落日の蟷螂

作者:雨音瑛

「朕の臣民共よ、奮励せよ、邁進せよ! 黙示録騎蝗による勝利を、朕に捧げるのだ!」
 太陽神アポロンの叫びが、大気を振るわせる。
 周囲に集うのは、ローカストの重鎮たち。彼らはローカストたちの窮状を訴え、黙示録騎蝗の中断を願い出る。
 しかし、太陽神アポロンは無情にも聞く耳を持たなかった。
 限界を迎えたローカストの中には、理性も知性も失い、黙示録騎蝗の軍勢から脱落していく者も出始めている。
 このままでは、ローカストという種族が滅びるのは必至。
 それでもなお、太陽神アポロンの権威はローカストたちを縛りつけ続ける。
「朕を崇めよ、ローカストを救う事ができるのは、黙示録騎蝗と太陽神アポロンのみであるのだ」
 呪縛は続く。太陽神アポロンが黙示録騎蝗の中断を命じるか、死ぬまで。
 あるいは、体内のグラビティ・チェインの枯渇によって理性を失うその時まで……。
 
●岡山県の山村にて
 先ほどまで夕日に照らされていた岡山県の山村は、あっという間に闇に包まれた。
 家々には明かりが灯り、美味しそうな食事の匂いが漂ってくる。
 山村の、穏やかな日常。しかしそれは、青年の悲鳴で一変した。
 犬に餌をあげようとした青年は、カマキリ型のローカストと遭遇したのだ。直後、素早い動きで迫ってきたローカストに喰われてしまう。妙な音に気付いた家族が出てきたところで、彼らも喰われる。頭から、足から、あるいは腕から。
 人間を貪り食うローカストたちの目は濁り、理性も知性もない。
 隣家の異常に気付いた家族も出てくるが、彼らもまたローカストに襲われ、餌食となった。年齢も性別も体格も、関係ない。飢餓を満そうとするローカストに、人々は為す術無く喰らわれていった。
 
●ヘリポートにて
「阿修羅クワガタさんとの戦いは、無事にケルベロス側の勝利で終わったようだな」
 タブレット端末を手に、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が微笑む。
「広島のイェフーダー事件に続き、阿修羅クワガタさんの挑戦も阻止。これでローカスト残党の勢力は大きく弱まっている筈だ」
 しかし、ローカストのグラビティ・チェインの枯渇は良いことだけではない。グラビティ・チェインの枯渇により、理性を失ったローカストたちが人里を襲撃する事件が予知されたと、ウィズは表情を曇らせた。
「岡山県のとある山村に現れるローカストは4体。彼らはすべて、カマキリのような外見をしている」
 それほど強力なローカストというわけではないが、このローカストたちは飢餓状態で特攻を仕掛けてくる。結果、予想外の強さを発揮することもあるそうだ。
「君たちにはこのローカストたちの撃破をお願いしたいのだが——実は、迎撃する場所ごとに注意が必要でな」
 まずは村で迎撃する場合。飢餓状態のローカストたちは、ケルベロスとの戦闘よりも村人を貪り食ってグラビティ・チェインを得ることを優先する危険性があるそうだ。
 そして村に向かう途中のローカストと戦う場合。ローカストたちは一直線に村へと向かって来るので、発見こそ比較的容易ではある。しかし発見に失敗して村を襲撃されてしまった際は大きな被害が出てしまうそうだ。
「ならば二手に分かれて——と言いたいところだが、戦力を分割するのは危険だ。各個撃破される危険性が非常に高いからな」
 どちらの作戦で立ち向かうかはケルベロスに一任すると、ウィズが締めくくった。
「危険な状況ではあるが、今回のようなローカストたちが多数出るようになれば、残党が瓦解するのは時間の問題かもしれないな……ともあれ、十分に気をつけて事に当たってくれ」
 と、ウィズがヘリオンに促した。


参加者
ロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)
マイ・カスタム(重モビルクノイチ・e00399)
ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
佐久間・凪(無痛・e05817)
深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)
エストレイア・ティアクライス(メイド騎士・e24843)
リノ・リンデル(傷跡の羅針盤・e31167)

■リプレイ

●逢魔時
 岡山県の山村に到着したケルベロスたちは、地上を捜索する班と、そのほぼ上空から警戒する班に分かれた。
「ローカスト残党狩りもいよいよ大詰めみたいだね。いよいよ敵もギリギリみたいだし、アポロン撃破まで頑張ろう!」
 テンション高めに仲間を鼓舞するのは、マイ・カスタム(重モビルクノイチ・e00399)。テレビウムの「てぃー坊」と共に、山道を歩いている。
「アポロン——このような作戦に出るとは、もはや王とも神とも言えないモノに成り果てましたか。こうなってしまえば、最早手の付けようがありません。頭を早く討ち取って、国そのものを楽にして差し上げましょう」
 それが、今の自分たちに出来ることである、と。片目を閉じてネット上の地図を確認しながら、ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)が応えた。
 深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)も、準備した地図にスーパーGPSで現在地を表示させる。
「ぼくたちのいる場所はここだから……うん、村からは十分に離れてる。この辺で迎撃できればいいんだけど……」
 捜索は続く。ローカストたちがどのルートを通るのかは、わからない。ならばせめてと、エストレイア・ティアクライス(メイド騎士・e24843)は周囲の様子を注意深く観察する。不自然な音、騒音、野生動物の逃走などを見逃さないように。
 空中を征くのは、ロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)とリノ・リンデル(傷跡の羅針盤・e31167)。隠密気流を使用し、空からの索敵を担当している。
(「偵察任務なんて初めてだから緊張するなぁ。でも、村の人たちに被害が出ないように一生懸命頑張らないと!」)
 不安げな顔を少し引き締めつつ、リノが警戒に当たる。
 小ぶりな金色の翼6枚をはためかせるロゼの顔には焦りが滲んでいた。敵が村に到達するまでに発見できなれば、人々が貪り食われてしまう。何としても、それだけは避けたい。
 最初に異変に気付いたのは、リノだった。不自然な茂みの揺れ。それが村の方へと向かって行く。次いで、エストレイアの耳に、茂みをかき分ける音が届く。目を凝らすと、成人の腕一本分の長さはあろうかという鎌が視界に入った。
「敵です!」
 エストレイアの短い宣言とともに、佐久間・凪(無痛・e05817)が信号弾を放つ。ロゼとリノがすぐさま降下し、合流する。
「ここでの戦闘なら、村人には被害が及ばないだろうね」
 惨殺ナイフ「月禍」を手に、ディクロ・リガルジィ(静寂の魔銃士・e01872)が呟く。
 信号弾の音に気付いたローカストたちは移動速度を速めた。それぞれが凄まじい速度で、我先にと向かって来る。
「飢えの苦しみ……想像を絶するものなのでしょう。けれど、村の人々を糧とさせるわけにはいきません——終わらせましょう。その苦しみを」
 ロゼがわずかの間目を伏せ、視線を上げる。
「我々はケルベロス。奴等の毒牙を叩き折り、我等の牙を突き立てましょう! ティアクライスのエストレイア、参上です! 貴方方の蛮行、阻止させて頂きます!」
 ローカストたちの前に立ち塞がるエストレイアが、ゾディアックソード「第二星厄剣アスティリオ」を掲げた。

●夕暮
 ローカストを村に行かせてはならない。ケルベロスはすぐさま彼らを包囲した。ローカストは邪魔立てされたと思ったのだろう、奇声を上げて襲いかかる。ディクロに齧り付こうとするローカストの前に、エストレイアが立ち塞がった。突き刺さる牙は、予想以上の痛みだエストレイアはうめき声ひとつ漏らさず、ローカストを見据える。
「流石の攻撃力ですね! しかし、伊達や酔狂で騎士を名乗っている訳ではありません! 人々の命は必ず護り通します!」
 声を張り上げるエストレイアを中心に、ロゼがオウガ粒子を放出する。
(「狂うほどの空腹、さぞや辛いものなのでしょう……しかし、だからといって人々を犠牲にするわけにはいかないのです」)
 ロゼがローカストたちに向ける視線には、確かな意志が宿っていた。その思いはまた、凪も同じであった。
「絶対に村には入れさせないのです! 私たちが止めて見せます! 応用編リバース・ペイン……力を再生に集中!」
 凪の体から霧状のオーラが発生する。続くマイも回復に回ろうと、ヒールエネルギーを纏わせた手でソラネへと触れた。
「バイタル確認……電圧調整……落ち着いて、そのまま。無理はしないでね」
 てぃー坊もソラネへと応援動画を流し、回復の手伝いをする。
「ありがとうございます。——自分に出来ることを、全力でやりましょう。私たちなら、きっと皆さんの助けになれます。行きましょう、ギルティラ!」
 身に纏った外骨格に声を掛け、ソラネは紙兵を散布した。被害の軽減を重視した行動だ。
 初めに攻撃に回ったのはディクロだった。精霊魔法の詠唱は、吹雪を呼び起こす。
「ハウリングがあれば良かったけど……とにかく、早く数を減らさないとマズいね」
 知性のかけらも見受けられないローカストたちを一瞥し、ため息をついた。
「やれやれ、数週間前に対峙したローカストとは、比べようがないほど狂ってるね。……それもすぐに終わるよ」
 重なるのは、自分の病。湧き起こるのは、怒りよりも同情。吹雪が止むと、ローカストたちの頭上に無数の剣が現れた。
「さぁ……お相手願おうか!」
 夜七の合図とともに降り注ぐ、刃の雨。そこに加わるは、オルトロスの「彼方」による神器の一閃。もがくローカストたちへ、さらにエストレイアが光の翼、その羽根を射出した。
「逃しません! そこで暫くお待ち下さい!」
 羽根は剣となり、ローカストを磔にしようと速度を増す。が、ローカストは寸前で回避する。
「さすがに、一筋縄じゃいかない相手みたいだね……うん、僕も気合入れていかなきゃ。マヒナもよろしくね」
 リノの不安げだった顔が、一転して真剣そのものに変わる。リノが炎の息を見舞うと、その隙にテレビウムの「マヒナ」が顔面を光らせた。
 ローカストたちの目は、より凶悪な色を帯びてゆく。

●薄暮
 ケルベロスが倒れるようなことがあれば、ローカストたちは村へと向かい、グラビティ・チェインを得るための殺戮を始めるだろう。
 敵はグラビティ・チェインを得るためならば、なりふりかまわないのだろう。ディクロの前で振るわれようとする鎌の前に、彼方が飛び出した。その斬撃で、戦闘不能となる。
 続けて見舞われる凶音波。後衛に到達したそれは、てぃー坊とマヒナを戦闘不能にするには十分な威力であった。夜七を庇いつつ、マイは歯噛みする。
「……お前のような奴に、負けるものか」
 マイ自身にも、相当のダメージが蓄積されている。体勢を立て直そうと大きく息を吐いたところで、ロゼの歌声が耳に入った。
「きらり きらり夢幻の泡沫。生と死の揺籠、幾億数多の命抱き。はじまりとおわり、過去と未来と現在繋げ咲き誇る時の華ー導きを」
 玲瓏たる絢爛の歌声にて紡がれる生と死の子守唄は、魔法陣を浮かび上がらせる。緩やかに咲き誇る光の薔薇と異郷の言語にて記されたその魔法陣から暖かな光が降り注いだ。次第に、マイの傷が癒えてゆく。
「これ以上は、誰も倒させません」
 戦線の維持と支援を自らの役目とするロゼは、祈るように胸元で手を合わせた。彼女自身も、後衛に至る攻撃を受けて傷ついている。気を抜けば倒れてしまいそうなほどの痛みは決して見せず。次に癒やすべき者を見定めようと視線を這わせれば、美しい金の髪に咲き誇る七色の薔薇が、静かに揺れた。
 マイがエストレイアを癒やし、ソラネが何度目かの紙兵をまき散らす。
 太陽神アポロンの権威で、無理矢理動かされているローカストには、同情を禁じ得ない。それでもソラネの目は、悲しみに揺れることはない。ひたすらに冷徹な眼差しで、次の攻撃に備える。
「……デウスエクスにもブラック企業ってのはあるんだねぇ」
 そんな冗談で笑おうとしたディクロの口の端は、うまく上がらない。
「狂う理由は違えど、僕も理性が吹っ飛ぶことはあるからさ。狂月病はウェアライダーならではだけども……」
 ブラックスライムによって、二本の猫尾を肥大化させる。
「……死ぬときも正気を保つか、いっそ狂うか。どっちが楽なんだろうね? コレは僕にも分からないや」
 尾が、ローカストの体に巻き付く。ディクロがリボルバー銃「ヘルキャット」を向けるが早いか、ローカストはもがき、尾の拘束から抜け出した。
「そこまでしてグラビティ・チェインを……」
 勢いに任せ、ケルベロスたちの包囲を抜けようとするローカスト。が、凪が撃ち込んだ降魔真拳で、ローカストは砕け散った。
「村にはいかせませんよ! 絶対に守り抜いて見せます!」
 拳から喰らった、デウスエクスの魂。それを自身の体力に変換しながら、凪が叫ぶように言い放つ。
 まだかなりの体力を残す次の一体へ向けて、夜七は静かに踏み出した。
「君らも、生きるために必死だったろうけど……でもぼくらも、奪われるわけにはいかない」
 一歩、また一歩踏み出しても、抱えた苦悩は消えない。
「君らが必死な事情はわかるよ、アポロンさんが無理を強いてるのも」
 そこからは、一瞬。ローカストの眼前に飛び込んだ夜七は、白刃を奔らせた。鯉口を切る音は、ローカストにはどう聞こえていただろう。
「けど、村の人に手出しはさせない! 悪いね―――そこはもう、ぼくの間合いだ!」
 抜刀の速度で生まれた熱は、大気の密度を局所的に変える。夜七の影が揺らめき、夜の森に青白い光の粒が舞った。
 気付けば、ローカストには刃の跡が刻まれていた。
(「ぼくはもう、誰かが殺される場面を、絶対に……!」)
 日本刀「不知火」をいっそう強く握りしめ、夜七は一瞬だけ目を閉じた。

●黄昏
 幾度となく苦境に立たされようとも、ケルベロスたちは果敢に立ち向かう。
 ローカストの、飢えから来る狂気。ケルベロスの、意思から来る戦意。どちらも譲ることなく、薄暗い森の中で剣戟がこだまする。
 やがてディクロの刃が敵を両断し、夜七の刃が敵を斬り伏せる。
 満身創痍のケルベロスたちに、ようやく光明が見え始めた。
 残るローカストは、1体だ。
 エストレイアが破鎧衝を撃ち込むと、その隙にリノが裂帛の叫びを上げて自身を癒やした。ここが正念場だ。
「ここまで来たんだ、負けられないよね……!」
 それはローカストも同じなのだろう。残る個体は、最後の気力を振り絞るかのように跳躍した。ディクロに噛みつこうとする顎が開く。あと一撃喰らおうものなら、良くて戦闘不能。避けられないと知りつつ目を見開くディクロの前に、凪が割り込んだ。すぐさまロゼが時護りで癒やし、マイがバスターライフルを構えた。
「撃ち貫く!」
 エネルギー光弾の軌跡に交差するのは、ソラネのアームドフォート「ダイノアームズ【強襲戦特化型AF・TTー9】」から放たれたレーザー。
 体表の焦げる臭い。ディクロは憐憫の眼差しを向け、惨殺ナイフ「月禍」を閃かせた。
 手応えと同時に、耳をつんざくような悲鳴が、響き渡る。
「こんな無謀な策に振り回されるのを、終わりに出来ればいいね。……彼等の為にもさ」
 ディクロは刃を払い、鞘に収めた。
 これで、村を襲おうとしていたローカストは全て撃破された。紛う事なき、ケルベロスの勝利だ。村の人々は、ケルベロスたちのおかげで助かったのだ。
 しかし、素直に喜べるような状況ではなく。夜七はそっとフードを被る。
「辛かっただろう……おやすみ」
 弔うような視線を落とし、先ほどまでローカストだったものが消えるのを見守った。
 沈みがちな雰囲気の中、エストレイアがつとめて明るい声でねぎらう。
「皆様、お疲れさまでした!」
 言われて初めて気付く、疲労。誰ともなしに肩の力が抜けてゆく。
「本当に、お疲れさまでした。では、私は村人に安全の確保を伝えてきますね」
 ソラネが頭を下げ、その場を後にする。
「少し、荒れてしまいましたね。ヒールを施しましょうか」
 凪が視線を落とすと、そこには戦闘の痕跡が残る地面が。夜七と手分けをして、地面にヒールを施してゆく。
「他人を癒やすグラビティがあれば手伝えたのだけれど……」
 と、リノがヒールを施す二人を見る。マヒナが戦闘不能となったことで、少しばかり寂し気だ。そんなリノを、ロゼが優しく癒やす。
「大丈夫ですか?」
 微笑みかけられ、リノもふんわりと微笑みかける。傷は癒え、痛みも落ち着く。もう少しすれば、戦闘不能となったサーヴァントたちも再び活動できるようになるだろう。
 ぼんやりと浮かぶ下限の月が、そっとケルベロスたちを照らす。
「アポロンの潜伏場所……調査をしてみた方が良いでしょうね」
 ロゼがうつむきがちに呟いた。けれど今は、ほんの少しだけ立ち止まって。ロゼの口から零れる鎮魂歌に、秋の虫の声が重なった。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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