アンダードッグは青きリンドウにすがり

作者:陸野蛍

●弱者を呼ぶ攻性植物
 男は、本革の靴で大地を踏み歩いていた。
 自分の少ない給料で買った、派手なスーツは薄汚れ、ボロボロになっていた。
 自慢だった顔も頬が腫れ上がり、口の端から出血もしていた。
 それでも男は、夢遊病者の様に森の中を黙々と歩いて行く。
 そして、自分を呼んだ者と対面する。
 派手な金の髪に下卑た笑みを浮かべ、植物に包まれた男が楽しそうに口を開く。
「よく、ここまで来たな。お前もカースト下位の人間なんだろ? 復讐したけりゃすればいい。壊したけりゃ壊せばいい。お前の好きにしていいんだぜ。その為の力を俺様が与えてやるよ」
 植物に包まれた男がそう言うと、スーツを着た男を飲み込む様に周りの草花が急成長していった。
 その晩、光の当たらない繁華街の裏通りでは、煌びやかなアクセサリーを付けたホストの無残な死体が幾つも発見された。

●ホストクラブの闇
「やっぱり、一致しとるんか?」
「ああ、顔写真も見たけど間違いない」
 野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)の言葉を肯定すると、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、ヘリポートのケルベロス達を大声で呼び集める。
「今晩、ある森から現れる攻性植物が、グラビティ・チェインを求めて繁華街を襲撃しようとする事が予知された。この攻性植物は、繁華街の裏道を把握している為、襲撃するまで身を潜め移動する。今回はみんなに、この攻性植物を森の出口付近で迎撃してもらいたい」
 依頼内容を簡潔に言うと、雄大は一枚の写真をケルベロス達に見せる。
「撃破対象の攻性植物は、この写真の男。数日前に失踪していた、蒼井史郎を体内に取り込んでいる。史郎は、何者かに攻性植物化され配下になってしまった様で、既に攻性植物化は末期。説得での救出は不可能だ。だから、みんなには史郎の命ごと攻性植物を撃破してもらう事になる」
 淡々と感情を抑えて説明する雄大だが、その拳は震えている。
「史郎は新人のホストだったらしく、失踪前に勤めていたホストクラブで、先輩にあたるホストと揉めていたということだ。……咲次郎」
「わしも噂で聞いたくらいじゃが、あるホストクラブで新人ホストが先輩の客を取ったと因縁を付けられて……まあ、これは事実らしいんじゃが。先輩ホスト数人に暴行を受け、その後消息不明になったらしいんじゃ。時期からして、その新人ホストが、おそらくこの史郎じゃ」
 ホストにはホストのネットワークがある。
 勤める店が違っても、噂程度ならホストを生業にしている咲次郎の耳には、嫌でも入って来る。
「水商売って仕事は客の取り合いの部分もあるからのう。店によっては、そう言う事が普通に行われている店も無くは無いんじゃよ」
 咲次郎が眉間に皺を寄せながら言う。
「史郎は森の中で、何かもしくは誰かと接触して、攻性植物化したと思われるんだけど、一人で森に入った理由が分からないんだ。俺の予知でも、史郎に何があったかまでは、分からない。……正直、嫌な予感しかしないな……」
 空気が重くなる言葉を口にした事に気付いた雄大は『パチン』と音を発て自分の頬を叩き気合いを入れると、ヘリオライダーの表情に戻る。
「史郎を取り込んだ攻性植物の説明に移るな。攻性植物のベースになっている植物は、青いリンドウ。史郎の身体中を蔦が覆い、幾つものリンドウの花が身体中に咲いている。攻撃方法は、青い花自体を幾つもの弾丸として発射してグラビティ・チェインの回復能力を低下させる攻撃、リンドウの香りにグラビティを乗せてトラウマを呼び起こす攻撃、蔦での捕縛攻撃。あと、リンドウって生薬にも用いられるんだけど、その特性からか自己回復も可能みたいだ」
 攻性植物側にアドバンテージを取られれば、戦況を引っくり返すのが難しい攻撃を多用して来るらしい。
「攻性植物の目的は、グラビティ・チェインの略奪及び殺害した者の中から新たに仲間に出来る人間を連れ帰り、攻性植物の仲間を増やすこと……他にも何かあるかもしれないけど、それ以上は分からないって言うのが現状だ」
 攻性植物を森から出さず、撃破する事が出来れば、攻性植物が何かを企んでいたとしても、未然に防げると雄大は付け加える。
「酷な事だけど、もう史郎を人として救う事は出来ない。既に攻性植物が史郎を完全に支配しているからだ。史郎を救う方法は、罪を犯す前に死を与えてやるしかない。原因を作っている敵に関しては、俺の方でも情報収集を続ける。だから、みんなも……」
「警戒活動に力を入れておけばいいんじゃな」
 雄大の言葉を咲次郎が引き継げば、雄大はしっかりと頷く。
「そう言うことだ。とにかくますは、史郎……攻性植物の撃破を確実にして欲しい。大きな被害が出る前に……頼んだぜ、みんな!」
 強く握った拳をケルベロス達に向けて、雄大は言うのだった。


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
明星・紫姫(夢色赤ずきん・e24614)
ウンダ・ヴァーミリオン(適当人生・e24923)
リノン・パナケイア(狂気と後悔に苛まれ・e25486)
劉・鵬玄(オラトリオのウィッチドクター・e28117)
サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)

■リプレイ

●暴走を止める戦い
「新人ホストの暴走ねぇ……何があったかまでは、詳しく調べないけれど……それ位の試練超えないと一流のホストとは、呼べないわよねぇ?」
 不安になる様な昏い森の入口で、倒すべきモノとなった青年を待ちながら、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)がやれやれと言った様子で言う。
「まあ……そうじゃのう」
 淡雪の視線の先に居た、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)は、曖昧な笑みを浮かべ同意すると、それとなく淡雪から視線を逸らす。
(「今日の咲次郎様、顔色が優れませんわね。依頼内容が依頼内容ですし、仕方が無い気もしますけど……。あっ! まさか……雄大様から、前の依頼で私がした事を聞いて、私と視線を合わせてくれないのかも……」)
 淡雪は咲次郎と親交が深い雄大の依頼をいくつか受けている。
 その際に、奇行に走ることもしばしばだ。
 だが、雄大もヘリオライダーとして、ケルベロス個人の秘密保守には気を付けているので、淡雪の考えは完全な杞憂と言える。
 けれど、それを知らない淡雪は、内心ビクビクして咲次郎をチラチラ見てしまう。
「ホスト、ねぇ。行ったことはないけど楽しいのかしら?」
 そう呟くのは、ウンダ・ヴァーミリオン(適当人生・e24923)だ。
「まぁ、そんなものに回すようなお金は無いけどね」
『私には』と言う言葉をウンダは、心の中で繋げる。
 ウンダは、根っからの自宅警備員である。
 チャラチャラしたホストよりも、テレビ画面の中で戦うプロレスラーを愛でながら、読書に没頭した方が余程有意義に感じる。
 その為、ホストになる理由も、ホストにご執心な女性の心理も理解出来ない。
「実力はあっても『誠実さ』が足りなかった……という事でしょうか……」
 いつもの元気な魔法少女の勢いを感じさせない静かな声音で、ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)が、そう言う。
「だけど、いくら自業自得とは言っても……こんな事になるなんて、あんまりです」
 今回倒すべき攻性植物は、蒼井史郎と言う新人ホストを取り込んでおり、彼と攻性植物を分離させることは不可能……蒼井史郎ごと、攻性植物を撃破して欲しいと雄大に依頼されていた。
 その事が、ルーチェの心に暗雲を落としていた。
(「私は、泰明さんも救えませんでした……」)
 ルーチェは、先日も攻性植物と化した高校生『玄田泰明』を攻性植物ごと眠りにつかせていた。
 泰明との戦いの中で感じた言い知れない不安……元凶と呼ぶべき何かとの繋がり。
 史郎と戦う事で何かを掴めるかもしれないと、ルーチェは確信に似たものを感じていた。
 その後、全員無言の中……青きリンドウがゆっくりと森の中から姿を現した。
「現れたか……」
 無機質に言うと、リノン・パナケイア(狂気と後悔に苛まれ・e25486)は、体内に巡るグラビティ・チェインを魔力に変えて、仲間達に分け与える。
「救えないなら、残念だが倒す他ないな。せめて苦しまないことを願おう……」
 リノンの表情からは、感情と言うものが既に消えており、その瞳はただ攻性植物を直視していた。
「蒼井史郎やな?」
 細い瞳を笑みの形にしながら、劉・鵬玄(オラトリオのウィッチドクター・e28117)が、攻性植物に尋ねる。
「ホストの世界って厳しんやってなぁ。同情はできるけど、せやかて他人傷つけるんはあかんわ」
 諭す様に、だが本心は別な所にある様に、鵬玄は史郎に言葉をかける。
「それにしても竜胆の華? ボクと一緒やねぇ……なんや癪やねぇ……」
「……るさい」
「なんや?」
 攻性植物が発した言葉に、鵬玄が聞き返す。
「うっせえって言ってんだよ!」
 攻性植物の激昂の言葉と共に舞い踊る、蒼いリンドウの弾丸。
 だが、それを読んでいたかの様に、鵬玄は雷の障壁を形成し、仲間達の傷を軽微にする。
 その時戦場に、立ち止まらず戦い続ける者達の歌を奏でるギターの音が響いた。
「この歌が皆を守る盾となりますように……。竜胆はボクの一等好きな花。ボクに幸せをくれる素敵な花。ホストのお兄さんが全部悪いせいじゃないけど……これ以上、徒花にしないで」
 赤い頭巾の下から強い意志の瞳を覗かせ、明星・紫姫(夢色赤ずきん・e24614)が攻性植物に言う。
「言葉が通じないならここで枯れてもらうよ」
「うっせえ! うっせえ! うっせー!!」
 紫姫の言葉が耳に入っているのか攻性植物は、拒絶の言葉を繰り返す。
「其は妄想、私の幻想。全てを奪う魔女の剣」
 攻性植物の叫びにも似た声にも掻き消されず、柔らかで……それでいて闇を感じさせる言葉が辺りに響く。
「――貴方の深淵、私に見せてくださいな?」
 闇から現れた様にスッと攻性植物の横に現れると、サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)は、自らのグラビティ・チェインで創りだした大鎌で攻性植物を斬りつけると、その傷口に魔導書を押し当て、攻性植物自身のグラビティを反転させる。
「あはっ、攻性植物もキリがないですねー。そちらは気になる所ではありますけどー……」
 ダメージを与えるだけ与えると、サラキアはそう言ってニッコリと笑う。
『あくまでも優先すべきはこの植物の撃破ですよねー』
 その言葉はサラキアのナチュラルな言葉……そして、サラキアの湛える笑顔は彼女の深潭からの笑み。
「『ほすと』の事情など、あまりよくわからぬが……もう後戻り出来ぬのであれば、綺麗に送ってやるのが情けというもの。……言葉が届くかどうかわからぬが……覚悟せい」
 纏うオウガメタルに呼びかけ、オウガ粒子を仲間達に纏わせながら、十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)が、勇ましく告げる。
 だが、うつほは、心の内で少しの緊張も抱えていた。
(「初の依頼じゃ、緊張が無い訳ではない。だが、ぶりーふぃんぐの際は大変心強い仲間がおると思うた。決して、足手纏いにはならぬ! 連携を心掛ければ大丈夫じゃ」)
「妾達が確り引導を渡してやるから覚悟せい!」
 うつほは、信頼できる仲間達を視界に入れながら、ハッキリと攻性植物に宣戦布告するのだった。

●ナンバー1になる為に
「ヴァルキュリア流! ラリアットー!」
 全身を光の粒子に変えると、ウンダは真っ直ぐに攻性植物に直進し、直撃の瞬間にラリアットを決める。
「ウィー!」
 プロレスラーの様に勝鬨をあげるウンダを、すかさず攻性植物が捕食しようとするが、ルーチェが俊敏な動きでウンダを庇い、そのまま攻撃姿勢を整える。
「悪しき魂まで焼き尽くす、灼熱のエネルギー!」
 手足から放出したエネルギー体をロープ状に創り上げると、ルーチェは一気にその鋼線で攻性植物を刺し貫くと、超高熱を流し込み発火させる。
「これこそ、勇者の一撃ってやつでしてよ」
 淡雪は、柔らかく微笑むとバールを力の限り投げつける。
 パッと見、勇者の力は感じられないがこれこそが、エクスカリバールの真骨頂である。
「この数の弾丸、避けきれまいて」
 両手に構えたガトリングガンから、ありったけの弾丸をばら撒きながら、うつほは大地に足を踏み込む。
 うつほの体躯では二丁のガトリングガンはやや重く、重心をしっかり支えなければ誤射してしまう。
「みんな、無茶せんといてや」
 黒鎖で陣を敷きながら、鵬玄は仲間達に声をかける。
「大丈夫だよ。大好きな竜胆の花をこれ以上、汚させたりしないよ」
 鵬玄の言葉に答える様に言うと、紫姫は刃の如き鋭さの蹴りを攻性植物に放つ。
「力を皆に……」
 リノンは魔力を再び放つと、得物のナイフ『κτηνοσ・μαυρο・χαυλιοδοντασ』のグリップを握る。
「淡雪様のバール、放物線を描いて攻性植物を直撃して、素敵でしたね……。撲殺と言うのも風情がありますよね」
 自身も『Pigritia』と名付けたバールを手に取ると、サラキアはそれを力の限り攻性植物へ投げつける。
 攻性植物も負けじと、リンドウの香りにグラビティを込めてケルベロス達を攻撃するが、咲次郎の癒しの雨がまとわりつく香りを流す様にケルベロス達に降り注ぐ。
 うつほのガトリングガンの弾幕に晒され、淡雪が御業で構成した炎に焼かれ、ウンダの明日への誓いの炎が足元で爆発すれば、攻性植物は自身にリンドウの花粉をかけ回復をはかる。
「回復しても無駄です。私は……私達は、あなたが死ぬまで攻撃を止めないんです」
 悲しみに表情を曇らせながらも、ルーチェは右腕の肘から先を内蔵モーターでドリルのように回転させ、攻性植物に一撃を加える。
 その時、攻性植物……いや、史郎が吠えるように叫んだ。
「うっせえって言ってんだよ! 俺がナンバー1なんだよ! その為にあの人から力を貰ったんだよ! 誰にも負けねえんだよ! カーストの頂点に立つんだよ!」
 史郎の言葉は、ケルベロス達に背後に居る『誰か』の存在を確信させるのに十分な言葉だった。

●青きリンドウ
「咲次郎、回復力を上げんといかんみたいやで」
 数度目の雷の障壁を形成しながら、鵬玄が隣に立つ咲次郎に言う。
「鵬玄、わしじゃ個人の回復は威力が足りん。わしは全体回復で、アンチヒールの除去を中心にやってみる。紫姫とルーチェの傷が酷そうじゃ。頼む!」
「了解や。紫姫……今、治してあげるから、少し辛抱してや」
 咲次郎の言葉を受けると、鵬玄はすぐに回復の為のグラビティ・チェインを再度高めて行く。
 攻性植物『蒼井史郎』との戦闘開始から8分が経っていた。
 ケルベロス達は、確実に攻性植物にダメージを与えていた。
 だが、ケルベロス達も十分なダメージを受け、それが回復しきらないまま戦闘を続けていた。
 攻性植物が使うリンドウの弾丸は、一度に複数のケルベロスを貫き、その度に前線に立つ女性陣のグラビティ・チェインの流れを乱し、回復力の低下を引き起こしていたのだ。
 鵬玄と咲次郎2人のメディックでも除去しきれない、アンチヒールは紫姫が生きる事の罪を肯定するメッセージを投げかけたり、それぞれのグラビティで取り払おうとしていたが、回復に手を回してしまうと、その分攻撃の手数は減る。
 リノンが薬液の雨を降らせば、一気にアンチヒールを剥がす事も可能だったが、リノンも攻撃手として対デウスエクス用のウイルスカプセルを攻性植物へと投射しており、攻撃と回復両方を担うのには限界があった。
 だが、リノンの放ったウイルスは、攻性植物の自己回復能力をほぼ失わせる程までに蓄積されていた。
「あいつはもう、自分の回復に力を使えない筈だ、一気に攻めろ」
 リノンが女性陣に一斉攻撃を指示する。
「ボクはみんなを守るよ。だって、リンドウは幸せをくれる大切な花なんだよ」
 最後衛の鵬玄を一瞬だけ視界に入れると、紫姫は拳に魔を降ろし、攻性植物の腹部に強烈な一撃を与える。
「リンドウの花言葉の一つは『その悲しみに寄り添う』……一体貴方に手を差し伸べたのは何者だったんですか……?」
 帰って来ないであろう疑問を投げながら、ルーチェはゲシュタルトグレイブに雷を込め一気に刺し貫く。
「援護するのじゃ。ウンダ、前へ出るのじゃ!」
 爆炎の魔力を込めた大量の弾丸を後方から撃ち放ちながら、うつほが叫べば、ウンダが大地を駆ける。
「これでも、喰らいなさい!!」
 一気に下から加速して跳ぶと、ウンダは両膝で攻性植物をかち上げ、両手を攻性植物の肩にかけると、更にもう一撃、膝を入れる。
「あなたの、花が散る所を見たいんです。綺麗な青い花弁がひらひらと落ちる様を……」
 手にしたナイフで攻性植物の首を搔っ切りながら、サラキアがうっとりと言う。
「史郎様、あなたが本当のナンバー1ホストになれていたら、シャンパンタワーを入れてたかもしれませんね…………いえ、それはきっと無かったでしょうね」
 淡雪は後ろで必死な表情をしている、金髪の大柄な男と視線が合うと、すぐに言葉を否定する。
「お腹空きましたわ。あなたの活力……少しだけちょうだい? ねっ、痛くしないから……」
 そう、色っぽく言うと淡雪は、全グラビティを拳に込めて攻性植物に止めの一撃を与える。
「……くそ……全員殺せば俺がナンバー1だったのによ……」
 そう言葉を残して、攻性植物『蒼井史郎』は、息絶えた。
「……まったく、同じホストでも、ここまで違うものなんですわね」
 淡雪が振り返ると、ホッとした様に、柔らかく微笑む咲次郎が視界に入った。

●慈悲無き葬送
「遺体を調べて何か分かりますかー?」
 戦闘中とは雰囲気がガラッと変わった様に、ほわほわした雰囲気でサラキアが、史郎のリンドウの花に触れる紫姫に尋ねる。
「よく分からないね。一般的な攻性植物としか言いようが無いよ。竜胆の花って言うのが本当に嫌だったけど……こうやって、枯れていくのを見るのは辛いね」
 紫姫の言葉通り、史郎の身体はグラビティ・チェインが尽きた事により、急速に枯れ果てる様に萎んでいっていた。
「この男が森へ入った理由な…………自殺を考えたのか……もしくは捨てられたんかって考えてたんやけど…………裏に何かおるな」
 鵬玄の言葉でケルベロス達は、史郎が言った言葉を思い出す。
『あの人から力を貰ったんだよ!』
 史郎は確かにそう言ったのだ。
 居るのだ……確実に。……この男に力を与えた何者かが……。
「何にしても哀れな男やね……」
 自分の紫の髪に咲き誇る、竜胆を触りながら鵬玄は、力を求めた男の末路を憂う。
「痕跡を残す様な相手じゃないのか……すぐにこいつも消えるしな」
 リノンが無感情に史郎を見下ろしながら呟く。
「いつも……弱い者には為す術もないのじゃな」
 うつほは、滅ぼされた自身の故郷を思い出しながら呟く。
「此度の男も、不運か自業自得であったのか、今となっては知る由も無いが……唆した者が居なければこうはならなかったのかの」
(「『ほすと』とは中々厳しい世界と聞く……。這い上がれぬ所まで堕ちてしまったのも己の選択……これも世の理と諦めて妾は妾の為すべき事を為そう」)
 せめて弔いの声が届く事をうつほは、願わずにいられない。
 そして、数分後『蒼井史郎』だったモノは、完全に枯れ落ち跡形も無く消えて行った。
「それじゃ、帰るわよ。ずっとここに居てもしょうがないわ」
 言うと、ウンダはヘリオンへと歩き出す。
(「今回は他の家族が来て盗撮してたなんて事も無かったみたいだし、問題無く事件解決って所よね」)
「わしらも行こか?」
 咲次郎が、消えて行った史郎に想いを馳せていた淡雪に声をかける。
「咲次郎様」
「ん?」
 不意に淡雪に名前を呼ばれ、咲次郎は疑問の顔を淡雪に向ける。
「私、咲次郎様が亡くなったり、暴走なさったりしたら……私もどうなるか解りませんからね? ホストのお仕事にも精を出しつつ、無理をしない程度にケルベロスのお仕事も頑張るのですわよ」
 いつもの淡雪の笑顔で冗談の様にそう言うが、彼女の瞳だけは笑っていない事に、咲次郎は気づいた。
「……そうじゃのう。頑張りすぎはいかんからのう。程々にじゃな……まあ、わしに何かあったら……何処かの誰かさんが来てくれるかもしれんがのう」
 そう言って笑うと、咲次郎はクルリと淡雪に背を向け歩いて行く。
「咲次郎様……。あっ! そうですわ! うつほ様! 咲次郎様のお店に行って一杯楽しみましょう♪ おっぱい教の教えも知って頂きたいですし♪」
「えっ!? 今……何と申した? ……酒?」
 急に淡雪に話を振られ、うつほは一瞬キョトンとするが、少し無理をした様な淡雪の笑顔に、つい承諾の言葉を返してしまう。
「よ、よかろう。妾は初めてじゃ……手解き願えるかの?」
 うつほがそう言えば、淡雪はうつほの手を取り、咲次郎を追って駆け出す。
 仲間達がその場を去り、ルーチェは1人思考を巡らす。
(「ある集団での立場が低い事、似たような集団に属する者を狙う習性……。生い立ちや性格、身体の植物こそ違うけれど泰明君と一緒……。そして、戦っている間に感じた同質の悪意……。私はその悪意に向き合った事が……ある」)
 ルーチェの『それ』は確信だった。
 自分はその悪意持つモノを知っている……。
(「嫉妬や憎悪も人間らしい……『心』……だけど、それを利用して他者の『心』まで踏み躙るのは許せない……。必ず、私が……」)
 胸に固い決意を秘め、ルーチェは秋風吹く中、魔法の様に夜空に煌めく星達を見つめるのだった……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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