約束の日は過ぎて

作者:秋月きり

 彼女は泣いていた。月明かりの森の中、静かに流す涙が頬を濡らす。
 老人は尋ねた。どうしたのか、と?
 彼女は答えた。痛い。とても、痛いの。

「見たところ怪我はないようだが?」
 佐々木・センイチは別に医者というわけではない。随分前にサラリーマンを定年退職し、いよいよ以て古希を迎えた、ただそれだけの男だ。
 たが、古い考えの男でもあった。それ故、深夜の森の中で突如覚醒したと言う異常性よりも、そのことを優先した。
 目の前に涙を流す女性がいる。それを放置する事は出来なかった。
 綺麗な女だった。複雑に結い上げた髪と質素な青い服が特徴の彼女は憂いの帯びた表情のまま泣いていた。
「となると、心かのぅ」
「心?」
 まるで何も知らない童女のように、彼女は鸚鵡返しの言葉を口にする。その言動がまるで孫をあやしているかのようで、センイチはついつい言葉を続けてしまう。
「悲しい時。辛い時。心が痛みを覚えるもんじゃ。儂もあったわ」
「そう」
 女性は頷き、そして手にした花冠をセンイチに差し出す。何かの慰めになったのか、と笑顔で受け取った彼は――そのままの表情で固まった。
「貴方に、決めた」
 彼女は涙に濡れた表情のまま、微笑する。それは、今のセンイチが浮かべる表情の模倣のようだった。

 静岡県富士宮市に攻性植物の未来予知を見た。
「前の事件はつい先日のこと、だったのにね」
 渋面を作るリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉は淡々と紡がれる。それが却って彼女の悲しみと怒りを表しているようでもあった。
「今回、攻性植物が現れる場所は山梨県と静岡県を繋ぐバイパス沿いの森林から。市街地から距離はあるとは言え、デウスエクスの足だから、それも時間の問題ね」
 その為、バイパスの入口を閉鎖してでも行く手を阻む必要があるだろう。
「時間は早朝。手配は整えるから、迷い込んでくる人はいないわ。……だから、みんなは攻性植物の撃破に注力して欲しいの」
 その撃破が意味する事を彼女は、そして集ったケルベロス達は知っている。寄生された宿主を助ける事が出来ない撃破。それは。
「殺すこと、か」
 誰かの呟きに、リーシャはコクリと頷く。私は、その殺意を貴方達に強いる、と。だから、怨んでもいいよ、と呟いて。
 デウスエクスを放置する事は出来ない。それはケルベロス達の使命であり、ヘリオライダーの使命でもあるのだ。
「囚われた人は佐々木・センイチさん。数日前から行方不明になっている事は確認出来ているわ」
 今年古希を迎えた老人だと言う。妻に先立たれ、子や孫とは別居。独居老人と言う言葉がまさしく、な人物だった。
「そう、老人なのよ」
 前回は少女。今回は老人と、被害者に共通点が無いように思える事が気に掛かった。無差別なのか、それとも共通点があるのか……。
「まだ、調査の必要がありそうね」
 そう独白する。
「攻性植物の攻撃は二種類。触手と化した蔓草による殴打と、地面を侵食して敵を飲み込む攻撃。それと、自己回復能力も備えてる」
 前回の事件同様、見た目が白詰草の為、それに見合った攻撃なのだろう。なお、配下はおらず、単独での行軍を行うようだ。
「目的も同じね。グラビティ・チェインの奪取。未来予知の中では犠牲者の一人を生きたまま、森に連れ去る光景もあったわ」
 だが、それを防ぐ為にケルベロスは攻性植物を撃破するのだ。そのような未来を迎えさせてはならない。
「警戒活動は必要。でも、今は現れる攻性植物を撃破して欲しい」
 何れ足取りを掴む事が出来るかも知れない。でも、その為に目の前の事件を解決して欲しい。
 そして、リーシャはケルベロス達を送り出す。
「いってらっしゃい」


参加者
大御堂・千鶴(唯花の蜜・e02496)
柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
御影・有理(書院管理人・e14635)
近藤・美琴(想い人・e18027)
井関・十蔵(羅刹・e22748)
鳴上・智親(花鎮の贄・e29860)
峯樹・杏(もふもふぺちか・e31014)

■リプレイ

●老人と森
「また起きてしまったか……」
 国道139号。通称富士宮道路の途中に位置する外神の交差点に降り立った柵・緋雨(デスメタル忍者・e03119)は重い溜息を吐く。先の西富士宮での戦い――寄生型の攻性植物に取り憑かれた少女との戦いについて、未だ記憶に新しい。同様の事件が立て続けに起こる事に、黒幕の恣意を感じずにはいられなかった。
「事件を早く終息させなくてはな」
 ともすれば一人で抱え込みそうになる負担を、先の戦いを共にした御影・有理(書院管理人・e14635)の言葉が和らげてくれる。顔を上げた先で、視線の交わった彼女はまるで緋雨を労るように、ニコリと微笑んだ。
 その一方で、二人と同じく先の戦いを経験した近藤・美琴(想い人・e18027)の表情は険しかった。白い肌に映える朱色の唇は真一文字に結ばれ、その先の奥歯は何かを堪えるよう、きつく噛み締められていた。
「あんまし思い詰めてもしゃーねぇぞ」
 そんな彼女に掛けられる軽快な声は井関・十蔵(羅刹・e22748)からだった。かっかっかと笑う老人は、しかし、美琴同様、剣呑な輝きを瞳に宿し、森に視線を向けている。
「閉鎖は完了しているようだね」
 周囲の様子を伺う峯樹・杏(もふもふぺちか・e31014)は半ば感心した様に頷く。その彼女の傍らで、サーヴァントのペチカがウイングキャットらしくにゃぁと鳴き、その意見を肯定していた。
 彼女の言葉通り、目の前の道路には車一台、人っ子一人通っていない。早朝と言う時間帯を差し引いても、その実現には相当な労力が必要だっただろう。手配は整えると断言したヘリオライダーの言葉を思い出した彼女は強く決意する。それに必ず報いる、と。
 そんな彼女の決意に応えるよう、道の傍らに広がる森ががさりと揺れる。
 それは敵の到来を意味していた。
「佐々木のおじーさん……」
 現れた人影に、大御堂・千鶴(唯花の蜜・e02496)が小さくその名を呼ぶ。
 呼ばれた老人、人間であった頃の名前を佐々木・センイチと言った彼は好々爺然した表情のまま、ケルベロス達に視線を注いでいた。
 その視線はまるで。
(「観察しているようにも、思えますね」)
 鳴上・智親(花鎮の贄・e29860)は感想の如く、その言葉を思い浮かべる。おそらくそれは是であろう。白詰草を纏う老人の視線は一挙一動を見過ごさないようにケルベロス達を一巡する。それは敵対する彼らを撃破する為か、それとも、別の意図があるのか。
 だが、老人の意図がどうであれ、彼の撃退の為、ケルベロス達は此処に集っている。それだけは間違いなかった。
 迎撃の為に散開し、それぞれの得物を展開する彼らに、老人はすっと眼を細めた。
「また貴様ら、か」
 喜色と苛立ちが混じった、不思議な声色であった。

●花言葉の名は『約束』
「勝利の報告を持って帰りましょう」
 恋人代わりに頑張ると緋雨に告げる神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)の声は何処か弾んで聞こえた。対して緋雨の表情は明るくない。「ああ」と絞り出すように口にした肯定の言葉は、それでも、なんとかいつもと同じ声色で発せられた。
 焦燥感が胸に宿る。老人の頭に掲げられた白詰草の冠。先に遭遇した少女の頭にも乗せられたそれに既視感を覚えるのは気のせいか。
「おう、折角だ。グラビティチェインが欲しいなら俺達を倒して持っていけよ。老若男女、より取り見取りだぜ?」
 籠もりそうになった思考回路は十蔵の挑発によって現実に引き戻される。
(「ああ。そうだ。今はまだ」)
 悩む時ではない。束ねた弓に矢を番えながら、首を振って暗く染まる思考を追い出す。
 彼の視線の先で、十蔵の挑発は完成していた。
「おめえなら誰を連れていくよ?」
 返事は地割れを以て発せられた。ケルベロス達の足下への強襲は、緋雨、ララ、智親、杏の四者、そして有理のサーヴァントであるリムへ牙を剥く。
「欲張り過ぎでしょう!」
 杏を庇った美琴がむぅと毒吐く。ウイングキャットのエスポワールと手分けして老人のグラビティから仲間を庇うものの、手数が足りない。
「でも、これでハッキリしたわ」
 智親との間に割って入った有理の観察眼は、それを捕らえていた。十蔵の問い掛け後、老人の視線は確かに杏に向けられていた。
(「前回の被害者は子供。今回は老人……」)
 そして、今の攻撃は杏へと。ドラゴニックハンマーから放たれる竜砲弾で老人を牽制しながら、有理は結論を下す。
 この攻性植物の狙いは。
「――弱者」
 ケルベロス達の中で杏が選ばれた事に関してのみ言えば、単純な戦闘経験の差だろう。それだけならば智親も同じ筈だが、サーヴァント使いである彼女が狙われた事で攻性植物が狙う由縁が体力に基づくものであると理解する。
「そうなのかなァ? 佐々木のおじーさん?」
「是だと答えよう」
 千鶴から放たれた幻影竜の息吹を白詰草の触手で受け止めながら、老人は首肯する。
「何故?」
 その問いは美琴からだった。
 惨殺ナイフから零れ出す亡者の呻き声を背景とした呟きはしかし、その後を紡ぐ事が出来ない。
 何故グラビティ・チェインを得ようとするのか? 何故弱者を狙うのか? 何を目的としているのか?
 紡げなかった言葉を講師の如く頷きながら聞く老人は、そして美琴に先を促すように問う。
「それはこの佐々木・センイチと言う個体に対してか? それとも儂に対してかな?」
 返答はヘリオライダーの予知にあった姿勢。孫に接する心優しい老人そのものだった。
 発せられた言葉が美琴の胸を締め付ける。胸を掻き抱き、零れそうになる涙を何とか堪えながら、自身のサーヴァントへ仲間達の補助を命じる。
「ああ。そうかい。お前は佐々木・センイチでは無いって事かい?」
 十蔵の放つドラゴンの力を纏う殴打はしかし、老人には届かずぶちぶちとその触手を切り裂く結果に終わった。そして、その問いもまた。
「是でもあり否でもある」
 寄生している以上、自身は佐々木・センイチであり攻性植物なのだと、肯定も否定もしない。
「生きたまま連れ帰ろうとするのは、別の攻性植物の宿主にする為とか?」
 サーヴァントのリムと共に、味方を奮い立たせる歌で仲間を補助するララは彼に問う。問い掛けへの返答は、ハッキリとした否定であった。
「群体に非ず」
「単独って事か」
 矢と共に放たれた緋雨の言葉は力無く響く。彼の心を占めている光景は涙を流す女性の姿。それは小さな棘のように、彼の胸に疼痛を与え続ける。
「お爺さんのお家、そっちなの?」
 御業による締め付け、そしてペチカによる補助を敢行しながらの杏の問いは森を指差し紡がれる。だが、老人の答えは否だった。
「この個体の住居はこの町にある」
 まるで本でも読み聞かせる声色に、杏はその事を悟る。寄生植物は知識を奪う。おそらく今、彼が口にする言葉は老人から奪った知識に因るものなのだろうと。
「何がしたいのですか?」
 智親の言葉と共に、無数の魔力の奔流が攻性植物を貫く。そして、彼の発した問いに一瞬の逡巡があった。それは答えられないと言うよりも、より正しい答えの言葉を探しているようであった。
 攻性植物の性格なのか、それとも老人から奪ったものなのか。質問に答える姿はとても真摯だと感じる。
「……心の痛みの意味を、知りたい」
 老人が、否、攻性植物が紡いだ言葉は、静かに智親の耳朶を打った。

●それが知りたいもの
 老人の動きが鈍くなっていく。八人と三匹による猛攻は、攻性植物から力を奪っていくのに十分な暴力であった。
 暴風雨のように吹き荒れるグラビティを受けた老人の身体は崩壊し、その補修をすべく、白詰草の蔦草は伸び、その傷口を縫い、繋ぎ止めて行く。
 それは以前と同じ光景。補修による回復は、ケルベロス達に痛々しい傷跡を見せ付ける。
 それでも。
(「倒すと決めた。殺すと決めた」)
 大きく嘆息した千鶴は笑顔を形成する。それが佐々木老人への葬送だと信じて。
「贈り花よ、咲き乱れた祭と、成れ。……キミにはもっと似合う花があるはずだよォ。最期に、ボクからプレゼントしてあげよっかァ?」
 彼女の詠唱によって召喚されたスイートピーは老人を覆う白詰草へその蔦を伸ばし、絡みついていく。その様子はまるで、桃色の花による白き花への侵食だった。
 それらが連鎖爆破し、白き花を、三つ葉の蔦葉を、そして老人の身体を破壊していく。
「Lotus flori deschise in zori. Maine, credem ca vine lumina.」
 千鶴に続くのは智親から発せられた子守唄だった。想いと魔力を乗せた歌声は深き灰色となり、攻性植物の身体を切り裂いて行く。
(「ごめんなさい。佐々木さん。僕は貴方を止められない」)
 脳を狙った攻撃も、心臓を狙った攻撃も意味を成さなかった。破られた側から補修されていく様は、彼が人ではない事の証左にも思える。――植物に脳や心臓は存在しない。
 そして老人は再び大地を蹴る。蹴りによって発した地割れはアスファルトを砕き、ケルベロス達を噛み砕かんと口を開く。
「やらせない!」
 だが、起死回生を図る一撃も、有理や美琴、エスポワールの三者に阻まれ、有効打となり得ない。
「なぜ倒れぬ?」
 老人は問う。否、その問いが老人ではなく攻性植物の疑問だと、ケルベロス達は知っている。特に防御を担い、老人の放つグラビティを受け続けた有理や美琴の二人は既に限界の筈だ。彼女らが負う傷は地割れによるものだけではない。蔦草による鞭撃は彼女達の衣服を、肌を裂き、零れ出る血は、その皮膚を濡らしている。
 ララやクスと、ペチカと言った癒し手達の行う懸命な回復は、しかし、その傷を癒すに至らない。度重なる負傷の蓄積は、彼女達にヒールを受け付けさせなくなっていた。
 だが。
「どうして心の痛みを知りたいの?」
 全身を苛む痛みを押さえつけながら、美琴は問う。身体の痛みは物の数ではない。今、本当に痛いのは心だと、涙交じりの視線は老人に、その身に巣食う攻性植物に注がれていた。
(「どこから来てどこに行くの? 貴方は――」)
「人間に、なりたいの?」
「否」
 この期に及んでも、攻性植物は彼女の問いに律儀に答える。
「理解は手段だ」
 グラビティ・チェインを得る為のもの。そう断ずる攻性植物はしかし。
「いいえ。違うわ」
 杏の発した文言もまた、否定だった。目の前の攻性植物は心の痛みに拘っている。少なくとも彼女はそう思っている。
 そうでなければ、彼の視線がケルベロス達に注がれている筈は無い。
 否定の文言と共に彼女の召喚した御業が老人を取り巻く白詰草を焼き尽くす。燃え揺らぐ赤は蔦草と、そして老人を呑み込まんと炎の舌を伸ばしていた。
 老人の口から零れたのは悲鳴だった。それは、彼の、そして攻性植物の最期が近い事を告げていた。
「線香替わりだ。手向け代わりにくれてやらぁ」
 十蔵の編み上げたグラビティの短刀は老人の身体を寸分違わず貫き、梔子の芳香を周囲に漂わせる。
「悟れ、己が望みを。飢えに血肉を、渇きに水を、獣に知恵を、人に生命を。喰らえ、さらば満たされん」
 有理の召喚した幻影竜は、ナイフのような牙を老人に突き立て、その半身を切り刻み、白詰草ごと引き千切る。
「顕れるは世界の解れ、導くは光の御標。――紡ぎましょう、貴方だけの物語」
 ララの喚び出した無数のクローバーは、傷だらけの老人へ注がれる。白詰草の花言葉は幸福。それは素敵な言葉だと告げながら。
 そして印が結ばれた。
「龍蛇よ、我が目に宿れ」
 緋雨の瞳から放たれた紫色の光は眩いばかりに輝き、老人の目を穿つ。万華鏡を思わせる景色に灼かれた老人は、まるで痙攣するように、その蔦葉を伸ばす。
 ビインと震えた後、動きを止めたそれは、老人の、そして攻性植物の最期を示していた。

●RE:白詰草
 光の粒が放出される。光と共に消えていく老人を前に、緋雨は大声で問う。それは、今、彼が成さねばならぬことでもあった。
「教えてくれ、お前さんをこんな姿に変えてしまったのは一体誰なんだ?」
 まるで縋り付く様な問いに、老人が最期に浮かべたものは、困り顔であった。
「『お前さん』とは誰だ? 佐々木・センイチと言う個体か、それとも斉藤・絵梨佳か? もしくは……」
 続いて告げられた名前に緋雨は目を見張る。
 その名を知っていた。その女性を彼は知っていたのだ。セピア色の思い出が、色褪せた筈のそれがゆっくりと色彩を取り戻していく。
 白と緑と青。それが思い出の色。涙にぬれた女性は確かに、その花々に囲まれていた。そして。
「――ッ!」
 息を呑む。
 白詰草の冠は、自分が彼女に与えたものだった。
「それを変えたのは儂。だが、同時に……」
 言葉はそこで途切れる。顔にまで達した崩壊が言葉を老人から奪ったのだった。
 黒色の瞳と紫色の瞳が交差する。それも一瞬の事。ついに光の飲まれた老人は何もケルベロスに遺すこと無く、最期を全うする。

「お墓を建てたい」
 その提言は杏からだった。
 それが、攻性植物に寄生された佐々木老人の最期を看取った者の義務だと思う。真摯な彼女の言葉はケルベロス達の胸を打つ。
 だが。
「祈るだけにしておこうや」
 十蔵は首を振ってそれを否定する。ここにも人の営みがある。死者を悼む事も大切だが、それを侵す事は出来ない。
 何より、佐々木老人はデウスエクス事件の被害者として遺族によって弔われるべきだ。そうでなければ遺された彼らの気持ちの整理がつかないだろう。
「……わかった」
 頷いた杏はペチカと共に黙祷を捧げる。千鶴も美琴も、そして智親もまた、それに続き瞳を閉じた。
「どうか、安らかに」
 紡がれた言葉は果たして彼に届いたのか。
 そうであればいいなと、ただ、祈る。

 仲間達が犠牲者を悼む一方で、有理は思考を巡らす。事件の解決。それこそが被害者への最たる弔いになる筈だと信じて。
(「黒幕は何が目的なんだ……?」)
 デウスエクスである以上、グラビティ・チェインの奪取が目的であることは間違いないだろう。だが、痛みに対して見せる執拗なまでの拘りは何だと言うのか。
 揃いそうで揃わないパズルは、まだ自分達の集めたピースの数が不足している事を意味していた。
(「まだ、調査が必要か」)
 それが黒幕に辿り着く為の最善手の筈だった。

 そしてララは緋雨に笑いかける。
「勝利の報告を持って帰れるね」と。
 彼女の微笑に、だが、彼は応じる事が出来なかった。
 蒼白なまでに色を失った唇はただ、言葉を、その名を紡ぐ。
「クロバ? 誰、その人?」
 少女の問いに、答えは無かった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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