始める。
 ブランシュは味方の強化に従事しながら、童女へと冷静に問いかける。
「あなたのお名前は? どうして一人で森へ来たの? これから何処へ行くの?」
 説得が通じない事はわかっている。ただ、せめて何か、返ってくる反応から、事件の緒だけでも掴めないか――そんな思いだった。
 返答は、いっそう昂ぶる哄笑だった。
 そこに至っても、童女の声にも仕草にも、ひと欠片の悪意さえ含まれて感じられない。それがかえって狂気じみているようで、ケルベロス達は閉口する。
「どうしてこんな……っ」
 少女の運命を割り切る事が出来ない二葉は、攻撃に踏み切ることができずに、地獄化した右目から涙を流して、蒼い炎を辺りに満たす。
 『みもりだったもの』は木々の合間をきゃっきゃと楽しそうに駆け巡りながら、いつの間にかびっしりと白い蔓草に絡みつかれた両腕を、前方に向けて突き出した。蔓草は瞬く間に白百合の如き蕾の形に編み上がり、木漏れ日を浴びて、ふくらかな内部に光を集め始める。
 花弁が花開く直線上には、体の違和感に顔をしかめるアイビーの姿。
 二葉は悲鳴じみた声を上げながら、なりふり構わず恋人の前に割り込んだ。容赦なく注ぐ破壊光線を、仁王立ちで全て受け止める。
「二葉のアイビーに手を出すんじゃねえ! です!」
 決然とした怒声は、もはや躊躇をかなぐり捨てた決意表明であった。

●彼女の手は血塗られず
 心を削られながらも、ケルベロス達の攻撃の手が止まる事は無い。
「寄生型攻性植物……こんな小さな子を、救えないような所にまで連れて行ってしまうのですね。許せないですし……助けられなくて、ごめんなさいですよ」
 自身に宿る攻性植物を花開かせ、光花の強力な光線をお返ししながら、真理は呟く。
「せめてご自身の手で決着をつけてくだされば……しかしそれも、望んで叶うものではないのでしょうね」
 思い描いた希望が机上の空論でしかない事実を噛みしめながら、悠乃は敵の不完全性を増幅していく。
 猛攻を浴びた童女は、唐突に戦場の真ん中でしゃがみ込んだ。
「うぇぇぇん」
 初めて、笑い以外の声を上げた。大人を狼狽させる為の泣き真似。ケルベロス達は騙されることなく、いっそう身構える。
「アメジスト・シールド、最大展開! くぅ……」
 フローネが油断なく防護展開したビームシールドに、蔓草に侵食された大地が津波の如く押し寄せた。強烈な土砂のいくばくかは弾かれ、布陣の大幅な崩れは抑止された。
 童女は立ち上がり、再びけたけた笑い始める。しかしその消耗が事実深刻である事を、ケルベロス達は見逃さない。
「痛いよね、ごめんね。すぐに終わりにするから」
 もう森を彷徨い歩くことのないように――優しく囁きかけながら、ルードヴィヒは血色の狼犬を童女の肩に喰らいつかせる。
「そろそろアカイ花の毒も、十分に蝕んだことでしょう」
 ヒューリーは白いマフラーを自在に操り、童女の小さな体を縛り上げた。そこをすかさず二葉の地獄の炎弾が追随。しかし笑い声はやまない。
「ヒダリギ、支援は任せたよ」
 白髪の少年の横から駆け出して、司は天高くナイフを投げ上げる。
「もっと綺麗なものを、夢の中で見ておいで。お休み」
 白刃が木漏れ日に閃き、次の瞬間、巻き起こる吹雪が幾千もの氷柱を敵へと降らせた。
「背中はきにしないで。おれたちががんばる」
 後方を任された近衛木・ヒダリギ(シャドウエルフのウィッチドクター・en0090)は、仲間のサーヴァント達と共に、傷ついた陣営を癒していく。
「災いの芽と成り果てたんなら、枯らしたげる――それしか出来んで、堪忍ね」
 柔らかな言葉に反して、叩き込まれる凛の炎は痛烈だった。童女の全身を這う蔓草は、もはや隅から隅まで炎になめ尽くされていた。
 幼い芽から希望や幸福、命迄も奪った忌わしき『植物』。それを見据え、玲は刃を構える。
「……さぁ、散って頂こうか。そして安らかにお休み――みもり嬢」
 白刃の生み出す雷が、童女を打ち据えた。
「助けられなくても、倒します……!」
 ブランシュの杖よりほとばしる雷もまた追随し、電撃に鎖された幼い笑い声が、ひどく不規則に震えた。
 アイビーはサキュバスとしての自身の全霊を籠めて、槍の形の固体を生み出していく。
「あなたたちをそんな体にした誰かを、ボクが絶対に突きとめます!」
 断じた言葉と共に撃ち出された槍は、濃硫酸の如き液体となって、童女の肉体を貫いた。

●謎は森の奥に
 吹き込んだ朝の風が、木々の梢を騒がせる。
 仰向けに倒れた童女は、まだ辛うじて息があるようだった。
「お前はなんでこんなところにいやがった! 誰に何をされた! いいやがれ、です!」
 必死の形相で詰め寄る二葉。
 童女は指一本と動かせず、クスクスと体を震わせるばかり。もはや喉に染みついた運動を繰り返しているだけの、ひどく空疎な笑いだった。
 ほどなくそれもパタリと止み、幼い肉体から全ての力が抜けていった。
「お前のママに、なんて言えば、いーんですか……」
「大丈夫です。必ず。元凶を……」
 がっくりと両膝をつく二葉の手を取り、アイビーが懸命に励ます。
「きっと、彼女はとっくに人ではなくなっていたのでしょう……助けてあげられなくて、ごめんなさい」
 ブランシュは、人を巧妙に真似た童女の、けれど決して人ならざる奇行を思い出しながら、女の子の手……だったかもしれないモノにそっと触れ、目を伏せる。
「私達に出来るのは祈ることだけですが、せめて、安らかに」
 それは樹皮のように硬く、冷たく、けれどやはり、かつては人の手であったはずだった。
 生命活動を止めてなお、童女の体に食い込んだままの蔓草に、ルードヴィヒは目を細める。
「本当は、家族のところへ帰してやりたいけど……これはもう……」
「ええ、よしておいた方が賢明でしょうね。遺品の一つでも回収して、ヘリオライダーに後の対応を預けましょう」
 ヒューリーの提案に、しかし童女の遺体を綺麗に整えてやっていた玲は、浮かない顔でかぶりを振った。
「それも叶わなそうだよ……」
 見れば、童女の体は瞬く間に光の粒子となって消え始めていた。遺品らしいもの一つ残さず、他のデウスエクスの遺骸が消えていくのと同じように。
 朝の空気にほどけて消えていく粒子を見守りながら、凛はせめて安らかにと、静かに黙祷を送る。
「仇は、必ず――」
 事が終わったのを見届け、司は童女がやってきた方角を振り返った。
「ここから先は、本格的な山狩りが必要か……」
 彼女がやってきた方角は、ひたすらに森林が続き、その向こうは広大な山地。いつまでも見通しの良い森ばかりではないのだ。根気強く痕跡を辿るには、それなりの準備と時間が要るだろう。
「アイビー……、何か、心当たりはねーんですか、前の時、何か感じるものがあったんだろ? です」
 すがるような二葉の言葉に、アイビーは背中の偽翼を気にしながら、小さく頷いた。
「心当たりはないけど、因縁はありそうです」
 静かに森の奥を見据えるケルベロス達を嘲笑うように、木々のざわめきはしばらくやまなかった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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