USAGI・BLADE!

作者:深淵どっと


 それは、真夜中の事だった。
 街灯一つない、釧路湿原の片隅、そこに佇むのは、一人の黒衣の女性。
「次は……そうね、あなたに働いてもらおうかしら」
 視線の先には虚空を彷徨い泳ぐ深海魚のような異形の姿。
 そして沼地の底からゆっくりと這い上がってくる、人影。
 それは、ボロボロの和装を纏った兎のウェアライダーだった。
「さぁ、その刃、存分に振るいなさい」
 女性に促され、ウェアライダーは深海魚を引き連れて沼地を後にする。
 その瞳に生気は無く、足取りも虚ろ。だが、一分の隙も無い研ぎ澄まされた殺気が、闇の中へと消えていった……。


「諸君、釧路湿原にて死神の活動が確認された。どうやら、またサルベージによって蘇らせたデウスエクスが出現したようだ」
 集まったケルベロスたちにフレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は話を続ける。
「今回、サルベージされたのはウェアライダー。つまり第二次侵略以前に死亡した者らしいな」
 サルベージされたウェアライダーは、深海魚型の下級死神を2体連れ、市街地へと直進している。
 幸い侵攻ルートはハッキリしているので、本格的に市街地に突入する前に迎え撃つ事ができるだろう。
「最も警戒すべきはウェライダーの刀による攻撃だ。死神のサルベージによって理性は失われているが、生前の剣士としての本能は残っているのだろう。その太刀筋、体捌きは達人の領域と思った方がいい」
 油断すれば、研ぎ澄まされた一閃により一撃で深手を負う可能性もある。
 言葉は通じず、洗練された技を前に正面から挑まなければならない。中々骨の折れる相手と言えるだろう。
 無論、付き纏っている下級死神も無視できる存在ではない。
「だが、奴らの動きは単調だ。キミたちなら、実際にその目で見れば動きを見切るのは容易だろう」
 どの敵から狙うか、どのような戦略を立てるか、仲間同士の連携が重要になってくるのは言うまでもない。
「毎度ながら面倒な敵を起こしてくれるものだ。しかし、この程度で屈するケルベロスでは無いと言う事を思い知らせてやるといい」


参加者
朝霧・美羽(そらのおとしもの・e01615)
ルディ・アルベルト(フリードゥルフ・e02615)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
因幡・白兎(ジビエって呼ばないで・e05145)
ケイト・クリーパー(灼魂乙女・e13441)
ルルド・コルホル(良く居る記憶喪失者・e20511)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)
黒岩・白(愛に餓えた犬のお巡りさん・e28474)

■リプレイ


 冷えた夜風が草木を揺るし、微かなさざめきが駆け抜ける。
 その音に、短く規則的に入り込むのは、砂利を踏みしめる足音。
 闇から姿を現すのは、風に長い耳を揺らして歩く兎のウェアライダーと、不気味に歪んだ深海魚のような死神の姿。
「そこまでだ。この先に進むなら、俺たちの相手をしてもらうぜ」
「どうぞお見知りおきを、ウサギの旦那。剣術はからっきしだけど、退屈はさせないよ」
 暗がりの先、仄かに街灯が照らす街道に立ちはだかるのは、8人のケルベロスと3体のサーヴァント。
 最初に口を開いたのは眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)とルディ・アルベルト(フリードゥルフ・e02615)。2人の言葉は届いているのかいないのか、ウェアライダーはただただ無言で歩を止める。
 風に紛れて漂うのは、まるで今正に刃を突き付けられているかのような緊迫感。
「どうやら、やる気は満々みたいでございますね」
 ゆっくりと刀に手をかけるウェライダーを前に、ケイト・クリーパー(灼魂乙女・e13441)も、いつでも対応できるように身を構えた。
 ケルベロスたちを見定めるその視線からは、明確な殺気こそ感じられるが、そこに感情のようなものは無い。
 ただ、そこにいるから、斬る。それだけがひしひしと伝わってくるようだ。
 そんなウェライダーを嘲るように、深海魚型の死神がゆらりゆらりと街灯の下を泳ぎ回っていた。
「死神……随分好き勝手に死者を弄ってくれてるみたいっスね」
「そんなの、虚しいし哀しいだけだと思うのよ……だから、ここで止めるわ」
 死者を、その尊厳を踏み躙り利用する。
 死神のやり方に強く思う所があるのだろう。黒岩・白(愛に餓えた犬のお巡りさん・e28474)と朝霧・美羽(そらのおとしもの・e01615)は感情を込めて、呟く。
「元同胞として、貴方を死神の好きにはさせないですよ……」
「同じウサギのウェアライダーに人々を襲わせるわけにもいかないしね、確実に勝たせてもらうよ」
 自分たちと同じウェアライダー、それもウサギの。
 と、なれば、それを利用されるなど放ってはおけない。ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)と因幡・白兎(ジビエって呼ばないで・e05145)も、洗練されながらもどこか無機質な殺気を前に強い意志を見せる。
 そして、それは種類は違えど同じくウェアライダーであるルルド・コルホル(良く居る記憶喪失者・e20511)も同じだった。
「行くぜ、ゆっくり休ませてやる」
 ――ぴたりと止む風。張り詰めた緊張が、限界を迎える。


 射られた矢のように、死神、ウェアライダー、ケルベロスが同時に動き出す。
「まずは取り巻きから片付けるぞ!」
「了解、集中攻撃で行こう」
 お互いの狙う敵を確認しつつ、先手を取ったのはルディとルルド。
 突き出された指突と蹴撃は死神の一体に突き刺さる。的確な一撃に漂うような動きは鈍り、苦し紛れの反撃は2人には届かなかった。
「もう一発、喰らわせてやれ!」
 反撃の隙を狙うのはオルトロスのグラック。ルルドに合わせての斬撃は浅くも確実に死神の硬い鱗を削ぎ落していく。
「順調っスね、後は……あっちがどう動くか」
 引き続き死神に攻撃を重ねていくが、白の警戒はむしろウェアライダーへ向いていた。
 その刹那、足音が途絶え、ウェアライダーの姿が闇に消える。
「弘幸お兄さん! 後ろ!」
「ッ速い――」
 美羽の声に咄嗟に身構えるも、死神に向かって踏み込もうとしたほんの一瞬の意識の隙を突かれ、弘幸は僅かに反応が遅れてしまう。
 まるで瞬間移動でもしたかのような錯覚を覚える速度。そして、振り抜かれる一閃。
「そうは……行かないでございますよ。突っ込め、相棒!」
 だが、それをケイトの声と唸るエンジン音が遮った。
 間に割って入ったのは、サーヴァントのノーブルマインド。黒鉄の装甲と鋭く煌く白刃がぶつかり、激しい火花を散らす。
「すまん、助かった」
「どういたしまして。お礼ついでに、思いっきり決めてやるでございますよ」
 ケイトの言葉に応えるように、弘幸の左脚が地獄の炎に包まれる。まず狙うは死神の方だ。
「で、キミの相手はまずは僕だよー!」
 入り乱れる戦場の中、死神を飛び越え白い影が宙を舞う。
 一気にウェアライダーに肉薄したのは白兎だ。先ほどの意趣返しのように、虚を突いた隙に隠し持っていた獲物を一閃する。
 ウェアライダーの首元に突き立てられたのは……小さなニンジン型の起爆装置。無論、刃も針も付いてはいない。
「はい一本。今の、真剣だったら死んでたね?」
 悔しい? と言わんばかりの嘲笑を浮かべ、ウェアライダーが刃を返す前に間合いを取る。
 一見すれば表情一つ変えていないが、確実にこちらを意識させる事ができただろう。後はあの刃の間合いに入らなければいいだけの話だ。
「兎さんもだけど、死神さんの方も気を付けるのよ! 怪我したらボクに任せてっ!」
 美羽の言う通り、下級と言えどデウスエクス。ただの壁役と侮るわけにはいかない。
「なら、あっちの注意は私が引き付けるのです。それっ」
 ビハインドのシホが念力で飛ばした砂利の嵐を、もう片方の死神が割って入って受け止める。
 だが、そんな事はお構いなしに黄色い一閃が死神に叩き付けられ、突然の爆発を起こした。ピヨリの投げ放ったひよこファミリアのようだ。
「狙いは逸れたけど結果オーライです」
 そう、結果的にはチャンスとなった。この隙を突いてケルベロスたちは死神に一斉攻撃をかける。
 そして、死神が退きかけた瞬間、熱風がそれを遮った。
「逃げられるとでも思ったか?」
 炎を纏った弘幸の左脚が、至近距離で死神を捉える。
 それはまるで死を弄ぶ存在を刈り取る炎の大鎌のように、死神を叩き伏せ、息の根を止めるのだった。


 お互いが庇い合う事で受ける攻撃を分散させていた死神だが、片方が倒れた事でその均衡が崩れる。
 ウェアライダーの攻撃は苛烈だが、それをかいくぐりながら、徐々に死神を追い詰めていく。
「せぇの――!」
 飛び掛かる死神の牙と、ケイトがフルスイングしたチェーンソーの刃が衝突する。
 ケルベロス相手に下級死神の単調な攻撃は最早ほとんど意味をなさない。最高のタイミングで叩き付けられた刃はその牙を削り、砕き、斬り裂いていく。
「これで、終わりだ!」
 浮上して距離を取ろうとした死神を捉えたのは、ルルドの刃だった。
 街灯を足場に軽やかに跳躍すれば、あっという間に死神の頭上を越え、その一撃を脳天に叩き込む。
「死神はこれで仕留めたか、後は……!」
 見れば、件のウェアライダーは流れるような動きから放たれる剣閃を、ナイフを構える白へと向けていた。
 対峙した者が唯一わかるのは、この極限まで研ぎ澄まされた動きに逃げ場など無いと言う事。
 骨を断たれようとも今は皮一枚でも斬り返せれば――と、覚悟をした瞬間、寸でのところでルディが白を庇った。
「ッ……これは、痛いね。でも、最初に言った通り僕の方は剣術はからっきしでね……キミの相手は僕じゃない」
 ルディが身を挺して作り出した隙に、背後の白がすぐさま飛び出す。
 その手に握られているのは、幽かに揺らめく青炎の刀身だった。
「これならどうっスか? 剣客としての最期、僕たちが看取るっスよ!」
 幻惑の刃はウェアライダーを斬り裂き、青い炎がその体を焦がす。
「ルディ大丈夫!?」
「ありがとう。ちょっと無茶したけどね、まだ大丈夫だよ」
 すぐに敵から離れたルディを美羽が気遣う。
 軽やかなステップは虹色の泡を生み、深手を癒していく。
「とは言え、早いところ片を付けねぇと、長くは持たねぇな」
「もうちょっとこっちに気を引ければいいんだけどね、流石にそうもいかないか」
 弘幸と共に拳撃を繰り出した白兎が呟く。
 白兎の挑発は確実に効果はあった。実際、何度かウェライダーの刃は白兎を狙うも、間合いが届かず不発に終わっている。
 だが、流石に手練れだけあるという事か、あるいは最早怒りの感情すら消え失せているのか、そう何度も思うようにはいかないのが現状だ。
「無駄と言うわけでもないですよ、私もできるだけ引き付けましょう」
 再びファミリアを構え、ピヨリも攻撃態勢に入る。
 もうひと押し。死神がいなくなった今、勝てない状況ではないはずだ。
 そして、その期は間も無くして、訪れる。


 それは、戦いが始まって数分。一撃離脱を繰り返す白兎の一撃がウェアライダーを捉えた直後だった。
 夜闇に走る、白刃の一閃。離脱する白兎を追い、その首筋を正確に捉えた一撃。
「――!」
 が、その刃はほんの僅かに狙いには届かない。裂かれた虚空がふわりと、冷たい風になって白兎の頬を撫でた。
「い、今だ!」
 白兎の声を聞くが早いか、ケルベロスたちは一気に勝負を決めにかかる。
「もう一発! 突っ込むでございます!」
「ここが正念場だ……これで!」
 ケイトの指示を受けて、ノーブルマインドが炎を纏って突撃する。
 そして、そこに続くルディもまた、地面を蹴り上げた摩擦で生じた炎をウェアライダーへと向けた。
 自らを包む猛火を、ウェアライダーの斬撃が斬り裂く。その開けた視界に移ったのは、ナイフを手に飛び掛かるルルドの姿だった。
「願うならば、今度こそ永遠の暇を――」
 交差する刃の閃き。夜を照らす炎の中、ゆっくりと倒れたのは……ウェアライダーだった。
 ――戦いは、無事にケルベロスの勝利で幕を下ろす。
 幸いにして人通りは無く、民家もほとんど無かったため被害は皆無だ。
「あれ、何やってるっスか?」
 粗方の処理が済んだ頃、道端に座って何かをしていたピヨリに白が声をかける。
 彼女の足元には、即席で作った小さな十字架の建てられた墓があった。
「遠い時代とは言え、同胞ですから」
 死体は既に消滅してしまったため、あくまで形だけのものではあるが。
「せめて、最期に満足行く闘いをさせてやれてればいいんだがな」
「まぁ間近で見ていた僕としては、きっと大丈夫だと思うよ」
 弘幸の言葉に、墓の前で手を合わせていた白兎が答える。
 死神にサルベージされていたとは言え、あれ程の剣筋は闘いに真剣であるからこその証だ。
 武士道とは何とやらと言う言葉があった。あれに則れば、最期に全力で生きれたなら、その死に後悔は無いと、そう思いたい。
「ん? そいつは……あのウェアライダーの持っていた刀か」
 建てられた墓の近く。ウェアライダーが倒れた場所に一振りの刀が転がっていた。
 触れた落ち葉すら両断しそうな鋭い刃は、名刀である事を疑いようがないほど研ぎ澄まされていた。
「うん、これしか残ってないみたいだから、何とか弔ってあげようと思ったんだけど……」
 見つけた美羽は困ったようにルルドに返す。
 墓に突き立てようかとも思ったが、人通りが少ないとはいえ、そのまま放置してもおけないだろう。
 その様子から事態を察したルルドは、美羽から刀を受け取り鞘に納める。
「なら、俺がこいつを使おう。弔うとは違うかもしれないが、受け継ぐ事はできる」
 遠い昔、あのウェアライダーにも剣の道を極める理由や目的があったのだろうか、それを知る事は今となってはできない。
 だが、だからこそ、彼の命が無意味にならないためにも、ケルベロスたちの闘いは続く。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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