ヤドカリの恐怖

作者:波多野志郎

 ――あの恐怖をどう語るべきか? 海岸近くの駐車場で女性は言葉を選びながらひとつひとつ語り始めた。
「シーズンオフの砂浜で、綺麗な巻貝を見つけてね? ほら、やるじゃない。巻貝に耳をつけて、潮の音が聞こえる~ってやつ」
 女性はそこで、一度言葉を切る。思い出して身震いしながら、女性は言った。
「そうしたらね、こう、耳にわさわさ~って感触がして思わず放り投げたら……ヤ、ヤドカリが……! 駄目、ああいうのは駄目! 耳にまで感触が~!!」
 のたうち回る女性に、背後に立つ女がいた。その女は、楽しげに笑いながら言う。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
「――え?」
 女性の胸に突き刺さる鍵。その鍵がガチャリ、と回された瞬間、女性は崩れ落ちた。
 気を失ったのは幸いだろう、何せ――体長4メートルはあろう、見上げんばかりのヤドカリがそこに現れたのだから……。

「嫌悪感というのは、おそらく言葉で説明できるものではないのでしょうね」
 経験に根ざし感覚から生じる感情、それが嫌悪感だとセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は語る。
「その『嫌悪』を奪い、事件を起こすドリームイーターがいるようです。『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『嫌悪』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件を起こそうとしています」
 その怪物型ドリームイーターが被害を出す前に撃破してほしい、そういう依頼だ。
「このドリームイーターを倒す事ができれば、『嫌悪』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれます」
 巨大ヤドカリは被害者が倒れた駐車場から移動、シーズンオフの砂浜を歩いている。そこで戦いを挑んでほしい。
「昼間ですがシーズンオフです、砂浜を越えて人の居る場所にさえ行かさなければ問題ないでしょう」
 敵は巨大ヤドカリ一体のみ。配下はいないが、中々の強敵だ。
「こう……大きいですからね。わさわさと動く脚とか、鋏とか。そういうのが丸見えなので、苦手な人にはきついと思いますが……」
 その点は、苦手な人は我慢していただきたい。いや、本当に。
「何にせよ、被害者の人も踏んだり蹴ったりですね。巨大ヤドカリさえ倒せば目も覚ますので、この人のためにもよろしくお願いします」


参加者
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)
毒島・漆(治すも壊すも思いのまま・e01815)
ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)
伊上・流(虚構・e03819)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)

■リプレイ


 ズン……! とゆっくりと砂浜を歩く巨体を見つけて、アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)がごくりと喉を鳴らした。
「あたしが海の事知ったのは地上来てからにゃんで、聞きかじりの知識になるけどにゃ。大型のヤドカリって食べられるらしいにゃいの。ヤシガニとかタラバガニとか。ヤフってみたらちっちゃいヤドカリはあんまりおいしくに゛ゃいとか。今回のヤドカリはずいぶんおっきいにゃあ。つまり……」
「ドリームイーターだから、無理だとは思うけどな」
 冷静に判断したのは、伊上・流(虚構・e03819)だ。アイクルもわかってはいるのだが――その法則を知っていれば、体長4メートルのヤドカリがどこまで美味しくなるのか、気になるのも仕方がない。
「……ヤドカリ、可愛いと思うんですけど……そんなに嫌がるほどですかねえ……。にしても……4mはさすがにインパクトありますね。吃驚です」
 遠近感が狂いそうな光景にエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は呟き、ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)は被害者の思いを代弁する。
「貝殻耳に当てた所にヤドカリいたら嫌じゃないかなぁ」
「耳にわさわさーってされるの、変な感じがしてふわりもヤだなって思うの。貝殻を耳にあてた時とか、そんな風になるって思ってないから余計凄い感じなの?」
 盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)の言うとおり、不意打ちな上に苦手な者なら、確かに普通のヤドカリでもトラウマものなのだろうが……。
「『嫌悪』ねェ。文字通り、イヤなドリームイーターも居たものだ」
 しみじみと藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)がこぼす。シェーラとしては、ヤドカリより気になるのはそっちだ。
「今後、こーゆーのが増えてくるだろうしねェ。被害者のトラウマが根深くなったらどーしてくれる! 精神的なケアはケルベロスの領分ではないというのに。全く」
「海を楽しむ人の嫌悪を奪いヤドカリと成す、でありますか。その行い、紛うことなく「悪」であります。その悪、我が剣でたたっ斬る、であります」
 凛と言い切るヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)に、毒島・漆(治すも壊すも思いのまま・e01815)は砂浜を蹴って駆け出した。
「まあ、やる事はいつもと同じ、敵をぶっ殺す。それだけですね」
 何もない砂浜だ、隠れられる場所などどこにもない。振り返るヤドカリ――ドリームイーターは、その口から泡のようにモザイクを飛ばした。


 砂浜を駆けながら、前に出たライドキャリバーのディートが庇い――吹き飛ばされた。
「威力はすごいな」
 ガガガガガガガガガガガガガガ! と吹き飛ばされながらディートの銃弾がばらまかれ、ヴィットリオは跳躍する。そのまま燃え盛る足で、ヤドカリのヤドを蹴り飛ばした。
「そういえば、こういう巨大ヤドカリみたいなモンスターをハンティングするゲームがあったな」
 そこへ続き、踏み込んだ流のゲシュタルトグレイブが鋭く振り下ろされる。それをヤドカリは、人間大サイズはありそうな鋏で受け止めた。
 そこへ助走をつけて跳び上がり、エレの流星がごとき跳び蹴りがヤドを強打した。
「小さいとまだ可愛げがありますが、さすがにこれだけおっきいとちょっと怖いですねえ……」
 足から伝わる岩のような感触、眼下に広がる巨大ヤドカリの姿にエレは言い捨てる。ヤドカリはわずらわしいと言わんばかりに鋏でエレを払おうとするが、その直前に脚へ砲弾が着弾した――漆の轟竜砲だ。
「的が大きくていいですね」
 ソリッドフレームリボルバー――迫撃銃をハンマーコック、漆は止まらず走り続ける。逃がしはしない、ケルベロス達はヤドカリを包囲していった。
「当機を正義と称するわけではないでありますが、ともあれ悪は滅ぼさねばならぬであります――ご覚悟を」
 ザン、と砂の足場を蹴ってヴェスパーは斬霊刀を引き抜く。視線の高さに切っ先を構え、ヴェスパーは加速。雷の霊力を帯びた斬霊刀を、ヤドカリへと突き立てた。
「かみさま! 今日もふわりと一緒に遊んで欲しいの!」
 背後に巨大な白い人間の上半身を出現させ、ふわりが駆け込む。ガシャン! と両手に惨殺ナイフを構えるとふわりは言い放った。
「そういえばヤドカリさんって食べれるの? ふわり、どんな味か気になるかもなのー!」
 ザザザザザザザザザザザザン! 舞い踊るふわりの斬撃が、ヤドカリを襲う。ふわりのブラッディダンシングが、硬い甲殻に線を刻んでいく――それに合わせてアイクルが叫んだ。
「行くにゃあ!」
 耳を塞いで、スイッチオン。アイクルの遠隔爆破によって、ヤドカリの足元で大爆発が巻き起こる! そこへ、ライドキャリバーのインプレッサターボが炎をまとって突撃した。
 ガギン! と砂煙の向こうでする激突音、一拍置いてインプレッサターボが弾かれて宙を舞った。ギュオ! とタイヤから着地したインプレッサターボが、砂を巻き上げながら大きく横へ回り込む。
 砂煙の中から何事もなかったかのように現れたヤドカリに、ヴィットリオが言った。
「こんなにでっかいヤドカリ、なんかこう……ゲームで見た気がする。不謹慎かもだけど……ちょっと楽しい、かも」
「ゲームと違ってコンティニューはないケド」
 言い捨て、シェーラは縛霊手の祭壇から紙兵を散布していく――仲間達を紙兵に守護させながら、シェーラは告げる。
「行かせないよ、悪夢はここでお終いだ」
 シェーラの言葉を否定するように、荒々しくドリームイーターは暴れ出した。


 ドン! と砂浜に衝撃音が鳴り響く。モザイクが巨大な口になって襲い掛かってくるのを、紙一重でヴィットリオが受け止めた。しかし、それでヤドカリの動きは止まらない。
 再行動からの鋏の一撃、心を抉る鍵がヴィットリオへと突き立てられた。
「なんだろうこれ……失くしてしまった記憶……? うっ……」
 毒々しい紫色の炎に包まれる幻影に襲われ、ヴィットリオが呻く。その幻影を払ったのは、アイクルの気力溜めだ。
「間一髪にゃあ!」
 インプレッサターボとディートが、左右からキャリバースピンでヤドカリの脚へと突撃する。ディートのシートを足場に、ヴィットリオはヤドカリのヤドへとスターゲイザーを叩き込んだ。
「あ、くそ! 乗り失敗した」
「もう一発――!」
 そこへ流が続いて、燃え盛る後ろ回し蹴りでヤドを蹴り飛ばした。バキリ、と亀裂の走って一部が割れたヤドを見上げて、流は呟く。
「ふむ。こういう狩り方も悪くはないな」
 直後、ヤドカリが振り返り様に鋏を振り払った。その牽制を流とヴィットリオは後退して回避。漆はその鋏へと、瞬時に抜き放ったカランビットを突き立てた。ガリガリガリガリ! と強引に引っかき、掻き毟る。
「どうぞ」
「はいであります」
 漆の誘導を受けて、すかさずヴェスパーが踏み込む。下段からの斬霊刀は的確にヤドカリの急所を捉え、切り裂いた。
 エレが大きく飛び上がり、振りかぶった縛霊手を振り下ろす。ドン! と全体重を乗せた一撃は網状の霊力を放射、ヤドカリの巨体を包み込んだ。
「シェーラさん!」
「任されたよ」
 ドラゴニックハンマーを即座に砲撃形態に変形させ、シェーラが竜砲弾を撃ち込んだ。ヤドカリの足元で轟く爆音――その爆発に、ふわりのサイコフォースが重ねられる!
「あははははははっ、わさわさ動いてるの」
 両手の指で悶えるヤドカリの動きを真似て、ふわりが笑う。続けざまの連撃も、まだ止めにはいたらない。ヤドカリ――ドリームイーターは、まだまだ余力を残していた。
(「ですが、着実に追い込んでいるであります」)
 ヴェスパーのその判断は、正しい。ケルベロス達は、着実に巨大ヤドカリを追い込んで――否、攻略しているという方が正しいか。正しい戦術と戦闘手段、連携。ドリームイーターは強力な敵ではあるが、それを跳ね除ける程の強さはない――だからこそ、油断せずに戦い続ける事が勝利への鍵だった。
 着実に、着実に――やがてどの努力は実を結ぶ。
『――――』
 巨大ヤドカリが、まっすぐ突進する。それを迎え撃ったのは、ヴィットリオだ。
「通すか!」
 ディートを駆ったヴィットリオが、真っ向から縛霊手でヤドカリの鋏を受け止めた。打撃と打撃、相殺し合うその一撃は――ヴィットリオの全力が、勝った。
「ディート!」
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ! と零距離でのガトリング掃射が、ヤドカリの足元を捉える。動きが止まったヤドカリへ、インプレッサターボが炎に包まれ突進した。
 インプレッサターボのデットヒートドライブに、ズズ……ッとヤドカリがわずかに後退する。そこへ、アイクルが叫んだ。
「ぜぇええええええったいっ! ゆるさに゛ゃああああああいっ! てんっちゅうううううう! ●ねえええええええ!」
 ズドン! と一条の電光が、アイクルごと巨大ヤドカリを打ち抜いた。
 これぞ、正統派アイドルの天罰――グンマー名物といえば雷とからっ風義理人情、正統派アイドル(自称)に義理人情の欠ける行いをするふらちな奴はいないはずである。だが、もしそんなのがいたらグンマー名物の雷が不逞の輩の頭上からどっかーんと落ちてくるって寸法で……アイドルにあるまじき言葉が聞こえるかもしれないけど、たぶんおそらく幻聴の類なので聞かなかった事にしてほしい――との事である。
「もっと、もっと欲しいの……ふわりに、あなたを頂戴? あなたの全部をふわりが愛してあげるの、ふわりだけが愛してあげるの……ずうっと」
 その直後、地獄化されたふわりの正気が視線を通じて地獄の炎として現実世界へと現出された。もっともっと熱くして、もっともっと狂わせて(アイラブユー・モア・ザン・ユーラブミー)――歌うように、語るように、正気と狂気の境目を破壊していく!
 巨大ヤドカリが、必死で暴れる。そのまま海の方へと、ヤドカリは逃れようとする。しかし、その行く手は深い霧によって阻まれた。
「それは夢か現か幻か……。見えぬ真実に翻弄されて、惑い、儚く散れ!」
 夢ト現ノ境界線(エントレ・ラ・レヴェ・エト・ラ・レエル)、エレの生み出した霧の幻影からヤドカリは逃れられない。そこへ、漆が己を銃弾に見立て斥力と引力を操り自身を跳弾となり――ヤドカリの懐で、迫撃銃を構えた。
「"重撃殲攻"……重弾猟域ッ!!」
 ドォ! と零距離射撃の一撃が、ヤドカリを撃ち抜く! 漆の重弾猟域を直撃されてそれでもなお這うように逃げるヤドカリに、シェーラは情熱を込めて詠いあげた。
「君は春を告げる風、一条煌めく星、朝焼けにたったひとつ鳴り響く厳かなる鐘の音! 戦場を鮮烈に駆け抜けて、君の愛を刻もうじゃないか!」
 命短し恋せよ戦乙女(ドラウインラヴ)――逢瀬は一瞬、刹那で終わる悲恋に応えたのは白馬を駆る戦乙女だ。戦乙女の突撃に、ヤドカリの巨体が軽々と宙へと舞った。
 それを見上げ、ヴェスパーと流が同時に砂浜を蹴った。
「人の心の一部を奪うその行為、そのような傲慢はこの剣のサビにするであります」
「日常に害為す異端なる存在は狩り屠る……貴様の概念情報。全て浄め祓い滅する!」
 ヴェスパーが刀を構え、流が白い焔をまとう――!
「貴殿の行いは大罪に値するであります。 その悪徳ごと断罪します。七星断罪剣、セットアップ。Set……Ready……GO」
「アクセス・終焔―終りを齎す白き浄化の焔よ、此処に顕現せよ」
 ヴェスパーの七星断罪剣の大上段の一閃と、流の窮極の浄化で敵を浄め滅ぼす禁絶の終焔が、ヤドカリを同時に捉えた。両断され、白い焔に燃やし尽くされる――跡形も残す事無く、ドリームイーターは消滅した……。


「う、う~ん……」
「大丈夫みただね」
 うなされてはいるが外傷はない女性に、シェーラはそう微笑んだ。シェーラの言葉にうなずき、エレも言った。
「嫌い思う気持ちも分からなくはないですが、ヤドカリに非はありませんし、ね」
「まったくですね」
 紫煙を肺の奥まで吸い込み、漆もようやく一息ついた。砂浜の破壊跡も少なくてすんだのは不幸中の幸いだ。
「もう海の季節は終わりかもだけど、やっぱり海が好きな人っていると思うのー」
 拾った貝殻から聞こえる潮の音に、ふわりは目を細める。彼女もそうしたかったのだろう、それはとても心に染み渡る音だった。
「勝利した後は、静かに去るのがキレイな終わり方と、この間時代劇で見たであります」
 ヴェスパーの意見に、異を唱える者はいなかった。戦いが終わり、女性の無事も確認できれば、自分達の役割は終わりだ。
 こうして、ケルベロス達は一つの悪夢を終わらせ、秋の海を後にするのだった……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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