渇望の大海嘯

■リプレイ

●羽音
　入相の鐘が響く時刻。村を囲う鬱蒼とした森には、夜の足音が忍び近づきつつある。
　山の夕暮れは短く、森が闇に包まれるのは早い。木々の梢と擦れ違うように飛びながら、ミセリア・アンゲルス（オラトリオの自宅警備員・e02700）は時折ぶつかる小枝を鬱陶しそうに振り払った。
　樹木の生い茂る森の上からでは、敵の姿は発見しにくい。だが、敢えて低空で飛行すれば、今度は枝に顔を打たれ、思った速度で飛行できない。
「ローカストほいほいとかあればいいのに～？」
　思わず、そんな言葉が口から漏れる。もっとも、ローカスト達にとっての誘因トラップは、他でもない生きた人間なのだから笑えない。
「ヘリオンから望遠鏡で探せりゃ、苦労なかったんだけどな」
　同じく、地上で茂みを掻き分けるようにして、天満・十夜（天秤宮の野干・e00151）もまた飢えたローカスト達を探していた。
　情報によれば、敵はトビバッタのローカスト。ミセリアと同じく空を飛べるはずだが、やはり低空を飛行して移動しているのだろうか。
「せめて、これで引き付けられれば良いのですけれど……」
　シャルトリュー・ハバリ（見習いメイド・e31380）の付けた鈴の音が、日の落ちかけた森に甲高い音を響かせていた。そんな彼女の周りでは、森の木々が自ら道を開けるようにして、不自然な方向に曲がっていた。
　隠された森の小路。強引に茂みを分け入らねばならないローカスト達と異なり、森を歩く際にケルベロス達が使える切り札とも言うべき防具の効果。
「……っ！　待て、それ以上は動くな！」
　突然、神城・瑞樹（廻る辰星・e01250）が片手を耳に当てつつ、シャルトリューに制止するよう告げた。同じく、ミセリアには地上に降りるよう身振りで指示を出し、そっと息を潜めながら周囲に殺気を広げて行く。
　キチキチ、キチキチ、というネジを締めるような音が、微かながらに森の奥から聞こえてきた。バッタの仲間が、翅を広げて空を飛ぶ時に立てる独特の音。だが、それにしては、音はこちらに近づくにつれて、随分と大きくなっており。
「……来たか！」
　そう、先行量産型・六号（陰ト陽ノ二重奏・e13290）が叫ぶのと、トビバッタのローカストの群れが木々の合間から姿を現したのが同時だった。
「話ができる相手じゃなさそうっすね」
　涎を垂らし、不気味に牙を打ち鳴らすローカスト達の姿に、アドルフ・ペルシュロン（緑の白馬・e18413）は思わず顔を顰めた。ローカストにも色々といるが、ここまで理性を失っている個体は初めて見る。
「無能な王を持った結果がこれか……。哀れなれど、人々の命を奪わせる訳にはいかぬゆえ……」
「ええ……。クリスティ流神拳術、参ります……！」
　ジョルディ・クレイグ（黒影の重騎士・e00466）が鉄塊剣を構え、水沢・アンク（クリスティ流神拳術求道者・e02683）の右手が瞬く間に白炎に包まれた。森のねぐらに戻ったばかりのカラス達が一斉に梢から飛び立って、その鳴き声が夕刻の空に不気味な音色を奏でていた。

●暴食
　耐え難き渇望に突き動かされ、グラビティ・チェインを欲して現れた６体のローカスト。遭遇と同時に仕掛けたのは、ジョルディとアンクの二人だった。
　どの道、連中との会話は望めない。この中の一匹でも村へと行かせてしまったら最後、大惨事になるのは目に見えている。だからこそ、敢えて非情に徹し殲滅するべきだと、己の心に覚悟の二文字を刻み込み。
「貴方達の苦しみには同情しますが……素直に餌になる訳にもいかないのです。申し訳ないですが……！」
　先手必勝。まずはアンクが超加速にて接敵し、下段の回し蹴りで敵の出足を纏めて挫く。思わず、ローカスト達が足を止めたところに、続けてジョルディが容赦なく鉄塊剣を振り下ろした。
「我が嘴を以て貴様等を破断する！」
　いかに強固な甲殻を誇るローカストであっても、真正面から重さに任せた攻撃を叩き付けられては堪らない。奇声を発し、頭を押さえながら後退しようとしたが、そこは瑞樹と六号がさせはしない。
「……はっ！」
　一瞬にして間合いを詰め、瑞樹の脚が立て続けにローカスト達へ襲い掛かった。その様は、さながら風に乗り舞うが如く。
「ったく……太陽神の名が聞いて呆れる。アポロンどころかアホロンだな……」
　その一方で、エクスカリバールの先端で敵を斬り裂く六号の顔には、どこか憂いにも似た影があった。
　太陽神の名の下に、同胞を捨て駒、ゴミ同然の様に扱うアポロン。その存在は彼にとって、不愉快極まりないものだったから。
「ギィィィィッ！！」
　完全に激昂したローカスト達が、いよいよケルベロス達を標的として見定めた。こうなれば、まずはお前達から食ってやる。彼らに人語を発することができたのであれば、そのように叫んでいたのかもしれないが。
「残念だったな！　群れで何かを食うのは、お前達の専売特許じゃねぇ！」
　気が付くと、正面に立っていた一匹のローカストの周りを、十夜の呼び出した無数の死霊が、壁を作るようにして囲っていた。
「死霊と氷塊、好きな方で逝っちまいな！」
　その言葉と同時に、今度は巨大な氷塊が召喚され、ローカストの身体を真上から押し潰す。落下と同時に氷塊が砕け、周囲に冷気を伴う欠片が飛散するが、それだけでは終わらない。
「オォォォォ……」
　その魂に宿る渇望を満たすべく、死霊達が一斉にローカストへと殺到したのだ。おまけに、ボクスドラゴンのアグニまでが、ブレスによる追撃をお見舞いした。
　氷塊に潰されている状態で、この攻撃を防ぐ術は存在しない。死霊の雄叫びとローカストの奇声が混ざり合い、やがてそれは断末魔の悲鳴にも似た叫びへと変わって行く。
「食べていいのは食べられる覚悟のある人だけ～？　自分たちがいつも食べる側とは思わない方がいいかも～」
　死霊に蝕まれながら絶命したローカストの姿を前にして、ミセリアが残る敵へ告げるかの如く呟いた。どうせなら佃煮にでもした方がいいのかと考えてみもしたが、それはそれ。
　これは、あくまで生存競争。彼らに悪意はないと解っていても、どうしようもない本能に突き動かされてのことだとしても、こちらにも退けない理由があるのだ。
「ギィィ……」
「ギィ……ギィ……」
　仲間の一匹が早々に葬られたことで、ローカスト達もまた身の危険を感じたのだろうか。あるいは、とにかく目の前にいる獲物を喰らうことで、少しでも傷と渇きを癒そうという衝動故か。
　羽を広げ、こちらの包囲網を破らんと、ローカスト達が纏めて襲い掛かって来た。正面にいた一匹がアンク目掛けて牙を突き立てたのを皮切りに、他のローカスト達もまた、アンクの方へと殺到するが。
「重騎士の本分は守りに有り！」
　続く蹴撃を、割り込んだジョルディが大盾で受け止めた。それでも、凄まじい衝撃が盾諸共に彼を吹き飛ばしたが、直撃を受けるよりは遥かにマシだ。
「おっと！　自分もいるのを忘れてもらっちゃ困るっすよ！」
　同じく、今度は飛来する破壊の羽音を、アドルフがライドキャリバーのカブリオレと共に身を呈して受け止める。それだけでなく、いつしか彼の身体は白馬の獣人の姿から、完全なる巨馬へと姿を変えており。
「我は盟約によりて万古の契約の履行を要請す。我は意地を貫く白の騎馬。完成せよ白王号」
　炎を纏ったカブリオレ共々、風を切ってローカストの群れへと一直線！
　喰らうことばかりに意識を向けていたローカストは、当然ながら反応することなどできもせず。
「グジャァァァァッ！」
　硝子を引っ掻いたような雄叫びを上げて、そのまま無残にも轢き潰された。まだ、辛うじて息はあるようだが、もはや文字通り『虫の息』だ。
「今の内に、守りを固めます。ミセリア様は、前衛のフォローを」
「ん～、とりあえず、なんかいい話でも投稿しておく～？」
　シャルトリューが長剣を掲げて星辰の加護を広げる中、ミセリアもまたスマホを取り出し、なにやら心温まるエピソードをネットに投稿し始めた。
　こんなもので、いったい何故に味方の傷が回復するのか。だが、それでも理屈抜きで発動できる、自宅警備員の超パワーの凄さは折り紙つき。
　こちらが体勢を立て直したところで、敵もまた次なる獲物を見定めながら間合いを測って来た。既に二体目のローカストも倒れようとしていたが、それでも何ら動ぜずに立ち向かってくる辺り、今までの敵にない不気味な何かが感じられた。

●鉄拳
　己の衝動にのみ突き動かされ、ひたすらに目の前の存在を貪らんとするローカスト達。だが、そんな勢いに任せた最後の足掻きも、気が付けば風前の灯火と化していた。
　辺りに散らばる巨大なトビバッタの翅や脚。幾度もの応酬の果てに、撃破されたローカスト達の残骸だ。
　敵の数は、既に半数程まで減っていた。その内の一体が強引に包囲網を抜けて飛び出そうとしたが、そこは六号が逃さなかった。
「どこへ行くつもりだ？　敵に背を向けてまで腹を満たしたかったか？」
　ローカストの胸元から、雷の霊力を帯びたエクスカリバールの先端が伸びている。背中から貫かれたことで口から黒い液体を吐いて悶絶するローカストの顔面に、続けて瑞樹の掌底が炸裂した。
「求心力のあるアホほどひどい上司はいないよな。そこんとこ、ローカストには同情するよ。ある意味手の内読めない相手じゃね、アポロンって？」
　螺旋の力によって内部から粉砕されたローカストの返り血を軽く拭いつつ、瑞樹は皮肉を込めた口調で問い掛ける。だが、六号は少しばかり顔を顰めたまま、小さく頷いて答えるだけだった。
　同族を同族とも思わない。そんな仕打ちができる相手だからこそ厄介なのだ。言葉にして口に出すことはなくとも、それは十分に承知していたから。
　どちらにせよ、これで残る敵は、後二体。後衛だけになったことで、こちらの攻撃を阻むものは何もない。
「まあ、元を正せばこいつらだって侵略者だ！　同情なんて欠片もしてあげられないぜ！」
　だから、恨むなら無能な上司を恨め。それだけ言って、十夜は躊躇いなく爆破スイッチに指を掛ける。瞬間、敵の身体が唐突に巨大な爆風に包まれて、そこへアグニが追い撃ちのブレス攻撃を仕掛けて吹き飛ばす。
「まだまだ！　これでトドメっすよ！」
　炎を纏ったカブリオレの突撃が敵に炸裂したところで、待ち構えていたのはアドルフだ。その手に握られた巨大なハンマーを振り下ろせば、直撃を食らった敵の身体が瞬く間に凍結し、粉砕された。
「残り一体……。もはや、回復は不要ですね」
「グラビティ・チェインがないなら、ケーキを食べればいいじゃない～」
　ここで押し切れば勝利は目前。今まで味方のフォローに回っていたシャルトリューとミセリアまでもが、ここに来てついに攻撃へと転じた。
「……ギッ！？」
　足元から噴出する溶岩に、気が付いた時には既に遅し。瞬く間に宙へと放り出され、そこへ竜の幻影が炎を放ち追撃を食らわせる。トビバッタの赤黒い甲殻が炎に包まれ、日の落ちた森を煌々と照らす。
　だが、それでも暴食の使徒と化したローカストは、最期まで『食らう』という意思に抗うことはできなかった。
「ギ……ァァァァッ！」
　全身を炎に包まれてもなお、甲高い雄叫びと共に高々と跳躍し、必殺の蹴りを放ってくる。その一撃は真っ直ぐに瑞樹のことを狙っていたが、彼もまた何ら動ずることなく、真正面から敵の攻撃に対峙して。
「悪いが、ヤケクソになっても通用しないぜ？」
　相手の蹴りに合わせて繰り出した瑞樹の蹴りが、互いの技を相殺させていた。それでも、強引に押し込もうとしてくるローカストだったが、瑞樹は即座に身体を捻り、敵の攻撃の勢いを利用して受け流した。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか？」
「うむ。奴らをここで見逃すわけにはいかん」
　アンクの問いに、頷くジョルディ。互いに腕を地獄の業火で包んで燃やし、ようやく起き上がったばかりのローカストへと仕掛ける。
「地獄纏いて飛べよ我が腕！ 　我が拳！　受けよ怒りの鉄・拳・制・裁！」
　燃え盛る炎を伴ってジョルディの腕が発射されると同時に、アンクもまた足刀で敵の身体を仰け反らせる。
　だが、これはあくまで繋ぎの技。真の本命は輝く白炎に包まれし、右手の一撃に他ならず。
「決めます……！　外式、双牙砕鎚(デュアルファング)！！」
　白き炎の拳がローカストの胸元に炸裂すると同時に、飛来したジョルディの拳もまた、同じく胸部の甲殻を打ち砕く。衝撃で吹き飛ばされたローカストの身体は、直撃した木々を圧し折りながら飛翔して。
「Break！」
　山肌に転がっていた巨大な岩へと激突したところで、ジョルディの叫びと共に敵の身体が更なる炎に覆われた。
「ギ……チチチ……」
　牙と翅を擦り合わせながら、最後のローカストが燃えて行く。完全に炎が去った後に目をやれば、そこに残されていたのは単なる黒い消し炭のような物体だけだった。

●行方
　戦いが終わると、既に辺りは随分と暗くなっていた。
　山の日が落ちるのは早いというのは本当だ。周囲に人の生み出す明かりがない以上、太陽が沈めば瞬く間に暗闇に包まれてしまう。
「ボスはどこに隠れているのかな～？」
　改めて周囲の痕跡を探るミセリアだったが、しかし場があまりにも荒れすぎていた。ヒールにより地形も少しばかり変わってしまい、これでは足跡を辿るのも難しい。
　否、仮に現場がそのままだったとしても、やはり敵の潜伏先を探るのは困難を極めただろう。辺りが暗いというのもあるが、何よりも敵は空が飛べたのだ。鬱蒼とした森の中、梢から梢に飛び回られていたのでは、辿れる痕跡など残るはずもない。
「やれやれ……。この馬鹿馬鹿しい捨て駒作戦は。まだ終わりが見えぬのかね……」
　辟易した様子で、溜息交じりに呟く六号。他の者達もまた、それぞれに思うところがあったのだろうか。
「アポロンが居なくなれば、彼らにも救いはあるのでしょうか……。一刻も早く、終わらせないといけませんね……」
「ええ。そうですね。種族に殉じたはずの末路が、流儀も、誇りも、理性も……渇望に押し流されて、なんていうのは……あまりにも、報われないでしょうし」
　ローカスト達の亡骸に簡易な埋葬を施して、アンクとシャルトリューは、改めて心に誓った。
　太陽神アポロン。敵の首魁を倒すことこそが、今までの戦いで散っていたローカスト達への、何よりの手向けになるであろうと。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年10月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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