賑わう夜店と回遊魚

作者:あずまや

 焼き鳥のたれが炭に落ちて上がる煙。綿あめを買ってと駄々をこねる子ども。「寄っていかないかい」と威勢のいい、くじ引き屋の声。人、人、人……。
「射的って、どうも胡散臭いのよねえ」
「なんだってぇ!?」
 挑発的な少女の声に、射的屋の親父が少女の顔も見ずに声を荒げる。
「何がどう胡散臭いってんだ! あ?」
「この鉄砲、ちゃんとパワーがあるのかしら」
「もちろんさ、姉ちゃんの眉間だって、穴が開くぜ」
「ふうん」
 少女は何ということもなく、店主にその模造銃を向ける。
「ん……あ、えっ……デウスエクス!?」
 ようやく顔をあげた店主は、驚きで目を丸くした。ふふふ、と彼女は笑って、その背中から弓を取り出し手をかける。
「た、助けてっ……」
「……ここ、射的屋さんなんでしょう?」
 ばしゅんっ、と風を切る音がした。


 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はリンゴ飴をかじっていた。
「お祭りが襲われているのです!」
 彼女は飴を貪るその手を止めることなく、器用に事件を説明し始めた。
「マグロの被り物をして浴衣を着ているシャイターンが、お祭りの会場で暴れているらしいんです! どうやら射的の屋台を襲って、その模造銃で一般人を大量殺戮しようとしているみたいなのですが……うまくいくのでしょうか? あれって当たったら痛いのは間違いなんですけど、死ぬほどじゃないっていうか……」
 ガリガリと音を立てて、彼女はリンゴを噛み砕く。
「ともかく! お祭りの平穏が破壊されているのは間違いありません! お祭り会場に先回りして、事件を未然に防いでほしいのです! そしてねむのチョコバナナを守ってほしいのです!」

「このシャイターンは、どうやら人間を催眠状態に陥れることでお祭りの混乱を大きくしているようなのです! 今はまだ模造銃の威力の低さに気付いていないのかもしれませんが、もしかしたら混乱に乗じて通常攻撃を仕掛けてくるかもしれません! お祭りに来ている人を事前に避難させることはできません……そうしたら、避難先に彼女が来てしまいます。ですから、挑発などで神社の裏手とか、そういう人気のなさそうな場所に誘い出してください!」
 ねむはさっきまでリンゴ飴の刺さっていた棒を見つめた。
「それから、催眠状態に陥っている一般人がいた場合は、うまく救い出す方法も考えておいてほしいのです! そうですね……お祭りの屋台にあるようなもので、出来るだけケガをさせないように……」
 そうして、またその棒を口に突っ込んだ。

 ねむは急に、真剣な顔つきになる。
「お祭りは、楽しくなくてはいけないのです……みんなが負けちゃったら……会場は大変なことになります……このシャイターンの実力は計り知れませんが、絶対に油断しちゃダメなのです……みんな、頑張ってくださいね!」


参加者
クオン・テンペスト(黒炎天使・e00165)
白神・楓(魔術管理人・e01132)
エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)
一咲・睦月(柘榴石の術士・e04558)
オーキッド・ハルジオン(カスミ・e21928)
リュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)
レオンハルト・シュトラウス(獅子の泪冠・e24603)
ピニオン・クロックワーク(クロックワークシスター・e31986)

■リプレイ

●参道の暴れ馬
「ん……あ、えっ……デウスエクス!?」
 射的屋台の前で張り込んでいたレオンハルト・シュトラウス(獅子の泪冠・e24603)は、そのことばにびくりとした。目を皿のようにして索敵していたはずだが、かなり懐まで潜り込まれていたようだ。
 レオンハルトは目配せをする。敵を神社裏に誘導する手はずになっている、クオン・テンペスト(黒炎天使・e00165)、エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)、一咲・睦月(柘榴石の術士・e04558)の三人も、その視線を感じてうなずくと、急いでデウスエクスに近づいていく。
 エリヤは足元に転がっていた石を一つ拾い上げ、マグロの被り物をしたシャイターンに投げつける。
「ったッ……! 誰よッ!」
 少女は眉間にしわを寄せ、ぎりっと後ろを見た。睦月がゆっくりと前に進み出る。
「おじさん、こいつ、やっちゃって!」
「はい」
 白目を剥いた射的屋の親父が、模造銃を睦月に向ける。パァン、と軽い音がして、コルク弾が、彼女の膝を直撃した。
「痛っ……ああぁっ……!!」
 膝を抑え、よろめく。
「助けてっ……」
 そう口にして、『作戦通り』神社の裏手へと彼女を誘導していく。
「お祭りを盛り上げるだけのつもりだったんだけど、お土産付きなんて。お姉様が喜ぶわぁ」
 彼女は幸せそうに言う。
「おじさん、あとは楽しく暴れちゃって?」
「はい」
 彼女は浴衣の裾を翻すと、睦月のあとを追いかけた。その後ろを、レオンハルト、クオン、エリヤが追跡する。

「行ったかな」
 リュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)は隣の屋台から顔を出して、一連の様子を眺めていた。
「大丈夫だろう」
 白神・楓(魔術管理人・e01132)はたこ焼きを片手に、リュリュを見た。リュリュは片手に輪ゴム鉄砲を持っている。
「これで、目を覚まさせてあげます」
 ピニオン・クロックワーク(クロックワークシスター・e31986)は「効くかなあ」と笑った。
「大丈夫、みんなで頑張ろっ!」
 オーキッド・ハルジオン(カスミ・e21928)はえらく明るい調子である。彼の両手には水風船がたんまりと抱え込まれている。一体どれほど遊んで来たら、そんな数が手に入るのだろう……。
「行きますよっ!」
 リュリュが飛び出して、まず一撃。きれいに輪ゴムが男の顔に当たった。
「よしっ……って……あれ?」
 輪ゴムは当たったものの、どうやら威力が低すぎたようだ。親父は顔をぼりぼりと掻いている。
「じゃ、これはどうかな。はい、あーん」
 楓は湯気の立ちあがるたこ焼きを口の中にねじ込む。
「熱そー……今冷ましてあげるからね」
 オーキッドは顔をしかめて、水風船を投げつけた。
「目を覚ませー!」
 ピニオンは店にあった模造銃を手に取ると、親父の眉間めがけて発砲する。
「あっ、熱っ、え、寒、うわ、え、や、やめて、痛い痛い!」
 親父はいたるところからの攻撃にようやく催眠が解けたらしい。
「な、なんだお前ら……え、いや、えええ?」
 彼が混乱するのも無理はないだろうが、一般人に危害が及ぶ前に目を覚ましてくれたことが何よりの救いである。
「じゃ、おじさん、たこ焼きのお代はナシってことでいいから」
 楓はにこりと微笑んで、シャイターンの後を追いかける。
「し、失礼します」
 リュリュ、オーキッド、ピニオンもまた、逃げるように屋台の前を走り去った。


●射的よりも熱い戦いを
 神社の裏手に八人が集合したとき、シャイターンは苛立ちとも取れる表情を浮かべていた。
「騙したな」
 その怒りは全員に向けられているとも言える。
「まあ聞こえは悪いけど、そうなるかな」
 睦月は先ほどまで抑えていた膝頭を見せる。確かにすこし赤くはなっているが、決して傷になっているわけではない。
「お祭りを壊しちゃえ、なんていう発想になる方から、まさか騙しただの騙されただの、そんな下らないことで文句を言われるとは思いませんでした」
 レオンハルトはじっとりとシャイターンを見た。
「行くよッ!」
 リュリュは腕を振り上げ、ズタズタラッシュを命中させる。オーキッドが五人もいる前衛にスターサンクチュアリを掛ける。さらにレオンハルトのウイングキャット、エニシアも清浄の翼で同様に……。これで前衛は催眠を避けることができるようになった。ここまでは、おおよそ事前の作戦通りである。
「やられたらやり返せってね」
 シャイターンは砂嵐を巻き起こした。エリヤは間一髪避けることに成功したが、睦月はそれに巻き込まれてしまう。
「ぐぅっ……」と声が上がる。
「どう? さっきのは痛くなかったみたいだけど、これは本物。わたしは騙せない」
 クオンは膝をついている彼女をちらりと見る。そして、シャイターンにデストロイブレイドを喰らわせた。傷口が浅かったか、彼女は余裕の表情を浮かべている。
「お前の敵は私だ」
 彼はそういうと、シャイターンを睨みつけた。
「ふうん」
 マグロの被り物が全く似合わない、強烈な眼光。
「そうかな? どうだろう? どうかな?」
 彼女は気味の悪い笑顔を浮かべると、一糸、楓に向けて放つ。彼女はそれを避けようとしたが、矢じりは大きく方向を変え、彼女の体に突き刺さる。
「どうだろ? 敵? うふふふ。本当に私の敵になれるのかな? あははは」
 強者の余裕が、そこにはあった。
「あんな被り物してるから、とんだ間抜けかと思っていたよ」
 ピニオンは困惑しながらも、楓を回復する。
「間抜け?」
 シャイターンは笑いながら、なお攻撃の手を止めない。
「ああ、そうだ、君が敵なんだっけ?」
 クオンは間一髪、回避する。時間が、まるで瞬間止まったような錯覚を、ケルベロスの誰もが抱いた。このシャイターンの持つ一撃一撃が、余りに大きすぎるのである。
「さっさと蹴りをつけたほうが、良さそうだな」
 リュリュはそう言うと、敵を見据える。
「つけられるならね」
 マグロが不敵に笑った。

●反撃の狼煙
「我らは、一にして、多。我らは、多にして、一……」
 彼女の放った斬撃は、一撃であった。一撃であったが、それはまるで残像のように、軍勢のそれとなってシャイターンを襲う。
「勇ましき聖焔、受け取ってくださいね」
 レオンハルトは楓にFlamme Balletをかけてやる。
「そうそう、そうやって攻撃したり回復したり。そういうのが一番興醒めなのよね」
 シャイターンはもう一度弓矢を構える。
「でも、一人ずつ終わらせてあげる」
 放たれた矢が、更にまっすぐ楓に向かって飛んでいく。「させないっ!」と飛び出したピニオンが、その矢を代わりに受け止めた。
「なんだいなんだい……今度はお涙頂戴? お祭りじゃない場所でやってくれないかな」
「うるさいな、最初にぶち壊しにしたのは君だろ」
 楓はまだ傷口の塞がりきらない体で立ち上がる。
「この子は寂しがり屋なんだ……君のその、祭りを想う熱を、少し分けてやってくれ」
 夜空よりもまだ黒い、靄のようなものが一塊、シャイターンに絡みついた。
「ぐぅぅっ……」と、シャイターンは低く呻く。
「助け合いなんて、やかましいだけ……このお祭りを壊して……お姉様に喜んでもらうんだっ……」
「ボクたちも、同じだよ……絶対に、シャイターンを、キミを倒して、お祭りを……みんなを守るんだ」
 オーキッドの子竜之志が、ピニオンの体を包み込む。
「させるかぁっ……!」
 シャイターンの砂塵が、前列の五人を巻き込んだ。しかし、もう彼らはそれでは動じなかった。避けることができた者、ダメージを負った者。それぞれ状況は違えど、みな一様に互いを見、そして阿吽の呼吸の中で、傷をいたわりあっている。
 エリヤは顔を顰め「そろそろ、祭りに戻りたいなあ」と言った。
「我が邪眼よ、仇なす者の力を奪え、術を奪え、歩む足を……奪え……!」
 彼の手から放たれた痺縛の邪眼が、シャイターンの体をがっちりと縛り上げた。
「避けれるものなら避けてみせろっ……!」
 クオンの比翼天撃が、シャイターンの体に深い傷をつける。
「次元の彼方に揺蕩いし赤の剣、汝の威を以て、我が敵の武を砕き給え……!」
 さらに、睦月の打ち砕く柘榴石の剣が彼女の弓を砕く。
「ぐっ……くそぉっ……!」
 彼女の頭部を守るマグロが、がくりと項垂れた。
 ケルベロスは、誰もが傷を負った。だが、互いにケアしあい、力を一つにまとめて、辛くも敵に勝利することができたのである。

●暮れ行く秋の想い出に
 オーキッドは最初の射的屋台にいた。タオルを持って、謝りに行っているようである。
「真面目だなあ」と、エリヤは笑った。
「暴れないようにしてやっただけで、感謝されてもいいくらいなのに」
 射的屋の親父は顔を赤くして怒っている。クオンが「まあ、性格ってやつだろう」と言う。
「あなた方は、どうなさいますか」と、レオンハルトは首を傾げた。睦月は「オーキッド君も一緒に帰ったほうがいいと思うのですが」と静かに言った。
「あの調子じゃあ、一人じゃ帰って来れないだろうね」と楓が苦笑する。
「じゃ、取り戻しに行こう」
 ピニオンはそう言うと、人の川を横切って屋台へと近づいていく。リュリュもそれに合わせて屋台へと向かう。

「ごめんなさいっ!」
 オーキッドはなおも頭を下げていた。
「いいから、もう分かったって」
 射的屋の親父は頭を掻くと、「ちょっと遊んで、帰んな」と彼に模造銃を渡す。
「え、い、いいんですか?」
「ああ、まあなんていうか、どうしてこんなことになったのか、まだよく分かんねえが、お前のおかげで助かったみたいだしな」
「ありがとうございます!」
 彼はそう言うと模造銃を受け取る。
「銃っていうのはな、武器なんだ。人に向けて撃っちゃいかんからな……催眠にでもかかってねえ限り」
 親父は人混みの向こうから来た2人の姿を見て、そう毒づいた。
「はあい」と、オーキッドは元気よく返した。

作者:あずまや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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