藍の魔法

作者:藍鳶カナン

●バタフライエフェクト
 美しい色彩のカードが宙に舞った。
 奇術師めいた衣装を纏い、螺旋の仮面の下で笑む女が数多の色から空色と紺色のカードを摘まみとる。それは女の前で膝をつく二人の少女の髪の色。
「あなた達に使命を与えます」
「何なりと申しつけちゃってください、ミス・バタフライ!」
 溌剌と答えたのは空色髪の道化の少女。ミス・バタフライは笑みを深め、命を下した。
「この街の郊外に、藍染めの工房を構える染色職人がいるようです。その者と接触し、仕事内容を確認、可能ならば習得した後、殺害しなさい」
 悠然と告げると同時、ピンと弾くのは藍色のカード。掌でくるりナイフを回した紺色髪の少女が軽やかにそれを投じ、藍の色を貫いて頭を垂れる。
「畏まりましたの。ああ、一見ささやかに見えながらも、これが巡り巡って地球の支配権を大きく揺るがすことになりますのね……!」
「その通りです。あなた達の働きに期待します」
「はーい! めいっぱい頑張っちゃいますねっ! じゃあ早速!」
 首肯したミス・バタフライへ空色髪の少女が茶目っ気たっぷりに敬礼し、紺色髪の少女を促して、二人でふわりと姿を消した。

●藍の魔法
 ――まるで魔法みたいだ、って。そう思ったんだ。
 英国生まれのシャドウエルフ、ルーサー・ビアズリーは己の工房と店を紹介するサイトで自身が日本の藍染めに魅了された三十数年前の時のことをこう語る。
 ある日気まぐれに訪れた緑と水の豊かな地、そこで花唄・紡(宵巡・e15961)が見つけた彼の工房と店はその日たまたま休みだったけれど。
 なぁんかピンと来たんだよね、と続けた魔女の瞳がきらりと煌いた。
「このひと、ミス・バタフライの配下に狙われちゃうかも……って!」
「それって魔女のカン? すごいね、まさに大当たりなんだから」
 天堂・遥夏(ウェアライダーのヘリオライダー・en0232)は魔女を名乗る娘に頷き、紡が危惧していた事件の予知があったと皆に告げる。
 螺旋忍軍、ミス・バタフライ。
 その命を受けた螺旋忍軍の少女二人が染色職人のもとに現れ、情報を得るなりその技能を習得するなりした後に職人を殺そうとする。これを見過ごすと、ケルベロスに不利な状況へ発展する可能性があるという。
「不利な状況ってのもだけど、そもそもルーサーさんの殺害が見過ごせないよね」
「もっちろん! 狙われるって判った以上、しっかり護ってみせるよ! でも確か、事前に避難させると敵の標的が変わって事件を阻止できなくなるんだよね? ってことは……」
「そう。ルーサーさんを護りながら戦うか、あなた達が職人に扮して囮になるかの二択」
 意気込む紡に頷いて、僕としては後者を推したいところ、と遥夏は語った。
 既にルーサーには連絡済みで、彼からはこんな伝言があるという。
「『今なら綺麗な藍の華が咲いてるよ。ぜひおいで!』――ってね」

 藍の華とは、藍の染液にたつ泡のこと。
 蓼藍(たであい)の葉を乾燥・発酵させたものに、木灰の灰汁や小麦ふすま、日本酒等を加えて発酵させる日本古来の技法でつくられる藍の染液は、頃合になると表面に美しい泡が咲くという。
「染液は生きてるから、その時々で調子が違うんだって。今ならとびっきり綺麗な藍の華が咲いてるって話だよ」
 藍の染液をつくるには時間がかかる。
 敵が現れるまでの猶予は三日間だから、職人に扮する場合は染液のことは知識として頭に入れ、既にある染液での藍染めの実践を重点的に修業すべきだろう。
 囮となるには三日間みっちり修業に励む必要があるが、
「折角だし、みんな其々好きなもの作ってくるといいんじゃない?」

 藍の染液は底無しの闇にも似た暗い色。
 とろりと深い闇に浸したものを引き上げれば暗く緑がかった褐色に染まっているけれど、空気に触れることでみるみる青に変わっていく。――それはまるで、魔法みたいに。
 薄氷を思わす淡い青、甕覗きや白群。
 冴えた空の色に、鮮やかな海の紺碧。
 宵の空めく花色に、夜のごとき濃藍。
 闇に浸しては引き上げる藍の魔法を繰り返すたびに、淡い青から濃い藍まで藍染めの色は深まっていく。紐で縛る絞りや、型紙やろうけつなどで白く模様を染め抜くのも素敵だ。
 涼やかな水色のリボンに、澄んだ空の色に透けるスカーフや、海の紺碧色に絞りで白波を表したストールに、冴える青に真っ白な鳥を染め抜いたシャツ、落ち着いた濃藍色に白椿を咲かせたのれん。
 銀糸を織り込んだ布を青から濃藍のグラデーションに染めた星空のタぺストリー、なんてものも頑張り次第では染められるかもしれない。

 囮になれる技量を身につけることができたなら、工房見学に訪れる螺旋忍軍の少女二人をケルベロスのみで迎えることができる。まっとうに戦うならかなり手強い相手だが、職人の話なら素直に聴くだろうから、
「ルーサーさんが『伝統的な藍染めを見せよう』って裏庭に誘うといいって言ってたよ」
 普段は発酵に適した温度を保てる工房で藍の染液をつくり、藍染めの作品をつくっている彼だが、大きな甕を地面に埋めて温度を一定に保つ古い技法を試すべく、広々とした裏庭に埋めた巨大な甕でつくった染液があるという。
 藍の染液は生き物。時が経てば染めの寿命がきてしまう。
「その裏庭の染液が終わりを迎えるから、最後にあなた達の役に立てば嬉しい――ってさ」
 この甕を覗いてみて、と促して甕に突き落としてやれば、敵の不意を突いた上に一方的な先制攻撃が叶う。勿論すぐに脱出されるだろうが、冷静に戦える状態ではないはずだ。
「その間に、全力で倒しちゃって」
 全て天然素材でつくられた藍の染液とその沈殿物は、良質な堆肥にも等しいもの。ゆえに庭に撒き散らされてもまったく問題ないと遥夏は続けた。
 成程ねと笑って、魔女帽子のつばを摘まみ、ひらりとリボンを翻した紡が皆を振り返る。
「それじゃ、みんなで逢いにいこっか」
 ――藍の華を咲かせる、英国生まれの魔法使いに。


参加者
烏夜小路・華檻(お食事処のアルバイト・e00420)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
花唄・紡(宵巡・e15961)
千代田・梅子(一輪・e20201)
三廻部・螢(掃除屋・e24245)

■リプレイ

●藍の魔法
 昏く艶めく底無しの闇に、煌らかな華が咲く。
 蕩ける闇を思わす藍の染液に咲くのは深い宝石の彩と煌きを孕むホイップクリームの如き藍の華。昨夜はラピスラズリの瑠璃色だった泡は今日、ほんのりと薄紅を帯びて、
「――まるで、宇宙の闇に浮かぶ薔薇色の星雲のよう」
「えっ! 見たい見たい!!」
 春湖の瞳を離せなくなる程の美しさにシュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)が吐息を洩らせば、花唄・紡(宵巡・e15961)も春空の瞳を輝かせて覗き込んだ。
 工房に据えられた、浴槽よりも大きなステンレス槽を満たす染液はまさに涯てなき闇。
 触れれば冷たく、浸した手も見えなくなる闇の底から、自分だけの夜を呼ぶ。
「わ、銀糸がきらっとするの綺麗だね……!」
「ほんとに。私も素敵な夜空を招かなければ」
 藍の魔法で招く夜。
 紡のリボンが夜に染まりゆく様にイーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)が笑みを咲かせ、彼女の手をありがたく借りながらシュゼットも、自身の工房を彩る暖簾を星雲咲く闇へと浸した。皆と魔法に触れるたび、心は躍らずにいられない。
 夢見るは移ろう夜空、美しい濃淡を生むべく、浸す時間差をつけ、ゆうるり引き上げて。
 闇から現れるのは暗く緑がかった褐色、だが空気に触れればまるで魔法のようにみるみる青へ変わっていく。
 ――螺旋忍軍はこの魔法も奪おうとしてるのか。
 奪われた故郷。今は考えちゃダメだとアバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)は、憎悪を芽吹かせんとする記憶を抑え込んだ。けれど普段の明るさまでは取り戻せない。
「そんな気持ちで藍に触れてはいけないよ。気持ちは伝わってしまうからね」
「藍は生きているのですものねえ。昨夜は日本酒を召し上がったのですよう」
「へ? 藍って酒飲むのか?」
 年の功か職人の感性か、少年の胸裡を察したらしいルーサーがぽんとアバンの肩を叩き、平坂・サヤ(こととい・e01301)が両手に抱いた麻のワンピースをふうわり闇に泳がせつつ緩く笑む。
 藍の染液を作ることを『建てる』というが、建てた後も時々酒を注いでやるのだという。毎日大切に慈しみながら染めるのだ。
 昨夜は実践だけでなく知識を学ぶのにも熱心なサヤが彼に教わって藍に御馳走し、お陰で藍の調子は上々、藍の華も極上の美しさ。
 そっかと頷き、柔らかなマフラーを手に取れば、アバンの眦も僅かに和らいだ。
「爺さんの、いや……お師匠さんの藍の華、お借りします」
 面食らったように瞬くルーサーに、烏夜小路・華檻(お食事処のアルバイト・e00420)がころころと笑みを零す。
「ふふ。じいさんって御年じゃありませんわよね、ルーサー様?」
「自分じゃそのつもりなんだけどね。私の息子は大学出たばかりだし、孫はまだ先の話」
 彼みたいなドワーフさんや子供から見ればエルフの爺なのかなぁと苦笑するルーサーは、藍染の作務衣が板についてはいるが五十代の英国紳士だ。
「わたくしは春から大学生ですわ。制服はなくなりますから……」
「成程、藍染めのスカーフなら色々楽しめそうじゃのう」
 華檻のしなやかな手つきは愛しい相手を慈しむかのよう。色ムラが出来ないよう、藍から掬い上げたスカーフを優しく広げ、すべて空気に触れさせて。
 美しい濃藍になりそうじゃのうと千代田・梅子(一輪・e20201)は声を弾ませて、わしも頑張るのじゃといっそう気合を入れて糸を絞りあげた。目指すは梅花絞り、深い夜空に白梅を咲かせてみたい。
 華檻のスカーフも梅子おばあちゃんの帯も大人っぽい感じ、と胸に憧れ燈し、イーリィがその胸に抱くのは肌触りが優しいストールだ。藍の魔法で綺麗なグラデーションに染めればきっと優雅で上品で、けれど遊びも取り入れたいから、
「ねぇねぇ、梅子おばーちゃんの知恵、お借りしたいです!」
「きっとイーリィによく似合う素敵なストールになるのじゃよ、お任せなのじゃ!」
 外見は少女でも還暦を越えたドワーフたる梅子には仲間皆が孫みたいなもの。
 瞳を細めた彼女がイーリィのストールを手に取る様に、今日も仲良しさんですねえと頬を緩め、サヤが魔法の雫したたるワンピースの裾を広げれば、ふわりと裾を踊らす風。
「ね、お兄ちゃん見なかった?」
「掃除屋さんならお庭ですよう」
 ありがと、と応えて紡は、戯れな風のように工房の外に出た。
 ――明けない夜を過ごすのはお手の物。
 永遠の夜にも似た染液の闇に、時をも融かす心地でゆるりと浸す魔法を幾度も繰り返し、深い深い濃藍に染まったシャツを三廻部・螢(掃除屋・e24245)は陽に透かす。
 夜に透ける輝きは、まるで月のよう。
 そう思ったところで、『お兄ちゃん普通に染めただけなの?』と自称妹の声が螢の背中に届いた。
「えへへ、貸して! お揃いの星を入れてあげる。とっておきのおまじないだよ!」
「お揃いって……ちょっと、あ、こら」
 夜に灯す星を、あなたにも。
 抜染糊を操る魔法も、既に魔女の思いのまま。

 ――冷たく澄みきった水の中で冴える藍が現れた瞬間を、きっと一生忘れない。
 凛と透きとおった水に染めた品を浸せば、余分な染液が藍の靄の如く溶けた。その奥から現れたのは、鮮やかに冴えるのに限りなく優しい、自分だけの藍。
 同じ染液、同じ魔法。
 だのに不思議と、皆の仕上がりに同じ藍はひとつとしてなかった。
 思い思いの藍に染めあげ、余分な染液を洗い流し、色止めして乾かして。三日間の修業を終えたお披露目会に、其々の藍が咲く。
「わ! カオリのすごく映えるね、白い肌と濃藍が引き立たせあってる感じ!」
「ありがとうございます。アバン様もそのマフラー、巻かれてみてはいかがです?」
「ん。でも俺のは自分のじゃなくて、贈りたい相手がいてさ」
 歓声を咲かせた紡に微笑んだ華檻がそっと触れる首元には、艶めく夜空に白い星を鏤め、三日月を染め抜いた意匠のスカーフ。微かに口元綻ばせたアバンが広げたマフラーは、一方では深い紺青に白花が咲き、白地を活かした一方に散る薄藍は。
「波の飛沫だ! いいなあ、でもわたしのストールも素敵になったよ!」
「わしの白梅とお揃いにしてみたのじゃよ!」
 懸命に励んだ甲斐あって、イーリィの手からは美しい藍のグラデーションが溢れだした。大人びた雰囲気のストール、けれど深い藍の片隅には可愛い白梅がぱっと咲く。誇らしげに胸を張る梅子の帯には、冴える冬と春の香思わす深藍の夜空に凛と白梅が咲き誇っていて。
「とても素敵ですわ……!」
 一人の実年齢はさておき、可憐な少女達を彩る深藍と白梅に華檻が感嘆の声をあげれば、普段身につけるのは暖色じゃが藍もよいのう、と梅子がくるりと回って、深い濃藍に染まる螢のシャツの左ポケットと紡のリボンにワンポイントで煌く抜染の星に破顔した。
「魔女さんと掃除屋さんもお揃いじゃの!」
「……俺が自分でお揃いにしたわけじゃないですけどね」
「もう、お兄ちゃんてば! でもでもいい出来だよね!」
 星空を呼び寄せた紡のリボンと同じく螢のカッターシャツも銀糸まじり。きらきらと輝く星を螢は見ないふり、だけど誰かさんにもらったまま引き出しの奥で眠っていたシャツが、星の綺麗な夜に目を覚ましたように思えることが。
 ――嬉しい。とは、口には出さないけれど。
「皆々方の藍の魔法が本当に眼福だわ、なんて」
「シュゼットの夜も吸い込まれてしまいそうに素敵なのですよう」
「ふふ、嬉しい。我ながら中々の仕上がりかしら、と」
 掃除屋殿の御機嫌も上向きのよう、とは胸にひそり秘め、シュゼットが披露した暖簾は、艶やかに移ろう夜空にろうけつで染め抜いた枝、枝先に咲く白き星々にはルーサーの助言で幾つか金箔や銀箔を刷りこんだ意匠。
 彼女の夜空に柔らかな吐息を洩らしたサヤは、サヤも会心の出来ですようとはにかむよう笑んで、軽くワンピースの裾を摘まんでくるり。わあ、とイーリィの声が弾む。
「可愛い、って言うか……きれい……!」
 暮れる宵空から深い濃藍の夜空への流れが彼女を包み、胸元には小さな白花が咲いた。

●藍の泡沫
 ――伝統的な藍染めを見せましょう。
 工房を訪れた空色と紺色の髪の少女達は職人と信じた相手に勧められるまま藍甕を覗き、湛えられた闇へと落とされる。囮となれる技量を身に着けたのはサヤとシュゼット、万一を考え耐久力を鑑み、サヤが囮となって螺旋忍軍を罠に嵌めた。
 きゃー! と響いた二つの悲鳴はあどけなかったけれど、
「おまえ達に渡すものは、なにひとつないのですよう」
「ええ、お逢いしたばかりで残念ですけれど、すぐにお別れですわ!」
 即座にサヤの鎖が翔け、清楚なブラウスを脱ぎ捨て木陰から飛び出した華檻が、蠱惑的な身体の線を強調するフィルムスーツに纏うアームドフォートを咆哮させる。
 続け様に爆ぜた闇の飛沫を裂くのは紡の蹴撃が描く炎の軌跡、舞い散る飛沫を一瞬で蒸発させる勢いで螢の幻影竜が灼熱の焔を迸らせれば、
「――……! スピリット・ストリィィィィム!!」
 心を抑えるよう一瞬唇を引き結んだアバンが、極限まで霊力を凝らせた刀身から爆発的な光の奔流を解き放った。
 工房にケルベロスがいるとか聞いてないんですけどー、と焦燥も露わな叫びと共に螺旋の仮面を着けた少女達が飛び出してきたが、イーリィが前衛へと舞わせた紙兵、シュゼットが後衛に織り上げた雷壁の中から、敵後衛の空色髪の少女へ集中砲火が襲いかかる。
「混乱してる隙に一体落としたいところですが……」
「大丈夫! あたし達だって連携なら負けないんだから!!」
 敵が分身する様に螢が眉を寄せたが、頼れる皆とともにある紡の声は明るく強気に通る。自称妹が編み上げたのは時をも凍らす弾丸、肩に氷が張った空色髪の少女へ、杖から戻った丸っこい柴犬が螢の魔力とともに飛びかかった。
 喰い込む氷と犬の牙に悲鳴があがる。態勢を立て直すいとまも許さぬ集中砲火に空色髪の道化たる少女はひたすら分身を纏う防戦一方、そして、
「ちょっとやばいんですけど手ぇ貸して欲しいんですけどー!」
「解ってますの! このちっこいのを倒したらお手伝いしますの!」
「ちっこくても侮ってもらっては困るのじゃよ、わしもシュルスも!!」
 紺色髪のナイフ投げたる少女の前には御業の鎧を纏う手から三重の石化を齎す魔法光線を撃ち込む梅子と、イーリィのテレビウム。挑発的な画面の輝きに紺色髪の少女は一段と心を乱され、怒りのままテレビウムにナイフを放つ。
 風に閃いたナイフの勢いは甘かったが、
「やばっ! 耐えてシュルス!!」
 辛うじて命中した惨劇の魔力が、苛烈なトラウマを三重に具現化した。
 術者自身が精彩を欠いていても、具現化されたトラウマは本来の力で対象に襲いかかる。傍目には判らずとも強敵三体から集中攻撃を受けるも同然、更に術者がジグザグも駆使する格上ジャマーとなれば、仲間の盾となりつつ怒りで敵を惹きつけるのはテレビウム一体では負担が大きすぎる。
 迷わずイーリィが気力を凝らせた癒しを放ち、
「今のうちに頼むのじゃ!」
「ええ、惨劇も痛手も、すべてなきものに――」
 神速の稲妻で梅子が紺色髪の少女を貫くと同時、春風の如くテレビウムの許へ飛び込んだシュゼットが雪白の指先に医の魔法を燈す。魔術切開と共鳴を重ねたショック打撃、そして癒し手の浄化が小さな仲間を活気づけ、テレビウム自身も動画を流せば、大丈夫そうだなとアバンは息をついた。
 憎悪ゆえの衝動に流されぬよう仲間の援護に努めるつもりだったが、彼が破壊のルーンを宿そうとした梅子は初手の護殻装殻術で既に破剣を得ている。集中砲火の対象たる空色髪の少女は己への癒し一辺倒で、分身の耐性よりも癒し手としての強力なヒールのほうが厄介となれば、破剣の付与より攻撃に手を割くべきだ。
 本来なら強敵たる相手。
 ゆえに防戦一方の癒し手をあっさり削りきることはできなかったが、共闘も叶わぬまま、螺旋忍軍の片割れに限界が訪れる。
「待ってくださいよ、こんなのやだあ!」
「怯えた顔も愛らしいですけれど、永遠の夢をさしあげますわ」
 婀娜めいた笑みを覗かす華檻が贈るのは夢魔の魔力弾、漆黒の悪夢に抱擁され、空色髪の少女は何も残さず消滅した。
 恐らく、まともに戦っていればここまでの間にテレビウムと梅子は倒されていただろう。だが本来であれば半分近くは躱せたはずの梅子の攻撃を殆ど躱せず、紺色髪の少女は重なる麻痺と石化でほぼ無力化されてしまっていた。
「技術を盗んで職人を殺すだけの簡単なお仕事だったはずですのに……!」
「ふざけんな! そうやって人の物を奪おうとするお前達は、絶対許せねぇ!!」
 蒼白になった少女に叩き込まれたのは大地ごと割らんばかりのアバンの一撃、
「めいっぱいお仕置きしてやるのじゃよ!」
「うん! シュルスを苛めた分もお返ししちゃうんだから!!」
 小さな梅子が揮う巨大な竜の槌、それが可能性を凍結する重撃を与えれば、ラズベリーの瞳を煌かせたイーリィが爪先に流星の煌き宿した蹴撃を炸裂させる。
「思う存分殴ってやるとよろしーですよ、魔女さん!」
「任せて! 強く殴ってぶっとばすよ!!」
 来世でまた、逢いましょう。
 そんな言の葉を秘めたエクスカリバールを手に馳せ、サヤが敵の護りを突き破ったなら、凄まじい力を秘めた音速を超える拳で紡が吹き飛ばし、哀れ紺色髪の少女は再び藍甕の中。
 仲間に新たな傷が増える様子もなく、敵の攻め手もほぼ封じられているとなれば、蕾耀く杖に光を咲かせてシュゼットも攻勢に出た。
 見れば愛らしい少女達、けれど、誰かの作品でショウウインドウを彩る者として、そして造り手の一人として、彼女達は見逃せない。
「……残念だわ」
「本当に。それでも、さよならですわ」
 迸るシュゼットの雷撃に撃たれた敵へ吐息が触れそうなまでに距離を詰め、華檻は豊かな胸へ少女を抱きしめ身を捻った。首を折る鈍い音。アバンのような憎悪はないけれど。
 逢ったこともないはずのミス・バタフライに、強い縁を感じるのは何故なのだろう。
「さて、掃除の仕上げの時間です」
 一瞬平衡感覚すらも奪われた少女へそう告げ、俺も魔法使いの端くれなもので、と続けた螢の周囲に幾つもの魔法陣が展開された。彼が揮う魔法の杖は掃除屋の名に相応しいデッキブラシ、魔術回路を力ある翠の輝きが奔れば、解き放たれるのは閃光、火焔、氷結、稲妻。
 彩り豊かな魔法が翔け抜ければ、紺色髪の少女も塵ひとつ残すことなく消え果てる。
「さっすがお兄ちゃん!」
「そりゃどうも」
「お見事ですよう。素敵な魔法を護るのも魔法使いの務めですものねえ」
 仮初めの兄と妹、いつもどおりの紡と螢の遣り取りにゆるりと笑んで、サヤは藍の魔法を秘めた工房を振り返った。
 そう。
 ――よき魔法は、正しく守られなくては。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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