花言葉は信仰

作者:あき缶

●甲山山中にて
 兵庫県西宮市甲山の山頂近く。黒衣に身を包み、悪魔を思わせる角と翼を持った眼鏡の男は、じっと山の裾を見つめていた。
 彼の体には青い時計草の花が絡みつく。
「……さあ、おいでなさい」
 彼は近づいてくる犬の吠え声を聞いていた。
 必死に吠え、懸命にリードを引っ張って主人を山奥へ行かせまいとする柴犬だが、主人たる女は夢遊病のように、しかし尋常ではない怪力で山を登っている。
「そんな僅かな力では、私には叶いませんよ」
 冷ややかに男は柴犬を見下ろし、そして、飼い主の女に手をかざした。
「さあ、あなたにも播種をもって受難を差し上げましょう」
 夢を見ているかのように遠い目をしたまま、女の体中に時計草が生える。
 ワンワン、ワンワン!
 主人の異常に柴犬はますます激しく吠えるが。
 ワンワン! ワンワン!!
「邪魔ですね」
 …………ギャイン。

●高級住宅街の危機
 西宮市の住宅を再び攻性植物が襲う。
「……これ以上の被害は避けたいって言ってた矢先や……。向こうのペースは想像以上に早いな」
 額を押さえ、香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は呻くように言った。
「また甲山から時計草っぽい攻性植物に寄生された人が、グラビティ・チェインを求めてやってくる。その人はもう救えへんけど、被害が広がる前に止めてきてほしい」
 ヘリオライダーが予知で見た攻性植物は、数日前に愛犬ディーノとの散歩中に失踪した山梨莉乃という女性にそっくりなのだそうだ。
「山に入ったところで、攻性植物に寄生された……ということなんやろうけど……」
 いかるの口調はどこか歯切れが悪い。
 攻性植物となってしまったからには、倒さなければ止まるまい。
「敵……っていうのもなんや辛いけど、敵は山梨さん一人。甲山から甲陽園に続く道の途中で接触できるやろう。時間は朝方になる。空も白んできてる時分やさかい、戦闘に影響はないと思う。せやけど、新聞配達の人が通りがかるかもしれんから、出来るなら人払いはしておいてほしいな」
 警察にも連絡はしてあるが、万が一に備えるに越したことはない。
「相手の目的は、デウスエクスの基本……グラビティ・チェインを獲得すること。そして仲間を増やすこと、根城を作ること。まずはグラビティ・チェインを十分得ないとそれ以外のことには着手でけへんやろうから、グラビティ・チェインを渡すわけにはいかんな」
 攻性植物は、巻きひげでの捕縛や鋭い葉での刺突、花の光で治癒という力を持つ。葉には燃えるような痛みを伴う毒があるという。
「ほんまに、これ以上甲山周辺の人を巻き込みたくない……。警戒を怠らんでおきたいな」
 いかるは苦しげに言うのだった。


参加者
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)
村雨・柚月(無量無限の幻符魔術師・e09239)
鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)
佐竹・駒(ケルベロスの人間離れ・e29235)

■リプレイ

●白い世界で君は闇に出会うだろう
 チチチと気の早い雀が何処かでさえずっている。
 まだ太陽は見えないが、彼の光は既に天球に届き、世界は白んでいた。
 もはや闇は駆逐され、新しい日の始まりを知らせている。
 しかし人はまだ眠りの時間、静かに静かに兵庫県西宮市の甲山は緑に光を反射して佇んでいる。
 ケルベロスは、あの山からやってくる災厄を待っている。
 村雨・柚月(無量無限の幻符魔術師・e09239)が道をキープアウトテープで封鎖し、リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)は殺界をいつでも展開できるように身構えている。
「二度目はないって誓ったのに早速っスか。シットファック! また救えないなんてくやしっス……!」
 幼さの残る愛らしい顔を歪め、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は山を睨んだ。
 そこに、澄んだ声一つ。
「きたの」
 頭にウイングキャットを乗せ、カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)はぎゅうっと黒ブタのぬいぐるみを抱きしめる。眼前の闇が――恐ろしい。
 ざわりと白の世界に闇一つ。滲み出るように山裾から現れた『山梨莉乃だった時計草』は幽鬼がごとくのろのろとケルベロスに向かってやってきていた。
 まるで生ける屍に見える生気のない女が、既に手遅れであることは明白で。
「どうにか助けられるならどんなに難しくたって挑むのに……」
 リィンハルトは殺界を作りつつも顔を曇らせた。
 黄金の果実からの朝の光より眩しい金光を後衛にもたらせ、鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)は、死んだ目を時計草に向ける。
「どうしようもねえって解ってるが……」
 どうにかしてやりたかった。
 彼のやりきれない気持ちを代弁するかのように、ミミックが金貨をばらまく。
「後悔は後回しっス。もうこれ以上犠牲を出さない為にここで倒すしかねっス」
 コンスタンツァは気持ちを振り切らんと銃を抜き放ち、引き金を迷いなく引いた。
「そうだね、これ以上を奪わせないために、力を尽くそう。スタンさんのためにもね」
 友人の恋人であるコンスタンツァに助力すべく、白い手袋をはめたロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)は滑るように駆け、地面を蹴って電柱より高く上空に舞い上がると、ルーンアックスを振りかぶって山梨莉乃めがけて刃を落とした。
 彼のボクスドラゴンは火の属性で前衛を守る。
 時計草は不気味に花を増やし、宿主の体を修復する。ミリミリと人間部分がヒールによって植物に置き換わっていく。
 長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)が己の攻性植物を伸ばし、時計草を絡め取る。
 カリーナは恐怖と悲しみを押さえ込み、息を一つ吸い込む。
「ほんとはこれ以上いたくしたくないけど……それ以上にくるしんでほしくないの。だからカリーナ、全力で戦って、とめる」
 覚悟を固めたカリーナは、佐竹・駒(ケルベロスの人間離れ・e29235)に向けてルーンの加護を付与する。彼女の頭上にいたウイングキャットのかまぼこは空に舞い上がる。
「たよりにしてるの、かまぼこ」
 カリーナの声掛けに、かまぼこは清浄なる翼の羽ばたきで応えた。
「全ての時を凍てつかせる弾丸よ!」
 駒が叫び、時空ごと敵を氷漬けにするべく弾丸を放つ。バチッと破壊音と共に時計草の花弁が散る。
「いろいろ思うところはあるが、結局は敵だ」
 柚月の超能力が、山梨莉乃の眼前で爆ぜる。
「きっとわんこさんもこんなご主人様は見たくないから、だから、全力で……!」
 リィンハルトの追の蹤雨が緩やかに、されど容赦なく山梨莉乃の頭上に降り注いでいく。

●闇は人の形をして人の言葉を話す
 鋭い槍を思わせる葉がコンスタンツァめがけて飛ばされた。
 それをロストークが庇う。ザクザクと血肉引き裂き、オラトリオの胸から背へと葉が貫通する。
「!」
 青ざめたコンスタンツァの顔を見て、
「友人の彼女に怪我をさせて帰すわけにいかないからね。盾を引き受けたんだ、むしろ誇らしいんだ。……だからそんな顔をしないで、スタンさん」
 笑ってみせるロストークだが、顔色が悪い。高熱を引き起こす猛毒が彼の全身を駆け巡って、苛むのだ。
 千影がすかさず気力をロストークに分けて解毒する。
 ミミックがエクトプラズマで鎌を形成して、攻性植物めがけて飛びかかる。
「イダ、イヨ……オ」
「!?」
 山梨莉乃の口から苦痛を訴える声が聞こえて、コンスタンツァは目を見開く。
「落ち着け、植物が喉を無理やり動かして音を出しているだけだ。あれは少女の言葉じゃない」
 千影が冷静に言い切る。なるほど、日本語を解する人間なら、あんなイントネーションでは言わないというような、声だった。
「くっ……惑っちゃダメっス……! この人は、ここで倒すしかねんっス」
 苦しげな表情でコンスタンツァはリボルバー銃にグラビティ・チェインを乗せて、山梨莉乃に殴り掛かるも、躊躇が残っていたか当てることができなかった。
 彼女の苦悩を慮って、ロストークはやりきれない気持ちで心を痛める。
 これ以上言わせまい、ロストークの光を帯びたルーンアックスが時計草を刈る。
 智十瀬のナイフが空を伴って山梨莉乃を引き裂く。
「うう……」
 常軌を逸した様子の敵にカリーナは耳を倒して震えながらも、必死に耐える。人形のように動かぬ表情も、今は恐怖を押さえ込むには具合がいい。
 カリーナは刀を抜いて、月光を思わせる一閃を贈る。
 かまぼこは精一杯羽ばたいてロストークの傷口を塞ぐ。
「これ以上苦しませません。古の竜の幻影よ、全てを焼き払え!」
 駒が手のひらを突き出す。その腕を這うように幻影竜は焔と共に時計草に襲いかかった。
 次の瞬間、柚月が目にも留まらぬ速度で山梨莉乃に殺到する。数メートル先で踏切って地面と水平に跳躍、山梨莉乃に靴底を叩きつけた。
 よろめく攻性植物に、大鎌が迫る。リィンハルトが薙ぎ払うように振ったそれが、つるをごっそりと刈り取る。
 植物はまたメリメリと花を咲かせる。とにかく宿主の命を保つために手段を選ばぬつもりだ。
「迅速に始末しなくては。この植物が生きている間、被害者の方はずっと苦しいのでしょうから……」
 駒は痛ましいものかのように、時計草の回復を見る。
「そっスね……、その通りっス!」
 コンスタンツァの放つ銃弾がつるをちぎり取る。
「ああ、これ以上を奪わせないためにね」
 ロストークは次に備えるべく、自らに祝福の鏃を突き刺す。
 ボクスドラゴン、プラーミァが焔のブレスを吐いた。

●君はその闇を裂いて朝を迎える
「我は『紋』、名は『桔梗』――。主の名の元、紋の力を解き放つべし」
 千影のつがえ、放った無数の矢は花の渦となって青紫の螺旋を描く。花雨の渦中へと時計草は飲み込まれる。桔梗に埋め尽くされ、貫かれ、時計草は千千にむしり取られた。
 愛らしい弁当の形をしたミミックが獰猛に噛み付いていく。
 智十瀬はナイフを一旦鞘に収め、
「こいつは簡単には避けられねぇぜ?」
 と言うなり、抜き放った。白刃の軌跡が白蛇となって山梨莉乃に絡みつくと、カッと開いた口で彼女にかぶりつくと、ぞぶと牙を突き立てた。
 カリーナが攻性植物を蹴り飛ばす。かまぼこのリングが攻性植物に吸い込まれるように飛びこんでいく。
「招来せよ水晶の刃、彼の者の加護を断ち切れ!」
 駒の開いた次元の狭間、水晶の剣がぬるりと次々と湧いては、山梨莉乃へと飛んで、時計草の花を切り裂いては砕けて散っていった。
 全力だ、柚月は闇のカードを切った。
「闇の女王のお出ましだ! レイス・アリディラ!」
 金髪の少女がカードから呼び出され、デスサイズを優雅に薙ぐ。
 どぱぁっと緑の破片と赤い血液が飛び散った。
 畳み掛けるようにリィンハルトは詠唱した。
「何処へも逃さず。逐い注げ、追の蹤雨」
 降り注ぐ雨はデウスエクスの逃げ場を奪う。
「ロス、ここで決めるっスよ!」
「分かった」
 コンスタンツァは、ロストークに声をかけると、猛牛のオーラをまとって身軽に跳び上がった。空中で照星の上に攻性植物を定める。
「прикорм――さあ、僕はここだよ」
 ロストークの言葉に反応し、無数に現れた黒いドローンが攻性植物の視界を奪う。
 必中の瞬間、コンスタンツァは弾丸を撃ち出した。
「GO、ロデオGOっス!」
 熱された鉄のように赤く光り輝く弾丸が、雄牛の幻影を伴って痛烈に山梨莉乃の頭部を砕いた。
 パァンとはじけ飛ぶ人頭。だが、それでも時計草は動こうとする。既に主導権は『人』にはなかったらしい。
「!」
 ぼろぼろの時計草は、ボクスドラゴンのブレスを避け、苦し紛れに巻鬚を伸ばした。
 智十瀬の首を締め上げる巻鬚に、彼の顔がみるみる赤くなっていく。
 智十瀬がナイフで巻鬚を切り、自らを助け出す。
「ったく、あと少しだ。気張んな」
 酸素を求めて喘ぐ智十瀬に、千影がオーラを分けて彼を支える。ミミックのエクトプラズムは、ぬるりと人ならざる動きをする攻性植物に当たらない。
 崩れかけながらもまだ進もうとする人型時計草の前にカリーナは駆け出す。
「とめ、ないと……!」
 カリーナはデウスエクスに寄生された哀れな女性めがけ、刀を必死に振り下ろす。
「莉乃ちゃん、とまって……!!」
 少女の想い乗せた刃は、攻性植物の核をとらえ、そして両断した。
 ばさりと植物そのものの音をたてて、二つに別れて地に落ちた草の山を見下ろし、カリーナは無言で肩で息をする。
 ふわりとかまぼこが定位置であるカリーナの頭の上に戻ってきた。慣れた重みを感じながら、カリーナはぎゅうっと黒ブタのぬいぐるみを抱きしめる。

●いのちふたつのために祈る朝だ
 ケルベロスは甲山を登っている。山梨莉乃がつれていた柴犬ディーノの遺体を探すためだ。
(「犬が見つかるかどうか……」)
 コンスタンツァの願いに、皆が賛同して全員で歩いているも、柚月はあまり期待していなかった。
 山梨莉乃の下山してきたルートはわずかに草木が乱れていたので、たどることができた。
 千影は自分が使っている攻性植物をしげしげ眺め、
「コイツは俺たちを宿主とし、今は武器として俺たちに従順に従っている。だけどよ。いつの間にかコイツらに取り込まれて、気がついたら宿主のほうが従順な僕になる…なんて事あったりしねーよな?」
 とひとりごちた。
「……あれ、でしょうか」
 駒は土の上に転がった毛玉を指差した。
 リィンハルトが走り、そしてケルベロスの方に向き直って頷いた。
「わんこさんだよ」
「ああ、見つかった」
 柚月が意外そうに思わず零す。
「お墓を作ってあげましょう。勝手にここに作っていいのかは、この際置いておいて」
 駒は白いチャイナドレスが土に汚れるのも構わず跪いて穴を掘り出す。
 あっという間にディーノは土の中に埋葬された。
「助けてあげられなくて、ごめんね。でももうご主人様は誰も傷つけないから、ゆっくり眠ってね」
 リィンハルトは土饅頭に手折った花を手向け、目を閉じる。
「莉乃ちゃんがせめて天国でディーノと一緒にわらえますように」
 カリーナはそっと手を合わせた。
「アタシ……何もできなかったのが悔しっス。攻性植物を倒せても肝心の宿主を救えないんじゃ何にもなんねっス」
 うっうっとこみ上げてきた涙に耐えきれず、コンスタンツァは泣き出す。その背をロストークは優しく撫でてやるのだった。
 木々を縫って眩しい光がケルベロスの背を照らす。太陽が顔を出した。そろそろ早朝という時間から朝という時間に移っていくのだ。人々が活動を開始する時だ。
 平和な一日が始まっていく。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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