紅蔦の揺籠に眠る

作者:柊透胡

 深夜――秋雨が静かに降っていた。
「おねえちゃん……どこ?」
 覚束ない足取りで山道を往く少女は、まだあどけない。傘も差さず、黒のワンピースが濡れるのも構わず、今にも泣き出しそうな表情で歩き続ける。
「会いたいよ。どうして……」
 麓の公民館は、煌々と電気が点いている。今夜、その灯が消える事はないだろう。
 線香や蝋燭を絶やさず、親族が一晩中起きて遺体を守る――山間の田舎故に、通夜の儀式も古来の通り。父も母も、棺から離れる事はあるまい。
 ガサリ。
 公民館を見下ろす高台は『憩いの展望台』とも呼ばれていた。日中の晴天ならば村を一望出来るが、雨夜の今は、唯1つの電灯がボンヤリと灯り、東屋風の休憩所に深い影を落とす。
 だが、休憩所で雨宿りもせず秋雨にそぼ濡れ、彼女はいた。
 腰を過ぎる豊かな銀髪に、雨粒が幾つも煌く。白皙の肌、華奢に反して健やかに育った胸元やすんなりと伸びた脚を、フリル愛らしいノースリーブとミニスカートという装いが際立たせる。
 美しい少女だ。その見た目は。だが、涼やかな碧眼に感情は無く、華奢に緑の太蔓が禍々しく絡み、細腕を紅蔦が彩る。
 時に両腕の紅蔦が、ザワリと波打つ不気味。何より、雨夜の高台に軽装の少女という不自然さ――しかし、喪服の少女はホッとしたような泣き笑いの表情で、駆け寄る。
「やっぱり、みゆをよんだの、おねえちゃんだったんだね!!」
 徐に、碧眼を眇める銀髪の少女。今にも彼女に抱きつかんと伸ばされる両手を、両腕を――紅蔦がしゅるりと巻き付き捕える。
「あ……は……」
 忽ち出来上ったのは、紅蔦の揺籠。幾重にも紅蔦に囚われ、嬰児のように小柄を丸める少女を、無表情が見下ろす。
「ワタクシはあなたの『おねえちゃん』ではないけれど、『仲間』にはなれるわ」
 抑揚をつけ、謳うように囁き、紅蔦絡む手が少女の頬を優しく撫でる。
「ワタクシは、グラビティ・チェインが。『仲間』が欲しい。あなたか叶えてくれれば、ずっと『一緒』」
「……わかった。つれてくる。たくさん、たくさん」
 対照的に棒読みの応えと共に、蔦籠はゆっくりと動き出す。
 秋雨は止む様子もなく、しとしと、しとしとと、降り続いている。

「岡山県の山村に、攻性植物が現れるようだ」
 端的に予知を口にして、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は徐にケルベロス達を見回した。
「攻性植物は、グラビティ・チェインを求めて山から降りてきて、村を襲撃しようとしている。皆には、攻性植物が人々襲う前に、撃退してほしい」
 折りしも、その村の山麓の公民館では、法要があるという。故人はかつての村長で参列者も少なからず。攻性植物は、人が集まる機会を狙ったようだ。
「襲撃しようとしている攻性植物は『移動する紅蔦の揺籠、或いは乳母車』のような形状だ。その中に少女が1人眠っている」
 眠っている、というより、正しくは囚われている。だが、何者かの配下となっているようで、説得での救出は不可能なようだ。
「囚われの少女は……数日前に行方不明となった女児と特徴が一致している」
 不慮の事故で亡くなった姉の通夜の際、両親が目を離した隙に行方知れずとなってしまったという。
「相次いで子供を喪うなど、ご両親の心痛は察して余りある。だが、運悪く、1人でいた所を攻性植物に捕らえられたというには……些か、気になるな」
 考え込む素振りの王子の手には、報告書と思しき冊子がある。どうやら最近、似たようなケースを、別のヘリオライダーが掴んでいたようだ。
「……まあ、まずは、攻性植物の撃退が先だろう」
 この攻性植物は単体で行動し、配下はいない。
「攻性植物は公民館の裏山に潜んでいる。公民館の法要が終わるのを待ち、人々が外に出てくる所を襲うようだ」
 これまでならば、人目も時間も構わず、闇雲に暴れていただろうが、今回の攻性植物は、身を隠して『効率』を図るくらいの知恵が回る様子。
「それでも、見た目はかなり異質だからな。ケルベロスも山に入って捜索すれば、襲撃前の発見も可能だろう。『憩いの展望台』と呼ばれる辺りなら、戦うのに支障ないスペースがある。山中で発見即戦闘、でも構わないが、展望台まで誘き寄せれば戦い易くなる。その辺りの判断は、皆に任せよう」
 攻性植物は、揺籠を形作る紅蔦で攻撃する。
「具体的には……紅色の葉に光を集めて破壊光線を放ったり、紅蔦の葉擦れの音が眠りに誘ったりする」
 或いは、敵に取り付いて血を啜る事もあるようだ。
「技の威力はそれぞれ高い。油断して、押し負けないように」
 今回、攻性植物に寄生されてしまった少女は、救う事が出来ない。王子の兜の下の口がへの字になっているのは、犠牲を防ぎきれないからだろう。
「残念だが、この事件の黒幕の発見は不可能だ。警戒活動を続ければ、敵の足取りを掴めるかもしれんが……最優先は、攻性植物の襲撃の阻止だ。ケルベロス達よ、頼りにしている」


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)
ハインツ・エクハルト(金色闘気の鐡竜・e12606)
ティスキィ・イェル(魔女っ子印の劇薬・e17392)
クーネ・ルプレイ(食う寝る遊ぶ・e19776)
響命・司(霞蒼火・e23363)
伊織・遥(地球人の刀剣士・e29729)

■リプレイ

●早朝、山麓にて
 数日振りの晴天、早朝から麓の公民館は法要の準備で慌しい。
 準備の光景を、遠目に眺めるティスキィ・イェル(魔女っ子印の劇薬・e17392)。敢えて微笑んだ。
「よしっ、みんなを守るためにも、頑張ろうね」
「せめて、これ以上被害が広がらないようにしないとな……」
 いつもは快活なハインツ・エクハルト(金色闘気の鐡竜・e12606)だが、声音に陰がある。敏感に聞き取ったのか、オルトロスのチビ助が心配そうだ。
(「何か一斉に動き出したわね、攻性植物」)
 橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)の表情も浮かない。
「寄生された女の子……助ける事が出来ないってのは残念ね」
「……そう。救えないのね」
 それはそれで、仕方がない、のだろうね――茂る木立の更に上、秋空を仰ぐ空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)の呟きは淡々としていたが、芍薬は憤懣やる方なし。
「あー! こんな胸くそ悪いマネした奴は、きっちり締め上げてやるわ!」
「……何であれ、敵は切り伏せるだけですよ」
 張り付けた笑顔は消えないまでも、自らに言い聞かせるように零す伊織・遥(地球人の刀剣士・e29729)。
(「子供を救えねぇとか、本気で勘弁してくれ……」)
 元より面倒見のいい響命・司(霞蒼火・e23363)も、やるせなく溜息を吐く。
(「クーネ、大丈夫かな」)
 純朴な友人が気になり、ハインツが首を巡らせば。
「お願いしたい事があるんだ……」
 クーネ・ルプレイ(食う寝る遊ぶ・e19776)は、肩のメジロに話し掛けていた。
「索敵を手伝って……あ」
 口ぶりで察したか。何処か怯えた風情で飛び立つメジロ。防具特徴『動物の友』は、動物と仲良くなれる以上の効果はない。動物と直截言葉が通じたり、依頼を聞いて貰える訳ではないのだ。
 それでも、メジロの様子からして、この山中の何処かに敵が潜むのは確かだろう。
「皆、頑張ろう! 被害者を助けられないのは悔しいけど、これ以上の被害は食い止めないと!」
 思い切りよく仲間に振り返り、クーネは元気よく声を張る。自分のなすべき事を懸命に――その想いは皆同じ。
 公民館と展望台の位置を確認し、捜索ルートや互いの連絡先を、手早く打ち合わせるケルベロス達。
「光るものや目立つのは布で隠すぞ。隠密が基本だ」
 迷彩の装束に身を包むケルベロスも少なからず。司の言葉に否は無く、御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)は暗緑色の布を配って回る。
「……急ぐか」
 ここ数日の雨でぬかるむ山道を前にしても、白陽は自然体だ。
(「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」)
 胸の内で苛烈を言い放ち、藍の眼差しを鋭く眇めた。

●山中模索
 最初、ケルベロス達は二手に分かれて捜索に当たった。
 A班は、隠された森の小路を使える白陽が先導。物音を立てぬよう慎重な足取りの為、移動速度は自然と遅くなる。ハインツは時に翼飛行で樹上に飛び、チビ助は低い視線から警戒。クーネは特製ワイヤレスヘッドセット付通信機を、遥は骨伝導喉咽インカムでB班と連絡を取り合っている。殿をちょこちょこついて行く芍薬のテレビウム、九十九の様子が懸命で可愛らしい。
「了解……A班、少し遅れ気味だけど異常なしね」
「この辺り、も……静か、なもの」
 芍薬自身はB班。淡々と首を巡らせる無月と共に隠された森の小路を使って先導し、アイズフォンで連絡役も担う。ティスキィはスーパーGPSを以て位置の把握。司は望遠鏡を活用して索敵に勤しむ。
 それぞれ山の半分を担当して、徐々に登りながら捜索した。憩いの展望台は、丁度山の中腹。時間を決め、小休止も兼ねて落ち合う事に。
「どうだ?」
 A班は、B班から遅れて約10分。ウイングキャットのゆずにゃんを肩に乗せて首尾を問う司に、白陽は無言で頭を振る。微かに眉を顰めていた。
 白陽としては、展望台は山頂近くというイメージだったが、実際は、公民館(山麓)~展望台(中腹の高台)~山頂という地形。捜索範囲は予想以上に広い。現在位置を把握するには、予め準備した地図の区分けが大まかが過ぎるとすぐ実感した。
 加えて、A班は現在位置の把握に持参した機器のGPS機能を利用するが、通常のGPSは送受信を要する。かつ、通信時間は山中の電波状態に左右されるのだ。
「どうしますか?」
 展望台の入り口にキープアウトテープを使う遥が問えば、暫時の沈黙。
「山中の移動速度、考えてなかったね」
「すぐ合流出来る程度の距離を保つなら、全員でローラー作戦の方が手っ取り早いかも」
 クーネに応じて、ティスキィも考え込む表情。
 問題は、今回の捜索が『山』である事。初めて足を踏み入れるなら尚の事、高低差激しい山中の最短距離を割り出すのは、地図からだけでは不可能だ。隠された森の小路が影響を及ぼすのは『植物』であり、土砂が剥き出して急斜面に効果は無い。
「そういえば……先に見付けた班が、ここまで誘導する手筈だったわね」
「そう……身を隠すのは、先手を取られない、為」
 芍薬の言葉に頷く無月。ポジションを考慮した上で班分けはされていたが、本来8人(+サーヴァント)で対峙すべき敵に戦力半減で当たれば、各個撃破の可能性は無いか? 喩え隠密行動の成果で先制攻撃が叶ったとして、合流に手間取れば、それだけ被害は大きくなる。
 尚、ハインツが纏う『隠密気流』の影響は、使用者自身と精々使用者のサーヴァントまで。仲間全員に効果を及ぼせる程の威力は無い。防具特徴に頼り切って無茶をすれば、足元をすくわれていたかもしれない。
 半ばまで山狩りをして、講じた計画の危うさを実感する。展望台までに敵に遭遇しなかったのは、幸運であったとも。
 既に時間は午前10時を過ぎている。法要が終わるのが昼頃ならば、攻性植物もそろそろ動き出すだろう。
「仕切り直し、かな?」
 改めて、地図に罫線を引き直すティスキィ。地図のエリアを細分化して、スーパーGPSによる現在位置の把握の精度を上げる。
「A班は、地図を見たら現在位置が即判る、って訳じゃないからなぁ」
 リストバンド型スマホポーチを眺め、溜息を吐くハインツ。
 後半も二手に分かれるか、悩ましい所だったが……敵と遭遇してから、GPSの送受信を待てる余裕はあるだろうか。時に、ほんの数秒が生死を分ける事もあろう。
「山頂を目指すなら、探す面積も狭まってきますし」
 『目』が多ければ、それだけ捜索スピードも上がるだろう。遥の言葉に頷き、後半は一団となって捜索を再開する。逸る気持ちを抑え、紅蔦の彩りを求めて登り始めた、

●紅蔦の揺籠
 ――その紅は、山中の緑に在って、禍々しく艶やかだった。
 蠢く度にキシキシと軋む音は、蔦が絡み合っている所為か。不気味な揺籠、或いは乳母車の中に黒い人影を望遠鏡越しに認め、司は眼光鋭く頷く。
「間違いない。あれだ」
 肉眼ではまだはっきり捉えるには至らない。自然と体勢を低くし、息を顰めるケルベロス達。
 斜面を滑るように駆け下りる事になろうが、幸い、展望台までほぼ一直線。一気呵成の先制攻撃で、敵を誘き寄せるのも難しく無さそうだ。
 一方で、木々生い茂る山中は射線も通り難く、動き辛い。初手から接近するのは危険だろう。
 攻性植物は、ゆっくりと近付いているようだ。恐らく、麓の公民館を目指している。1人の少女を苗床にして。
(「取り込まれた少女を、助けてあげられないのは悔しい……だから」)
「助けられる人は、助けてみせる!」
 接近を避け、ティスキィの掌に竜焔が灯る。迸るドラゴニックミラージュは、木々の間をすり抜け、紅の揺籠に突き刺さる。
 ――――!!
 耳をつんざく攻性植物の咆哮こそが、戦闘開始の合図。芍薬の目にも止まらぬ速撃ち、白陽のグラインドファイアが駆け抜ける。
「……大地よ」
 無月が地の霊力を帯びた槍を大地に突き刺すや、攻性植物の周囲の地面が砕かれるように陥没する。
 ――――!!
 だが、見た目に違い疾駆する攻性植物は、連撃を尽くかわす。山中の戦闘は、やはりケルベロスの分が悪い。
「……」
 白陽が忌々しげに唇を歪める間に、敵の蔦葉が赤光を帯びる。その狙いは、最初に命中させてきたティスキィ。
 キャンッ!!
 咥えた白刃を振り抜いた勢いを借り、辛うじて、チビ助が割り込んだ。盾となった小犬の毛皮に炎が爆ぜる。
「チビ助!」
 急ぎサークリットチェインを描くハインツ。司もヒールドローンを飛ばす。司に促され、ゆずにゃんも清浄の翼を羽ばたかせた。しかし、2人の表情は芳しく無い。
 前衛に立つケルベロスは4人。更に、サーヴァント2体が加わっている。多勢による減衰はエンチャントも例外で無い。列ヒールを使うならば、編成も考慮すべきだっただろう。
「対策はしっかりしないとね!」
 故に、クーネの紙兵は後衛の4人へ。チビ助のヒールには九十九が応援動画を流す。
「遥?」
 怒涛の攻防が交錯する中、芍薬は肩を並べる遥の異変に怪訝の色を浮かべる。
「……大丈夫、です」
 ハッと息を吐き、天空より無数の刀剣を召喚する遥。気合一閃、攻性植物に向かって解き放つ。
 単体の敵に列攻撃は、威力の面でもエフェクト発動においても相当に勿体無い。だが、遥に戦術を慮る余裕はなかった。
(「……っ、……っ」)
 攻性植物に寄生された少女と、かつての自身が重なって見える。操られた自分は、果たして人を殺めたのか……過去を抉られるような感覚に心中は荒れ狂うよう。
「……大丈夫、ですから」
 だからこそ、今は敵の撃破に集中する。真実の深淵を覗く意気には遠く、紅から目を背けるように身を翻すや、遥は展望台を目指して斜面を滑り降りた。

 ザザザッ!
 土煙蹴立てる勢いで、展望台に雪崩れ込む。
 振り向き様に身構えた遥は、地を蹴った勢いのまま超加速突撃を敢行した。
「……」
 短めに仕立てた斬霊刀二刀を後ろ手から抜き払い、白陽は一足飛びに間合いを詰める。それは、確かに達人の一撃。悪夢の如き定形窺わせぬ斬撃は、圧倒的な機動力を誇る。
「……くそったれ」
 ギリッと唇を噛み、身構える司のエアシューズが唸りを上げる。
「……テメェは敵だ。全力で、倒す」
 揺籠に眠る少女が否応もなく目に入るが、炎纏う蹴打に躊躇いは無い。
 だが、グラインドファイアの軌道を紅蔦の奔流が逸らす。蹴打の威を相殺し、一転、緩やかに蠢く紅蔦の葉擦れの音が眠りに誘うのは、後衛の面々。
「揺り籠に囚われている、のね……それならきっと、本意ではないはず、なのに」
 遥を庇った無月は稲妻を帯びた超高速の突きを繰り出すが、紙一重でかわされた。
 幼子に寄生していても、敵は格上のデウスエクス。戦い易い場所まで誘導しても、そう簡単には当たらない。
「く……」
 既に芍薬がスターサンクチュアリを描いていたが、酩酊にも似た眩暈を覚えて頭を振るティスキィ。周囲に浮かぶ紙兵が形代となって次々と燃え尽きる。その数からして、敵のポジションは知れよう。
「ジャマーのバッドステータスには、やっぱりジャマーのエンチャントだよねっ」
 会心の笑みを浮かべ、クーネは螺旋の軌跡を描く手裏剣を放つ。同時にティスキィのスターゲイザーが、揺籠を強襲する。
「躊躇いはしないぜっ……!」
 ハインツの脳裏に浮かぶ蜘蛛脚具えるダモクレスは既に無い。だが、再び罪無き人を犠牲にせざるを得ない事態に心が痛む。それでも、攻撃だけは止めてはいけない気がして。スターゲイザーが奔る。
 まずは全ての攻撃を当たるようにするべく、足止めのグラビティを畳み掛ける。攻性植物も紅蔦で反撃するが、その度に、メディックの芍薬&九十九コンビが奮闘した。
「大丈夫!? すぐに治しちゃうからね!」
 文字通り身体を張って庇うディフェンダーには、クーネから螺旋の癒しが飛ぶ。
「悪い。お前を救う方法が……思いつかん」
 ゆずにゃんのキャットリングに続き、蒼炎と烈風が爆ぜ、蒼き鳳凰が飛翔する。
「これは送り火だ。どうか安らかに眠れ」
 粘り強く戦い続けた末、漸く、司の鳳凰爆蒼火が敵影を捕えるに至る。
 デウスエクスに引導を渡すべく、少女に安息の眠りを齎すべく、攻撃が次々と殺到する。
「赤い花はお好きですか?」
 遥のマインドソードが切り払う紅は、ハラハラと舞う花びらに似て。
「……いえ、深い意味はないですが」
 ガツゥッ!
 「鋼の鬼」と化したハインツの拳が、紅蔦の塊を痛打する。すかさず、チビ助のソードスラッシュが閃き、無月の空の霊力帯びた刃が、その軌跡を正確になぞった。
 いっそ身軽に間合いを詰めたクーネは、螺旋掌で敵を内部から破壊する。
「冥土の土産よ……ごめん、せめて苦しまずに逝って!」
 芍薬の拳が赤く輝く。九十九の凶器攻撃に合わせ、熱エネルギーを叩き込む。
(「死は尊くあるべきもの……怖いか?」)
 身を捩らせる紅蔦を、冷ややかに見下ろす白陽。
 ――――!!
 白陽の刃が閃き、轟く雄叫び。痛ましげに瞑目したティスキィより、清らかな祈りを込めた緑の風が捲き起こる。
「風は赦しに、花は祈りに……ごめん、ごめんね」
 シトラスの香りが漂う。風に乗って散り舞う花びらを浴び、揺り籠の少女がハッと瞠目した瞬間。
 紅蔦の揺籠は、ミシミシと音を立てて瓦解した。

●どうか安らかに
 ドサリ。
 紅蔦の揺籠が霧散する。荒っぽく投げ出されながら、喪服の少女は身動ぎしなかった。
 再び瞑目し、眠っているような少女の首筋に触れ、白陽は静かに頭を振る。
(「出来るだけ苦しまないように……私にはそれしか、出来なかった……」)
 最初から助けられぬと判っていても。ティスキィは沈痛な面持ちで唇を噛む。
「……あの世で姉ちゃんと仲良くな」
 投げ出された拍子に付いた頬の泥を拭い、合掌する司。
「何処か、人目のつかない所に墓を作るか?」
「いいえ、連れて行きましょ」
 両親の嘆きは想像も易く、芍薬の表情にも翳が差す。心配そうな九十九を撫でる手も力ない。
「警察に事情を話して、連絡して貰わないと……ね」
「……っ。先に行きます」
 堪え切れず、踵を返す遥。村を一望するパノラマが目に飛び込んできたが、見回す余裕もなく山を下り始める。
「……おやすみ」
 小さく手向けを呟き、ハインツは亡骸を抱き上げる。その軽さがやるせない。チビ助がクゥンと悲しげに鼻を鳴らした。
「クーネ、大丈夫か?」
「……あ、うん。平気だよっ」
 明るい声音は、何処まで本意かは知れないけれど。ニコッとハインツに頷き返したクーネは、一転、真剣な表情で首を巡らせる。黒幕に繋がる手がかりを探す事が、少女の弔いとも思うから。
 静かに憩いの展望台から撤収するケルベロス達。
「仕方ない、って言ったけど」
 最後にポツリと呟き、空を仰ぐ無月。
「救えない命がある、のは、やっぱり、悔しい、かな……」
 紅の瞳に映る秋空は、哀しいまでに青かった。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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