●熱情の果て
ゆったりとしたドレープを描く葡萄酒色のカーテンがかかる大きな窓からは、外の寒さを感じさせない麗らかな日差しが降り注ぐ。
その窓の向こうには、穏やかに揺蕩う川の流れと、小さいながら手入れの行き届いた薔薇の生垣も見える。
視点を室内へ戻すと、ジャコビアン様式の瀟洒なインテリアが目を惹く。
そんな中、アカンサスの葉に蔓が巻いた彫刻が施された大きな柱に凭れかかり、一人の女が愁いていた。
「いいじゃないっ」
込み上げる遣る瀬無さに身を焼いて、女はオーク材の丸テーブルに縋りつく。
「みんな、好きでしょう!? 殿方同士の関係を勝手に妄想するの!!」
――女の名は、和・華(なごみ・はる)。因みに、三十二歳。
「これだけのシチュエーションよ!? いろいろ、滾るでしょう!?」
そっと置かれたお品書きに連なる文字が、ここが純喫茶であったことを教えてくれる。
「老いも若いも取り混ぜて、イケメン給仕さん達だってちゃんと集めた! 色んなニーズに応えられるよう、頑張ったわっ」
棚に並べられた茶器の趣味だって悪くない。雰囲気だけでつい足を運んでしまう女性もいただろう。
「でもでもっ。私は下剋上か年下攻め要素がないと許せなかったの!!」
「露骨な雰囲気も嫌だったのよっ。給仕服はきっちりかっちり、そしてノーマルに見える中に漂うエロスは譲れなかったのよ!!」
イマドキは色んなタイプの店がある。その手のお嬢さんたち御用達なものも、相応に繁盛しているところがないではない。
だが、しかし。
「…………そうよね、この私の強すぎる愛が、この店を潰したのよね……」
不意に華がしおらしくなったように、過度の拘りは破滅を招く。
かくて憧れの城を築き上げた女の夢は、脆く崩れ去った。
嗚呼、なんという憐れ。でも、華の憐れはこれだけで終わらない。
「皆がもっとこのお遊びの高尚さに気付いてくれていたら……私がもっと強烈に発信できていれば……」
「私のモザイクは晴れないけれど、」
ずぶり、華の心臓を巨大な鍵が貫く。
「あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
知らぬ間に現れていたのは、第十の魔女・ゲリュオン。
こうして『後悔』まで奪われた華は眠りに堕ち、代わりに店長らしくブラックスーツを隙なく着こなす――ただし胸はモザイクーー二十代半ばのイケメンドリームイーターが顕現した。
●正直になってもいいのよ。但し、興味本位は危険
ようやく構えた自分の店を潰してしまった『後悔』をドリームイーターに奪われる事件。
和・華もこの件の被害者の一人。
「和さんの『後悔』を奪ったドリームイーターは既に姿を消していますが、新たに具現化した方のドリームイーターが事件を起こそうとしているので、皆さんにはこのイケメン店長ドリームイーターを倒して欲しいんです」
このドリームイーターを倒すと和さんも目を覚ましてくれるはずです、と語るリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)の口ぶりは、少しばかり歯切れが悪い。
何故なら。
「普通に戦って倒すのもいいんですけど。このお店のコンセプトを十分に堪能した後だと、ドリームイーターは満足して戦闘力が弱まるんです、が。そのコンセプトというのがですね。えぇっと……『男性同士』の関係を、『下剋上』或いは『年下攻め』をベースに、『仄かに醸される雰囲気で萌える』ことらしいんです」
――事前に作ったメモを棒読みにするリザベッタ、自分が言ってる意味を、よく理解していなかった。
つまり、あれだ。中学生の少年な彼には、少しばかりこの手のお話は早かった。そう、ぶっちゃけ腐女子。腐った女子(年齢不問)、万歳。
「ともかく、ですね。このイケメン店長ドリームイーターが居るのは和さんが経営していたレトロモダンな純喫茶です。ステキなインテリアがたくさん配されていますが、ちゃちゃっと脇に避ければ戦闘は問題なく行えるでしょう。あと、和さんは奥のスタッフルームで眠っているようです」
と、一気に必要事項を読み上げたリザベッタは、傍らに立っていた六片・虹(三翼・en0063)に向き直ると首を傾げる。
「虹さんは、ご存知ですか? この下剋上とか年下攻めとか――」
「ああああああ、もういい。もういい、リザベッタ。後は私に任せておけ」
居た堪れなくなったのか、はたまた可笑しくて腹筋が崩壊しそうになったのか。ともあれ、リザベッタの問いを途中で華麗にぶった切った虹は、ぼそりと呟く。
「ニーレンベルギア嬢、君の不安は的中したよ……」
そう、この一件はエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)が懸念していたこと。妄想腐女子の夢のような喫茶店があったりして、そこにドリームイーターが以下略。
そういうわけですので、華と趣味が通じる方、もしくは店長と共に妄想を体現できるという方。はたまた、チャレンジャーしてみようという方!
世界は今、あなた方の力を求めているので、ご協力願えますと幸いです。
参加者 | |
---|---|
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122) |
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027) |
クリス・クレール(盾・e01180) |
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219) |
御剣・冬汰(愛し君へ・e05515) |
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873) |
栗島・リク(ムジカホリック・e14141) |
エディス・ポランスキー(銀鎖・e19178) |
●何でオレだけ許してくれるの
御剣・冬汰(愛し君へ・e05515)にとって天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)という人物は、バイト先の先輩だ。因みに年齢は六つ上。白シャツに黒のスラックスとベストがぴたりとはまる、クールでとっつきにくい人――と、思っていたのは最初のうちだけ。
「陽くんせんぱーい!」
「……あぁ?」
ホールからキッチンへ戻って来たその人に冬汰がじゃれつくと、渋々の体でも陽斗はちゃんと返事をくれる。
「先輩って何か弱点とかないの~?」
ぴたっと背後に寄り添う冬汰に、陽斗がくれるのは胡乱な一瞥。しかしキラキラ輝く後輩の瞳に毒気を抜かれたのか、陽斗は足を止めて振り返る。
「そんなの知ってどうすんだ」
問う形を取りながら否やの応えは、けんもほろろ。けれど陽斗が冬汰を無視することはない。
(「やさしーんだよね」)
つれない言葉に「えー」と不満を返しながら、冬汰は胸の裡でこそりと笑う。
そう、陽斗は優しいのだ。失敗を繰り返しても、諦めず教えてくれるし。『陽斗先輩』から『陽くん先輩』に呼び名を変えてもちゃんと返事をしてくれた。
「ほら、さっさと仕事しろ」
「はーい――と見せかけてぇっ!」
お行儀の良い返事は口でだけ。ホールへ向かうと見せかけ革靴の踵で華麗にターンを決めた冬汰は、綺麗に伸びた背筋を上から下へ指先で辿った。
「っ!! おまっ、冬汰っ!」
(「最初は御剣って呼んでたのにね。オレにつられちゃったの?」)
反射的に飛んできた張り手が、冬汰の頭を手加減なしでしばく。
「何すんだよっ」
今まで見たことのない過剰な反応は、冬汰に陽斗の弱点の一つを教えてくれる。そして驚きが露わになった表情は、初めて見せてくれた貌でもあって。
「えー? 陽くん先輩ってずーっとお堅い感じだから、つい表情を崩したくなっちゃって♪」
どこまれも悪びれない後輩の様子に、観念したとばかりに陽斗は肩を落とす。
「……もう、好きにしろ」
「やったー!」
ご機嫌全開の笑顔で抱き着くと、しゃーねぇなぁ、と言う代わりにぽふりと頭を撫でられた。まるでさっきはたいた所を慰撫するように。
(「なんで許してくれちゃうの? オレ、つけ上がるよ?」)
「っ!?」
びくり、冬汰の肩が跳ねた。
「どうかしたか?」
「なっ、何でもない!」
伝わってしまった振動に、陽斗が問いかける。そのどこか不安げな瞳に、冬汰は弾かれるように抱き締めていた体を突き放す。
(「つけ上がるって何だよ、オレ……」)
「さ、オシゴト~」
くるり踵を返し、不意に自分の中に浮かんだ『コトバ』に冬汰は蓋をする。ただ先ほど叩かれた頭だけは、甘い疼きを訴えていた。
「と、言う風に。未だ互いの恋心を自覚していない焦れラブが妄想できるわね」
「焦れラブ、ですか?」
「焦れったくなるようなラブっていう意味ね」
こそりとエディス・ポランスキー(銀鎖・e19178)の耳打ちに、エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は「なるほどです」と心のメモ帳に言葉を一つ付け足す。
オーク材のテーブルセットの上の豪華なアフタヌーンティーセットをお供に向かい合い、二人の乙女が花咲かすのは妄想談義。
「今のだったら、冬汰が攻めで陽斗が受けね。で、年下の冬汰が攻めだから、『年下攻め』ってことになるの」
「は、はいっ」
(「せめ? うけ? あと、げこくじょう……だったでしょうか」)
初めて聞く言葉だらけに、エレの頭の中はパンク寸前。けれどその度に、エディスが妄想実例を元に説明していく。
そう、先ほどの冬汰と陽斗のあれこれは、全てエディスの脳内で構築された物語なのだ(そういうことで!)。さすがは愛の国、おフランス人なエディス。人好きもするおかげで、エレも未知の領域に踏み込む恐れを感じずにいられている。
(「和、貴方の愛の深さには感服するわ。存分に楽しませてもらうわね」)
今は眠っているこの店の真の主を思い、エディスはふふりと笑う。ちらりと視線を流すと、黒服店長――ドリームイーターと目が合った。
つまりここは和の『後悔』が奪われた純喫茶。この地に乗り込んだケルベロス達は、黒服店長のおもてなし心を満足させるべく尽力している真っ最中。男性陣は妄想のネタを提供し。女性陣はそれできゃっきゃウフフし。
「さぁ、それじゃあ次に行きましょうか」
「はっ、はい。なんだか、どきどきしてきちゃいました」
ぽっと頬を赤らめるエレの様子に、エディスは「いいことよ」と青い双眸を細め、そっと淡い茶色の髪をかき混ぜた。エディスが中性的な格好をしてきたせいで、こっちも良い雰囲気に見えちゃったりしてるけど。まぁ、それはそれで☆
というわけで次なるキャストは、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)とスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)の二人でお送りしちゃうぞっ。
●無自覚コイゴコロ
友人はいるが恋人はなし。それが間もなく三十の誕生日を迎える奏多の現状だ。
(「別に、それで構わないと思ってるんだがな……」)
既に枯れたススキのよう。しかし穏やかでいられる日常に、奏多は満足していた――のに。
「あ、ありがとう」
ただ、歪んでいたネクタイを直してやっただけ。何せこの店は、給仕の折り目正しさと清潔感も売りになっているから。それだというのに、子犬のように笑う新米――スバルの一挙手一投足が、奏多の凪いだ心を泡立てる。
(「ただの可愛い後輩だ……」)
任された教育担当。一緒に店に出るようになったのは必然だった。無邪気に慕われれば、悪い気はしない。未だ十六なのに、奏多のことを年長者として、先輩として、きちんと敬うのを忘れない姿勢にも好感がもてた。
それだけだった。それだけの筈だった。
「――でも、俺以外の人にこんなことしちゃダメだよ?」
意味深に寄せられた顔、囁かれる言葉に、心臓がドクリと脈打つのを奏多は感じる。
「……バカなことを言うな」
反射的にスバルのタイにかけていた手を引き、奏多は指を内側に握り込む。スバルのタイの形は整えきる直前だったから、少し不格好なままだけれど。もう一度、という気持ちにはなれなかった。
(「怖い」)
――怖い?
知らず浮かんだ感情に、また奏多の胸に嵐が吹き荒れる。ぐっと視界が狭まったように感じるのは、意識が内側に向いてしまったせい。そして散漫になった意識を嘲笑うように、慣れた茶器の扱いが奏多に牙を剥く。
「、!」
陶磁の肌を温める筈の湯が、奏多の手に滴っていた。熱より先に感じた痛みは、火傷してしまった証拠。
「何やってんだよ、もー!」
「……っ」
咄嗟に隠そうとした手を、目敏くスバルが捕まえる。
――捕まる?
「奏多も結構、そそっかしいとこあるんだなぁ」
自分の手が濡れるのも厭わず、スバルは奏多の手を冷やす。
「でも、ちょっと安心した。奏多って何でも出来る大人の男って感じがしたから」
屈託ない笑顔が眩しくて、心臓が理解不能の早鐘を打った。
しかし。
「――ちょっと、嬉しい」
また、近付いた距離。耳に吹き込むみたいに囁きは、妙に男臭く。可愛い子犬が、狼に変貌したように。
「あ、絆創膏とってくるねっ」
パタパタとスバルがスタッフルームへ戻ってゆけば、奏多は一人。
――熱い。
手ではなく、頬が。心が。
「何だよ、今の」
密かな呟きは、店内に流れるBGMが掻き消す。奏多の心音の高鳴りは、暫く消せそうになかった。
「な、なんだか見ちゃいけない気がします……」
客席からも望めるカウンターキッチンでのやり取りに、エレは堪らず両手で顔を覆った。
分かっている、全ては妄想。妄想なのに、謎のトキメキが止まらない。元より恋愛は本人同士が幸せであればいいと思うエレ、どうやら適正(何の)が高かったらしい。
でもって。
「とても……いい、かも……」
ひそやかに盛り上がる乙女テーブルに新たに加わったアリシスフェイルも、うっとりとため息を漏らす。腐女子の何たるかは知らないが、恋人である奏多と弟分であるスバルの奮戦を応援に来たアリシスフェイル、いけない扉に手をかけてしまった――と、みせかけて。
「かなくんの照れた姿、とっても新鮮。スバルはいいなぁ」
未だ二十歳に満たぬ女の裡にあるのは、自分には向けられたことのない姿に対する仄かな嫉妬。本人、気付いていないし、謎のトキメキに萌えているのも事実だけれど(乙女心は複雑なのです)。
と、その時。
「お楽しみ頂けているでしょうか?」
足音さえ殆ど立てぬ猫のような優美さで、黒服店長が乙女卓の横に立つ。
「えぇ、とても。でも、下剋上成分がイマイチね」
短髪ウィッグの毛先をわざとらしく弄りながら、エディスはわざと挑発を繰り出す。
確かに後輩×先輩も下剋上と言えなくはない。しかし、真の下剋上にはもっと確かな格差が必要だ、例えば、店員×店長とか。
「ご意見、確かに賜りまして御座います」
「策はおあり?」
「ええ、勿論」
ぽかんとしているエレとアリシスフェイルを置いてきぼりに、エディスは黒服店長とさくさく話をつめる。何故なら、彼女には確信があった。
(「さぁ、クリス出番よ!」)
出番待ちしているのはエディスが年下攻めと下剋上の何たるかをしっかり叩き込んだクリス・クレール(盾・e01180)。そして栗島・リク(ムジカホリック・e14141)。
二人とも年齢は二十歳を超えているが、容姿は合法ショタの領域にほど近い。
(「きっといいものを見せてくれるはず!」)
頑張れ、クリス&リク! 期待は大きいぞ!!
●僕が誰より君を好き
カラン、とドアベルが鳴った瞬間。クリスは恋に落ちた。
「いらっしゃいませ」
「え、あ、そのっ……ミルクティーをお願いしまふっ」
端正な横顔は彫刻のようで、黒のスーツが良く似合う。見惚れていたら、まだ尋ねられもしないのにオーダーを口にしていた。
「……あっ」
茶器が飾られた店内に思い浮かんだメニューだったが、確認はとれていない。とんだ失態。 しかし黒服の男は客に恥をかかせるような真似はせず。むしろ嬉しそうに微笑んだ。
「畏まりました。お席は此方をどうぞ」
「どっ、どうもっ」
男なのに。『花咲くような』という形容がぴたりとはまる笑顔に、クリスの胸は締め付けられる。
完全な一目惚れだった。同性なのも忘れていた。だからクリスは思い切る。
「あのっ、れっ……連絡先をっ、交換出来ませんか?」
思わず彼の人の手を取ったのは、ミルクティーが運ばれてきた時。求める声も、縋る指先も、小刻みに震えていた。
射貫くような赤に、髪と揃いの漆黒が刹那、逡巡に揺れる。
(「――拒まないで、欲しいっ」)
永遠にも似た一瞬。心臓が口から飛び出しそうだった。
「……いいですよ」
「っ!」
柔らかな声音が紡ぐ甘い肯定に、クリスの全身に衝撃が走った――しかし。
「てーんーちょっ! 新作のデザート、早く味見して下さい」
弾む新たな響きに視線を向ければ、いつの間にか黒服の背後に栗色の髪をした青年がいた。
「洋梨のムースとモンブラン、タルト・タタン。店長にOK貰わないとお店に出せないじゃないですか」
真っ白なコック服の胸に掲げられたネームプレートが、彼がリクという名のパティシエだと知らしめる。黒と白、まるで番のような二人。
「あぁ、すまない。しかし今は――」
「はい。どーぞ」
接客中だと諫めようとしたのだろう言葉を、リクは小さくカットしたタルト・タタンを口に運ぶことで封じた。
「美味しいですか?」
「あ、あぁ、そうだな。美味い」
事も無げに、恋人同士も似たやりとりをやってのけ、リクは無邪気に笑って店長の瞳を覗き込む。
「やったー! これは貴方に食べて貰いたくて作ったものなんですよ」
はしゃいだ声は華やかに。しかし後半は少し低められて、甘えるように。けれど、クリスの耳まで届くように。
(「この人は、オレのものだよ?」)
子供みたいな笑顔はクリスから見ても愛らしい。だのに僅かの間、黒服越しに寄越された視線は敵愾心に燃えていて。
(「……こいつっ」)
明らかな挑発に、クリスの視界は怒りの赤に染まった。
「見た目は幼い感じの方々が大人な男性を奪い合う……こういうシチュエーションもありなんですねー」
語尾はのんびり伸びるけれど、全てを愛するエレの胸には不思議なトキメキ。知ったばかりの世界に、足元はふわりと覚束ない(なお、アリシスフェイルはテーブルに突っ伏していた)。
「――お楽しみ頂けたでしょうか?」
決して騒がず――それが腐女子の鉄則――、けれど高揚しているレディ達の様子に、黒服が満足そうな顔を隠さず歩み寄る。
「お腹一杯よ、店長さん」
くふり。頬杖をついた男装麗人の魅惑の微笑は、黒服を篭絡するような甘さを含み。それが先ほどの駆け引きの延長線上にあるものだと気付いたのか、黒服の唇は得も言われぬ至福のカーヴを描いた。
「ご満足頂けたようで何よりです。私も――」
……それは、実に唐突な一撃☆
「それならもう、遠慮はいらないなっ。目標単体、欺け」
嬉しい、だか、満足しました、だか、幸せだか。ともかく何か続く筈だったろう黒服――正しくは黒服ドリームイーターの言葉を、クリスが物理的にぶったぎる(つまりが彼だけが持ち得る力、自身の殺気を宿したオーラで包み込むというグラビティで襲い掛かった)。
「なっ!?」
化けの皮を脱いだ友人の姿に(剥げた、ではなく。あくまで脱いだ。意味深ではない)、突然の豹変に戦く黒服を無視して今度はクスクスとエディスが笑う。
「あらー、もう楽しい時間はお終い?」
なおこのやり取りの隙に、奏多とリクが調度品を店の隅へとちゃちゃっと寄せた。
「だってお高そうだし、勿体ない」
リク、まがお。ネット友な貴腐人(汚超腐人じゃなくて良かった)が前のめりで教えてくれたことを華麗に実戦してみせた彼は、現場対応力が頗る高い、のかもしれない。
●グッバイ黒服、そして再び華咲く明日へ……
ケルベロスの(特に男性陣の身を削った)尽力により、黒腐――じゃなくて、黒服夢喰いは弱体化は万全。
「ま、たまにはこういうのもイイんじゃないか? 少なくとも俺は楽しかったぜ」
綺羅星が如き蹴撃を黒服へ見舞い、陽斗はにまりと口の端を吊り上げ冬汰を見遣る。
「そうだねっ。みんなが新しい扉を開く一助になれていたら嬉しいよ」
放ったバールの直撃を喰らった黒服が大きくのけ反った事など微塵も気にした風もなく、冬汰も陽斗へ笑み返す。その実、リアル恋人同士なお二人、戦闘中も終始ラブラブ。眠る華も嫉妬しちゃうようなオーラだったので、お楽しみ中は演技に徹してくれて良かった良かった。だって華の腐の神髄は、火のない所に煙を立てること! ぼーいずらぶ、いず、ふぁんたじー。
そんなこんなで、戦闘はサクサク進み。
「ふっ、私の魅力はこんなものでは……っ」
「……」
ネクタイをほどく素振りで振りまいた色香でクリスを襲う(腐的意味に非ズ)黒服を、奏多は至近距離から銀色の閃火を爆ぜさせた。少し目が座っているように見えるのは、さっきから彼女の視線に微妙な熱を感じるから。違う、全ては演技だ(奏多、心の叫び)。演技なら照れ顔も出来るんだー(アリシスフェイル、心の訴え)。
「あはは、ドリームイーター弱くなって良かったね。よくわかんない事だらけだったけど、奏多と遊べたし、結果オーライなんじゃないかなー!」
年上の兄とも思う男と、その恋人の心の機微には気付かず、スバルは軽快に笑って魂喰らう拳で黒服の横っ面を張る。
「嗚呼、私自慢の顔がっ」
「これが本当の下剋上、だね――おやすみ、店長」
星座剣を模したショルダーキーボードを肩から掛けたリクは、まだ黒服――延いては華の妄想世界にいるように嫣然と振る舞い力を練った。しかし放つ力は遠慮なし。藍色のボディに散る星を輝かせながら放った一撃に、夢喰いは床に膝をつく。
「年下攻め、下剋上……奥深いものなんだな」
日頃は男らしいクリスの――事実、禍々しい黒きオーラを繰るクリスは凛々しく雄々しい――呟きに、彼の高速演算からの痛烈な一撃の流れを継いだエディスはまた笑い、
「こんなのまだまだ序の口よ? 愛の世界の深淵なんて、誰も覗けないわ」
愛の心理を説くと、竜族らしい鋭い爪で夢喰いのモザイクで彩られた胸を貫いた。
「くぅっ……だがしかし、私が潰えても、第二第三の腐が――」
「人の好みはそれぞれですけど、」
分かり易い負け惜しみを吐いた黒服に、エレが(憐れむような眼差しをしながら)肉薄する。
「押し付けは良くないですよ?」
危惧したものの、本当に現実になるとは思ってなかったエレ(現実は小説より奇なりって言いますから☆)、ことりと首を傾げ――夢と現の境界線を引く。それは彼女だけの力。
「――惑い、儚く散れ!」
漂わせた霧は、黒服の視界を封じ。そうして全ての逃げ場を失った夢喰いは、デウスエクスとしてケルベロスに刈られ一時の命を散らした。
目覚めた華は、再起を誓うやる気に満ちていた。
鼻息荒くケルベロスを見送る姿に、全てを傍目に楽しんだ虹がぽつり言う。
「和殿のようになったら取り返しがつかないかもだからな。今日の事は夢として忘れた方がいいのかもしれないな……」
結論。
新しい世界の扉は、そう簡単に開けちゃいけない――おあとがよろしいようで?
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 8
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