精霊刀葬雪譚

作者:柚烏

 遠くからはカアカアと、しわがれた鴉の鳴き声が聞こえて来る。すっかり日が落ちるのも早くなった夕暮れ時に、少年は店じまいをした骨董店の裏手にある、古びた蔵へと忍び込んでいた。
「よし、鍵は古くなってるみたいだな……っと」
 そっと壊れた閂に手を掛けると、微かな音を立てて扉は少年を迎え入れる。降り積もった時の重みが、此方を呑み込もうと迫ってくるようだった。
 わあ、と思わず溜息が零れる其処は、手つかずの骨董品がしまい込まれた秘密の場所。傾いた夕陽が辺りを茜色に染め上げ、粉雪のような埃が舞い踊る中で、少年は早速目当てのものを探し始めた。
「この蔵の何処かにあるんだよな、精霊が宿った刀……。確か古い刀には精霊が宿り、自分に相応しい使い手が現れるのを待っている……だっけ」
 ――そして精霊の刀は店に並べられることも無く、蔵の中でひっそりと眠りについている。そんな噂を聞いた少年は、自分が刀を見つけてやると意気込んで、片っ端から蔵の内部を改めようとしたのだが――。
「あ、れ……?」
 黄昏時に長く伸びる自分の影、その胸元から鍵のようなものが突き出ていることに気付いた時。少年の意識はすっと失われ、その身体は力無く地面に横たわる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 手にした鍵で心臓を穿ち、夢を喰らうのは黒衣の魔女――その傍には少年の興味を具現化した、雪の結晶を煌めかせる刀を持つ、剣士姿のドリームイーターが生み出されたのだった。

「うわさばなし……特に刀剣に関するものが、狙われるかもしれないと危惧していたの、ですが」
 淡い水色の髪を揺らし、真剣な相貌に微かな憂いを宿すのはイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)。しかし、彼女の調査を元に確りとした予知を行えたのだと、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は安心させるように微笑みを浮かべた。
「不思議な物事に強い『興味』を持ったひとが、ドリームイーターに『興味』を奪われる……でも、これを倒すことが出来れば、被害者も目を覚ましてくれるから」
 夢を奪った第五の魔女・アウゲイアスは既に姿を消しているようだが、奪われた『興味』を元にして現実化したドリームイーターにより、事件が起きてしまう。なので被害が出る前に、これを撃破して欲しいのだとエリオットはお願いして、詳細な説明を行っていった。
「……骨董屋の古い蔵には、精霊が宿った古い刀がある。そんな噂が元になって、今回のドリームイーターは生まれたみたいだね」
 現れるのは、古びた日本刀を持つ剣士姿のドリームイーターだ。配下は居らず一体のみだが、一振りごとにきらきらと輝く雪の結晶を振りまく刀は、本当に氷の精霊が宿っているかのようだと言う。
「勿論、精霊が宿る刀なんて言うのは噂に過ぎないんだけど……彼は出会ったひとに『自分が何者であるか』を尋ねて、正しく対応出来なければ殺してしまうから」
 今回の場合は、精霊の宿る刀を持つ剣士とでも答えれば良いのだろうが、答えられぬものを殺してしまうのであれば倒す以外の選択肢は無い。
「それとこのドリームイーターは、自分のことを信じていたり噂しているひとが居ると、そのひとの方に引き寄せられる性質があるんだ。だから、うまく誘き出せば有利に戦えると思うよ」
 恐らく、生み出された蔵の周辺を彷徨っているとは思うが、市街地の方に向かいでもしたら被害が大きくなってしまう。幸い蔵の建つ辺りはひと気も無く、鬱蒼とした林に囲まれ、聞こえるのは鴉の鳴き声くらいだ。なので、蔵周辺でおびき寄せるのが良いかもしれないとエリオットは言う。
「雪の結晶を散らす、氷の精霊刀の使い手……というわけですか」
 ぽつりと呟くイルヴァの、その紅玉の瞳に過ぎったのは、いのり歌が響く雪深い村の光景だったのだろうか。守る者として刀を取る、その決意を抱きながら――彼女は、己の進む道に光があるようにと願う。
「冬のおとずれは、まだ先のこと。ですから――」
 ――興味が招いた夢、雪と氷の欠片は黄昏のあわいに溶かしてしまおう。そうしてイルヴァはふわりと微笑んで、行きましょうと言うようにそっと手を差し出した。


参加者
スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
古峨・小鉄(目指すは勇敢な救助者・e03695)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)

■リプレイ

●たそがれに想う
 黄昏時は空と刻の境界線――そんなことを思う古峨・小鉄(目指すは勇敢な救助者・e03695)の見上げた空は、刻々とその色合いを変えていく。
 ――瞬きの間に陽は翳り、影を濃くした林には鴉の鳴き声が木霊して。しかし小鉄は、黄昏に呑まれまいとするかのように、周囲の把握をしようと意識を集中させた。
(「眼ぇ慣らしとこ。不意に目の前に夢喰居ったとか、怖い話じゃ」)
 鴉の声に足音が消されるのは嫌だと耳を澄ませながら、白虎の尾がびったんと地面を叩く。彼らの前に建つ古びた蔵、其処に眠ると噂されていた精霊の宿る刀が、今回のドリームイーターを生み出すきっかけとなった。
「流石に、事前に説明する猶予はありませんでしたが……仕方ありませんね」
 可能であればアルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)は、持ち主である骨董屋の店主に事情を説明しておきたかったのだが、時間的な制約の為にそれは叶わず。一方のリーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)は、本当に精霊の宿る刀があるのか聞いてみたい様子だったが――あくまで噂は噂なのだろうと、スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)が頷く。
「確か、そんな刀が出てくる漫画か何かがあった気がするし、噂もそこら辺から広がったんじゃないか?」
 それでも、そう言う噂があるとこっそり見に行きたくなるのも分かるとスバルは笑って――忍びこむのってドキドキするもんね、と人差し指を立てた。
「……氷の精霊刀……本当にそんな刀があるなら、わたしも欲しいな……」
 鳴月の銘を持つ霊刀をなぞりながら、言葉少なにリーナが呟く中、スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)は努めて冷静に今回の一件を捉えているようだ。
「なまじこの世には本物の神秘が存在する以上、門外漢には真偽の判定が出来なくなってしまっているのだな」
 ケルベロスであれば、自分たちが振るう力――グラビティには馴染みがあるが、一般人は物語に出てくるような超常の力と、余り区別がつかないのかもしれないとスレインは言う。
「……啓蒙の類で解決が図れるだろうか……否、今は事件の解決が先か」
「被害者の少年はどうします? 安全そうな場所があれば、避難させた方が良いと思いますが」
 と、夢を奪われ蔵の中で意識を失っている少年の対応について、アルルカンが皆に提案をするが――イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は、下手に動かさず蔵の中に居た方が安全だろうと答えた。
「誘き寄せは、蔵の近く……ある程度開けた場所で行いますし」
「それに蔵などの建物に被害が出ないよう、注意を払いますのでお任せください」
 イルヴァに続いてセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)も凛と、騎士として確りと対応に当たることを約束する。こうして誘き寄せは、ドリームイーターが彷徨っているであろう近く――林を背にし、蔵を真正面に捉えられる位置で行うこととなった。
「精霊刀、ね。そういうのってロマンあるよな。付喪神とかそういうのも、大事にされた道具に宿るっていうし」
 特に刀は霊的な感じがする、と呟く北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)にセレナは頷き、本当に意思のある精霊が武器に居たら素敵だと微笑んで夕空を仰ぐ。
(「私も自分の剣とは話してみたいと思いますし、それに」)
 そうすれば私の――と、彼女の心を波打たせたのは、失われた過去の記憶を思い出したいと言う願いであったのか。しかしセレナはその考えを振り払い、誘き寄せを行う仲間たちへ力強く呼びかけた。
「……いえ、今は被害が出る前に敵を倒す事に集中しましょう」

●逢魔が時の噂話
 ドリームイーターの誘き寄せは有志が行い、他の者たちは近くに待機し、直ぐに対応出来るよう周囲の警戒に当たる。そうして相手を引きつける為、何かが現れてもおかしくない逢魔が時に、密やかな噂話が交わされることとなった。
「なかなか、浪漫溢れる話ですよね。私は騎士なので刀は扱いませんが……刀剣類は全般的に好きなので、どんな刀なのか興味があります」
 先ずセレナが口火をきると、すかさずイルヴァが紅玉の瞳を輝かせ、興味深そうに会話に加わっていく。
「精霊が宿った刀って、どんな風なのでしょう」
「うんうん、古い刀に精霊が宿るかぁ、カッコイイね」
 スバルもノリ良く友人たちとの会話を楽しみ、其処でイルヴァは使い手を選ぶと言う逸話に触れ、わたしでも選んでもらえるでしょうかとどきどきした様子で尋ねてみた。
「男の精霊だったら、女の子に使って貰えたら嬉しいんじゃない? ……おっと」
 ――そう言ったスバルの瞳に飛び込んできたのは、林の向こうから静かに近づいて来る影。闇が周囲を覆いつくしていく中、その影が携えた刀に夕陽が煌めいて、冴え冴えとした輝きを辺りに振りまく。
 何かに怯えるようにして、鴉たちが一斉に飛び立ち――そして一陣の風が吹き抜けていった時。その影、精霊剣士のドリームイーターは、感情の灯らぬ声で『己は何者か』と静かに問いかけた。
「何者か、は知らないよ。そんなの、自分で決めればいいじゃん」
 思ったことをそのまま口に出したスバルは、何て答えようとも倒すことに変わりは無いと覚悟を決めていて。皆のやり取りを聞いていた神太郎はと言えば、大仰に肩を竦めて説教をする。
「そんなもん、人に言われたってわからないだろ。そういうのは人との繋がりの中で、自分で見つけるもんなの」
 答えられないから殺すって、俺に言わせれば自分から答えを遠ざけている――そうドリームイーターに向けて言い放つ神太郎だが、機械的に問いかけを行う相手が理解出来ているのかは怪しい。まぁ、問いに答えられぬものを殺すのは、この手の怪談話の常套手段かも知れないが、蒼の瞳で精霊剣士を見据えるセレナは毅然とした態度で問いに答えた。
「貴方は血に飢えた、精霊の紛い物」
 ――彼らが其々に発した返答は、ドリームイーターの求めるものでは無かったらしい。雪の結晶を舞わせる精霊刀を閃かせて、剣士は獲物を斬り捨てようと此方に向かって来る。きらきらと黄昏に舞う冬の欠片に、イルヴァはほんの一瞬目を奪われるが――やがて彼女はかぶりを振って、静かに刃へと手をかけた。
「……雪と氷を纏う刀の使い手。すこし、私と似ています」
 でも、違う。イルヴァはきっぱりと否定すると、顔を上げて『彼』では無く『自分』の在り方を告げる。
「わたしの操る冬の力は、全てを凍らせ命を奪うのではなく、全てを守り春へと導くもの」
 だから――淡い水色の髪を翻してイルヴァが発動したのは、諜報と暗殺を司る妖精の持つ殺界を生み出す力。愛らしい相貌に見合わぬ殺気を放つ彼女により、人払いは為され――それは同時に、戦端を切る合図にもなった。
「仕掛けるのは、今……!」
 物陰に隠れていたリーナが、その身軽さを活かして宙を舞い、ドリームイーターの元へと奇襲をかける。雪色の髪が夕陽のいろに染まる中で、逆手に持つ刃は何処までも冷たい光を帯びていた。

●精霊乱舞
 斜めに刃で斬りつける巧みなフェイントを交え、リーナは暗殺者の如き鮮やかな身のこなしでドリームイーターへと迫る。其処ですかさず叩きつけられた蹴りは、流星の煌めきを宿して標的の急所を捉えていた。
「刀剣士の身としては、精霊剣士が相手とあっては心踊りますねぇ。刀でお相手できないのは、少々残念ではありますが」
 慇懃に一礼するアルルカンもまた、軽やかな靴音を響かせて大地を蹴って――紫眼に微かな愉悦の光を滲ませながら、機動力を削ぐべく鋭い蹴りを食らわせる。
「……ケルベロスは一般市民を守るのが本分、遊び過ぎないよう身を弁えることは忘れておりませんよ」
 それでも精霊剣士は直ぐに反撃へと移り、翳した刀からははらはらと雪の華が舞い散った。そのまま刃を一閃――辺りを薙ぎ払う氷と雪、その儚くもうつくしい結晶が目に飛び込んできて、小鉄は思わず溜息を零す。
(「綺麗……じゃ。この空と刻の境界線に閉じ込めてしもたらええのにな……いやいや」)
 見惚れている訳にはいかないと、小鉄はその身に刻まれた傷痕を押さえながら、ボクスドラゴンのお花ちゃんと一緒に皆の補助へと回った。構えた縛霊手からは、霊力を帯びた紙兵が降り注いで守護を与えようとするものの――前衛を一度に、更にサーヴァントを使役する身での付与は確実性が落ちてしまう。
「ホンマは刀持ちたいけど、個性に合う性能考えたら仕方ないじゃ」
 それでも頬をぷりぷりと膨らませて強がりを言って、小鉄は己の本分に従おうと気合を入れる。仲間の誰かが活躍すればそれでいいとの言葉に、後衛で回復を担う神太郎も頷いた。
「ああ、誰一人倒れさせはしねぇぞ!」
 装甲から光り輝く粒子を放出して覚醒を促す彼に続き、スレインも先ずは狙いを定めるべく有利な地形へと移動をしていく。相手のポジションはキャスター、命中と回避に優れる相手であるのならば――。
(「暫くは辛抱の時だろうな」)
 策も無しにただ攻撃を仕掛けるだけでは、簡単にあしらわれるであろうとスレインは理解していた。そう、普通の敵であれば、見切りに気を付けて攻撃方法を選択するだけで問題は無かったのかも知れないが――氷を纏うスバルの卓越した技量の一撃を、精霊剣士はひらりと舞うようにして回避する。
「って、外したっ!?」
「ならば私が、騎士の名にかけて貴殿を倒します!」
 此処は通さないとばかりに、高らかに名乗りをあげて皆の盾となるのはセレナ。高速演算により見抜いた弱点へと彼女は剣を突き刺して、その守りごと穿とうと一気に力を込めた。
(「みんなと一緒なら、大丈夫――」)
 親しい友人たちの姿に励まされながら、イルヴァは魔法の木の葉を纏って妨害性能を高めた後、戦況を有利に運ぶべく動きだす。その手に握られた神の槍は、眩い稲妻を帯びて――超高速の突きによって貫いた先から、神経回路を麻痺する衝撃が襲っていった。
 ――だが、戦況は余り思わしくない。初撃の足止め後も動きを鈍らせるべく動いていたが、確りと相手の回避性能を見越していたスレインや後衛のスナイパー以外は、なかなか思うような手応えを得られていないようだ。その中で敵の攻撃は冴えを見せており、その刀の切っ先はやがて、中衛で徹底的に妨害を行うイルヴァに狙いを定めていった。
(「敵の攻撃もわかりやすいし、それに合わせて回復を重ねていけばいい……そう思ってたんだが」)
 集中的に狙われるイルヴァに、具現化した光の盾を翳す神太郎は、己の見通しが甘かったことをここにきて実感する。わかりやすいと思っていた敵の攻撃だったが、それを凌ぎ切れるかはまた別の問題だ――何よりパターンに当てはめ、ただ回復をするだけでメディックが務まる訳では無い。
 ――しかも神太郎の回復力は、他の立ち位置につく仲間たちと然程変わらなかったのだ。結果、回復が直ぐに追い付かなくなるばかりか、状態異常の浄化にも手間取る羽目になった。浄化効果とて確実なものでは無く、慎重を期すならもっと回復手段に気を配るべきだったのかもしれない。
「……っ、ぅ……!」
 精霊刀に斬りつけられたイルヴァは、トラウマに襲われて必死に痛みを堪えていた。小鉄が回復の手助けをしようと動くが、回復手段は列全体に効果を及ぼすものばかりで、必然的に回復力は落ちる。
「お花ちゃん、俺のフォローお願い!」
 と、其処でお花ちゃんが属性を注入することで回復を行い、かろうじて危機を脱した様子を見た小鉄が頬ずりをした。
(「他人を回復するって……緊張するんだな。今まで後ろから助けてくれた人達には頭が下がるぜ」)
 最悪の事態を想定し、其処からどう戦況を立て直していくかがメディックには求められる――ようやくそのことに思い至った神太郎は、今までその役割を担っていた仲間たちの苦労を改めて知ったのだった。

●あわいに溶ける雪
「竜よ……氷の精霊をその炎で呑み込め……!」
 ――しかし皆は屈せず、尚も精霊剣士に立ち向かっていった。身体に埋め込まれた大量の魔術回路を発動させて、リーナの唇が紡ぐのは恐るべき竜語魔法。その掌から生じた竜の幻影は、灼熱の炎と化して獲物を呑み込んでいった。
「さて、小回りの利くナイフも味わってはみませんか?」
 其処で身を翻したアルルカンは、両の手に握りしめた禍々しい刃を煌めかせ、氷に蝕まれた剣士目掛けて斬り込んでいく。まるで華麗な舞を披露するかのように――しかしその切っ先は何処までも正確に獲物を解体し、道化じみた高笑いが夕暮れの林に木霊していった。
「今まで蓄積されていった氷が効いてる……これならっ!」
 一気に体力を削ることも不可能ではないと、電光石火のスバルの蹴りが急所を狙う。ようやく命中も安定してきたようだとほっと息を吐く間にも、スレインの胸部から覗く発射口から必殺の破壊光線が放たれていった。
「この力は殺すためだけでなく、守るためにも使えると……そう教えてくれたひとがいる」
 だから――イルヴァが握る刃の切っ先が滑り、その掌に血染めのルーンを刻み付ける。解放された魔力は氷嵐を呼び、それは全てを閉ざす氷の暴虐――氷獄となって荒れ狂うのだ。
「……わたしは、負けない」
「騎士として、我が友には指一本触れさせません!」
 イルヴァを狙って襲い掛かる雪結晶を、セレナがその身を盾にして庇った。そうして意識を自分の方へ逸らそうとでも言うように、彼女の裂帛の叫びが大気を震わせる。最低限のことはさせてくれと言って小鉄は補助に奔走し、一方で誰も倒れさせはしないと決意する神太郎は回復に集中していた。
「わたしは闇……全てを呑み込む漆黒の刃……!」
 ――自身の魔力と、集束させた力の全て。それは黒く輝く一振りの刃となり、限界を超えた一撃を叩きこむべく、リーナがありったけの力を振るう。澄んだ氷が砕けるような音を立てて精霊刀がひび割れていく中、スレインの構える弓は静かに、標的へと狙いを定めていた。
「お前も望んで生み出された訳では無いのだろうが、そこに利が無く害のみが残るならば……解体させてもらう」
 妖精の加護を宿した矢は、何処までも獲物を追い詰めていき――ドリームイーターと彼が持つ刀は、雪と氷の欠片に変じて宙に溶け消えていった。

 ちゃんと頑張れてました? と尋ねるイルヴァへ、スレインはあくまでも真面目に答えを返した。
「良かったと思うぞ、途中から非常に楽になった」
 その言葉にイルヴァの表情がぱっと明るくなる中で、何だか雪が見たくなったとセレナは微笑む。
(「冬になったら、雪合戦でもしましょうか」)
 そう思った彼女の視界の隅をふと、名残の雪が通り過ぎていったような――そんな気がした。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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