ゴミ屋敷の老婆

作者:氷室凛


 少女が訪れたのは、いわゆる『ゴミ屋敷』。
 庭にはゴミが散乱しており、窓から見る限り屋内もゴミが山積みになっているようだ。この家では年老いた老婆が一人で暮らしているのだが、とても人が住んでいるとは思えない有様だった。
 面白半分でやってきた少女はゴミ屋敷のドアを開けた。不用心なことに鍵はかかっていない。
 一歩足を踏み入れた瞬間、猛烈な腐臭――生ごみをさらに発酵させたようなひどい匂いがした。少女は鼻を抑えて口だけで呼吸しながら進んでいく。
 廊下も居間も寝室も、どこもかしこも足の踏み場もないほどの大量のゴミで埋め尽くされていた。風呂場を覗いてみると、浴槽には真っ黒の水が張ってあり、生ごみが浮いている。
「うぅ、気分悪くなってきた……早く帰ろう」
 少女がとぼとぼ廊下を歩いていると、背後で足音がした。少女はギクリとして振り返る。
 そこには黒衣をまとった老婆が立っていた。長らく風呂に入っていないのか、伸び放題の白髪はホームレスのようにくしゃくしゃだ。
 老婆は大きな鎌を手にしている。
 それを見た少女はすぐに振り返って走り出した。早く逃げないと――反射的にそう思ったのだ。
 急いで玄関のドアに手を伸ばす。しかし、なぜか開かない。
 狼狽する少女の背後で、老婆が大鎌を振り上げた。
 
 と、そこで目が覚めた。
 布団で寝ていた少女はガバッと起き上がり、寝ぼけまなこをこする。
「何だ……夢かぁ~」
 安堵する少女。だが部屋に見知らぬ女性の姿があった。
 その女性――第三の魔女・ケリュネイアは手にした鍵を少女の胸に突き刺す。
 鍵は心臓を貫いたものの、少女はケガもせず死にもしない。これはドリームイーターが人間の夢を得るために行う行為なのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ケリュネイアはそう言うと部屋の窓を開けた。驚きを奪い取られて布団にパタリと倒れ込んだ少女の体が発光した次の瞬間、窓の外には少女の夢に登場した化け物の姿が具現化していた。
 黒衣に身を包んだ老婆は、大鎌を手に夜の街を歩いていく。
 布団に横たわる少女は一見するとただ眠っているだけのように見えるが、ドリームイーターを倒さない限り彼女は永遠に目覚めることはない。


「子供の頃って、あっと驚くような夢をよく見たりしますよね! 理屈は全く通っていないのですが、とにかくビックリして夜中に飛び起きたりとか……そのビックリする夢を見た子供が、ドリームイーターに襲われて『驚き』を奪われてしまう事件が起こっています!」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前で笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が説明を始める。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『驚き』を元にして具現化されたドリームイーターが、事件を起こそうとしています。被害が出る前にドリームイーターを撃破して下さい!」
 ドリームイーターを撃破すれば『驚き』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるだろう。
 敵は黒衣の老婆。細身でひ弱そうな外見ではあるが決して侮ってはいけない。大鎌から繰り出すグラビティはなかなか強力である。
「なお、敵が使用する技は『ドレインスラッシュ』、『レギオンファントム』に準拠したグラビティです」
 現場への到着予定時刻は夜になる見込み。夜なので人通りが少ないとはいえ現場は街中なので、何かしら人払いをしておくと安心して戦えるはずだ。
「街の人々を守るため……そして眠っている少女を救うため、ドリームイーターを撃破してください。それでは、よろしくお願いします」


参加者
ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)
ルーカス・リーバー(道化・e00384)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
ヒューリー・トリッパー(笑みを浮かべ何を成す・e17972)
エストレイア・ティアクライス(メイド騎士・e24843)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)

■リプレイ

「驚き? 随分とつまらん感情を食う奴だ。いっそくれてやったほうが人生楽になるのかもしれないな。……とはいえ、それもまた人間という動物を構成するモノの一つ。 易々とくれてやるわけにはいかんな」
 ドリームイーターが出現した地点へと向かう道すがら、ラビ・ジルベストリ(意思と存在の矛盾・e00059)は仏頂面のまま呟く。
「うーむ、ゴミ屋敷のう……わしからすればお爺お婆はやたらと片づけに五月蠅かったがのう」
 服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)は首をひねる。
「何故ゴミ屋敷にわざわざ入ろうとするのかよく分かりませんが、まぁ、その状況なら何が現れてもびっくりはしますね。匂いが移る前にさっくりと済ませてしまいましょうか」
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は周辺を見回し、付近の状況を確認する。夜の街は薄暗く、人通りは少ない。
「大鎌を持った老婆、ですか。いかにも怪談にありがちですが、だからこそ心に大きく響いてしまうのでしょうね。ですが、それもお嬢さんの大事な心の糧。きっちり取り返させていただくとしましょう」
 目元を仮面で覆ったルーカス・リーバー(道化・e00384)は、口元に笑みを浮かべながら殺界形成を発動する。
 付近の通行人がひとりでに遠ざかっていったところで、アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)は突然歩き出した。
「すぐ見つかるといいんだけど……ねえ、リューデ。なんかいるー?」
 アルベルトはうしろを振り返る。
「悪い夢を見なくなるだけならば、良い事なのかもしれないが……目覚めを奪うのは、論外だ」
 リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)は一般人が近寄らないよう、念のため辺りを警戒していた。
「……あとアルベルト、うろうろするな」
「うろうろしてるんじゃないのー! 探してるんだよー! もー!」
 アルベルトがふくれっ面でそう返した時、足音が聞こえた。
 突如姿を現したドリームイーターは、ゆっくりと路地を歩いてくる。
 細身の体に黒衣をまとい、大きな鎌を抱えた老婆。伸び散らかった荒れ放題の白髪に隠れて目元がよく見えないため、表情をうかがい知ることはできなかった。一見するとただのホームレスにも見えるが、れっきとしたドリームイーターである。
「はてはて、少女を眠らす悪い魔女は倒しませんとね」
 ヒューリー・トリッパー(笑みを浮かべ何を成す・e17972)はうさんくさい笑みを浮かべると、懐中電灯を懐にしまって手袋をはめ直す。
「女の子から奪った驚き、返して頂きます!」
 エストレイア・ティアクライス(メイド騎士・e24843)は敵に向かってそう宣言する。戦闘に入る前にもう一度周囲を確認したが、一般人の姿はなかった。
 街中ではあるが、これなら戦闘に集中できそうだ。
 ケルベロスは気を引き締めつつ武器を構える。

「出よったな! ゴミ屋敷の主だか何だか知らぬが相手になってくれる! さあ! 尋常に勝負せい!」
 無明丸は叫び声と共に『無明神話』を放つ。
「参る!!」
 全力で路地を駆け抜け、発光する手を振り上げ、老婆の顔面に拳を叩き込む。グラビティ・チェインを帯びた光が飛び散り、相手は吹き飛んだ。
 老婆は鎌を杖代わりにして立ち上がる。
「こんばんは、大鎌のご婦人」
 ルーカスは皮肉めいた微笑を見せて慇懃無礼に一礼すると、『ジョイフルパレード』を発動する。
「……驚きというか、いろんな方のトラウマになりそうですし、お引き取りいただきましょう」
 カラフルな光の玉が彼の周囲に出現し、敵めがけて飛んでいった。虹色の爆風が辺りに広がっていく。老婆は鎌を盾代わりにして爆風による衝撃を軽減しつつ、こちらに走り寄ってきた。
 そしてルーカスの眼前まで迫った老婆は、鎌を振り上げる。
 だが間に入ったエストレイアが剣で受け止めた。
「メイド騎士、参上です! ティアクライスのエストレイアがお相手致します!」
 老婆は踏ん張って力をかけてくる。細身の体ではあるがとんでもない馬鹿力だ。エストレイアはよろめきながらも背の翼を無数の剣に変換し、射出した。光の剣が老婆の体を次々と貫いていく。
 それを見たラビとカルナは同時に飛び出し、さらに畳みかけていく。
「随分とまァ醜悪じゃあないか。驚きよりも嫌悪が先にくるぞ。私はきれい好きなのでな」
 ラビは足払いをかけるようにスターゲイザーを放った。流星のような光を宿した蹴りを敵の足に打ち込む。相手を転倒させることはできなかったが、僅かにふらつかせることはできた。
 続いてカルナも同じ技を叩き込む。重力の激流を足にまとわせ、老婆に飛び蹴りを浴びせた。本来カルナは魔法攻撃を得意とするのだが、接近戦のほうも苦手ではない。
 吹き飛ばされる間際、老婆は鎌を一閃させた。
「くっ……」
 カルナは右肩を切り裂かれてしまった。
 体勢を整えた老婆はさらに距離を取ると、鎌を高々と掲げた。その刃に生じた黒い炎が膨れ上がり、骸骨のような怨霊の姿へと形を変えていく。
 老婆が鎌を振り抜くと同時に、黒い怨霊の群れが飛び出してきた。狙いは中衛の二人のようだ。
 黒い怨念はアルベルトとヒューリーにしがみつき、漆黒の炎を延焼させて体を焼いていく。
「二人とも無事か? 無茶はするなよ」
 リューデは気力溜めを発動する。温かなオーラを放って怨念を消滅させ、仲間の傷を癒していった。普段は無愛想なリューデだが、仲間が窮地に陥った時はすぐさま助け舟を出すのが常だ。
 アルベルトは黒炎の残り火を振り払い、『odi et amo』を発動する。
『どちらが先に沈むか……勝負しようか!』
 銃口から放たれた弾丸が老婆の顔面で炸裂した。爆風が肉や筋をえぐり、焼き切っていく。
 その時、老婆の動きがほんの一瞬だけ鈍ったように見えた。
 ヒューリーは刀を納めたまま駆け出す。老婆は黒い怨念を放とうと鎌を構えた。しかし手足が痺れたためか、僅かな時間ではあるが動きが完全に停止した。
 ヒューリーは余裕をもって攻撃を仕掛ける。柄を握って刀を一気に抜き放ち、居合切りの要領で達人の一撃を繰り出した。蒼い斬撃が老婆を切り裂き、氷が弾けて華のように広がる。

 その後も戦闘は続いた。ケルベロスが確実にグラビティを浴びせていく一方で、老婆はドレインで小まめに回復を繰り返していく。ただ、ドレインだけで被ダメージを全て補うのは困難だ。メディックによる援護が受けられるケルベロス側とは違い、敵のほうは着実に体力を消耗しつつあった。BSの数でも敵のほうが不利なのは間違いない。
 大きな鎌を軽々と掲げ、駆け出してくる老婆。一方、ラビは『爆ぜる角砂糖』を放つ。
「どうだ? お前の作った世界ほどではないが中々驚くべき業だろう。私は老婆だろうが容赦はしないぞ。外見を気にするタイプではないのでな」
 ラビはみずからの魔力を角砂糖に変換し、射出した。猛烈な勢いで飛び出した白い角砂糖は、敵の体に当たると次々と爆発する。オレンジ色の爆炎が上がり、敵を飲んでいった。
 やがて老婆は煙の中から飛び出してきた。そのまま路地を駆け、飛び上がって両手で鎌を振りかぶる。
 ルーカスは前に出て敵の注意を引きつけつつ、シャドウリッパーを繰り出す。ルーカスは紙一重で鎌をかわすと、肉眼では追いきれないほどの瞬息の斬撃を叩き込む。
 ジグザグによって相手のBSがさらに上乗せされたところで、無明丸が飛び出す。
「やれやれ、夢というのはまこと突飛がないのう」
 無明丸は一直線に突っ込んで旋刃脚を放った。老婆も反射的に鎌を振り抜いて応戦する。無明丸は体を切り裂かれながらも、電光のような蹴りを命中させた。要はドレインで体力を吸収されても、それを上回るダメージを与えればいい。
「君を逃がすわけにはいかないんだ。早く倒れてくれないかなあ?」
 続いてアルベルトがシャイニングレイを放つ。カラフルな翼をはためかせて鮮烈な光を放射し、敵を一瞬硬直させた。
 相手にジグザグが付与されたため他の仲間もさらに続こうとするが、老婆が反撃に出た。
 老婆は手にした鎌を片手で操り、アルベルトを切り裂いた。傷は思いのほか深かったようだ。赤い血が飛散し、路地に撒き散っていく。
『生き残るべきは、俺じゃない』
 リューデはアルベルトの前に立つと、『極小の白』を発動する。リューデの黒髪を彩る白い花がはらりと散り、その花弁は仲間を癒したのち跡形もなく消えていった。ヒールを受けたアルベルトは出血がおさまったようだ。
 リューデは味方に目で合図を送った。意思を汲み取った他の仲間は攻勢に出る。
『言っておきますが、此れに斬れるモノは……無い! 此れが為すのは……唯の邪魔立てですっ!』
 ヒューリーは『脆刃の紫』を発動し、手元に刃を生成する。
 見るからに脆そうな紫色の刃は、生成した途端にヒビが入った。ヒューリーは肩をすくめると、薙ぎ払うようにして刃を振った。すると砕けた刃の礫が敵へと襲い掛かり、更なるBSを与えた。
 老婆も負けじと鎌を掲げる。すると黒い火柱が上がり、漆黒の怨霊が次々と現れ、ケルベロスのほうへと迫ってきた。だがBSの効果もあってか、その狙いは不正確で、数多く飛来する怨霊のうち半数程度が標的を大きく外して路地へと着弾した。
 周辺に黒い炎が弾ける中、エストレイアは味方のほうに飛んできた怨念を剣で弾いた。
「この世界の素晴らしさは、驚きあってこそ。絶対に女の子に返してあげましょう。私達はケルベロスなのですから!」
 エストレイアはシャウトでの自己回復を交えつつ、味方へと迫りくる怨念を剣で切り裂き、時にはみずからの体で受け止めていく。
 そして敵のグラビティがおさまった瞬間、カルナが『壊天雷召陣』を発動した。
「この程度では驚きに値しませんね」
 カルナは時限干渉で黒雲を召還し、敵の頭上に巨大な雷を落とした。視界が眩むほどの雷鳴がほとばしり、轟音とともに路地が割れる。
「夢は露と消えるものですよ。それでは、おやすみなさい」
 雷は老婆を焼き焦がし、圧倒的な熱量でその体を跡形もなく消滅させた。
 路地に穿たれた破壊跡には、敵の痕跡は全く残っていなかった。
 敵の撃破を確認したケルベロスはほっと安堵する。
「わははははっ! この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を上げい!」
 無明丸は高々と拳を突き上げ、勝利を宣言する。
「少女は大丈夫でしょうか?」
 ヒューリーは付近のヒールを始めた。グラビティによって破壊された路地が徐々に修復されていく。
「眠りにつく要因を跡形もなく消し飛ばしましたからね。きっと無事でしょう」
 ルーカスはヒールを手伝いつつ、そう答える。
「フン、返してもらうぞ。驚きをな。しかし、返したら『その衝撃でショック死しました』なんてことにはならないだろうな……」
 ラビは無表情のまま冗談交じりに言った。
「被害が出る前に察知できてよかったです。早く魔女を倒してしまいたいですが、どうしたものか……」
 カルナが言った。ひとまず敵を無事に撃破できたので一安心したいところだが、一抹の不安は拭えない。
「んー……無事終わってよかったねえ! リューデ、怪我してたら回復忘れずにねえ……っ」
 アルベルトは歩きながら伸びをしている。
「ああ、お前に言われなくても分かってる。……悪夢を見た後は、目覚めることだ。夢でよかったと安堵できる」
 リューデ自身も悪夢を見ることは間々あるが、信頼できる仲間が居れば悪夢など恐ろしくはない。だが彼はそれを直接口に出すようなことはしなかった。特にアルベルトには。
「皆様、お疲れ様で御座いました!」
 エストレイアはにっこり笑った。それから周囲の仲間を見回し、明るく言った。
「また一つ、大切なものを守れましたね!」 

作者:氷室凛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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