乱れて咲くや多慾のダリア

作者:白石小梅

●宵の明星
 場所は伊豆半島。日が沈み、空の蕩ける妖しい時間。
 秋の祭りを行う海辺の社。何人もの観光客に、取材に来たテレビ局。
 その賑やかな祭りを、遠く海岸から眺める、一対の瞳。その頭に、ダリアの如き巨花を宿した、黒い翼のオラトリオ。
「さあ……いらっしゃい」
 巨花の女の声に惹かれ、誘い出されたのは一人の女。
 白のブラウスに蒼いスカートを合わせ、後ろに柔らかく纏めた髪が愛らしい。
 女はすすり泣き、力尽きて砂浜に膝を折った。
「私のものに、したいの……」
 紡ぐ言葉には、まるで意志がない。
「そうね。お金も、恋人も、仕事も、名誉も、全て己が占めたいのね」
「全部……奪ってしまいたい……」
「他者のものも、己がすでに持っているものも、奪いたくて溜まらないのよね」
 巨花の女はすすり泣く女を、そっと抱き留めた。
「あなたの秘めた邪念……私は、その全てを受け入れてあげる。だから、あなたも受け入れなさい……」
 夕日の海岸に、妖しい口付けが交差する。
 そっと唇で女の涙を拭うと、巨花の女は囁いた。
「犬どもの気配がする……執拗に周囲を嗅ぎ回る番犬どもの。あなたはくれぐれも、気をつけて動きなさい」
 耳の上に暗い紅のダリアを咲かせて、女は涙を流しながらくすくすと笑い出す。
 二つの影は、闇に融けるように海岸から姿を消した。

 ……それは、デウスエクス・ユグドラシル。
 今、この世界の片隅で、果てのない多慾が、乱れ咲く。
 

「またです。あなたの危惧通り」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)はマルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)の前に、資料を置いた。
「伊豆半島で行われるお祭りの現場に、攻性植物が襲撃に来るのを察知いたしました。迎撃をお願いいたします。すでに一人取り込まれていますが、救う術はありません」
 早口でまくしたて、小夜は続ける。
「被害者と目されるのは数日前、同じく祭りの取材に赴き神隠しにあった27歳の女性アナウンサーです。同様の事件が、これで三件目」
 マルティナが、顎に指を這わせて。
「将来有望で才気ある女性が、同じ地域で続けざまに三人……伊豆半島令嬢神隠し事件、といったところか」
 自嘲的な笑みを浮かべ、小夜がため息を落とす。
「最近、似たような救出不能の攻性植物事件が日本中で発生しています。相応の知性ある何者かが複数、暗躍していると考えられます」
「この事件の場合、黒幕は伊豆半島内、か……」
 
●ダリア・黒蝶
 だが、今は思案の時ではない。小夜は資料を指す。
「敵を、黒蝶と呼称します。苗床の頭部に咲いた、ダリア……品種名・黒蝶に似た花が、敵の本体です」
 黒蝶は蔓触手形態を用いる以外に、苗床の躯を用いた独特の能力を使う。
「苗床と目される篠宮・玲子という女性の知識・人格をトレースしているようです。人の物を奪いたいという際限ない欲望を肯定して他者を操り、支配的な言動で呪縛を掛けてきます」
 トレースした言動の裏には、被害者の抑圧されていた感情があるらしい。が。
「どうやら何者かに、一般人襲撃を優先するよう言い含められているようです。性格的にも、その行動に合致する苗床を選んだのでしょう。ですが黒蝶は感情制御が不安定。上手く語りかければ、釘付けに出来ます」
 戦闘場所は祭りの会場に至るまでの鎮守の森の中。そこで闘えば周囲に人がいない状況で闘うことが出来る。
「例によって事前避難は不可能。襲撃場所のずれを招くだけです。心して掛かってください」
 
「他者の知性を強奪した結果、それが弱点になるとは……皮肉だな。被害者が遺してくれた、反撃の糸口ということか」
 マルティナが呟く。
「事後は警戒活動を行い、必ず黒幕の尻尾を掴みましょう。これを、最後の事件にするのです」
 いずれ、逆襲することを誓い合い、小夜は出撃準備を願った。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
灰木・殯(釁りの花・e00496)
八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
高辻・玲(狂咲・e13363)
ディーネ・ヘルツォーク(蒼獅子・e24601)
レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)
ノア・リグレット(機械仕掛けの恋のうた・e32160)

■リプレイ

●花盛りの宵
 海沿いに立つ社に灯る、暖かな祭りの灯。遠く響く、お囃子の音。温もりのある活気。
 薄暗くも厳かな鎮守の森で、八人の番犬がそれを見詰めている。
 マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)が、長く息を吐いた。
「事件の中心はこの伊豆半島にある……どうにか尻尾を掴まねば」
 彼女が目をやるのは、無言で薄闇を見詰める八剱・爽(ヱレクトロニカオルゴォル・e01165)。
(「黒幕の容姿は……黒翼の女。裏打ちはないが、今は彼の直感に縋るしかない……」)
 心当たりはあるが、根拠はない。爽はそれ以上を語らないが、踏み込んで尋ねることは、憚られた。役に立つ情報があるなら話しているはずだ。
 灰木・殯(釁りの花・e00496)が、その肩にそっと手を置いた。
「殯……」
「既に三件目。後手ばかりでは気も焦れる所ですが……大分状況は狭まって来ました。病理の発見には私も全力を尽くします。力を合わせましょう」
 同じ事件を追う殯の気遣いに、爽も微笑んで頷き返す。
 因縁は結ばれ、そして寄り集まる。すでに長い関わりとなった者も多い。
 ディーネ・ヘルツォーク(蒼獅子・e24601)とレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)も、またその内の一人。
「またライト持ってきたんだ」
「おう。前回はありがとうな。今回の奴も……呼び寄せられはするか。その後は足止めしないといけないが」
 そう言ってレイは、相棒のバイク、ファントムの背を叩く。
「ええ。心を弄び命を喰らうユグドラシル……必ず止めないとね」
 誰かがいるとわかれば、敵は寄ってくる傾向がある。今回はその後、逃げようとするとのことだが、凶行を止める意志に相違はない。
 そしてそれは、この度初めてこの事件に関わる者たちも、同じこと。
 光の翼を用いて死の気配を探すのは、レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)。
 だが、死の気配は感じ取れない。
 ノア・リグレット(機械仕掛けの恋のうた・e32160)が、声を掛けた。
「反応、なし……もういない者は死の気配を発することはなく、これから来る攻性植物は死に瀕してなどいない……そういうこと、かな?」
 レギンヒルドは、力なく頷く。力を使うほどに突きつけられる事実に。
「……助けられない、か。嫌になるわね、こういう無力感。必ず仇、取るからね」
 高辻・玲(狂咲・e13363)は、その隣で茨城県での記憶に想いを馳せていた。彼は、似た傾向を持つ別件に関わった経験を持っている。
(「先日受けた赤薔薇の件といい……厄介な花が咲き乱れ出したものだ。次こそは……根源から絶ちたいものだね」)
 列島に咲き乱れる花々。その向こう、花吹雪に霞むいくつもの影。
 それは……。
 そこで、思案が途切れる。
 番犬たちの耳に届くのは、弱々しくすすり泣く声。
「あなたたちじゃない……欲しいものは」
 目つきを鋭くしたディーネが、二又槍を引き抜いてその前に立ちはだかる。その声音を、激しいものへと変えつつ。
「そう? こっちは、欲しそうなもん揃い踏みで待ってたとこなんだがな。それにこの先は人外立入禁止だ」
 それぞれ、引き抜いた武器を手に番犬たちが扇状に展開していく。女はすすり泣きながら自嘲的な笑いを漏らし、その身に纏うダリアの茎を蜘蛛のように伸ばした。
『邪魔をしないで。消えて、しまえ……!』

●黒紅のダリア
 前衛に迫る呪いの圧力も、経験者たちにはすでに慣れたもの。マルティナとノアが、さっと受けの姿勢に入る。
「妬み、嫉妬の感情か……それでもレプリカントの私には、眩しく映る感情だがな」
 そう言ったノアの手指から肘へ、膝へと伝う痺れる圧力。押し潰さんとする支配的な圧からクラッシャーを庇い、二人掛かりで押し退けて。
 蜘蛛のような動きですり抜けようとする女の行く手に、ノアのミサイルが降り注ぐ。止めた足にブラックスライムが、すぐさま喰らい付いて。
「これ以上、犠牲を出さないために……逃しはしない!」
 マルティナに連携し、ダリアの花に飛び込むのはディーネ。
「だよな……待ちかねた客には喰らい付くのが普通だろ。見ろよ? 滅多に見れない戦乙女謹製の装束だぜ? 欲しいか?」
 異文明の武装をひけらかしつつ、二又槍が煌めいて。思わず防いだダリアの茎も、その一突きにへし折れる。
「ハッ! ただでやるかよ! 掛かって来い……!」
 己の問いに自ら決着して、戦乙女は身を翻す。
 前衛の痺れを癒しの電磁波で解きほぐし、問い掛けるのはもう一人の戦乙女。
「……そうね。私の使っている武器は私だけの物だけど、欲しい? あげないけど」
 レギンヒルドの手には雷光輝く杖。背に負うのは、綺羅星を散りばめた戟。
 物欲への最も単純な挑発。飛び込んでくる爽と玲と打ち合いつつ、花の女は涙を拭って睨みつける。
「お呼びじゃないわ。私は仲間を増やさないといけないの」
 その言葉に、交差した爽と玲がさっと目配せを交わし合う。
「その割には苛立ってるな。そもそもお前は何が欲しいんだ? 俺の持ち物、欲しいか? ダチからのプレゼントだから、お前なんかにゃ触らせねえけどな」
 爽の蹴りが蜘蛛脚の足元を掬い、
「例えば……僕にとってはこの刀こそが全て。生を、心血を注ぐ、譲れないもの。未だこの手と刃で護れるものが在るならば、僕は振るえる力を全て捧げよう」
 玲の切っ先は、鏡のように互いを映し合った後、翻る。
「だが……元の彼女には、最早手は届かない。忌わしき花には、これ以上何も渡さない」
 煌めいた斬撃に花を飛ばされつつも、女は自らの腕をかき抱いた。
「満たされた顔して、自慢しないでよ……! 私……行かなきゃ」
 その瞳が泳ぐ。己の義務と欲望の間で葛藤するかのように。
 ミミックのラウドを噛り付かせつつ、ノアは素直に首を捻る。
「私はArkという名前で音楽活動をしている。局アナなら、見ればわかるだろう。華やかなステージを、妬ましいとか思ったりしたんじゃないか? それが欲望だろう? 義務の遂行を望んでいるようには、まるで見えないが」
『うるさい……黙りなさい!』
 己の欲望と行動の乖離。それを指摘されることを恐れるように、ダリアの女は泣き声で呪いを放つと、身を翻す。
「いくら水を飲んでも……乾いて乾いてしょうがないみたい! 欲しいものを……手に、入れないと……!」
 尤も、その先には、すでに殯が身構えていた。
「貴女が何処に行こうと我々は阻止に現れる。その貪婪、満たしたくば、我らの牙を折ることです」
 伸びた蔓が殯の腕に喰らい付き、その身を引き倒す。しかし、花の女が脇を通り過ぎた時、茎脚の一本が突如として凍り付いた。
「っ……!」
 それは殯の離別の華。起き上がった彼の手には、真紅の糸菊に似た花が一輪。
「……然すれば番犬殺しの名声。我らが命。寄生支配の同胞すら手に入る。さあ……本当に欲しいものを、奪い取ってみなさい」
 女は聞きたくないとばかりに、頭を振って俯いた。だがダリアの茎脚だけは、目的を果たさんと森の奥へ伸びようとして……。
 ファントムの車輪が花を轢き、踏まれた蛇のように鎌首をもたげたダリアを、正確な射撃が散らしていく。レイのクイックドロウ。
「なあ、アンタ……その躰のお嬢さんはよ。今は欲望を肯定してるけど、強い支配欲や所有欲に悩んでたんだろ……? それは、アンタが元々そういう人間ではなく、欲望を肯定しても幸せになれない事を解ってたからじゃないのか?」
 女の悲鳴が、あがった。攻撃を受けたわけでも、放ったわけでもなく。心の均衡が破れたことによる悲鳴が。
 花はそのまま、しゃがみ込むようにすすり泣いた。
「幸せって……何なの? ねえ、この躰は……私は……何を得たら満たされるの?」
 敵にさえ向けられる、悲痛な問い掛け。
 それは、課せられた任務と奪った欲望に引き裂かれる哀れな花と、尽きぬ渇きを約束されて彷徨い続ける亡者の叫び。
 痛々しい姿を無理矢理睨みつけ、マルティナが叫ぶ。
「多慾、強欲……人の罪。だが奪うのでは、いずれは全てを失う。仲間、友達……大切にする心が、あった筈だ……! それを忘れるとは……多慾が聞いて飽きれるぞ!」
「たい、せつ……?」
 涙に濡れた瞳が、考えるようにぐるりと巡る。焦点が戻ってきたとき、その唇は力の抜けた笑みを作った。
「大切なものって幸せ? そうね。あなたたちにはたくさんの大切も幸せもありそう。じゃあ『あなたたち』を手に入れたら、私、満たされるかしら!」
 しゃくりあげながらけらけら響く狂笑の中、縋りつくように蔓が伸びてくる。
 挑発は成り、花の心は打ち砕かれた。
 全ては望みの通り。
 込みあげる、吐き気のような気持ち以外は。

●狂おしく散る
 闘いは、狂気の香りにあてられながらも、続いている。
「なぁ……アンタは何がそんなに欲しかったんだ……? 十分持ってるだろう? 地位も若さも。それ以上欲張ったって」
 戦闘において己の凶暴さを解き放つディーネでさえ、ため息を落として切っ先を迷わせる。
「壊れるだけよ……自分が」
 火炎を宿した槍が、ふらつきながら寄ってきた女を弾く。
『あなたが欲しい……ふふっ、あなたも欲しがってよ。私みたいに』
 誘いは呪いとなって、割れるような頭痛が走る。しかし、それをすぐさま解き返すのは、レギンヒルドの癒しの雷撃。
「生憎だけど、もう誰かに支配されたり所有物にされたりするのこりごりなのよ……あの方を恨んでるわけじゃないけどね。だから私は、絶対に貴女に支配されたりしないわ」
「欲しいものがあるまま、どう生きればいいの? 私、もう……」
 蔓を伸ばしてきた腕ごと、殯の炎閃が切り裂いた。
「その誘惑に乱されるほど弱くはいられないのです。私たちが欲しいのなら、一筋縄ではいきませんよ、黒紅のダリアさん。醒める必要のなかった想いを、眠らせましょう」
 腕を落としても、血は一滴も流れない。蠢く蔓が、その内側にひしめくだけ。女は、大して気にした様子もなく、泣いて笑ってくるくると回る。「人としての心を持つ以上、玲という字のように透き通って在り続けるのは難しい……僕も常々痛感しているよ。心曇れば刃も曇る。故に――」
 刃を抜くのは、玲。その躰を弄び、遺る心に弄ばれる黒紅のダリアを見据えて。
「花を手折るのは趣味では無いけど、暗い欲望の花が咲き乱れる事など、彼女も……いや、誰も望んでいないようだ。尽きぬ欲ごと、散ると良い」
「死を、くれるの?」
 迷いを断った一閃。女の躰は上体と下半身に分かれて転がった。だが、すすり泣きは止まらない。
「死が……欲しいよぅ……」
 蔓草を伸ばして分かれた躰を繋ぎ始めるのを見て、ノアが眉を顰める。
「哀れな……人としても、攻性植物としても、生きていることの意味を見失うなんて」
 ふらつきながら起き上がった女を、スパイラルアームが吹き飛ばす。繋ぎ直した箇所の接続が千切れ、女はじたばたするばかりになった。
 這いずるように縋りついてきた蔓を、マルティナが斬り払う。
「貴女をその邪念に駆り立てたのは、黒翼のダリアの女だな? どこへ仲間を集めろと言われたか、答えろ」
 死に掛けの蟲を想わせる姿を努めて見ないよう、問う。だが女は、乾いた笑い声を立てるばかり。
「死にたい……死にたい……私を殺して……そして一緒に、死ね!』
「……!」
 一瞬の油断。支配的な呪いが紡がれ、前衛に襲い掛かる。その瞬間。
「そうだな。本当に幸せな奴は、涙なんか流さねえ。本当は……お前さえ止めて欲しいと思ってるとは」
 空中から輝いた銃弾が、女の背を撃ち抜いた。呪言が、詰まる。
「その欲望。望み通りに、止めてやる……撃ち抜け。ブリューナク……ッ!」
 レイの最後の一発が、女の側頭を弾いた。血は、出ない。穴の開いた頭蓋の中は、弱々しく蠢く小さな花と蔓ばかり。それも最後の生命力を絶たれ、力なく垂れていく。
 だが、走り寄ってその躰をかき起こした男が、一人。
 八剱・爽だった。
「死ぬ前に答えろ……! 秘めた邪念を肯定し、受け入れ、仲間を届けろと命じた女は黒い四翼のオラトリオだな?」
 死に霞んでいく女の瞳は、最後の瞬間、僅かな正気を取り戻したように焦点を結ぶ。
「ずいぶん、必死、ね……」
「否定以外は全て肯定と見做すぞ……! 言え!」
 縋るような問い掛けに、女は震える唇を動かす。
 その瞳に、歪んだ悦びを灯して。
 今わの際に、彼女は手に入れたのだった。
 何よりも相手が欲しがるものを、己が恣にしている悦び。
 心奪う、残忍な満足を。
「教、えて、あげない……」
 唇を、笑みの形に吊り上げて、震える吐息が止まる。
 花が、散った。

●黒翼の女
 遠い祭りの音が、戻ってくる。樹々の影は、いつしか闇に代わっていた。こちらを覗き込むような、闇に。
 座り込んだ爽の前に、マルティナが立っている。
「私は……確信したぞ。黒蝶は、確かに知っていた。犯人は、黒翼の女で間違いない」
「俺もそう思う。でも、言質は取れてない……」
 マルティナが仕込んでいた録音機を力ない目で眺めて、爽は息を吐く。
 ノアが、察したように後を続ける。
「根拠は、狂った女が死ぬ間際に示した歪んだ満足だけ……か」
 振り返れば、今は物言わぬ屍となった女の躰を、三人の番犬が囲んでいる。
 ヒールを終えて、どうにか見られるようになった肢体に、レギンヒルドがそっと布をかけた。
「他人の物を羨むなんて、普通のことよ。そこまで思い悩む必要、なかったのに……貴女を支配した奴は誰? 貴女を所有物にした奴は誰? あなた以上に自分を支配できなかった、哀れな花を嗾けたのは……誰なの?」
 祈りのような問い掛け。女の躰は物言わず、応えたのは、殯。
「欲の儘生きることが、幸いとは限らない。黒蝶は知る由もなかったのでしょう……茨城でも、このような状況でしたか?」
 そう問われるのは、玲。被害者の遺体に、目を閉じて。
「あの時は、薔薇だった。遺体一つ、残らずに……。今回は、帰るべきところへ、送ってあげられるね」
 それだけが慰めであるかのように、三人は重い気持ちで頷き合う。
 暗闇に轟くバイクのエンジン音が、遠ざかっていくのを聞きながら。
 仲間と分かれ、暗闇を相棒と共に走るのは、レイ。隠された森の小路で木々を分け、ダリアの花が来た方向へと。
 目を凝らさねば何も見えぬ薄暗闇を飛翔しながら、ディーネは突っ走っていく男の背中を見詰めている。
(「敵の目的は何? 人の欲を糧に……それとも欲を媒介に、種を増やそうとしているのかしら……?」)
 レイがブレーキを掛け、火花が散った。
 波の音が、行き止まりを告げていた。
「これ以上先は、海岸……か」
 怒りを帯びた瞳が、闇を睨む。
 火照った体を、潮風が冷たく撫でた。

 やがて冬が来る。
 花の季節の終わりは、すぐそこまで迫っている……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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