狂奏曲

作者:七凪臣

●狂王の宣旨
「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 高らかなる太陽神アポロンの声が、秋風に冷えた山中に虚しく響く。
 ローカストの重鎮たちが自分たちのおかれた窮状を訴え、黙示録騎蝗の中断をどれだけ願おうと、その声は彼の王の心を微塵も動かしはしなかった。
 既に限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していくものも出始めているのに。
 このままでは、ローカストという種族すら滅びかねないというのに!
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 太陽神アポロンの言葉は、権威は、絶対。呪縛となって、ローカスト達を戒め続ける。

 黙示録騎蝗は続く。
 太陽神アポロンが中断を命じるか、死ぬまでか。
 或いは、グラビティ・チェインの枯渇によって理性を失うその時まで――。

●来る結末
 その日、岡山県にある小さな人里は、狂乱の渦に呑まれていた。
「あなたっ!」
「お前は逃げ――」
 がしゅり、ざしゅり。ばり、ぼり、ごくり。
 行ったり来たり、斜面を這うように敷かれた道。傾斜に足を取られ転倒した老婆は、この世の終わりを目撃する。
 がり、ごり、むしゃり。
「あな……た、あな、た……?」
 それが山から現れたのは、突然だった。
 ギー、ギーッ、という歌は聞き慣れたもの。しかし苦しみを叫ぶような響きが、酷く不安をかきたてて。だから、多くの村人たちが音色の主を探そうと顔を出し――。
「……に……げ、」
 まるで人を模した巨大なキリギリス。薄翅で跳んで、見る間に距離を詰め。視界に入った人間を襲い、狂ったように貪り喰らう。
 否、狂った『よう』ではない。それらは真実、狂っているのだ。
「いっ、いや……い……やぁ」
 そんな事、知ろう筈もない老婆は、恐怖に引き攣った喉から細い悲鳴を漏らす。
 けれど、彼女の恐怖もそう長くは続かない。
 だって彼女も、彼女の夫や他の村人と同じく、間もなく食われるの運命なのだから。

●『今』
 阿修羅クワガタさんとの戦いに、ケルベロスは勝利した。
「広島のイェフーダーの事件に続き、阿修羅クワガタさんの挑戦の阻止。ローカスト残党の勢力は、大きく弱まっている事でしょう」
 ケルベロス達の成した偉業を讃えるリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)の顔は、我が事のように誇らしげだった。
 しかし、一呼吸の刹那。少年ヘリオライダーの身を包む気配が変わる。
 何故なら、グラビティ・チェインの枯渇が持つ、良い面ではない方が現実のものとなろうとしているからだ。
「理性を失ったローカスト達が、人里を襲撃する事件が起きます」
 かくてリザベッタは語り出す。予知した、悲劇のあらましを。

 山間の集落に出現するのは、キリギリスのローカストで、数は五。
 本来持ち得た能力的にはさほど強敵ではない筈なのだが、飢餓状態でなりふり構わず攻撃してくるので、予想外の強さを発揮する可能性もある。
 対峙するに際し、採り得る作戦は二案。
 一案は、襲撃される集落で迎え撃つ策。
 もう一案は、集落に向かってくる途中のローカストを探し出し、その場で迎撃する策。
「集落で迎撃する場合は、ローカストの飢餓状態からして、ケルベロスとの戦闘より村人を喰らいグラビティ・チェインを得るのを優先させる可能性があります。これに対し、探し出して戦う場合は、発見に失敗すると集落に大きな被害が出てしまいます」
 ローカスト達は一直線に集落を目指しているので、捜索は比較的容易と思われるが、万一ということもある――と、リザベッタは言う。
 つまり、どちらの策も一長一短。それでも、択ばなくてはならない。
「先ほど『さほど強敵ではない筈』と言いましたが、それでも彼らはデウスエクスです。しかも数も少なくない。十分に注意して事に当たって下さい」
 理不尽に命を奪われそうになっている人々を救う為に。
 狂った時を、止める為に。
 お願いします。
 未来を識った少年は、ケルベロス達に強く願った。


参加者
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)
花露・梅(はなすい・e11172)
ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)
エルナ・エルメリア(独奏的サイコロジー・e20882)

■リプレイ

●狂奏
「未来のアイドル、エルナ・エルメリアです!」
 秋の音しか聞こえぬ山間の集落に、明るい声が響く。突然の出来事に、のんびりと家の中で過ごしていた人々も思わず耳を聳てた事だろう。
「これから、デウスエクス退治をするから! みんなはお家の中でじっとしていてね! 大丈夫、大事なファンのことは絶対に守るよ!」
 未来のアイドルなのは自称、大事なファンというのは未来の希望。しかしリズミカルなエルナ・エルメリア(独奏的サイコロジー・e20882)が奏でる音色は心地よく、そして真摯に長じた者たちの胸を刺激した。
「どうやら状況は理解して貰えたようですね」
 飛び出して来る人影はない。遠慮がちに聞こえる電話のベルは、お互いの無事を確かめあっているものだろうか。
 斜面を這う道を駆けながらエルナ同様に村人らへ危機を訴えたカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は、ほっと安堵の息を吐く。
「それじゃ、上空からの探索はお願いしたよ。不自然な木々の倒壊や、鳥や動物たちの動きに気を付けて」
「わかりました」
 そうしてカルナは、雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)から伝授されたコツを胸に竜族の翼を羽ばたかせ、青空へ舞い上がった。

(「わたくしたちがやらねば、大変なことになってしまいます」)
 小振りな天使翼で天風を切り、花露・梅(はなすい・e11172)は大きな瞳を懸命に凝らし木々が鬱蒼と茂る山を見下ろす。
 ヘリオンでの移動中に付近の地形は頭に叩き込んだ。飢えたローカスト達が他の街や村に遭遇せず、一直線に先ほどの集落を向かっているなら、辿れる道筋は山側だけ。
(「悲劇は、絶対に避けねばいけません……!」)
 万に一つの取り零しもないように、梅は全意識を眼下に集中する。視界の端には、視認できる距離を保って森を走る仲間たちの姿もあった。
 と、その時。
「……!」
 数百メートル先に、慌てて飛び立つ鳥たちの群れを梅は見つけた。さらに注視すると、常緑の木々が撓み軋んでいる。
「カルナ様!」
 梅の喚呼に、同じく異変を察した飛翔する少年は、大きな羽ばたきで是を返した。

「どうかしたのかしら?」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は、並走する年下の少女に声をかける。あまりに彼女の顔が浮かぬ風だったのだ。
 返って来たのは、何でもないと言うような仕草。しかし飼い慣らし切れなかった思いがシエラの唇から零れる。
「……不毛、だね」
 多くを望まぬ少女の胸は、いつになく乾いていた。
 だって『彼ら』も生きる為に戦っている――筈だったのに。今はもう、死ぬ為に戦っているようにしか感じられなくて。
「そうね」
 少ない言葉から察したアリシスフェイルも頷く。
「でも、こうなるのは予測できた事。太陽神をあの時、討てなかったケルベロスの責任でもあるわね。けど、私は生きている人の命を優先するの」
 凛然と森の奥を見据える金の瞳は決意に燃える。その眼差しの強さにシエラは、疼き痛む炎の右腕を左手で撫でた。
「うん、そうだね」
 憂いはある、だが迷いはない。自分たちは生きる為に戦うのだ。守りたいもの、譲れないものがあるのだ。
「お二人さん、話は終わったかね?」
 笑顔が素敵なお兄さんを気取り、嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)はすぐ後ろの女二人を首だけ傾げて見遣る。どうしたって鋭い眼光が台詞に口調に合わず、二人が小さく笑ったのはのは気にしない事にして。
「ま、頑張っていこうや」
 責の在り処は様々かもしれない。しかし最も許せないのが神を名乗る狂王なのは揺るがぬ事実。彼の思惑を潰す為にも、此処は譲れない一線と炎酒は気合を入れる。
「聞こえました!」
 炎酒と共に先頭を行っていた御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が頭上の狐耳をピクと欹てた。
 ギー、チョッ、ギーギー。
 特徴的な鳴き声は、目指すモノが発するものに間違いない。
 空からの偵察による早期発見、つかず離れずの位置を保った事での集結も早く、そして植物を味方につけた炎酒と宵一が前を行く事で、ケルベロス達の脚は頗る速かった。
「来ます!」
 低空で間合いを読む梅の声が聞こえるや否や、木々にぶつかることも厭わず奔る一団が地上からも視認出来た。
「ばっちり、敵さん五体で間違いなしや」
 一匹たりとて先に進ませる訳には行かない。数えた敵の数に、炎酒は胸を撫で下ろす。
 されど、気は緩められない。
「これは流石に付き合い切れんな……一刻も早く引導をくれてやらねば」
 甘い夜に観たものとも、四国最北端の駅を称する地で出逢ったものとも一線を画す様子に、カラカル獣人の薬剤師――ジャニル・クァーナー(白衣の狩人・e20280)は、僅かに口端を歪める。
 だらりと垂れた涎に本能のみが爛々と輝く瞳からは、理性も意思も尊厳の欠片も窺えない。
(「極限の飢餓か――ジャニルにその経験はないから、苦しみは分かってやれん」)
 憐れみつつもジャニルの裡に同情はない。何故なら彼らは、地球に住まう者にとって、元よりただの略奪者なのだ。
「キリギリスが肉食なのは、初めて知りましたけど」
 激突まで残り数秒。張りつめる緊張をものともせず、自分のペースでカルナはくすりと笑う。
「さぁ、踊りましょうか。貴方の最後を彩るダンスを。僕も全力で付き合いますよ」
 低く腰を落とし、構えたアームドフォードの照準をカルナは『敵』に合わせた。
(「……何をしなくても餓死してしまうという境遇には、少しだけ同情しますが」)
 敵は、敵。
 狂い歌うだけのローカストに、獲物は一つとして与えはしない。

●禍唄
 強靭な脚で跳ねケルベロスとの距離を一気に詰めたキリギリス達は、一斉に翅を震わせ唄った。そこに秘められるのは、聞く者の心を惑わす力。影響を受けてしまったエルナは、味方の猛攻を受けたローカストを、心ならずも癒してしまった。
「させません」
 鞭にように撓り襲い来た棘持つ腕から、アリシスフェイルを宵一が守る。
「ありがとう」
 切り裂かれた腕から鮮血を滴らせる男へ女は謝辞を送ると、ふっと短く息を吐いて心を整え、意識を己が裡へ集中させていく。
「惑わされてる暇なんてないんだもの……金から銀に至り、その身、心を調和せよ。揺蕩うは静穏、変移厭う揺籃、」
 滔々と唱える口ぶりには迷いも淀みもない。
「細大なく艱苦を斥け――絹湮の繭」
 かくて指先から紡いだ黄と紫の淡光糸で編んだ繭で、アリシスフェイルは戦場中ほどに位置する自分より後方にいる者たちを包み込んだ。
 自浄を促す効果を持つ、彼女だけが有すグラビティ。現状、混乱を来している最前線にいる者には既に纏わせてある。重ねなかったのは、序盤は敵に戦況をコントロールされてしまう可能性も織り込み済みだったから。
 眠気を振り払うような仕草でシエラが自らを清める咆哮をあげると、
「わたくしもお手伝い致します」
 梅も己が分身の幻影をエルナに寄り添わす。そうして今度は正気を保てたエルナ自身も、
「さっきはよくもやってくれたんだよう! えーい、がんばーれ♪ れっつだんしんごー! みんながみんながスタースター! 輝くみんなはむーんむーん!」
 彼女にとって記念すべき第十作を跳ねて踊って歌って披露し、ローカストの群れと直に対峙する者たちへ癒しと自浄の加護を届け。補いきれなかった分は、どこかふてぶてしさを感じるペルシャ猫風のウィングキャット――エルナが連れるエルシアが、仕方なさそうな羽ばたきで満たした。
 ローカスト側にいる阻害因子の散布に長けた二体が厄介なのは、初めから分かっている。だからケルベロス達も後手に回る素振りで対処を重ね続けていく。
「悪いがここから先は通行止めや。大人しく迎撃されていってくれや」
 茂る葉の空を切り裂いて炎酒が翔んだ。流星の煌きを帯びさせた足先で狙うのは、再び禍つ唄を奏でようとしている敵中衛。されど初手で炎酒が消えぬ炎を宿した一体が飛び出してくる。
「ツァイス!」
 予測着地点前で蹴撃を受け止められバランスを崩した体を、内に流れるホッキョクウサギの血の身軽さでいなしながら、炎酒は道連れ仲間の名を呼んだ。その声に鼓舞されたように箱の口を開けたミミックが具現化させた武器は、炎酒が狙った敵を隣の一帯を巻き込み穿つ。
「疾く、去ぬがいい」
 地獄で補う左目の炎に呼応し、ジャニルが構える黒の妖精弓が蒼炎を纏う。さらにもう一弓を束ね、白衣を翻す男は神々を殺める矢を射かけた。
 狙いは炎酒に同じ。されど貫いた先も炎酒に同じ。だが、狙いを外されてしまったにも関わらず、ジャニルの双眸には微塵の焦りもない。

 数手を経て、キリギリス達はエルナに攻撃を集中させるようになった。まともな思考はない、が、生き延びる為に突破口を開こうとする本能が『的』を択んだのだ。
「ごめんねぇ」
 自分を庇い弾き飛ばされたツァイスへエルナは詫びる。対策が十全に機能したお陰で、序盤のように惑わされる事はなくなった。けれど、被る手数が多いのは厄介。梅も援護の心血を注いでいるが、蓄積するダメージまでは癒せない。
「ギーギーッ、チッ」
 落とせる――そう思ったかは分からぬが、くたりと地面に転がったツァイスを破壊者の爪が襲う。
「――っ!」
 動かなくなった朋の姿に、炎酒が苛立ちを露わに炎の蹴りを仕掛けた。が、これも敵の壁に阻まれた。
 しかし。
「此奴だっ」
 呉れてやった手応えに、炎酒が高らかに宣誓する。そう、ケルベロス達も待っていたのだ。均衡の天秤が崩れるのを。
「先ずはあなたです」
 炎酒に引き倒され、ジャニルの追撃を受けたローカストの護りの要の一体へ向け、カルナがドラゴンの幻影を放つ。盛る紅蓮は常より激しく、全身を焼き尽くされた一体はついに狂気と命を手放した。
「ここからが本番です」
「そういう事だよ」
 乱立する樹木と敵の合間を縫い、宵一とシエラが風のように走る。壁が一枚失われたお陰で、視界は頗る良好。改めて集中砲火を浴びせられるキリギリス中衛が倒されるのも、時間の問題だった。

●明日への一歩
 膝に手をつき肩で息をするエルナの顔を大量の汗が伝う。
(「集落の人たち、怖い思いしてないといいな」)
 最大の懸念事項だった敵の中衛二体は倒し切った。反射的にそれらを庇おうとしていた壁役も、もうろくに歌えない様相だ。
 唯一健在なのは、一番の破壊力を発揮している異形。エルナはその一体からの激しい攻撃を――時に宵一やエルシアに庇われながら――短くない時間、仲間を鼓舞しながら必死に凌いだ。
(「大丈夫、ちゃんと守れる」)
 迫りくる鋭い腕が描く曲線の軌跡を赤い瞳に映し、エルナはアイドルらしい華やかな笑みを浮かべる。
「後は、お願いねー」
 サボっちゃダメだよ? と傍らの翼猫に願いつつ、ついにエルナはローカストの凶刃に倒れた。
「っ! このっ」
 秋枯れの地に頽れる少女の傍らから走り出したシエラが、更に敵二体の真ん中を抜ける。
「……まだ、」
 人体が出せる限界を超えたスピードで、シエラは足元をふらつかせている巨大キリギリスの背後を取った。
「まだ……踏み込める!」
 そこからもう一歩、力強く踏み込み。全身の筋肉が訴える苦痛に耳を塞ぎ、シエラは重い鉄塊剣を羽のように振り回しデウスエクスへ叩きつける。
「……ぎッ」
 断末魔は短かった。そしていよいよ、残るは最後の一体。
「苦しいのはあなた達だけじゃないのよ――」
 ずっと痛みを堪えてくれたエルナを優しく見つめ、それから狂いし戦士へ闘志漲る眼を向け。巨大鋏を分離した白銀の『動』と『静』の二振りを手に、アリシスフェイルが保ち続けた間合いを一気に詰めた。
 もう、策はいらない。渾身の力で災厄を薙ぎ払えばいい。
「――ッ」
 アリシスフェイルの空断つ一閃に鑪を踏んだデウスエクスへ、間髪入れずに今度は宵一が手を伸ばす。緑の表皮を裂くのは、家伝の太刀でも、刀をのに邪魔にならぬよう特別に拵えた縛霊手でもない――宵一自身の獣の爪。昼と夜を分かつ素因となった女神の祝福を受けた手で、敵の肉を喰らうように命を削り取る。
 残されたエルシアも果敢に円環を放った。
「たたみ、かけます……っ!」
 最後まで共に立たせられ続けられなかった悔しさを面に描き、梅も見上げるローカストの間合いへ走り入る。
「忍法・春日紅!」
 はらり舞い躍らせた紅の花弁に紛れ、刹那の間に敵の背後を取った少女は、翅の付け根付近に強烈な蹴りを見舞う。
 前から、後ろから、デウスエクスはケルベロスに翻弄された。
「まだ、逝かせやしないぜ。デカいのが残っててなァ!」
 ツァイスが受けた痛みを返すよう、炎酒も気迫を燃やし敵に肉薄する。
「目標確認・距離OK・圧縮ばっちり。さぁて、ひとつ奥の手でも見て行けや!!」
 圧縮した空気の弾丸を零距離から叩き込む、炎酒オリジナルの一撃。内側で爆ぜた衝撃に、虫の表皮に無数の裂傷が生じた。
「ジャニルを煩わせるな」
 せめてもと纏うオウガメタルでレギオンレイドを照らす光を再現し続けたジャニルも、一気呵成の旋風に加わる。一際見事な巨樹に触れて編み出した矢は、ジャニル自身の地獄も付加され、キリギリスの右足を吹き飛ばした。
「来たれ、雷鳴」
 壊天雷召陣――魔導書を手に敵頭上の天候を操り、時に苛烈な蹴撃も繰り出したカルナは、此度はゆるり余裕を微笑み幾筋もの雷をデウスエクスへ落とす。
「ギ、チ、ギィッ」
 猛攻に晒された敵は、まさに虫の息。それでもぶすぶすと黒煙を立ち昇らせる身を引きずり、生き延びようと足掻き歌う。碌な音色には、ならなかったけれど。
 哀れみを今は封じて、宵一が獣の左手をしなやかな動きで朽ちる間際の肉体に叩き込む。シエラの剣撃も容赦なかった。
 そして。
「どうしたって逃がす訳にはいかないのよ」
「……ッ」
 雷の煌尾に蝶や星を散らすアリシスフェイルの一閃に、最後の一匹も飢えと狂気から永遠に解放されたのだった。

 梅に支えられエルナが立ち上がるのに安堵の息を密かに零し、宵一は朽ちた骸へ無言の黙祷を捧げる。
 『彼ら』は如何な想いで逝ったのだろう?
「……本当に、キミ達は種族が滅びるまでこれを続ける気なのかい?」
 応え返らぬシエラの問いに、アリシスフェイルも柳眉を顰めた。

「今がここ、そして集落がここです」
 カルナは用意しておいた紙の地図に、集落の位置とローカスト達と戦った地点の印をつける。
「ふーん、ってことは……」
 意識を取り戻したツァイスを傍らに、炎酒はキリギリス達がやって来た方向へ鋭い視線を馳せた。
「調べる必要がありそうだな」
 土埃に汚れた白衣の裾を風に遊ばせ、地獄に燃える左目をジャニルは細める。
 冬待たずキリギリス達は息絶えた。されど全てを決する鍵、太陽神アポロンの行方は未だ知れず。
 ローカスト達の物語の行方は五里霧中を彷徨う。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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