紅蔦姫と太蔓の馬車

作者:柊透胡

 秋も深まり、陽が翳るのも随分と早くなった。
 黄昏――逢魔ヶ刻。木立の影が深まる中、とぼとぼと山道を往く1つの影。
「……お兄ちゃんなんか、大嫌い」
 小学低学年くらいの少女だった。大事そうに絵本を抱えるその体型は、ふっくらとして。血色の良い両頬をむうっと膨らませる。
「あたし、子ぶたじゃないもん! ……お姫様、だもん」
「おひめさま?」
 独り言に返る筈の無かった応え。ハッと顔を上げた少女の前に、『彼女』はいた。
 腰を過ぎる豊かな銀髪が斜陽に照り映える。白皙の肌、華奢に反して健やかに育った胸元やすんなりと伸びた脚を、フリル愛らしいノースリーブとミニスカートという装いが際立たせる。
 美しい少女だ。その見た目は。だが、涼やかな碧眼に感情は無く、華奢に緑の太蔓が禍々しく絡み、細腕を紅蔦が彩る。
「『仲間』のこと?」
「違うわ」
 時に身体の太蔓が蛇が身体を這うように蠢き、両腕の紅蔦がザワリと波打つ不気味。何より、人気無い山中に軽装の少女という不自然さ――しかし、絵本を抱える少女に恐怖の色は無い。
 そう言えば、自分はどうしてこんな所にいるのだろう……そんな疑問が微塵も湧いてこない異様に、気付けてさえいない。
「お姫様はね、綺麗な冠をかぶって、可愛いドレスを着ているのよ」
 少女が開いて見せた絵本には、煌びやかなティアラに可憐なドレス姿の『お姫様』が馬車に乗って美しく微笑んでいる。
「ね、素敵でしょ! だから、ハロウィン行列の仮装でね、ひとみちゃんと約束したの。一緒にお姫様になろうって。なのに、お兄ちゃん……あたしは子ぶたがお似合いだって!!」
 どうやら、ぽっちゃり体型を兄にからかわれ、喧嘩して飛び出してきたようだ。
「あたしが『お姫様』だったら、家来におにいちゃんをやっつけてもらうのに」
「けらい?」
 『彼女』の気の無い表情が揺らぐ。
「『仲間』のこと?」
「違うわ。お姫様はね、王国を治めているの。家来が何でも命令を聞いてくれるのよ」
「そう……」
 彼女の唇が歪んだ。或いは笑おうとしたのかもしれない。やおら繊手が少女へ伸ばされるや、のたくる太蔓が、ざわめく紅蔦が、一斉に襲い掛かる!
「……だったら、ワタクシが『お姫様』にしてあげるわ」
 忽ち出来上ったのは、絵本の挿絵にも似た太蔓の馬車。ご丁寧にも馬までも太蔓で形作られている。
「これで、あなたはワタクシの『仲間』」
 抑揚をつけ、謳うように囁き、紅蔦絡む手が優しく伸ばされる。
「さあ、あなたの国を作りなさい。そうして、あなたの国の『グラビティ・チェイン』も、『家来』も、ワタクシのものとなる」
 『国』の領土さえも――だって、『彼女』と少女は『仲間』だから。
「……よろしくてよ」
 対照的に棒読みの応えと共に、太蔓の馬車はゆっくりと動き出す。
 蔓馬車に乗った――正確には、太蔓に縛められた少女は、紅蔦のドレスを纏い、紅蔦のティアラを戴いていた。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 集まったケルベロス達を見回し、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに口を開く。珍しく、ファイルを1冊小脇に抱えていた。
「兵庫県の山間の町に、攻性植物が現れます」
 折りしも、その町では自治会主催のハロウィンイベントが催される。メインイベントは、子供達による仮装行列。攻性植物は、人々が集まる機会を利用する算段でいるようだ。
「攻性植物は、グラビティ・チェインを求めて山から降りてきて、町を襲撃しようとしています。皆さんには、攻性植物が人々襲う前に撃退して戴きます」
 事件を起こそうとしている攻性植物は『太蔓の馬車に乗った少女』。少女は紅蔦で着飾っており、遠目にはプリンセスに見えない事もない。
「どうやら、何者かの配下となっているようで、説得での救出は不可能です」
 『紅蔦姫』は、付近で数日前から行方不明の子供と特徴が一致しているようだ。
「偶然、1人でいた所を攻性植物に捕らえられた……というには、類似したケースが連続しています。非常に気になる所です」
 考え込む素振りを見せる創。2度ある事は3度ある、とでも言おうか。彼が開いてみせたファイルには、過去2件の類似ケースの概要が纏められていた。
「……ともあれ、最優先すべきは、攻性植物の撃退でしょう」
 この攻性植物は単体で行動し、配下はいない。
「ハロウィンイベントが始まるまで、攻性植物は町の山中に潜んでいます」
 これまでならば、人目も時間も構わず、闇雲に暴れていただろうが、今回の攻性植物は、身を隠して『効率』を図るくらいの知恵が回る様子。
「それでも、見た目はかなり異質ですので、ケルベロスの皆さんで山狩りすれば、襲撃前の発見も叶うでしょう。しかし……今回はもっと確実に『誘き寄せ』が可能と判断します」
 攻性植物はハロウィンの仮装行列を狙って現れる。子供達の行列を見張っていても現れるだろうが、ケルベロス自身が仮装してしまえばもっと手っ取り早い。
「攻性植物が出現する方角は、ヘリオンの演算により判明しています。幸い、その方向に芝生公園がありますので、皆さんはそこで迎撃してください」
 芝生公園は文字通り、芝生の広場が広がっている。人払いさえしていれば、戦うにも申し分ない。
 ケルベロス達が賑やかに仮装して、その公園を練り歩けば、必ず攻性植物が襲って来るだろう。
「攻性植物は、太蔓と紅蔦で攻撃してきます」
 太蔓の馬の嘶きは敵群を圧倒し、紅蔦の葉の一斉掃射は守りを砕く。或いは突撃を敢行して、敵をひき潰さんとするようだ。
「見た目に違わずタフですし、特に突撃攻撃の威力は侮れません。お気を付け下さい」
 今回、攻性植物に寄生されてしまった少女は、救う事が出来ない。その心苦しさからか、創の表情は硬いままだ。
「残念ながら、本件の元凶となる敵の発見は不可能のようです。警戒活動を続ければ、敵の足取りを掴めるかもしれませんが……まずは、攻性植物の襲撃阻止を。皆さんの武運をお祈りします」


参加者
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)
ドローテア・ゴールドスミス(黄金郷の魔女・e01306)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
狗塚・潤平(青天白日・e19493)
天羽生・詩乃(夜明けに捧ぐ唄・e26722)
サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)
青木・杏奈(やかましかしましお喋り大好き・e30474)

■リプレイ

●誘いの仮装行列
 そろそろ、昼下がりの頃合。午前中の内に人気の無くなった芝生公園に現れた人影は、どれもユニークだった。
「こんな時でもなければ、ハロウィンを楽しんだのだがな」
 何処か大人びた……背伸びした口ぶりで肩を竦めるベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)。その扮装は、ヴァンパイア。ドレスシャツに黒いベストとパンツ、緋色の裏地が目を引くマントに、金髪がよく映える。右手のカボチャランタンが、如何にもハロウィンらしい。
 やがて現れる攻性植物と対峙する為、ケルベロス達は全員仮装している。ハロウィンの仮装行列で、敵を誘き寄せるのだ。
「まあ、人払いはすんなり出来てよかったワ」
 予め、公園で憩う人々に退避を呼び掛けての再訪であるドローテア・ゴールドスミス(黄金郷の魔女・e01306)は、黒のローブを纏って頭にはとんがり帽子、手には箒。自ら『魔女』と称するだけあってウィッチの扮装だ。
「信用してもらえて良かったですねー」
 やはり、ケルベロスと名乗って人払いを手伝ったサラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)は、いっそマイペースの風情。南瓜のランタンを手に、ボロボロの黒いフード付きローブに髑髏面と大鎌で死神風だ。
 ケルベロスへの人々の信頼は、これまでの奮闘の賜物だろう。
「自治会主催の仮装行列も、一時中断して貰ってますし。頑張りましょう」
 公園の出入り口をキープアウトテープで封鎖して戻ってきた永代・久遠(小さな先生・e04240)は、緑地に金の紋様が入ったロング丈のワンピースドレス。遠目には裸足に見えるよう、素足にミュールを履いている。茶髪は素直に流し、常のスノーフレークの代わりに大輪の鹿の子百合を挿している。
「あれ、悪魔っ娘にしては、清楚な感じ?」
「妖精さんですよー。妖精女王の仮装ですねー」
 やはり、反対の出入り口を封鎖してきたレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)の言葉に、クスリと微笑んで頭を振る久遠。裾を摘んでくるくるーっと踊っちゃう彼女の背には、オラトリオの翼ならぬ妖精の付け羽がヒラヒラと。「翼飛行」なので、浮遊できないのが残念だ。
「ははっ、なるほどな」
 いつもと変わらぬ軽口を叩くレイ。その装いはベルンハルトと同じく吸血鬼だ。黒マントにスーツと似通っているが、傍らで巨大なジャック・オ・ランタンが唸っている。そちらは、ライドキャリバーのファントムにハリボテを被せているようだ。
(「……絶対、許さねぇ」)
 一見、軽妙な三枚目はその実、幼い少女を利用した攻性植物への怒りで煮え滾っている。隠し切れず、周囲を見回す銀の双眸に剣呑が滲む。
「ほらほらっ! くらーいハロウィン行列やってたら、敵さん来てくれないかもしれませんし! 楽しくやりましょう!」
 そんなレイの顔を物怖じせず見上げる青木・杏奈(やかましかしましお喋り大好き・e30474)は、にこぱっと笑顔。テレビウムのレビくんと並んで、ゾンビナースとゾンビ妖精の扮装だ。
「ハロウィンと言えばゾンビ! 何だかワクワクしちゃいますね!」
 屈託ない笑顔の内側も、本当は助からない命がやるせない。でも、ここで暗くなっても仕方ないから。
「ほら、アンナちゃん、今日はサキュバスっぽいですよ! ……色々足りなくないです、ま、まだ発展途上中ですから! がおー!」
 実際にサキュバスの杏奈だが……まあ、スタイルは人それぞれだろうし。
「そうだね。楽しそうに賑やかに、で引き寄せられてきてくれるといいな」
 お化けカボチャのランタンをゆっくりと揺らす天羽生・詩乃(夜明けに捧ぐ唄・e26722)。黒いローブに黒いとんがり帽子、魔女の仮装はドローテアと同じだが、小柄な詩乃はもっと可愛らしい雰囲気だ。
 久遠とレイだけでなく、他のケルベロス達もキープアウトテープを用意してきたが、芝生公園に余程の用事がなければ、出入り口以外から入り込んでくる者もいないだろう。
 真剣な面持ちで頷き合い、一転、楽しげに賑々しく、公園を行列して歩き出すケルベロス達。
「皆、よく似合ってるよな!」
 尤も、狗塚・潤平(青天白日・e19493)の弾む声はお芝居ではないだろう。潤平の仮装は『狼男』。ウェアライダー故に耳と尻尾は本物。ついでに、手足も獣化している。上半身は、ボロボロの包帯が巻かれているのみで、両二の腕から手首に掛けて、狛犬のモチーフのタトゥーが覗く。下はダメージジーンズだ。ご丁寧にも、口元から血糊が滴っている。
「あなたも中々ですねー」
「おう! 俺の良さを最大限に活かした仮装だろ?」
 サラキアの返事に、ドヤ顔で大いに胸を張る潤平。その天真爛漫な様子に、詩乃も自然と笑みを零す。
(「まあ、一息付いたらお菓子くらいは配ろうか」)
 子供らしくと、ベルハルトのカボチャランタンにぶら下げたポップな袋にはクッキーが入っている。
 お菓子袋を揺らしながら、芝生広場を練り歩く事暫し――黄昏の空に、軋むような嘶きが響き渡る。
 果たして、一斉に身構えるケルベロス達の前に、深緑の馬車が飛び込んでくる。
 馬車に乗る紅の人影が、斜陽の橙の中で燃え立つように見えた。

●紅蔦姫と太蔓の馬車
「あはっ、南瓜……いや、蔓の馬車だなんておとぎ話の世界ですねー?」
 軽口を叩き、『堕落』のバールと『貪欲』のナイフを構えるサラキア。
「けれど夢は醒めるものですよー?」
 馬車に乗る虚ろな表情の少女より、寧ろ器用に『おとぎ話』を形作る攻性植物に関心ある様子。
「さてー、足元注意、ですよ?」
 そろそろ肌寒い季節。動きを止めている噴水より、溢れ出る水が鎌を模る。と思う間もなく、飛来した刃が一頭立ての蔓馬の前脚を切り裂いた。
 『水と眠りの権能』は静かに確実に、戦いの開幕を告げる。
「喧嘩の始まりだぜ!」
 全身を地獄の炎で覆い尽くし、威勢よく気炎を吐く潤平。
「かわいそうとは思うけド、アタシも容赦しないワ」
 デウスエクスを滅する『プロ』であるならば――ドローテアのエアシューズが唸りを上げる。或いは外れる可能性もあったが、水鎌で動きが鈍ったお陰で、スターゲイザーも蔓馬車の車軸を抉った。
 ジャマーからの開戦は、本来は格上のデウスエクス相手には分が悪かっただろう。サラキアの初手が得意技であった事が、幸いとなった。
 しかし、敵も然るもの。地を這うような嘶きが前衛の3人+サーヴァント2体を捕らえる。
「ちょ、ちょっと!」
 全身を圧する不快感に顔を顰める杏奈は、対抗してメタリックバーストをシャキーン! その一方で、ファントムに庇われたレビくんはテレビフラッシュを発するが、攻性植物を怒らせるに至らない。ファントムのキャリバースピンも同じく。元より、サーヴァントの列攻撃は厄の付与に不利だ。
「支援しますっ!」
 生憎とライトニングウォールは準備しておらず、代わりに久遠は薬剤瓶を放り投げて愛銃『P239』を構える。狙い過たず撃ち抜かれた瓶が弾け、薬剤が雨のように散布される。
「……っ」
 だが、拭い切れぬ違和感に、詩乃は実感する。メディックのヒールをして、厄が掃い切れぬならば、敵のポジションは1つしかない。
「ジャマーだよ!」
 仲間に呼び掛けながら、詩乃自身は確実に敵を穿てるよう、優位の位置を探して体勢を整える。
「魔弾魔狼は伊達じゃねぇ。行くぜ!」
 マントを翻し、レイのクイックドロウが火を噴く。続いて、ベルンハルトのアームドフォートの主砲を一斉発射された。相次いで閃く裏地の緋色が鮮やかだった。
 ――――!!
 鋭く風を切り、紅蔦の葉が放射される。襲い来る姫の下僕から、ファントムとレビくんは身を挺して、クラッシャー2人を庇う。
「その紅色の蔦……今回もまた奴か」
 ベルンハルトの日本刀握る手に力が篭る。一気に跳躍、煌く軌跡を描いて飛び蹴りが紅蔦を払わんと。
 初手を、主に戦闘体勢を整える事に費やしたケルベロス達は、すぐさま攻勢に転じた。
「さァ、踊りましょう?」
 蔦葉の紅を炎の色に。灼熱の蹴打を浴びせ掛けるドローテア。同じくレイのグラインドファイアが追撃する。
 だが、潤平のグラインドファイアは、不自然に馬車のフォルムを歪めてかわされた。詩乃のドラゴニックスマッシュは、大音量の嘶きに圧倒されて威力が相殺する。
「ごめんねお姫様、この先へはいけないよ」
 まだクラッシャーの攻撃は届き難いか。それでも、詩乃は怯まず、武装を構え直す。紅蔦の合間に見える少女は人形のように無反応で、胸が痛む。
(「でも、無残に操られ、血に染まる命を出さない為なら。私は今日だけ魔女にだってなってみせる」)
「ま、やりたいようにやってりゃ、なんとかなるだろ!」
 一方、不敵に唇を歪める潤平。後の事はぶっ飛ばして考えるとばかり、血気盛んに拳を握る。
「嬉しい、楽しい、幸せ、たくさん!」
 まだ身に纏いつく重圧は、杏奈が「ジョイフル!」の気持ちを込めて元気に払いのけた。ヒールも厚ければ、今度は久遠が特殊弾マガジンを交換して時空凍結弾を撃った。
 仲間の攻撃に畳み掛け、サラキアのジグザグスラッシュが正確に攻性植物の蔓を、紅蔦を切り裂いていく。
 命中しなければ、どんなに強力な攻撃も厄も無為となる。一見地道な序盤の体勢作りは、戦闘が進むにつれ、確実に効果を現して来ていた。
 それでも、攻性植物の馬車は重圧の嘶きを重ね、紅蔦の葉でケルベロス達の防備を切り裂き、縦横無尽に芝生広場を駆ける。
 ともすれば積み上がるジャマーの厄は、メディックの久遠のヒールだけでなく、ジャマーのサラキアがオラトリオヴェールを編む事で凌いだ。
「よっしゃ! そろそろ行けそうだぜ!」
 太蔓の馬に獣撃拳を叩き込み、潤平は快哉を上げる。ここまでヒール中心で動いていた杏奈からも、ライトニングボルトが奔る。レビくんの凶器攻撃と息もぴったりだ。
「もっと楽しませて下さいよー。わざわざ蒐集しに来た甲斐が無いじゃないですかー」
 ――――!!
 バリケードクラッシュと共に吐かれた毒舌が煩わしかったか。サラキアへの太蔓馬車の突撃が奔る。
「……きっつぅ」
「治癒弾、ロード完了! いきますよーっ!」
 辛うじて遮った杏奈を、すかさず癒やしの弾丸を装填した久遠が、確かな射撃でヒールした。
 ――――!
 その突撃に合わせ、ファントムに騎乗するレイ。デッドヒートドライブで突っ込むや、すかさず魔狼銃フェンリル【The Second】を構える!
「俺はぜってぇ諦めねぇ……諦めたくねぇ!!」
 馬車に飛び乗り、少女を引っ張り出す心算だった。だが、ピクリともしない少女の色の無い双眸は、レイを見さえしない。紅蔦のドレスは太蔓の馬車と絡み合うように一体化しており、手を掛ける前に急ターンされて吹っ飛ばされる。
「くそっ! こんな……!」
 ギリギリのゼロ距離射撃は一角に大穴を穿つも、激しく芝生に叩きつけられたレイは、何度もバウンドする。
 だが、いよいよ、ケルベロス達は攻性植物に引導を渡すべく、眼前の深緑と真紅を睨み据える。
「まやかしの夢に囚われた少女よ、姫という檻から出そう」
 たとえ操られていたとしても、子供を切るのは忍びない。納刀の構えで、静かに呟くベルンハルト。
「夢見る少女よ、目覚めの時だ」
 示現刀術・立――独特の居合いの一撃は、太蔓の馬を前脚の間から切り上げ両断する。
「――お眠りなさい、お姫様。いつか王子様があなたを迎えにくるワ」
 魔女は姫君を眠らせるものだから――ベルンハルトと対照的な言葉を投げ、ドローテアは古代語魔法を詠唱する。鮮やかな紅蔦のドレスが、ビキビキと音を立てて石化していく。
「お天道様に顔向けろ。逃げるな。そしてその身にしっかり刻め」
 真っ赤な地獄の炎を纏い、振り降ろされる力一杯の拳骨。両足で踏ん張り、潤平は吠える。
「これが俺の生き方だ!!」
 破砕する蔓馬車、石化する紅蔦。この期に及んでの攻性植物の反撃は、幾重ものパラライズが抑え込む。身を震わせる巨躯に駆け寄る詩乃。構えた試作型兵装が低い駆動音を上げる。
「腕部追加兵装起動……火器管制システムに接続……完了。照準セット、偏差射撃誤差修正完了。コード・ファイアフラワー。わたしは、……」
 あなたにかけられた悪い魔法を解いて、その命を、正しくあるべき場所へ――銃口は蔓馬車に触れんばかり。赤の火線が放射状に展開し、尽く深緑の馬車を真紅の装いを呑む。
「ごめん、ね……」
 肉薄しても、少女の無表情は変わらない。その事が哀しくて、詩乃は込み上げる何かを堪えて瞑目した。

●永久の眠り姫
 千切れ砕けて太蔓の馬車は瓦解し、けばけばしいまでの紅の装いは塵と化して消え失せる。
「調べる暇もありませんねー」
 残念そうに肩を竦めるサラキア。残ったのは、あどけない少女の亡骸。ふっくらした頬はまだ血色良く、眠っているようにさえ見えた。
「ご家族に……報告と、謝罪をしに行かなくてはね」
 紅蔦のドレスの下で、抱き締められたままだったお姫様の絵本を見て取り、ドローテアは苦いものを呑み下す。子供を殺めるなんて慣れないし、慣れたくも無い。
「憎まれても恨まれても、仕方がないワ」
 大人は大人らしく責任を果たさなくてはならない、と呟いて。
「そうだな。せめて、家族の元に返してやるくらいは……」
 膝を突き、そっと亡骸に伸ばした手を思わず握り締めるレイ。噛み締めた奥歯が、助けられなかった怒りと無力感に堪え切れずギリッと軋む。
「くそっ! なんで……年端もいかねぇ女の子が利用されなくちゃならねぇんだ……!」
(「もう割り切ってますが……それでもやっぱり、小さい子が犠牲になるのは悲しいのです」)
 俯いた久遠は、静かに瞑目した。教鞭を取る身としても、やるせなさが胸を食む。
 他者ヒールは使えぬながら、些か荒れた呈の芝生を馴らしてきた詩乃は、少女の衣服も整える。
「綺麗なままで、お家に帰ろう、ね……」
 全ての命を守って、全ての未来を助けるためにこの両腕はある――大切な『心』を得た時、その全てを賭して叶えたいと決した願いは、未だ手の届かぬ先。運命は厳しいものだと、少女は時に思う。
 戦の痕にサキュバスミストを振り撒いてきた杏奈も、黙祷を捧げる。いつもは快活通り越してかしましい彼女だが、今はレビくんと並んで神妙な面持ちだ。
「今回、元凶がいねぇのが本当に残念だぜ」
 女の子の憧れを利用する下種はぶっ飛ばす以外の選択肢はない。心底悔しそうな潤平の言葉に、ベルンハルトは考え込む。
(「前回は少年、今回は少女。他に報告書で聞いた話も合わせれば全て子ども、か」)
 黒幕がベルンハルトの知る『奴』ならば。相変わらず、幼い子供が標的のようだ。
「弱者を狙うとは、卑劣極まりない……!」
 抑えようとしても、憤りで言葉が震える。必ずや引導を渡すと決意も新たに、黒の双眸を剣呑に眇めた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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