ばんぶーこれくしょん

作者:秋月きり

「あなた達に使命を与えます」
 ミス・バタフライが発した厳かな言葉に、膝を突き、彼女に敬意を表していた二人の部下は頭を垂れる。
「この街に竹細工職人と言う竹細工を作る事を生業としている人間がいるようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認、可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 掻き上げられた長い金髪がふさっと揺れる。紡がれた気怠げな口調は多少投げやりなものだったが、それでも平然と紡がれる死の文言に、しかし、二人の配下は咎める事もなく、鷹揚に頷く。
 美しい女だった。螺旋の仮面に隠れ、表情こそは見えなかったが、整った唇と顎、そして奇術師衣装に包まれた豊満な身体は見る者を魅了する色香を備えていた。
 仮面を纏うのは配下も同じだった。兎を思わせるレオタード姿に身を包んだ女は主と同じく豊満な肉体を誇示し、半裸に近い男もまた、屈強な肉体を見せつけている。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 女の言葉に、ミス・バタフライは満足げな笑みを浮かべる。理解の早い子は好きよ。そんな賞賛の言葉と共に。
 斯くして、彼らは湯煙たなびく町の工房へと向かう。バタフライエフェクト。蝶の羽ばたきが巡り巡って竜巻を起こす現象を、自らの手で行う為に――。

「ミス・バタフライと言う名前の螺旋忍軍が動き出したようね」
 ヘリポートに集ったケルベロスを前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は自身の見た未来予知を語り掛ける。
「彼女が起こそうとしている事件は、直接的には大したことが無いんだけど、巡り巡って大きな影響が出るかも知れない、と言う厄介なものよ。何がどうしてそうなっちゃうのか、判らないところが特に」
 風が吹けば桶屋が儲かる。人生万事塞翁が馬。そして、バタフライ効果。それを体現した作戦を発露するのだ。故に、それを防ぐ為には、初動が肝心だと告げる。
「今回、彼女が標的にしたのは大分県別府市の竹細工職人の加藤・竹庵さん。彼の仕事の情報を得たり、……或いは習得した後に彼を殺害しようとしているようなの」
 これを防がないと、巡り巡ってケルベロス達に不利な状況が発生してしまう可能性が高いとのこと。勿論、そうでなくてもデウスエクスに一般人が殺害される、と言う事件を見過ごす事は出来ない。
「だから、みんなには加藤さんの保護とミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破をお願いしたいの」
 眉を顰める彼女は言葉を続ける。ケルベロス達が浮かべた竹細工職人? との疑問の表情を受け止めたからだろう。
「竹細工職人というのは文字通り、竹を裂いて作った竹籤で様々な日用品やアクセサリーを作る職人さんね。籠やらお皿やら鞄やら。アクセサリーだと首飾りにブレスレット、お財布の装飾とかもあるわ。そもそも温泉地である彼の場所は……」
 言葉を紡ぎかけ、こほんと空咳をする。少し長く語りそうになった様子の自身を反省しているのか、その頬は朱色に染まっていた。
「基本は加藤さんを警護して、現れた螺旋忍軍と戦う事になるんだけど……事前に彼に説明して避難させてしまった場合、予知と反する事になってしまう」
 そうすれば螺旋忍軍は対象を変更する等、被害を防ぐ事が出来なくなる。
 だが、今回は事件の三日前から対象である一般人と接触する事が出来る為、事情を話すなどして仕事を教えて貰えれば、螺旋忍軍の狙いを自分達へ変更する事が出来るかもしれない。一般人でも中々習得が困難な竹細工である。囮になる程の力量を備えるのは大変だが、そこはケルベロスの力量を以て頑張って欲しい。
「漫然と作るんじゃなくて、こういうのを作りたいって具体的なイメージが肝心なのかな? ……それでも、かなり頑張らないと行けないと思うけど」
 金色の瞳は、まるで経験者の様に遠い目をしていた。
「螺旋忍軍が襲撃してくるのは、彼の工房になるわ。ちょうど体験工房やら食事処の施設も併設しているし、少し離れれば竹林もある。人払いも直ぐに出来るから、周囲を気にせず戦う事が出来そう」
 また、囮となった場合は螺旋忍軍に技術を教える修行と称して、自分達の有利な場所や状況で戦闘を始める事も出来る。囮役となるのは大変だが、相応の見返りはありそうだった。
「訪ねてくる螺旋忍軍は一組の男女。どっちも螺旋の仮面を着けているし、バニーガールとマッチョのコンビだから判りやすいと思う」
 コンビだけあって連携は脅威だが、それを打ち砕く事はみんなになら出来るはず、と信頼の表情をリーシャは向ける。
「バタフライエフェクトを使いこなす敵は厄介だけど、最初の羽ばたきを止めてしまえば問題ない。……つまり、やる事はいつもと同じよ」
 だから、と彼女はいつもの言葉で送り出す。やる事は変わらない。その意味を込めて。
「さぁ。いってらっしゃい」


参加者
リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)
ポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)
エンミィ・ハルケー(白黒・e09554)
楠森・芳尾(癒し手お狐さん・e11157)
銀山・大輔(昼行燈の青牛おじさん・e14342)
イアニス・ユーグ(頑健・e18749)
シトラス・エイルノート(ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869)
シエラ・ヒース(シャドウエルフの降魔拳士・e28490)

■リプレイ

●竹細工職人の心得
 大分県別府市における竹細工とは日常品であり、美術品であり、そして伝統工芸品である。
 歴史を紐解けば日本書紀の頃。九州熊襲征伐に端を発するが、その後、湯治客が使用する生活用品・土産品としてその歴史は華開く事となる。
 まぁ。それはさておき。
 そんな竹細工を生み出す職人の工房に、ケルベロス達は来たのだ。
 この地を襲来する螺旋忍軍の野望を挫く為に。

「竹細工を伝授して欲しい、ですか」
 ケルベロスから報を受け取った加藤・竹庵はむむと、唸る。その気難しい表情にエンミィ・ハルケー(白黒・e09554)は「駄目……?」と表情を曇らせた。
「いえ。お断りのつもりではなくて、ですね」
 自身より一回り以上年下の彼女を気遣ってか、言葉を選びながら発言していた。それだけで、この柔和な青年が見た目と同じ性格をしている事が見て取れた。
 ケルベロスの名を出せば竹庵との面談は直ぐに叶った。
「突然の来訪の上、不躾で申し訳ないけどな」
 畏まった面持ちの楠森・芳尾(癒し手お狐さん・e11157)から螺旋忍軍の襲来と、その対応の説明を行ったのはつい先程の事。自分達ケルベロスが囮となる為に竹細工を取得したい。その言葉に竹庵の動きが止まる。
「初心者でも何とかなる……ってもんでも無いのは百も承知だよ」
 銀山・大輔(昼行燈の青牛おじさん・e14342)に言葉に「いえ」と竹庵は首を振る。
「皆さんの事情も分かります。ケルベロスの皆さんに協力する事はやぶさかではありません」
 地球を守る彼らに協力する事は当然と、にこやかな笑みを浮かべる。
「それでは……」
 ぱっと明るい表情を浮かべたリリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)に、ですが、と竹庵は首を振る。
(「……嫌な予感がする」)
 次に竹庵が紡いだ言葉は、シトラス・エイルノート(ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869)の内心を見透かした様であった。
「本来なら一年間、学校に通って頂く物です。それを三日間で……となると、相応に努力して頂かなければなりません」
「ま。仕方ないわな」
 イアニス・ユーグ(頑健・e18749)は飄々と頷く。赤茶の瞳に宿る色は覚悟。ヘリオライダーの予知を聞いた時からそれは覚悟していた。ならば、後は実践するのみ。
「お引き受け頂き、ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げ、シエラ・ヒース(シャドウエルフの降魔拳士・e28490)が柔らかい微笑みを浮かべる。その笑顔に竹庵が頬を朱に染めたが、首を大きく振ると、真顔を作る。それはまさしく、職人の表情だった。
「時間もありません。早速始めましょう」
 斯くして、ケルベロス達は竹細工の道へ、入門を果たしたのだった。

●刺客、現る
 うーむ。
 作品展示場も兼ねた体験工房の棚を見ながら、カメラ片手のポート・セイダーオン(異形の双腕・e00298)は、目の前の作品に唸り声を上げる。
 時折ぱしゃりと撮影するが、ちゃんと許可を取った上での話だ。それほど目の前にある作品達に感銘を受けていた。
「技術は拙いですが……勢いがありますね」
 ポートの隣で彼女と同じく作品を女性は、訳知り顔で呟き、その連れらしい男はうむと頷く。
 彼らの目の前には、竹編みの帽子があった。麦わら帽子にも似たそれは細く裂かれた竹籤による作品だ。軽く日差しも遮るそれは過ぎ去った夏には丁度いい小気味よい色合いをしていた。
 その隣に並ぶ蜻蛉の模型は、斑のある黒竹の表皮を利用した羽根が見事だった。よく見れば複眼や三対の足など細かい意匠が施されており、制作に掛ける意気込みが伝わってくるようだ。
 様々な色に染めた竹籤で編まれた竹鈴は、ストラップとして使用するのが良さそうだった。……握り拳大あるので、もしかしたら装飾品と言うよりも鈴として、音を鳴らす目的の方が強いのかも知れない。これも制作者の思いが伝わる。
「この籠もいいわね」
 女性が手に取った籠はむしろ深皿と言っても過言ではない、丁寧な仕事が施されていた。細かい目は几帳面な仕事を意味している。
(「技術を習う加藤さんは几帳面な性格と聞きましたが」)
 ならば、弟子入りした仲間の作品も几帳面な物になるのは仕方ないのかな、と苦笑する。
 その仲間達だが、工房の中で忙しく作品を作っていた。
 誰もが目の下に凄い隈が出来ている。弟子入りしてから三日間、さほど眠ってないのだろう。彼ら以外工房に人一人いないのは、既に避難を完了させているに違いない。
 そして、それは既に実を結んでいた。仲間達はそれ程までの技量を得る事が出来たのだ。
「素晴らしい!」
 賞賛の拍手はポートからではなかった。それを上げたのはポートと共に作品を覗き込んでいた女性である。彼女は歓声を上げ、ぎゅっと自身の服を掴む。
 引きちぎられたそれが宙を舞うのと、彼女たちの外見が変化するのは同時だった。
(「掛かった――」)
 胡乱げに顔を上げた仲間達の表情が輝く。それを悟らせないように直ぐに視線を落とし、訝しげな表情を作ったのは流石だった。
「その技術、我々が貰い受けましょう!」
 一転してカフスやレオタードに網タイツ――いわゆるバニーガール姿になった女性はハイヒールに包まれた足をだんと床に打ち鳴らす。その背後でこれまた半裸になった男性――マッチョがポージングを決めていた。
「んぁ? 体験希望者だか?」
 作務衣姿の牛人――大輔は穏やかな表情で立ち上がり、二人に声を掛ける。
「……え、ええ。そうね。似たような者よ」
 一瞬呆けたバニーが慌てて首肯する。どうやら、大輔の言葉に毒気を抜かれていたらしい。
「では、材料選びからお教えしましょう。別府には質の良い真竹が沢山ありまして、今から取りに行くところなんです」
 竹籤もそろそろ無くなりかけていますし、とリリアは微笑み、草履に履き替える。百合の花が咲き誇る金色の髪とオラトリオという彼女もまた、作務衣姿であり若手の職人を思わせた。
「え、えーっと」
 困惑するバニーに対してエンミィがぱちりとウインクする。「竹を選ぶのも修行」だと。

「大体3~4年の年齢の竹を選ぶんだ」
 芳尾が案内した竹林は広く、青々とした竹が幾本と立ち並んでいた。真竹の生産量は大分県が日本一だそうだと笑う彼の表情は何処か、誇らしく見える。
「竹選びで大切なのはどういう用途に使おうかって事だな。加工して竹籤にしちゃえば太さは関係ないと思いがちだが、やはり同じ竹から切り出した竹籤の方が経年劣化を考えると相性はいい。あと、斑点もどう有効活用するかで違ってくるわけだ」
 竹の表面をさすりながらの台詞に、螺旋忍軍二人は感慨深げに頷き。
「とは言え、此処から油抜きし、天日干しの後に加工に移りますから、この時点ではまだ材料ですらないですけど」
 シトラスは笑いかけ、周囲に目を配る。
 竹林の中には人影はいない。「何か特訓でもあるんです?」と自然な装いで彼らに合流したポートを含め、八人のケルベロスと二人の螺旋忍軍。今、この場所にいるのはそれだけだ。
 その二人の螺旋忍軍も何故か、芳尾や大輔の説明に聞き入っている。外見からでは年齢を伺い辛いウェアライダー二人の説明は熟練した職人の雰囲気を醸していた。
「さて。お客さん。説明の途中だがもういいよな?」
 仲間達が螺旋忍軍二人を囲み終えたのを確認したイアニスがニヤリと笑う。その手には竹を刈るには大仰な程の槍が握られ、螺旋忍軍に向けられていた。
「――?!」
 螺旋忍軍がびくりと震える。仮面越しの表情が強ばる様子が手に取るように判った。
「貴様ら!」
「気付くのが遅いわ」
 螺旋忍軍が上げた悲鳴をシエラが殺界形成を紡ぎながら切り捨てる。ケルベロスと竹職人が入れ替わっていたなどと、夢にも思っていなかったに違いない。それ程までに響く悲痛な声は、人の命を軽く見る悪鬼に相応しい最期に思えた。

●不埒者への鉄槌
「誓約の舞、魅せてあげる」
 青々とした竹林を駆け抜ける青翠の風は光を受けて煌めく。リリアの声と共に放たれた比礼の風はマッチョにふわりと絡みつくと、そのまま拘束と共に肌を切り裂く。飛沫のように血が舞った!
「さぁ、目覚めなさい。双頭の魔竜よ!」
 破壊のルーンで自身の傷を癒すマッチョに行われる追撃は、シトラスから放たれる。彼の召喚した青と赤の二つの首を持つ魔竜は鼓膜を破りかねない咆哮をあげると、その衝撃を以てマッチョの身体を吹き飛ばした。
 巨体が竹林に叩き付けられ、かはりと吐息を零す。
「――!」
 仲間を襲う凶手に目を向けるバニーはしかし、その後の言葉を紡ぐ事は出来なかった。
「気ィつけな、噛まれると超痛いぜ!」
 芳尾の投げ付けた無数の十手が自身に牙を剥いたからだ。ハイヒールからなる足技で数本は叩き落としたものの、防ぎきれなかったそれがレオタードと白い肌を切り裂いていく。
「はん。螺旋忍軍は余裕だね。仲間を庇う暇があるのか?」
 電磁力によって撃ち落とされた十手を手元に引き寄せながら、芳尾が笑う。それはまさしく嘲笑の笑みだった。
 それに火を付けられた訳ではないだろう。だがしかし、跳躍したバニーは真竹を足場に空中で反転。鋭い蹴りは芳尾を切り裂かんと強襲する。それは猛禽を思わせる足使いであった。
「オラが守るだよ!」
 だが蹴撃は大輔の突きだしたゲシュタルトグレイブに阻まれ、芳尾に届かない。ふんと振り回した槍を足場に再度跳躍したバニーは再び、真竹に取りつく。
「崩れる。壊れる。砕ける。消える。無常の理、其の身に受けて……! お覚悟、です」
 そこにポートの放つ破壊の嵐が到来する。異形と化した巨爪巨腕はバニーの身体を切り裂き、裂傷を刻んでいく。
「ふんぬ!!」
 破壊の嵐はケルベロスの専売特許ではないと、マッチョがルーンアックスを振るう。光り輝く呪力の尾を引くそれは青竹ごと、ケルベロスの身体を切り裂く――かと思えた。
 だが、力任せの一撃など、怖れる理由はない。
「なるほど。竹細工と一緒だな」
 横薙ぎの一撃を跳躍して躱したイアニスは感心したように頷く。
 結果を想像し、編む。途中、想定外の事もあるだろう。努力が実らない事もあるだろう。だが、その過程の苦労すら作品に込めるように寄り、束ね、型作って行く。そうすれば、最良の結果が返ってくるだろう。
 今、螺旋忍軍を追い詰めているのはまさにそれだ。狙い澄ました蹴りの一撃でマッチョを吹き飛ばしながら、イアニスは思う。バディを組むデウスエクスの二人は強く、全うに衝突すれば八人と言う人数の差は有れど、勝利は困難に違いない。だが、皆で懸命に努力し、その努力が奴らを追い詰めた。その結果が此処にあるのだ、と。
「ところデ……」
 オウガ粒子を仲間達に付与しながら、エンミィが浮かべたのは疑問の声だった。
「お二人とも、なんデ、そんなに判りやすい恰好、でスか?」
 忍者は目立つのは良くないと思います、との言葉はしかし、蹴打と斬撃によって返答される。
「デウスエクスの考える事は良く分からないだよ」
 フォローの言葉と共に大輔から放たれた電光石火の一撃は、マッチョの手からルーンアクスを弾き飛ばした。
 そして。
「蹴りは貴方の相棒の専売特許じゃないわ」
 シエラの放つ回し蹴りがマッチョの身体に叩き付けられる。三度竹林に叩き付けられたマッチョはそのまま脱力し、光の粒子となって消えていく。
「――!!」
 仲間に掛けられる声は響かなかった。バニーにその余力はなかった為に。
「せめてもの情けだ。二人とも、同じ処へ行っちまえ!」
 芳尾から放たれた神速の抜刀術は、バニーが足場にした真竹ごと、その身体を切り裂いたのだった。 

●誰が為
「お疲れ様」
 竹林をヒールで癒したケルベロス達を、工房で待っていた竹庵が出迎える。彼の前には湯気立つ竹製の湯飲みが八つ、鎮座していた。
「さて。キミ達の任務は終わったわけだけど」
 螺旋忍軍の襲撃の備える為、三日間だけの師弟関係。だが、名残惜しさを隠さない師の言葉に、ケルベロス達は苦笑する。
「お迎えには、まだ、時間があルと、思いまス」
 エンミィは実直な師にふふりと笑みを向ける。次の依頼が待っている。次の戦場が待っている。だが、この一時も大切にしたい。それは掛け替えのない時間の筈だからとの言葉に、仲間達は同意を示していた。

「此処まで薄いと布とか紙のように扱えるのね」
 竹庵の裂いた竹籤は細く薄く。それをブックカバーに仕立て上げたリリアは手の中でくるくると弄びながらむむっと、唸る。今は茶色と白の中間の色をしているが、此処から大切に育てれば飴色に仕上がると言う。その為に貰った椿油の小瓶がちょっとだけ愛おしく感じる。
「いやー。足湯もいいだよ」
 すっかりくつろぎモードの大輔は湯船に足を投げ出したまま、竹の楊枝で苺のショートケーキを突いていた。なお、この苺も地熱を利用して生産された、地場の商品との事である。
「あ、ずるい」
 蜂蜜色の髪に自作のバンブーハットを乗せてご満悦だったシエラは、手を挙げて大輔に続く。ロールケーキにショコラケーキ、ジュレにパティシエお奨めのケーキと目移りしてしまう。
「でしたら皆で頼んでシェアしましょう」
「それ、いいね」
 姉の為にと、数点のアクセサリーを見繕っていたシトラスのアイディアに、指をぱちりと鳴らして同意するのだった。

「私、の演算では、此処をこうして……難しイ」
 工房で奮闘するエンミィは、新たな竹鈴を作っていた。竹庵から合格とは言われているが、彼がちょちょいと編み上げる竹鈴に比べ、何かが足りないと痛感してしまう。それが年月の重みなのだろうな、と思わず嘆息してしまう。
「綺麗な物を作る、か」
 竹庵作の籠やザルを見ながら、イアニスが感慨深げに呟いた。シンプルが故に手を抜けば不格好になってしまう。目を楽しませる細かな模様は流石と思うが、それも彼に言わせればまだまだらしい。職人の道は長く険しそうだ。
 それでも自身の作り上げた蜻蛉の模型は満足行くものだった。しかし、それが出来上がれば不思議なもので、もっとより良いものを作りたい欲が持ち上がってくる。蜻蛉の模型を入れる虫カゴも自作出来れば……、と思ってしまう。
「そー言えばさぁ、加藤さんはなんで竹細工職人になったのさ?」
 竹籠を編みながら、芳尾は師に問いかける。儲かるわけでもなく、ただ、伝統工芸を後に残す仕事。温かみのある品物を生み出す技術だし、潰えさせる訳に行かないと思うが、だからと言って進んで就くには彼なりの理由があるのだろう。
 その問いに考え込んだ彼は、多分、と言葉を口にする。それは、芳尾が想像していなかった答えでもあった。
「皆さんがケルベロスの道を選んだのと同じ、かな?」
 これが、僕のやるべき事だと。
 少しだけ格好付けたその言葉に、彼はなるほど、と頷くのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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