モスキート・ゴースト

作者:土師三良

●凶虫のビジョン
「朕の臣民どもよ! 奮励せよ、邁進せよ!」
 いずことも知れぬ山中で太陽神アポロンが大音声を響かせていた。
 その前ではローカストの重鎮たちが力なく首を垂れている。彼らはアポロンにローカストたちの窮状を訴え、黙示録騎蝗を中断することを進言していたのだ。
 しかし、アポロンがそれを聞き入れることはなかった。
「黙示録騎蝗による勝利を朕に捧げるのだ! 朕を崇めよ! ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と――」
 アポロンは両腕を広げて、更に声を張り上げた。
「――太陽神アポロンのみである!」
 
 早朝の山林で。
 しとしとと雨が降る中、ぬかるんだ地面を足でこねるようにして、蚊に似た四体のローカストが歩いていた。
 アポロンが言うところの『臣民』たちではあるが、アポロンが言っていたように『奮励』しているわけでも『邁進』しているわけでもない。
 彼らは飢えていた。ただ飢えていた。もう理性も知性も残ってはいない。
「ああアぁァぁ……」
 言葉になっていない呻き声を発して、四体のローカストは歩き続ける。
 目指すは、名もなき村落。
 人口は三百人にも満たないが、当座の飢えを凌ぐには十分だろう。 

●ザイフリートかく語りき
「阿修羅クワガタさん及びその一党との戦い、ご苦労であった。奴らはケルベロスとの戦いに満足して死んでいっただろう……そう信じたい」
 暫しの間、ヘリオライダーのザイフリートは黙り込んだ。阿修羅クワガタさんたちに黙祷を捧げたのかもしれない。
 次に口を開いた時、彼の声音にはもう感傷の念は残っていなかった。
「ストリックラー・キラーの事件に続いて、阿修羅クワガタさんの挑戦も阻止したのだから、ローカストどもはかなり弱まっているだろう。グラビティ・チェインを賄うことができず、理性を失って黙示録騎蝗の軍勢から脱落していく者も出始めているようだ。しかし、喜んでばかりもいられない。理性なき狂暴なローカストが野放しになっているということだからな」
 そんなはぐれローカストたちの凶行をザイフリートは予知したという。
 事件が起きるのは、岡山県の山中。広島県との県境の近くにある小さな集落だ。
「その集落で四体の蚊型のローカストが虐殺を繰り広げる。本来の戦闘能力はさして高くないし、連携や騙し討ちをするほどの知性も残っていないが、油断はするな。飢餓で狂暴化している故、予想外の強さを発揮することもあるかもしれん。それと戦う場所もよく吟味したほうがいい。場合によっては大きな被害が出る」
 戦場の候補の一つは集落。そこで待ち構えていれば、確実に敵を迎え撃つことができる。しかしながら敵は非常に飢えているため、ケルベロスとの戦闘よりも村人を貪り食ってグラビティ・チェインを得ることを優先する恐れがある。かといって、事前に村人たちを避難させることはできない(予知とは違う経過を辿り、ローカストたちは別の集落を襲うだろう)。
 もう一つの候補は森。敵が村に到達する前にケルベロスのほうから出向くというわけだ。敵は一直線に村へと向かってくるので、見つけるのは難しくない。ただし、万が一、発見に失敗したら……。
「まあ、村で守るにせよ、森に攻めるにせよ、こちらの戦力は分散させないほうがいい。チームを二つに分けてしまったら、各個撃破されるのは目に見えている」
 皆にそうアドバイスした後で、ザイフリートは念を押した。
「下手をすると、大きな被害が出る……くどいようだが、そのことを忘れるな。心してかかれ!」


参加者
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)
燈家・陽葉(光響凍て・e02459)
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)
黒住・舞彩(我竜拳士・e04871)
狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
有枝・弥奈(その手は会えぬ者の朱に塗れて・e20570)

■リプレイ

●それは雨
 早朝の森で。
「うおおおぉぉぉーっ!」
 か細い雨音を咆哮が吹き飛ばした。
 ドラゴニアンの黒住・舞彩(我竜拳士・e04871)が上空で叫んでいるのだ。敵を引き寄せるために。
 彼女の他にも何人かの飛行種族やサーヴァントが周囲に滞空している。
 そのうちの一人である大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)が森の一点を指さした。
「いたいた! ほら、あれじゃない?」
「うん。そうみたいね」
 と、舞彩が頷いた。
 言葉が指し示した『あれ』とは、木々の間から見える黒い影。この先の村落に向かう四人のローカストだ。
「こちらからも視認できましたわ」
 地上にいた妻良・賢穂(自称主婦・e04869)が声をかけてきた。
「簡単に見つけることができましたわね」
「無警戒にひたすら前進してるだけだからね。あれじゃあ、『見つけてください』と言ってるようなもんだよ」
 と、同じく地上に待機していた葛城・唯奈(銃弾と共に舞う・e02093)が肩をすくめた。
「飢えを満たすことしか頭にないのでしょう。とても与しやすい敵ともいえますが、一般人にとっては理性あるデウスエクスよりも危険な存在かもしれませんね」
 地上班にそう言いながら、空中班の餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)が降下を始めた。言葉と舞彩、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がそれに続く。
 ただ一人、有枝・弥奈(その手は会えぬ者の朱に塗れて・e20570)だけは上空で雨に打たれるがままになっていたが――、
「やるしかない、か……」
 ――自分に言い聞かせるように呟いて、皆の後を追った。

「ぶるるるーん!」
 わざわざ擬音を声に出して、言葉はオーバーアクション気味に体を揺らした(自分を可愛く見せたくてしかたがないのだ)。狸と河童をかけあわせたようなデザインのレインコートから雨滴が飛ぶ。
 そうしている間に四人のローカストが戦闘圏内に入ってきた。彼らの視界にもケルベロスが入っているはずだが、歩みは止まらない。ケルベロスのことなど、ただの障害物としか思っていないのだろう。
「この身に宿るは戦場の力!」
 弘前・仁王が『相乗鼓舞』を発動させて、前衛陣の防御力を上昇させた。
 彼の叫びに爆発音が続く。二回。賢穂のファイアーボールとラギッドの御霊殲滅砲だ。
「あアあぁぁァ……」
 金属が軋む音にも似た唸りを発しながら、二種の爆炎の奥からローカストが進み出てきた。唸りが意味するものは判らない。痛みか、怒りか、苛立ちか。あるいは反射的な発声に過ぎないのか。
「おまえらには少しばかり同情してるけどよ」
 唯奈がリボルバー銃をホルスターから抜いた。口調が荒っぽいものに変わっている。
「こっちにも守らなきゃいけねえものがあるんだ!」
 ローカストたちを正面から睨みつつ、銃口を真横に向けて引き金をひく。当然、銃弾も真横に飛んだ……はずだった。にもかかわらず、一人のローカストに命中した。
「跳弾射撃だね」
 そう言いながら、燈家・陽葉(光響凍て・e02459)が愛用の和弓『金烏の弓』に矢を番えた。だが、まだ射ない。敵が一体になるまでは回復役に徹するつもりでいるのだ。
 攻撃する代わりに、彼女はヴァオとオルトロスのイヌマルに指示を出した。
「ヴァオは『紅瞳覚醒』をお願い。イヌマルは後衛から攻撃して」
「おう!」
 ヴァオが答えた。いつになく張り切っている。接近戦特化型の敵の攻撃が届かないポジションにいるので、気が大きくなっていのだろう。

●それは光
 ケルベロスたちは敵の各個撃破を狙っていた。
 しかし、全員で一人を相手にすれば、残りの三人が村に向かってしまう。
 そこで言葉と舞彩と狼森・朔夜(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e06190)は各個撃破には加わらず、それぞれが残りの三人に鉄塊剣を叩き込んだ。
 デストロイブレイドで怒りを付与して、自分に注意を引き付けるために。

「アあァ!」
 朔夜のデストロイブレイドを受けたローカストが腕を突き出した。手の先端はアルミニウム生命体に覆われて、槍の穂先のような形状になっている。
「くっ……痛ぇな、おい」
 脇腹を抉られ、朔夜は呻いた。傷口から血が流れ落ち、袖口から重い鎖も流れ落ちていく。ケルベロスチェインだ。
「だが、これでいい。てめぇの目をこっちに引き付けることができたってことだからな」
 鎖が泥濘の中で蛇のようにうねり、サークリッドチェインの魔法陣を描いた。朔夜を含む前衛陣の防御力が上昇し、傷が癒されていく。
 次の瞬間、魔法陣の恩恵は(朔夜の分だけは)吹き飛ばされた。ブレイクを有したローカストの蹴りによって。
 それは強力な一撃だった。
 しかし、朔夜が食らったダメージは半減していた。彼女(だけでなく、他の前衛陣も)は斬撃耐性に優れた防具を身に着けていたからだ。
 その防具のそこかしこを覆っていたオウガメタルが――、
「故郷の光をてめぇらに拝ませてやる!」
 ――朔夜の叫びに応じて、闇色の光を放射した。
 レギオンレイドを照らしていた黒太陽の輝き。
 ライジングダークだ。

 ライジングダークの輝きが放射される暫し前。
 舞彩と対峙していたローカストが蹴りを繰り出した。
 刃にも似た鋭い爪先が舞彩の肩を斬り裂く。
「……」
 痛みに声をあげることもなく、舞彩は滑るように後退し、右手を眼前に翳した。その一連の動きの間に『竜殺しの大剣』の名を持つ鉄塊剣は消えている。地獄の炎を纏った左腕に同化されて収納されたのだ。
 退場した剣に代わり、右手の指に嵌められた黒い指輪『無間地獄(ブレイズインフィニティ)』が光を放った。傷を癒すと同時に防御力を高めるマインドシールド。
 防御力ばかりでなく、命中率も上昇している。舞彩と同じ旅団に属するデスマーチ・ラビットがメタリックバーストを用いたからだ(後述するが、これより前にメタリックバーストを使った者もいた)。
「さあ――」
 黒い半透明の盾越しにローカストを見据えて、舞彩は誘うように五指を波打たせた。
「――喰らいあいましょう」
「あアッ!」
 ロカーストが吠えた。同時にその脚が二度目の唸りをあげた。見切られることを警戒するだけの知性も残っていないらしい。
 舞彩は蹴りを紙一重で躱し、掌底のカウンターを顔面に叩き込んだ。
 そして、すぐに追い討ちが来た。
 朔夜のライジングダークである。
「アああァーっ!?」
 ローカストが悲鳴をあげた。黒太陽に体力と機動力を奪われたからだけではない。魂を食らわれたからだ。
 そう、掌底の一撃は降魔真拳だった。
「言ったでしょ。喰らいあいましょうってね」
 舞彩は新たな攻撃を仕掛けた。
 今度は旋刃脚だ。

 ライジングダークの輝きが放射される暫し前。
 ローカストが後ろ回し蹴りを放ったが――、
「そぉーれっ♪」
 ――言葉は(意識して可愛い声を出しつつ)同じように体をスピンさせて回避した。真上から観戦している者がいれば、二つの独楽がすれ違ったように見えただろう。
 両者の回転は同時に止まり、そして、ローカストのほうがよろめいた。言葉は攻撃を躱すだけでなく、鉄塊剣から時空凍結弾を撃ち出していたのだ。
 しかし、ローカストの体勢が崩れたのは、ほんの一瞬。追撃の暇を与えることなく、言葉に飛びかかり、蚊特有の細長い口吻を肩に突き刺した。
「いだだだだっ!」
 苦鳴をあげながらも(可愛い声を出す余裕はなかった)なんとかローカストを振り解く言葉。
 口吻による攻撃はドレインを伴っているため、ローカストのダメージは少しばかり癒されただろう。しかし、状態異常は消えていない。
 いや、消えるどころか、それは更に悪化した。
 言葉とお揃いのレインコートを着た(着せられた?)ボクスドラゴンのぶーちゃんが主人を援護すべく、後方からボクスブレスを浴びせたのだ。
 時空凍結弾によって生じた霜がジグザグ効果によって広がっていく。
 そこに新たな状態異常も加わった。
 ライジングダークの黒い光が放射されたのである。
「ああアっ!?」
 今度はローカストが苦鳴を発した。
「ちょっと可哀想だとは思うけど――」
 言葉は鉄塊剣を振るった。
「――絶対に村には行かせないの!」
 放たれたグラビティはブレイズクラッシュ。霜に覆われたローカストの体に地獄の炎が彩りを添える。
 それを見届けつつ、言葉は反撃に備えて間合いを広げた。
 そして、口吻に抉られた肩の傷をちらりと横目で見た。
「……やっぱり、後で痒くなったりするのかなぁ?」

●それは血
 ライジングダークの輝きが放射される暫し前。
「みーなん!」
 悲鳴に近い声をあげて、陽葉が弓を構えた。射線上にいるのは、『みーなん』こと弥奈。ローカストに組みつかれ、首に口吻を突き刺されている。
 だが、弥奈は表情一つ変えることなく、敵の体に拳を打ちつけた。ゼロ距離からの戦術超鋼拳。
 甲殻の破片と体液を撒き散らしながら、ローカストは飛び退った。弥奈の首から口吻が抜けて、代わりに一本の矢が背中に突き刺さる。陽葉が放った祝福の矢だ。
「頑張ってるな、三人娘」
 と、軽口を叩いたのは玉榮・陣内。『三人娘』とは、同じ師団に属する陽葉と舞彩と弥奈である。
「この分じゃあ、俺の援護は必要なさそうだ」
 そう言いながらも、陣内はメタリックバーストを発動させた。
 光の粒子の群れが前衛陣の周囲を舞い、命中率を上昇させていく(暫し後にはここにデスマーチのメタリックバーストも加わることになる)。
 その粒子群を突き破って、一人の騎士がローカストに突進した。
 賢穂が召喚した【氷結の槍騎兵】だ。
 続いて、ラギッドが走る。降りしきる雨を全身で弾き飛ばすような勢いで。
「うっとうしい雨ですねぇ。まあ、それ以上に――」
 ラギッドがそう呟いている間に氷の槍がローカストの胸板を刺し貫き、雲散霧消した。
「――アポロンの存在のほうがうっとうしいですが」
 ラギッドの惨殺ナイフもローカストに突き刺さったが、当然のことながら、こちらは消え去ることはなかった。刺すだけにとどまらず、ジグザグスラッシュで斬り裂いていく。
「アああっ!」
 怒りと痛みに吠え狂いながら、ローカストはラギッドに蹴りを食らわせた。
「おおっと!」
 ラギッドは後方に吹き飛ばされながらも、なんとか衝撃を殺してバランスを立て直し、ぬかるんだ地面に降り立った。
 ほぼ同時に彼の背中を矢が貫通した。
 陽葉がまたもや祝福の矢で射抜いたのだ。
「回復は任せて!」
 新たな矢を番えつつ、陽葉は仲間たちに叫んだ。
「誰も倒させはしないよ!」
「俺にも任せろぉー! 爆音放射ぁーっ!」
 ヴァオがヘッドバンギングとともに『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。もっとも、対象は前衛陣なので、中衛のラギッドにとってはただの騒音でしかない。後衛の唯奈と陽葉にとっても。
 その唯奈がリボルバー銃を構え直した。今度は銃口を相手に向けている。
「こいつを避けるのはちーっと骨だぜ?」
 銃声が響き、『魔法の弾丸(マジックバレット)』が飛んだ。稲妻めいた折れ線の軌跡を描きながら。
 跳弾射撃ではない。どこにも接触していないのだ。にもかかわらず、見えない何者かの手に操られているかのように何度も方向を変えていく。それを躱すのは『ちーっと骨』どころではないだろう。実際、ローカストは躱すことができず、胸を撃ち抜かれた。四半秒の間を置いて、その傷口が燃え上がる。イヌマルのパイロキネシスだ。
「ぁぁぁァぁ……」
 弱々しい声(文字通り、蚊の鳴くような声だった)を発して、ローカストは両膝を落とした。
 その眼前に弥奈が立ち――、
「おわりだ」
 ――惨殺ナイフを一閃させて、とどめを刺した。
 微塵も躊躇うことなく。
 一片の慈悲もかけずに。
 血襖斬りによって盛大に噴き上がる、ローカストの体液。
 そこにライジングダークの黒い光が差した。

●それは涙
「……やっぱり、後で痒くなったりするのかなぁ?」
「アあぁ!」
 痒みを心配している言葉に向かって、ローカストが足を跳ね上げた。二度目のキック。
「いったぁーい!」
 と、悲鳴をあげながらも(今度は可愛い声を出す余裕があった)言葉は鉄塊剣を薙ぎ払った。二発目の時空凍結弾。
 ローカストの体に新たな霜が生じ、同時に古い霜がダメージを与えた。ブレイズクラッシュの炎も消えてはいない。それどころか、蹴りで攻撃した際に燃え広がっている。
「以前は八人がかりで一体のローカストを相手にするのがやっとでしたね」
 そう言いながら、言葉の横に立った者がいる。
 各個撃破組の賢穂。一人目が倒れたので、標的をシフトしたのだ。
「でも、今は違います。わたくしたちが強くなったことを――」
 オウガメタルで全身を覆って、賢穂は拳を振り上げた。
「――証明してみせますわ!」
「アァーッ!」
 ローカストも負けじと声を張り上げる。
 だが、それが彼もしくは彼女の断末魔の叫びとなった。
 賢穂の戦術超鋼拳によって、氷と炎で斑に染まった体を打ち砕かれたのだ。

 舞彩の旋刃脚に怯むことなく、ローカストは口吻で反撃した。
 舞彩もまた怯むことなく、地獄化した左手でそれを受けた。
 いや、ただ受けただけではない。口吻に貫かれた手を押し込むようにして、敵の顔面を鷲掴みにした。
 そして、自身の左手に叩きつけた。
 電光を纏った右の拳を。
「消し飛べ!」
 地獄の炎に電光がぶつかり、『我竜爆火雷(ドラゴニック・パニッシュメント)』の爆発が起きた。
「アぁァ!?」
 ローカストは衝撃に身をのけぞらした。片方の複眼が潰れ、二本の触手は根元からちぎれている。
 それでも足を踏ん張り、なんとか持ち堪えたが――、
「先に抜きな」
 ――唯奈が真正面に立ち、西部劇めいた言葉をかけた。早撃ち勝負を挑むガンマンのごとく、悠然とした所作で銃はホルスターに収めながら。
「ああァーッ!」
 残された複眼に凶器の光を灯して、ローカストは攻撃を仕掛けた。
 その攻撃が届くよりも早く、唯奈がクイックドロウを披露した。
 先の二回と違い、銃弾は一直線に進んだ。
 そして、ローカストの眉間にめり込んだ。

「残ったのはてめぇだけだぞ」
 最後のローカストに朔夜のフレイムグリードが撃ち込まれる。
 朔夜の後方では陽葉が弓をまた構えていた。標的は味方ではなく、ローカスト。もうヒールは必要ないと判断したのだ。
「あァーッ!」
 陽葉を威嚇するかのようにローカストは吠えた。
 もちろん、その程度のことで陽葉が動じることはない。
「アポロンに従い続けた結果が、これなんだね。でも、僕にとっては一般人のほうが大事だから……容赦はしないよ。ごめん」
 静かに弓を引く。
 ホーミングを有した赤い光の矢『欺瞞のワルツ・A(ギマンノワルツ・アロー)』がローカストの左胸を射抜いた。
「アああぁァぁーッ!」
 吠え続けながら、ローカストは朔夜に(あるいは、その後方にいる陽葉に)近付こうとした。だが、数歩も進まぬうちに足が痙攣し、立ち止まらざるをえなくなった。御霊殲滅砲によるパラライズが働いたのだろう。
 その御霊殲滅砲を放ったラギッドが動いた。とどめを刺すために。
「おまえらの飢えなど――」
 普段とは違う乱暴な口調でローカストに話しかけながら、ラギッドは『亡飲獰食(ボウインドウショク)』を発動させた。
「――この俺の飢餓には及ばん」
 不気味ななにかがラギッドの体から滲み出た。乱杭歯を生やした異形の臓物。地獄化した胃袋だ。それは独立した生物のように蠢き、ローカストに食らいついた。
「アーっ! ぺいるぁ! うッサむァーっ!」
 ラギッドの胃袋に噛みつかれ、噛み切られ、噛み砕かれ、ローカストは喚きちらした。
 意味のないはずのその叫びが――、
「あぽるぉんすぁうまぁーっ!」
 ――『アポロン様』という言葉に聞こえた。最期に僅かばかりの理性を取り戻したのか。あるいは、ただの錯覚か。
「どちらであれ、やりきれねぇな」
 と、ウェアライダーである朔夜が吐き捨てた。
「クソバッタ野郎さえいなけりゃあ、こいつらにも定命化の可能性があったかもしれないのに……私らの先祖みたいに……」
 ローカストの悲痛な声はもう聞こえなかった。
 食い尽くされたのだ。

 ローカストの遺体(一つはラギッドの胃袋に食われたので、三つしか残っていない)に彼方・悠乃が駆け寄り、ウィッチオペレーションを始めた。体内に残っているオウガメタルを救おうとしているのだ。
 その作業を賢穂は見るともなしに見ていたが、やがて自分の体に視線を落とし、主婦らしい(?)言葉を口にした。
「返り血と雨でベタベタ……お洗濯が大変そうですね」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
 と、デスマーチが肩を叩いた。
「わたしが綺麗にしてあげる。『クリーニング』の機能がある防具を着てきたから」
 重い空気を消そうとしているのか、彼女は殊更に明るい声を出していた。
 だが、その声も弥奈には届いていない。
(「冷えきってるな」)
 と、弥奈は心中で呟いた。
 彼女が『冷えきってる』と評したのは、今の自分自身の心。そこにはローカストへの感情はない。憐みも、怒りも、恨みも。
 少なくとも、本人はそう思っている。
 雨が降り続く空を無表情に見上げて、もう一度、弥奈は呟いた。
 今度は声に出して。
「笑えるほど、冷えきっているな……」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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