飢え渇く蟷螂の群れ

作者:天枷由良

「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 ローカストを支配する、太陽神アポロンの叫びが、山の空気に虚しく響く。
 周囲に集うローカストの重鎮達は、ローカスト達の窮状を訴え、黙示録騎蝗の中断を願い出るが、太陽神アポロンは聞く耳を持たなかった。
 既に限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していくものも出始めている。
 このままでは、ローカストという種族すら滅びかねないだろう。
 だが、それでも。
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 太陽神アポロンの権威は、ローカスト達を縛りつけ続ける。
 この呪縛は、太陽神アポロンが死ぬか、それとも黙示録騎蝗の中断を命じるか。
 或いは、グラビティ・チェインの枯渇によって理性を失うその時まで、続くのだろう。


 そして、黙示録騎蝗の軍勢に生じた綻びは、恐るべき形で現れていた。
「――グガァァァァァ!」
 早朝、岡山県の北部に位置する山村。
 平凡な一日を始めようとした村人へ、飢えの極限に至ったローカストたちが牙を剥く。
 男も女も、子供も老人も関係ない。
 ローカストたちにとって、それは全てグラビティ・チェインの詰まった袋だ。
 衝動のまま、力の限りで腹を刺し、腕を斬り、首を刎ね。
 動かなくなった肉塊に、舌なめずりする飢渇の虫たち。
 その唸り声が消え、村人の悲鳴も消え。
 静まり返った山の合間には、くちゃりくちゃりと、食事の音だけが響く。


「広島のイェフーダーに続いて、今度はローカストの中でも一際屈強な戦士、阿修羅クワガタさんを撃破したそうね。おめでとう」
 ケルベロスたちを笑顔で労って、ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は、すぐに表情を引き締めた。
「ローカスト勢力の作戦は尽く皆に阻止されて、彼らはグラビティ・チェインを補給するどころか、浪費する一方。勢力としては確実に弱体化しているでしょうけれど……どうやら、喜んでばかりもいられないみたい」
 そう言いながら、ミィルは差し出した地図の一点を示す。
「岡山県の北部にある山村を、グラビティ・チェインの枯渇によって理性を失ったローカストたちが襲うわ」
 合計5体のローカストは、全てカマキリを人型にした姿。
「どれもそれほど強力な個体ではないけれど、飢餓状態で突撃してくるから思わぬ強さを発揮するかもしれないわ。攻撃も力任せで威力がありそうだし、決して油断しては駄目よ」
 敵襲は朝早く、村人たちはこれから日々の生活を始めようとしていた頃。子供などは、まだ寝ているものもいるだろう。
 そして山村から他の集落までは距離があるため、村人を避難させようと山村の外に出すのは、得策でないと思われる。
 従って、敵に対する作戦は村で迎え撃つか、或いは村へと向かってくる途中で発見して撃破するか。その二択になるはず、だが。
「村で迎え撃つとするなら……それは、家屋の付近を戦場にするということよね。先に言ったとおり、ローカストたちは酷く飢えているわ。もし村人の姿を見つけてしまったら、ローカストたちは間違いなくそちらに襲いかかっていくでしょう。より簡単に、グラビティ・チェインを得るためにね」
 かと言って、村へ向かってくる途中のローカストを迎撃しようと山に入り、万が一その発見に失敗したなら――。
「村は壊滅的な被害を受けるはずよ。敵は一塊で一直線に村へと向かってくるから、発見するのは難しくないと思うけれど……問題は、この山間の村に、どの方角から向かってくるかまでは分からないということね」
 いずれにしても、不安要素は残ってしまうか。
「戦うのは皆だから、どのような作戦で当たるのかは、よく話し合って決めてちょうだい。……あぁでも、中途半端な戦力の分散だけはオススメしないわ」
 それほど強力な個体ではないとは言っても、敵の強さはケルベロスたちが全員一致で立ち向かわなければならないもの。
 散開した状態では、一塊の敵群に各個撃破されてしまうだろう。
「こんな無法を許すほどに統率が乱れてきているのなら、ローカスト勢力もいよいよ進退窮まってきたという感じかしら。気になるところだけれど、まずは飢えたローカストたちの襲撃から、村の皆さんを守ってちょうだいね」


参加者
美城・冥(約束・e01216)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)
レイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の猿忍・e29164)

■リプレイ


「空よりの索敵、お頼み申す」
 岩櫃・風太郎(閃光螺旋の猿忍・e29164)に見送られ、オラトリオのレイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)が翼をはためかせた。
 2人は見知った顔だ。ただそれだけでも、戦地において心強いことはない。
 その戦地。ケルベロスたちは空から陸から海から様々なところで戦うが、今日の舞台は早朝の山。
 近くには村がある。つい今しがた通ってきたばかりだが、長閑なところだった。
 そこに住まう者たちの生命を狩り、貪ろうとする蟷螂の群れが、敵だ。
「黄緑色の甲殻と両腕の刃が特徴、でしたわね」
 レイラの手にしたスマートフォンから、地上に居るエルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)の声が聞こえた。
 ご丁寧にモバイルバッテリーまで取り付けた通信機器は、片目を閉じたエルモアを中継点にして空と地上を繋いでいる。
 さすがは現代文明の利器といったところ。しかし、次にレイラへ届いた音は、機械越しでなく生の声。
 背を合わせるように並び飛ぶ、フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)のもの。
「しっかり発見しなくてはですね」
 頷き、レイラとフィアルリィンは見渡せる限りの世界を半分ずつに分けて、敵の痕跡を探る。
 どんな小さな異変でも見逃さぬよう、視覚、聴覚、使えるものは何でも使って。レイラは早速、双眼鏡を覗きだした。
 緑、緑、緑。見えるのは木々ばかり。
 なるほど。発見は難しくないと言われていたが、大体の『あたり』すらつけられないというのは、中々骨が折れる。
 空飛ぶ2人でなくとも、例えばズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)などが大凡の方角に見当をつけようとする為の、その材料すらないのだ。
 強いて上げるなら、勘だろうか? いやいや、そんなものに頼って間違った方向へ進み、フィアルリィンの光翼に反応が出るような事態になれば、取り返しがつかない。
 そこでズミネが頼りにしたのは、運動会などで使われるスターターピストル。ただ敵を探すだけでなく、此方の存在を敵に示そうという腹積もりらしい。
 銃口を空へ向けて引き金を引けば、乾いた破裂音が山中に響き渡った。
 居所を知らしめるには充分な音だ。もっとも、蟷螂たちがそれを目論見どおりに解してくれるかは、分からないが。
「……むしタイプ、見つかりまして?」
 エルモアが木々に目を走らせながら発した問いに、そこかしこから否定の言葉が返る。
 何やら猿の鳴き声も聞こえた。この辺りを根城にする野生のものかと思いきや、それは動物変身の能力を用いて樹上に登っている、風太郎の声だった。
 首を振る彼の向こうに、飛び上がって彼方へ消えていく鳥の群れが見える。突然の号砲に驚いたのだろう。
 まさか蟷螂までもが、それに続くとは思えない。ズミネは次弾を込めつつ、他の仲間たちの様子を伺った。
 月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)が、目に見えるほどの闘気を漲らせて立っている。どうやら己を餌にして、敵を釣ろうとしているようだ。
 その鎌夜にほど近いところでは、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が地べたに頬を擦り付けていた。
「俺、一応音楽家なんだぜ」
 目が合った途端、ウタはそんな台詞を口走る。
 何のことやら。……あぁ、ミュージックファイターの素養を持っているということだろうか。
 それなら自分も同じだとズミネが言い返す前に、ウタは土の感触に集中し始めていた。その先に求めるのは、敵の音。
 真似こそしないが、美城・冥(約束・e01216)にしても気を払っている部分は同じだった。2人は特に、敵が出す音へ神経を尖らせている。
 餓え渇き、一刻も早くその腹を満たそうとする者たちが、密やかに行動する余裕などないと考えているのだ。


 予想は概ね、的中したと言って良いのだろう。
 山中に耳を傾けている冥とウタでなくとも聞こえた音は、草木が擦れ合うにしては大きすぎるもの。
「見つけました!」
 突如薙ぎ倒された木々を見やり、レイラの上げた声がエルモアを通じて風太郎の尻を蹴る。
 弾かれたように枝を飛び渡っていく猿のウェアライダーを追って、地上組はエルモアが作り出す森の小路を駆けていった。
 フィアルリィンも大まかな風景から敵の来た方向を記憶して、レイラと共に空を滑る。
 8人はそれほど差もなく合流を果たし、同時に哮る蟷螂の群れを捉えた。
「先手必勝でござる! 親友から賜った陽光と月光の威力、今こそ示す時!」
 木を下りて猿から人へと戻った風太郎が、両腕に日と月の神の名を冠す2丁のグレネードランチャー型バスターライフルを構える。
 解き放たれた巨大な力の奔流は、真正面から一塊で向かってくる蟷螂たちを一気に飲み込んだ。
 それにエルモアも続く。合わせて4つの砲から注ぎ込まれた力が、山の中に大河を作って敵を彼方へ押し戻そうと荒れ狂う。
 だが、蟷螂たちも必死だ。血肉を、グラビティ・チェインを求める本能だけで動く彼らは、ひたすらに波をかき分け、ケルベロスたちに近づいてくる。
 いや、彼らの目が見据えているのは、その先だろうか。 
「行かせませんよ」
 村のある方を背に、ひらりと降り立ったレイラが、吹雪の形をした氷河期の精霊を喚び起こす。
 大河は凍りつき、喘ぐように鎌を振り上げた蟷螂たちの懐に、今度はフィアルリィンが飛び込んで片手を振るった。
「その蟷螂の鎌では、何も刈り取らせはしないですよ!」
 叫び、一閃。磨き上げられた刀のように、冥府深層の冷気を帯びた手刀が蟷螂たちの腹を裂いていく。
 極めつけは冥だ。フィアルリィンが光翼を翻して退いた直後、冥がファミリアロッドから放った巨大な火球が、蟷螂たちの中心に墜ちて氷河を解かし、草木ごと焼き払う。
 出会い頭の攻撃はレイラの言葉通り、これ以上先へ進ませぬという、ケルベロスたちの意志を体現したかのような苛烈さだった。
 ――しかし。
「……見事に、狂っているでござるな」
 爆炎の名残に目をやって、風太郎が冷たく言い放つ。
 あるものは身体に炎を宿し、あるものは腸を零し、あるものは見るからに不自然な足取りで、それでも蟷螂たちは、前へと進んでくる。
 口からぼたぼたと涎を溢れさせる姿は、見るに堪えない。名乗りを上げ、戦士として対するにはあまりにも無様。
 それ以上言葉を発することなく、風太郎は銃を構え直す。
「そりゃ腹が減ったらイラつくよな。そこまでイカれちまうくらいだ、さぞ辛いんだろう」
 鎌夜やエルモアと共に敵を取り囲みながら、ウタが同情の念を送る
 だが、瞳に異様な光を湛える蟷螂たちへ、その声も思いも届きはしない。
「……もう、互いのどちらかが消えるまで、争うしかない、か……」
 噛みしめるように、冥が呟く。
 彼らは侵略者だ。己が生き延びるために、無辜の民草を殺戮しようとする敵だ。
 今更確かめずとも、冥は幾度かローカストたちと刃を交えてきて、その事を理解している。
 他の者たちも同じだ。それでも。
(「あぁ、こうなる前に……」)
 何とかしたかった。
 レイラは無念とも悔恨とも取れる目を、蟷螂たちに向けた。


 しかし、どれほど哀れだとしても、目の前の敵を村へ進ませる訳にはいかない。
「絶対に、守る!」
 容赦は出来ぬと冥が奮い立った直後。
 蟷螂たちは飛ぶように次々と跳ね、空に舞い上がった。
「来やがれ、何があってもここは絶対に通さねぇぜ!」
 招くようなウタの元へ、まず2体。
 酷く直線的な軌道の蹴りを、ウタは軽くステップを踏んで難なく躱す。
「単純すぎるぜ! そんなリズムじゃ当たってや――」
「木霊ッ!」
 軽口は途中で鎌夜に遮られ、僅かに遅れて、ウタの地獄化していない左半身をじわりと熱が襲った。
 武装ジャケットの一部が、ばっさりと斬られている。疑うまでもなく蟷螂の鋭い鎌によるもの。先の2体に続いて、もう1体が飛び込んできたのだ。
 後方を気にしつつ、一度退くウタ。すぐにズミネが近づいて、患部に強引な手術を施す。
「ちょっと、あまり動かないでよ」
 ビートを刻むかのように忙しない身体を叱りつけつつ、魔術切開とショック療法で癒やして、ほぼ元通りに。
 その間に蟷螂も、刃にこびりついた血を舐め取り、己の糧としている。
「ハッ。少しは楽しませて……くれそうだなァ!」
 卑しくも血をすすり続ける敵の元へ、鎌夜が詰め寄りながら叫ぶ。
 その右腕が、地の底から引きずり上げたのかと思うほど禍々しいものに変わった。
 熊手に似た形で振るわれる掌底。蟷螂は身を捩るが、恐ろしく獰猛な怪物と等しい右腕は敵を逃さず、乾いた肉を抉り取って吹き飛ばす。
 ただ一度の衝撃は、まるで遥か北の地から吹きすさぶ暴風のように、山を駆け抜けた。
 煽られた蟷螂は無残な姿になって木にぶつかり、ぴくりとも動かない。
 鎌夜が繰り出した一撃の破壊力もさることながら、その前に浴びせかけられた砲撃、吹雪、手刀、爆炎……様々な攻撃が、ウタから得た僅かな力などでは回復出来ないほどに敵の体力を消耗させていたのだろう。
「チッ……」
 期待した側からこれでは、まるっきり肩透かしだ。
 腕の猛りを鎮めていく鎌夜。その背を狙われたと気付いた時には既に、残る2体が大口を開いて間近に迫っていた。
「――あくっ……!」
 しかし、まず上がった悲鳴は女のもの。続いてねじ込まれた身体もまた、女と見間違う細身のもの。
 レイラと冥だ。2人は文字通り身を盾にして、鎌夜への噛み付きを防いでいた。
「良い子たちだ、役に立つじゃねぇか?」
 庇われてその言い草は、などと鎌夜に異を唱える余裕はない。
 柔肌に食い込むアルミの牙が、血を滴らせながら鈍く光って、更に奥深くまで侵そうとしてくる。
「やられた分は返してやる! お前たちの鼓動(ビート)が止まるまで、俺の炎は止まらないぜ!」
 庇い立つ2人の何方かでも救おうと、ウタが手にしていたバイオレンスギターを振るった。
 その軌跡を辿って渦を巻く炎は、2人に齧りついていた蟷螂を引き剥がしてなお、一方を虫かごのように囲って責め続ける。
 咎人を罰する地獄の火のように。執拗に。
「むむ……やるですね」
 炎を見てか、仲間の傷を見てか。
 唸るフィアルリィンが、レイラの傷を一度切り開いてショックを与え、再び閉じる。ズミネが行った緊急手術と、同じ手法だ。
 そのズミネは、何と口から羽虫を喚び出していた。
 おぞましい光景だが、羽虫はレイラと冥の傷口に集り、同化して傷を塞いでいく。見た目はともかく治癒術としては、優秀なもののようだった。


「あちらの方が弱っているはずですわ!」
 蟷螂を遠巻きにして、エルモアが6機の特殊兵装『カレイド』を散布する。無線制御で展開する鏡のようなそれは、エルモアが明後日の方向に放ったレーザーを器用に跳ね返して、敵の背後に届かせた。
 あちこちが燃え上がり、今にも灰となって崩れそうな身体に、不意をつく一撃は痛烈だっただろう。
 膝を折り、倒れ込んで事切れる蟷螂。
 残るは3体。そのどれもがそれなりの傷を負っていて、殲滅はそう遠くないように感じられた。
 しかしケルベロスたちの前衛陣もまた、この数分の間で『たが』の外れた蟷螂たちの激しい攻撃に晒されている。
 特に、己を顧みず仲間を庇い続けていた冥の消耗は激しい。2人のメディックを以ってしても、積み重なる回復不能のダメージばかりは、どうすることもできないのだ。
 肩で息をする冥をより狩りやすい獲物だと断じたのか、攻撃は一層、彼に集中し始めている。
「くそっ、俺にも遠慮なく、かかってきやがれ!」
 ウタが「殲剣の理」を歌い上げるが、元より狂ったも同然の蟷螂たちは見向きもしない。
 フィアルリィンの手で治癒されたばかりの冥を挟み込むように、2体の鎌が閃く。
「くっ……」
 冥は迫る刃の僅かな時間差を突いて、より近い方へ蒼く煌めく刀を添えつつ、もう一方の目を釣るように半身を捩った。
 そのまま倒れそうになる身体を踏み止め、1体目の片鎌を受け流し、遅れてきた2体目の刃へ敢えて飛び込む。
 肌と肌が擦れ合うほどの距離で刀を返し、一挙に叩き込まれた乱れ撃ちは、恐らく蟷螂にとって何であったのか理解する間もないものだったはずだ。
 崩れ落ちる敵。脇を通り抜けた冥は――数歩も行かぬうちに、足を止めた。
 止まってしまったのだ。
 すっと抜けていく力の、最後の切れ端に縋って目を動かせば、腸を貪るように噛み付いた3体目の蟷螂と視線が交わる。
「冥殿! ――イヤーッ!!」
 風太郎が雄叫びを上げながら、左足で蹴り飛ばしたエネルギー球が直撃して、蟷螂は凄まじい衝撃音と共にもんどり打って倒れた。
 時を同じくして、冥も地に顔を打ち付ける。息はあるようだが、治癒しても戦線復帰は出来ないだろう。
 とはいえ、気がつけば敵もあと1体を残すのみ。
「私達のグラビティチェインのほうが美味しいですよ!」
 慎重を期してフィアルリィンが挑発しつつ、残ったケルベロスたちは最後の攻勢をかけた。
「滓も残さず引き毟ってバラ撒いてやらァ!」
 鎌夜の右腕が再び怪物となって唸り、肉を削ぎ落とす。
 衝撃にたじろぐ蟷螂。その足下へ、死刑宣告とも言うべき巨大な魔法陣が展開された。
 幾ら理性を失った虫とて……むしろ、理性を失って本能で動いているからか。
 蟷螂は異変と危険を感じ取ったのだろう。魔法陣から逃れようと、彼方へひた走る。
 しかし、レイラの生んだ紋様は、もう蟷螂を手中に収めていた。
 そして無駄な足掻きを終わらせたのは、ズミネの撃ち出したオーラの弾丸。
 魔法陣同様に敵を追い回したそれが命中した瞬間、巨大な氷柱が足下から噴出し、その身を氷結させて無慈悲に打ち砕く。
 哀れな虫を含んだ細かな粒が散らばって煌めくのを、ケルベロスたちはじっと、見つめていた。


「――大丈夫ですか?」
 恐る恐る様子を覗き込んだレイラに、冥は力なく手を振る。
 傷は時間の経過と、ズミネが操る例の羽虫でだいぶ良くなっていた。
 重傷に至らなかったのは、彼が基本的に守勢でいたからだろう。
 村や住人たちには被害もないはずで、目的は無事に達せられたと言っていい。
「あばよ、 地球の重力の元で安らかにな」
 戦場であったところを眺めて、ウタがギターをかき鳴らす。
 そのメロディアスな鎮魂歌を背に、フィアルリィンは祈りを捧げていた。
 彼女の手によって、蟷螂たちの遺骸は可能な限り、土に葬られている。

 そしてあらかた事が済むと、ケルベロスたちの思考はローカストを苦難に導く首魁の名へと辿り着く。
「……アポロン、神とは何て名ばかりな……」
 レイラの呟きに、フィアルリィンが彼方を見やる。
 その先に居るのかは分からない。
 だが太陽神と雌雄を決する時は、そう遠くないように思えた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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