北海道は釧路湿原の奥地。
「さて、グランボイル。あなたも存分に暴れてきなさい」
死神テイネコロカムイの言葉に反応し、怪魚型の死神が踊る様に宙を舞うと、暗い赤毛の獣が獣人へと姿を変える。
「承知……」
虚ろな表情のまま頭を垂れたのは、赤虎のウェアライダー。彼の名がグランボイルなのだろう。
赤と黒で構成されたその身を揺らして、縦長の瞳孔をした赤い瞳で遠く町の灯りを臨むと、ゆっくりと歩き始める。
怪魚型の死神を引き連れ歩を進めるその後ろ姿を、口角を上げたテイネコロカムイが見送っていた。
このままでは、街は住人達の血で彩られる事は明白であった。
「釧路湿原の近くで、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが市街地を襲う事案が次々と起こりよる。案の定、死神にサルベージされたっちゅー案件やな」
腰に手を当て胸を張った杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が、ケルベロス達を前に切り出した。
「サルベージされたデウスエクス……今回のはウェアライダーなんやけど、釧路湿原で死んだ訳や無いみたいで、なんか意図があって釧路湿原に運ばれたんかもしれへんな。このウェアライダーは、サルベージした死神に変異強化されとって、4体の怪魚型の死神を引き連れとる。
予知で街への経路は解っとるさかい、人のおらへん湿原の入口辺りで迎撃すんのがええやろな」
頷くケルベロス達を見ながら説明を続ける千尋。
「奴さんらが街に向うルートはこうやから、ここら辺りで迎え撃つんがえぇと思うけどどうやろ?」
「なるほど、居住地からは遠く障害物も無さそうな場所ですね」
千尋が地図上で指したポイントを見た桐生・冬馬(レプリカントの刀剣士・en0019) が、大きく頷いた。
「奇襲とかは無理やと思うけど、真っ向勝出来る筈や。
4体の深海魚型の死神は大した事あれへんけど、サルベージされたウェアライダー……暗い赤色の毛並みをした獣人形態の虎のウェアライダーで名前はグランボイルっちゅーみたいなんやけど、死神に強化されとる筈やし、注意が必要やで。
交渉とかも無理っぽいから、さっさと眠らせたんのが、彼の為やろうな」
腕を組んだ千尋が、自分って言ってうんうんと頷いている。
「湿原の奥で悪さしとる奴を引っ張り出したいけど、先ずは襲われる街の人らを助けなあかん。ほなヘリオンかっ飛ばすから、みんな頼んだで!」
「人々の平和の為、私も尽力致しましょう」
千尋がそう言うと、冬馬に続き他のケルベロス達も決意をもって頷いたのだった。
参加者 | |
---|---|
シルク・アディエスト(巡る命・e00636) |
辰・麟太郎(臥煙斎・e02039) |
鉄・千(空明・e03694) |
草間・影士(焔拳・e05971) |
アニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108) |
英桃・亮(謌却・e26826) |
デニス・ドレヴァンツ(シャドウエルフのガンスリンガー・e26865) |
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788) |
●
「初めまして、私は九龍町防衛隊の伍番、鉄千という。あなたの凶行を止めに来た」
拱手し頭を垂れる鉄・千(空明・e03694)の九龍町防衛隊隊服『九曜鱗紋様羽織』の裾が、風にはためく。
灯に照らされるケルベロス達とは対照的に、闇に爛々と輝く瞳だけがはっきりと認められ、かろうじてシルエットが判る相対者。赤虎のグランボイルと4体の怪魚は、光の中へ出る事をためらう様にその場で動きを止めている。
おそらく千の言葉、そして想いは届いてはいないだろう。
「辰・麟太郎ってモンだ。よしなにな」
その千の隣に辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)が進み出る。麟太郎はグランボイルに対し憐みを抱くのはむしろ失礼と考えており、その金眼はグライボイルを好敵手として捉えていた。
名乗るケルベロス達に対し、4体の怪魚が前に出て威嚇する様に牙を鳴らす。
「人の命を弄ぶ様な真似は見過ごしにはできないな。救ってみせるとは言えないが、せめてこれ以上の凶行を重ねない内に此処で終りにしてやろう」
「そう、死者が蘇っては、死に意味がなく、生の概念と価値も失われてしまいます。それ故に貴方達の存在は認められない。……仮初の生に終わりを。そして、生と死の歪な連鎖を正しましょう」
その死神の姿を見て僅かに眉を顰めた草間・影士(焔拳・e05971)が、くるくると回転させたドラゴニックハンマーを小脇に抱え、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)がそのアームドフォート『適者生存』を、防御に特化した咲き誇る盾の形態へと展開させる。
「邪魔をするなら殺す。だが邪魔をしなければ殺す。しかし降伏するなら殺す」
「なるほど。永く眠っていたせいで寝ぼけている様だね。では俺も警告しよう。これ以上歩を進めるのならば、あんたを地獄に落とす。と……」
死神に続いてグランボイルが、戯言を述べながら光の中へと姿を現すと、濡羽色の羽織を風に靡かせた英桃・亮(謌却・e26826)が、銀柄の薙刀で風を切って進み出る。
「ネコ科の者を魚が護る、……考えてみれば奇妙ですよね。さて、奇妙であってもここから先は猫の子ならぬ、魚1匹たりとも通しません」
グランボルトを護る様に宙を泳ぐ怪魚の姿に、ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)が黄硝子のサングラス越しに藍色の瞳を細め、シルクハットを手にとり一礼する。
(「湿原からは離れているので足場は大丈夫そうですね。この手でどれだけ守れるかわかりませんが、やるだけやりましょう」)
「メディックは忙しいぞ……頑張れよ」
その亮とダリルの後ろ、改めて足元の様子を確かめ、決意を込めて顔を上げたアニマリア・スノーフレーク(疑惑の十一歳児・e16108)の頭を、ガロンド・エクシャメルがぽんぽんを叩き、わかってますと言う様に手をひらひらさせたアニマリアの長い黒髪が揺れる。
「来ますよ」
「もう一眠ってもらうよ。人に害を成すの事は止めねばならぬから」
グランボルトが僅かに上体を屈めたのを見た桐生・冬馬(レプリカントの刀剣士・en0019)が警告を発すると、その赤い毛並みは生前さぞ優美であったのだろうなと、グランボイルの毛並みを見ていたデニス・ドレヴァンツ(シャドウエルフのガンスリンガー・e26865)が、首を左右に振って正面を見据え、グランボイルと視線が交錯した瞬間、
「ホオオゥゥゥゥゥウゥ!」
咆哮を上げたグランボイルが地面を蹴り、怪魚達が怨恨弾を飛ばしそれを追う様に加速して襲い掛かって来た。
●
「雑魚がいきがってんじゃねーぞ!」
敵の吶喊に合わせて押したスイッチで更に周囲が照らされる中、吼えた麟太郎の吐くブレスが怪魚達から飛ぶ怨恨弾を焼き払う。その衝撃で発生した煙を、牙をガチガチ鳴らして突っ切ってくる怪魚達。
「飛んで火に入るなんとやら、だけどこの炎は地獄の炎だよ」
全身を地獄の焔で包んだ亮の一閃は先頭の怪魚を強かに裂いたが、続く怪魚達が仲間の仇とばかりに亮に牙を突き立てる。
「花の鎖は艶やかに。心に絡みつけば、ほら、もう目が離せない」
そこに響く詠唱。シルクが自身の周囲に生み出した菫の幻影を見た怪魚が、1体だけ体の向きを変えシルクに向かって牙を剥き、亮に食らい付く怪魚にはダリルの放った巨大光弾に合わせて影士と冬馬が踊り掛る。
「さぁ、奴さんも意気軒昂の様だ。千とデニスに負担を掛けてられねぇし、さっさと片付けんぞ。いざ此花捧げ奉る」
グランボイルを抑える2人の方をちらりと見た麟太郎が、鞘を振るって言祝ぎの風を起こして怪魚の撒いた毒を祓うと、亮の前にアニマリアが具現化させた光の盾が浮遊する。
そのアニマリア目掛けて飛んだ怨恨弾を、ガロンドのミミック『アドウィクス』が叩き落とす中、
「させないのです」
花の鎖によって自分に牙を剥く怪魚をいなしたシルクが、冬馬に牙を突き立てようとした別の怪魚を、牙の間隙から煙を漏らすウエポンエンジンの唸り声の如き駆動音を響かせ砲撃した。
不意を突かれた横合いからの攻撃に、身をよじって牙を鳴らし、後退しようとする怪魚に畳み掛けたのは亮。
「まだ退くには早いだろう?」
大地に筋を描く様に滑らされた薙刀の切っ先が、勢いを保ったまま斬り上げられると、怪魚はドス黒い体液を撒き散らして断末魔を上げる。
「なかなかやる様だな。……くっ!」
繰り出した蹴りが前腕で受け止められ、そのまま体を回転させ虎爪が振るわれるが、爪が届くより早く肩口に拳を叩き込む千。グランボイルはそれに怯まず、体を反対側へ回転させ、脛を削る様に蹴りを繰り出す。それを跳躍してかわし跳び退く千。
「ガアアァァァアア!」
逃がさぬと咆えるグランボイルだったが、その足元に竜砲弾が爆ぜる。
「……悪いが、少しじっとしていて貰おうか」
その砲撃に自分を睨むグランボイルに、紫眼の視線を返し再び標準を当てるデニスの口元に酷薄な笑みが見える。
仲間達が死神達を片付ける間、グランボイルを押さえて牽制する役割を担う2人だったが、グランボイルが両腕の爪を打ち鳴らして起こした衝撃波が、千のみならず冬馬やシルクにも影響を与え、次々とダメージを受けるケルベロス達。
「トリアージってこんな感じでしたっけ?」
「一緒ぐらいなら強いの相手してる人を優先だよ」
ヒールの優先順位が解らなくなったアニマリアに、声を掛けたガロンドもヒールを飛ばし、なるほどと頷いたアニマリアも千に光の盾を飛ばして戦線を維持する。
「咆哮も重力波も防ぎきれはしないけど、なるべくみんなに迷惑を掛けない様にしないといけないね」
デニスは傍目に影士が1体の怪魚を屠るのを見てそう頷くと、グランボイルの足目掛けて石化の魔法光線を飛ばした。
「グッ……」
重くなる足につんのめり、なんとか堪えたグランボイルの頬を千の脚が鋭く蹴り抜く。
「まだまだ。もっと動かなくしてやる」
そのまま体を回転させ口角を上げた千が着地した所に、動かない筈の脚で踏鳴を起したグランボイルの爪が、光の盾を砕いて千の体に突き入れられた。
「いけない!」
なんとか腕を交差させて致命傷を免れた千だったが、その勢いを殺しきれず吹っ飛ばされ、アニマリアが慌てて溜めていた気力を飛ばすと、デニスの砲撃と共にアドウィクスが斬り掛る。
回復を飛ばそうとする麟太郎を手で制止し立ち上がった千は、怪魚と斬り結ぶダリルと亮をちらりと見た後、グランボイルに向き直って大きく息を吐き、再び地面を蹴る。
亮と影士により2体ずつ屠られ、数を2体に減らした怪魚だったが、戦意は衰える事無く怨恨弾を放ちながら宙を舞う。
「死んだ後すら戦いに借り出されるとは因果な事。巻き込んで差し上げます」
千とデニスの攻撃を押し返し咆えるグランボイルと、2体の怪魚の動線が重なる瞬間、ダリルが向けた縛霊手を嵌めた掌から、巨大な光弾が放たれ3体の間で爆ぜる。
「畳み掛けます」
「言われるまでもないな」
その爆音が収まらぬ内に地面を蹴る冬馬に影士も続く。……が、閃光の中から飛んで来た怨恨弾に冬馬が撃たれて片膝を付き、それを跳び超えた影士が怪魚目掛けてハンマーを振り下ろすと、麟太郎と亮もそれに続く。
アニマリアとガロンドが冬馬に回復を飛ばす間に、
「マグロといい死神といい、最近はデウスエクスの間に魚が流行っているのかい?」
ダリルの放った火球が、怪魚達を容赦なく焼き焦がす。
身を焦がされながらも牙を鳴らす2体の怪魚の前には、爆炎に紛れ地面に拳を突き立てた影士。
「……その身に受けて消えろ」
その言葉を待っていたかの様に、怪魚の下の地面から炎と瓦礫が吹き上がって怪魚を撃って鱗を剥ぐ。その下からの圧に逃れようと上へ逃げる怪魚に、麟太郎が投じた槍が雨の如く降り注ぎ、ならばと横に逃れたところをシルクの砲撃により撃ち落された。
ダリルと影士、それぞれのハンマーに頭を潰された怪魚が尻尾を痙攣させる中、ケルベロス達は、咆哮を上げて虎爪を振るうグランボイルを誅すべく、包囲網を形成してゆく。
●
千に向かって振るわれた虎爪が、割って入ったミミックのアドウィクスを裂き、そのまま体を回転させて振るう逆手の爪も、浮遊する花弁を模した盾に防がれる。
「お待たせです。花の鎖は艶やかに……」
その浮遊盾の主、シルクがグランボイルを惹き付けるべく、意識への干渉を始める中、真っ先に距離を詰めたのは麟太郎。
「待たせたな。竜騰虎闘たぁイかねぇが、心意気はそのつもりだぜ」
繰り出した穂先を爪で挟んで止めるグランボイルを、力強い眼光で睨み付ける。その左右から気咬弾と石化光線が迫ると、一声咆えて麟太郎を足止めし飛び退さるグランボイル。
「流石に反応が良いな」
「うーん、効いてるんだよね? もう少し動きが鈍ってもいいと思うんだけど」
気咬弾を放った影士と石化光線を放ったデニスが、グランボイルの動きをそう評す。
「規格の定義が違うのかもしれないな」
「でしたら更に塗り重ねるだけ。巡り、巡らば、周りて、黒猫」
短い毛先を躍らせた千が螺旋手裏剣を投じる後ろ、シルクハットを手にくるっと体を一回転させたダリルの元からい出た三匹の黒猫が、じゃれる様にグランボイルに纏わり付き、重ねられた各種バッドステータスを上塗りすると、苛立たしげに爪を打ち鳴らし、黒猫達を払うグランボイル。
「まだまだっ。悪を斬りて正義を成す。再び永久に眠るのです」
「お前は既に終わってんだ。『自然』に還れ」
斬霊刀を鞘走らせた冬馬と、黄金竜の海賊旗を靡かせたガロンドが、ダリルの黒猫に気を取られるグランボイルの体を斬り抜けた。血を含んだ獣毛が地に落ち、再び咆哮するグランボイル。
「幾ら咆えても無駄ですよ。負け犬の遠吠えというやつですね。いや犬じゃないので負け虎でしょうか……」
地獄化した翼で羽ばたき、長い黒髪を揺らしながら味方のダメージ量を量り、的確に回復を飛ばし続けて戦線を支えるアニマリアの前、
「嘆きの咆哮など耳に届かぬよ」
亮が焔を纏う一閃を叩き込み、
「――こいつらも腹ペコでね。食べさせてくれよ」
そのまま亮が腕の魔導具を撫でると、それが淡く光り、滲む様に現れた黒煙が餓狼の群れとなり、鉄枷を引き千切ってグランボイルに食らい付く。
「グガッ……殺す殺す殺す殺す」
肉を裂かれながらも餓狼を捌き、睨みつけたまま後退しようとするグランボイル。
「不本意たァ思うが、折角勇を振るえたんだ。画竜点睛を欠かないでくれよ」
「アナタは死に際に何を遺すのでしょう? 追い立てられ狩られる獲物の如き死? それとも武勇を振るい前のめりに倒れる様?」
そこに麟太郎の喚んだ幾つもの刃が降り注いで退路を断つと、いつの間にか回り込んでいたシルクが、囁く様に語り掛けグランボイルの脇腹を後ろから前へと斬り裂く。
「このまま、一息に砕けてもらう」
脇腹を抑えるグランボイルに影士。更に冬馬が続くが、
「ガアアアッ!」
裂帛の気合いと共に力を振り絞る様に爪を打ち鳴らして重力振動波を起こし、仕寄ケルベロス達を押し返すグランボイル。だが間髪入れず、
「無駄だと言っているのです」
キッと眉を上げたアニマリアが、その衝撃を受けた仲間達をオーロラの様な光で包む。その間に後退し、体勢を立て直そうとするグランボイルだったが、
「――逃がしはしない」
デニスの喚ぶ獣の牙が、疾風の如く駆けグランボイルに食らい付く。上体を低く保ち、その獣に続いたのは千。
反応するより速くグランボイルの腹に叩き込まれた拳。
見上げる千の金色の瞳に、グランボイルの濁った瞳が映る。
「……いつかあなたの分も、この拳に乗せて死神にぶつけてやる」
千の口から漏れた言葉に納得したのかどうかは解らないが、グランボイルの濁った瞳が光を失い、千の上に覆い被さる様に前のめりに倒れたのだった。
(「今度こそゆっくりと眠ってな」)
「地に還るべくは地に還り、あとは元凶も叩けるとなお良いのですが、さて……」
グランボイルを埋葬した塚に九龍焼きを供えた千が祈りを捧げると、その隣で塚から湿原の方に視線を向けて呟くシルク。
「だな。この奥で何をしているのかしらねェが、引っ張り出さねェと……」
その塚に酒を撒いた麟太郎も、シルクの言葉に大きく頷く。
ケルベロス達は、皆が闇に向こうの湿原に思いを馳せた。
釧路湿原から吹き付ける風は、奥に潜む死神の哄笑を運んでいるかの様にびゅうびゅうと鳴り、ケルベロス達の耳朶を打つのだった。
作者:刑部 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2016年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|