鼓吹するは不敗の勲

作者:雨屋鳥


「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ!」
 黒陽を抱えたような輝かしい声が冷えた山の靄を鋭利に震わせる。
 その声に迷いなど無く、全てが自らに傅くのだと自尊に満ちていた。その目はただ、只管に自らが進むべき覇道を見据えている。
「黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 その声に返るのは、骨が軋み続ける様な奇声と泡の湧き出る不快な音。飢餓に呻く、臣民の声。
 霧の中に一つ影が走り去っていく。
 過度の枯渇によって口部からは気泡を吹き、その複眼は白く視界を遮っている。とても正常とは思えぬ個体が殆どであった。
 まだ比較的無事な太陽神の配下、その重鎮達の制止の声を一蹴し神は告げる。空しく響くその声が思考すらままならぬ重苦の中にあるローカスト達を進ませている。
 また一つ、霧の中へと影が消えた。飢えに理性を失った個体がまた軍勢から脱落し、苦しみから樹木に体を叩き付けながら自失と覚醒を繰り返し、毒に満ちた白闇を転がる様に走っていく。
 その背中から響くのは、声。絶対の、声。
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 黒く照らす光は、彼らを進ませる。たとえその一歩先が奈落の淵であろうと、その一歩を躊躇わせる事すらなく。
 信奉という名の呪縛は、神が黙示録騎蝗の中断を命じるまで続く。
 或いは死ぬか、理性が壊れるその時まで。


「おお、斎藤さん、すげえ霧やなぁ……」
「ここんとこ冷えてきたからなぁ、獣にぶつからんようになあ」
 山村に住む男性たちが軽口を叩き合いながら、腰に付けた獣除けの鈴を響かせ朝日に輝く霧の中を慣れた様子で歩いていた。村の至る所に濃霧時に道が分かるよう旗が幾つも立っている。それを慣れた人間が見れば先の道が見えずとも畑にも家にも帰り着けるのだという。
 二人は雑木林にかかる霧に肩を落としながら朝の挨拶を交わす。数年前から帰農した家族が住みつきその顔触れは幾分か若いように見える。
 斎藤と呼ばれた男は村で唯一の居酒屋の前で、男性に手を挙げて挨拶をする。
 その体が、千切れた。
 張り詰めた大繩を鉈で切り払ったような野太い音を立てて、男性の体が胴から千切れ、鮮血を撒いて落ちる。
 白く眼を剥き、血泡を吹いて地に倒れたその体に何かが覆いかぶさっている。
「あ、ぇ……?」
 斎藤は声も出せずに、見知った男性の体から零れた奇妙な形の肉塊を貪る巨大な甲虫のようなものを見ていた。
 流れる汗に手を握り、漸く彼は農具を地面に落としていることに気づく。そして、甲虫の濁った視線が自分に向かっている事にも。
 脳天から股間にまで通る棒芯が激しく震えるような感覚が走る。異様な恐怖が催す強い吐き気に襲われ、彼は思わず胃の中の物を吐き出した。
「……ぁ」
 斎藤は口を押えた手が赤く染まっているのを見て、理解した。
 肉を食われ、骨を砕かれる振動はひどく不快なものだと。
 薄れゆく霧の狭間に見える彼の背後、別の甲虫が顎を突き立てていた。
 人が発したとは思えぬ絶叫がその肺から吐き出され、顔を出した店主が黒ずんだ色彩の惨劇に叫ぶ。
 村が狂乱していく。


「先日の巌流島での阿修羅クワガタさんとの決闘。そこで我々は阿修羅クワガタさんに勝利する事が出来ました」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が健闘を労い、イェフーダー、阿修羅クワガタさんの動きを阻止した事でローカスト残党の戦力が大きく低下しているはずだ、と続けた。
「ただし、ローカストのグラビティ・チェインの枯渇によってもたらされる災厄もあるようだな」
 浅間・人志(シャドウエルフの螺旋忍者・en0164)の声に頷いて、ダンドは地図の鳥取県の山間を示す。
「この小さな村が理性を失ったローカストによる襲撃を受けます」
 その敵の数は六。個体の力はさほど強力とは言えないが飢餓による極限状態。予想を上回る脅威を警戒する必要がある、と彼は注意を喚起した。
「この六体は、小さな群れを形成しているようで纏まって行動を起こします。そして、彼らは森の中を障害物を気にすることなく一直線に向かってくるようです
 これを迎撃する方法は二つ。確実な村での待ち伏せ、そして、村に辿り着く前に発見し迎撃する。この二つです」
 二つ指を立てたダンドは中指を下ろし人差し指だけを残す。
「まず、村での待ち伏せは、敵を見失う可能性は低いでしょう。しかし、ローカストは近い距離にいる無力な相手を重視するようです。飢餓状態の彼らが近くの村人を優先する危険が高くなります。
 そしてもう一つ、発見して迎撃する方法。
 これは発見に成功すれば、村人を襲われる危険性は低くなりますが、発見できなかった場合、敵の侵入を許し多大な被害を生む事になります」
 ケルベロスの戦力を分割し、捜索と警備に振り分けるという手も考えられるが、それを行えば高確率で撃破され最悪、村が壊滅する。
 どの手を取るにもいずれにせよ、工夫が必要となるだろう。
「村の最も遠い家と家は、走って凡そ五分。広い村ではないが周囲の山中の警戒から村に戻るにはそれ以上の時間がかかる」
 人志が補足する。
 加えて濃霧。
 視界は遮られるが、濃度からして音が遮られる事はなくむしろ遠くの音を拾いやすくなるかもしれない。とのことだ。
「今もどこかで進軍を続けるローカスト。彼らの凶行を看過することはできません」
 ダンドは静かに瞑目し、告げる。
「村の人々を救う為にも、狂ってしまった彼らを止めてください」


参加者
シィ・ブラントネール(ウィズハピネス・e03575)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
エイト・エンデ(驪鱗の杪・e10075)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
佐久田・煉三(直情径行・e26915)
エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)
カザハ・ストームブリンガー(槍を忘れた聖槍士・e31733)

■リプレイ


 眼下に見えるのは、村を覆う白い山の吐息。
 降下口からカザハ・ストームブリンガー(槍を忘れた聖槍士・e31733)がそれを覗いていた。
「真上だよね」という確認の声に人志が頷く。携帯端末で現在地の座標を確認した彼に彼女は、じゃ、と軽く言うとステルス飛行をするヘリオンから一歩踏み出した。
 床が消失する浮遊感が一瞬。自由落下に任せて霧の中へと潜っていった。
 続いて降下した玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は全身の毛が水を含んでいく感覚に顔を顰めながら、秒数をカウントする。
 地面に到達するまで、5、4、3――。
「……っ」
 霧から微かに見えた地面の色に四肢を付いて衝撃を和らげた。強靭な肉体に吸収された衝撃は微かな音を耳元で響かせ消える。
 すぐに、他のケルベロス達が降りてきた。その一人、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)はすぐそばに建つ目的の居酒屋を確認した後、周囲を見渡す。
「やはり視界ハ悪イか」
 足元が見えない程ではないが、遠くを見通す事は出来ない。軽く腕を揺すると澄んだ鈴の音が不気味に響く。
 彼は心地のいい緊張感に僅かに高揚を覚えながらも、ケルベロスが所持した以外の鈴の音が聞こえないかと耳へと神経を傾ける。葉のざわめきや判然としない森の音の中、距離感が曖昧な澄んだ音。
「時間はあんまり無さそうね」
 村人たちはすでに日常の行動を始めている。予知の中で斎藤と呼ばれていた男性がここに通りかかる時間がタイムリミットだ。だが、避難誘導に使える余裕はありそうだ。
「急ぐわよ!」
 シィ・ブラントネール(ウィズハピネス・e03575)が空へと舞い上がる。それをエイト・エンデ(驪鱗の杪・e10075)が翼を現して追い、ふと気づく。
「あまり上に行かない方がいい」
「ええ、人を見逃しちゃいそうだしね」
 それに同意したシィがエイトと別れ、それぞれに分担した場所へと向かっていく。
 エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)は拡声器を片手に村を駆けていた。
「外は危険だ! 居酒屋から離れた屋内に避難してくれ!」
 拡大された冷静な声色が響く。
「おおい、兄ちゃん」
 と鈴を鳴らしながら壮年の男性が鍬を担ぎ、エルガーに声をかけてきた。
「聞こえなかったか、外は危険だ。早く避難を」
「聞こえとるよ、困ったの折角出てきたんじゃが」
 男性は顎を軽く擦り、じゃあ戻るか、と来た道を引き返し始める。そして、途中で振り返ると手を軽く振ってきた。
「ま、ケルベロスの兄ちゃんが頑張ってくれるなら心配はいらんやろな!」
 信頼の笑みを浮かべながら彼は霧の中へと消えていった。
「……これで、俺の分担は終わりだな」
 エルガーは目印としていた近くの家を見上げ、踵を返す。
 来た道を戻るだけだ。彼は片目を閉じると、今の自分の座標を確認して合流場所へと向かった。
 合流地点である居酒屋の傍、カザハの置いた携帯ゲーム機から最大音量で音楽が流れている。心が興奮するような音の連なりを耳に入れながら新条・あかり(点灯夫・e04291)が人志と共に殺気を周囲へと発散させた。
 これで、近づこうとする村人もいなくなる。
「予報はあてになりそうにないな」
 佐久田・煉三(直情径行・e26915)が言う。事前情報で得たのはこの地方一帯で濃霧警報ないし注意報が発令されているという事だけ。
 その終了時間の目途は数時間にわたる予想でしかなかった。そこから時刻の予想は一分ですら無駄にできない状況ではあまり価値のある情報ではない。
 眸もヘリオライダーからの情報で霧の濃度による敵接近の時間を計れないかと考えていたが、聞いた話と実際見るのとでは全く違う。考えを諦めざるを得なかった。
 ただ、霧が薄れてきている事は分かる。その時が迫っている。
「ん、戻ってきたか」
 煉三が霧の中に数人の人影を認めた。
 それと同時、音。それが来ると分かっていなければ、静かな音に満ちた山の中では聞き落してしまいそうな音に眸が素早く反応した。
「来ルぞ!」
 六体のローカストが彼らの目の前から店主を避難させた居酒屋の家屋へと飛び出していった。


 エイトは確かに焦りを浮かべていた。
 村人の避難は済んでいる、はずだ。彼は自らがいる場所に確信を得る事が出来ないまま薄れ始めた霧の中を飛ぶ。煉三が示した地図のおぼろげな記憶と霧に狭窄した視界の景色がまるで違って見える。
 幸いであったのは、まだ彼の耳に惨劇の号が響いていない事だ。
「まだ揃ってないのに!」
 カザハが声を上げ、奇声を発するローカストの牙を鉄塊剣で弾く。居酒屋を背にして彼らは六体の虫人と向き合っていた。
 その中に、シィ、エイト、陣内、ほしこの姿はない。運悪く霧に阻まれたのか。それを考える暇はない。
 あかりは不安を飲み込んで自らの役割を再度胸に刻む。
「苦しいよね、憎いよね」
 言語の形を成していない声を泥の様に溢れさせるローカスト達にあかりが僅かに瞳を伏せる。彼らが抱く絶望はかつての自分の物だ。
「ごめんね」
 声に降るは白い雪。冷えた空気の中で温かさを放ちながら、癒しの力を秘めたそれはケルベロス達に降りかかる。
 その雪が味方に影響を与える前にカザハは気付く。
「音には、食いつかないんだね」
 ケルベロスの持った鈴、道に置いて音を鳴らすゲーム機。それらに対しての反応も明らかに薄く、居酒屋に向けてローカスト達は突貫してきた。
 ――明らかに居酒屋の中の店主を狙っている。
 備えの不発を悟った彼女が店主を逃がすため身を翻そうとした瞬間、それを止める声。
「私が」
 数秒を先んじた悠乃が彼女に代わってその役を引き受け、戦線を離脱する。心中で礼を言い彼女は目の前の脅威へと全神経を傾けた。
 ケルベロス達の間を縫い抜けようとしたローカストの道を鉄塊剣が豪風を散らして塞ぐ。
「こちらヲ向け」
 自らの脅威を示す様に、眸は地獄の力をもって鉄塊剣を振り抜きローカストを力任せに退かせた。
「貴様の相手は、ワタシだ」
 そのローカストにエルガーの放った鋭い跳び蹴りが突き放たれる。あかりの雪、加えてアガサや舞彩に与えられたオウガ粒子によって高められたその威力は確かなものになっている。
 踏み込んだエルガーを避ける様に動いた別のローカストが道を塞ぐ煉三へと液体金属の爪を振り下ろすが、それに彼は地獄の火を灯し熱刃を展開させた鎌をぶつけるとその体勢を崩させる。
 それと機を合わせたように動き出そうとした個体にカザハが鉄塊剣を振りかぶる。
 直後響いた重厚な打撃音と衝撃がそれぞれを強かに打ち付け、ケルベロスの存在を飢餓に狂った本能に刻み付ける。
 通さないという彼らの決意が壁となって彼らを阻む。だが、足りない。
 初動を妨害されたローカストは、本能の警鐘を振り切って、店から避難されつつあるグラビティ・チェインの塊へ駆けだした。
 同時に駆けるは三つの影。
「来るっ」
 エルガーが即応し声を上げる。
 一つは煉三へと、一つはカザハへと、残るはその前に回り込んだケルベロス達に二の足を踏むと、翅を大きく広げ暴音をまき散らした。
「……っ」
 脳内をかき回すような異音がここにいる意味すらも無関心の彼方へと突き離そうとする。が、自らを奮い立たせ彼は鎌を大きく振るった。
 無関心に落ちる直前、冷めた心が凍る感覚がした。
「通さないよっ」
 気合の一声と共に放った蹴撃にローカストは自らの腕を捧げる様に突き出した。虫の胴体に生えた刺々しい四肢の一つが電光石火の蹴りにひしゃげ、吹き飛ぶ。
「な……っ」
 しまった。カザハは刹那気付く。腕を無くしたローカストは、自らの腕を捨て去って居酒屋の壁へと突撃した。銀閃が走って居酒屋の壁がばらばらと木板へと姿を変え、障害としての役割を放棄した。
 その中に店主はいない。彼は悠乃によって避難させられている。だがまるでそれを知っていたように戸惑いなく、店内を進み店主を追おうとしたローカストに火花が走った。


 霧を吹き飛ばすような轟音と共に閃光が辺りを包み込む。
「遅れちゃった、ごめんっ!」
 雷撃を放ったエイトと同時に到着したシィが、焦りを含む声をあげる。手に持った大刃のついた砲塔から弾丸を振りまき、地面を耕すような制圧射撃がローカスト達に傷を生み出していく。
 薄れ始めた霧に陣内の姿を見たアガサは安堵のため息を吐き、口元を歪める。
「今日のは貸しにしておいてやる」
「ああ」
 彼はどことなく不機嫌に短く返すと、敵の一体を見据えグラビティの指を伸ばし、その意識を自らへと向けさせる。視界に映る花は認識できなくとも、効果は確かにある。
 エイトの攻撃によって微かに足の鈍ったローカストを眸の鉄塊剣が食い破る。
「……」
 体液をまき散らしながら斃れるその姿にバイオガスの暗幕を周囲に広げたエイトの眼が細められる。だが、今は感情に頓着する時間は許されていない。
「済まない」
「あア、ダが精々一合二合打ち合ったノみだ」
 エイトの謝罪を受け取ると眸は短く現状を説明する。
「音による誘導は上手くいかなかったよ」
「でも」
 カザハの口惜し気な声にシィは頭を振る。
「助かったよ」という言葉にカザハが疑問を呈する間もなく戦況は動く。一体が銀を纏わせた脚を彼女へと振り下ろしたのだ。
 それを屈み交わした彼女の頭上を蒼雷が奔る。遅れて耳を打つのは電磁の爆音。エルガーが電磁の発条に超加速した速度のままに拳を打ち抜いた。地と並行に弾かれ飛んだローカストへとカザハが駆ける。
「もう、名前を名乗る事も出来ないか」
 彼女は、落胆と憐憫の混ざった息を吸い、吐き出す。銀の残滓を体から散らすローカストに名乗りを上げる。
「私は戦争屋、カザハ・ストームブリンガー。魂喰らいの牙を今、此処に!」
 突きに構える鉄塊剣を靄のような何かが包み、獣の咢を形作る。全てを喰らう実体なき牙。
 その牙が浮いたローカストを噛み砕く前に、その体から何かが零れた気がした。と、同時にその複眼に微かな理性が宿る。
 直前までは微塵もなかった冴えた体捌きで、振るわれた咢を辛うじて避けたローカストは突進し彼女を抜き去ろうとする。
「二度も、っ」
 抜かせない。彼女は鉄塊剣を強引に引き寄せるとその腹でローカストの体を留める。
「後先考えず、腕を千切ろうともでしょ」
 彼女は、ローカストの認識を少し改めていた。ここは彼らにとっての晴れ舞台ではない。戦闘ですらないのかもしれない。
 ただ、生きる為。
 刃で打てば体を犠牲にするローカストを面で打った彼女の一瞬の足止めに、煉三が応じた。
 地に深く沈み、円を描くように振るった彼の鎌はローカストの首を高々と刎ね飛ばした。


「タマちゃん」
「ああ、ありがとう」
 あかりから援護を受けた陣内は瞳を和らげる。
「陣内」
 眸が、短く名を呼ぶ。その言葉には確かな信頼。この場にいる全員への疑う事のない信頼。
 短い息。それで意思は交わされた。
 同時に動き出した二人は、一体のローカストを狙う。陣内が射ち放った火球が眸の体を過ぎ直撃。着弾と同時に爆ぜた衝撃に揺らいだローカストの胴体に地獄の刃が沈みこむ。
 地獄の炎を纏わせた鉄塊剣がその体を容易く両断した。
 ほしこの歌声が響く中、エイトは鎧装の出力を瞬間的に高め、疾駆。目にもとまらぬ移動の後には惨殺ナイフとエアシューズの軌跡が閃いて二体のローカストの間を縫う。
「こういうの、苦手だよね」
 いつの間にか、遠近感を失ったように巨大化したシィが同様に巨大化した銃砲の刃を薙いだ。巨大な断頭刃を避けようとしたローカストだが、逃さないというように刀身が更にその面積を広げ、近くの建造物ごと横一文字に切り取った。
 倒壊する建材が崩れ落ちる音が響く中、エルガーは明確な優勢を感じていた。残るは二体。人志以外の脱落者は無し。
 エルガーは残る敵の片方へと肉薄すると、白の左手でその体を繋ぎとめると黒の右腕を叩き付けた。
 仲間の援護の力を余す事無く作用させたエルガーの一撃は、彼の本来以上の力を引き出しローカストの体を千々に吹き飛ばす。
 一体。
「……」
 油断はしない。だが慢心とは違う確信を彼は得る。ローカストに成す術は、ない。
 あかりもそれを感じ取り、そして、もう一つ。
「終わらせるよ!」とシィが駆ける。
 声を合図にしたように、陣内の電撃のごとく突きと眸の地獄の刃、そしてエイトの広範囲の雷撃が放たれ、驚くことにローカストはそれらを全て躱しきった。
 理性を失ったとは思えぬ柔軟な対応、本能が飢餓に食われつつあるとは思えぬ機敏な反応。
 全身から銀を零しながら、何を失おうともローカストはただ生に貪欲だった。
 だが、そこまでだった。
 これまでの戦闘の傷が、その不死の命を限界まで追い詰めていた。シィの振るった超重の一撃が生命の、ローカストの進化可能性を奪い去り、その体諸共砕き散らした。


 店主を逃がしていた悠乃が村人の無事を告げると、ケルベロス達は張り詰めていた緊張の糸を緩めることがようやく適った。
「……いたのか」
 陣内がアガサに言う。会話していただろ、という彼女の声に彼は憮然とした表情を浮かべる。次ぐ舞彩の言葉に無言のまま彼は親指に人差し指をかけた。
「音に助かったってどういう事?」
 一転、和やかな空気と化した中、カザハがシィに問いかけた。
「うん、あとレンザのお陰かな」
 霧の中、聞こえた音楽と記憶に残る朧げな地図によって彼らは導きを得たのだ。備えは決して無駄なものでは無かった。
「だから、ありがとう」
 シィは笑みを浮かべた後、ほしこと共にローカストが現れた方角を見る。
 同様に森を見つめていたエイトは、安堵の息を吐いてそれが震えていることに気づく。
「きついな」
 諦めきれない思いが、記憶が蘇るようだった。
 飢えに耐えかねた時、何を食べようとしただろうか。あかりは思い出そうとして、いつの間にか傍にいた陣内の姿にそれを振り払う。
「一番身近に、グラビティ・チェインは残ってたんだよね」
 あかりの手の中には、小さな宝玉が収まっていた。それは戦闘の最中、ローカストが異様な動きを見せた瞬間取り落としたもの。オウガメタル。
 それは生に縋り無意識か意識的か活動を保てなくなる程吸い尽くした彼らの武器だ。
 理性が擦り切れるほどの飢餓の中にあって尚真っ先に吸い尽くすことをしなかったのは、
「一緒に居たかったのかな」
 本能として、武器を損なう事の危険を優先したのかもしれない。ただ、そうあってほしいと願う思いが微かに心に爪を立てている。
 彼らの反応を見ながら煉三は、ふとエルガーと今回を振り返っている眸の視線に気づいた。
「どうシた」
「いや」
 その問いに彼は曖昧に答える。エルガーも煉三を見つめ、何かを思い出しそうになるが、それは形を成さなかった。
 お疲れ、と。ありがとう、と。ご飯食べてき、と、村人の声が聞こえていた。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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