噂のあの子

作者:深淵どっと


「入り口から3番目の個室……ここだよな」
「午前3時丁度に3回ノックして、名前を呼ぶ……時間もぴったり、行くぞ?」
 深夜、今はもう使われていない古びた旧校舎のトイレに響く、少年たちのひそひそ話。
 噂の出処はどこだっただろうか、今となってはそんな事はどうでもいい。
 旧校舎の職員トイレ、入り口から3番目の個室、午前3時丁度に3回ノックして名前を呼ぶ。それが、この学校に伝わる噂話。
 『トイレの花子さん』を呼ぶための噂話。
「はーなーこーさーん!」
 少し怯えた少年たちの声が重なり合う。
 誰かが息を飲んだ。その、直後――ぎぃぃ、と気障りな音を立て、ひとりでに扉が、開いた。
「わぁぁぁ!?」
「あ! ちょっと、お前ら、待てよ……えっ?」
 驚き、怯えて逃げ惑う少年たち。
 しかし、逃げ遅れた一人の少年は次の瞬間、自分に起こった異常に気付いた。
 胸元を鍵が貫いている。血は出ていない、苦しむ様子も無い。だが、少年はその場に崩れ落ち、気を失ってしまう。
「私のモザイクには関係無いけれど、その『興味』……興味がありますね」
 午前3時、入り口から3番目のトイレから姿を覗かせるのは、トイレの花子さんではなかった。
 それは白い肌の奇妙な女性と、その横で蠢くモザイクの塊だった……。


「いつの時代にもあるものだな、この手の話は。そういうわけだ、ドリームイーターにより『興味』を奪われる事件が発生している」
 今回標的になったのは、とある小学校の子供。
 興味本位で学校の怪談の一つである『トイレの花子さん』を友人たちと調査しにいったところ、不幸にも捕まってしまったようだ。
「ううむ、ドリームイーターも見境がないのう。小さな子どもを狙うとは……」
 フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)より予知の内容を聞いた千代田・梅子(一輪・e20201)は不満げな声を漏らした。
 見た目だけなら、彼女もそう変わらないが……無論、それはドワーフ故。思いこそすれど、フレデリックは飲み込みつつ話を続ける。
「梅子くんの調べが無ければ被害が広がってから発覚していた可能性もある。このタイミングなら、被害は最小限に抑えられるだろう」
 奪われた『興味』は別のドリームイーターに作り変えられ、現在も旧校舎に潜んでいるらしい。
 襲われた少年もこのドリームイーターを撃破すれば目を覚ます筈だ。
「それで、例のドリームイーターはトイレの花子さんの噂への興味を元に作られておるんじゃったな? ……と言う事、は」
「あぁ、察しの通り、恐らくはトイレで待ち構えている。自分の名前を誰かが呼ぶのをじっとな」
 今は人など滅多に来ない旧校舎だが、いつ移動するともわからない。当然だが放置はできないだろう。
「噂話は噂であるからこそ、怪談は噺の中だからこそ栄えるというものだ。今一度、噂の中へ帰してやるといい、頼んだぞ」


参加者
アルケミア・シェロウ(渇望の魔女・e02488)
フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)
イーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)
篠宮・マコ(スイッチオフ・e06347)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)
シンク・トゥイードル(共鳴周波数・e21955)
日御碕・鼎(楔石・e29369)

■リプレイ


 ――午前、2時59分。暗い、暗い、くたびれた旧校舎。
 雲に遮られた月明かりは闇を強調するばかりで、視界を照らすには程遠い。
 歩けば軋む廊下の奥、一層の薄暗さを感じるトイレに2人の人影があった。
「……3時になった。それじゃあ、呼ぶよ?」
「うん、準備はできてるよ」
 時計を確認し、個室トイレのドアに手を乗せるのはイーリィ・ファーヴェル(クロノステイシス・e05910)。
 そして、少し眠たげにしながらも篠宮・マコ(スイッチオフ・e06347)が答える。
 午前3時、入り口から3番目の個室。件のドリームイーターが噂になぞらえて産み出されたのなら、これで姿を見せる筈だ。
「はーなーこさーん、あーそびーましょー」
 3回のノックの後、2人の声が重なる。そして――。
「うわっ!?」
 突如、ガタガタと激しい物音がトイレの中から響き出す。咄嗟に扉から離れ、様子を伺う2人。
「止まった? あ、ドアが……」
 物音がしていたのは数秒で、まるで電池が切れたかのようにピタリと止む。
 しかし、その直後、ドアがギィとひとりでに隙間を開けた。
 いる。間違いなく、ここに。そんな確信を胸に2人は頷き合うと、個室の中を遠巻きに確認する。
 イーリィのサーヴァントであるテレビウムのシュルスが放つ画面の光が、空っぽの個室を照らした――瞬間だった。
「ハ、ァ、イ」
「イーリィ、上よ!」
 直後聞こえた不気味な声と、ウィングキャットのぴろーに促されマコが叫んだ。
 見上げれば、個室上部の隙間から小さな人影が飛び出していた。
 おかっぱ頭に赤い服、聞いていた通りの姿である。
「ア、ソ、ビ、マ、ショ!」
 花子さんの姿を模したドリームイーターは手にした包丁をギラつかせ、そのまま2人に襲いかかる。
 この狭いトイレでの戦うのは難しいだろう。花子さんの攻撃に抵抗しつつ、2人はサーヴァントと共にトイレから飛び出た。
「イーリィ、マコ! 大丈夫!?」
 転がり出るようにトイレを脱出した2人を追って、ドリームイーターも廊下へと姿を現す。
 すぐに奇襲をかけたのはシンク・トゥイードル(共鳴周波数・e21955)、刃の如き鋭い蹴りがドリームイーターを襲う。
「花子さんはこっちで抑えるの、よ」
 シンクの一撃に合わせ、フィオネア・ディスクード(箱庭の鍵花・e03557)の大槌による一撃が突き刺さった。
 廊下に誘き出す過程で若干後手に回ってしまってはいるが、戦うには十分な広さだ。それに各自が用意した明かりで視界も確保できている。これでようやく互角に戦える状態になったと言えるだろう。
「体勢を立て直そう、まずはそれからだね」
「それなら、もうちょっと頑張らないと……ねっ!」
 奇襲をかけた2人を援護するように、アルケミア・シェロウ(渇望の魔女・e02488)の爆撃がドリームイーターの動きを遮った。
 そこに突き刺さる野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)の蹴撃。
 圧し掛かる重力を纏った一撃は廊下の床にめりこむほどにドリームイーターをその場に釘付ける。
「大丈夫。回復は俺に、任せて」
 待ち伏せていた4人が廊下に飛び出たドリームイーターを一斉に攻撃する中、日御碕・鼎(楔石・e29369)は攻性植物の力を用いて敵の攻撃に備えていく。
「よし、ひとまずこのまま――」
 ドリームイーターとの間合いを測りつつ、反撃に移ろうとした瞬間、イチカの足が止まる。
 否、ドリームイーターの念力によって、まるで何かに掴まれているかのように足が動かない。
「随分らしい真似するじゃねぇの。でも、そう簡単には好き勝手はさせねぇぜ」
 間髪入れず、イチカたちを清めの炎が包み込む。
 事前に別の個室に潜んでいた兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)の放つ、不浄を祓う火柱は癒やしと同時に加護をイチカたちに与えていく。
「初めまして"大先輩"、会えてとっても嬉しいわ。――けど、去ね!」


「アー、ソビー……マ、ショー!」
 まるで磨り減った蓄音機から漏れ出るような、不愉快なノイズ声。
 いかにも子供が怖がり、固唾を呑む噂話として広めそうな、ケタケタと言う不気味な笑い声を浮かべ、ドリームイーターはケルベロスと刃を交える。
「なんてアグレッシブな引きこもり……それとも、無理に外に出されて怒ってるのかしら」
「うーん、別に花子さんはトイレに引きこもってるわけじゃないと思うよ?」
 あながち間違ってないのかもしれないけど。マコの言葉にアルケミアは狐面の下で苦笑を浮かべつつ、ブラックスライムをけしかける。
 状況はひとまず五分、と言ったところだろうか。
「シュルスが狙いを集めてくれるから、みんな援護お願い!」
 イーリィとマコ、そして2人のサーヴァントが矢面に立ち、敵の攻撃を可能な限り受け止めていた。
 幸いなのは相手が広範囲に渡る攻撃手段を持っていない事だろう。
 だが、肉を裂き、血と生命力を啜る包丁の刃は中々に厄介だ。
「これは……持久戦になりそう、か」
 こちらも鼎の回復を中心に、守りには万全を期している。
 故に、戦いは一見すれば膠着状態が続くような形になる。
「が、いつまでもちまちまやってはいられねぇ。こっちもちょいとばかし脅かしてやろうじゃねぇか!」
 その均衡を破ったのは、手元の携帯端末を素早く弄る月子の威勢の良い声色。
 弾ける爆炎は攻撃のためのものではない。視界を明るく保つためのものでもない。舞い上がる熱気により、ドリームイーターに肉薄するイチカのグラビティを強めるためだ。
「イチカ、僕が捻じ込むから、思いっきり叩き込んで!」
 こちらの攻勢に気圧されたか、あるいは慎重になったのか、念力を撒きながら間合いを取るドリームイーター。
 しかし、それを見越したようにシンクが一歩、深く懐に潜り込む。
 鋭く打ち込まれた拳撃は激しく唸るモーター音と共に繰り出され、ドリームイーターの防御を強引に崩した。
「任せてシンクくん!」
 ドリームイーターの視界から姿勢を落としたシンクが消え、代わりに赤髪の少女の姿が飛び込んでくる。
 思いっきり振りかぶったその手には、大変わかりやすい鈍器――バールのような物が。
 投げ放たれた鉄の鈍器は風を切り、一直線に飛んで、物凄く痛そうな音と共にドリームイーターの頭部に直撃した。
「まだ、よ」
 ぐらりと傾く上半身。しかし、敵はあの姿でもデウスエクスだ、ケルベロスに油断は欠片もない。
 この連撃に、フィオネアが続く。
「――♪」
 それは、歌だった。伴奏も無ければ、歌声すらない。しかし、確かに歌だった。
 まるでその音色に誘われるように、どこからともなく咲き乱れるのは青い薔薇。
 ドリームイーターを巻き上げ、突き刺さる茨は、声の無い美しい歌とは裏腹に残酷で容赦が無かった。


「ア、ソ、ビ……マショォ!」
「そんなに遊びたいなら、わたしといっしょにあそびましょ!」
 戦いが始まって数分。予想通りの長期戦の中、ドリームイーターの動きは依然として衰えを見せない。
 ドリームイーターを追い焦がすのはイチカが放つ不規則に揺れる炎。
「ァ、ァァァ、ソ、ビ――マショウ!」
 炎に包まれて尚、吐き出される声は途切れ途切れに繰り返される。
 焼けた身体で飛び掛かり、振り下ろした刃をテレビウムのシュルスが受け止めた。
「よくもシュルスを!」
 敵の攻撃を引き付け、仲間への被弾も防いでいたシュルスは他よりもダメージの蓄積が大きく、その一撃で消滅してしまう。
 だが、それは同時にドリームイーターを一気に仕留めるチャンスでもあった。
 攻撃後の隙を突き、イーリィの飛び蹴りがドリームイーターを廊下の壁へと押し付ける。
「良い位置だよ――そこはわたしの領域《罠》だ」
 次の瞬間、壁の中から飛び出した無数のワイヤーと刃がドリームイーターを縛り、切り裂く。
 アルケミアの仕掛けた罠からは、逃れられない。肌で感じる痛みと恐怖は精神の奥深くに消えない傷を作り出す。
「ァァァアアアア!」
 その痛みを噛み潰し、尚も立ち向かわんとするドリームイーターだったが……。
「させないわ」
 ドリームイーターよりも一寸早く突き出されるマコの槍鉾。
「君はこれ以上、ここにいてはいけない」
「あんたは一線超えちまうからね、あやかしってのは退治される段になっちまったら幕だよ」
 雷撃を纏ったその一撃に合わせ、鼎と月子も鋭く抉る斬撃をドリームイーターに繰り出した。
 痺れと斬撃が重なり、ドリームイーターの反撃は数秒の遅れを取る。
「その一瞬が命取り、よ」
 隙を捉えたのは、フィオネアの放った硬く尖ったブラックスライムによる刺突。
 そして、ブラックスライムが突き刺さるのとほぼ同時に、シンクの飛び蹴りが真っ直ぐ直撃する。
 蹴り飛ばされたドリームイーターは、老朽化に加え戦いによって限界を迎えた壁を突き破って床に叩き付けられる。
 壁の先は、事件の発端となった、職員トイレだ。
「さあ、噂の君は御話の中に還る時間だ!」
 最後の一撃は音も無く、キラリと過ぎ去る、そんな一閃。
 潜ませていた機械仕掛けの猫爪が、噂話を切り裂いたのだった……。


「ふぅ、これで元通り、ね?」
 小さく首を傾けて、フィオネアは廊下側から壊れた壁を見渡す。
 元の老朽化が激しかっただけに元通り、とまではいかないが、ややくたびれた雰囲気はある意味より『らしく』なった気もする。
「んー……それにしても、結局、噂の元になった『トイレの花子さん』はいたのかしら?」
 壁向こうの反対側、トイレの中で壁を治していたマコが呟いた。
 その視線は3番目の個室。件の噂があった花子さんのトイレだ。
「うーん、本当にいるかどうかはわからないけど、これからもずっと噂話は受け継がれていくんじゃないかな?」
「彼女は、物語の存在ですから……噺をする人がいる限り、きっと、そこにいます」
 マコの疑問にシンクが答え、鼎が同意するように頷く。
 大人からすれば、あるいは遠い日の思い出。子供からすれば好奇心と小さな恐怖の対象。
 彼女はいるのだ。そこに。信じようと信じまいと。
「あ、そだ! みんな、せっかくだし肝だめししてく? 花子さん以外にもたくさんいそうな雰囲気だよ、ここ」
 修復作業も終わり、さて帰ろうかと言う頃、イチカが思い出したように口を開いた。
「お? いいねぇ。さて、ちょいと早いが、4時ババアはどう出るかな」
「肝試しね、丁度懐かしい気分で歩こうかなと思ってたんだ」
 その誘いに月子とアルケミアが楽し気に乗る。
 きっと、今夜はもう何も出ないと、誰もがどこかで思っているかもしれない。
「物語同様、怪談もめでたしめでたしが一番だっていうしね」
 ドリームイーターを倒した事で、例の少年ももうじき意識を取り戻すだろう。
 盛り上がる仲間たちを眺めて、イーリィはそんな風に呟くのだった。
 ――余談だが。
 この夜『旧校舎を賑やかに歩き回る8人の人影』と言う噂話が生まれたのは、ケルベロスたちの今後とは関係の無い、全くもって別のお話である。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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