●深夜の葡萄園を抜けて
果樹園のすぐそばにある住宅から、おぼつかない足取りで山の中に入ってゆく男性がひとり。付近の果樹園を営んでいる青年だ。
彼の行く先には、パティシエールの格好をした少女が待ち受けていた。
「なんだか……おいしそうな匂いがする……」
「新作、木苺のムースだよ。今回はこの葡萄もトッピングしてみたの」
少女が差し出す、赤紫色のムース。男性がそれを口にすると、少女はくすりと微笑んだ。
とたん、植物が男性の体を覆う。男性は蔓や葉に覆い尽くされ、あっという間に意識を失った。
やがて植物は2mほどの人型を成す。木苺とぶどうのような2種類の果実が、体じゅうに実っている。
「それじゃあ、よろしくね?」
少女がひらりと手を振ると、人型の植物はうなずき、歩き出した。果樹園を抜け、その先にある市街地へと向かうために——。
●ヘリポートにて
山梨県の市街地に、攻性植物が現れるらしい。ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が、ヘリポートに集まったケルベロスに告げる。
「この攻性植物は、近隣の山からグラビティ・チェインを求め、市街地を襲撃しようとしている。君たちには、攻性植物が市街地に入る前に撃退をお願いしたい」
また、この攻性植物の中には人間が囚われているが、何者かの配下となっているようえ、説得での救出は不可能らしい。
「囚われた人間は、数日中に付近で行方不明になっていた人物と特長が一致しているようだ。運悪く、ひとりで山に入ったところを捕らえられたのだとは思うが……少し気になるな。しかし今は撃破が優先だ、気になることは後日調べてみるのがいいかもしれないな」
現れる攻性植物は1体だけで、配下などはいない。ウィズがそう言って掌に出した立体映像は、蔓や葉をまとった人の形をしていた。今回戦うことになる攻性植物のようだ。
「この攻性植物は、強力な攻撃を繰り出してくる。十分に気をつけてくれ」
使用する攻撃は3つ。葡萄のような香気をふりまいて催眠状態にする攻撃、葡萄の蔓のようなもので締め付ける攻撃、木苺のような実を潰して毒液を浴びせる攻撃だという。
「この攻性植物は果樹園を通って市街地へと向かう。果樹園で待ち受けて迎撃するのが良いだろうな」
そして、攻性植物の目的は3つある、とウィズが説明する。
一つ目は、グラビティ・チェインを獲得して自分を作り出した攻性植物に渡すこと。二つ目は、新しい犠牲者候補を連れ帰り自分を作り出した攻性植物に渡すこと。三つ目は、市街地を制圧して自分を作り出した攻性植物の拠点として提供すること。
「攻性植物は、これらの目的のうち一つ目の行動から順に行おうとする。そのため、ケルベロスが事件を阻止すれば二つ目以降の行動を取ることはない」
万が一、ケルベロスが敗北し撤退することになった場合は、攻性植物は数人の人間を殺し、人間を攫って森の中に消えていくことが予想されるという。
「原因となる敵の発見は不可能のようだが——警戒活動を続ければ、敵の足取りを掴める可能性がある」
今回も気をつけて事に当たって欲しい、とウィズが締めくくった。
参加者 | |
---|---|
トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524) |
ガルソ・リーィング(若き古城の領主・e03135) |
八朔・楪葉(雲遊萍寄・e04542) |
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000) |
リリィ・ヴェナバラム(星の輝きを手に・e12045) |
サラミン・アラカルト(お菓子大好き・e13876) |
相馬・碧依(こたつむり・e17161) |
レオナルド・ドール(沈む獅子・e26815) |
●夜の葡萄果樹園
静まりかえった夜の葡萄果樹園で周囲の地形を確認するのは、アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)だ。果樹園自体は、ほぼ平地。立ち回りには問題がなさそうだ。しかし木々の間での戦闘となれば、おそらく実った果実を落としてしまうだろう。
サラミン・アラカルト(お菓子大好き・e13876)はため息をつき、あたりを見回した。
「丁度いい感じに実っている果物が被害に会うのはしのびないけど、仕方ないね……」
「サラミンさん、あのへんなら少しは安全に戦えそうですの」
付近の様子を調べていたリリィ・ヴェナバラム(星の輝きを手に・e12045)が、直売所を指差す。直売所は、果樹園の中で比較的開けた場所にある。葡萄への被害は多少出てしまうだろうが、木々の間で戦うよりは被害を抑えられるだろう。
「被害者の方のご遺体も残らないとお聞きましたの……こんな悲しい事件は早く終わらせないといけませんの」
リリィの呟きに、サラミンが目線を落としてうなずく。
果樹園を抜ける風が、冷たい。出入り口を背に、八朔・楪葉(雲遊萍寄・e04542)が手にしたランタンを持ち上げた。
「しかし、彼は何故暗くて危険な夜の山に入り込んだのでしょうね。何かで呼び寄せているのでしょうか」
耳をすませて目を閉じ、思考をする。
(「どのような方法にせよ、今回戦うこととなる攻性植物を相手にするだけでは分かりかねることです。調査をする必要がありそうですね」)
再び目を開けたところで、何者かの足音が近づいてくることに気付く。
「――来ましたね。皆さん、気をつけて」
次第に大きくなる、不自然な足音。一歩、また一歩と、ケルベロスたちのいる場所に近づいてくるのがわかる。
やがて、木々の間から攻性植物が姿を現した。葡萄の実と木苺の実が体に実る、人型の攻性植物だ。
立ち止まる攻性植物に向けて、ガルソ・リーィング(若き古城の領主・e03135)が不敵な笑みを浮かべた。
「存分に暴れて構わないんだろう? 最近運動不足だからな、暴れさせてもらうぜ?」
地獄化した右腕を握っては開き、火の粉をちらつかせるガルソ。
ケルベロスたちに囲まれ、攻性植物が咆吼を上げる。怯むことなく、トエル・レッドシャトー(茨の器・e01524)が踏み出した。攻性植物「Rosales」を蔓触手形態へと変形させて伸ばすが、敵は意外にも素早い動きで回避する。
次の一手を考えつつ、トエルは無表情のまま距離を取る。Rosalesを元の形へと戻し、小さく息を吐いた。
「この手の事件、続きますね……」
トエルの呟きに、相馬・碧依(こたつむり・e17161)が同意を示す。
「ほんとにねー。今回は難しい話はなしだから少しは楽なのかにゃー」
気だるげな動作で、碧依は自身の攻性植物に黄金の果実を実らせた。
「しゃーない、とりあえずは働いておくかー」
呟き、果実の光で前衛を照らす碧依。そんな主をよそに、ウイングキャットの「ララ」は翼をはためかせた。灰と黒の毛を風で揺らしながら、だるそうな碧依の側に寄りそう。
攻性植物は、自身に実る果実をもぎ取った。素早くサラミンの前に出て、片手でぐしゃりと潰して毒液を見舞う。
浴びた毒液と痛みをそのままに、サラミンは攻性植物を観察していた。木苺と葡萄が実る攻性植物は、人型ということもあって動きも素早そうだ。
「う〜ん……前に会った攻性植物に似ているけど、ちょっと違うなぁ……ひょっとしてパワーアップしている?」
首をかしげつつも、サラミンは敵の動きに注視した。
●燃える葉
攻性植物の中には、青年が囚われている。今回の攻性植物が人型ということもあり、攻撃の際には否応なしに意識してしまう。
「被害者を救出できないのは……残念だ」
ならばせめて、楽にしてあげたい。レオナルド・ドール(沈む獅子・e26815)は、マインドリング「carissima famiglia」から光の剣を具現化させた。
(「しかも、食事で人を不幸にするなんてね……。台所を任させる者として許しがたいね。たとえsignorinaでもこればかりは、ね」)
レオナルドは駆け出し、攻性植物の真正面に躍り出る。掲げた剣を真っ直ぐに振り下ろせば、確かな手応えがあった。攻性植物がレオナルドの剣を払いのける隙に、リリィがオーロラ色の光で前衛の仲間を包む。
「清らかなる光よ……癒しの力に……!」
穏やかな光は、前衛の傷を癒やしてゆく。
それでも、全てが言えるわけではない。まだ残る傷を気に留めることなく、ガルソは獰猛な笑みを浮かべた。右腕を補う炎の輝きが、いっそう強まる。
「じわじわと追い詰めるのもいいが、初めから叩き潰すようにするのも楽しいもんだ」
ガルソは攻性植物の肩を足場にし、頭上から炎を叩きつけようとする。が、攻性植物は炎振り払う。
その合間にサラミンが高速回転をし、体当たりを仕掛ける。直前で危険を察知した攻性植物は、受け流すようにして回避した。
(「敵の動きも含め、この場にあまり」)
楪葉は、攻性植物の背後に回ってマインドソードで一閃する。攻性植物に実っていたいくつかの果実が落ちるが、すぐに新しく結実してしまう。
その際、一瞬だけ囚われた青年が見える。それでも、トエルは容赦なく地獄の炎を叩きつけた。
「助けられないというなら、かえって気負うこともなく動けます」
とはいえ、既に自我のなくなっている青年の体を駒のように動かすやり口は気に入らない。そのような感情を表には出さずに、トエルは攻性植物に灯る炎を無表情に眺める。
そこへ、アルルカンが惨殺ナイフ「Hati」と「Skoll」を構え、目を細めた。
「共生か、寄生か。攻性植物にも様々な思惑があるようですが……これ以上の犠牲者を増やさないためにも、青年には此処で、引導を渡すことと致しましょう」
攻性植物の体表を、切り刻んでゆく。碧依も無言で達人の一撃を叩き込む。続くララの爪をかわした攻性植物は、苦し紛れに背中から蔓のようなものを伸ばした。
アルルカンの腕を締め付ける蔓は相当の力だ。攻性植物が蔓を戻すが早いか、レオナルドが踏み出した。
「Solve vincla reis,profer lumen caecis,bona cuncta posce.」
一息に紡いだ言葉と同時に、ゲシュタルトグレイブ「leone di lampo」が攻性植物に突き刺さる。
「どんな目的だろうと——阻止させて貰う」
レオナルドはleone di lampoを引き寄せ、どこか楽しげな色を帯びた瞳で攻性植物を見据えた。
●落ちる実
ケルベロスたちが優勢になるまで、そう時間はかからなかった。厚い回復に、的確な攻撃。やがて、回復を重視していたリリィも攻撃に出た。
「虚空の風、黒き呪縛となれ……!」
一陣の風が、鋭い刃となって攻性植物へと向かってゆく。風は攻性植物の胴体を切り裂き、黒い霧へと変化して足元に纏わり付いた。すかさずガルソがリボルバー銃No.831を構え、攻性植物の頭部を撃ち抜く。手になじむ銃を下ろせば、よろめく攻性植物が目に入る。
撃ち抜かれた部分の植物が、また再生してゆく。しかし、再生速度は当初よりも明らかに遅くなっているのがわかる。
「早めに終わらせたいところですね」
この調子なら、早期決着は難しくないだろう。楪葉がオウガメタルを纏った拳で一撃を加えれば、攻性植物はサラミンの眼前まで軽く吹き飛ばされる。
「僕の金平糖はひと味違うよ! くらってみる?」
構えるはドラゴニックハンマー「金平糖ハンマー」。加速された金平糖ハンマーが、その重さをもってに攻性植物を叩き潰す。
それでもまだケルベロスに立ち向かおうとする攻性植物に、アルルカンがナイフの刀身を見せつけた。一瞬だけ映ったはずのトラウマを無視し、攻性植物は香気を放った。催眠効果のある葡萄にも似た香気は、前衛の鼻をくすぐろうとする距離まで近づく。
「私がお相手しますの!」
自身も香気によるダメージを受けながら、リリィは懸命にガルソの前に出る。
「ほう、いい仕事をするな……」
「はい、任せてくださいですの」
健気に微笑むリリィに、ガルソは悪人面のまま笑い返した。
攻性植物の呼気は、荒い。確かな戦意のある攻性植物を見据え、トエルは自身の髪に触れる。
「鍵はここに。時の円環を砕いて、厄災よ……集え」
白銀の髪を媒介に召喚されるのは、時間法則を捻じ曲げる茨。Rosalesに纏わせ、側面から強烈な一撃を決めた。慣れた動作でありながらも、執着のようなものが垣間見える。
「続けてください」
告げられ、続くは碧依。
「こたつの威力、思い知って!」
少し前までの気だるげな口調とは打って変わり、やる気に満ちあふれた言葉。碧依は、極限まで鍛えたコルチェヒーターを――。
「……あ、ララ。いつもの頼むねー」
サーヴァントであるララに持ってもらい、至近距離から攻性植物にかざす。極度の面倒くさがりの成せる技だ。
攻性植物に実っていた木苺が、葡萄が、ぽとりぽとりと落ちてゆく。ひととおりダメージを与えたのを確認して、碧依はララにコルチェヒーターを下ろすよう、告げた。
●枯れる蔓
攻性植物の動きは、次第に鈍っていく。おそらく、撃破まであと少し。敵の体力を正確に把握することはできないが、攻性植物が倒れるまでにそう時間はかからないことは明らかだった。この好機に、ケルベロス全員が攻勢に転じる。
オウガメタル「cavaliere di angelo」にグラビティ・チェインを載せ、レオナルドが叩きつける。加えられた衝撃に、さらなる衝撃。リリィのクイックドロウが、胴体を撃ち抜く。
気付けば、攻性植物に灯る炎がまるで花のように揺らめいていた。
腕の炎と攻性植物の炎に照らされ、ガルソは楽しそうに笑い声を上げる。
「くはっ……良いじゃないか。俺も花を添えてやるとしようか。――紅き地獄よ……我の前に立ち塞がる下賎なものを美しく飾れ……紅蓮地獄乱舞」
自身の右手に宿る地獄の炎が、攻性植物の頭部を捉えた。吹き出す体液が、蓮の花のような形となって固まる。攻性植物の体内を巡る炎は、心臓部に紅蓮の花を咲かせたのだった。
末端が枯れ草のように変化し始めた攻性植物を見て、楪葉は黒霧を出現させた。霧は攻性植物へと向かい、幾重にも襲い掛かる。
「今度は、はずさないよ」
サラミンが、高速で体を回転させ始めた。次第に速度を上げ、真正面にから攻性植物に激突する。
蔓の弾ける音に続いて、攻性植物の倒れる音が聞こえる。サラミンが振り返ると、動きを止めた攻性植物が目に入った。
静かに崩壊して消える植物の中から、囚われていた青年が現れる。青白い顔色で目を閉じている。もはや、彼の心臓は動いていない。間もなく、青年も攻性植物と同じように崩れて消えていった。
(「やっぱり、ツラいな」)
攻性植物の倒れた場所を見下ろすサラミンの横で、リリィがきつく目を閉じる。
(「どうか……安らかにお眠りくださいですの……」)
果樹園は、静まりかえる。さまざまな思いを誰も口にすることなく、数分が過ぎていった。
ケルベロスにより、市街地は護られた。次に成すことは、と、楪葉はあたりを見回す。
「戦場となった果樹園……少し、荒れてしまいましたね。私は直売所を修復します」
「私も手伝いますの! 手分けしてヒールするですの」
楪葉のそばで、リリィが地面にヒールを施す。直売所のカウンターが、抉れた大地が、幻想を伴って修復されてゆく。
「……見たところ、手がかりになりそうなものは何も残っていないようだな」
周囲を観察していたガルソが呟いた。
「残念ながら、こっちもだ」
同じように果樹園を探ったレオナルドも、得るものはなかった。その旨を仲間に報告し、共有する。
果樹園に残るのは、戦闘の痕跡のみ。ヒールで修復された直売所と地面、そして落ちた葡萄。
そういえば、とサラミンに近寄るのはアルルカンだ。
「似たような攻性植物と対峙するのは二回目のようですが……何か前回と変わったことはないでしょうか? たとえば、共通点や気付いたことなど――」
「うーん……あ、そういえば。この攻性植物のことじゃないんだけど……昔、攻性植物にお菓子を渡されそうになったことあったっけ……」
「ほう、そのようなことが。それでサラミン殿はどうしたのです?」
興味を示したアルルカンが、身を乗り出す。
「『何これ不味そう……』って思わず呟いたら、立ち去って行ったけど……確かあれにもあんな木苺が……まさかねぇ……」
サラミンは小さく笑い、落ちた葡萄を拾った。
「流石に持って帰るわけにはいかないだろうからね」
ヒールグラビティで修復されたカウンターに、そっと置く。房に残っていた葉が落ち、夜風に乗って消えて行った。
作者:雨音瑛 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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