崩壊の音

■リプレイ

●飢餓の果て
　冷えた風が、山間の村に降りる。ひゅう、と一度強く吹いた風が降下の足音と重なった。渇いた砂が舞い上がれば、微かに焼けた鮭の匂いがする。昼時だからだろう、村には人の気配があった。
「……」
　足を踏み出せば、何事かと村人たちが姿を見せた。扉から半分、顔を出した村人の声が火岬・律（幽蝶・e05593）の耳に届く。
「客か……？」
「我々はケルベロスです」
　驚きよりも戸惑いを見せていた村人の目が見開かれる。
「なに、か……あって……」
「えぇ」
　短く応えると律は、改めて村人に危険を知らせた。村の通信網を活用して、村人には家屋内に避難して貰いたいーーそう伝えると村人は分かった、とすぐに頷いた。
「あんたらも気ぃつけて」
　その心配に、律は一つ頷きを返す。ぱたんとしまった扉を見送れば、頭の上に影が落ちた。
「——お二人は上空に」
　見上げ、告げたのは梅虎・哀（白彪・e19457）だ。背の翼で空を叩き、一気に村の上へと飛び上がった朽葉・斑鳩（太陽に拒されし翼・e00081）とアベル・ウォークライ（ブラックドラゴン・e04735）を見送った哀は、村の背後のそびえ立つ山を見る。
　村は、背後を山に囲まれている。
　ローカストたちが来るとすれば山からだ。
「最短ルートって考えると、そのまんま降りてくることではあるんだよな」
　ヘリオンから降下する時見た景色を、深宮司・蒼（綿津見降ろし・e16730）は思い出す。開けた道は無かったように見えた。
「上からの連絡は、さすがにはすぐにはありませんね」
　上空から探索する二人との連絡用に持っていた携帯からリーフ・グランバニア（サザンクロスドラグーン・e00610）は視線をあげた。赤の双眸が見据えるは、緑深い山。
　探して、見つける他ない。
　彼らは『飢えて』いるのだ。飢餓状態のバッタのローカストたちが、グラビティ・チェインを求めて村を襲う。
（「この上は是非も無し……介錯し、解放するのみ。そうしなければ、可哀想だ……」）
　リーフは、静かに息を吐く。落とした吐息は風に揺れ、靡く髪もそのままに腰の斬霊刀——「胡蝶」へと目をやった。
（「すまない。こんな初陣で……だが、力を貸して欲しい……！」）
　透き通る蒼の刀身は未だ鞘の中に。
　すぅ、と吸った息ひとつ、視線をあげたリーフの横、では、とマリアンネ・ルーデンドルフ（断頭台のジェーンドゥ・e24333）の静かな声が落ちた。
「参りましょう」
「そうですね」
　ゆるり、視線をあげ大粟・還（クッキーの人・e02487）は緑豊かな山を見る。
「まあ、ローカストも可哀想だとは思いますけどね。だからといって放置していいことではありませんし」
　還は農家だ。守る「自宅」が畑である。
「害虫駆除しましょうか」
　ひとつ、浮かべた笑みの向こう、ざぁ、と木々を揺らす風が吹いた。

●青き空にて
　風が、頬に触れる。空は雲ひとつない晴天だ。
「とはいえ……」
　呟いて、斑鳩は地上をー山を見下ろした。アベルと二人、斑鳩は飛行探索班だ。
　上空と地上。この二つからの探索する形で、ローカストを迎え撃つ。それがケルベロス達の策であった。
（「ローカストもこれまでか。誰1人被害を出さずに終えよう」）
　息を吸い、山を見下ろした山は木々が生い茂っていた。
「此処からは、さすがによくは見えないな……」
　旋回しながら、そっちは、と斑鳩はアベルの方へと視線をやった。
「どうだ？」
「そうだな……」
　双眼鏡を片手に、アベルは地上を確認する。地上の仲間とは離れすぎぬよう、高所から見ていたアベルは双眼鏡でひとつの異変を捉えた。
「木が……」
　一部だが、倒れていた。ほんの一部だ。それこそ双眼鏡を使わなければ見つけることはできなかっただろう。山は木々が生い茂っていて、普通に見ているだけでは判りにくい。
（「あの木……まだ若い。あそこだけ、枝が少ないのも妙だ……」）
「アベル？」
「あの枝、不自然に折れてるだろう。あそこを通って行ったんじゃないかと思ったんだが……」
　その先を見るには、上空からでは難しい。携帯で、地上の仲間へと連絡をすると、アベルとは周囲を見渡した。
「——連絡が」
　た、と短く、飛ぶ足を止めてリーフは仲間に告げた。アベルから受け取った情報を口にすれば、東、と呟きを返したのは白虎——動物変身をした哀であった。隠された森の小路を使い行けば植物の方からこちらを避けて行く。落ち葉を踏み越えて行けば、ぴん、と白虎の耳が音を拾う。
「近いです」
「——声がします」
　呟いたマリアンネが息を吸う。呻きや、唸りといった声だ。まだ少し、距離のあるそれに、律は足音を立てる。たん、とひとつ響かせれば呻き声がざわめきへと変わった。
「……だ」
「ぐらびてぃ・チェインだ」
　呻く声が重なり、大きくなる。
「5体。全員いますね」
　静かに律が告げる。飛行探索班への連絡は済んだとリーフが告げる。枝を押しのけ、ぐん、と顔をあげたバッタのローカストの、淀んだ瞳がこちらを見つけた。
「ヨコセ」
「ヨコセ、グラビティ・チェインヲ！」
　その咆哮に、蒼が地を蹴った。瞬間、手にした手裏剣が雷を纏う。
「させるかよ！」
　ごう、と唸る一撃が突き刺されば、揺らぐ飢えたローカストたちの瞳が山中から一斉にケルベロスたちへとーー向いた。

●崩壊の音を聞く
「ぐらびてぃ・チェイン……」
　一撃、受けた衝撃に僅かに身を揺らし、だが跳ねるようにバッタのローカストはその顔をあげた。寄こせ、と吠える声と共に確実に、敵を足止めするために真っ先に踏み込んだ蒼へとローカストはその腕を振り上げた。
「——ッ」
　腕の刃が、蒼を切り裂く。衝撃に、僅かに身を揺らしたそこへと続く一体が食らいつけば、ばたばたと血が流れた。
「蒼くん！」
　哀が声をあげる。蹈鞴を踏んだ少年が、は、と息を吐き、顔をあげた。この身は盾役。防御力には自信があるがーーさすがに、このまま全てを受ければ危うい。飢えたローカストにとって踏み込んだ蒼は自ら飛び込んできた獲物のようなものだ。
「——けど」
　獲物として見ているのであれば敵の足止めとしては成功だ。
（「死ぬほど腹減ってんのにはどーじょーすっけど、だからって、はいそーですかって人の命差し出す訳にいかねーんだぜ」）
　は、と息を吐き、飛び込んでくる3体目に、身を横に飛ばす。
（「ここでおやすみな！」）
　地に手をついて顔をあげたのは頭上、ひとつ、落ちた影があったからだ。
「失礼」
　ローカストたちの頭上、跳躍した男は落下の勢いを利用しながらその足を振り下ろす。
　ガウン、と重い一撃がローカストに落ちた。ぐん、と視線を向けた敵に律は地を蹴る。ぶわり、と羽を広げたローカスト達が破壊音波を放った。
「セ、ヨコセ……！」
　後衛を狙い、放たれた衝撃を律は跳躍の中、交わす。
「少なからず気の毒に思ってますよ。傷を治すには腐った部分を切り捨てる事も必要です」
　それが出来なければ小さな傷であれ、毒が回り命を落とす。
「生きのびたいのであれば、どんな痛手であろうとも。首を落ちても生きる意識がなければ」
「ヨコセェエ！」
　５体目のローカストが吠えた。再び放たれた破壊音波が律をも引き裂いていく。ぱた、と落ちた血に眉一つ寄せるだけに、戦場を見据えた男の横をリーフが行く。紡ぐは招来の言の葉。
「捧げられし姫君よ来たれ！　汝を縛る軛と鎖、その献身の身代はここに！！」
　姿を見せたのは星に憧れる少年の夢が顕れた「犠牲姫君座」
　磯岩に身を縛った鎖と荒波が、唸る音と共にローカストたちを撃った。
「クァアァア！」
　衝撃に、声が揺れる。羽の欠片が落ちるその様をリーフは真正面に見る。
（「慈悲はあるが容赦は無い」）
　倒す事が供養ともなる。ゆえに、力の出し惜しみなどするつもりはーー無い。
　見据えた先、鎖と荒波の範囲外にあった敵二体に後衛か、と呟く。
「はい。恐らく、ジャマーかと」
　声を返したのはマリアンネだ。後衛にいるローカスト達がジャマー、前の３体は威力から見るにクラッシャーだ。
「偽りの真理より来れ。全てを灰燼と帰す始原の炎を其の背に」
　少女は詠う。天の御使いの姿を摸した赤き光の降臨に。
　光は律へと力を届け、その傷を共に癒す。満ちる力の中、白虎の姿から人型へと戻った哀は手を伸ばす。
　キィン、という音と共にマインドリングから顕現した光の戦輪が前列のローカストたちを切り裂いた。
「グ」
「ルァアア……！」
　衝撃に、僅かに身を揺らしーーだが、それでもその先を目指そうとするのは、飢えを満たすだけのものが村にあるからか。
「ここは絶対通しません。村の方達に手出しはさせないっ」
　声をあげ、哀は前へ出た。
　相手にダメージは入っている。——だが、勢いがあるのも事実だ。
「あそこ突破、狙ってるね。左」
　自分のペースを崩さずに、どこかだるそうな様子のまま、けれど還は的確にローカストの動きを見つける。
「まぁ、ガンガン来るのは分からなくも無いですけどね」
　光輝くオウガ粒子を放出し還は前衛へと力を紡ぐ。超感覚の覚醒に視線をあげ、受けた傷を流した血だけにしてーー前を見る。
　敵はダメージを受けてこそいるが、それ自体を気にせず突破を狙う５体だ。抜かす、つもりはない。だが抑え続けるのも厳しい。
「ヨコセェエ……！」
　咆哮と共に、再びの破壊音波が響き渡る。衝撃は前衛に、落とした制約に刃を差し込むようにローカストの一体が、前に出る。
「来ます」
　哀とマリアンネの声が重なり響く。その、時だった。
「——」
　影が、落ちたのだ。
　頭上に二つ、生まれた影。
「来たれ英霊よ！　敵軍に正義の裁きを！」
「炎よ……！」
　解放されしは両手の鎌に宿りし怨念と、蹴り落とされる炎。
「グ、ルァアア……ッ」
　その衝撃にローカストが崩れ落ちる。炎熱と亡霊の駆け抜けた大地に、二つの影が降り立った。
「待たせたな」
「お待たせ」
　飛行探索を行っていたアベルと、斑鳩が到着したのだ。

●行き着く先は
　崩れ落ちた一体を気にすることもなくローカストたちはその身を前に出した。飛び越え、行く為だろう。短い跳躍と同時に、伸びた刃がアベルへと向かう。
「させない」
　一撃を、受け止めた哀が視線をあげる。人数は揃った。これで、相手を抑えきることができる。早めの合流が功を奏したと言えるだろう。これは8人で戦うべき相手だ。
　キィィイイン、と高音が響く。
　衝撃を、肌を割く痛みを感じながら、だがそれでも蒼は前を向く。寄こせ、とそればかりを言う敵を見据える。
「……」
　やり切れなさが、あった。
　狂うほどの飢餓で、本能のまま向かってくるローカストたちの姿に思うところはあるのに、言葉がどうしたって見つからない。
　きゅ、と唇を結び、拳を一度握りーー開く。
「水郷の弐式……ぶった斬れ、鎌鼬！」
　集めた水気を呼び水として、呼び出したのは水の式鬼。鼬鮫の姿をした式鬼は、ぐん、と顔をあげたーー空を泳ぎ敵へと突撃する。
「グァア……ッ」
　ひゅん、と空を泳ぎ行く式鬼の一撃が後方のローカストを切り裂けば、その視線がこちらへと向く。射るような視線だって構いはしない。敵の意識が村へと向かぬように、積極的に蒼は他の敵にも攻撃を入れていた。
「セ、ヨコセ……！」
　ぐん、とローカストは顔をあげる。ガチン、と鳴る歯の音にマリアンネはアームドフォートの銃口を向けた。
（「飢えや渇きを満たすということは、生きるうえで最も根源的な欲求。その欲求を否定する気は御座いませんが」）
　しかし、貴方達の欲が、わたくしの守るべきものを脅かすというならば無論、容赦は致しません。
　銃口が熱を持つ。ガウン、という音と共に放たれたミサイルポッドから焼夷弾がローカスト達に降り注ぐ。
「わたくしは、霧夜のJane=Doe」
　名も無き罪、名も無き刃、名も無き殺人鬼。
　わたくしがこの手で断った多くの命と同じよう、此処で朽ち果て潰えて戴きますわ。
　マリアンネの指先が示す先は飢えたローカスト達。降り注ぐ炎の中、前列の一体が大きくその身を揺らす。
「セ、早クヨコ……！」
　呻き、吠え、ぐんと顔をあげた一体が前へと飛ぶ。その突撃を、リーフは受け止めた。食らいつく牙を、立てた刃で受け止めれば桜花が舞う。
「終わりだ」
　一閃、刃は薙ぎ払う。
　斬撃にバッタのローカストの羽が散った。崩れ落ちる一体のその横で、振り上げた腕で一撃を受け止めたローカストが破壊音波を放った。
「るーさん」
　キィン、と高い音が前衛を襲う。落ちる衝撃と制約に、還はウィングキャットの名を呼ぶ。ゆるり、尾を揺らして応じたサーヴァントと共に回復を紡ぎ落とせば、哀の踏み込む足は軽くなる。
「ヨコセ！」
「お前の相手は、こっちだ」
　吠える相手へと声を放つ。視線がかち合ったそこ、すぅ、と息を吸った白虎は手にしたハンマーを砲撃形態へと変化させる。
　ゴウ、と一撃は咆哮のように響いた。
　竜砲弾を真正面から受けたローカストが地に沈めば、残るは後衛の２体のみ。
「セ、コセ」
「ヨコセ、グラビティちぇいんヲ……！」
　むき出しになったその牙に斑鳩は銃口を向ける。
「終わりだ」
　一体も逃さないと決めた。誰一人被害も出さない、と。
　響き渡る音波は肌を裂いたが、痛みと熱の中、体は動いた。視線は、突破を狙うローカスト達の動きを捉えた。——なら、後は撃つだけだ。終わりへ続く銃弾を。
　ガウン、と放たれた弾丸は目にも留まらぬ速さでローカストの広げた羽を撃ち抜く。欠け落ちれば、震え放たれる筈であった音波が途切れる。キィン、と一度広がった音が四散し、は、と顔をあげたローカストへと律は踏み込む。
「最も手放してはいけないものを手放さなければならない過酷」
　醜く、酷薄で、無慈悲。
　盤上の駒は等しく膝をつかされる。
「生きるとは本来、そういうものかもしれませんね。ですが」
　律は抜刀する。血塗れの指先で握った柄に力を込めて、一撃を放つ。
「膝をついても、立ち上がるのは我々です」
「グ、ァ……ッ」
　ローカストの咆哮ごと切り裂けば、斬撃に冷気が乗った。一瞬、冷えたその空気の中、アベルは行く。
「セ、ヨコセ……！」
　淀んだ瞳に、アベルは体内に宿る竜の力を高めた。
「今その苦しみから解き放ってやる……眠れ！」
　伸びた竜の尾は、槍のようにローカストの体を貫いた。
「グ、ラビ、てぃ・チェ……」
　呻く、声が掠れる。刺し穿つ一撃に、飢えたローカストは崩れ落ちる。震える羽はその音を潜め、掠れた声は地に落ちると同時にーー消えた。

　山は静寂を取り戻す。呻く声が消えて漸く、吹く風の音が耳に届いた。
「ヘリオライダーに聞いて、ローカストの進軍方向を確認して太陽神の潜伏先を割り出せないだろうか」
　話を聞いてみよう、とリーフが言う。
　取り戻した平穏の中、この襲撃のそもそもの原因へとケルベロスたちは手を伸ばそうとしていた。

作者：秋月諒	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年11月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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