時忘れの星空工房

作者:螺子式銃

●後悔の星空
 店内は、暗い。
 照明が出来る限り絞られているその理由は――天井と床にある。
 ドーム型の天井に投影されているのは、移り変わる星空だった。
 そして、黒を基調にした床にはライトが仕込まれ、こちらは無数の蛍火のような灯りが集まって川の流れを作る。
 色とりどりに設置されたテーブルには、天板の上に星座が刻まれ時折に淡く瞬き、例えば白鳥座であれば白く美しい鳥のオブジェが飾られていた。
 流星や星雲を模したのだろう宝石や硝子玉、時には針金細工で作られた飾り達が室内を華やがせ、並ぶメニューも天体をモチーフにした見目も麗しいものばかり。
 空に輝く星は、俗世とは全く違う壮大な時の流れを経て輝いている。
 目まぐるしい日々に疲れた現代人に、ほんの少し時を忘れて星を見上げて貰えたら――。
 それが、この店のコンセプトだったのだが。


「……現実は、世知辛いわよねえ」
 深々と溜息を吐くのは、店主である中年の女だ。スマホで彼女が覗いているのは、口コミサイトだった。
『二時間過ごさないと出してくれないのはおかしい』
『時間を忘れるったって時計を見るのが禁止というのやっぱりおかしい』
『高すぎるのもよりさらにおかしい』
 ずらりと並ぶ、苦情の山。言われてみれば、その通り過ぎる程にその通りではあるのだ。
「だーって、時間とかそういう小さなことにとらわれて欲しくなかったし、星はのんびり眺めたほうがいいし…、それで採算が余計取れなくなって単価高くなったのは仕方ないって言うか…仕方なくないけど…」
 ぶつぶつと言い訳をするが、結局彼女も分かっているのだ。その拘りの所為で、この店が閉店の憂き目を見ているのは。
「もっと、気軽に星を楽しめるようにすればよかったなあ…」
 だからこそ、後悔の感情が芽生えるのだが――それは、この場合に限っては不運なことだった。
 第十の魔女・ゲリュオンが彼女の背後に立って、心臓を一気に刺し貫くのだから。
 崩れ落ちた女に、ゲリュオンは言い放つ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 そうして、生まれるのは宝石の如く星で飾った藍布のローブを纏ったドリームイーター。ゲリュオンが立ち去った後、そのドリームイーターは手早く被害者をバックヤードに放り込み開店の準備を始める。
 かくして、『星空工房』は営業を再開したのだった――。


●今宵、星空工房で
「今日もお疲れさま。――じゃあ、始めようか」
 招集に応じてくれた皆へと一礼すると、トワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)は資料を手に口を開く。今回彼が説明するのは、第十の魔女・ゲリュオンが引き起こしたドリームイーターの事件だ。
「『星空工房』という店で起こった、事件の話だ。名前は工房とはいっても、飲食店だね。経営に失敗して――『後悔』をした女性がいる。そこに付け込んだ魔女により、後悔を元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。
 夢を奪われた店長は覚めない眠りに陥ったが、このドリームイーターを倒せば目を覚ますこともできる筈だ」
 潰れたプラネタリウムを買い取り、改装したカフェバーだという。店長は元々OLだったが宝くじに当たったのを契機に、夢とロマンをいっぱいに詰め込んだ店を始めたのだ。
 コンセプトは、星を製造する工房というイメージで、プラネタリウムを始めとした夜空をモチーフにした装飾達。その本格的な凝りようから、話題にはなった、なったのだが。
「悠久の星を楽しむのに時間は無粋、と言って、店に時計を設置しないだけでなく客に時計を見るのを禁止したり、ちょっとお茶だけ、と言うのに数時間も延々引き留めたり、挙句にそれで回転率が悪くなったからと商品単価を高くしたり、――なかなか、問題のある仕様でね。あっという間に、その、潰れた」
 言いにくそうにトワイライトが告げて、嘆息する。本末転倒とはまさしくである。
 現実化したドリームイーターは、店長をバックヤードに押し込めて店を再びオープンさせた。客を呼び込み、そのサービスに満足しないと殺してしまうという。
 星空のような衣装を纏い、攻撃力に長けて氷や炎を使った攻撃をしてくるらしい。
「ドリームイーターにすぐ戦闘を仕掛けてもいいが、敢えて店に入ってサービスを楽しむという手もある。
 サービスを受けてドリームイーターを満足させると、ドリームイーターの戦闘力が減少することが判明した。それから、被害者も何となく前向きな気持ちになれるそうだから」
「お店の様子、見てきたわ。まだ、誰もお客さんにはなっていないのね。私達で星空は貸し切り。――そんなの、少し素敵だと思うの」
 鳴咲・恋歌(暁に耳を澄ます・en0220)が胸の前で手を合わせて機嫌よく微笑む。隠し切れない好奇心と憧れを滲ませて。
「やり方は君達次第だ。何より、無事に帰ってくるように。ではね、――いってらっしゃい」
 トワイライトは最後に皆の顔を一人ずつ見渡して、穏やかな笑みでケルベロス達を見送る。


参加者
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
アウィス・ノクテ(月恋夜謳・e03311)
マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)
暁・万里(紅蓮の飼い猫・e15680)
ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)

■リプレイ

●星の世界
 室内に踏み込めば、満天の星空。作り物とは言え、儚くも眩しく瞬く星たち。
 歓声を上げ各々にテーブルに向かう来客達の様子に満足げな店主を、小さなドワーフが見上げる。
「連れのリリンも、一緒にいいか?」
 傍らにちょこりと控えるボクスドラゴンの入店許可を丁寧に取るのは、ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)だ。ローブで顔まで覆った店主は、密やかな声で囁く。
「星を楽しむ者は、誰でも歓迎します。――ようこそ、星空工房へ。時を忘れる、楽しい時間をお過ごしくださいませ」
 どうか星のように儚くも、優しい時間を。

 通路は星を満たした天の川。ならば橋は鵲の羽と連想すれば、傍らの豊かに波打つ濡羽の髪と似ている気がする。
 そんな風に束の間の散歩を楽しみながら、キアラの口許はどうしたって緩んでしまう。
「キィさん、此処から星はよく見えます」
 藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)も足取りを弾ませ、鷲座の席を見つけたら何をするのだって楽しかった。
 春の空には桜の話、可愛いもの、楽しいこと。
 空に輝く星の数ほど、言の葉が生まれては零れていく。
 グラスの中の青い星と天の川は乾杯の瞬間に触れ合って、軽やかな音を立てた。
「『アルタイル』に祝福を!」
「『アルタイル』に乾杯を」
 彼女らの囁きは密やかに特別さを秘める。それは、ただの星を呼ばわるものでなく。
「…キィさんは流星に何をお願い致します?」
 流星群にを指で示して千鶴夜が問う。星を沢山映してきた眸で天占屋は柔らかく笑って、口にした。
「またあした」
 星が落ちるより疾く煌めく飾らない素直さに、千鶴夜も少し考え口にする。
「皆が笑っていられます様に…でしょうか」
 明日も、明後日も。例えば、今日みたいに。

 コースターは流星の尾を引き到着する。星の欠片を一杯に乗せて。
「凄ぇぞ地デジ、流れ星が料理を運んでる!」
 真柴・隼(アッパーチューン・e01296)の弾む声、傍らでコースターが流れる度に、軌跡を追う為動く地デジの頭も上下左右に揺れるのに忙しい。
 笑って見守ると慣れた手つきでグラスを自分に、月光を束ねたような少女――ジョゼの前には菓子を。
「隼、雲! 雲が出てきた!」
 素直に感情を映す瞳は大きく瞠られている。ジョゼには何もかもが目新しく鮮やかで。
 はじめての食感、口の中で雲が弾け溶け消えるまでの瞬に、流れ星。
 願い事はと問われてジョゼは甘い菓子と小さな宇宙と目の前の人を見る。
「――このまま時間が止まればいいのに」
 何気なく落とした言葉に、隼の方が不意を打たれ視線を彷徨わせて。
「…凄ぇ殺し文句だね、なんか照れる」
「べべべ別に深い意味はないんだからね!」
 咄嗟に返す少女に目を細めて、隼は星程もある自分の願いを今の気分でひとつ唇に乗せる。
「ジョゼちゃんともっと仲良くなれますように」
 星がまた一つ、優しく流れた。
 
「本日は、ご一緒してくださって大変助かりました」
「ふふ、イブはこう言う雰囲気大好きだけれど」
 自分には少々趣が過ぎるのだとベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)が目を微かに伏せて告げれば、息吹は楽しげに笑う。確かに少女が明るくメニューを覗き込めばそれだけで場が華やぐ。
 フォンデュを楽しむ息吹と対照的に、ベルノルトは紅茶の添え菓子すらさりげなく譲る。硝子の奥の眼差しを細め香りを味わう彼も夜には映えるのだけれど。
「…甘い物は、お嫌い?」
 息吹は宝石のような苺をチョコに浸してどうぞ、と勧める。空を彩る流星群、願いを込めれば叶う時間は今だから。
「――、流れ星は願いを叶えるとは、よく聞く話ですね」
 周囲を見渡してから、誤魔化すようベルノルトは話を繋ぐ。おまじないや星のこと。冬色の少女が見上げれば、冬空に描かれたオリオン座がベルノルトの示す先に。
「星座には色々な物語があるわよね。イブは良く知らないから、ご存知ならお聞かせ願いたいの」
 ねだられる侭、語るベルノルトの声音も穏やかに。気づけば、時間は流れ星のように過ぎていく。

 天秤座のテーブルに座るのは十月生まれの二人。
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は星のフォンデュを楽しみながら、優しい眼差しが天秤に乗った黒猫のオブジェからシズネへ。
 橙の眸は好奇心を湛えた猫のようにくるくると店内を楽しんだ後はコースターに釘付けで。パスタを食べている間も、星の行き来を眺める。
 ラウルがハンカチで優しく彼の口許を拭うと、なんとも擽ったそうにシズネが笑う。
「ねえ、流星群に出逢えたら何をお願いする?」
 問うた彼の願いは、『君に幸せの星が沢山降り注ぎますように』。
「おめぇ天燈の時もオレのこと願ってなかったか?」
 空に燈した願いもまた、シズネのことだった。だから。
「――ラウルの行く先を祝福の星が照らしてくれるように」
 祈り星に、シズネは願う。
 ラウルはそれこそ柔らかな灯りが燈ったように薄縹を笑ませる。内緒話みたいに、囁いて。
「お互いの幸せを願い合えるって…素敵だよね」
 降るように煌めく夏の空、色とりどりに輝く冬の空。好きな星空はそれぞれに、でも今は二人で一つの空を眺めている。
 傍らの彼に、幸いを。

「平助、平助、どの星なにかわかる?」
 いとけない声は透き通って心地良く耳を擽る。夜空から零れ落ちたような造作の愛らしいアウィス・ノクテ(月恋夜謳・e03311)が夢中に調度も空もと視線を巡らすのを、平助はカップを傾けゆったりと眺めている。
 綺麗なものばかりを集めた場所は彼に縁がない場所だが、彼女がいるなら、悪くないものだとも思える。
「星空なんて北極星くらいしか見分けがつかん。そうだ、――おとめ座ってどれ…え? 春なの? マジ?」
 教えて貰った星座は春の空に、秋の空に浮かぶのが魚座、平助の星座だと彼女は拙い口調で教えてくれる。
「一緒の空にはいない。今一緒だからいいかな」
 いつだってあどけなく、衒いなく。幼子のような無邪気さで、アウィスは告げて。
「…折角のプラネタリウムなのに、星空見なくて良いのか?」
 アウィスが、自分を見ているのに問うと、彼女は星を映した眼差しを眩しげに細める。
「アウィスは星空も見て、平助も見る」
 星灯りの下に見る彼はいつもと違って。いつもも今も、とびきり好き。幸せな時間を、堪能する。

 AquilaとLyra、星々が出会うように並ぶカクテル。
 一つは夏空の澄んだブルーにライムとラムが香り、一つはワインをベースに桃をピューレして贅沢に使ったもの。
 一華は青色を、暁・万里(紅蓮の飼い猫・e15680)が桃色を。
「わ、わ、素敵です…! 万里くん見て、とっても綺麗」
 幸せそうにグラスを口に運ぶ一華へ、万里は半分に取り分けたケーキの星を全部乗せて差し出す。贅沢に沢山選んで好きなだけ食べて欲しくて。
「フォンデュおいし……! あっ…む、むぅ」
 初めてのフォンデュは一華には強敵だった。
「一華一華、零れてる!」
 万里が声を上げる。けれどナプキンと格闘する一華に向けるのは、可愛くて仕方ないというような眼差しで。
「ったく、貸してみ。ほら、あーん」
 楽しい時間を彩るように、星が流れていく。
「…あ、流星群」
 ぽつりと呟く万里の願いは、『こんな時間が続けばいい』と。目の前では一華が微笑んで。
「万里くん、万里くん、あーん」
 呼ばわる声も何もかも甘く。
 二人の耳に輝く揃いの星は、クリスタルの一番星。
 いつだって、誰より早く君を見つける。

「リリン、見えるか。星明かりだ」
 それは地下には無い、眩しい空。
 カシオペヤ座のテーブルにはリリンの席も食事も用意されて、ネリネだってゆったりと寛げる。
 ふわふわのケーキの上に乗っかった数々の天体を彩鮮やかに再現したチョコレートはきらきら光るのに、口に入れたら夢みたいに溶けていく。
 大きく空を仰いだら、星雲色に髪を彩る飾りが揺れて。
 リリンもチョコを分けっこしてネリネに倣うように空を見上げていた。
「――星は、こんなにもうつくしいのだな」
 彼女が外を知った時間はまだ短い。知らないものは、沢山ある。
 春から始まり、秋になったらネリネとリリンのテーブルに置かれたオブジェと同じ星座が見えた。
 ずっとずっと遠く昔から、今までひかり続けていた遠くうつくしい光達。ネリネの手元には金箔の降るカプチーノがあって、天の川は空にも眩く白く流れている。
 ドワーフの目はかそけき光のひとつまで、優しい闇の向こうに見出せる。
 しんと静かな世界でリリンの寄り添う温もりを間近に感じていれば、まるでふたつ星みたいになった気持ちで。

 星は降る、幾度も幾度も、繰り返し。
「おおー、流れ星ですね」
 マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)は青のカクテルを優雅な指先で傾けながら、勧められる侭に綿菓子を摘まむ。
「どうかしら、満喫している?」
 声をかけた恋歌の面差しは昂揚しているのが分かる。マリアローザはグラスを乾杯に摸して揺らし、笑んで返す。
「ええ、とても。良いもの、沢山ありましたか?」
 問いの形にはなっているけれど、顔を見ればそれは存分に伝わったから。マリアローザはとっときの提案をするように、指先を一本立てて。
「楽しいなら、歌っちゃいます?」
「いいの!? なら、――是非」
 それはとても素敵な誘い。店主に許可を得て、星空や皆の邪魔をしないようにそうっと、そうっと。
「何が良いかしら」
「それは勿論、――星の歌にしましょう」
 高く空を仰げば、自然に歌は唇から零れる。異国の言葉、緩やかで伸びやかな旋律。高く甘い声でマリアローザが凛と辿れば、恋歌がそれに続く。
 遠い、星々のうた。
 プラネタリウムの終わりに合わせて。

●虚構の夢
「――さて、行って参りますので少しお待ちを」
 頃合いと見ればベルノルトは連れに断り、立ち上がる。皆もそれぞれにランプを灯し始めた。星明かりだけでは夜目が効くもの以外には薄暗い。星のような光が幾つか輝き、視界が開ける。それが、開戦の合図だった。
「時を、忘れて――星と」
 店主の声に合わせ隕石が生まれる。まるで、空から星が落ちて来たかのように降り注ぎ。
「ネリネ達にまかせろ」
 けれど、星を追うドワーフの方が速かった。ネリネが万里を庇って炎を浴びれば、ベルノルトも涼しげな顔で肩に火の玉を受け止める。勢いは強いが、盾たる彼等を一撃で薙ぎ倒す程ではない。
「刻の音を、生命の狂騒を」
 ベルノルトが囁く声は、鐘の音へと重なり合わさり響き合う。脈打つ心臓の律動にも似て、――身体の内側から響く原始のリズムは遠く、近く。自然と冴え渡り、空気は清明に澄む。狙いを高めていく、彼の技だ。
「有難う。――行くよ」
 紅蓮の炎に微か、目を細めて。万里はオウガメタルに呼びかける。意を汲んで溢れる銀の奔流は夜を鮮やかにたなびいて傷を癒すと共に、力を呼び起こす。
「星空は中々楽しかったですが、勝負です」
 軽やかにマリアローザの声は歌うような響き。仕上げに指を鳴らすと、一筋の光が真っ直ぐ伸びて異形のローブを石で侵食し始める。
 青を帯びた銀糸がふわりと舞い、飛び出すのは夜を纏う少女。アウィスの可憐な手首を縁取る銀のレースの如く蔓は音も無く忍び寄り、異形の足を絡めとっていく。
「先に、サポートを致します」
 凛と囁く千鶴夜に従って攻性植物が黄金の果実を実らせ光を溢れさせる。後衛を支えてくれる光は、同時にマリアローザやラウルの傷を優しく包んでくれるものだ。
「じゃあ、ルネッタは前衛の皆を」
 役割分担はうまく噛み合い、ネリネが守護星座を描く傍らに、ラウルの指示に従った猫が手伝いとばかり翼を羽ばたかせる。護りは厚く、耐性の守護を得た者も多い。
 先触れにとラウルが身軽に地を蹴り、異形を蹴り落とすタイミングで隼が走る。一瞬躓いたそのバランスを整えさせないよう、チェーンソー剣が深く傷を穿っていった。
「――これは、立ち位置を利用できていないみたいだね」
 ラウルが慎重に細めた眼差しで一合を組み合った結論を口にする。切り裂いた隼の方も、その手応えに頷いた。
「ドリームイーターは、十分に満足したということですわね」
 千鶴夜の立ち位置からも、同意を渡す。夢喰いを生み出す後悔は――彼等のお陰で満たされてしまっている。だからこそ、後は。
「速やかに、制圧するのみですか」
 時間をかければかけるだけ店は荒れる。
 ベルノルトが一度視線を向けるのは、手間と想いを込めただろう店内。直るとしても、店が潰えたとしても。
 星々は、此処にあるのだから。

●星は照らす
 夢で編まれた光達が照らすのは、夢を守る番犬達。適切な戦闘分担が出来ている上に夢喰いの力は大きく削がれている。だからこそ、彼等はまるで輝かしい星のように。
「けれど、弱くもありませんわ」
 本来の力があればさぞ、と思う程には攻撃の精度は鋭く火力も高い。阻害の要たる千鶴夜は、背筋を正し敵と向き合う。彼女を始めとして皆が不調を植え込んでいるからこそ、攻撃を押さえることが出来ているのだ。
「くるぞ、後ろだ」
 ネリネの警告とほぼ同時、冷気が吹き荒れる。暴虐の風は鋭い氷を孕んでいた。咄嗟に庇い手達が守れる数にも限りがある。マリアローザの髪が端から凍り付き、白い肌に傷が幾重にも刻まれた。
「手分けしていこう。このままじゃ寒そうだからね」
 ベルノルトの背に庇われた万里は、服ごとに霜へと覆われていく幾人かの仲間達を見遣って恋歌と耐性を重視した癒しを撒いていく。重傷はないとは言え、油断は出来ない。
「こちらは、心配なく」
 癒しのお陰で動けるのだと振り返らずに踏み出す動きでベルノルトは伝える。
「さて星が落ちる時間ですね」
「ああ、――一つ残らず返して貰うよ」
 マリアローザとラウルが先陣を切る。ラウルが真っ直ぐに腕を伸ばし掲げた銃は標。月光を宿す青年が持つ銃もまた月の彩に似て。躊躇わず、過たない。無数に連射された銃弾は無軌道に跳ねるようでそのくせ繊細な動きは、異形の動きを悉く射線で封じるもの。
 けれどマリアローザの阻害は一つもしない。彼女のすんなりと伸びた足は自由に舞って体重を感じさせない跳躍。一気に距離を詰めたかと思うと、異形の体を足場に一際大きく空を飛ぶ。そして、振り向き様裏拳で叩き込むのは、網状に広がる霊力の檻だ。
「好機、ですね」
 勝利の予感に逸るでもなく淡々とベルノルトは己の最善を選ぶ。躊躇わずに最前線から、更にもう一歩。網に捕らわれた異形を袈裟懸けに切り払うのは清浄なる力を宿す刀だ。鍛錬された刀筋は迷いのない速さで、瞬きの合間も無く敵を断ち切る。異形の拘束は逃れようと身を捩った分だけ尚切り裂かれて深く。
「さて、と…何本当たるかしら?」
 阻害は十分、見切りを考えれば千鶴夜の取る手はナイフを選ぶ。夜色の裾が翻り真っ白の太腿から抜き出した純銀は、軽やかな声と裏腹に冷酷な威を持って異形に向かう。彩るは緋の道、切り咲くは死。無数の赤の花が咲いて、抉っていく。
「――ゆめ、…ゆ、め」
 殆どうわ言のように満身創痍の異形は鈍器を振り翳す。狙うはアウィスの小さな頭、――けれど小さなネリネは両腕を交差させて眼前に飛び込む。みしり、と嫌な音がした。
「その手で星をも掴んでみせろ」
 悲鳴の代わりに、粉を撒く。とっておきのおまじないは粉雪のように煌めいて降る。アウィスに、そして隼に。
「もうひとつ、どうぞ」
 同時に重なる万里の添え手は、精度の上昇。銀の粒子が万全の更に上を足す。
「じゃ、――思いっきり」
 隼がウィンク一つ、地デジも真似して意気揚々とスパナで殴りかかる。ぐん、と隼の体が一気に加速するのは掲げるハンマーが噴射し、その勢いで跳躍したからだ。軽々とハンマーを取り回して、真正面から来ると分かっているその一撃は恐ろしいばかりの威力を宿して――叩きつける!
 そして、アウィスはこの契機を見逃さない。皆と、一緒に戦っているのだから。
「Trans carmina mei, cor mei……Intereas」
 何処までも澄み渡って鮮やかに響く音、かつて囀る鳥のよう歌った少女は己の意志を持って小さな喉から渾身の歌を紡ぎ上げる。高く、遠く、目も眩むようなうつくしさで。
 ハンマーで半ばを潰されながら足掻こうとする異形に、歌は終わりを囁く。罅割れ、壊れ、解けていき――最後には全てを打ち崩して。

「今日は、有難うございました」
 ゆったりとした仕草で礼を丁寧に告げる千鶴夜に続いて、幾人かが店主に礼を言う。店を癒し、店主もまた癒す彼らが口々に伝えるのは。
 良い時を過ごせた、ということ。
「お姉さんなら次はもっと素敵なお店が開けるよ」
 人懐っこく笑う隼は頑張ってほしいと続ける。再開を待つ者だってきっといるだろう。
 失敗は次の機会の、第一歩。彼等は、やり直す可能性をくれたのだ。
 堪えるように頷く店主もまた、その瞳に後悔の色は残っていなかった。
「星もまた昇ります。頑張って欲しいですね」
 マリアローザが歌うみたいな響きで告げたように。
 きっとまた、いつか工房の灯りは燈されるだろう。

 眩い星を店主もまた、見たのだから。
 哀しい終わりを齎さず、明日へと繋げるひかり。
 彼等が照らす星の名をきっと――希望と言う。

作者:螺子式銃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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