●忠義の先が
釧路湿原に現れた深海魚を思わせる五匹の死神とテイネコロカムイという名の死神は、一人の女ドラグナーを連れていた。
「そろそろ頃合ね、あなたに働いてもらうわ。市街地に向かい、暴れてきなさい」
テイネコロカムイに命じられたドラグナーは輝きのない目で、ぼうっと命令者を見つめ、
「はい……承知いたしました……。全ては我が主のために……」
と答える。怜悧な美貌は、虚ろな表情とあいまってまるで人形のようだった。
かつては名のある竜に仕え、それを誇りにしてきたであろう彼女だが、今は死神に使役される身の上である……それすらも自覚できぬまま、ドラグナーはふらふらと深海魚型死神を伴につけ、市街地へと歩いていった。
●ありおりはべり
香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)が、釧路湿原でまた死神が第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする事件を予知した。
「お決まりのように市街地を襲おうとしとる。釧路湿原を出る前に倒してしまおか。一般人がおらん湿地のほうが、何かと捗るやろ」
サルベージされたデウスエクスは、首から下が混沌化している。どうやら生前はドラグナーだったようだ。
サルベージされたドラグナーは、魔導書の鹵獲術士のような技を使ってくるという。
「生前は、主であるドラゴンにそれはもう忠義を尽くしとったようやな。いまも、その忠義心はあるものの、その忠義の先が死神になってしまっとる。本人に自覚はないけどな。……っていうか、もう意識薄弱というか、人の話を聞ける状態ではないわ。説得してどうこうはでけへん」
また、彼女のまわりには五匹の魚のような死神が回遊している。噛み付きと、怨霊を吐く攻撃が特徴だ。
「このドラグナーも哀れなもんやで。ドラゴンに忠義尽くして死んだのに、復活させられるわ、主を書き換えられて駒として利用されるわ……。もし僕やったら悔しくて死にたいわ」
アーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)は静かに低めた声で言う。
「何がどうあれ、デウスエクスはデウスエクスだ。グラビティ・チェインを奪うために、人を襲うなら……俺はこの左目に誓った通り、すべて倒す」
参加者 | |
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ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136) |
サルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206) |
アジャリ・ブラックウィドウ(黒鋼のたてがみ・e03013) |
帰月・蓮(水花の焔・e04564) |
エイト・エンデ(驪鱗の杪・e10075) |
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096) |
ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297) |
皆川・隠岐乃(熾火の銃闘士・e31744) |
●我が主のために
ドラグナーは、硝子を思わせる瞳にただ虚ろに、相対するケルベロスを映していた。
呆っと空虚なドラグナーの女は夢うつつのような声音で詠唱を始める。
「我が主のために、ケルベロスを、ころす……」
ほっそりとした腕を敵に差し伸べ、氷河期の精霊の息吹を前衛めがけ吹き付ける。
殺到する吹雪から攻め手を守らんと二倍受け、帰月・蓮(水花の焔・e04564)とエイト・エンデ(驪鱗の杪・e10075)は眉をひそめた。
切り裂くような冷気がかなりの痛みを二人にもたらしていた。魔術師たるドラグナーの彼女の実力はかなりのものだ。
「だが、誇りも意思も失った『力』……空しいな」
蓮は呟く。身を切る寒気、しかし空虚。
「無残なものだ……同情するよ」
エイトも頷く。
二人に更に死神が食いついてくる。
山田・ビートの降らせた薬液の雨が氷を溶かしていく。
さあ反撃だと構えかけたヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)は、傍らに寄ってきた見知った人物を見て、苦笑した。
「……これはお嬢様。ご機嫌麗しく何よりでございます」
ヒルメルが仕えるハザック家の令嬢、リヴカーは何やら楽しげで、うっすらと口元に笑みを浮かべている。
「ふふ、何やら厄介な相手を敵にしているようだな、ビョルク。お前が感謝などするとは思ってもいないが、今日、私は機嫌がいい。手を貸してやろう」
令嬢はつれてきたオウガメタルを眩しく光らせる。
「それはそれは。それではご助力も頂いたのですから、無粋な客人にはご退場願いましょう。……貴方には最早、無慈悲なその主からの加護も報いも、何一つ残ってはいないのですから」
ヒルメルもドラグナーと同じ術を繰る。
氷河期の冷気が前衛の死神たちに襲いかかった。
「生前の彼女にとっては望ましくない状況だろうからね。早いこと片付けてしまおう」
エイトは手を天に向けた。
パパッと空が明滅する。バチッという軽い破裂音のあと、後衛の死神らに轟音とともに、天罰然とした雷が落ちる。
「綺麗な場所だ、あんまり荒らしたくはないけど……」
周囲を見回し、ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)は耳を寝かせる。
だがすぐに切り替え、ウーッと唸るなり、死神めがけて大きな足を叩きつけた。
犬のウェアライダーであるガルフは、過去、幾人もの主を得たが、なにより最初の主のことをガルフは敬愛していた。忠義を誓った彼のために死ねていたら、と思うことも何度もある。
だから、主のために死ねたドラグナーのことは、少しだけ羨ましいと思った。そして、彼女の安らかな眠りを乱した死神には怒りを覚えている。
ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)はあえて明るく振る舞う。
「はいはぁい! ラブ振りまいちゃうっ!」
彼の右腕をもよもよと覆うオウガメタルが光り輝いて、銀の加護を前衛に与えた。
ゾディアックソードで一体目の死神を切り捨て、余裕の笑みを浮かべつつサルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)は物言わぬ死神に言う。
「死人とは言えシニョリーナをこういう風に扱うのはどうかと思うぜ。……ま、仕事だ。何だろうと片づけるさ」
ドラグナーめがけて軽く跳び、皆川・隠岐乃(熾火の銃闘士・e31744)は、
「お急ぎのとこ悪いけど、ちょっとそこで待っててくれない?」
と言いながら彼女を蹴り飛ばす。
蓮が散らす魔法の木の葉を受け、アジャリ・ブラックウィドウ(黒鋼のたてがみ・e03013)は中衛めがけて高らかに吠えた。
彼のビハインドの女騎士は、礫を念力でドラグナーへとぶつけようとするも、さすがキャスターといったところか、ドラグナーは首をひねるだけで軽く避けた。
アーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)の地獄の炎が死神を燃し、灰に変えた。
●所詮は脆き魚
ドラグナーは再び詠唱する。回復してやらないところを見ると、この深海魚型の死神は、あくまで彼女の供回りであって、主ではないようだ。主に上書きされたのはテイネコロカムイと呼ばれるあの死神だろうか。
裂ける次元、溢れ出す水晶剣の群れが前衛に殺到し、重ねられたオウガ粒子を削り落としていく。
「小賢しい細工など潰してやろう……主に認められた私を舐めるな」
ちゃんと彼女は思考して戦闘している。
「あーんもう、お姉さんがせっかくつけたのにっ! なんていうか、申し訳程度の意思があるの、ほんと陰湿ね」
ラトウィッジは眉をひそめた。が、すうっと醒めたような表情になって、暗く呟く。
「……けど、アナタ、憐れみなんか必要ないでしょ? 求めてもいないものを与えても、ね」
死神の殺到を蓮とエイトは庇うが、殺到を庇いきれず、あぶれた一匹がガルフに食いつく。
「傷は隠すもの。さもなくば狙われます……このように」
ヒルメルがカードから呼び出した『ランページ・マシーン』が三匹の死神に突撃していく。
エイトが蓮に応急処置を施す。ウィッチの手術がギザギザした歯型を縫い合わせた。
「忝い!」
蓮が短く礼を述べる。
「はいはい、メディックがお役目引き継ぐわよっ」
ラトウィッジは目に止まらぬ妙技で、ガルフの傷口を手術で縫合してやる。
傷がある程度癒えたガルフは、ガァアアア!! と号砲のごとく大声で吠え立てた。
パンと軽い音とともに死神が破裂する。
「Addio.」
嘆きの川を喚び、サルヴァトーレは死神を黒い濁流に飲み込ませた。極寒のコキュートスは、死神を故郷へと突き落とす。
「そらっ」
隠岐乃が軽い掛け声とともに、ドラゴニックハンマーから竜が轟くかのような一撃が放たれる。砲撃は湿原を深く抉るも、ドラグナーには当たらない。
「魚……雑魚という言葉があるが……油断はせぬ」
最後の死神が蓮のグレイブで突き崩される。
「黒獅子の爪、受けてみよ!」
アジャリが振り抜いた獅子の腕をドラグナーはすいと身を反らして避けた。
ビハインドの念力も、アーヴィンの石化魔法も、ドラグナーには届かなかった。
「ぬるぬる避けやがって」
悔しげにアーヴィンは唸った。
「単騎にさせて、勝ったつもりなら甘いわ。私の忠義を見せてやろう」
再びドラグナーは氷河期の精霊を召喚する。吹きすさぶ豪雪が後衛を押し包む。
●苛烈なり忠義
凍りつきしびれる足をごまかし、隠岐乃はドラグナーに飛びかかる。撥条のように放った蹴りが届かない。
蓮は庇うたびに消耗していく自分を鼓舞するようにバトルオーラを沸き立たせる。
アジャリがなんとか轟竜砲をドラグナーに掠らせた。
「ラブが追いつかないわね……。ま、泣き言いってる暇があったらやることやれってねっ」
ラトウィッジが放つオウガメタルの光。足止めが届かないなら、こちら側で命中率を押し上げてやるしかない。
「心配するな、ザクサー殿。自分のことは自分で始末をつけるさ」
自らに手術を施しながら、エイトは笑んでみせる。
「苦しまずに、なんてのは無理な話だが……此処で止めてやるのがせめてもの、ってもんさ」
余裕の笑みは崩さず、しかし瞳は本気のサルヴァトーレが放つ達人の一撃がドラグナーを打つ。
アーヴィンの鉄塊剣が唸るも、ドラグナーは軽く手で止めてみせた。
「長丁場になりそうですね」
ヒルメルのケルベロスチェインが守護魔法陣を描く。
「グオオッ」
咆哮とともに放った音速の殴打が、なんとかドラグナーの端を捉えることに成功したガルフ。彼女のあり方に思うところがあるゆえに、なんとか倒したいと彼は願う。
ドラグナーの詠唱は、やはり虚ろだ。
「焼き捨ててやろう、白鼠」
剛龍の幻影が彼女の掌から溢れ出し、隠岐乃を焼いていく。
白い毛皮が焦げていき、皮膚の奥まで熱が染みていく苦しみに悶える隠岐乃を、ドラグナーは虚ろな顔にうっすら笑みを浮かべて眺めている。
「燃えろ燃えろ、燃えて落ちろ……主に仇なすものは皆、この私が焼き尽くしてやらん」
「その主が見当違いだってのによ……!」
アーヴィンはもどかしくドラグナーを睨んだ。
エイトの薬液の雨が隠岐乃を包む炎を消火するも、何度もドラグナーの呪術に侵された隠岐乃の体はボロボロだった。
ラトウィッジが懸命にヒールをかける。
「こりゃ、本気で生殺与奪ね」
「苦痛はありません、ご安心を。ただ、その身を差し出していただくこととはなりますが」
ヒルメルの放った影がドラグナーの足元に絡みつく。
「……いつまでも避けられると、話が終わりませんゆえ」
ヒルメルは冷ややかに言ってのけた。
優雅な身のこなしでサルヴァトーレは、重力をたっぷり乗せたゾディアックソードでドラグナーに十文字を斬りつける。
「悪いな、シニョリーナ。そろそろ『おやすみ』の時間だそうだ。その御霊に救いがあらん事を」
蓮がつけたステルスリーフを受け、隠岐乃は一矢報いんと手にした閃光手榴弾を空にばらまいた。
「その目でよーく見ときなよ」
そして、おもむろに全て銃撃する。
空中で爆音と閃光が炸裂する。
「爪と牙だけが私の武器でないことを思い知るがいい」
そう言って、アジャリはドラゴニックハンマーから今度こそと轟竜砲を撃つ。
竜砲弾はドラグナーの真芯を捉えた。
ビハインドの女騎士の念力が、ドラグナーを縛る。
閃光と念力で真っ白になった世界で、ドラグナーは固まった。
「今です、畳み掛けましょう」
ヒルメルが言い、吹雪を湿原にもたらす。
「そうね、チャンスだわ。次こそきちんとおねんねさせてあげなきゃ」
ラトウィッジがダメ押しのメタリックなラブを撒く。
●久遠の時を眠れ
エイトのオウガメタルが鬼となってドラグナーを殴り飛ばす。
飛んだ先へと回り込み、サルヴァトーレは戦闘狂と呼べる殺気を伴い、達人級の一撃を見舞った。
「せめて安らかな死を」
(「彼女の死には、きっと意味があったはず」)
ガルフが地を蹴る。獣じみた渾身の咆哮とともに振り下ろすルーンアックスが、ドラグナーの脳天を割ろうとする。
衝撃にふらついた彼女だが、なんとか致命傷を避けることに成功し、震える体をなんとか立て直した。
「だめだ……こんなところで倒れては……我が主に申し訳が……」
ガルフは死してなお貫かれる忠義に悲しそうに緑の瞳を伏せる。彼女の忠義が痛々しい。
ライトニングロッドからほとばしる電撃を、隠岐乃がドラグナーへと指向する。絡みつく電撃にドラグナーは悲鳴を上げた。
「同じく武人として……悪夢の如き黄泉返り、断ち切ってやる」
蓮はゾディアックソードを振り上げた。
「再び眠るが良い……忠義者であった、お主のままで」
一閃。
たまらず崩れ落ちるドラグナー。もう立つことはできない。
「…………主……」
何かを求めるようにほっそりとした腕が上がり、そして、ぱたりと落ちた。
「魂を弄び武人を愚弄する。……到底、許せるものではないな……」
ドラグナーの死体を見下ろし、蓮は怒りを秘めた呟きを漏らした。
「デウスエクスに利用されるデウスエクス。これが彼らの日常なのかね」
アジャリはため息を吐いた。
他の面々も、死神のやり口にはそれぞれ思うところがあり、ドラグナーには同情の念があるらしく湿っぽい空気になる。
エイトは切り替えるように、パンと手を鳴らした。
「さて、湿原にヒールをかけて帰るとしよう。こう良い景色だ、跡を濁すのは無粋だ」
静けさを取り戻した湿原に、逃げていた鳥が戻ってきた。
釧路湿原は再びのどかな風景を取り戻す。
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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