花嫁の爪痕

作者:こーや

 オレンジ色の木漏れ日の中、ふらふらとスーツ姿の若い男が獣道を歩く。
 やがて男が辿り着いたのは山中の廃墟。何十年も前に打ち捨てられたようで、至る所が崩れ落ちている。。
 そこに咲く一輪の花。夕日に彩られ赤みがかって見えるが、実際は白い花。
 どさり、男の手から鞄が滑り落ちた。
 男はそれには構わず、吸い込まれるように花に近づいていく。
「いらっしゃい」
 どこからか若い娘の声が聞こえたが、やはり男は気にしない。
 むしろ後押しされたように花に触れる。
 途端、花から蔓や茎が伸び、男に巻き付いた。男の黒いスーツは見る間に緑で覆われ、背中には一輪の白い花。
 男はしっかりした足取りで山を下りていく。向かうのは近くの小さな町。
 その背を見送る影が一つ。白いドレスに白い花の若い娘。
 うっすらと笑みを浮かべ、娘は小さく手を振った。

「奈良県高取町に攻性植物が現れます」
 語り始めた河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)の表情は苦い。
「グラビティ・チェインを手に入れる為に高取町を襲撃するつもりです」
「町に入る前に攻性植物をぶっとばせばいいの?」
 朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)の言葉に山河はこくりと頷きを返しながらも、ただ、と付け加えた。
「この攻性植物は、何者かの配下やと思います」
 高取町と隣接する明日香村にも攻性植物が現れたばかり。その時の攻性植物に白い花があったのだが、同じと思われる花が今回の攻性植物にもあるのだという。
 偶然の一致で片付けるには距離が近すぎる。そこが気にかかるのだと山河は言う。
「今回の攻性植物も、中に人が囚われています。説得してどうこう出来るもんでもなくて……救出は、出来ません」
 苦い想いごと息を吐きだした山河。
 数日前に行方不明になった『天野・駆』という二十代半ばの男性がいる。今回の被害者と特徴が一致していることから、山河は駆が被害者と判断したようだ。
「一連の事件の元凶については、後日調査してみてください」
 その為にも、まずは今回の攻性植物を倒さなくてはならない。
「蔓を触手状にしての締め付け、大地に融合して一度に何人かまとめて飲み込んでまう埋葬形態への変形。集めた光を利用した破壊光線の3つが、この攻性植物の攻撃手段となります」
 山河が指定した場所は、普段は子供たちが遊び場にしている広場。遊具やベンチといったものは何も無い。子供たちが気兼ねなくボール遊びできるくらいに、何もない場所だ。
 攻性植物はこの広場を通って住宅地へ向かう為、ここで待ち構えて撃退すればいい。
「避難や立ち入り禁止なんかのことはこちらで連絡しておきます。一般人を気にかける必要はないと思うてください」
 そして、と山河は言い添える。
「被害者が何かを喋ったとしても……それは攻性植物の言葉であって、被害者の言葉やありません」
「分かった」
 ぱしり、皐月は己の左手に右の拳を打ち付けた。
「ぶっ飛ばそう。助けられないのは嫌だけど……黒幕の尻尾を掴む為にも、ぶっ飛ばそう」


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
西城・静馬(極微界の統率者・e31364)
ルル・アルマク(ひなたの詩・e33236)

■リプレイ

●白
 星と月が煌いている。暗い夜空を照らすには充分だが、地上に届く光はごく僅か。
 このままでは戦闘に支障をきたすと判断した虹・藍(蒼穹の刃・e14133)が持参したハンズフリーライトを灯す。照明を用意してきた4人もそれに倣う。
「つらいですね」
 ライトで照らされた地面を見つめながら八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)はぽつり、零す。
 同じ地域に攻性植物が再度出現するなんて、一体どういう考えがあってのことなのだろうか。何よりも――。
「今回も被害者を救出できない、ですか」
 こはるの言葉に、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)の尻尾がちろと揺れた。括りつけられた白い花の意匠のランプと共に。
 敵に先手を取られて犠牲者が出るのは苦しい。しかし、逆を言えば『助けられない』事が事前にわかっているのだ。
「それだけでもヘリオライダーに感謝しましょう。わからなければ、きっと助かる筈と信じて無駄な努力を繰り返していたでしょうから」
「そう……ですね。うん、そうです」
 こはるの緑の瞳に強い光が宿る。
 アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)は夜の山に視線を向ける。覆い茂った木々が、夜風を受けて木の葉を揺らしている。
「ねぇ、リトヴァ」
 寄り添うビハインド『リトヴァ』の名を紡ぎながらも、アリッサは目を動かさない。
「あの白い花はこの闇の何処かに、紛れているのかしらね」
 応じる言葉の代わりに、リトヴァはそっとアリッサの腕に触れた。
 そんな時、物音が聞こえた。がさり、がさりと茂みをかき分けるような音だ。近づいてきている。
 西城・静馬(極微界の統率者・e31364)は音の主が姿を現すのを待った。
 先日、静馬は攻性植物と戦った。今回はあの時の者とは別口のようだが、だからこそ解せない。他にも似たような事件が発生している。なぜ同時に……。
 そこまで考えて静馬は頭を振った。きゅっと手袋を引き下ろし、音へと意識を向ける。
 ルル・アルマク(ひなたの詩・e33236)の足元にいたフェネックが、ルルの体を駆けあがって手にたどり着くと杖へと姿を変える。
 そしてついに、その姿が見えた。黒いスーツを緑に包まれた男だ。
 ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)が真っ先に口を開いた。
「届け、絢爛たる花の導き」
 魔力を込めた歌声が暗い広場に朗々と響き渡る。ピンクブロンドの柔らかな髪が歌声に合わせて揺れ踊る。
 音色の中、漣・紗耶(心優しき眠り姫・e09737)は雪のように白いお守りをきゅっと握りしめた。
「せめて……せめて痛みをないように倒します!」

●しろ
 一閃。流星の煌きと重力を宿した藍の蹴りが蔓を裂く。後ろに続く仲間の気配を感じ、すかさず敵の横へと跳ぶ。
 すると視界の片隅に白い花が見えた。藍の眉間に皺が刻まれる。
「人を操って、必要なものを集めて来てもらおうなんて厚かましい花ね。美しさとは程遠いわ」
「人間は車を使うだろ、それと同じようなもんさ。それかペットって言えばいいか? ま、大差ないだろ」
 攻性植物はせせら笑う。被害者たる天野・駆の体を使って。
 ギリ、と藍は歯噛みする。実に悪趣味だ。しかも、人の姿が見えている。ケルベロス達の罪悪感を煽ってくるようで、非常にタチが悪い。
 そこに赤煙の竜砲弾。男の体に纏わりついた蔓がざわりと蠢く。緑ですっぽりと覆われた腕が竜砲弾をはじいた。
「事件が発生した位置と時間の間隔からして、あなたの『親』の居場所はほぼ特定しましたぞ」
「へぇ、どうでもいいや。俺がアンタらをここでぶっ殺せばいい話だし」
 男は気だるげでありながら実に嫌らしく笑う。
 その笑みは静馬の黒い液体に食らいつかれても変わらない。
「態々こんな山奥に呼び寄せるとは、余程その宿主がお好みだったのでしょうか?」
「じゃ、こんな山奥に俺を迎えに来たアンタらはよっぽど俺のことがお好みだったてワケ?」
 揶揄する男の背中で白い花が大きく膨らみ、紗耶へと破壊光線を放った。
 すぐさまアリッサの黄金の果実から聖なる光が後衛の仲間に降り注ぐ。
 ベルカントの瞳に憐憫の色が浮かんだ。駆は、救出が叶わないというだけでなくこんな風に動かされているのだ。急ごうと、強く思う。
「駆さんがどうか安らかに眠れるように、少しでも早く解放してあげましょう」
「はい、全力でぶちのめしていきます!」
 攻性植物の力になることを懸念し、こはるは光を直接当てないようにしていたが杞憂だったようだ。それが分かった以上、すべての意識を攻撃へと傾ける。低い姿勢のまま一気に詰め寄り、神速の突きを見舞う。
「力の神よ……みんなに力の加護を!」
 悲痛な紗耶の声が『手力男命』を呼び、自らを含む後衛に加護を与える。
 落ちた葉を巻き上げるように男は身を翻し、ケルベロス達の間を駆けまわる。
 ルルはその姿を目で追いながら杖を振るう。雷壁を最前に立つ仲間の前に構築。
 救いたかった命がそこにある。けれど、救えない。それが悔しくて、杖を握る手に力が入る。どんな思惑があるのかは知らないが、許せるわけがない。
「駆、君を助けてやれないのはとても悲しいよ」
「そりゃあお気の毒に」
「せめて、少しでも早く終わらせてやるな」
「おー、どいつもこいつも怖い怖い」
 男は朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)の一撃をひらりと躱す。そこに村雨・柚月の武器から発した強烈な圧力が叩き込まれた。
 衝撃から立て直すよりも先に藍が男の懐に飛び込む。突き立てたエクスカリバールで胸元の植物を引きはがす。
「てめぇっ!」
「それで終わりではありませんよ」
 すかさず放たれたベルカントの竜砲弾が男の胸を打つ。さらに続こうとした静馬の一蹴を、させじと緑を纏わせた足で払いのけた。
 弾かれた静馬は手を着き、勢いを殺す。ようやく勢いを殺し切った瞬間、地面が黒く染まった。
「間、に、合、えぇぇぇ!!」
 咆える皐月が静馬を突き飛ばした。同時に、リトヴァがルルを逃がす。
 4人が地面に飲み込まれ、すぐに吐き出された。後衛をシヴィル・カジャスのヒールドローンが癒す。ロベリア・アゲラータムも同じように小型治療無人機を飛ばす。
「ありがとうございます!」
 こはるは敵を見据えたまま、駆けつけてくれた仲間に感謝を告げた。2人の唇が柔らかな弧を描く。
 一方、心配そうに振り返るリトヴァにアリッサは微笑んでみせた。ハンマーを変形させ、砲弾を放つ。
「頼りにしているわ、わたしの『いとし子』」
 その言葉に応えるべく、リトヴァは落ちていた野球ボールに念を込め、男へ飛ばした。
 硬球が肩に当たり、男は舌打ちする。
「ぼこすかぼこすか、好き放題やってくれるじゃねぇか」
「貴方にそれを言う権利はありませんよ」
 ベルカントがそう言うと、藍が同調した。
「そっちの悪趣味に比べたら可愛いものでしょ」

●代
「お願いします」
 紗耶はばっと腕を振るい、ドローンに指示を飛ばす。硬質な角は仲間のライトを浴びて鈍く光り、青みを帯びた銀の髪がさらり、揺れた。
 傷が癒えていくのを感じながら、赤煙は突進した。もぎとる勢いで男の足を取り、自らの体ごと回転して相手を投げ飛ばす。
 男が飛ばされた先にはこはるの姿。太陽の力を宿した拳が待ち構えていた。
 攻性植物に寄生された家族や友人との思い出がこはくの脳裏を過る。戸惑いは一瞬。振り払うべく、拳を前へと突き出す。
「内側から……爆ぜろ!」
 宿した力に相応しいほどの強烈な一撃に男がのけぞった。その隙にルルは最前に立つ仲間の元へ薬剤の雨を落とし、不浄を取り除く。
 皐月の指先が蔓の気脈を断つ。すぐに男と距離を取った皐月の眼前を鮮やかな青が走り抜けた。
 一対の青い翼をはためかせながら地面を滑っていた藍の足元が高く跳びあがり、激しい蹴りを見舞う。
 衝撃で体をくの字に曲げた男の目が離れていく藍を追う。
「だーかーらー! 鬱陶しいんだよ!!」
「だからも何も、聞いてやる義理はない。せめて彼の黄泉路を彩る徒花と散れ」
 両腕から散布された発光するナノマシンが大剣を模り、静馬の手の中に納まると力強く一閃した。光はすぐに形をなくすものの、最期に無数の斬撃となって男を襲う。
 葉が散る中、赤煙の竜砲弾が夜を走る。
 ベルカントの体を流体金属が覆った瞬間、がくんと男の足から力が抜けた。
「なっ!?」
「ベルカントさん、今です!」
 赤煙の言葉を合図に、一息で距離を詰めたベルカントは拳を振るう。
「残念です。本当に、心の底からそう思います」
 拳が男の体を撃った際に白い花が見えた。ベルカントは美しいものが好きだ。勿論、花も含まれている。けれどこの綺麗な花を咲かせているのは攻性植物で、しかも命を奪うものだ。少し残念ではあるが、それ以上に残念なのは――。
「医者でありながら、本当の意味で救うことが出来ないのですから」
 その言葉にルルは顔を歪める。好奇心と夢を抱いた少年も、やはり悔しくて、悲しい。この感情を振り切ることは出来ない。
 ならば覚えていようと、ルルは思う。
 触手へと姿を変えた蔓がこはるへと伸びる。そこに赤煙が割って入った。
「残念、そこでストップです」
 苛立ちながらも跳び退ろうとした男を彼方・悠乃のエネルギーの矢が貫いた。
 紗耶の固定砲台がガコンと音を立てる。
 男は先ほどから足を止めがちになっている。ケルベロス達が何度も何度も重ねてきた結果だ。これなら充分に狙える。
 被害者は救えない。けれど、被害を抑えることならできる。傷む心に活を入れ、紗耶は声を上げた。
「キャノン用意……てぇー!」
 一斉発射した主砲が狙い違わず男に着弾。
 ボロボロの緑を赤が伝い、地面を濡らす。悪態づいているがもはや声は聞こえない。掠れた息がひゅるひゅると聞こえるだけだ。嫌味な笑みは苦痛で歪んでいる。
 仲間のライトによって濃い影を落とす藍の指先が、男へ向けられた。
「貴方の心臓に、楔を」

 緑は駆の体から一斉に枯れ落ち、崩れた。
 駆が地面に倒れ伏す直前、小柄なこはるがなんとか支えきる。ぬるりと、血の感触が手から伝わる。
 体は傷だらけ。こはるはゆっくりと地面に横たえてやりながら、仲間に頼んだ。
「傷を、治してあげてもらえませんか?」
「勿論」
「お任せください」
「僕も手伝う」
 ベルカントが歌い、紗耶は御業を投げ、ルルは緊急手術を執り行う。
 杖から姿を変えたフェネックが慰めるようにルルの足元にすり寄った。
 その間にもこはるは激しい動きで乱れた衣服を整えてやる。服はあちこちが血にまみれているが、幸か不幸か黒いスーツのおかげで目立たない。
「指先と背中に、何か異変はありませんか?」
 静馬の問いにこはるは静かに頭を横に振った。何か情報を得ることが出来ればと思ったが、現場から得るものは何もないようだ。
 つい、と静馬は攻性植物が下りてきた方を見遣る。静かに、どこか不気味に草木がさやさやと音を立てている。
 同じように藍もそちらへ目を向けながら、憶測を巡らせる。
 奈良と言えば古都。古墳や歴史的建造物も数知れず。まさか、古の墓から蘇った花だとでもいうのだろうか。考えども答えは出ない。
 空を見上げ、アリッサはリトヴァに語り掛けるように呟いた。
「まるで呪いの様ね」
 じわり、じわりと広がる被害。少しでも食い止めるために、まだ出来ることはある。
 リトヴァはアリッサの手を取りこくりと頷いてみせた。
「ええ、そうね。同じ犠牲を出さないために、出来ることをしましょう」
 こはるを手伝って駆の衣服を整えてやっていた赤煙が立ち上がると、尾に括りつけられたランプが駆の顔を照らした。
 嫌悪を抱くような表情はもう無い。静かに眠っている。
 救えないと分かっているだけいいという言葉は赤煙の本心だ。けれど、やはり助けられないのは辛い。それでも、いや、だからこそ。ケルベロスの本分を果たしたいと強く思う。
「黒幕は、必ず見つけ出します」
 赤煙の言葉を背に受けながら、こはるはそっと駆の胸元に花束を手向けてやった。
 救えないとは実にやるせない。苦い思いを紛らわせる為にも、ベルカントは煙草が吸いたかった。勿論、今は吸わない。夜風に身を委ね、微笑でその想いを隠す。
 そよそよと吹いていた風が花束から花弁を一片、空へと攫っていった。
「あっ……花が……」
 紗耶は髪を抑えながら花びらを追うように夜空を見上げる。星と月が静かに輝いていた。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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