飢餓ローカストたちの暴走

作者:林雪

●狂神
『朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!』
 空虚な声の主はローカストの支配者、太陽神アポロンのものだった。静かなはずの山の空気を震わすその声は、彼の王の周囲に侍るローカストの重鎮達の胸にも重くのしかかる。どう窮状を訴えて黙示録騎蝗の中断をと進言しても、太陽神アポロンは聞く耳を持たなかった。
 既に限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していくものも出始めている。
 このままでは、ローカストという種族すら滅びかねないだろう。
 だが、それでも、太陽神アポロンの権威は、ローカスト達を縛りつけ続ける。
『朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ』
 その言葉を信じて、ローカストたちはここまでついてきた。だが今や、この狂王の言葉は呪縛でしかない。
 この呪いを終わらせるには、何かのきっかけで太陽神アポロンが黙示録騎蝗の中断を命じるか、或いは死ぬか、或いはグラビティ・チェインの枯渇によってアポロン自身が理性を失うか。
『……』
 集団の中から、足音を忍ばせて離脱していく影は、ひとつやふたつではない。
 重鎮たちは押し黙る。残された道は少なく、先はまるで見えてこなかった……。

●生物ゆえの襲撃
『グラ、ビ、ディ……!』
 岡山県北部の、とある山村。既に寝静まった限界集落と呼ばれるそこに、テントウムシ型ローカストたちは突如現れた。黒い翅に目立つ赤い丸をつけたテントウムシたちは、なんと体当たりで民家の戸を破壊。
『ゴァアアアッッ!』
 闇雲に扉を破壊し侵入路を得ると、和風建築の廊下をゴソゴソと移動し、布団の中でグッスリ眠っている住民夫婦を発見した。弾かれたように肉の匂いに吸い寄せられるローカストたち。 
『オゴ、オゴォッ……』
「ギャアアッ!」
 1体が老人の腹部を食い破ると、そこから流れ出した鮮血を啜るべく、残る3体が押し合いした。グラビティチェインを、というより、もはや摂取出来れば何でもいいらしく、人を食っていた。ズルッと内臓を引きずり出されてもなお死にきれず絶叫する老人の横で、老婆が恐怖に逃げることも忘れて震えあがっていた。
『オガァアアッ!』
 時折、ローカスト同士ですら吠え、罵りあい、噛みつきあう。続きすぎた飢えは彼らから完全に理性を奪っていたのである。

●山間の村を守れ
「阿修羅クワガタさんたちとの勝負は、ケルベロス側の勝利で終わったね、おめでとう」
 ヘリオライダー、安齋・光弦の言葉に鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は少しだけ複雑な思いで笑みを浮かべた。彼が倒した気のいい仲間のひとり、チャンピョン・デクは確かに気のいい奴で、もし違う形で出会えれば違う関係が気付けたのではないか、と思わずにはいられないのだ。
「広島でのイェフーダーに続いて阿修羅クワガタさん、有力ローカストたちとの戦いを俺たちが制したことでローカストの残党勢力は相当弱まったはずだ。ただ、予想通りの事件が起きたみたいだ」
 郁のもたらした情報は戦況としては明るい。が、光あるところには影がある。続けて光弦が口を開く。
「グラビティ・チェインの枯渇がローカストたちをますます追い詰めた。飢餓によって理性を失ったローカストたちが、どうやら山村に住む罪もない人間たちを襲ってしまうようなんだ」
 光弦の予知によれば、襲われるのは住人のほとんどが高齢者である岡山県北部の山村であるという。
「出現するのはテントウムシ型ローカストが4体。特別強い個体じゃないしずんぐりして無害な感じに見えるけど、理性のない獣と化してるから何をしでかすかわからない。十分注意して」
 手負いの獣の怖さ、というやつである。戦場の空気を思い出して郁の表情も引き締まる。
「このローカストを撃破してもらいたい。やり方としてはおおまかにふたつ。襲撃される予定の村でローカストを待ち構えるか、村に向かってくるローカストをこちらから向かっていって発見して仕掛けるか、だ」
 背後のホワイトボードに光弦が簡単に山と村、その間をつなぐ道を描いた。
「村で待ち構えて戦う場合は、ローカストたちの動きに注意して欲しい。飢餓状態にある彼らは恐らく村に入ればまず食事を優先するだろう。君たちとの戦いを後回しにしてね」
 もうひとつは、村にローカストたちが入る前に戦いを仕掛ける方法。
「彼らは山の方から一直線に村へ向かってくるから、発見するのは比較的簡単だ。彼らの間に意志の疎通とか絆みたいなものはもはやないけど、本能で必ず4体で群れになって行動するみたいなんだ。でも万が一発見に失敗してしまった場合はすれ違いになって、村に甚大な被害が出てしまう」
 どちらにもリスクがある、ということだ。
「作戦は君たちに任せるけど、敵が分散しない以上は君たちも部隊を分ける戦い方はしない方が無難だと思う」 
 光弦がそう付け足すと、郁が頷いた。
「もはや作戦でなく、脱走者による事件だな。ローカスト側は相当追い詰められてるみたいだが……とにかく村人を守るのが最優先だ」


参加者
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)
白鵺・社(愛結・e12251)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
花宵・一夜(アフターダーク・e32995)

■リプレイ

●飢えるということ
 山の闇は、真の闇だった。木々の生い茂るのはわかるがその奥にはぽっかりとした闇だけがある。
 闇とは、何もないこと。希望も絶望も過去も未来も、何もない。もしかしたらローカストたちが今置かれた状況は、まさにそういう闇の中なのかも知れなかった。
 ヘリオンの中から見つめたその闇の中に、今まさにケルベロスたちは向かおうとしている。
「じゃあ予定通り、地上と空中からだな」
 鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)が仲間を見回してそう告げる。
「敵発見時はすぐに連絡取り合って合流、可能な限り全員で戦う、いいな」
 郁と同じく地上班のラティクス・クレスト(槍牙・e02204)が各々の光源と連絡手段を確認して念を押せば、皆それぞれに頷いた。
 ケルベロスたちは村を背にして山道へ向かい、村の外で敵を迎撃する作戦を立てた。一本道であるから迷ったり敵を見失うことはあまりないとの事前情報だったが、念には念をと地上と上空、双方からの索敵を行なうことにしたのである。
「これは、連絡とりそこなったときの保険な」
 と、郁がアリアドネの糸を火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)の手首に結ぶ。ひなみくとアクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)のふたりは上空からの索敵を担当し、先に敵を発見出来れば地上班に合図を送る手筈になっているのだ。
「うん、なるべく早く見つけられるように頑張るよ」
 糸をつけた手を持ち上げてひなみくが笑う。恋人として想い合うふたりが同じ戦場に立てば、どうしても相手を案じる気持ちが強くなる。その不安を払拭するのにもこの糸は一役買っていると言えた。
「食い殺されるだなんて堪ったもんじゃねぇからな。なんとしてでも食い止めるぞ」
 アクレッサスがそう言うと、ジェミ・ニア(星喰・e23256)は浅く頷き、低く声を出した。
「……村の人達が心配です。守らなくては」
 ジェミに限ったことではないが、ローカストたちの暴走に関してケルベロスは皆それぞれ、思うところがある。ジェミは特にまだその辺の複雑さを自分の中で整理出来ておらず、意識してローカストに言及するのを避けていた。花宵・一夜(アフターダーク・e32995)もそこは十分に共感するようで、静かにジェミの様子を見つめていた。
「あっそーだアークさん!」
 突如、白鵺・社(愛結・e12251)が声のトーンを意識してひとつ高くしたらしい声をあげた。
「終わったらさ、御飯奢って下さい!」
 突然の社の言葉に、思わずアクレッサスがぽかんと口を開ける。
「今からメシの話かよ!」
「いーじゃん! 戦ったらお腹すくから絶対!」
 ちょうどそこへ念入りに村を回り、村人の安全確認を再三して日月・降夜(アキレス俊足・e18747)が戻ってきた。社の強引な空気の変え方に、思わず降夜は笑い声をあげる。
「ふっ……はは、なかなか面白い連中だな。それじゃそろそろ夜の山の昆虫採集といこうか。さて、見つかれば良いが」
 穏やかな様子の降夜だが、やはりローカストとは一方ならぬ複雑な因縁がある。己に絡みつき、気を抜けば足元をすくわれそうになる因縁が。
「郁くん、みんな、気をつけてね」
「そっちこそな」
 ひなみくの言葉に答えたのはラティクス。このふたりは何かと対抗心を燃やしあう関係なのである。そっちが気をつけて、いやそっちだ、と何度か遣り合ってから出発になった。
「気をつけて……」
 ひなみくとアクレッサスが飛翔するのを見送り、一呼吸遅れてジェミが夜空に向かって呟くように言った。そう、ここは戦場だ。気をつけ過ぎても過ぎるということはない。守るべきものを守るためにはまず、自分が油断してはいけないのだ。
「……よし! 行きましょう」
 自身に喝を入れ、ジェミは闇に向かって走り出す。降夜もその後について地を蹴り、ラティクスが続く。
「どう出るか……油断は出来ないがしっかり叩き潰してやるぜ」
 そのラティクスの呟き無言で頷いた一夜も、並んで駆け出した。
 郁は夜空に伸びていくアリアドネの糸をしばらく見つめていたが、グッと拳を力強く握り締めると皆を追っていく。
 最後尾に社が続こうとした時、ふと気配を感じて振り向くと、そこに村人の姿があった。
「ごめんね、起こしちゃった?」
 寝惚けているのか目の前の出来事が信じられないのか、呆然としている少女に社がゆっくり近付き、その手に携帯の番号を書いたメモを握らせた。
「もし、怖い連中が来たら……俺が華麗に助けに来るから、すぐ連絡してね」
 それだけ言い残し社も仲間の後を追う。絶対にこの村を襲わせるわけにはいかない。

●理性
 テントウムシ型ローカストの群れを見つけるのは、難しくなかった。道なき道を、生い茂る木々すら見えないかのようになぎ倒して進んだらしい4体の足跡が、上空からはよく見えた。
「……もう羽を動かす力も残ってないのかも、知れないな」
 アクレッサスがそう呟いた。
「そのまま真っ直ぐ進んで、正面にいるよ! 私達もすぐ降りるから」
 地上の郁にそう連絡し、ひなみくは旋風のように降下を始める。
「あっ、おいひなみく……!」
 進行ルートを確認していたアクレッサスも、慌てて後に続いて降りる。
「あなた達が悪くないのは判ってるけど……せめて物言わぬ戦士として死ね!」
 風の中でひなみくが呟く。
 一方、連絡を受けた地上班は駆ける足を速めた。
『ギュロロォ……!』
「いたぞ!」
 不気味な声の響く方向をラティクスが懐中電灯で照らし、そのまま駆け寄った。
「……!」
 衝撃的なローカストの姿に、一瞬ケルベロスたちは言葉を失う。食糧を求めすぎたのか口ばかりが裂けたように大きくなり、濁った色の唾液がこびりついていた。結局彼らに与えられていたのは、あてにもならない上からの命令のみ。結果帰る故郷を失って、空腹を越えた飢餓の果てに理性も知性も何もかもを失った。
「……そんなの」
 やりきれない思いにぐっと俯くジェミ。その隣にいた郁が声を大きくした。
「行くぞ、それでも守らなきゃいけないものが俺たちにはあるんだ。誰も傷つけさせない!」
 その言葉にジェミもグイと顔を上げ、戦う意志を固めて武器を構えた。
「村の人を守る! ここから先へは行かせません」
 郁とジェミの銃口が同時に先頭の1体に狙いを定め、出鼻を挫くべく仕掛けた。
『ギョオッ!』
 1体が吹き飛ばされると、他の個体も明らかに動揺した様子だった。隙だらけの彼らにラティクスが超加速突撃をかけると、残る3体もコロコロと倒れた。
「……どうも、陣形も何もあったもんじゃねえみたいだぜ」
 押し合いへし合い、テントウたちは互いに連携するでなし、我先にとケルベロスに殺到しようとする。敵なのか食糧なのか、その区別すらつかない生き地獄に落ちた餓鬼の様相である。ラティクスの好む、戦略で駆け引きをするような戦闘を望むべくもないことは一目瞭然だった。
「餓えはきついよね、……ほんと、死にたくなるくらいに」
 埋めても埋めても満たされない穴がぽっかりと自分に空く感覚。消えない闇が己に刻まれたような地獄を思いながら、社は愛刀朱凜を抜いた。闇の中に浮かぶ月のような白い軌跡に続き、ローカストの細った体が斬り裂かれる。
「それでも、君達に食事させたげる訳にはいかないんだ……弱肉強食ってヤツ。悪いね」
「おっと、そのまま大人しくしててもらおうか」
 ローカストたちの巨大な体を、降夜のグラビティが押し包む。身動ぎすると電気が走り、ギョロッと悲鳴を上げる敵を、憐憫と憎悪の入り混じった目で降夜は見据えた。
「……村には行かせんよ、絶対にな」
 静かな中に圧倒的な闘志を滲ませた声でそう言うと、降夜はじりっと距離を詰める。ローカストたちはそのまま大人しく……しているわけもなかった。己らの体を鞭打つ痛みにすら無頓着であると言わんばかりに向かってくる。
「……いくよ、タカラバコちゃん!」
 上空から舞い降りてきたひなみくがミミックを敵の頭上に落とし、翼を大きく広げて戦場を割った。身を翻して着地するや、ひなみくのケルベロスチェインが地上に守護の陣を描く。
「オラッ!! こっちに美味い餌があるぞ虫ども!!」
『ギョロ!』
「待たせたな、さあ、背中は俺が守る、お前さんたちのとっときの一撃を食らわせてやれ!」
 続いて降下したアクレッサスが力強くそう言うとともに、光の壁が仲間たちを包む。
 敵に囲まれたローカストは凶暴性を増し、ケルベロスのみならず、仲間同士にすら吠え声を上げて威嚇する。
「……俺が最近知りあったローカストは、仲間思いの優しいヤツだった。今のお前らの姿を見たらきっと悲しむと思うよ」
 郁が寂しげにそう呟いた、次の瞬間。
「うわ!?」
「!」
 4体は一気に殺到した。猛スピードで2体が郁に、もう2体はジェミに突っ込みふたりはテントウの下敷きにされる。
「こんなに素早く動けるのか!」
 アクレッサスが驚きに目を見張る。だがその動きも、残り少ない命を削って動いているのだと思えば胸が痛かった。
 一夜がすかさず構えを取り、呼び出した剣戟がローカストたちの背に突き刺さる。その隙にテントウの腹を思い切り蹴り飛ばし、郁とジェミが素早く立ち上がる。
「あずき、行って」
 一夜の指示に従いウイングキャットのあずきが羽ばたき、ひなみくとアクレッサスは治癒の詠唱を始める。
「今のあいつらに、血の匂いは酷だろ……」
 村の人達の為にも、そして飢えたローカスト達の為にも。決着を急いでやりたい思いは皆同じだった。

●決意と共に
 ローカストたちの戦闘は初撃からほぼ変わらなかった。下がることはせず、攻撃を集中させる。作戦というよりもはや本能だろう。鋭い棘を1体が伸ばせば、そこへ他の棘も集中した。
『ギョロァッ!』
「……!」
 社の鎖骨近くに、2体分の棘が突き刺さった。更にもう2本が飛び込んだジェミの腕を貫いた。血しぶきが上がり、狂喜に似た咆哮をテントウたちが上げる。
「……ッ!」
 一夜が壁になるように敵の前に立ちはだかり、爆煙で敵の視界をくらませた。先と同じくあずきが回復の補助に飛ぶと、己の血に濡れた手を社がゆっくりと持ち上げて笑う。
「ありがとね、猫ちゃん」
 煙の晴れた隙間から突っ込んできた敵に、郁が激しい蹴りを叩き込んだ。まだ血の流れる腕で、ジェミがバスターライフルを構えた。
「ジェミ、下がってろよ!」
「いいえ、あいつを落とします!」
 言うや放たれた冷凍光線が命中し、最も突出してきていた1体が砕け散った。
「よし、残るは3体、まとめていくぜ!」
 極力敵を囲い込むように動いていたラティクスが、再度突撃をかけた。1体は先に散ったものと同じく凶暴に暴れるのみだが、残り2体はどうやら身を丸めて守りを固くしているらしい。分析の結果をラティクスは仲間たちに伝える。
『ギョオォ!』
「さて、俺もじっとしてらんないよね……」
 表情にこそ出さないが、かなり傷の重い社はそれでも嬉々として戦場に立つ。両腕をだらりと下げた無防備な状態で、敵の懐まで飛び込んで足払いをする。そこに降夜がロッドを振るい、火の玉で敵をまとめて包み込んだ。まるで全部あわせて1体の敵ででもあるかのように、テントウたちはくっついて動くのだ。
 味方が存分に奮戦出来るように、すこしでも血の匂いを振り払おうとアクレッサスはひなみくと協力し治療に当たる。血まみれのまま前へ前へ出ようとする社に向けては、電気ショックを飛ばして更に戦意を向上させた。
「大人しくしてろったって聞くお前じゃないからな」
 呆れ半分に口端を持ち上げるアクレッサスに、社も笑みで応じた。
「さっすがアークさん、わかってる……」
 テントウの群れが次に標的としたのは一夜だった。巨大なテントウ3体に圧し掛かられた一夜の姿は、とても小さく見えた。
「可哀想とは思うけど……それで人を襲うというのなら、見逃すわけにはいかないの。恨んでくれて、構わないわ」
 だが、そこから聴こえた彼女の声は決してか細くなかった。戦う者としての決意、守りたいもののためにその手を血に染める覚悟の滲む声だった。一夜から敵を引きはがそうとしていた降夜とジェミは、確かにそれを聴いた。
 迷いを吹っ切ったケルベロスたちの猛攻が始まった。
「夜薙流奥義……風の刃で送ってあげるよ」
 先の血の味が忘れられないのだとばかり棘を伸ばしてきた凶暴な個体に、血を与える代わりに刃をくれてやる社。何が起きたのかもわからぬうちに塵になった1体の横で唸り声を上げるローカストを、ロッドで狙い定める降夜。
『ギョロロ!』
「……」
 憎くない、と言えば嘘になる。だが憐れに思う気持ちも本当だ。これ以上暴走ローカストに命を奪わせはしない。決意とともに放った降夜の一撃は、永遠の沈黙を与えたのだった。
 残りは1体。狂ったように声を上げ、自分を囲むケルベロスたちに闇雲に棘を伸ばすが、もはやその攻撃は精度を欠くこと甚だしい。
 早く楽にしてやりたかったが、暴れる敵に狙いを定めあぐねる郁の様子を察知したか、ラティクスが技を繰り出した。
「縛れ《魔眼》!」
 ラティクスの参式・睚眦が足元を絡めとる。更にひなみくが両手を広げ、全身から放出したオウガ粒子を降らせた。
「郁くん! これで終わりにしてやって」
 狙いは定まった。暴れる敵に拳を向けて、郁が頷いた。
「この一撃で決める…!!」
 最後の1体に叩き込まれる鉄槌。郁の腕を覆ったグラビティで重い楔を穿たれたテントウ型ローカストは、ようやく飢えという地獄から解放されたのだった。

●静かに終わる
 村の前まで戻り、脅威の及んでいないことを確かめて安堵したケルベロスたち。胸の内は複雑だがとにかく村は守れた。
 一夜はその身に受けたローカストたちの重さを思い出す。自分よりも大きい敵だったが、もはや体が空っぽであるような、恨めしいという気持ちすら残っていなかったのではないかという空虚を。
 重傷人も出すことなく済んだ安堵から、アクレッサスが表情を緩めて言った。
「……よし社、約束通りメシ行こう。良かったら皆で行かないか?」
「やった! アークさん太っ腹、好き!」
 一番大きな傷を負ったはずの社だが、けろりとした様子で小躍りした。
「ああ、いいな。中華とかいいな」
 とラティクスもそこに乗った。
「僕も行きます」
 とジェミが言う。戦うこと、戦って散った者の心を背負う、そういう決意にも見えた。
「お、なんかちょっと元気な顔になったな」
 と郁が笑うその傍らでひなみくも嬉しげだ。
「みんなで囲む食卓、か……」
 降夜の胸には確かにその思い出がある。今日守った村でもきっと、目覚めれば皆それぞれの家族と食事をするのだろう。食べて、生きて、明日を作る。闇の中に光明を見出したケルベロスたちは村を後にするのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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