惨禍の訪れ

作者:ねこあじ


 夕時。闇の訪れは駆け足でやってくるかのようだ。
 秋も深まり肌寒くなった街のなかを、人々もどこか急ぎ歩く。
 退社し真っ直ぐに帰路につくもの、買い物、待ち合わせと目的様々な人と擦れ違う駅前の広場。
 そこへ突如、上空から降ってきた巨大な牙が四つ、突き刺さる。
 たちまち、牙は鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変えた。
「ヒッ――……!」
 駅前広場に、戦慄がザァッと走り抜けていく。
「オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
「オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル……!」
 背を向け逃げる人間へ鎌を一閃――それが殺戮開始の合図となり、一人また一人と恐ろしい速さで屠っていく。
「ハァハハハハ!!!」
「サケベ、ニゲマドエ!」
 悲鳴を散らし、血を散らし、地獄と化した駅前に竜牙兵の咆哮が響いた。


「福岡県の駅前に竜牙兵が現れ、人々を殺戮することが予知されました」
 集まったケルベロスたちを前に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を始めた。
「今はまだ事件は発生していません。急ぎ、ヘリオンで現場へと向かい、凶行を阻止してください。
 ですが、竜牙兵が出現する前に、周囲に避難勧告をすると、竜牙兵は他の場所に出現してしまうため、事件を阻止することが出来ず、被害は大きくなってしまいます」
 予知した場所で竜牙兵を撃破する――それが最善の方法だろう。
 ケルベロスたちが戦場に到着した後は、避難誘導は警察などに任せられる。
「ですから、皆さんは竜牙兵の撃破に集中してください」
 ケルベロスと相対した竜牙兵は、標的を一般市民からケルベロスへと移す。
「この駅は福岡県の交通の要となっていて、さらに夕時、人の通りは多いです」
 セリカは駅前の地図にマークをつけた。広場。そこに、竜牙兵が出現するのだ。
 降り立つ周辺で待機しておけば、問題ないだろう。一般人に接触させることなく、速やかに戦闘へ移ることが出来れば、救出へつながる。
 加え、ケルベロスとの戦闘が始まれば竜牙兵は撤退することはないとセリカは言った。
「敵は四体。簒奪者の鎌、バトルオーラを装備していて互いに連携し動くようです」
 セリカの説明によれば敵は、スナイパー二体が簒奪者の鎌、ディフェンダー二体がバトルオーラを。
「何気ない日常に突如として降ってくる災厄は恐ろしいものです……竜牙兵による虐殺を見過ごすわけにはいきません。どうか、討伐をお願いします」
 真剣な表情でセリカは言うのだった。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
柳・優示(折れぬ剣・e20013)
巴江・國景(墨染櫻・e22226)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
リリー・リー(輝石の花・e28999)

■リプレイ


 朝、昼、晩と必ず訪れる時間は同じ。
 それでも天候、四季の移ろい、過ごす者の足取りと、生きる日々において同じものは一度たりとも無い。
 この日もまた、いつもの夕方、いつもの駅前、そしてそれぞれの目的に歩く者。そんな日常。
(「グラビティチェインを効率よく収集するには。
 人通りが多い場所が狙われやすいのは自明の理――」)
 今この時、同じ時間帯を共有し待機するケルベロスたち――その一人、巴江・國景(墨染櫻・e22226)が人の流れを眺め、考える。被害は最小限に留めたいところだ。
 佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)の姿は待ち合わせをしているかのような、どこかそわそわとした様子。
「十字騎士団だっけ? は、お役御免になったのかなぁ?」
 朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)は変化しつつある空を見上げて呟き、次の瞬間、ハッと息を呑んだ。
「くるよっ……!」
 上空から降ってきた牙が四つ、駅前広場に突き刺さった。
 落下音、地面を穿った音、一瞬の静寂のなか徐々に後退する人々。
 空気が劇的に変化したのは竜牙兵が出現した時だった。四方を向く四体の竜牙兵。
 間近の市民の腕を、結が引っ張り背に庇った。
「戦えない人を狙うしか出来ないの? 恰好悪いよ、あなた達……」
「ナニ……?」
 緊張が走る。初動に瓦解する脆い空気。
(「当たれば僥倖、当たらずとも……注意を引くことさえ出来れば」)
 牙が穿ち拓けた場に、國景が天空より無数の刀剣を召喚し、解き放った。
 竜牙兵の前進を、振られるはずだった武器を阻み、市民がより安全に逃げることのできる時間を作り上げる。
「コレハ……!?」
 刀剣を叩き落とし、竜牙兵が叫ぶ。
 波紋のように広がる恐怖を逆行するように駆け、接敵する藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)。
 結が発生させたカラフルな爆発を背に、鎌を持たぬ二体めがけ抜刀した景臣が横一文字に薙げば、数多の花弁が舞い踊り、夕陽に揺れる銀細工が反射した。
「まったく……無差別とは厄介なものです」
 違う一体が弱者へ向けていた鎌を即座に翻した。弧を描き斬り上げてくる牽制の鎌を舞藤でいなす景臣。
「景臣さん……!」
 そこへアーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)のミサイルが次々と撃ちこまれた。
「……問題ありません。直ぐに片付けましょう」
 こちらに意識を向けた敵後衛に、内心安堵した景臣が応じる。人の悲鳴が聞こえる駅前広場だったが、敵は目もくれていない。
 アーニャが言う。
「敵の足止め役とは、損な役回りですね」
 鎌を持つもう一体を視界におさめれば、同時に耳をつんざく数発の着弾音。
 敵はアーニャの攻撃に怯むことなく、ケルベロスとの距離を詰めた。
「ですが、これも私の役目……しっかりと務め上げます。貴方達の相手は私達です!」
 動線を読み、さらにミサイルを撃ちこむアーニャ。
「おっと、気ぃ付けてな」
 竜牙兵から逃げようとして足をもつれさせた市民を、照彦が咄嗟に支えて送り出す。
(「殺せば憎まれるわグラビティチェインは持ってけるわ、確かにお得やわ」)
 駆け、場が拓いたところでミサイルポッドを展開させた。
「ケルベロス! タオセタオセ!!」
 轟音に紛れ聞こえる竜牙兵の言葉。
(「ほんでもオッサンらを見逃せんあたり、所詮ただの牙やな」)
 そのミサイルの軌道に三和・悠仁(憎悪の種・e00349)の足取りが合致する。市民の逃走の邪魔にならぬよう、細心の注意を払い接敵した悠仁は、竜牙兵を目前にしデウスエクスの残滓を顕現させた。
(「……憎悪、憎悪か。性懲りも無く奪おうと言うのならば、くれてやる」)
 黒槍の如きそれが敵を穿ち、貫く。
 普段は物静かである悠仁の瞳が、殺気を帯び鋭くなった。
(「此れより此の身から出でる炎は、地獄は、力は! 余さず全て『憎悪』其の物だと知るがいい……!」)
 一歩踏みこみ、力を入れ薙ぐ。
 よろけ、がら空きとなった敵胴に柳・優示(折れぬ剣・e20013)が電光石火の蹴りを放った。
 主軸の脚はぶれることなく、放った片脚は素早く地に戻され、接近戦に持ち込む足場が確保された。
「人々の平穏を理不尽に蹂躙するというのなら全力で潰すだけだ。文字通り粉々に消え去ってもらうぞ!」
 敵の攻撃態勢か、オーラの増しはじめた一体へ優示が半身を捻り牽制の拳を仕掛ける。
「大丈夫、福岡の町はリィたちケルベロスが守るのよ!」
 広場の植え込みからオブジェへと跳んだリリー・リー(輝石の花・e28999)が声を上げた。
 その言葉は、みんなに確りと届く。
「テレ坊さん、頑張ろうね」
 リリーは照彦のテレビウム・テレ坊に話しかけたのち、ちゃんと刃に敵が映りこんだか覗きこんで確かめて、トラウマを具現化させる。
「……リィ、ナイフなんて使うの初めてだから気をつけたほうがいいと思うのよ!」
 刃に映りこんだ竜牙兵――影の骸骨が、敵に襲いかかる。


「ドラゴンサマのタメニ!」
「ケルベロスをホフレ!」
 死の力を纏う敵後衛たちの二刃が弧を描き、それぞれ下段上段から優示へと迫る。
 敵の頸椎を捉えていた優示がハッと息を呑んだ刹那、
「させません……!」
 アームドフォートの主砲を一斉発射したアーニャの攻撃が、跳躍した上段の敵を弾き飛ばす。
 着地した敵を追う牽制のミサイルが次々と撃ちこまれ、彼我の距離を作り出した。
「私の弾幕の壁は厚いですよ。抜けられるものなら抜けてみなさいっ!」
 斬線に入り庇う景臣の身を裂く鎌の刃――刀を打ち、斬撃の威力を削いだ景臣は、鎌が下段から上段へ振り上がった瞬間、身を屈め当身の要領で敵を突き飛ばす。
「守るべきは市民のみに非ず――ですよ」
 弾みにまかせ地に手を着き態勢を整えた彼は、跳躍した鎌持ちを追う。
 何度目か分からない敵のオーラが飛ばされた。
 敵は、後衛をアタッカーとし、前衛は庇い回復をほぼ専念する戦法をとっているようだ。
 状態異常付与の手札を揃えるケルベロスが相手となれば、二つ三つでブレイクには動かないだろう。
 しかしテレビフラッシュには抗えず、時折、テレ坊に向かって気咬弾が放たれた。
 照彦の読みは当たり、敵の布陣は長期戦覚悟。
「もとより、それはこっちも覚悟してる」
 結の呟き。敵後衛の攻撃は息を合わせているらしく、回転し襲い来る鎌が二つ――照彦が一つをその身で受け止め、牽制役の手で若干軌道の逸れた鎌が、回避に動く結の胴を浅く斬り裂いた。
「悪いけど、倒れる訳にはいかないし、誰一人、倒れさせたりしない」
 痛みに歯を食いしばり、回復のオーラを照彦に飛ばす結。
 リリーのウイングキャット・リネットが結の行動に合わせ、前衛の邪気を祓っていく。
 ケルベロスたちはアタッカーを抑えながら、回復にまわす敵の二手を好機とし、着実に攻めていく。
 ひゅ、と、どこか軽やかに風を切る二刃の音。
「貴方たちの望むものはそう易々と手に入るものではありません。ですが……退けとは申しません」
 庇い、庇われ負傷の大きくなってきた敵前衛へ、中距離から詰める國景。
 舞うように大小の弧を描くナイフが、敵の懐を捉え速度を増した。
「貴方たちには此処で散って頂きます」
 國景の鋭い刃が骨を断ち、数多の切り目をつけた。間合いを離脱する。
 すれ違い様、ゆらりと怨嗟の気が辺りに満ちる錯覚。接敵した悠仁から獄炎に包まれた無数の黒き枝が、敵の背後から絡み、切り裂いた。
「牙を剥け、我が内より来たる憎悪の声、叫び、慟哭。――」
 國景の残した数多の切り目から骨は切断され、悠仁の独自魔術に薄汚れた竜牙兵の骨は黒く覆われる。
 刻まれた竜牙兵が破裂したが如く一気に砕けて瓦解した。
「始末した――次だ!」
 敵の残骸を踏み砕き、悠仁が声を上げる。
「では、こちらを!」
 アーニャの声に、七人は後衛の一体へと意識を向けた。
「了解なの」
 元気よく返事するリリー。
 太く長大な銃身を向けて放つエネルギー弾を撃てば、射出の反動に煽られ「ひゃあ!」と思わず叫んでしまう。
「あっ、でもリィアタック、ちゃんと当たったのよ!」
 羽をぱたぱたさせて傾いた姿勢を戻し、成果を目にするリリーであった。
 テレ坊が顔から閃光を放ち、ゴッとボクスブレスを放射する結のボクスドラゴン・ハコも果敢に戦っている。
 敵の庇い手が一体倒れた今、積極的にケルベロスの攻撃を受けにくる残り一体。
 ――戦況が変化する。
「先に前衛を崩しましょう」
「そっちのほうが早い」
 景臣の言葉に結が頷いた。前衛戦線は片方が崩れれば、完全な瓦解は直ぐだ。
 ケルベロスたちの攻撃が叩きこまれる。
「ほな、いくで」
 照彦は持つ槍の遠心を利用し、方向転換した。遠心の勢いは殺さず、大きく振るう長柄を順手逆手順手と持ち替え、加速させる。
「ワレラガセイエイ、ドラゴンサマのタメに!」
 照彦の背後に迫る鎌は割りこんだハコを捉え、そしてアーニャのミサイルが阻んだ。
 稲妻を帯びた超高速の突きが、骨を砕く硬い音を立て敵を貫いた。
(「皆の恐怖ごと粉々に砕いたるわ」)
 原因、結果――因果律そのものが破壊されゆく音に、終いとばかりに照彦が薙げば敵胴が割れた。
 地面に落ち、こと切れたのを確認した優示が敵後衛へと駆けた。狙い定めたのは先程アーニャが示した敵だ。
(「この竜牙兵は以前相手にしたクルセイダーズとは違う連中か。最近奴らの動きが少ないのは何かの前兆なのか?」)
 振られた牽制の鎌を避け、敵懐へ滑りこみ様に腰を落とす優示。
(「……考えても仕方ないか、今はこいつらの討伐に全力を尽くすぞ!」)
 大地の霊力を腕にこめた。
「そこを動くなよ、烈震!」
 烈震掌破を放ち、衝撃により砕かれた骨が空を舞う。
 敵は千鳥足が如くの後退を見せ、そこに接敵する仲間たちの攻撃が叩きこまれた。


 庇い手を失くし、回復手段がケルベロスに当てた攻撃の恩恵のみとなった今、鎌を持つ敵たちは敵ではなりつつある。
 とはいえ油断は禁物と総攻撃を仕掛けるケルベロスたち。
 回復を受け持ったリネットが前衛を癒し、結がバスターライフルを掲げた。
 残り一体。狙い定める。
「ハコ!」
 結の言葉に、封印箱に入ったハコが敵に体当たりをした。
 怯んだ相手の頭部めがけグラビティの光線を発射する結に続き、照彦のオーラの弾丸が敵に喰らいつく。
 とっとっと、っと駆けてオブジェから跳躍したテレ坊が、手にした凶器で攻撃し骨を砕いた。
 一緒にオブジェからふわっと飛んだのはリリー。
「お羽は利用しなくちゃ、なの!」
 怒涛の残虐アタックの最中、敵の背後に着地したリリーがぴょんと跳ねた。
「えーいっ、リィキックなのよ!」
 炎纏う蹴りに加え、地獄の炎をナイフに纏わせた國景が一閃する。
 敵胸元から虚空へと線を刻んだ炎が散る前に、鎌の長柄が振られた――が、既に國景は離れていた。
 間合いをはかる暇すら与えまいとケルベロスの攻撃が重なる。
 半時計回しに振られた鎌刃を、背後をとった景臣が己が刀で受け弾き、その分前に突出した長柄を優示がいなした。
 続く動作は速い。優示の電撃的な後ろ回し蹴りに敵の頭蓋は砕け、上段から空の霊力を帯びた一刀が振り落とされた。
「ワレらセイエイ……ケルベロスゴトキニ……グッ!」
 眼窩の残らぬ顔半分を砕いたのは悠仁のブラックスライムであった。
「憎悪か、お前も感じているか」
 壮絶な殺気、鋭く伸びたデウスエクスの残滓。
 それらが引き抜かれる――直前、アーニャが大量のグラビティを行使する。
「これが、私の切り札……時よ止まれっ!」
 ひゅ、と一瞬で中距離を移動したアーニャが全ての銃身を敵に突きつけた。
「テロス・クロノス……フルバーストッ!」
 轟音。
 全武装火器から一気に射出され、敵は木っ端みじんに跡形もなく消滅するのだった。

「ハコ、お疲れさまだよっ!」
 結がぎゅうっと抱きしめると、ハコは青い瞳を煌かせ喜ぶ。
「では、駅周辺の修復作業をしていきましょう」
 戦闘の痕や地面に突き刺さった牙の痕――周囲を見た國景の言葉に、アーニャが頷いた。
 ケルベロスたちのヒールグラビティで激しい戦闘の痕跡が修復される。
「リィ、ヒールも頑張るの」
 羽を利用して飛ぶリリーが、アーチやオブジェを修復していった。
(「感謝されるかは分からんけど、恐怖とか憎悪と逆の気持ちが敵の痛手になるんかな?」)
 そう、照彦は思った。
 荒れた眼前の光景が癒されていくのを見た悠仁は目を細める。
「平穏がすぐに戻ってくると良いのですが」
 と、景臣。竜牙兵の訪れ故に市民を侵した恐怖は計り知れない。
 その時、惜しみない拍手と称賛が駅前広場を包み込む。避難していた人々だった。
 安堵の涙、助かった喜び、感謝。
 憎悪も拒絶も感じさせない、あたたかな空気に優示もまた安堵の息を吐いた。
 そんな優示と市民たちを見た照彦がにかっと笑う。
「さー皆、安心して家におかえり。今日も一日お疲れさん」
 燻る負の感情をおさえ、包みこむあたたかな感情。それがきっと明日の活力となるだろう。

作者:ねこあじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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