神が与える飢餓の地獄

■リプレイ

●迫りくる敵
　岡山の山奥にある小さな村へと、ケルベロスたちはヘリオンから降り立った。
「村の人たちは家に隠れていてください」
「外には出てこないようにしてくださいませ」
　シェスティン・オーストレーム（小さなアスクレピオス・e02527）や天壌院・カノン（オントロギア・e00009）は村人たちにそう伝えながら待ち伏せの場所に向かう。
「村の人々を全力で守りましょう。 太陽神アポロンの好きにはさせません」
　髪に生えた桃色の胡蝶蘭を薄明の色で染め、カノンは静かに言った。
「……餓えたローカスト……アポロンは何を考えてこんなことをしているんでしょうね……」
　アインシュタイン・フォークロア（レプリカントの鎧装騎兵・e02954）が首をひねる。
　あるいは、何も考えていないだけなのかもしれない。
「わからんな。まずは、やるべきことをやるだけだ」
　エフイー・ゼノ（希望と絶望を司る機人・e08092）は敵が来るはずの方向にしっかりと目を向けていた。
「グラビティを放出して、俺たちを餌として認識させられたらいいんだがな」
　拳を軽く握るのは神楽・凪（歩み止めぬモノ・e03559）だ。
　アニメやマンガではありがちな演出だが、残念ながらケルベロスやデウスエクスにそんな能力はない。
　独自のグラビティで似たようなことができる者ならいるかもしれないが、少なくとも共通する能力としては、ない。
　同じことはフィーユ・アルプトラオム（悪夢の少女・e27101）も考えていたが、できないことは仕方がない。
　それよりも、彼女は村の人々を敵が来るのとは逆方向に逃がそうとしていた。
「ローカストが東側から来ますわ。皆さんは西側へ逃げなさい」
「家の中から出ないように言われたんですが……避難していいのでしょうか？」
　戻ろうとしていた４０がらみの男がフィーユに問いかける。
「村からは出ないで、西側にある家に移動すればいいのですわ。さあ、お急ぎになって」
　戸惑っている男に近づいて、旋堂・竜華（竜蛇の姫・e12108）は口の端を上げる。
　少女らしからぬ雰囲気を持つ彼女の言葉にうなづいて、男は移動し始める。
　いくらか手間取りながらも村人たちの避難は進んでいた。
　ほどなく翼を広げた赤毛のオラトリオが、村の上空に姿を見せる。
「……敵が……近づいてるわ！　気をつけて……！」
　空から敵の警戒をしていたフォルトゥナ・コリス（運命の輪・e07602）だ。
　白い翼をはばたかせて仲間たちの近くに降り立つ彼女から、ほとんど間をおかずに５体のローカストが猛然と村の中へと走りこんでくる。

●飢えた昆虫たちの群れ
　住民の避難は進んでいたが、まだ数人が家の外にいた。
「建物に戻ってください！　急いで！　オペを、開始します。速度強化結界、展開！」
　シェスティンが呼びかけながら、自身の周囲に医療結界を展開する。
「敵を囲んで。通しませんわよ！」
　竜華が仲間たちへと告げ、駆け込んでくるローカストのほうへ向かう。
「ああ、わかっている！」
　凪が応じた。
　包囲して逃がすまいという方針はケルベロスたち皆が考えていたことだった。
　けれど、今回の敵は５体もいた。
　数で優っているとはいえ、さすがに止めきれる人数ではない。
　もしかすると、包囲すると同時に、敵が来る方向を覚えておこうとしていた者が多かったためもあったかもしれない。
　３体のローカストがケルベロスたちの包囲に捕らえられ、残る２体が村へ向かった。
　侵入した地点の周囲にある家のほとんどはもう無人になっている。ただ、まだ避難を終えていない人がまだ外にいる。
　カノンは守りを固めるように動きを変えて、突破した敵を追っていた。
　視線の先ではカミキリムシの大鋏が一番後ろにいた女性の首を背後から狙っている。
　次の瞬間、飛び散った血はカノンのものだった。
　防具の胸元が切り裂かれ、細身の体に深い傷が刻まれる。
「ケルベロスにとっては大した傷ではありませんわ。早くお逃げなさい」
「す、すみません！」
　転がるように近くの家に飛び込む女性。
　カノンが受けた傷は浅くないが、ケルベロスにとって致命的ではないのは事実だ。
　もう１体突破したローカストは凪が体当たりで足を止めていた。
「よぉ、腹ペコ野郎ども。てめぇらに食わせるもんはねぇ。これも生存競争だ、悪く思うな」
　止めることはできたものの、やはり彼も大鋏の一撃を食らって傷を負っている。
　包囲した３体を止めつつも突破した２体へとケルベロスたちは攻撃する。
　轟音とともにフォルトゥナの持つ剣に暁のごとき光の刃が出現した。カノンを傷つけたデウスエクスを背後から接近するうちに刃が一回り大きくなる。
　突き刺した傷口から光が広がって、背部の甲殻を断ち切っていった。
　エフイーの手にしたハンマーから竜砲弾も敵を打った。
「ごきげんよう……。飢餓による苦しみは理解致しますが、これ以上通すわけには参りませんが……。最後の一時、私にお付き合い頂きます……！」
　八岐の鎖が竜華の手から飛び、仲間たちが狙ったローカストに絡みつく。
　完全に止めることはもちろんできないが、少なくとも動きは鈍った。
「リミット解除……。『紅き戦鬼形態』発動―ッ！！」
　アインシュタインのコアブラスター射出口が開いて、胎内に留まりきらないエネルギーを放出する。
　エネルギーは彼女の周囲を包み込み、あたかも嵐を身にまとっているかのようだ。
　守りを固めたあと、アインシュタインはミサイルの発射口を開いた。
　ケルベロスたちが攻撃している間、足止めをされている３体もじっとしているわけではない。拳や蹴りがエフイーや竜華へと叩き込まれている。
「チェインを……チェインをよこせ……」
　敵は５体すべて、ただ破壊してグラビティ・チェインを奪うことだけを考えてひたすらに前進しようとしているようだった。
「攻撃を止めるのは簡単ではありませんわね。せめてこれ以上村人には近づけたくないところですけれど」
　竜華が言った。
「では、私も縛ってさしあげますわ」
　フィーユは亡者のごとく飢餓を訴える敵の姿を見て、笑みを浮かべていた。
「お行儀の悪い子ですね……私が躾けてあげますわよっ♪」
　袖をまくると、彼女は自分自身の腕を薄紅色の鎌で切り裂いた。
　ケルベロスの中には敵に同情的な感情を覚える者もいるかもしれないが、少なくともフィーユは違う。
「さあ、もっともっと苦しんでいただきますわ！」
　傷口からあふれ出た血が真紅の鎖を形成する。少女の手から放たれた鮮血の鎖は、５体のローカストすべてを縛りあげる。
　倒れた敵を引き寄せて頭を踵で踏み抜き、フィーユは陶然とした表情を見せた。
　凪のケルベロスチェインもローカストの１体を縛っていた。
　とりあえず一般人の危機は去り、外にいるのはケルベロスとデウスエクスだけだった。
　シェスティンは仲間たちの様子を確かめる。
　鋏の攻撃を受けたカノンや凪の傷は治しにくそうだ。ただ、傷口は痛々しいが消耗はまだ危険域というわけではない。竜華やエフイーの体力もまだ残っている。
　もっとも、危険な状況ではないとしても彼女が選ぶのは支援の技だった。
「なるべくなら、私は傷つけるより癒すために、力を使いたいです」
　アスクレピオスの名を冠した、質素な杖を構える。
　医療結界の力も借り、白い蛇が絡みついた杖は雷の壁を戦場に作り上げて、シェスティンは攻撃に耐える力を仲間たちに付与する。
　戦いはまだ、始まったばかりだった。

●飢えた者たちが倒れゆく
　５体のローカストと８人のケルベロスの戦闘能力はおおむね互角というところ。
　ただ、能力が互角ならば、闇雲に攻撃する敵よりも連携して戦うケルベロスがじょじょに有利になっていく。
　戦場の中心は先ほど一般人が逃げ込んだ家の前まで移動していた。
「禁忌の果実を摘み取って、紅の夢に誘いましょう」
　カノンが紅の翼を羽搏かせて、炎の蝶を生み出した。蝶はローカストにまとわりつき、彼らをその炎でじわじわと焦がしていく。
　焦がされても敵が動きを止めることはもちろんないが、シェスティンが豪奢な王杖を手に、ドローンを操って仲間を守らせている。
「誰も殺させたりはしませんから」
　それでも、彼女１人では回復の手は足りなくなってきている。
　威嚇音を発する敵と竜華の間にカノンが立ち、かばう。
　アインシュタインは身にまとったエネルギーのドレス越しに届いた音を聞いても表情を変えなかった。
　傷はもちろん受けていたが、エフイーが溜めた気を放って蓄積していたダメージともども回復してくれる。
「邪魔をするな……頼む、グラビティ・チェインをくれぇぇ！」
　攻撃しながらも懇願する敵の声もまた、ドレスの向こうから耳に届く。
「……デウスエクスといっても……さすがにこれは可哀そう……」
　仮面から敵を見つめ、小さな声で呟く。
　許せないのは同胞を苦しめ続けているアポロンか。マイペースなアインシュタインですら、かの神を名乗る敵には敵愾心を抱かずにいられない。
　だが、苦しむ敵に対してしてやれることはない。
　余剰エネルギーを放出し続けているコアブラスターの射出口をアインシュタインはローカストに向けた。
　光がもっとも弱っている１体を貫き、敵は悲鳴を上げて倒れこんだ。
　そして、１体が倒れてしまえば、後は戦局はケルベロスたちに傾くだけだ。
　フィーユの放つ炎が別のローカストを焼くと、ケルベロスたちは次にその１体へと攻撃の手を向けた。
　ローカストたちは仲間が倒れようと、危機に陥ろうと、気に留める様子はなく攻撃してくる。とはいえ、尽きぬ飢餓に襲われ続けて理性を失った敵ならば仕方のないことか。
　１体目が倒れるまでより、いくらか短い時間が経過する。
　フォルトゥナは轟音とともに光の剣を構えた。
「死を忘れた者達は、滅びる運命なのです」
　グラビティ・チェインを剣に過剰供給させると、剣が一回り巨大化する。
　過剰供給したグラビティ・チェインで敵の目を惹けるかと思ったが、残念ながらそんな効果は発揮できなかった。
　剣が巨大化したのがグラビティ・チェインの過剰供給によるものだとフォルトゥナは知っているが、それを見た敵にわかるわけではないのだ。
　だが、わからなくとも威力が変わるわけではない。
「欲しいなら……くれてやる！　……です！」
　２体目の敵を貫いた傷口から光が広がり、ローカストを両断していた。
　敵が３体まで減れば、ケルベロスたちの被害もだいぶ減っていく。もちろん、戦闘中では癒しようのないダメージは徐々に蓄積していっているが。
　そして、ケルベロス側の範囲攻撃で残る３体のローカストたちもすでに浅からぬダメージを負っていた。
　エフイーは自分を狙ってきた鋏にドラゴニックハンマーをかませて防ぐ。
　次にケルベロスたちが狙ったその１体は、炎で焼かれながらなお飢餓を訴えている。
　別な１体の威嚇音が前衛たちに襲いかかるが、致命的なダメージではない。
「一歩に極め、一歩に崩し、一歩に備え。目指すその先は勝利のみ」
　地が鳴り、空が裂けるほどの叫びが村中に響き渡る。
　中国拳法における理念を元にした言葉とともに、展開したフォトンエネルギーシールドがケルベロスたちの周囲へ展開していく。
　シールドを避けようとしたのか、残る１体の攻撃は前衛を避けて、少し後ろにいたフィーユへ向かった。
　避けようとした彼女のピンクの髪が浮き上がり、鮮血とともに一房切り取られる。
　突破されることを警戒したケルベロスたちが、その１体を狙う。
　そして、その攻撃はエフイーの展開したフィールドにより強化されていた。フォルトゥナのハンマーが敵を切り裂き、アインシュタインのビームや凪の起こす炎が燃やす。
「よくもわたくしの髪を傷つけてくれましたわね……！」
　傷を負ったことよりも髪を切られたことに怒り、フィーユが放つ石化の光が敵を貫く。
　カノンの赤い翼が放つ光に焼かれて、ローカストがよろめく。
「悪いが、終わりにさせてもらう」
　エフイーが放つ地獄の炎弾が３体目の敵を撃破していた。
　竜華の鎖が炎をまとって次なる１体を狙う。すでに傷ついていたその敵が、強引にケルベロスたちを突破しようとした。
　凪はエアシューズで地を蹴って、敵に体当たりをしかけた。
「悪いが行かせねぇよ。魂から食い破る！」
　すでに弱っている敵に拳を向ける。
　仲間たちの追撃も後方から敵を襲っていた。拳を叩きつけるようにして放った漆黒の気弾がローカストの体内に入り込む。
　体内を、魂を食い荒らされた敵がそのまま動かなくなる。
「っち。切羽詰まってやらかすとは思っていたが、向こうの大将は何考えてんだか」
　アポロンへの憤りを、凪は吐き捨てた。
　残る１体にもう勝ち目はなかったが、だからと言って敵が諦めることはなかった。
　もはや飢餓を満たすこと以外ローカストはなにも考えられないのだ。
　竜華はすぐに瀕死に追い込まれた敵の前に立つ。
　戦いを好む彼女は、楽しい時間が終わってしまうことを少しだけ残念に思った。
「ですが、苦しみを早く終わらせてさし上げるのが、あなたへできる唯一の謝礼なのでしょう。さあ、炎の華と散りなさい……！！」
　８本の鎖が真紅の炎をまとって敵を囲み、それぞれ別の方向から貫く。
　逆の手に持った巨大な剣にオーラをまとわせて、竜華はローカストを断ち切った。

●真に倒すべき敵
　戦いが終わり、竜華は静かにローカストたちへと一礼した。
　末期の水代わりにグラビティ・チェインを与えてやれればよかったが、残念ながらケルベロスにそんな技術はない。あればそもそもローカストと争う必要もなかっただろう。
「どうか安らかにお眠りください」
　カノンも彼らの魂へと祈りを捧げた。
　戦場をヒールし、村人たちへ安全を告げると、ケルベロスたちは戦いが始まった場所まで一度戻った。
「同じような事件が他にも起こってるらしい。ヘリオライダーを通じて情報共有してみたら、アポロンの居場所が絞り込めるかもしれねぇ」
「わたくしも同じことを考えていましたわ。他の事件の参加者にも、同じ考えの方がいらっしゃればいいのですけれど」
　凪とフィーユが言った。
「私はこのまま、奴らが来た方向を探ってみる。もちろん、無理はしない範囲でだが」
　高原のほうへ視線を向けるのはエフイーだ。
「私もです。重鎮クラスのローカストがいたら、アポロンへの謀反を持ち掛けてみるのもいいかもしれませんね。このやり方に全員が賛成しているとは思いたくありません」
　シェスティンも同意した。
「……アポロン捜索にてがかりがあればいいですね」
　アインシュタインが言う。このままでは敵も味方も苦しみ続けるだけだ。
　成果が上がるかどうかすぐにはわからないが、試してみなければわからない。事件が終わっても、ケルベロスの戦いは終わっていなかった。

作者：青葉桂都	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年10月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。