歌う人魚はモザイクまみれ

作者:狐路ユッカ


「よし、この辺だよね……」
 夜の浜辺。人気のない岩陰から歌が聞こえるという都市伝説を聞き、マイコはビデオカメラを構えて歩いて行った。
「歌声が聞こえたら、まっすぐ海に向かって歩く……そうすると人魚に……」
 ぶつぶつ呟きながら砂浜を歩いていると、突如として現れた女が彼女の胸をぶすりと大きな鍵で貫いた。そのまま、マイコはビデオカメラを取り落して砂浜にどさりと倒れ込む。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 そう言って薄く微笑んだ第五の魔女・アウゲイアス。マイコの傍には、下半身がモザイクで覆われた女が立っていた。
「~♪」
 女は歌いながら、夜の浜辺を行く……。


 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)はうーんと首をかしげた。
「と、いう訳でね、ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)さんに頼まれて調査してたら、浜辺にアウゲイアスが生み出したドリームイーターが現れるってわかったんだよ」
 被害者のマイコは、人魚伝説を聞いて興味を持ち、夜の浜辺を1人で歩いているところを襲われたのだという。下半身がモザイクになっているドリームイーターを倒せば、砂浜に倒れたままのマイコの意識は戻る、と祈里は告げた。
「現れるドリームイーターは一体。彼女が夢見ていた人魚の女の子の姿をしているけど、実際に見たわけじゃないから下半身はモザイクで覆われててよくわかんない感じだよ。攻撃方法は、歌を歌ったり、モザイクを飛ばしたり大きな鍵で突き刺して来たり……。それで、そのドリームイーターは誰かに会うと『自分は誰か』ということを聞いてくるんだ」
 そして、正しく答えられなかった場合や無視した場合は激昂して殺しにくるのだという。更に、自分に興味が有ったり、信じている者の所へ引き寄せられるという性質もあるらしいが……。
「上手く性質を使えば、誘き出したりとか色々出来そうな気はするね」
 ぱらり、と資料をめくり、祈里は続ける。
「海辺にはオフシーズンだし、夜中だし、人はいないよ。できれば、浜辺で倒れているマイコさんの様子も見てあげて欲しいかも」
 顔を上げると、祈里はケルベロス達の顔を見つめた。
「人魚の伝説が美しいままであるためにも、マイコさんのためにも……どうか、ドリームイーターを倒して来てください。お願い!」


参加者
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)
リリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
弥生・春花(手裏剣大好き・e23829)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)

■リプレイ


 誰もいない浜辺。闇に、弥生・春花(手裏剣大好き・e23829)は『提灯お化け』を灯した。
「この辺りに人魚がいるらしいですね。本当なら見てみたいですね」
「人魚……姫、とは、また。別の方なのでしょう、か」
 リリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)は噂話に乗る。ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)はうんうん、と頷き、
「人魚姫って、すごく綺麗な歌声なイメージがあるよね。本物いたら、聴いてみたいなって思うよね」
 うっとりと呟いた。そういえば、と言った調子でエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は相槌を打つ。
「人魚の伝説は色々あるな」
「人魚ってあの絵本に出てくるやつでしょぅ? そんな綺麗な子じゃなく、歌で船を沈める海の魔女かしら……」
 カロン・カロン(フォーリング・e00628)が首をかしげると、エリオットはああ、と頷く。
「セイレーンとも似たような感じで語られることも多い。大体は船沈めたり水難事故を起こすような感じだが、日本じゃ人魚が吉兆とされた地域もあるらしいな」
「ふふ、女の子が好きそうな噂だこと」
 カロンは何処か蠱惑的に目を細めた。
 皆が噂話をしてドリームイーターの出現を誘う中、八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)はレスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)から受け取った毛布を手にマイコを探す。
(「あ、この人でしょうか……」)
 砂浜に倒れ込んでいる少女を見つけ、そっと抱きかかえると岩陰へ走る。仲間たちが噂話をしている場所からちょうど影になる場所を選び、シートを広げてゆっくりと寝かせると、鎮紅はマイコの身体に毛布を掛けてやった。
(「被害が出る前に片付けてしまわないと、ですね」)
 たたた、と軽やかに皆の元へ戻る。
「人魚がいるなら実際に見てみたいな。どんな声で唄うんだろうね……」
 レスターはセイレーンの歌声に思いを馳せる。その歌声は船乗りに死を招くものらしい。恐れる船乗りがほとんどだが、中には命と引き換えにしてでもその美しい歌声を聴きたいと願ったものもいたという。――それほどまでに、美しい歌声なのだろうか。
「……声を失った筈の人魚姫が奏でた歌は、どんな音色がするんだろう」
 イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)はぽつりと呟いた。叶わない恋をして泡となった人魚姫。……美しい物語だけど、少し悲しい。イブの心に、切なさが込み上げてくる。
「~~~♪」
 その時。――歌声と共に、腰から下がモザイクに包まれた女が現れた。


「ワタシは……♪ だあれ? 誰、かしら♪」
 ドリームイーターは歌うように問う。
「自分が何者かわからない? 貴女はね、人魚よ」
 カロンが答えてやると、ドリームイーターはにこぉ、と笑った。
「ワタシは人魚♪ ……ワタシはだーれ?」
 ご機嫌で、次はイブに問う。
「きみは人魚だ」
 簡潔な彼女の答えに、ドリームイーターは頷く。
「うつくしく、キレイな歌声を持つお方……」
 リリーの花を揺するような囁きに、ドリームイーターは満足そうに頷き、歌った。春花の方へ首を廻らせ、問う。
「ワタシはだあれ?」
「ええと……考えるので時間をください」
 時間を稼ぐために、そう答える。無視をされているわけではないとわかり、ドリームイーターは鼻歌交じりに待っていた。
「まーだ?」
 エリオットが注意を引くよう、答える。
「吉兆の人魚、ではないな。あんたは敵だし、めでたいとは言えん」
「敵……♪ ふふ、ワタ、シは! 敵!」
 ざわり、とドリームイーターから殺気が溢れる。マイコを隠して戻った鎮紅が眼前に現れたのを見て、もう一度問うた。
「ワタシは、だーれ?」
「……」
 黙して語らぬ鎮紅。ヒュッ、とドリームイーターが鍵を振り上げた。
(「只の言葉としての本音を聞けたら……」)
 鍵を受け鎮紅は接触テレパスを試みたが、ドリームイーターから返ってくる言葉は、ない。
「……っ」
「さぁさぁ遊びましょ、少女の夢の具現」
 カロンは鼻歌を歌いながらドリームイーターに肉迫する。――夢を汚す悪趣味なモザイク。ケルベロス様が叩き割ってあげる。
「貴女の歌より私の歌の方が上手じゃない?」
「~~~♪!?」
 ドリームイーターが驚き振り返ったところに、
「ほら、合いの手もいれてあげる。何が好きかしら? ナイフ? 銃? 好きなのぶち込んであげる」
 隠し持っていた武器を総動員させて連撃を叩きこんだ。
「ぎっ、ぎぃいっ!」
 醜悪な叫び声と共に、ドリームイーターは飛び退く。
(「実際見るとちょっとショック。可愛くない……」)
 ルリカは、考えるとちょっと悲しくなってきた。……私の人魚のイメージが……。
「という事で人魚モドキにはこの場所は似合わないよ」
 静かな浜辺に、耳障りな歌は似つかわしくない。偽物には退散願うとばかりに、ルリカは月照丸で緩やかな弧を描く斬撃を繰り出す。
「ふうっ、ウウウゥ!」
 泡のかたちをとったモザイクを吐き出すドリームイーター。するりとその前に滑り出て、エリオットはモザイクを受けた。鉄塊剣を振り上げ、ドリームイーターを見据えたまま叫ぶ。
「後方は任せたぜ」
 デストロイブレイドを叩きこんだ直後、レスターの両手のバスターライフルから巨大な魔力の奔流が飛び出す。
「リーオの死角は俺が補う!」
 圧倒的な力に仰け反るドリームイーター。ぐりん、と不気味に首を回して問う。
「ワワワワワタシ、だ、れ?」
 答えるようにしてイブが放つのは、食らいつくオーラの弾丸。
「あがっ……」
 無表情のまま、イブは何かを思いながら、ドリームイーターを見据える。相手が何かをしようとしていることを瞬時に察し、春花は黄金の果実の光を前衛のケルベロスへと浴びせる。鎮紅は、緋鴉を抜き放つと、その刀の送り主を想い、その技術を模倣するように月光斬で斬りかかった。
「ひぎっ……」
 引き攣った悲鳴をあげるドリームイーター。その隙に、リリーは傷ついた鎮紅を含めた前衛のケルベロス達へと守るために雷の壁を構築する。
「アアッ、ア……♪」
 調子っぱずれな歌が、モザイクを生み出す。カロンへと飛んで行ったそれを、エリオットが代わりに受ける。
「貴女の歌くらいじゃノれないわ……」
 カロンは仲間を傷つけたその歌声に、きつと視線を向けた。
「だめ、全然だめ。船を沈める程度では私の耳は満足しないわ」
 びゅっと風を切る彼女の指先が、ドリームイーターの耳障りな歌を止めるように気脈を断つ。
「~♪ ッげぁっ……」
「出直してらして?」
 指を引き、カロンはぽつり、と言った。
「セッカク、ステキな歌声ですのに。ワルイコトに使うなんて、勿体のうございます」
 リリーは残念そうに眉を顰める。
「く……」
 頭が、くらくらする。エリオットは膝をつき、荒く呼吸を繰り返した。彼への追撃を許さぬとばかりに、イブはドラゴニックハンマーを振り上げる。勢いをつけたハンマーは、止まらない。その重みで叩き潰さんという勢いで、ドリームイーターを砂浜へと沈める。
「ぐっ……」
 醜く歪んだ顔を晒して立ち上がるドリームイーターに、ルリカが迫る。
「人魚姫は可愛いって相場が決まってるよ……!」
 ルリカが手にした得物から、雷のような光が迸った。まっすぐにドリームイーターへと光が向かい、弾ける。
「ギャアアアッ!」
 汚い悲鳴をあげるドリームイーターへとルリカは口の端を上げた。
「貴方には眩しすぎるかもね?」
 なーんてね。と、軽く後ろへ跳ぶ。ドリームイーターはそれでも立ち上がり、エリオットへと鍵を振り上げる。
「其の歪み、断ち切ります」
 彼の代わりにその一撃を受けたのは鎮紅。一気に間合いを詰め、鍵に貫かれる痛みに耐えて、深紅の光を灯す刃を突き立てる。目にもとまらぬ連撃に、ドリームイーターはなすすべもない。


 ずるり、ずるりとドリームイーターはモザイクを引きずりながらうめき声を上げる。モザイクを飛ばそうとしたドリームイーター目がけ、春花が跳びあがり、叫んだ。
「この一投は、貴様にとって地獄への道標だ!」
 風を切る音すら聞こえぬほどの速度で、彼女の渾身の力を込められた手裏剣がドリームイーターに突き刺さり、その体勢を崩す。春花はくるりと宙返りの後着地し、敵を睨む。リリーは、マインドリングから光の盾を具現化すると、エリオットを守らせた。癒しの力が彼を包み、催眠は解かれる。
「エリオットさま」
 無事を確認するようにリリーはエリオットの様子を確認する。
「もう大丈夫だぜ。ありがとうな」
 立ち上がったエリオットがレスターへと目配せをする。頷いたレスターが、すっと右腕を上げた。
「Dance on my grave.……俺の墓で踊れ」
 彼の右半身に描かれた鎖が具現化され、ドリームイーターを絞めあげる。
「ギッ……あ、あ……!」
 エリオットが地獄の炎を纏わせた足で、地を蹴った。もがき苦しむドリームイーター目がけて、漆黒の炎から成る怪鳥が一直線に飛んでいく。
「黒炎の地獄鳥よ、我が敵を穿て!」
 弾丸のように鋭くドリームイーターを貫く炎。
「あ、あ。あ……♪」
 歌を紡ごうとするドリームイーターへ、ゆっくりとイブは歩み寄った。
「……どうか、僕の好きだったきみのままでいて」
 離別をテーマとした、決して届かない想いを綴る悲恋のバラードが、切なさを乗せて砂浜を包み込む。
「ああ、あ……!」
 歌の力が、ドリームイーターを覆い尽くすように広がると、やがてドリームイーターは泡のように掻き消えてしまった。
(「――だから王子様には、あの子の隣で笑っていてほしい」)
 イブは、そっと目を伏せる。
「モザイクの尾ひれを失くしても人にはなれず……ね」
 泡になってしまったようだ、とカロンの呟きは海に吸い込まれるように。
 レスターはゆっくりと小さな声で海へ鎮魂歌を捧げる。
(「こんな所を見られたらリーオに笑われるかな」)
 暗く沈む海を見つめるそんな親友の背に、エリオットは聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁いた。
「……あんたの思うところも解るぜ」


 さく、さく、と砂浜を進むケルベロス達。
「怪我は有りませんか?」
 鎮紅の問いに、ケルベロス達は首を縦に振る。よかった、と安堵に顔を見合わせると、鎮紅はマイコを寝かせた場所へと皆を案内した。その道中。
「お。あった……。壊れてねえと良いんだが……」
 エリオットが、マイコが落としたと見られるビデオカメラを拾い上げた。砂を払い、電源ボタンを押してみる。
「よかった、動く」
 趣味で写真を撮る者としては、彼女のビデオカメラが壊れていないか少し気がかりだったのだ。岩場の影へ到着するケルベロス達。
「う、うう、人魚」
 うなされるマイコをよく観察して、リリーは彼女に怪我が無い事を確認しホッと胸を撫で下ろす。
「よかった、おケガはありません、ね」
 がばり、と起き上ったマイコがキョロキョロと視線を巡らす。
「あなた、たちは?」
 ルリカが自販機で買った温かいお茶を差し出す。
「大丈夫、もう、全部終わったよ」
「いなかったの……?」
「マイコさん、おはよう。この時期に夜の浜辺なんかにいたら風邪ひくぜ」
 そっとイブが優しく語りかけると、マイコは恥ずかしそうに頬を掻く。
「あはは……すみません」
 くすり、とカロンは笑った。
「おはよ。良い夢見れた? 例えば、そうね……人魚とか」
「知ってるんですか? うーん、……良く思い出せなくて」
「いたっちゃぁ、いたんだけどな、まあ、あまりめでたくはない奴だったぜ?」
 カメラ、無事だったぜ、とエリオットはマイコに拾ったビデオカメラを渡してやる。
「あ、ありがとうございます……そっか、なんだか怖い夢をみた、ような……」
 あやふやな記憶のまま、マイコはお茶をすする。レスターがそっと彼女の背を撫でた。
「大丈夫? もう怖くないから安心してお帰り」
 ケルベロス達に優しく介抱されて、マイコは次第に落ち着きを取り戻す。最後に、ぽつりと残念そうに呟くのだった。
「でも、歌、聞いてみたかったな」
 イブが表情を変えずにこう提案した。
「人魚の歌は……もう止んでしまったけれど、僕ので良かったら聴いてってよ」
 海辺に響き渡る歌。 
 ――人魚の伝説は、美しく語り継がれて行く。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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