徒と咲く破滅のダリア

■リプレイ

●菊花の暮れ
　秋は、菊の季節。目を見張るほど艶やかなダリアの大輪も、この時期に咲き揃い、そして散っていく。
「そろそろ向こうさんもジリ貧って処か……」
　藤守・つかさ（闇視者・e00546）が、そう呟く。ダリアの花とこの事件とが、この時期に咲き揃ったことを想うように。
「ええ。仲間を増やすなんて……これ以上させるものですか」
　ディーネ・ヘルツォーク（蒼獅子・e24601）が語る。
　黒幕は人を仲間へと引き込み、そして更に仲間を増やそうと人々を連れ去ろうとする。これが、寄生型攻性植物事件の典型。
　灰木・殯（釁りの花・e00496）が、それに応えて。
「これにて四件目……病巣は概ね見えてきました。寄生の条件、状況、黒幕の趣向……何を好むかということも」
　夕暮れ。海の傍ら。森の中。
　そして。
「嫉妬、傲慢、多慾、激怒……ねぇ。人の邪念は尽きねえな」
　……邪念。
　自身、怒りに灼けた瞳で、八剱・爽（ヱレクトロニカオルゴォル・e01165）がそう呟く。
　東名阪・綿菓子（怨憎会苦・e00417）が、ため息を落とした。
「今回の被害者は怒りの感情を振り回して暴走しているそうね。わたがし達がこの事件の黒幕に覚える激怒とどちらが上かしら」
　この五人は、すでにダリアを手折った経験がある。その全てが、苦い記憶。対して残る三人は、初の参戦だ。
「淑女に手をあげるのは嫌いだが、致し方ない。心を込めて優しく仕置きをしよう」
　マニフィカト・マクロー（ヒータヘーブ・e00820）の囁きは、飄々と。恐らく、迫る悲劇に対する彼なりの心構えなのだろう。
「マニフィカトさん、シャイターンの時もそんなこと言ってなかった？　それにしても……侵食する脅威、か。かすみがうらと別の意味で厄介ね」
　リリー・リーゼンフェルト（耀星爛舞・e11348）が、その態度に苦く笑いつつも、顔を引き締め直す。
　その隣には、霧凪・玖韻（刻異・e03164）。敵の目的に思案を伸ばしつつ。
（「攻性植物の犠牲者に『財力とある程度の地位』があるとなると……複数人を集め、相応の影響力を行使することが目的なのか……？」）
　だが玖韻の思案は、衝撃音によって断ち切られる。重い一撃が何かをぶち抜き、繊維が引き千切れる音。
「……全てをぶち壊したい破壊衝動、か」
　つかさが、呟く。向こうに見えるのは一本の木が、森の中に沈んでいく姿。
　ディーネが、口の端を歪めて語気を強める。
「隠れる気なし、か。いいぜ。戦乙女が直々に“センテイ”してやる……！」
　言う間にまた、木が沈む。敵は、邪魔な木々をなぎ倒して、こちらに向かってきている。
　それぞれに武装を構える番犬たち。土煙の混じった風の中、最も遅く立ち上がったのは、爽。
「……破滅がお望みなら俺らで引導を渡してやるよ。お前……いやお前らなんかに屈して堪るか」
　それは静かな宣戦布告。
　いつの間にか、その身を純白のダリアで飾ったスーツの女が姿を現していた。血の気の引いた三白眼を、こちらに向けて。
　それが、最後の最後に解き放たれた、まっさらな激怒の花。
　翼にも手にも見えるような形に、ダリアの花を背に広げて。
「みんな……死ね」
　ダリアの茎が一斉に伸び上がった。
　土煙を炸裂させ、大地を抉り抜いて。
　槍衾の如くに。

●激怒のダリア
　マニフィカトが飛びだしたのは、瞬間的な判断だった。
　前衛に炸裂した茎は鋭く尖り、爽を庇った彼の腕に突き刺さる。
「なるほど……百舌の速贄、か。油断すれば貫かれて宙吊り、だな」
　見れば、ディーネと殯も辛うじて身を捻り、直撃を避けている。守りに重点を置いた布陣の結果だった。
（「落ち着いて考える暇もなし、か……まぁ今回の件では相手の目的はどうでもいい。優先すべきは、攻性植物の排除のみ、だ」）
　針のむしろのようなダリアの中に滑り込み、玖韻の轟竜砲がその根元を撃ち払う。
　その動きに合わせるのは、つかさ。
「悪意に増幅された破壊衝動に押し負けるつもりはない。悪いけど、ここで止めさせて貰う」
　閃いた刺突がダリアの花を散らす。女はすぐさま花を退かせて、再び攻撃の態勢に入った。狙いと目されるのは、今の一撃で混乱している前衛。
　綿菓子が、先割れの大剣を呼びだして、そこに突っ込む。
（「……フツーは怒りなんて慣れたら捨てちゃうわよね。怒りを溜め込むってことは、きっと志麻子さんがプライドの高い人だから。他人に向けなかったのなら、人を傷つけられない優しい人だから」）
　女は囁きを紡ぎ続けている。
「皆、邪念を秘めている……一皮むけば同じこと……」
　綿菓子はダリアの茎を斬りおとし、氷結の呪いを伝わせながら語りかけた。
「わたがしはね、全てを憎悪する気持ちは捨てちゃったの。諦めちゃったって感じだけど……気持ちは分かるわ。その怒りは、わたがし達が受け止めてあげる」
　それは、優しい語りかけ。だが、憎悪に燃える相手にとって、優しさとは注がれる油。呪いの標的は、中衛へと切り替わった。
『あなたも同じなら……怒りを解き放ちなさい』
　呪言が心を灼き、握り潰されるような頭痛が走る。
　だがその時には、前衛へ紙兵散布を終えたリリーが、すぐさま身を捻らせて癒しの雨を降り注がせていた。
「殺界形成、及び前衛への耐性付与、完了……！　解呪開始！　さあ、本格的に始めるわよ！」
　綿菓子とリリーの援護を受け、爽がスマートフォンで残ったダリアの槍を薙ぎ払う。前衛はすでに態勢を立て直していた。
「手心を加える気はありません。お前は既に、一人を殺したバケモノなのだから」
「上品ぶるなよ、花畑野郎。壊したくて溜まらないんだろ？　取り繕ったところで、はしたない欲望は丸見えだぜ！」
　殯のグラインドファイアが花を弾き、ディーネの二又槍が展開して、翼のように広がった茎を地に縫い付ける。引き倒された女に向けて、放たれるのはマニフィカトのブレイジングバースト。
「己の中の衝動をコントロールも出来ないとは。外見を装っても中身の高が知れるな。違うかね？」
　殺到する攻撃。ダリアの女は茎花で躰を覆って、受けに入る。そのまま押し切るか、そう思われた瞬間。
「……みんな、同じね」
　再び前衛に針山の如く飛びだしたダリアが襲い掛かった。鋭い蕾が肉を裂き、ざらついた茎が皮膚を抉る。
　しかし己の血の飛沫に構わず、爽がその中を突進する。
「同じだと？　そんなんで激怒とは笑わせんじゃねェぞ……このアマ！」
　掲げられた電子画面が光り輝き、吹き上がった爆炎がダリアの女を吹き飛ばす。
「他人の力借りて暴れ回って愉しいか？　手前のはただの八つ当たりってーんだよ……！」
　ダリアの女が防御を解いて、睨み据える視線が交差する。
「皆、邪念を秘めている……一皮むけば、同じこと」
　同じ言葉を繰り返し、女は細く激怒を吐いた。
「怒りに灼かれて、死ね。お前たちも、私も……あの女も」
　しな垂れた花を振るい捨て、花翼を大きく広げて、ダリアの女は迫る。
　憎悪に彩られた目には、すでに正気は欠片も残っていない……。

●静かな激怒
　闘いは、長引いている。
　ダリアの女は、虚ろな囁きを繰り返し、静かに激怒を撒き散らす。
　森の中、純白の花から、閃光が迸る。
「何故彼女が怒りを秘めていたか、お前に分かりますか……！　怒り以外に価値があると、そう思っていたからでしょう。それをお前たちは……苗床とした。同情の余地はありません。疾く散ると良いでしょう」
　熱閃を被りつつも、それを押し返しているのは殯。地獄の炎を燃え立たせつつ。
「お前はそもそも……怒り以外の彼女を知っているのですか」
　インフェルノファクターで身を癒しても、医師はさすがに片膝をつく。命懸けの問いかけ。返った答えは。
「怒りは、全てを灼くの……この躰も……私も……」
　女はそっと手をかざす。殯を抱えるように飛びだしたのは、リリー。
「前衛はもう限界よ！　やらせないわ！　挑発をお願い！　こっちは、強制執刀開始！」
　合図を受けるのは、玖韻。男は無言で頷くと、殯を癒すリリーと逆に飛びだして、フロストレーザーを放つ。
「世界全てへの憎悪か。随分と範囲が広いな。仕事上でストレスでも貯めていたのか？　そんな理不尽な怒りを向けられても、俺としては安納に苦しむがな」
　感情に乏しい玖韻の挑発は、達者なわけではない。だが、単純な煽りは、理屈よりもむしろ苛立ちを生む。
『抑え込んでも、火はうずむ。狂おしい怒りが、あなたにも、必ずある』
　女は、呪いつつも誘う言葉を忘れている。激怒に心を覆われ、もはや仲間を増やす目的を覚えているかも疑わしい。
　そのせいか、後衛が激しい頭痛に苛まれるも、催眠の力は弱い。
「気にするほどじゃない。畳みかけろ」
　玖韻に言われて飛び込んだ綿菓子が、チェーンソーを振り回してダリアを薙ぎ始める。
（「世界に絶望するのは……わかるのよ。本当に」）
　己と彼女の違いは、何だったのか。ただの運だというのだろうか。闘いの中、共感を上手く言葉に出来ないままに綿菓子は目を閉じた。
「もう、止めましょう」
　その言葉を受け取るのは、樹を足場に女の頭上を舞った、黒い影。
「誰だって、全てをぶち壊したい衝動を覚えることはある。でも、そうしたとして……それでその衝動が綺麗サッパリ消えて無くなるとでもいうのか？　判るだろう？　そんな事はないんだ……」
　それは、つかさ。
　頭上から、氷結の閃光を降り注がせながら。ダリアの花が凍り付き、崩れ落ちていきつつも、女は振り返る。
「みんな死ねば、まっさらよ……解放される」
　怒りは激しく、単純。闘いの熱の中、正気などすぐに灰になる。もはや女には、差し伸べられた手も見えない。
（「破壊しても、その後に後悔が押し寄せる……それが判るから踏み止まれていたんだろうに……」）
　狂おしい姿に自分が重なり、眉を寄せるのはつかさも同じ。
　弾け飛んだダリアの槍衾が、つかさと綿菓子を抉った。血が、滴る。それでも、中衛二人にはぎりぎりで身を捻る余裕があった。
　番犬たちは上手く攻撃を散らし、未だ倒れた者はいない。しかし、前衛はさすがに、限界が近かった。
「さすがに……切り札ってだけある。だが、こっちだって、まだ暴れたりねえんだよ！　行くぜ！　決着だ！」
　二又槍で身を支え、ディーネが立ち上がる。渾身の刺突が女の肩口を突き刺し、輝きが増して。
「一輪目を屠った『祝福』だぜ……望み通り、死にな！」
　電撃に似た衝撃が迸って女を内側から焼き始め、喰らい付いた結晶は外から凍り付かんとさせる。
　だが冷たい手が、肉薄していたディーネの頬に、ひたりと触れた。
「あなたも……一緒に……壊れて……死ね……」
「……！　クソが！」
　彼女を包み込むように向いたダリアの花が、輝き始める。集中した力が、閃光となって噴き出す瞬間。
「己の生きる世界を受け容れられず、憎悪を向けるのみとは。何と憐れなものか……」
　語るのは、マニフィカト。血と痣に塗れた姿ながらも傍らに立ち、誘うような嘲笑を浮かべて。
「マニフィカトさん！　駄目よ！」
　リリーの静止を振り切り、慇懃な魔術師は語る。
「もう少し品のある怒りを語ってくれるかと期待したんだが。狂女の囁きばかりとあっては、興ざめも良いところだ。そう、思わないかね？」
　ぐるりと残りの花が彼に向き直った。飛び込んだマニフィカトの拳が女の腹を抉ると同時に、爆炎が吹き上がる。
　大柄な魔術師は吹き飛び、女は転がって地面に身を投げだした。
　背に広がる花が、起き上がろうと動き始める。が、それは地面につくと凍り付いて砕け散った。
　重ねられた氷結の呪いは完全に躰を蝕んでいた。
「誰であっても絶対殺すって決めたけど……お前たちの黒幕、誰も幸せにしねーのな」
　氷の破片を踏み砕いて、傍らに寄るのは爽。その指が電子画面を這い、身に纏った金剛石の加護を腕に纏わせて。
　絶体絶命な中にありながら、それでも女は呪いを紡ぎ始める。
『憎んで、いるなら……私と……いらっしゃい』
「ンな花がねえと何も出来ねえ手前と一緒にすんじゃねぇ……！　この怒りは、感情は、俺ンだ！」
　どん、と、大地を揺らす拳が、落ちた。金剛の一撃は、女の頭の脇……純白のダリアを、ぐしゃりと大地に散らす。
『あの、女が……待ってるわ」
　女の躰は静かに意識を落として行き、紡ぐ呪いはその魔力を失っていく。だが彼女はそれに気付くことなく、言い続けた。
「アル、フェッカ……が、待っ……――」
「……！」
　爽が、顔をあげる。
　女は、事切れていた。
　疲れ果てて、眠るように……。

●闇の向こうに
　闘いの熱に浮かされていた森の中に、しじまと夜が戻ってきた。
　満天の星の下、ディーネが一人、空に浮かんでいる。
　事件の発生場所を、地図と地形から見比べて。
（「伊豆高原や下田の沿岸……山奥まで行かない。海の近くに隠れ家があるのかしら？」）
　その下では、リリーが包帯を巻き終えて、ため息を落としている。
「これでよし、と……ちょっと、無茶しすぎよ。私なら、まだ受けられたのに」
　痛む火傷をさすって、マニフィカトが礼を言う。
「女の子に火傷をさせるわけにはいかないだろう。情熱的な反応だったが……どうにか重傷にはならずに済んだしね。ありがとう」
　リリーの方は、叱咤を込めてその傷を軽く叩く。その隣に歩み寄るのは、意外にも最も関心がなさそうだった、玖韻。
「皆に聞いたが……あれだけ攻撃を散らしたのに、戦闘不能者が出たのは伊豆の事件で初めてらしい。確かに、強敵だった」
　冷徹に事実を並べ立てた言葉が、どうやら不器用な気遣いらしいと気付き、二人は顔を見合わせる。
　僅かに綻んだ三人に対し、他の面々の空気は重いものだった。
　殯とつかさが、ヒールを終えた女の遺体に、そっと上着を被せて。
「この件に思う所のある方も多いでしょう。私も少なからず。此度、怒りの火を燈したのは、彼女だけではない。必ずやこの先へ、繋がねば」
「ああ……お疲れさん。次こそは本命を仕留めよう」
　だが、どうする。
　草をかき分ける音に振り返れば、戻ってきたのは綿菓子。
「やっぱり、来た方向は海だったわ。それが何を示すのかは……さっぱり分からないけど！」
　ふん、と、息を吐いて座り込む少女の瞳が、ちらりと爽を見る。彼は戦闘を終えた後、腰かけたまま無言だった。
「ねえ……さっき、」
　と、尋ねようとした綿菓子を、そっと二人が止める。
　何か、察したらしい。だが今は、考えがまとまっていないのだろう。もう少し、待とう。
　その意を察し、伸ばしかけた手がそっと下ろされる。

　爽の瞳は、星空を見ている。
　現れる、秘めた邪念を花へと変えた女たち。
　その怨念に心喰われ、破滅へと突き進むダリアの花々。
　裏に潜むのは、それを導く宵の明星。
　運命は、今、彼らをそこへ導こうとしている。
　宵闇に瞬く、その星の名は……。

作者：白石小梅	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年11月4日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 3
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