●奪われた『後悔』
茜さす、古びた、日本家屋のような内装の室内に、おばあさんが一人座っていた。
彼女は、一枚の紙を、ぱさりと置く。
それは、お品書きだ。玄米茶や甘納豆など、いかにも『おばあちゃんの家で出してくれそう』なメニューが列記してある。
「せっかく持てた自分のお店、憧れのカフェだったのにねぇ……」
おばあさんは溜め息を一つつく。彼女――タエ子は、この日本家屋風の店、すなわち潰れたカフェの店長であった。
「孫は喜んでくれたのにねぇ……もっと他に、お客さんが喜ぶものがあったのかね……」
悔やんでいる様子のタエ子の胸から、不意に金属棒の先端が飛び出した。
「……おや?」
タエ子は不思議そうにそれを見下ろす。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
タエ子の背後に立っていたのは、ドリームイーター……第十の魔女・ゲリュオンだ。
ゲリュオンが、手にした鍵を引き抜けば、タエ子はふらりと横に倒れる。
その傍らには、腰の曲がった老婆の姿をした、新たなドリームイーターが1体現れていた。
「――自分の店を持つという夢、それを叶えたのに店が潰れてしまった方の、『後悔』……それが、ドリームイーターに奪われる事件が起こってしまったようです」
ヘリポートで、白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は言葉を紡ぐ。
「『後悔』を奪ったドリームイーターは既にこの場からいなくなってしまったようですが、奪われた『後悔』を元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしています。店に近づいてきた人を客として店の中に引き入れ、強制的にサービスを与えて殺す、というものです」
よって、と牡丹は続ける。
「被害が出る前に、この現実化した店長型ドリームイーターを撃破してください。倒せば、『後悔』を奪われ意識を失っている被害者、タエ子さんも、目を覚ましてくれるはずです」
よろしくお願いします、と頭を下げ、牡丹は説明を再開した。
「店長型ドリームイーターが戦闘で使ってくるグラビティの性能は、改造スマートフォンに似たもののようです。具体的には、お盆で殴ってくる攻撃、難しい話で催眠に陥れる攻撃、温かいお茶を飲んで癒すヒールの三種です。ポジションはクラッシャーになります」
配下はいない。戦場は、日本家屋風の潰れたカフェの店内となる。ドリームイーターの力で、現在、営業再開中である。
「店に乗り込んで、いきなり戦闘を仕掛けても良いのですが……お客さんとして入店して、このカフェのサービスを心から楽しんであげれば、ドリームイーターが満足して戦闘で弱体化するようです。また、満足させてから倒せば、意識を取り戻した被害者のタエ子さんも、後悔の気持ちが薄れ、前向きに頑張ろうという気持ちになれる、という効果もあるようです」
最後に、牡丹はこう締めくくった。
「タエ子さんのためにも、ドリームイーターを必ず倒して、事件を解決してください。それと、カフェに客として行かれるなら、ぜひ、温かなひと時を楽しんできてくださいね」
参加者 | |
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二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282) |
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007) |
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208) |
龍身寺・繚花(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e20728) |
出田・ウチュージン(ばるきりわ・e24872) |
真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887) |
シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708) |
セシリア・クラーク(神風ゴシップガール・e30320) |
●入店
「おばあちゃん、遊びに来たよー!」
入り口の戸を開け、明るい一声とともに店の中に入ったのは、ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)。
彼女に続いて、少女や若い女性達が続々と入店してくる。ルリナと合わせて8名、全員がケルベロスである。
セシリア・クラーク(神風ゴシップガール・e30320)は、笑顔を浮かべて店内を見渡す。興味深そうな眼差しだ。
「いらっしゃい、よく来てくれたねぇ」
おばあさんの姿をした人物が出迎える。
(「優しそうなおばあさまです、ね」)
出田・ウチュージン(ばるきりわ・e24872)は微笑む。が、ふと首を傾げた。
(「……あれ? でもこのおばあさまはドリームイーターさんで……」)
確かに、眼前のおばあさんには、曲がった腰の辺りに、ドリームイーターの証たるモザイクが見られる。
(「本物のおばあさまは奥で倒れてて……あれ? でもドリームイーターさんもおばあさまで……?」)
ウチュージンは混乱してきたようだ。頭の中がぐーるぐる。
「さてと~、私はこれをいただけるかしら~?」
「あ、私も同じのをお願いするねー!」
ホールにあるちゃぶ台の前に座った、龍身寺・繚花(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e20728)とセシリアが、メニューを指差し注文する。示されたのは、生姜紅茶とそばぼうろ。おばあさんは頷く。
「あ! それ、ウチュージンも、気になってました。できれば淹れるところも見たい、です。その、えー、と」
難しい漢字を前に、ちょっと悩むウチュージン。
「……せいよこうちゃ?」
残念。
●のんびりと
「すりおろしたショウガを加えた紅茶、でしたか」
実際に淹れるところを見学してみて、納得した様子のウチュージンを連れ、キッチンからホールへとおばあさんが戻ってくる。
「蜂蜜は、お好みでね」
生姜紅茶が入ったカップの横に、とん、と、蜂蜜の容器が置かれる。
「そうそう、これこれ! えっへへぇ、美味しいし温まるし、喉にも良いんだよね」
嬉しげな様子で、セシリアは蜂蜜を紅茶に入れ、笑顔を浮かべて美味しそうに飲む。
セシリアがそばぼうろをかじれば、かりっと小気味良い音が響いた。
「ほのかに甘くて、素朴な味わいよね~」
繚花が、自らもそばぼうろを口に運ぶ合間に、言う。
懐かしい日本家屋の空気の中で、ふと瞼を閉じれば、繚花の目に浮かぶのは、故郷の祖母の姿だ。
ウチュージンは生姜紅茶をくぴくぴと飲みながら、じっとおばあさんの振る舞いを見つめていた。自身に祖母がいるかどうか分からないウチュージンにとって、できる限りたくさん見聞きしておきたい事柄なのである。
「はい、梅醤番茶とせんべい、それに柿だよ。お待ちどう様」
メリッサ・ニュートン(世界に眼鏡を齎す眼鏡真教教主・e01007)の前に、おばあさんは注文の品を置く。
「おせんべいこそおやつジャスティス! 老若男女みんなが大好き! というわけで、いただきます!」
ばりっとせんべいをかじってから、メリッサはお茶を一口。少しふやかして食べやすくなり、味の調和もとれて美味しさもアップだ。
「おかわりもばんばんしますよ! どのメニューもおいしそうです!」
柿で舌を休めてから、力強く宣言したメリッサに、おばあさんはにっこり笑顔を向けた。
「おばあちゃんの淹れてくれたお茶、おいしいね!」
ルリナは、熱々の緑茶をふーふー冷ましながらちびちび飲んで、幸せそうに、そばぼうろを一口ずつもぐもぐ。
「それでねおばあちゃん、こないだ学校でね」
日常での体験を、おばあさんへと語りかけるルリナ。
「なるほどねぇ、そんなことがあったんだねぇ」
おばあさんは相槌を打ちながら聞いている。おばあさんの口元には微笑が浮かんでいた。
●それから
「け、結構なお点前で……」
ワビサビのあるオモテナシを楽しもう……と、シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)は頑張っていた。
「おや、脚が痺れたかい? それとも、お茶が濃すぎたかねえ」
なんだかプルプルしている様子のシンシアを見て、おばあさんが言う。
口直しに、と、サービスの甘納豆が出された。シンシアが一つつまんでぱくっと食べてみれば、たちまち、ぱっと笑顔が弾けた。
「甘ーいっ! おいしいよー!」
思わず、ぴょんぴょんとシンシアは跳ね回った。脚が痺れていたわけではないようだ。
「小鞠ね、思うんだよ。甘納豆ってね、納豆って名前なのにネバネバじゃなくて甘々で不思議だって」
シンシアの様子を眺めながら、真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)は呟き、玄米茶の湯呑みを置いて、おばあさんへと視線を移す。
「だよね、おばあちゃ……えーと、店長さん」
おばあさんは微笑む。
「今、この時は、おばあちゃんって呼んでもいいんだよ、小鞠ちゃん」
「!」
おばあさんのその発言は、ドリームイーターとしての接客に過ぎなかったのかもしれない、けれど。
「ありがと……おばあちゃん」
それでも小鞠は、ふわりと、幸福そうな表情を浮かべた。
「ここは、ゆっくりできて良いですね。懐かしいし、通いたいです」
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)も玄米茶を飲んで、素直な気持ちを述べた。
「私の田舎もこんな感じだったから、すごく、その、落ち着きます」
葵はゆっくりと語り始める。出身地の寒村の話や、今の暮らしの話を。
おばあさんは口を挟むでもなく、じっくり耳を傾けていた。
「――と、まあ、その……そんなところです」
「なるほどねぇ」
葵が話を締めくくると、おばあさんは満足げに一つ頷いた。
満足げ……そう、『満足』したのだ。ケルベロス達が楽しく飲食し、話を聞かせたことによって。
「……本当に……これは、お礼をしないといけないねぇ」
おばあさんが……否、ドリームイーターが、不意に殺気を膨らませた。
「じたくていぎを私達と我々の護るものへ一時再編。自陣・防衛線――再認」
ウチュージンが戦いの準備に入る。
「『此の先我等が陣。汝の進軍を禁ず』」
特徴的な声で宣言するウチュージン。今ここにいるのは、銀色の、拠点防衛型ヴァルキュリアだ。
他のケルベロス達もまた、ただちに戦闘の態勢へと移っていた。
●夢喰い
「この宇宙に存在する一切は――」
難しい話をするドリームイーター。対象はルリナだ。
「え、え……? えと……そ、そうなの? ボク、羊さんだから、むつかしいお話、よくわかんない……」
混乱し始めた様子のルリナ。けれど、クラッシャーであるドリームイーターの攻撃グラビティにしては、ルリナが負ったダメージは少ない――ドリームイーターの弱体化に成功しているためだ。
「ドリームイーター、ど許せぬ! 貴様に眼鏡の輝きは届かぬと知れ!」
手に殴打用眼鏡を装着したメリッサが、拳を放つ。眼鏡力を収束した鋭い一撃は、さながら、刃。
「世界に眼鏡を、眼鏡に光を! 至尊なるレンズの輝きよ、天より降り来たる邪悪を砕き一切衆生を救い給え!」
『眼鏡真教眼鏡防衛術奥義其之一・天魔覆滅灼烈眼鏡拳(メガネッコパンチ)』。打撃面から上がった炎がドリームイーターの体を包む。高圧縮された眼鏡力が、メリッサの眼鏡愛を物理的に燃え上がらせたのだ。
「ドリームイーターの姿がこれだと、少し戦いにくいですけれど……」
それでもやるしかない、と、葵はルーンを発動。輝きを伴って、『ロギホーン』をドリームイーターへと振り下ろした。
「……そうだね。本物のおばあちゃんを助けるためにも、倒さないといけないよね」
小鞠もまた、決意を新たにして。
「小鞠必殺、肉球ぱんち!」
『肉球パンチ』をドリームイーターに放つ。その名とは裏腹に、特に肉球が出るわけでも、必殺なわけでもない、気合が入ったただのビンタである。
「お店はとっても楽しかったけど……おばあちゃんの思いを利用して、ひどいコトしようとするのは許せないよ!」
ルリナが小鞠に続く。ゲシュタルトグレイブに稲妻を帯びさせ、痺れを催す超高速の突きを放った。
「みんな、頑張ってね~」
繚花は、輝くオウガ粒子を放出し、前衛の仲間の超感覚を目覚めさせる――メタリックバーストによる支援行動。さらに、ボクスドラゴン『小黄龍』を使役し、ルリナへと属性をインストールする。
「後ろからの攻撃も甘く見ないでよねっ。おまけをちょちょいっと、つけちゃうよっ」
シンシアは、『影狼』の因子を宿した矢である『攻性寄生因子弾』を、後衛の仲間達の影へと撃ち込む――獣性医術、『MAO-234W(ブラックファング)』。
シンシアのウイングキャット『ネコ』は、前衛の仲間達に向けて、邪気を祓う羽ばたきを行う。
「……おばあちゃん、必ず助けるよ」
セシリアは小さく呟き、自らの身を包むオウガメタルを鋼の鬼に変化させる。そのまま真っ直ぐに、セシリアは拳をドリームイーターに撃ち込んだ。
セシリアのウイングキャット『ぽち』は、後衛の仲間へと翼をはためかせる。
ルリナに催眠がかかったままなのを確認したウチュージンは、オーラを溜めてその消去を試みる。成功し、正常な状態にルリナは戻った。
ドリームイーターが、葵目がけてお盆を振りかぶる。
「させませんよ!」
ビッグメガネシールドを携えたメリッサが割り込み、お盆の一撃を自ら受け止めた。
守備役を置くことを忘れず、その上で攻撃寄りの布陣を組んだケルベロス達に、弱体化したドリームイーターがつけ入る隙などない。ケルベロス達による攻撃が次々と重ねられてゆき、ドリームイーターの体力はたちまち削られていった。
「ウチュージンちゃん!」
「はい」
稲妻突きを放ち終えたセシリアと入れ替わるように、ウチュージンが前へ。
「はね、ぱーんち」
自分の体より大きな光の翼を拳骨のように固めて、数えきれないほどの無数のラッシュを繰り出すウチュージン。
『はねパンチ』を受け、壁に叩きつけられたドリームイーターは、小鞠を見た。
「運命の根源というのはね――」
理解できない内容の難しい話、すなわち攻撃グラビティ。かばうように小鞠の前に出た小黄龍が、苦しげによろめいた。
直後にメリッサが放った二度目のメガネッコパンチが回避されたのは、ちょっとした不運に過ぎなかった。見切り対策がされていた上、十分に足止めは重ねられていたはずだったのだから。
葵がルーンアックスを再び振り下ろし、小鞠が肉球パンチという名のビンタを繰り出す。
この店を、想いを、利用した――許せない、敵。そんなドリームイーターへと、ルリナは、電撃を帯びたゲシュタルトグレイブを鋭く突き出した。
「シンシアさん!」
シンシアに視線を送るルリナ。
「うん! おばあちゃん、こういうことしたかったわけじゃないもんね。やっつけちゃおう!」
戦いを終わりに導くべく、シンシアはドラゴニックハンマーを構えた。兎耳が揺れる。
「えーいっ!」
ぴょん、と高くジャンプし、上から思い切り振り下ろされた超重の一撃、アイスエイジインパクト――それを受けたドリームイーターは、凍てつき、砕け、消滅した。
●救われた者
本物の、元店長のおばあさん……タエ子は、ゆっくりと目を開ける。
「……あ! 良かった、気がついたみたいねっ」
その様子に気づいたシンシアが、安堵に溢れた声を上げた。
「これは……」
タエ子は辺りを見回し、自分の胸に手を当てた。そんなタエ子を介抱していた葵と繚花が、口を開く。
「ありがとうございました、お茶、おいしかったです。ごちそうさまでした」
「できれば、こういう店が続いてくれたら嬉しいって、そう思えたわ」
軽く目を見開くタエ子に、セシリアとルリナが続いて声をかける。
「おばあちゃんのカフェ、すごく素敵なお店だったよ、ありがとっ」
「ボクも、ホントに楽しかったよ!」
それらが心からの言葉であることは、セシリア達の嬉しそうな笑顔が示している。
「……ああ……こちらこそ、本当にありがとうねぇ」
タエ子がどこまで状況を理解したのかは分からない。けれど、タエ子は嬉しそうに微笑み、ケルベロス達に礼を言った。
「小鞠ね。おばあちゃんいなくってさ。だから、おばあちゃんのおうちに遊びに行くってこんな風なのかなぁ、とか、おばあちゃんってこんなかな、って……そんな風に思って、楽しかったよ」
小鞠は述べる。タエ子はじっと聞いている。
「お店はうまくいかなかったのかもしれないけど、少なくとも小鞠は楽しかったし、幸せだったよ。小鞠はおばあちゃんに、元気、出して欲しいな」
「……そう言ってもらえて、本当に嬉しいよ。元気を出して、前向きに頑張るとしようかねぇ」
笑顔を浮かべたタエ子の前に、メリッサが老眼鏡を差し出す。
「どうぞ、プレゼントです! 鯖江産の優しい眼鏡です」
タエ子はそれを受け取り、掛けてみた。
「おやおや、これはよく見えるねぇ。大事にするよ、ありがとうねぇ」
再度、礼を言うタエ子。メリッサは誇らしげに胸を張った。
「その、良かったら、ウチュージンは、色々、お話を聞かせて欲しい、です。店名の由来とか、他の家族のお話とか」
知りたがり気質のウチュージンは、そう希望する。
「もちろん、いいよ。店名の『白妙(シロタエ)』はねぇ、自分の名前……『タエ子』の『タエ』を入れたくてねぇ。それで、家族については……結構長い話になるかもしれないねぇ」
「構わない、です。聞かせて、ください」
じっと聞き入ろうとするウチュージン。
「それでは、私は、お先に失礼しますね」
葵が立ち上がる。彼女は、去り際に、小さな声で、一言、こう呟いた。
――またね、おばあちゃん。
作者:地斬理々亜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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