巡る秋路を走る者

作者:譲葉慧

 ざあ、と森を駆け抜けた風が、黄色に染まった木の葉を飛ばす。風が止むのを待っていたかのように、雨粒がぱらぱらと降り始めた。
 秋にさしかかり、紅葉の始まったばかりの森は、赤や黄と、緑がせめぎ合っている。とは言え、それも少しの間のこと。すぐに森は赤と黄に染め上げられるのだろう。
 森の中に巡る散策道は、雨と、水気を含んだ底冷えのためか、行き来する人の姿はない。
 森の中から異形が現れ、人待ち顔で佇んでいても、その待ち人以外に知られることはないのだった。
 異形は竜のような翼を持つ少女の姿をしており、翼の先では炎を思わせる羽が揺らめいている、だが、何よりも印象強いのは、全身に咲き誇っている桐の花だ。
 そして、一向に収まる気配のない雨の中、ついに待ち人が現れた。
 街の方角から現れたのは、トレーニングウェアを着た少女だった。まるで異形の少女に惹かれるように、ふらふらと夢うつつの様子だ。
 現れた待ち人を異形の少女は満足げに見、身体の桐の枝を伸ばした。紫色の花と初秋に似合わず瑞々しい緑色の葉が、トレーニングウェアの少女を絡めとってゆく。
「うん、良く似合ってる。でも、もっとグラビティ・チェインがあったら……」
 今や完全に桐の花葉に囚われた少女は、ゆらり、と身を起こし、走り出す。
「……今よりも、ずっと早く走れるようになるよ」
 異形の少女は、走り去る同朋の背に言葉を投げかけた。
  
 ケルベロスの戦いに休みはない。今日もヘリポートはヘリオンの離発着が途切れることなく続いている状態だ。
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)のヘリオンも、直ちに離陸できる体制を取っている。
 準備万端整えた状態で、ザイフリート王子はケルベロス達を前に、少し急いだ様子で、自らが予知した事件について語っていた。
「人に寄生した攻性植物が現れたのだ。お前達の中で討伐に手を貸してくれる者はいないか?」
 最近、人を完全に取り込んだ攻性植物が出没し始めている。説得も救出もできない、という今までにないタイプの攻性植物だ。
「例のやつらか? 出会っちまったら倒すしか手立てがねえっていう……」
 バルタザール・パラベラム(戦備えの銃弾・en0212)の確認に、ザイフリート王子は、そうだ、と応えた。
「場所は、某市内の森だ。広い森だが、住宅地に囲まれるような形になっている。攻性植物は森の中の散策路から住宅地を目指し現れる」
 ザイフリート王子は端末を取り出すと、この森の検索結果をケルベロス達に見せた。
 口コミによると森の中をぐるりと巡る散策路は、ランニング場所として人気らしい。この路の愛好者も多いようだ。彼らによると、走る方向のマナーは、反時計回りなのだとか。
 続いてザイフリート王子は、森の管理者である市のサイトを開いて見せた。森の地図が載っている。それによると、散策路は森の中を円を描くように一巡しており、市街への出入り口は森の南側にある管理事務所そばのゲートのみのようだ。
「攻性植物は、最終的にゲートを通るはずなのだが……ゲート前の東西どちらの方角から現れるかわからないのだ」
 ならば、ゲート前で待てばいいのでは? ケルベロス達のそんな視線が、悩まし気な口調のザイフリート王子に注がれる。
「不安定だった現地の天気が回復してきてな……ランナーが森に入っている可能性があるのだ」
 ランナーが攻性植物と出会えば、無事では済むまい。攻性植物に最初に接触するのは、ケルベロスでなければ、人的被害が出るだろう。 
「攻性植物は、お前達が到着した直後は森の奥、北側にいると思われる。接触についてはお前達に任せるが、出来れば被害は最小限に止めてもらいたいところだ」
 そう言い、ザイフリート王子は端末を閉じてケルベロス達に向き直った。
「攻性植物は、囚われた地球人の少女の身体全体から桐の枝葉や花が生えており、外見でデウスエクスだと判るだろう。『彼女』は1体だけだが、軽快な身のこなしで、狙い定めた一撃を放ち、攻撃を紙一重で巧みに回避する」
 なかなかの戦巧者であるらしい。1体だけとはいえ、無策で楽勝できる相手ではなさそうだ。
「さらに『彼女』は、お前達の動きを阻害する攻撃を行う。攻撃の手が逸れ、桐の枝を避けようとした足が縺れるといった具合だ」
「……もどかしいぜ。長い戦いになるな」
 嘆息したバルタザールの言葉を、ザイフリート王子は、それはならぬと即座に否定した。
「長期戦になると、業を煮やした『彼女』はお前達を振り切り、街のグラビティ・チェインを目指し、戦線を離脱しようとする。それを防ぐには、短期で決着しなければならないのだ」
 先程よりも深く、バルタザールは嘆息した。
 それを尻目に、ザイフリート王子はもう暇が無いと、ヘリオンのドアを開き、ケルベロス達を急かす。
「厄介な攻性植物だが、お前達ならば倒すことができるはずだ。私の見立てに間違いはない」
 そう言い切ってから、ザイフリート王子は背を向け、ヘリオンの操縦席へと向かう。
「……囚われた少女は地元の高校生で、陸上部で活躍するランナーだったのだ。彼女は二度と自分の意思で走れない。彼女の攻性植物化には何者かが関わっているが、その正体は不明だ。このままにしてはおけぬ。お前達次第なのだ、力を貸してくれ」
 ザイフリート王子の背中からは黒幕への瞋恚の炎が立ち上っていた。


参加者
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
オーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)
七種・徹也(玉鋼・e09487)
天坂・新九郎(医殺一如・e11888)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
エルディス・ブレインス(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427)
祠堂・小夜子(追憶の鬼百合姫・e29399)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)

■リプレイ


 森に長らく降り続いていた小雨は、ヘリオンが上空へと辿り着く頃には止んでいた。ケルベロス達が降り立った地面はもう乾き始めている。曇天の空は今にも泣きだしそうに見えるが、吹いている風からは湿気た雨の匂いは消えていた。
 時刻は昼過ぎだというのに、森は空の灰色に上塗りされているかのように、薄ら暗い。このくすんだ繁茂の中から攻性植物が現れる。ヘリオライダーはそう予知していた。
 付近の少女を捉え一体となった攻性植物は、グラビティ・チェインを求めて森の散策路を伝って外の市街へと至ろうとする。攻性植物が森の中にいる間に息の根を断て。それが今回の任務だった。
 急ぎケルベロス達が散策路入口へと向かう道すがらに、管理事務所の建物があった。オーネスト・ドゥドゥ(アーリーグレイブ・e02377)は、勢いよく扉を開け中に入る。
「俺らケルベロスなんだけどよ、ちっと危ないのが森にいてな。退治すっから中に人入れないでくれよな」
 中の職員は、オーネストの名乗りを聞いた時点で、森で起こっている事態をほぼ理解したようだった。数分前に森へ入った数名のランナーを救出してほしいと依頼してきた。
「森に届く放送施設はないのかな?」
 小柳・玲央(剣扇・e26293)は職員に訊いてみたが、残念ながら森の中にそういった施設はないという答えが返って来る。救出の為には急ぎ出発してランナーを追いかける他なさそうだった。
 万が一の為に救急体制を整えるよう職員に依頼して、取るものもとりあえず、外へ出たケルベロス達の目の前に、散策路全図を記した立て看板があった。
 森の中を大体円を描くように散策路は巡っている。入口は森の南側一か所のみだ。鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)は図全体を見渡し事前の説明と比較したが、新たな情報はなさそうだった。
 今頃攻性植物は、散策路最奥の北側で移動を開始しているはずだ。その進行方向は、予知の力が及ばず不明だ。ケルベロス達が知りえた限りの情報では、時計回り、反時計回り、どちらの経路を通るかの確証は得られていなかった。
 森の中のランナー達救出を念頭に置くならば、東西に分散して攻性植物に迫る方が良いだろう。それも可能な限り早くだ。
 散策路入口で、天坂・新九郎(医殺一如・e11888)は疾走に備え足の腱を伸ばした。
「新手の攻性植物だか知らんが、『速さ』なら負けねーぞ……」
 今までほぼ口を開かなかった彼の敢えての一言は、己の力に対する矜持そのものなのだろう。半々に分かれたケルベロス達は、彼の言葉を裏打ちするように、一流の走者を軽く凌駕する速さで、散策路に消えた。


 散策路入口から西側方向、時計回りに5人のケルベロスが走っている。ネット上の口コミでは、反時計回りに走るローカルルールがあるため、ランナーは、前方からやってくる可能性が高いはずだ。数分走ったが、人にはまだ出会っていない。
 玲央が逆方向へ向かった仲間達の様子をアイズフォンで尋ねようとしたその時、向う側の連絡役の祠堂・小夜子(追憶の鬼百合姫・e29399)から人を発見したと連絡が入った。小夜子によれば、向うも大体こちらと同等の速さで進んでいるらしい。
「攻性植物動いてっからな。同じ速さならどっちかが先に出くわすな」
 やり取りを聞いたオーネストの言葉に、新九郎は更に速度を上げた。季節外れの桐花を、斬獲し、徒花としてくれん……その一の刀は、私だ。先陣を切る彼の背は、そう語っているかのごとくだ。
 その後方を走りながら、ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)は散策路右手に広がる森を見ていた。森は鬱蒼と茂り、先を見通すことができない。だが、草木の中に道を造りだす術を自分が使えば、簡単に通り抜けることはできるはず。上手くすれば、攻性植物を早く見つけられるかも……?
「街中だってのに、えらい茂った森だな……攻性植物に目を付けられたのはそこら辺からかね」
 同じく森を見ていたバルタザール・パラベラム(戦備えの銃弾・en0212)が呟いた。その何の気なしの言葉で、ジジの思いは攻性植物へと向かう。
 今、攻性植物は一本だけの散策路を移動しているはずだ。だが、その進行方向は今の時点でも分からないままだ。攻性植物の居場所が特定でき、かつ、そこから移動しないならば森の中を抜けて移動距離と時間を確実に縮められるが、今の状況では賭けになってしまいそうだ。
(「やっぱり止めとこ。うちらが頑張って走って、先に攻性植物見つければいいやんね。新九郎はんに続けー!」)
 ペースを上げてゆく仲間達に取り残されそうになり、バルタザールは慌ててその速度に食いついた。

 東側方向、反時計回り側では、ケルベロス達が、ランナー達を次々と追い抜いていた。
「北にデウスエクスがいる。急いで南へ逃げてくれ!」
 警告を発し走りながら、七種・徹也(玉鋼・e09487)は行く手と左側の森の様子を交互に見比べている。万が一森内に人が居ればと思ってのことだが、どうやらこの森に居るのはランニング目当てで散策路を走る人だけのようだ。
 尋常ではない勢いで走り抜けて警告を発するケルベロスに戸惑い立ち尽くす人もいたが、追従してきた柚月が改めて事情を言い含め、安心させてから南へと誘導している。
「あちらではまだ人に出会ってないみたいだね」
 西側の玲央とアイズフォンでやり取りをしていた小夜子が仲間達に西側の状況を伝えた。
「管理事務所で聞いた話じゃ、森に人が入ってそんなに時間経ってないようだったしな。で、行儀よく反時計回りで走ってたってんで、皆こっちに居るんだろ」
 そう応え、雅貴は畳んで見やすくした地図を見た。自分達の速度からして、そろそろコースの四分の一、北を十二時として三時方向を越えたはずだ。人型をしている攻性植物が、その移動速度も人並みならば、何時接敵しても不思議ではない頃合いに差し掛かっているはずだった。
 季節外れの桐とは言え、森の中の木には違いない。見落としのないよう緩やかに左へカーブする道の先を注視する雅貴の視界に走り来る影が飛び込んでくる。それは、一瞬対抗してきたランナーかと思う程、人に近い影だった。しかし、身体中を桐枝と桐花が絡めとっているその姿は、紛れも無くデウスエクスが一種、攻性植物のそれだ……!


 徹也と彼の相棒、ライドキャリバーのたたら吹きが同時に仕掛け、桐の少女の進路を阻んだ。速度を落とさず、徹也達にぎりぎりまで接近した桐の少女の背からざっ、と桐枝が伸びて大きくしなり、足下を狙って払いをかけた。衝撃が、徹也の両脚に走り、思わず彼はよろめいた。
 桐の少女の初撃にいち早く反応し、守護星座を戦場に描いたのは、エルディス・ブレインス(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e27427)だ。雪の結晶の様にあえかな光の翼が、少々早い初雪の使者めいて白々と輝いている。
 足下から陽炎の様に湧き出した燐光に照らされ、徹也の身体から衝撃がもたらした脚の痺れが解けて和らいだ。
「さぁ、皆さん。皆さんを襲う力は尽く癒して見せます。何も気にせずただ全力でいってください」
 エルディスは仲間に向けて激励を飛ばした。為すべきことは全くもって彼の言う通りであった。回復支援者である彼がいるおかげで。仲間達は躊躇いなく戦えるというものだ。
「交戦開始! ……西側到着まで、あと、1分か2分くらい、みたいだよ」
 小夜子は西側の玲央とのやり取りを仲間達へ伝えると、リボルバー銃を構えた。プレートに刻まれた鬼百合の紋章が、空と同じ鈍色に光った。響いた銃声が、木霊のように重なり合い遠のいてゆく。不発かと思われたその時、桐の少女の背を真後ろからの弾が貫いた。
 桐の少女の傷跡からは、樹液らしい透明な液体が流れている。取り込まれた少女の面影をこれだけ残しながら、それは完全に攻性植物と化した証であった。
 出立から今まで、雅貴の胸中にわだかまっていた苦さ、そして忌々しさは、桐の少女を前に、いや増すばかりだ。これから花開くはずだった囚われた少女の人生は失われ、厄災の一株となった。
(「御免な」)
 せめて、直ぐに終わらせてやる。赤い血すら流すことも出来なくなった『彼女』へ詫び、雅貴は人の身体を避け、桐枝目がけて滑るように刃を向けた。真冬の月光の鋭さで翻った刃が、枝をまとめて斬り飛ばした。しかし、手応えはひどく軽い。桐の少女はわずかに身をそらし、致命傷を避けたのだ。残った枝が一斉にざわめき、桐葉が返礼の刃となって雅貴を切り刻む。
 聞いていたとおりの難敵であった。しかも戦闘が長引けば森からの離脱を強行するという。手数が欲しい――桐葉を凌いだ雅貴が見遣った前方から、残る5人の仲間達が、人間離れした速度で迫るのが見えた。
 5人は勢いはそのままに、一挙に戦場へ雪崩れ込んできた。オウガメタルの銀色の輝きが、桐の少女に肉薄する仲間達を照らす。光に含まれる粒子は、人の感覚を研ぎ澄まし、必殺の一撃を放つ集中力を与える力を持っている。
「お待たせっ!」
 オウガメタルの主、ジジが朗らかな笑顔を向ける側で、到着した仲間達が桐の少女を囲むように位置取りした。玲央は後方で支援中のエルディスに、悪戯っぽい笑みを向けた。
「エル、無事でよかった。でも、まさかもうへたってたりする?」
「そちらこそ。走り過ぎで息切れしているんじゃないですか?」
 合流までの戦いで、重い傷を負った仲間は居ないようだ。エルディスの返しに、玲央はまさか、と笑い、足捌きも軽くくるりとターンした。スイングしたドラゴニックハンマーは、砲撃仕様に形を変えている。両手に持ち替え、照準を定めると砲撃を放つ。竜の力を秘めた砲弾がめり込んだ桐の少女は、その軽やかな動きを少し鈍らせた。
 そこを、新九郎がたたみかける。すり足から一転し、一足で距離を詰め、居合の構えから抜刀し、納刀した。傍目には、ただそう見えた。しかし新九郎が再び間合いを取った後を追うように、遅れて桐の少女の右下から左上に向かって伸びた傷から、大量の樹液が噴出す。刀の切っ先は確かに迅り、彼女を斬りあげていたのだ。
 逆方向から、桐の少女に鉄塊剣が振り下ろされる。巨大な剣自体の存在感もさることながら、その丸見えの軌跡は、先程の一撃と何もかもが対照的だ。しかし、体幹を庇う桐の少女の枝ごと、鉄塊剣は自身の重さと筋力で、圧し切った。少女の視線が、この強引極まりない攻めを仕掛けたオーネストに向けられる。
 軽やかな動きを身上とする桐の少女の動きは、戦端が開かれてから大分鈍って来ている。身体の自由を奪う攻撃を集中させたケルベロスの戦術が功を奏しているのだ。だが、この戦いのもう一つの性質、逃走を阻むための短期決戦に対するそれは、どうか。
 徹也の上段蹴りが桐の少女を強かに打ちのめした。エアシューズの激しい機動による摩擦熱で炎上していた彼の足から炎が燃え移る。淡紫の桐花が至近から彼の心を捉えようと妖しく蠢いた。彼は燃え盛る劫火と化した左腕で紫花の幻影を払いのけ、花は敢え無く地獄の炎に灼かれ、散った。と同時に、桐の少女に纏わりつく現世の炎が火勢を増す。
 ジジの構えたバスターライフルが、桐の少女を終端でまるごと包み込むほど太い光線を放つ。その眩い光は一瞬で消えたが、彼女の身体には光の残滓のごとくに光る氷が張り付いていた。加えられる仲間の追撃に晒されると、薄く冷たい刃となって彼女を苛む、縛めの氷だ。
 バルタザールは後方から、竜語魔法や時空凍結の力で炎と氷の勢いを更に強めている。それらは、戦場の誰かが動くたびに桐の少女の負傷を拡げてゆく。これが彼女の身のこなしに対処し、複数人を巻き込む攻撃を分散させながら、仲間を庇う護り手を複数配して被害を抑えるという複数の要素を成立させたケルベロスが実質的に手数を増やす手段だった。
 桐の少女は、枝の大払いも、撃ち出す葉の打撃も、花の色の幻惑にもケルベロスが屈し得ないことを悟ったようだった。その動きの変化を見切ったのは雅貴だ。攻撃を放ちながら、桐の少女の動きは南へ向かっている。戦場がじりじりと南下し始めているのだ。
「まずい、逃げを打ってるぞ!」
 雅貴は南側へ回り込み、最大の威力を持つ自身の技、身体の要所を狙う斬撃で桐の少女を捉える。だが、まだまだだ。合流までに半数で戦わざるを得なかったこと、攻め手の数が多くないことがここに来て響いているのか。
 警告に真っ先に反応したのは玲央だ。雅貴と逆の死角から桐の少女の南側の間合いに滑るように入り、真正面から回転するドリルと化した腕を突き込んだ。あっさりと深部に達したドリルが、木端を散らす。それら一連は熟練の職人の手業に似る。穿たれた穴はそのまま、少女の深部、すなわち攻性植物の精髄に通じている。最大火力をもって、ここに地獄の鎖を叩き込むのだ。
「地獄に送ってやるわ、ただし、お前だけな」
 オーネストは攻性植物の魂の在り処を求め、そして見つけ貪った。彼の身体の中で生命の力を得たそれは、地獄の鎖となって桐の少女の深奥へと還流した。初めて触れる概念『死』の気配に、攻性植物の魂が狂乱しているのを、彼は確かに感じた。だが、まだだ。辛うじて攻性植物はその生にしがみついている。更に南へと動こうとする姿は侵略のためでなく、逃走のためと見えた。
「逃がさんよ……」
 散策路の真ん中に居合の構えで立つ新九郎。しかし桐の少女との間合いは大きく開いている。彼に構わず桐の少女は南進した。新九郎の間合いを見切れなかったのだ。そして突如目前に迫り、樹液の巡りばかりを狙い切り刻むものの正体も。最後の最後で解ったのは、魂に地獄の鎖を叩き込まれ、自分は滅びるのだというたった一つの事実であった。
「お許しを」
 とうに間合いを離れた新九郎は、編み笠を少し下げ、死せる攻性植物に背を向けた。


 雅貴は横たわる少女から、丁寧に桐の枝葉を切り離し、可能な限り人の姿へと整えていた。ケルベロスの戦いを経てなお、安らかに眠るような少女の表情は、彼女に付き添う雅貴と小夜子の胸の奥に苦い余韻を残した。痛みは生者の持つものだ。それをすでに失った彼女が人へと戻る術はない。唯一ケルベロスに討伐されることだけが終わらせる方法だった。
 分かっていた。そんなことは初めから分かっていたことなのだ。だが、だからと言って諾々と諦めの中に逃げることも二人にはできなかった。
 小夜子は白百合の花束を少女に手向ける。百合は自分に心をくれた人の縁の花だった。死をもって救う事しかできなかった、あの人の髪に咲いていた花。
「【次】こそは、未来を切り開く手伝いができればいいのだけれど」
「……必ず、根源突き止めねーとな」
 新たな犠牲者が出る前に止める。二人は誓い、帰還への路についた。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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