ウエスタン小芝居居酒屋イーハー

作者:荒雲ニンザ

 土地がいっぱい北海道。
 乗馬クラブの裏手に、怪しげな木造の居酒屋がある。
 何故かタンブル・ウィードがそこかしこに放置されており、風を待っていた。
 店の中では、いかにも西部劇のマスター風男性が、しょんぼりとグラスを磨いている。
「セットは壮大にしたのに、ここじゃ人が来ねぇんだもんなぁ……」 
 マスターたっての希望により、本格的で大がかりなセットにするため、広くて安い場所に店を構えたが、お客はたまに訪れる乗馬クラブの数名。これでは店は成り立たない。要するに、ここはつぶれた店だ。
「西部劇だもん、馬もなきゃだめだよ。あと、引き回しできる距離? 最低でも対決する距離は絶っっっっ対なきゃだめじゃん!! だったらここに店を構えるしかなかった訳だ!」
 開業1年、儲からなくとも、ガンマンさえいてくれればやっていけると思っていたのに。こないんだもの、ガンマン。
「道内でも、もっと人の多い所に店を構えればよかったなぁ……」
 キイと軽い音で居酒屋のスイングドアが開き、顔を上げると第十の魔女・ゲリュオンが立っていた。
「えっ!? 乗馬クラブは裏手の……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 そのまま彼女の手に持った鍵で心臓を一突きされると、背後に倒れた店長は後ろにあった扉を押し開け、意識を失ってしまう。
 そして店長が立っていた場所に、西部劇のマスター風ドリームイーターが現れた!

 言之葉・万寿(高齢ヘリオライダー・en0207)が、入室してきた。
「自分の店を持つというのは、その道の方達には夢でございましょう。ですが、せっかく夢を叶えたというに、店が潰れてしまうこともありましょう。その成り行きを後悔している御仁が、ドリームイーターに襲われ、その『後悔』を奪われてしまう事件が起こってしまったようです」
 『後悔』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようだが、奪われた『後悔』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている。
「現れたドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して頂きたいというのが、今回の依頼でございます」
 このドリームイーターを倒す事ができれば、『後悔』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるだろう。

 敵のドリームイーターは1体のみ。
 戦闘する場所は、ドリームイーターの力で営業再開中のウエスタン小芝居居酒屋『イーハー』の店内。
 営業再開中であるが、他の客はおらず、来もしないので安心して戦えるだろう。
 店に乗り込んでいきなり戦闘を仕掛ける事もできるが、客として店に入り、サービスを受け、そのサービスを心から楽しんでやると、ドリームイーターは満足して戦闘力が減少するようだ。
「店長は、お客様が西部劇を楽しく演じながら飲食できるようなサービスを追求し、かなり色々用意していたようです。ほとんどのお客は乗馬クラブから流れてくる一般人で、サービスを提供しても、相手がそこまで演じきってくれないので、かなり中途半端になって嘆いていたとか。ですので、ここはガツンと典型的な西部劇をやってさしあげるのがよろしいかと」
 例えば、『食事に因縁をつけられるマスターを助けるカウボーイ』やら、『賞金稼ぎを追う保安官』やら、『早撃ち、射撃勝負』やら、ヒーローであろうがヒールであろうが、とにかく西部劇っぽいノリで食事をすれば、喜んでもらえるだろう。
 ただ、本当に銃器を扱うとお縄になってしまうので、戦闘開始まではコルクの弾で対応してほしい。
「お店はつぶれてしまいましたが、このサービスの良い面を見て差し上げ、心から喜んであげることが大事です。敵を満足させてから倒した場合、意識を取り戻した被害者にも良い効果が現れるようですぞ!」
 被害者は店のバックルームに倒れ込んで意識を失っている。
「目を覚ました時も、西部劇に出て来そうなキャラクター達がいてくれたら喜ぶでしょうなあ。そんな格好をして来店してさしあげてもいいのではないかと。被害者の方が目を覚ました時、晴れやかな気持ちで新しい一歩を踏み出せるよう、我々が助力して差し上げねばなりませんな」
 お願いしましたぞ、と万寿は頭を下げた。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
シィ・ブラントネール(ウィズハピネス・e03575)
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)
十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)
アメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)

■リプレイ

●タンブル・ウィードは転がらない
 一人、グラスを磨くマスターが見える。彼はドリームイーターだ。
 キイ、と高い音でスイングドアが開くと、十朱・千鳥(ローズロワ・e19159)が入店してきた。
 丁寧な刺繍を施したウエスタンハットを被るウエスタン風な男の登場に、オッとマスターの顔色が変わる。
 千鳥はカウンターまでやってくると、クイッと人差し指で帽子を上げ、片目でメニューを確認し、口を開いた。
「腹にたまりそうなモンを上から全部頼む」
「はい」
 すぐ隣から発せられたウエイトレス姿の沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)の返答に、思わず怯んで後退るマスター。
 いつの間に!
 誰だ! 雇った覚えもなかったが、ここはウエスタン小芝居居酒屋『イーハー』。ウエスタンな雰囲気を楽しむべくして作られた居酒屋で、野暮な質問はしない。
 客だ。お客さんだ! 1年……や、言い過ぎか、半年と47日………8ヶ月ぶりだ!! しかもノリノリなお客さんだ!
 マスターの心はかつてない程にウキウキと弾む。
 千鳥が料理を食べ始めた所に、次の客が訪れた。
 目に鮮やかな赤いウエスタンハットとウエスタンシャツで現れたのは、アメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)だ。
 彼女の背後に、少々ガラの悪い青年が見える。ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)だが、黒いシェリフスタイルが、いかにもな悪役っぷりを醸し出していた。
 次々現れる客にマスターがドキドキしている横から、ウエイター姿の鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が顔を出す。
「注文はなんだ?」
 鋭く二度見。
 あああ……! まただ! また雇った覚えがないのに知らない人がいる! しかしここはウエスタン小芝居居酒屋『イーハー』。マスターは内心の動揺を隠し、涼しい顔をして料理を続けている。
 アメリアはテーブル席の1つを陣取ると、カウボーイヒールをガムとテーブルに叩きつけて座った。
「ヘイ、ウェイター! いつもの豆しか入ってねぇまっずい料理と、泥水みてぇなシチュー持ってきな!」
 あっ、常連さん設定だ! 憧れの常連さん! 何度も来てくれる人!
 マスターがその言葉だけで舞い上がっていると、ウエイターのヒノトが対応に回る。
「はいよ。言っとくが、味には自信があるぞー」
 チリコンカーンとビーフシチューを腹に流し込みながら、だらだら酒や煙草を楽しんでいたドミニクが、店の中を掃除していたウェイトレスの瀬乃亜をナンパし始めた。
「姉ちゃん、働き者じゃのォ。疲れたろォ。ワシの膝使ってくれて構わンぞ」
「や、やめて下さい……!」
 ここだ……! ここマスターの出番!! テンパる頭を落ち着かせ、マスター台詞を口に出す。
「ダンナ、ウチの子に手ェ出されたら、困りますぜ」
「ア~ン?」
 噛んだ煙草の隙間から、赤い舌がチラチラ見えている。怖さとイイカンジが混ざり合い、マスターは拍手したい心境をグッと堪えた。
 そこで千鳥が追加注文。
「ヒノトー、瀬乃亜ー! もう皿空になるぞー。いつも通りポテトとジャーキーは山盛りなー?」
 いいタイミングだ。これでナンパから逃れられる。しかも常連客だったんだこの人! ヤッベ、マジヤベ、初対面かと思って、最初睨んじゃったよ! そんな心と裏腹、マスターのウキウキは更に加速した。
 キイ、とスイングドアが開き、視線が一斉にそちらへ流れる。

●砂煙も舞い上がらない
 仕立ての良いドレスの上にウエスタンベストとポンチョ。腰にはガンベルトを巻いてテンガロンハットを被った、どこからどう見てもガンマン気取りのお嬢様、シィ・ブラントネール(ウィズハピネス・e03575)が入ってきた。
 マスターは涼しい顔をしながら、キター! 世間知らずの勝ち気な令嬢キャラー!! と内心で踊り狂っている。
 マスターの視線は、チラッチラッとこの空間の人物達をひっきりなしに移動する。
「ミルクをちょうだい」
 瞬間。プーーーーッ!! と、アメリアが吹き出した。
「ねぇねぇ聞いた? ミルクだってさ! お嬢ちゃん、ミルク飲みたきゃ帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
 いい野次だ。シィがドレスを翻し、アメリアに人差し指を裏立てる。
「ワタシが誰かって? 人呼んで、荒野に咲く一輪の花とは、ワタシのことよ!」
 聞いても呼んでもいないが、自分でつけただろう異名までプラスして啖呵を切ってくれた。
 アメリアはシィに勝負を挑まれた途端に退け腰になり、小物っぷりをアピール。
「ドミニク先生! やっちゃってください!」
 勝負をドミニクに投げると、自分は安全な位置にそそくさと逃げ込んだ。
 ドミニクは半笑いしながらフウと息をついた後、ズと椅子を後ろにやった。
「雇い主サマがそう言っとるモンでなァ?」
「な、何よ貴方。やるなら受けて立つわよ!」
 ドミニクはからから笑いながらゆっくり銃を抜くと、世間知らずなお嬢様の眉間へ照準を合わした。
 ガァァン!!
 えっ、撃っちゃったの!? 殺しちゃったの!? マスターが慌てて身を乗り出したが、シィは肩をすくめたままキョトンとしている。
 おろおろと狼狽えている瀬乃亜の足下、ワンワンと妙な音を発しながら、くるくる回転していたトレイがパタリと床に伏せたのを見て、先程の騒音は彼女がこれを落とした音だと分かった。
「騒ぐんなら外でやってくれや」
 突然の聞き慣れない声。カウンターを勢いよく振り返れば、そこには小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)と、渋いウエスタンスーツのヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)が腰掛けていた。
 あああ、全然気がつかなかった!! いつの間に入って店に溶け込んでるのうますぎだよこの人達! さすがのマスターも口を開けてしまった。
 ヴィンチェンツォが床に向けていた銃をチャキッとドミニクに向ける。
「此処は遊技場じゃない、戯れるなら抜け」
 床の木目に開いた穴にコルクが詰まっていた所、ヴィンチェンツォが発砲し、ウエイトレスの瀬乃亜がその音に驚いたといった設定だったのだろう。ニクイ演出……!! とマスターは拳に力を込める。
 未だ黙々と食事をし、カウンターに皿を重ねている千鳥が残念そうに言う。
「なーんだ、せっかく女の子同士の対決がみれると思ったのに!」
 アメリアもノッてきた。
「へいへい! 嬢ちゃんビビってる! 先生! 遠慮なく叩きのめしちまってくだせえ!」
 白いミルクをスーッと口の中に運んだ後、真奈がクイッとアゴで指示を出すと、飲んでいたウイスキーに別れを告げたヴィンチェンツォは静かに立ち上がった。
「金は受け取っているからな、仕事はするさ」

●1歩、2歩、3歩、とかもできない
 ヴィンチェンツォ、ドミニク、シィの3名がにらみ合い、一触即発の流れ。
 真奈が後ろ向きに豆の缶を天井に向けて投げた瞬間、3人の銃がその1点に照準を向けた。
 カアン! と甲高い音の後、垂直に上がる豆の缶。3方向から同時に当てられたコルクの力は、缶を上に押し上げた。
 マスターは歓喜のあまり、思わずキャー!!! と叫ぼうとした自分の声をムリヤリ飲み込んだ。
 缶が落下を始めると、3名は掌で撃鉄を幾度か撫でた。その数だけ缶は垂直に弾み、どちらにもブレない。
 撃っただけのコルクが店内にはじき返され、壁に当たり、四方八方飛びまくる。
 酒瓶に飛び込んできたコルクは、ヒノトの金属トレイが見事にキャッチしていた。くっそー! ガンマンの小競り合いは日常茶飯事かよ! 羨ましいなその環境! とマスターは有りもしないシチュエーションで嫉妬に駆られてキイとなっている。
 そのカウンターの向こう、食べるのを止めない客と、ニコニコ微笑んでいるウエイトレスが、しゃがみ込んで避難しながらも、楽しそうにその勝負を見物していた。
「あはは、すごい盛りあがってるなー」
 呑気な千鳥のチキンに、どこからかはじき飛ばされてきたコルクが突き刺さる。気にせずパクリとかぶり付く横で、瀬乃亜がトレイで頭を保護しながら言った。
「この仕事、なんだか落ち着きます。こういう仕事もあっているのかしら」
「え、こういうアクシデント込みで?」
 んふふ~と意味深な笑みの後、周囲を見回す瀬乃亜。
「それにしても皆さん楽しそうですね」
 ヒノトのトレイガードやら、アメリアの小物っぷりなんぞを見て、彼女は笑いをこらえている。
 マスターはその光景に感銘を受けた。コメディーも含まれた西部劇! お茶の間も安心だからお子様も見れる! イコール子供が憧れちゃう! 西部劇ファンが増える! この店の評価が高まる! 商売繁盛!
 北海道の広大な土地のど真ん中にポツンとある店に人が来るかはさておき、マスターは喜びで涙がにじんできた。
 豆の缶が25度に弾かれた時、勝敗は決まった。
 弾道を辿れば、真奈の用心棒、ヴィンチェンツォに軍配が上がったようだ。
 世間知らずのお嬢様は悔しそうに唇を噛み、小物の用心棒もチと舌打ちをする。
 すると、カウンターの右から左へとバーボンの入ったグラスが滑り、元あったウイスキーのグラスをキンと鳴らして止まった。
「おばちゃんの奢りや」
 粋な主人にフと笑い返し、ヴィンチェンツォは腰のホルスターに軽く銃を投げ落とす……。
 ここまで見ていたマスターであったが、もうガマンならない。
「ナナナナナナナニコレ!!!! ササササイコーーーー……!!! アンタらサイコーーーーーうおーーーー!!!」
 ついに興奮が頂点に達して叫び始めると、その勢いのまま襲いかかってきた。

●そもそも、人が来ない
「いきなりだなオイ!!」
 ヒノトがトレイを放り投げ、胸元に隠れていたファミリアロッドのネズミのアカを呼び出すと戦闘態勢に入る。
「ここからは俺も暴れるぜ! いくぞ、アカ!」
 バッドステータス対策に、初手で後衛にライトニングウォールを施すと、キュキュッと靴裏を鳴らしながらジャマーの位置に滑り込む。
「飴ちゃんいるか?」
 入れ替わり、真奈が間合いを詰め、エクスカリバールをフルスイング。撲殺釘打法でがっつり体力を持って行かれた敵が悲鳴を発した。
「後悔を知りたいんか? だったら教えたるで、この店を狙った後悔をな」
「ちょ、その武器、西部劇違う!」
 次にヴィンチェンツォが電界征圧で攻撃の狼煙とすると、マスターは指さした。
「そう、こういうやつ! 銃希望!」
 ヴィンチェンツォは口の端で笑うと、それに対して頷く。
「悪くない、硝煙は心地良いものだ」
「デスヨネ」
 そして攻撃を真正面から食らうと、敵は床で転がり回る。
「いてーーーよお客さん!!!」
「撃てば当たるさ、俺が今生きているのだからな」
 茶番の隙に、瀬乃亜がスターサンクチュアリで味方の耐性を高め、シィが続く。
 位置関係を把握し、互いに援護しやすい位置取りを心掛け、敵の動きを観察すると、的確にクイックドロウで撃ち抜いた。さすが缶撃ち勝負でコルクをジャストさせ続けただけはある。こちらの勝負もジャストだ。
「で、でかいよ、でかすぎだよその銃!! それ反則!!」
 シィはpacifisteを肩で支え、フフンと鼻で笑う。
 チキンの足をプッと吐き出し、千鳥が陽光のアリアで斬り込んだと同じ頃、ドミニクがリボルバー銃をホルスターから抜いた。
 トリガーを引いたまま、添え手側の掌で撃鉄を叩いて連射し、糸切り牙で敵の身体を削っていく。
「あぎゃあああ、いでででで……そういうの!! それ!! アギャアアア……!!」
 バッドステータス漬けを狙うべく、アメリアがエクスカリバールで殴りかかる。
「ま、また!! お前ら!! 銃仕えよ、銃!!」
「格闘も、西部劇にないわけじゃぁないよね! お店ちょっと荒らしちゃうけど、それも西部劇っぽいよね!」
 バリケードクラッシュを放ち、バールで敵の装甲を突き破ると、追い打ちをかけてエアハートのガトリング掃射が炸裂する。
「お望み通りの、銃」
 ウインク一つを投げ、ニッと笑う。
「このヤローー!!! これはあちらのお客様からだーーー!!!」
 言うや敵が立ち上がり、そのまま酒瓶を振り回すとアメリアに斬撃を食らわせようとしてきたが、エアハートがタイヤを鳴らして飛び込み、彼女のダメージを引き受けた。
 それを見たヒノトが苦笑いをしている。
「それ西部劇かぁ?」
「うるさいっ! マスターの立場は、ガンマンさんの引き立て役なのっ!」
 店内の机を蹴り上げてきたので、それを避けたドミニクが飛び退きながら1発を放つ。
「ンじゃァ、血ィ上った頭ン中、涼しくしてやるよ」
 銃声音と共に、ドッと肩口から床に倒れ込む。
 次第に硝煙が薄れていくと、額の真ん中に風穴を開けたドリームイーターが静かに後ろに倒れていくのが見えた。

 バックルームに倒れているマスターの頬が、パチンと痛む。
 目を開くと、そこには西部開拓時代のキャラが勢揃い。
「ええええええええ……!?」
 悲鳴に似た声が漏れると、ヴィンチェンツォが煙草の一本に灯をともし、パニックになっているマスターに渡してやる。
「マスター、グラスに穴が空いてしまったからな、もう一杯ウイスキーを入れてくれないか」
 ドミニクとヒノトが、絶句しているマスターの目の前に滑り込んだ。
「あーッ、すッげェ楽しかった!」
「西部劇って楽しいんだな! 立地が良ければすげえ人気が出ると思うし、俺もまた来たいぜ! 場所を変えてリニューアルオープン! なんてどうだろ?」
 片付けを終えて戻ってきた千鳥が、目を覚ましたマスターに気がついた。
「マスター! 俺、お願いしたい事があって! 馬に乗りたいんです! せっかくうえすた~んな衣装も着てるし、かっこよく写真とか残したい!」
「お、ワシも馬乗りてェ!」
 ドミニクに続き、アメリアも手を叩く。
「私も乗りたいー!!」
 土地がいっぱい北海道。立地条件の悪い場所に店を構えたマスターは、自分の店に未だかつてこんなに人が集まったのを見たことがない。
 まだ状況が把握し切れておらず、目を丸くしているマスターに、瀬乃亜が微笑みながら静かに言ってやる。
「西部劇……いい夢でしたわ」
 夢か。
 そうだよね。
「馬だー! イーハー!」
 裏手にある乗馬クラブの馬を借り、店の周りを爆走しているカウガールや、ガンベルトにウエスタンハットという定番スタイルで馬に乗るガンマンが、北海道の壮大な風景とマッチして、何とカッコヨイことか……。
 二度とないだろう光景、マスターはこの夢を焼き付けるように見つめていた。
「写真、みなさんもどうです?」
 千鳥の声に振り返ると、にっこり微笑んだ開拓者の姿が。
「ぜひ……!」
 後で現像された写真を見て、きっとこのマスターは腰を抜かすだろう。
 だが悪夢が消えた今は、良い夢の中、この雰囲気に酔いしれて、存分にはしゃごうではないか。

作者:荒雲ニンザ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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