おなかをすかせた夢魔

作者:雨乃香

 パソコンと机、ベッドに本棚、壁一面には美少女が描かれたタペストリーが丁寧に飾られ、小さなガラスケースには精巧なフィギュアが並んでいる。
 狭く物が多い部屋ではあったが、綺麗に整頓されており、その部屋はそこに住まう者の性格を如実に現していた。
「もうこんな時間か、せっかくだから今日はアレを試してから寝ようかな」
 椅子に腰掛け本を読んでいた青年は、時計に目を向けると本を片付けベッドの上にモノを放り出す。
「えっと、望む人の姿を映した写真……はあるわけがないからポストカードでいいか、それに髪の毛……もなから抱き枕カバーの髪の毛の繊維でいいかなぁ?」
 ごそごそと収納を漁り、口に出したそれらを揃えた青年は、枕元にそれをそっと置くと小さく頷く。
「理想の女性として現れてくれる夢魔かぁ、二次元に入れないならあっちからきてもらうしかないものなぁ」
 青年が心底楽しそうに笑いながら、部屋の電気を落とすと同時、それは暗闇から忍び寄る。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの興味にとても興味があります」
 その声は青年の耳に届いたのか、それは誰にもわからない。
 ベッドに寄りかかるように倒れた青年の隣、立ち上がった人影は枕元におかれたポストカードを見ると溜息を吐き、小さな窓を開けるとそこから夜の街へと静かに飛び立った。

「夢魔、得物の望む理想の容姿を持ち、扇情的な服装で現れ、誘惑し、精を奪うという悪魔の一種。今でこそニア達がサキュバスとして認知されていますが、元は伝承の怪物だったこの夢魔がそう呼ばれていたわけですね」
 なんだか感慨深いですね? とニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)は語りつつ、笑みを浮かべ、その後を続ける。
「さてさて、そんな夢魔の噂がネット上で最近少し流行っていたようで、何でも現れて欲しいの人の写真と髪の毛を用意し枕元に置いて寝ると、その姿で夢魔が現れて精を奪っていってくれるのだとか。そんな噂への興味からドリームイーターが生まれてしまったと、なんともややこしいですねぇ?」
 楽しそうに笑みを浮かべつつ尻尾を揺らし、ニアは端末を操作する。
「この夢魔が現れたのは、この噂に興味を持った青年の繰らすアパートの一室で、この近辺で得物を探し、あたりを徘徊しているようです。
 男女問わず卑猥な妄想をしている人の前に現れ、誘惑し、万が一にも拒否された場合は醜い本来の姿を現し、恐怖を植えつけて去っていきます。当然、誘惑を拒否できなれば、ま、どうなるかはわかりますよね?」
 ニアは人差し指を口にあて、その小柄な体には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべ、ケルベロス達を見つめた後、ぱっと普段どおりの表情になると、そのまま話へと戻る。
「この夢魔は、特に強く自分の存在を信じ、卑猥なことを考えてる人の前にその望む姿で現れるようなので、ある程度誘き出すこと自体は簡単だとおもいます。人としてそういう欲求っていうのはだれしもあるわけなので、ほっておくと被害が広がるのははやいでしょうし、迅速な対応をお願いしますね?」
 意地の悪い笑みを浮かべつつニアは笑い、ケルベロス達に言葉を投げる。
「ニアもまあサキュバスの端くれでありますから、誘惑にはお気をつけて、と言っておきましょう。気を抜くと一瞬で骨抜きにされかねませんからね? 皆さんの報告、楽しみにまってますね? フフっ」


参加者
カナタ・キルシュタイン(此身一迅之刀・e00288)
東名阪・綿菓子(怨憎会苦・e00417)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)
ヒエン・レーエン(火守・e05826)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
火鳴木・地外(酷い理由で定命化した奴の一人・e20297)
朝影・纏(蠱惑魔・e21924)

■リプレイ


 夜空には雲もなく、月の明かりが怪しく街を照らしている。
 人工の明かりと、月光が照らす静かで人気のないその街並は、普段であれば不気味さや、どこか寂しさを感じることもあるかもしれない。
 しかし、今この街を包んでいるのは、どこか落ち着きのない、妙な空気だった。
 彼もそんな空気に当てられているのか、火鳴木・地外(酷い理由で定命化した奴の一人・e20297)は周辺の人払いの済んだ公園で笑みを浮かべている。
 鋭い目つきと裏腹につり上がり緩む口元をあたりの仲間から隠すように手を当てつつ、気を紛らわすように彼は視線を振る。
 すると公園の入り口の方から、三人のケルベロス達が連れたって歩いてくるのが視界に入る。
「出入り口の封鎖、終わったわよ」
「そっちはって聞くまでもないわね」
 作業を終えた三人の内、朝影・纏(蠱惑魔・e21924)がランプを片手に報告し、その後に続くカナタ・キルシュタイン(此身一迅之刀・e00288)は公園の中央、仲間達とやや離れた場所に位置し、俯いて佇む東名阪・綿菓子(怨憎会苦・e00417)の方を見た後、やや残念そうに呟いた。
「夢魔なあ」
 念のため三人の殿を勤めていたヒエン・レーエン(火守・e05826)も仲間達の中に加わりつつ、難しい顔をしながら、今回彼らに討伐を言い渡された目標について思案を巡らせる。
「興味がおありですか?」
 そんな彼を軽くからかうように、春日・いぶき(遊具箱・e00678)はその悪戯っぽい笑みを隠すことなく、そう声をかけた。
 ヒエンの方はそれを気にかけた様子もなく、くしゃりと自らの髪をかく。
「そういうわけじゃないが、好みやら色事というのがどうにもピンとこなくてな」
 答えを返しながらヒエンの視線は自然と、囮役の綿菓子の方へ向かう。
 卑猥な妄想に惹かれ、その者が望む姿で現れるという夢魔を基にしたドリームイーターを誘き出すために、綿菓子はそこでずっと一人佇んでいる。
 幼い彼女が一体どのような事を想い、夢魔を誘き出そうとしているのか、それを知ることは誰にも出来ない。
「私も……なんとなく、ぼんやりと位しか思い浮かばないですね」
 腰元から伸びる翼をはためかせつつ、上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)もヒエンに同意するように言いながら、唇に手を当て、軽く唸るような声をあげる。
「私の一番は決まっておりますが……私もサキュバスですので……。可愛らしい女の子はとても愛おしく感じますね……♪」
 ヒエンや紫緒とは反対に旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は自らの想いをさらけ出し、妖艶な笑みを浮かべる。
「可愛らしいのもいいが……やはり俺としては美しい女性がいい、露出度が高ければ尚良く、なによりも胸、特盛りの胸が重要なんだ」
 仲間達の語らいに我慢が効かなくなったのか、あるいは敵をおびき寄せるためなのか、地外はその想いを熱く語る。
 しかし、その存在が彼の運命すら変えた経緯を知らぬ者からすれば、それに対する反応は様々にならざるをえない。
 ニコニコと笑みを浮かべる者の心内はわからず、素直に関心するものもいれば、やや呆れたような視線を送る者もいる。
 地外はそんな仲間達の反応は気にも留めず、更に滾る想いを語ろうとして、息を吸い込み、そして息を呑んだ。


 果たして誰の想いに惹かれて現れたのか。それはふわりと空から舞い降りる。
 腰元から生えた翼で空を飛び、殆ど露出したお尻の辺りから生え出した尾を気まぐれに揺らし、美しい夢魔は長い金の髪を靡かせつつ、綿菓子の前に降り立った。
 すらりとした体に母性を感じさせる大きな胸、それらを殆ど隠すことのない衣装だけをまとい、彼女はゆっくりと綿菓子の頬に手を伸ばす。
「ねぇ、貴方寂しいの?」
 聞く者の脳を蕩かすような甘くおっとりとした声。
 望み、手を取ればどこまでもその心の隙間を埋めてくれるであろう手を、綿菓子は咄嗟に払いのけ、誰もが息を呑む静かな公園に乾いた音が響いた。
「あら、つれないのね」
 がっかりしたように言う夢魔の顔には、落胆の色は見て取れない。淫靡な笑みを浮かべた彼女は綿菓子のきつい視線をさっと流して、周囲を囲むケルベロス達の方に振り返る。
「でもいいの、こんなに沢山お仲間さんがいて、私とても嬉しいわ」
「今時のサキュバスっていうのはそういうスタンスじゃないの。あんたのお陰で悪評が立っても困るし、ここで消えて貰うわ」
 言葉と共にカナタに刀の切っ先を向けられた夢魔は、首をかしげつつ困ったように眉を寄せ、ケルベロス達の中、唯一笑みを浮かべ自分のことを見ているサキュバスである、竜華に縋るかの様な視線を送る。
 すると竜華もニッコリ笑い返しつつ、丁寧に一つ頭を下げてから、すっと武器を取り出した。
「夢魔というだけあって愛らしいお姿をされてるみたいですね……♪ 今宵限りとなりますが、存分に愛し合いましょうか……♪」
 頬を上気させ、息を上ずらせる彼女のその様子は古来より伝わるサキュバスのそれに近しいものであったが、その根本が戦闘への高揚という時点で、目の前の夢魔とはやはり相容れぬもの。
「野蛮なのはあまり得意ではないのですが……」
「奇遇ですね、僕もなんですよ」
 戸惑う夢魔にいぶきはそう言葉を投げかけつつ笑みをむける。
「そうですよね、私達の本分は誘惑して、虜にして、堕落させることですから」
 ようやく仲間らしい仲間に出会えたとばかりに喜ぶ夢魔は、いぶきが笑いかけながら、こっそりと右の手で短刀を抜いていることにも気づかない。
「その誘惑とやらが果たして俺に効くのか……試してみたらどうだ?」
 自らの胸元を指し示し、そう挑発する地外は声色こそ真面目な響きをしているものの、その口元は緩み、今にも先ほどの情熱が溢れてしまいそうになっている。
「あら、情熱的な殿方」
 夢魔はその様子に、いたくご機嫌に笑い返し、
「そうですね、まずは手始めに貴方様に手伝っていただくのも、悪くないかもしれませんね」
 すっと、彼女の瞳が細くなり、その力を行使しようとした瞬間。
 竜華の操る黒鎖が唸りをあげ夢魔へと襲い掛かった。


 地を這い、跳ね上がったそれは、一瞬で夢魔の手足へと絡み付きその四肢を締め上げ、自由を奪う。
「ふふ、いきなり鎖だなんて大胆ね」
「お気に召していただけましたでしょうか?」
 戦場のやり取りとは思えないそんなやり取りを二人が交わすのも一瞬のこと、動きを制限された夢魔の体を紫緒の武器が深く貫く。
 慈しむ様な笑みを浮かべる紫緒、夢魔の方もその攻撃に苦悶の表情を浮かべることはなく、紫緒と同じ笑みを彼女へと向けている。
「これ以上の好機はないぜ! 俺の手が手中に収めろと叫ぶ!」
 紫緒が武器を引き抜き、鎖に拘束されたまま頭を垂れる夢魔に対し、地外の腕が伸びる。
 高速演算で夢魔の服の構造を把握し、その弱点を見抜いた地外の一撃が、その豊かな胸元を露わにし、続く、地外の第二手が柔らかな両のそれらを鷲掴みにする。
「……でかくて柔らかい……夢魔、強敵だ!」
「んっ、乱暴さんなのね、そういうのも嫌いじゃないけど」
 感極まり、思うが侭に指を埋め、その胸の感触を楽しみ鼻血を流す地外と、艶っぽい吐息を漏らす夢魔を除き、戦場の空気は凍り付いた。
「ねぇ、それだけで満足? もっといいことしたい? なら、わかるよね?」
 息も触れ合うほどの距離、夢魔は地外の耳元で甘く囁く。魔力を乗せた言葉と、地外の体に触れる指先がその意識を体を一瞬で誘惑し、虜にする。
 ふらりと揺れる地外の体その目は虚ろで、敵と味方の区別がつかなくなっている。あまりの出来事に呆然としていたケルベロス達は、特にこの事態に驚きもせず当然のように敵の手に落ちた仲間へと冷静に対処する。
 繰り出される地外の蹴りをヒエンが受け止め、その体を強く弾き飛ばす。
「しっかりしろ、気を確かに持つんだ!」
 ヒエンの言葉は彼に届かないのか、素早く立ち上がった地外は再びケルベロス達の方に狙いを定めている。
「ある意味、気は確かなのかもしれないですが」
 欲に正直すぎる地外の様子に、いぶきはそんな冗談を交えつつも、笑いながら桃色の霧を操り、地外の意識を奪う、魔力をその体から取り除く。
 すぐにハッとしたように意識を取り戻した地外は両の手を戦慄かせつつ、ゴクリと息を呑む。
「なんて卑劣な技なんだ……。あんな恐ろしい相手と真正面から戦うのは俺だけで十分だ、俺が仲間を守る……!」
 噴出した鼻血をそのままに再び前に出る彼の事を止められる者は、ケルベロス達の中にはいなかった。


 六対一の戦いは時折五対二に戦況が動き響く戦いの音はなかなか終わりを迎えないでいる。
 やや顔色の悪い綿菓子の動きはどこか鈍く、それもまた戦闘に影響を及ぼしているのだろう。
 とはいえ、夢魔本人が語った通り彼女は戦闘が得意というわけではないらしく、終始防戦に徹し、自らに近づくケルベロス達に悪戯でもするかのように、誘惑を繰り返し、のらりくらりと攻撃をやり過ごす。
 そこに撹乱を織り交ぜたカナタの攻撃が迫る。
「切り捨て御免!」
 反応できず、脇腹を切り裂かれ、ぐらりと揺れたその体に、紫緒が迫る。
「私の翼、私の炎で、アナタを引き裂くよ♪」
 周囲にひらひらと舞う、自らの地獄を纏う羽根を掴み取り、紫緒はあらん限りの感情を込め、硬質化したそれを投げ打ち、夢魔の体へと突き立てる。
 ケルベロス達の攻撃の手は止まらない、畳み掛けるヒエンの炎を纏う拳による一撃から、逃げようとした夢魔の体をその尾が地から強く打ちつける。
 夢魔の肌は汚れ、傷を負いながらも、その美しさは損なわれない。しかし体力は確実に削られている。 
 決めるなら今だとばかりに放った纏の蹴りが空を切る。
 それは夢魔の最後の力を振り絞った囮。
 彼女が気づいた時には、息も触れ合う距離に夢魔の顔が近くにある。
「そんな野蛮な手ばかりじゃなく、一緒に気持ちよくなりましょ?」
 両の腕を予想外の力強さで掴まれ、纏がそれを振り解くよりもはやく、夢魔の唇が彼女の唇に触れていた。纏が気づき、それに驚くよりもはやく、無理やりに唇を開き、舌が口内へと分け入ってくる。
 熱くぬめるその感触、が舌の裏を、歯茎を、丁寧に舐めあげ、生理的な嫌悪感とは裏腹に、その下使いと流し込まれる魔力に、纏の体がびくりと震える。
 頭の中が真っ白になりちかちかと何かが明滅する、これ以上は不味い、纏はそう想いながらも体の方が言うことを聞かず、口内をされるがままになってしまう。
「夢中になりすぎて、こちらも忘れないでほしいです」
 当然、いつまでもそのまま、などということもない、戦場で立ち止まりそんなことをしていれば隙をつかれる。
 竜華の振るう炎を纏った武器は、纏の目の前にあった夢魔の顔だけを器用に殴り飛ばし、吹き飛ばされた夢魔の体は頭から地面に落ちてゴロゴロと転がる。
 目を見開き不快感に眉を歪ませ、口元を力強くぬぐった纏は静かにその胸の内に怒りを燃やし、射殺さんばかりの視線を夢魔に向ける。
「下衆が……! 私の心も体もお前に許すつもりはないわ」
「あら、怒らせてしまったかしら? でも貴方、そのお顔も素敵よ?」
 殴られた頭をさすりつつも、先ほどの口づけによほど満足しているのか、満面の笑みを浮かべる夢魔の様は、纏の気持ちを更に逆撫でする。
「お返しに、骨抜きにしてあげる」
 力強く纏が地を蹴る。弾丸の如く飛び出した体は一瞬で夢魔の元へ。抵抗も防御も許さない神速の踏み込みから、その速度を乗せ突き放たれる貫手は容易く夢魔の体を貫き、力強く握りこまれた指先が夢魔の体内の何かを掴み、勢いよくそれが引き抜かれる。
「次はどこがお望みかしら?」
 凄惨な傷跡をさらす傷跡を隠しつつ、夢魔は纏から距離を取ろうと一歩後ずさろうとする。
「遅いわよ!」
 しかし目の前には既に肉薄したカナタの姿。
 振り上げた刀が月光を受けて煌き、夢魔へと襲い掛かる。
 咄嗟に腰の羽を体の前へと回し、斬撃を受け止めようとした夢魔の思惑は、カナタには通じなかった。
「剣にばかり見とれてちゃダメよ!」
 刀の切っ先が空を斬り、その勢いを乗せ、踏み出したカナタは翼の防御の上から鋭い蹴りを夢魔へと見舞う。
 くの字に折れ曲がる夢魔の体、たたらを踏み、上げた視線の先には巨大な蛮刀を虚空から掴み出す、綿菓子の姿。
 そんな攻撃を受ければ果たしてどうなるかなど、考えるまでもなく。
 夢魔は地外に綿菓子を攻撃するように仕向けつつ、自身もまたケルベロス達の動きを止めるべく、その魔眼へと力を込める。
 炎を吹き上げる地外の蹴りが迫り来るのに綿菓子は怯まない。
 向けられる魅惑の魔眼から目を逸らすことも綿菓子はしない。
 彼女は決して独りではないから。
 地外の蹴りを、ヒエンがしっかりと受け止め、その体を地へと組み敷く。
「どうぞ、心ゆくまで溺れてください」
 いぶきの向けた瞳が真っ向から夢魔の瞳を捉え、逆に夢魔の心を蝕み、溶かす。
 綿菓子を阻むものは全てなくなる。
「生者必滅!!」
 両の手で力強く振り下ろされた蛮刀は夢魔の体を両断し、公園の地面までもを切り裂いた。


 戦いが終った後の公園には、綿菓子の奏でる琵琶の音色が響き、その演奏に乗せるように紫緒が歌声を紡ぐ。すっかりと落ち着いた様子の綿菓子の指の動きは淀みなく、二人の即興のデュエットによって周囲の光景は元来たときのように戻っていく。
「みごとなものだな」
「えぇ、なかなかのお手前です」
 戦闘が終わりどこか安堵したようなヒエンと、そちらに時折視線を送りつつ軽くお腹をさするいぶきの二人は、公園に響くその音色に耳を傾けつつ、入り口の封鎖に使ったテープを回収している。
「今どきのサキュバスは、精を貪るだけの怪物じゃないってことよ」
「誘惑するだけの夢魔モドキなんかより、私も歌っている方が何倍もいいわ」
 ヒールをあらかた終えた二人のそんな言葉に、他のサキュバス達も、己の刀や、心躍る戦い、そんな自分にとっての糧を思い浮かべ、小さな頷きを返す。
「サキュバスもそれぞれね、あらかた終わったし早く家に帰って暖かいお風呂にでも入りたいわ」
 人数分の暖かな飲み物の買出しから戻った纏はそんなことを口に出しながら、仲間達へと飲み物を回す。
「近くの温泉でも探してよっていく?」
 それを受け取りながらカナタの発した提案に反対するものはおらず、彼らは飲み物を口に運びつつ歩いていく。
 夢魔がいなくり、不思議と夜は冷え込んでいた、吹く風に彼らは軽く体を小さく震わす。
 公園を後にする直前、竜華は振り返り、上気した頬のまま一礼を返し、仲間達の下へと駆け出していく。
 夜は更け、街は夢の中に沈む。その中にはきっと、淫靡な夢魔の夢を見る者もまたいることだろう。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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