飢えて貪る残党の牙

作者:狐路ユッカ


「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 ローカストを支配する、太陽神アポロンの叫びが、山の空気に虚しく響く。
「そんな……もう、我らは……!」
 周囲に集うローカストの重鎮達は、ローカスト達の窮状を訴え、黙示録騎蝗の中断を願い出るが、太陽神アポロンは聞く耳を持たなかった。既に限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していくものも出始めている。……このままでは、ローカストという種族すら滅びかねないだろう。だが、それでも、太陽神アポロンの権威は、ローカスト達を縛りつけ続ける。
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 この呪縛は、太陽神アポロンが黙示録騎蝗の中断を命じるか、或いは死ぬまで続くだろう。
 或いは、グラビティ・チェインの枯渇によって理性を失うその時まで……。

 ――ぐちゃ、ぐちゃ。
 広島県のとある山村。
「な……なんの音だ?」
 畑の様子を見に来た男は、先に畑に入っていた父親の姿を見つけて悲鳴をあげた。
「ひぅっ! う、うわあああああああああああ!!」
「あ、ああ、あ」
 老人の肩口に喰らいつく蟻型のローカスト。口からは唾液がだらだらとこぼれている。傍らに倒れていた初老の男は、もう息が無かった。ぐるり、と男を振り返ると、次は男の方へ飛び掛かる。
「や、やめ、ああああああ!」
 後ずさりした先にも、ローカスト。必死に逃げようとする男に群がり、あっという間にその肉を、グラビティ・チェインを喰らい尽くすのだった。


「阿修羅クワガタさんとの戦いに勝利したことは、ケルベロス達の戦功だったね。おめでとう……例の件の事で、ローカストの残党勢力はかなり弱まっている筈。それは間違いないんだ」
 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082)はケルベロスを労うように微笑んだ後、でも、と言葉を濁す。
「けれど、ローカストのグラビティ・チェインが枯渇した結果、良い事だけではなかった……これによって理性を失ったローカスト達が人里を襲うという事が予知されたんだ」
 場所は、広島県にある山間の村。農家が多いのどかな所だと祈里は言う。
「現れるローカストの数は4体。どれも蟻の姿をしているね。さほど強力な個体ではないんだけど、彼らは飢餓状態で理性も知能もない状態だ。予想外のとんでもない力を発揮することもあるかもしれない」
 では、どのようにして村人が襲われるのを防げばいいのか。祈里は大まかに分けて二通りの作戦がある、と提案した。ローカストを村で迎撃するか。村に来る途中のローカストを探して到着前に潰すか。
「村で迎撃する場合、飢餓状態のローカスト達は、君たちよりも村人を襲う事を優先するはずだから注意が必要だよ。向かってくる途中のローカストと戦うなら、一直線に向かってくるローカストを見つけるのは比較的簡単だけど、万一でも発見に失敗した場合が怖いね」
 取り逃がしたりすれば、村の壊滅は免れないだろう。
「どちらを取るかは、みんなに任せるよ。ただ、戦力を分けることはしない方がいいと思う。どちらも中途半端になってしまう可能性が高いからね」
 みんなで団結して、村を守り抜いてほしいと祈里は頭を下げる。
「ローカストも……大変な事になってるのはわかる。けど、それで人間を襲わせるわけには行かない。僕達にも、護るものがあるからね」
 顔を上げ、それにあんな知性も自我もない状態に堕ちて動き続けているのも無様だ、と祈里は呟くのだった。


参加者
ゼロアリエ・ハート(魔女劇薬実験台・e00186)
加賀・マキナ(自由人・e00837)
黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)
星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)
森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
霧鷹・ユーリ(鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284)

■リプレイ


「虐殺なんて、絶対にさせない。……必ず守ってみせる」
 シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)はその瞳に決意を宿し、眼下に広がる村を見つめた。故郷の村を滅ぼされたシエラシセロにとって、これから起こると予知された事は絶対に許せないことだ。
(「何がなんでも守ってみせるよ。そのために、ボクは生き残ったと思ってるから……」)
 ゼロアリエ・ハート(魔女劇薬実験台・e00186)は思いつめているシエラシセロの肩をそっと叩き、優しく微笑む。
「大丈夫。村人は殺させない。何より負けたくないしね」
「うん……、ボクはキミがいるからきっと大丈夫。みんなみんな守ろうね、全力で頑張ろうっ!」
 星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)はアイズフォンで村の地図を見て、口を開いた。
「……よし、村の中心に役場がある。村人にはそこへ集まってもらうようにしよう」
 ヘリオンの淵を蹴り、次々村へと降下するケルベロス達。ローカスト達は、もう村を目指して移動しているころだ。
 黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)はライドキャリバーである宵桜に跨ると村を走る。加賀・マキナ(自由人・e00837)は翼で高く舞い上がると、ローカストがどの方角からやってくるか、目を凝らした。
「皆さん、私と一緒に列を作って避難場所まで向かってください。良いですか、慌てず急げ、です!」
 霧鷹・ユーリ(鬼天竺鼠のウィッチドクター・e30284)は、村人の手を引いて役場へと駆け出す。凛とした風の効果もあって、村人は協力的に動いてくれた。
「窓や壁からは念のため離れていて下さいね」
 ユーリは役場に着くと、建物の中央に位置するホールへと人々を案内し、万一の事に備えてなるべく安全な隠れ方を勧める。
 一方、ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)が説得していた老人達は、初め怯えたような顔で避難を拒む。
「奴等にはわたし達が戦って、勝つ。あなた達も、恐怖に打ち勝って、信じて待って欲しい」
 けれど、彼女がケルベロスであると知った老人達は、彼女の説得に納得し、頷き手を携えあって役場へ向かい出した。
「これで全員ですか?」
 ゼロアリエは村長に問うた。名簿をチェックしていた村長が答える。
「いや、まだ南の離れの方に老夫婦が3組残ってるはずだ」
「えっ……」
 小さな村とはいえ、この短時間で村人全員を6人で散って実際に駆け回って集めきるのは、難しかったようだ。その時、上空から叫び声が聞こえた。
「来た! 南から4体!!」
 シエラシセロだ。ローカストを見つけたのだ。
「南、って……!」
 村長の顔が青くなる。――間に合わない! 続いてマキナからも報せが入る。
「4体、人を囲もうとしている……!」
 急ぎ、迎撃しなければ。散り散りになっていたケルベロス達は連絡を取り合い、各々南の方角へ走り出す。二人、まだ一度も役場へ来ていないケルベロスがいた。――森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)と氷雨だ。


「走れますか……!」
 志成が手を引く老人は、足をもつれさせながらも走る。ダメだ、速度が出ない。氷雨は怪力無双で両脇に老夫婦を抱えると、1人はライドキャリバーに乗せて走り出した。3人はなんとかなりそうだ。背後には、もうローカストが迫っている。志成と3人の老人を囲むようにローカストは唾液を垂らしながらやってきた。
「ウウウゥゥゥ」
「アア、ア、アアァ」
 意味をなさないうめき声と共に、行く手を阻もうとするローカスト。移動中を襲われるだなんて、と志成は苦い顔をする。駆け付けたゼロアリエは、鉄塊剣を勢いよくローカスト目がけて振り下ろした。
「行ってください!」
 そのわずかな隙を見て、志成は老人の手を離し、役場へ向かうよう促した。そして、
「こっちの方が質の良いグラビティチェインがありますよ!」
 フォートレスキャノンを撃ちこみながら、ローカスト目がけて叫ぶ。どんっ、と音を立ててその装甲に傷を作りながらも、ローカストは全くこちらの話すことを理解しておらず、うめき声を上げながら老人の方へ向かう。
「ウウウア、アウアウアアアァァ」
「理性が無いってのはめんどくさいね」
 ぎり、とゼロアリエが奥歯を食いしばる。老夫婦がゼロアリエの傍で足を竦ませ、震えていた。追いついた優輝はドラゴニックハンマーを勢いよくもう一体のローカスト目がけ振り降ろす。
「グッ、アガアァァ!」
「理性を失い、本能のままに戦うおまえらに負けるはずがないんだよ」
 前に戦ったローカストは、信念を貫いた敵だった。それに勝てたのだから、理性の無い生ける屍と化したようなやつには負けない。その思いが込み上げる。
「ウ、ウキャッ、アば」
 ゆらり、立ち上がったローカストが襲い掛かるのは。
「い、いやあああああああ!!」
 老婦人の方だった。上空から舞い降りて老婦人を突き飛ばすようにして庇ったのは、シエラシセロだ。彼女の肩に、ローカストの牙が深く深く食い込む。
「っく……」
「あ、あ、いや、いやあああ!」
 老婦人は腰を抜かして震えている。
「だい、じょうぶ、逃げて……!」
 シエラシセロの言葉にも、上手く動けない。噛みつかれたまま、シエラシセロは前衛の仲間にサークリットチェインを施す。
「わたし達にも、グラビティチェインはあるけど……据え膳、喰わないの?」
 到着したノーザンライトがそう挑発するも、ローカストは全く反応しない。ただ、老婦人の方へとふらふら向かおうとするだけだ。こうはしていられない。ノーザンライトはゲシュタルトグレイブを構える。
「肘の電気が、びりっと来るところを、突くっ」
 俗にいうファニーボーン、は外して、ローカストの胴体を貫く。己の肩に噛みついていたローカストを振り払うと、マキナのサークリットチェインを受けてシエラシセロは老婦人を抱きかかえた。速度は遅くなるが、飛んで安全な場所まで運ぶしかない。一体のローカストが、破壊音波を発する。
「う……!」
 咄嗟にゼロアリエが老女を抱きかかえるようにして守る。が、手が足りなかった。もう一方、男性の方に一体のローカストが飛び掛かる。
「ああああああああ!!」
「グルルルルルルrr」
 引き倒した老人の腰に喰らいつき、血をすする。声にならない悲鳴をあげる老女。ダダダダ、と連続したリボルバー銃の音が響く。おびただしい量の出血と、吸い取られたグラビティ・チェイン。老人は、もう息をしていなかった。
「クソッ……遅かったか」
 リボルバー銃を手に、氷雨が叫ぶ。これ以上被害を出すわけには行かない。夫の名を泣き叫ぶ老女の背を支え、立たせる。彼女を守りながら戦うしかない。
「ウウウゥゥ……」
 制圧射撃に足止めされたローカストがふらふらと立ち上がる。
「その装甲が剥がれた奴だ!」
 弱っているローカストから仕留めろ。氷雨の声に頷き合うケルベロス達。
「絶対に後ろには行かせません! 身体を張ってでも、貴方達を食い止めてみます!」
 ユーリは、前衛の仲間たちに雷の壁を展開する。
「畑の大根を貪り食うくらいなら良いのに。いや殴り倒すけど……野菜高いし」
 ノーザンライトはシャーマンズカードをスッと掲げ、呟く。
「降れや歯車、踊れや鋼線……来たれやランページ・マシーン」
 現れた暴走ロボットのエネルギーが、前列にいたローカスト二体を蹂躙する。
「ンギ、ガアッ」
 優輝は、どこからともなく取り出した緑縁の眼鏡を装着すると装甲が剥がれた方のローカストを睨みつけ、燃え盛るフレイムグリードを放つ。
「ブググgg」
 意味をなさない悲鳴をあげ、どしゃりとその場にローカストが倒れ伏した。それでも、力を持つケルベロスより非力な老女を狙おうとする残りのローカスト。腕から生成した鎌を思い切り、振り降ろす。老女を守るように立っていたゼロアリエの腕に、刃が食い込む。ふ、と笑い、ゼロアリエは刃から逃れて己を含めた前衛にサークリットチェインを展開した。
「させないって、言ったよね?」
「ロア……!」
 その翼で舞い戻ったシエロシセロが、オーロラの光で傷が深いゼロアリエを癒す。先刻の破壊音波でやられていた精神も、元に戻ったようだ。
「ボクも、一緒に……!」
 二人で背中合わせに、老女を守る。


「アアッア、アアァア……」
 うめき声を上げながら老女へとにじり寄るローカストに、志成はリボルバー銃を引く。
「行かせない……!」
 跳弾射撃の弾が、ローカストを撃ち抜く。マキナが地に描いた守護星座が、まばゆく光った。前衛でローカストと対峙するケルベロス達を、光が包む。
「行け!」
 宵桜が氷雨の声に駆動音を大きくし、キャリバースピンで二体のローカストの足を轢き潰す。氷雨はその隙を逃さない。目にもとまらぬ速さでリボルバー銃を抜くと、片一方のローカスト目がけクイックドロウを放った。
「ンゲァッ」
 間抜けな叫び声と共に、ローカストが崩れ落ちる。その時、まるでケルベロス達の攻撃を阻害するかのように、破壊音波が響き渡った。
「くっ……」
 催眠を受け、がくりと膝をつく優輝。その音波を止めるべく、ノーザンライトは古代語を詠唱する。放たれた魔法光線に飛び退くようにしてローカストは音波を停止せざるを得なかった。
「ゲアアァ、アグ、ガアッァアァ」
 ゆぅらりとローカストは標的を探すように首をめぐらす。
「野生パワー全開! わに! わに!」
 ユーリは両手を合わせ、ワニの口のようにパクパクさせてその力を優輝へと送る。彼を苛む催眠の力は解けた。小さくありがとう、と告げると優輝は眼前のローカストへと向き直る。
「さあ、お返しだ」
 抜き放った惨殺ナイフが、トラウマを映し出す。
「アアアアァ! アアァ!」
 ローカストは何やら叫びながら、その場に倒れ込んでしまった。
「今だ!」
 優輝の声に、志成がフロストレーザーを放つ。倒れ込んでもがくローカストのど真ん中に命中した凍てつく光線が、あっという間にローカストの息を奪った。残るは、一体。


「ッアアアァー! ゥガガガ」
 いよいよ己一体になり、飢えを満たしたくて耐え切れないのかローカストは走り出す。
「だから、行かせないって」
 ――黒業。ゼロアリエは武器に黒いオーラを纏わせ、ローカストを背後から貫く。
(「可哀想だけど……守るべき天秤は人間に傾く」)
 ノーザンライトは無言で回り込み、正面からローカストをゲシュタルトグレイブで突き刺した。
「ブ、アガッ……」
 ボタボタと体液を口から吐き出しながら、ローカストは逝く。ノーザンライトは小さくため息をついた。
「神様って、なんだろ……」
 黙示録などに、意味はあるのか。その疑問が彼女の首を捻らせる。氷雨は小さく舌を打った。
「……なんなんだよ……」
 理性を朽ちさせて暴れまわったローカスト。黙示録騎蝗への哀悼とともに湧き上がるのはアポロンへの怒り。
「大分荒れてしまいましたね……少しでも元に戻せればいいんですけど」
 ユーリとシエラシセロは、戦闘により破壊された箇所をヒールしていく。全てが終わって、シエラシセロは疲弊しきったようにゼロアリエの背に凭れかかった。
「……お疲れ」
 マキナは息をつくと、ぼんやりと呟く。
「そろそろいい加減アポロンの潜伏位置くらいある程度わからないものかな……」
 あとで調べてみようか。優輝もその言葉に頷く。
「この様子だと、アポロンとの決戦も近そうだ」
 今はまだ、わからない。それでも、何か手がかりを掴むために。ケルベロス達は自分が出来ることを、また考えるのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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