はぐれ者の蠍

作者:天川葉月

●斜陽
「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 ローカストを支配する太陽神アポロンの叫びが虚しく響く。
 周囲に集うローカストの重鎮達は、ローカスト達の窮状を訴え、黙示録騎蝗の中断を願い出たのだが、太陽神アポロンは聞く耳を持たなかった。
 既に限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していくものも出始めている。
 このままではローカストという種族すら滅びかねない。
 それでもなお太陽神アポロンの権威はローカスト達を縛りつけ続ける。
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 この呪縛は、太陽神アポロンが黙示録騎蝗の中断を命じるか、死ぬまで続くだろう。
 或いは、グラビティ・チェインの枯渇によって理性を失うその時まで……。

●残党たちの狩り
「ひぃぃぃ! だ、誰か、ギャァァァ!」
 鳥取県のとある山村は、この日地獄と化していた。
 太陽神アポロンが先導する強行軍から脱落した蠍型のローカストたちが人々を蹂躙し、食欲の赴くままに食べ散らかしている。
 ある者は針を突き刺され、ある者はハサミで切断され、ある者は頭から……。
 蠍たちは誰彼問わず、目に留まった人間を片っ端から食い千切っては投げ食い千切っては投げ、満たされぬ空腹を癒すためにお代わりを繰り返していた。
 平和であっただろう山村の家々は、一日と待たず全てが誰もいない廃墟となる。

●残党を狩れ!
「阿修羅クワガタさんとの戦い、お疲れ様でした」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は静かに説明を始めた。
「広島のイーフェーダーの事件に続き、阿修羅クワガタさんの挑戦も阻止した事で、ローカストの残党の勢力は大きく弱まっているはずです」
 ただ、ローカストのグラビティ・チェインの枯渇はいいことだけではなかった。
 そのせいで理性を失ったローカスト達が人里を襲撃する事件が予知されたのである。
 鳥取県の山間部にある村で出現した六体の蠍型ローカストについて、セリカは詳しい説明を始める。
「それほど強力なローカストではありませんが、飢餓状態で特攻してくるので予想外の強さを発揮することがあるかもしれません」
 使用するグラビティは全員がローカストファング、アルミニウムシックル、アルミ注入の三つであり、各個体が連携して戦うことはないようだ。
「今回、襲撃される村でローカストを迎え撃つか、村に向かってくる途中のローカストを発見して迎撃するかのどちらかを選んでもらう必要があります」
 前者の作戦ではローカストを捜索する必要はなくなるが、飢餓状態のローカストは戦闘よりも食事を優先する危険性がある。
 一方後者の作戦は一直線に村へ向かうローカストの発見は比較的楽であり、村から離れて戦闘を行えば村人が巻き込まれる心配はない。しかし発見に失敗し村への襲撃を許した場合甚大な被害が出る。
 一長一短だが、かと言って戦力を分割した中途半端な作戦では押し切られ、各個撃破されてしまう可能性が極めて高く、連絡して救援に来てもらおうとしても間に合わないだろう。
 それ故に、二者択一なのだ。
「今回の様な脱落者が多数出るようになれば、ローカスト軍が瓦解するのは時間の問題かもしれません。頑張ってください」


参加者
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)
藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)
軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)
本多・風露(真紅槍姫・e26033)
十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)

■リプレイ

 村長と話し合い、村民をこの村に留まらせるよう説得した端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)は、相談の結果蠍がどこからやってくるかの侵攻経路を絞り込み地図に書き込んでいた。
 水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)は事前に準備した地図にその情報を写すと、軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)、セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)、本多・風露(真紅槍姫・e26033)に渡す。
 地図を受け取った三人のケルベロスは、自前の地図に情報を書き加えた十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)と共に飛び立ち、四方に散らばった。
 双眼鏡はもとより、拡声器に通信機、飢餓状態とは瀕死状態に近いのではないかという解釈で風露が持つ光の翼まで、利用できるものは全て使い、敵を見つけ出し、彼らが村へ到達する前に撃破する。
「こちらセット、目標を見つけたっす」
 彼の目に留まったのは村へ向かっている六体の蠍型ローカスト。村との距離、およそ500メートル。目の前にニンジンをぶら下げられた馬のように、迷いなく真っ直ぐに村を目指しているようだ。
「了解、現場に急行するよ」
 仲間の報告を受けた藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)は隠された森の小路を使い、アルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)、括、蒼月と共に森を最短距離で駆け抜けた。空から探していた残りの三人も向かう。
 ケルベロス達が集合したのはローカストを発見した場所から少しばかり村に近づいた地点。ここで蠍たちを待ち伏せるのだ。
 しばらくして、飢えた蠍たちの姿が見えてきた。
 突如として彼らに降り注ぐ弾幕の嵐。
「ちと数が多いか?」
 制圧射撃を行ったアルトゥーロは、待ち伏せされているとも知らずに村を目指すローカストを十分に引き付け、足止めする。
 弾による歓迎を皮切りに、八人のケルベロスと六体のローカストの戦いが始まった。

●貧困の蠍たち
 腹を空かせているローカスト達は全員、口の端からはよだれを垂らし、目を血走らせ、理性の欠片もなく唸るだけ。既に頭の中は食事で一杯であると、一目でわかる形相。その姿は恐怖よりもむしろ哀れましさすら覚える。
「皆さん、コレを使って下さいっす!」
 セットは味方の攻撃を当てやすくするためにリードデバイスを使用し、周囲の情報の収集と高速演算を併用した短期未来予測をドローンから立体映像の形で指し示す。蠍たちの境遇を悲しく思わないわけではないが、一般人を守るのが自分たちの使命であり、彼らがその脅威となるのならば、倒さなければならない。
「いくよ! Hit the Bull's-Eye!」
 琥珀の持つ十六の術のうちの一つ、No.3 Bull's-Eyeは背中を押すような追い風で仲間を癒し、鼓舞の掛け声で恐怖や不安を吹き飛ばした。デウスエクスに滅ぼされた故郷と襲撃される村とを重ね、二度と見ることがないよう自分を励ます。
「《蠍》には毒がつきものさ!」
 先走って一番前に出ていたローカストにアルトゥーロの必殺の一撃――Picadura de Escorpionが入る。目の前にいる毒を持ち合わせていない蠍に、『蠍』の猛毒を喰らわせる。毒で弱っている蠍は数歩よろけ、足を止めた。
 そこに風露がグレイブテンペストで足止めをする。蠍たちは憐れに思うが容赦なく片付けさせてもらう。一番倒しやすいであろう先頭の蠍も、その後に続く五体の蠍も簡単には動けなくなった。
 更に括のスターゲイサーによる追撃。彼女はある作戦を考えていた。村人の、そしてローカストたちの命の行く末は自らの意思で選び取らせてあげたいという願い。当人らの意思を確かめすこともせずにそれを成そうとし、救い零した命はその手で奪い去ることに躊躇もない、傲慢で自分勝手だと自分でも思うものだ。
 しかし、それが災いしたのか、あるいは飢餓に加えて生命の危機を感じたローカストの底力によるものなのか、彼女は追いつめられた蠍のアルミニウムシックルによる手痛い反撃を受けた。
 シェーラと双吉はサークリットチェインで仲間の傷を癒す。シェーラは蠍が昆虫に含まれないという重要でない情報を頭に隅に追いやりつつ、村人を殺させないために奮起していた。
 敵の命を奪うことに戸惑いがない双吉は、しかし敵の命でも守りたいという仲間の想いを尊い精神性だと感じていた。敵のローカストを想ってではなく、命を守ろうとする仲間のために、その作戦を成功させたい。それが自らの追い求める『徳』につながる、と。
 最期の力を振り絞ったであろう先頭の蠍に対して蒼月はジグザグスラッシュを放つ。駄目な上司の下に付いたら碌な目に遭わない。大人になったら気を付けなければと彼は思っていた。いざというときは下剋上すればいい、とも。
 瀕死だった蠍はあっけなく倒され、作戦は第二段階へ移行する。
 作戦、それは敵に催眠をかけ、同士討ちの結果コギトエルゴスム化するまで待ち回収する、というものだった。

●蠍の飢餓
 琥珀はライトニングボルトでローカストを麻痺させ、風露はゲイボルグ投擲法、セットと蒼月はハートクエイクアローで蠍たちに催眠を与える。
「敵地を侵しつくす砂塵のイメージは、魔人共の技能から………………。オォッ!!」
 双吉の黒液模倣・幻砂海市も、ローカストの同士討ちを誘うための物だ。シャイターンのグラビティである幻砂蜃気楼の模倣であるが、ブラックスライムのベタつきによってもたらされる不快感は本家以上だ。
 しかし、狙い通りにはいかなかった。命の危機に瀕するほど飢えたローカストには既に理性などなく、僅かばかりの思考も食欲を満たすことばかり。目の前のエサにありつくために、同士討ちなどしている場合ではないと言わんばかりに、五体の蠍は牙で、鋏で、尻尾でケルベロス達に猛攻を繰り返す。
 出来る限り戦いを長引かせようとするのが裏目に出て、ケルベロス達は傷ついていき、シェーラのルナティックヒールも追いつかなくなり始めていた。
「これはちょっとマズいじゃない?!」
 蒼月の発言は、暗に作戦の中止、ひいては敵の殲滅を提案していた。自分の国のために頑張った蠍に対する慈悲としての捕獲作戦だが、それに固執するあまり自分たちが全滅してしまっては意味が無い。
「……やむを得ぬ、か」
 提案した括が捕獲作戦を断念すると、ケルベロス達の思考は蠍たちの撃破に移行する。一つでも多くの命が自らの意思に帰属する機会を与えられなかった、その身を賭けるに足る事由を失ってしまった後悔を胸にしまい込んで。
 コギトエルゴスム化に反対していなかったアルトゥーロは、復活させてから定命化までのグラビティ・チェインの確保に関する懸念がなくなり、自分の目の前の蠍の相手に集中する。
「蠍には似合わない死に場所だが、勘弁しろや」
 鋏を振り上げたローカストにクイックドロウを叩き込み、自分の担当した相手を片づける。アルトゥーロ愛用の銃の口から出る硝煙が風になびいていた。
 攻撃を仲間に任せ完全に回復役に徹したシェーラは、ブレイブマインにサークリットチェインを繰り返し使い、仲間の傷を癒していく。
「『喰う』か『喰われる』か、生物が太古の昔からやってきた行いだ。『喰われる』わけにはいかない。だから喰い千切らせてもらうぜ」
 双吉のレゾナンスグリードによって、一体のローカストが餌食になる。食物連鎖のピラミッドにおいて、今回彼はローカストよりも上位にいたのだ。
「我が前に敵は無し、只勝つのみ!」
 風露の蜻蛉切は手負いとなっているローカストの胸部を貫き、それが致命傷となってこの蠍は死に至る。
 味方の傷をあらかた治し終わって余裕が出来たセットと琥珀は、ロックオンレーザーとライトニングボルトで一体の蠍の動きを封じつつ、ダメージを与えていった。琥珀のウイングキャットであるそらの援護も加わったこともあり、この蠍も倒れた。
「……許せ、とは言わぬ」
 括は古式拳銃の引き金に指をかけ、撃鉄を起こす。残された最後に一匹に向かって放たれた弾丸は、救いたいと思いながらも結局は見捨てることになってしまった敵の命を終わらせた。

●斜陽の暴君
「もう大丈夫だよ。安心してね」
 シェーラは来た道を戻り、荒らした森の木々にヒールをかけて村へ向かい、蠍を倒したことを報告した。
 蒼月も荒れてしまった部分をヒールで治していく。ローカストを捕虜として捕まえるという我儘は結局叶わなかったが、決して無駄にはならなかったはずだ。
 双吉は倒してしまった敵に対して、来世での幸福を祈っていた。彼らは立場的に恵まれなかったのだと。ならばせめて次は、まともな王に仕えられるようにと。
 琥珀は唯一の肉親である双子の兄の待つ家に帰った。恐怖に打ち勝ち、仲間を、村人を守ることが出来たと兄に報告することに胸を躍らせながら。
 忌み嫌われること蛇蝎の如し。蠍には悪役が似合っている。同じ《蠍》同士、銃弾と鋏でローカストと仲良くやったアルトゥーロも家路についた。この場所がアメリカ西部の荒野であればよかったのにと思いながら。

「あのローカスト達はこっちの方向から来たっす」
「つまり、この先に太陽神アポロンがおるかも知れん、ということじゃろうか?」
 セットと括はヘリオライダーを通じ、捜索で得たローカストの進軍方向を他の依頼参加者と共有し、太陽神の潜伏先を割り出そうと考えていた。味方の犠牲も厭わない斜陽の暴君を止めなければ、いつまで経ってもこの悲劇に幕は下りない。
「今回も真面目にやり過ぎたのじゃ。もう全く動けないのじゃ」
 戦っていた相手に対し尊敬を忘れず丁寧に弔った風露は、五体を投げ出し仰向けに倒れた。モチベーションが急落しダメ人間に戻る。この事件の元凶であるアポロンの捜索のために裂く思考すら後回しにしてしまうほどに。
 陽は既に傾いている。それはローカストの、ひいては太陽神アポロンの落日が近いことの暗示なのかもしれない。

作者:天川葉月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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