麺匠・辛辛

作者:天枷由良


 激辛拉麺!
 そう書きつけられた暖簾が、虚しく傾いている。
「……やり過ぎだったんだ……」
 厨房に突っ伏したまま呟く男の後ろでは、寸胴鍋で煮立つ真っ赤なスープ。
 傍らに積み上げられた木箱にも、唐辛子をそのまま紐状にしたような麺が。
「辛い辛いって笑ってくれるのにも限度があるんだ……なんで気づかなかったんだ……」
 少々間抜けにも聞こえる後悔の言葉は、しかし今更なんの意味も成さない。
 男の城たる激辛ラーメン専門店『麺匠・辛辛』は、もう潰れてしまったのだ。
「どうすりゃいいんだ……あぁ……」
 後悔を溜め息に変えて、吐き出し続けるあまり、男はそれに気づかない。
 ふらりと現れた、第十の魔女・ゲリュオンに。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 はっと顔を上げた瞬間、ゲリュオンは男の胸を鍵で貫く。
 煮えるスープのように真っ赤な血は……噴き出さなかった。
 代わりに湧き出たのは、男の『後悔』から生まれたドリームイーター。
 それは男を食材置き場に放り込んで、木箱から麺をひと束、取り上げた。


「舌が痛くなってきました……」
 一足先に予知を聞かされた佐竹・勇華(は勇者になりたい・e00771)が、顔をこわばらせている。
「目にも、お腹にも悪そうよね……」
 ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)も眉根を寄せつつ、事件の説明を始めた。
「自分のお店を持つ夢を叶えたのに、それを閉店することになった『後悔』している人。それを、魔女ドリームイーターのゲリュオンが襲うわ」
 ゲリュオンは『後悔』を奪ってすぐに消えてしまうが、後悔から現実化した新たなドリームイーターが事件を起こそうとしている。
「被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して欲しいの。興味を奪われて意識を失い、店の奥に押し込められた店主の男性も、ドリームイーターを倒せば目を覚ますはずよ」
 現場は、ある裏通りに立つラーメン店。
 撃破すべきドリームイーターは1体のみで、黒Tシャツに鉢巻を巻いた、大柄な男性の姿をしている。
「武器は包丁と、大きな水嚢……湯切りに使う道具ね。皆を食材に見立てて斬り、水嚢で捕まえてこう……ばしゃん! ばしゃん! ってやるつもりよ」
 大げさな湯切りの真似をしつつ、ミィルは説明を続ける。
「あとは……腕組みして立つだけで、何故か回復するみたいよ。大男の見た目に違わず、攻撃は正確性よりも破壊力を重視した感じね」
 このドリームイーターは、店主に扮してラーメン店の営業を再開している。
 しかし残念というか当たり前というか、客は1人も入っていないようだ。
 武器を手に突入すれば戦いとなるだろうが……この『後悔』から生まれたドリームイーターには、一つ重要な特徴があった。
「ケルベロスの皆がお客さんになってあげて、満足した様子を見せると弱体化するのよね。このドリームイーターなら、攻撃の威力が大きく軽減されるはずだわ」
 そしてドリームイーターを満足させることは、意識を取り戻した被害者の『後悔』を薄めることにも繋がる。
 良いことづくめだ。やらない手はないと思われる……が。
「満足させるためには、やっぱりラーメンを食べなければいけないわ。でも、このラーメン店、何を頼んでも激辛なのよ」
 まともな味覚の持ち主なら卒倒してしまうかもしれない。
 だが、苦しそうな顔を見せてはドリームイーターを満足させられないだろう。
「お客さんとして入るなら、辛さをごまかす策を用意するべきね。……あ、常人離れした舌を持ってるって自覚のある人は、そのままでどうぞ」
 にっこりと笑って、ミィルは説明を終えた。


参加者
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
佐竹・勇華(は勇者になりたい・e00771)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)
アトリ・セトリ(緑迅残影のバラージ・e21602)
シレン・エアロカーム(風と共に生きる・e21946)

■リプレイ


「……ここですか」
 真っ赤な暖簾を前にした二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)が緊張した面持ちなのは、ドを付けてもよいほど田舎な故郷では見られなかった店に、初めて足を踏み入れるからだろう。
 しかしそんな葵でも、自ら『激辛』と看板を掲げる店の特殊性は理解していた。
 理解、せざるを得なかった。
 暖簾と引き戸を隔てた先から、既に目鼻や肌を刺激する何かが伝わってきている。
「姉ちゃんが言ってたんだ。常人なら命に関わるくらいのものが出てくるだろうって」
 神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)が言葉を継ぐ。
「似たような依頼で、あのグリゼルダが激辛カレーを食べて悶絶するのを見たってんだぜ……」
 一部界隈には有名な腹ぺこヴァルキュリアの名を不意に聞き、アトリ・セトリ(緑迅残影のバラージ・e21602)は同じ場に居た事を思い出した。
 件のカレーも美味しかったが、今日のラーメンも辛党の極みに立つアトリの期待に沿うものだろうか。
「激辛は人を選ぶからのぅ。余も得意ではないが……」
 やるしかないか……と、諦観気味に言ったアーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)の脳天から咲く向日葵も、無事に再び、日の光を浴びることが出来るのだろうか。
「……あれが使えたら良かったんだけどな」
 注射を打つような仕草を見せた煉に、佐竹・勇華(は勇者になりたい・e00771)とエーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)が仲睦まじく頷く。
 煉の言うあれとは、ケルベロスたちが防具から引き出すことの出来る力の一つ、通称ペインキラーだ。
 負傷の痛みを誤魔化せる便利な能力だが、まだ無傷なケルベロスたちが頼ることは出来ない。
「仕方ねぇ。姉ちゃんに作ってもらったヨーグルトドリンクで保たせるぜ」
 気休め程度でも舌や内臓の保護になるかと、お冷代わりに持参したものを啜る煉に習って、姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)も甘酸っぱいヨーグルト飲料を、葵とエーゼットは牛乳をそれぞれ口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。
「拙者は、こんなものを用意してみたであるよ」
 いそいそとシレン・エアロカーム(風と共に生きる・e21946)が取り出したのは、茹で野菜を具にしたおにぎり。
 どうやらシレンは、他の者たちとは違った方向から舌休めを狙っていくらしい。
「ふー。この飲み物もあるし、ヘリオライダーのお姉さんに手紙も預けてきたし、準備万端だね!」
 胸を張るロビネッタ。
 その手紙が「生きて戻らなかったら、お庭にお花でありがとうと植えてください」と遺書めいた文面であることなど露知らず、アトリが戸に手を掛ける。
「さて、では張り切って食事タイム……もとい、夢喰い退治といこうか」


「らっしゃい!」
 威勢よく出迎えてくれた偽店主に促されるまま、ケルベロスたちはカウンター席へ着く。
「勇華、どうぞ」
「ありがとう、エー君。……えっと、わたしはチャーシュー麺にしようかな」
 エーゼットが引いてくれた椅子に腰を下ろし、小さなメニュー表を一瞥した勇華が注文を述べた。
「あたし醤油ラーメン!」
 ロビネッタが続くと、店主は嬉々とした様子で注文を繰り返す。
「あいよ! 辛辛チャーシュー麺に辛辛醤油ラーメンね!」
「わ、私はこの、普通のラーメンでお願いします」
 おずおずと言った葵にも、他の注文にも辛辛の二文字が足される。
 分かっていた事とはいえ、死地が向こうから近づいてくるこの雰囲気は、とても心地よいものでない。
 ただ1人を除いて。
「――この店で一番辛いラーメンを頼むよ」
 一同を見渡せる最端の席から、落ち着いた佇まいで地獄の釜に飛び込んできたアトリを、店主がジロリと睨めつける。
 それでも身じろぎ一つしないアトリの態度を認めたのか、店主は深々と頷いて調理に入った。
 カウンター席から眺めることが出来る光景は、色合いさえ除けば普通のものだ。
 寸胴鍋の縁に掛けられた人数分の煮ざるへ、真っ赤な麺が放り込まれて煮えるまでの僅かな間、店主は丼を並べて赤々としたスープを注いでいく。
「この強烈な香りが、食欲をそそるであるよ」
 シレンが世辞を述べれば店主はニヤリと笑って、手際よく湯切りを終えた麺を丼へ。
「へい、お待ち!」
 幾つかの具材を添えて、まずは勇華とロビネッタ、アトリを除く5人のケルベロスたちの前に、普通のラーメン……店主いわく辛辛ラーメンが届けられた。
 誰とはなしに、ゴクリと喉が鳴る音がする。
 真っ赤な池に沈む、真っ赤な麺。分厚いチャーシューも煮卵も、中心に盛られたネギすら赤い。赤くないのは端にちょこんと腰掛けた海苔くらいだ。
 そして立ち昇る湯気が、もはや化学兵器と差異のなさそうな具合にあらゆる神経を刺激してくる。
 疑うまでもない、これに真っ向から挑むのは危険だ。
(「余の全てを、この一言に託すぞ……!」)
 アーティラリィが、そしてエーゼットが、すがる思いで同じ言葉を、そっと唱える。
(「――おいしくなあれ!!」)
 きらきらり……と光るわけでも音がするわけでもなく、おまじないを掛けられた丼は、ただそこにあった。
 仕方ない。見た目は変わらないのだ。あとは口に入れた時、卒倒しない辛さになっている事を祈るばかり。
「伸びる前に、食べるとするかのぅ」
「そうだね。勇華、先に頂くね?」
 彼女には一応断りを入れて、エーゼットがつるつると麺を啜った。
「……あ、美味しい」
「ほう、良いではないか」
 アーティラリィも満足気に言って、二口目を運ぶ。
 辛味はある。けれど、程よいものだ。何より味付けが、びっくりするほど舌に合う。
 仄かに身体が温まってくるのを感じつつ、2人はごく普通の昼食としてラーメンを胃の中に収めていく。
 ……もっとも、そうしていられるのは、おまじないの効果が十二分に発揮されているからに過ぎない。
「私たちも食べましょうか……」
 顔を引き攣らせながら、葵は割り箸を手に取った。
 勇華の前に大量のチャーシューを盛り付けられた丼が、ロビネッタの所には心なしか黒ずんだ赤色の丼が置かれるのを目にしつつ、咽ないようにそろりそろりと、啜らず麺を口へ――。
「――んぐっ!」
 瞬間、葵の全身を針で突き刺すような痛みが襲う。
 程なくして顔中が痺れ始め、額から吹き出した汗が頬を伝って、ぽたぽたとカウンターの上に落ちた。
(「ぎゅ、牛乳を……!」)
 ぷるぷると震える手を、傍らに置いたものへ伸ばそうとした、その時。
「嬢ちゃん、どうかしたのかい?」
 訝しげに、仮店主が葵の顔を覗き込んでくる。
 ここで歪んだ表情を見せれば、早くも作戦は失敗となってしまうかもしれない。
 しぶとくも命令を拒否し続ける顔の筋肉を捻じ伏せ、歪な笑顔を浮かべた葵は裏返りそうなほどか細い声で言った。
「い、いえ。美味しい、です……こ、この辛さが、クセになるんですよね……っ」
「やはり拉麺は、このくらい辛くなくてはな! うむ、実に色鮮やかでコクのあるスープだ!」
 咄嗟にシレンが口を挟んで、店主の気が逸れた隙に牛乳を貪るように飲む葵。
 しかし、何事にも限りはあるというもの。
 早くも持ち込んだそれは空になり、頼る術がなくなった葵に……様子を伺っていたアトリが手招きして、何かを差し出した。
(「これで凌げないかな?」)
(「あ、ありがとうございます……!」)
 しっかりと冷えた黒猫印の牛乳を受け取って、くぴくぴと飲むことで事なきを得た直後。
 葵は目にしたものに恐れ慄き、思わず牛乳を取り落としそうになる。
「へい、辛辛スペシャルお待ち!」
 偽店主がアトリの前に置いたそれは、何故か沸騰し続けている赤い泉の上に、血を粉にしたようなものがうず高く積まれた、この世のものとは到底思えない代物だった。


(「へいき、へっちゃら……へいき、へっちゃら……」)
 絶え間なく心のなかで唱えつつ、麺を啜るロビネッタ。
 しかし悲しいかな、そのおまじないは辛味を減らしてはくれない。
(「へいき、へっ……辛い! 辛いっていうか痛いよ! お腹がズンガズンガする!」)
 腹だけでない。麺を摂り入れる口もまた、焼け爛れているのではと心配になるほどひりついている。
 けれどもしかし、へいき、へっちゃら……。
 おまじないの言葉と、お腹に優しいヨーグルト飲料を拠り所に、ロビネッタは煮卵を頬張った。
 辛い。とろりとした黄身が舌に纏わりついて、いつまでも刺激を与え続けようとしてくる。
(「……辛れぇのは好物なんだが……」)
 煉が同じように卵を頬張った後、ヨーグルトドリンクで念入りに口の中を癒やしながら丼に目を落とした。
 心の中ですら、二の句が継げない。
 これほどまでに食事で疲労することが、かつてあっただろうか。
 だが、箸を止めてはせっかく減ってきた麺が汁を吸ってしまう。
 再び手に力を込めて麺を掬い取り、口に運びながらチラリと、煉は仲間の様子を見やった。
「いやはや、食べ応えのあるラーメンであるよ」
 扇で扇ぎつつ言って、シレンが野菜おにぎりを齧っている。
 傍目から見れば余裕そうに見える……が、その実、シレンも決壊寸前でなんとか留まっている状態。
 それとなくペインキラーが使えないか試してみたものの、やはり舌の痛みは傷とまではいかないのだろう。鎮痛剤が出来上がることはなく、おにぎりを特効薬と思って貪るしかなかった。
 飲み物然りおにぎり然り、店に持ち込むのはどうかとも思われたが、店主は辛いラーメンさえ食べて貰えればいいのか、特に反応を示すこともなく、ケルベロスたちが食事をする様を観察している。
「ふぅ、ご馳走さまでした」
「大層美味であった。余は満足じゃ!」
 ほとんど同じ頃合いで、朗らかな笑みを浮かべるエーゼットとアーティラリィが完食を告げた。
「うぅ、エー君のばか……」
 分厚い肉に齧りつきながら、勇華は恋人を恨みがましく見つめる。
 ついでに、辛いものは苦手なのに率先してボリューミーなメニューへ挑戦状を叩きつけた、少し前の自分も叱りつけてやりたい。
「……エーゼットに『あーん』とかやってもらったらどうだ?」
 呆然と麺を見つめていると、隣の煉からとんでもない茶々が入った。
「え? ……し、しないよ!」
「さすがに人前でそれは、ねぇ?」
 真逆を向けば、エーゼットも困ったように笑っている。
(「れ、煉君は急に何言うかな……もう」)
 辛さとは違うもので顔が熱くなるのを感じ、勇華は頭を振って目の前の丼に集中し直した。
 終着点は近い。勇華のみならず、苦闘するケルベロスたちはラーメンを腹に押し込めるため、ひたすら手と口を動かす。
 その中にあって、アトリは特殊な力に頼るわけでもなく、涼し気な顔で――2杯目と逢瀬を楽しんでいた。
 横髪をかき上げる度に薄い汗が光るが、苦しみから滲み出る仲間たちのものとは違って、アトリのそれは神々しさすら感じさせる。
(「唐辛子を練り込んだストレートの細麺……辛味のあるスープが良く絡むし、もちもちしていて美味しいね」)
 これを作り上げるのには、随分な時間と費用がかかったはずだ。
 チャーシューは脂身がとろっと、それでいて肉の歯ごたえはしっかり残されているし、海苔にも辣油辺りが塗られていたのか、他の具材と違う辛さに気持ちのよい歯ざわり。
 極めつけは、こんもりと盛られていた赤い粉末だ。
 それをスープに溶かしていくと、粘度は増すのに辛さはすっきり、しかしより強烈になっていった。
 激辛の絶壁が立ちはだかるせいで常人は感じ取れないだろうが、食べれば食べるほど、本物の店主の拘りが随所に見えてくる。
(「この店を今更知ってしまったのが、つくづく悔やまれるね」)
 名残惜しげに最後の一口を啜り、アトリは丁寧に箸を置いた。
 程なくして、残りのケルベロスたちも持ち込んだ舌休めの手段を使い果たしながら、完食に辿り着く。


 やっとのこととはいえ、全員がラーメンを平らげた事に偽店主は満足げな顔を見せていた。
 そこで食休みもそこそこに、シレンがハンマーを差し向ける。
「このような美味しい拉麺を作れる方に対し……どういう了見だ、貴様!」
 封切られた敵意に煽られ、偽店主も言葉の代わりに大きな包丁を構えた。
 カウンターを挟んでの睨み合いから、先手を取ったのは偽店主の方。
 だが、その巨体や俊敏な動きと裏腹に攻撃は力ない。
 葵が半月状の刃を備えた長大な斧剣で難なく受け止め、ケルベロスたちは一気に逆襲へ転じる。
「我が魂に眠る力よ、数刻の間ここへ……届け!」
 エーゼットが唱え、撃ち出した魔法弾が炸裂するのと同時に、勇華と煉が挟み込むように降魔の拳で殴りかかった。
 互いの力量を知る友であるからこその連携。続いてロビネッタが時空をも凍結する弾丸を放ち、敵が凍りついたような一瞬で、葵が呪力に輝く斧剣を唐竹に振り下ろす。
 食材同然に両断されかけた偽店主へ、今度はアーティラリィが不可思議な形状のナイフを突き立て、寸胴に残されたスープと同じ色の飛沫を浴びながら斬り裂けば、シレンが刀を月光の如く閃かせて更に斬る。
 エーゼットのボクスドラゴン『シンシア』、ウイングキャット『キヌサヤ』と一緒に回復を担うアトリが色とりどりの爆発を起こして仲間を勢い付けると、偽店主は何故か腕組みをして、劣勢を物ともしない笑顔を見せた。
 ら、ラーメン店の広告にありがちなポーズだ……!
 それを誰かが口にするより早く、シレンが纏っていた合羽を翻す。
 披露された肉体は、女性のものとは思えぬ程に逞しい。
 すっかり怯んでしまった店主を力一杯ハンマーで叩きつけ、なおも一気呵成に攻め上がるケルベロスたち。
 偽店主も反撃を試みるが、煉を狙った水嚢は庇いに入った勇華を捉え、挙句に激しい湯切りというよりも子供をあやすような動きしか出来ず、何ら脅威にならなかった。
「これで止めだ!」
 解放された勇華を飛び越え、煉が蒼狼と化した烈火の闘気に包まれる右手を、力の限りで打ち込む。
 偽店主は燃え上がり、塵の一片すら残さずに消えていった。
 
「その腕ならば、必ずや再び成功できる」
「全然、間違ってたわけじゃないと思いますし、ね……?」
「辛いものが苦手な人向けのメニューもあるといいんじゃないかな」
「辛さに幅をもたせても良いのではないかえ?」
 シレンに葵、エーゼットとアーティラリィが、店の奥から引っ張り出した本物の店主へ口々に語りかける。
 再起を誓う店主の顔に後悔の色は薄く、ケルベロスたちはひとしきり励ましの言葉をかけて店を後にした。
 そして僅かに進んだ所で、がっくりと崩れ落ちていく。
「……辛いであるよ……」
 もう、我慢の限界であった。
 ほろりと涙を流すシレン。
 傍らでロビネッタが、地べたに『辛』とダイイングメッセージを記していた。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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